緑谷出久が悪堕ちした話   作:知ったか豆腐

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オールマイト・爆豪・??の三本立てです。


雄英高校USJ襲撃事件 アフター

 ヴィラン連合による雄英高校USJ襲撃事件は、幹部3人を除く襲撃犯の逮捕により幕を閉じた。

 教師2名が重傷を負ったものの命に別状はなく、生徒も爆豪の骨折以外は軽傷で済んでいる。

 現場の検証もすでに警察の手に渡り、事件は一応の落ち着きを見せていた。

 

 今回の功労者であるオールマイトは、身体の限界時間のため保健室のベッドで体を休めていた。

 備え付けのベッドに腰掛け考え込むその表情にいつもの明るさはなく、重く落ち込んだ顔をしている。

 

 考えているのは他でもない、骸無(がいむ)と呼ばれていた改人の少年、緑谷出久のことだ。

 あのヘドロ事件において、あの場の誰よりもヒーローらしい行動を示した少年を自分の言葉が悪の道に引きずり落としたのではないか。

 そんな罪の意識が重くのしかかってくる。

 

 コンコン

 

 と、ノックの音にオールマイトはうつむいていた顔をあげた。

 客人は一人。

 中折れ帽にトレンチコート姿の男。オールマイトが最も信頼する警察官・塚内 直正警部がオールマイトに声を掛ける。

 

「やあ、調子はどうかな?」

「ハハハ、なあに、ケガはたいしたことがなかったからね。もう体は大丈夫さ」

 

 先ほどまでの暗い表情などなかったかのように笑顔で振る舞うオールマイト。

 その姿に、塚内警部は笑みを浮かべて、

 

「体は……か。ということは、元気がないのは別の悩みがあるからかな?」

 

 こともなげにオールマイトの演技を見破った。

 これには苦笑するしかなく、頭を軽く掻きながら内心を打ち明けた。

 

「まったく、さすがに塚内君にはごまかせないか。そうさ、ちょっと柄にもなく悩み事を抱えていたところさ」

「なるほど。君を悩ませるとはかなり難題みたいだね」

 

 塚内はオールマイトと向かい合うようにイスに座り、じっくり話を聞く体勢になった。

 

「それで? 今回の事件、いったい何があった? おそらくは君が戦った改人の少年を気にかけているのだろうが……」

 

 早速、話の核心を尋ねる塚内の言葉にオールマイトは頷く。

 

「その通りさ。一年前、ヘドロヴィランの事件があったのを覚えているかい?」

「ああ、たしか1-A生徒の爆豪君が巻き込まれた事件だったね」

「その日に私は改人・骸無と……いや、緑谷少年と出会ったんだ」

「やはり顔見知りか。だが、解せないな。その少年が君ほどのヒーローがそこまで思いつめるほどの相手とは思えないけれど」

 

 オールマイトと長い付き合いのある塚内警部は、件の改人がオールマイトと知り合いであったころに驚きはしたものの、納得のいかない顔で疑問を投げかけた。

 多くのヴィランと相対してきたオールマイトの経歴には、不幸にも友人・知人が悪の道に堕ちてしまうことは何度か経験している。それでも、平和のためと歯を食いしばって打倒してきたのだ。

 そんな彼にここまで影響を与える存在とは何者なのか、塚内が疑問に思うのも当然といえる。

 

「彼とはヘドロヴィランを追っていた時に救けたのが出会い(ファーストコンタクト)でね。その時に彼にこう聞かれたよ……

『“個性”がなくともヒーローになれますか』

とね」

「無個性でヒーロー……それは……」

「ああ、普通に考えれば無茶な話。私も彼には厳しい言葉を送ったよ。

個性(ちから)がなくとも成り立つとはとてもじゃないが言えない。夢を見ることは悪いことじゃないが、現実も相応に見なくてはな』

だったかな。

 いま思えば、そんなこと彼が一番分かっていたことだったろう。それでも私に問いかけてきたのは……」

「オールマイト……」

「まったく情けない。救いを求める手を払いのけて何がヒーローだ」

 

 拳に力を籠め、悔しさを握りつぶす。

 

「あまり自分を責めるな、オールマイト。彼がヴィランになったのは君のせいじゃない」

 

 優しく慰めの言葉をかける塚内警部であったが、オールマイトは首を横に振って答える。

 

「いいや。私はNo.1ヒーローの名前に知らず知らずのうちに傲慢になっていたんだよ。それを教えてくれたのが彼だった。

 無個性でありながら、その場のどのヒーローたちも――私も含めたヒーローたちが立ちすくむ中、友人を救けるために飛び出していった彼にヒーローの輝きを見たんだ。

 それこそ私の個性(ちから)を受け継いでもらいたいと思えるほどに」

個性(ちから)を!? そうか、君が選ぶほどの人物だったのか」

「あの日、私は彼のノートを拾った。もしあの場所で敵の手に落ちたのだとすれば、もう少し早く駆けつけていられたのなら彼にちゃんと言えていたはずなんだ。

『君は、ヒーローになれる』

 彼が一番欲しかった言葉を」

 

 ヒーローは遅れてやってくる。

 事件が起きてから動かざるを得ないヒーローの宿命のような言葉だ。

 ヴィランの起こす事件に後手に回ったせいで、救えなかった命を前に『もう少し頑張っていれば……』『もう少し力があれば……』と、新米ヒーローならば一度は経験する思いだ。

 そんな後悔は何の役にも立たず、経験を重ねるごとにその失敗をかみしめ次に活かす術を身に着けていく。

 だが、ベテランヒーローであるオールマイトも、今回の事件はそんな思いを考えずにはいられないのだった。

 

 己の力の無力を後悔するオールマイトに塚内警部は、

 

「それでどうするんだい? その少年と次にあった時に君はどう行動する?」

 

 と、現実的な問題を突きつけた。

 オールマイトは覚悟を決めた顔で告げる。

 

「次に会ったときは……私が……責任を持って彼を……倒す!」

 

 宣言するのは悲壮な決意。

 オールマイトが出した、救えなかった緑谷出久への責任の取り方の答えだ。

 だが、

 

「おいおい、らしくないなオールマイト。君の口から出た言葉とは思えないよ」

 

 長年の友人である塚内警部は、その決意に水を差す。

 

「ら、らしくないって、塚内君~ン」

「だってそうだろう? いつもの君なら“倒す”なんて言葉は使わない。僕の知っているオールマイトっていうヒーローならこう言うはずだ『彼をヴィランから“救ける”』ってね」

「彼を……救ける?」

 

 塚内警部の言葉を呆けたようにおうむ返しで返すオールマイトに塚内警部は頷いて言葉を重ねる。

 

「君がそこまで見込んだ彼が、いくら現実に夢破れたからといって悪の道に走るとは思えない。むしろ、無個性とわかってから10年も諦めきれなかった思いを裏切ることなんかできるかな?」

 

 思い起こすのはUSJでの最後の戦闘。

 一年遅れで伝えた言葉に、彼は大きく動揺していた。

 自分の言葉は確かに届いていたのだ。

 

「そうだ、まだ諦めるには早い!」

 

 希望を見出し、目に光が灯る。

 緑谷出久はまだ悪に染まりきってはいない。

 そう信じると決めたのだ。

 

「それに、彼が洗脳されている可能性もある。

 彼が個性を複数使っていたことは、生徒の証言からも確認されている。無個性だった彼が“ヤツ”から個性を与えらえれて手駒にされた――――と、考えるのが自然じゃないかな」

「“オール・フォー・ワン”……あいつの仕業か」

「その可能性が高い。ヤツなら洗脳系の個性を持っていても不思議じゃないからね」

 

 事件の背後に宿敵の影が見えたことで、ますます戦意を高ぶらせるオールマイト。

 そこには先ほどまでの力ない姿はもはやない。

 

「ヤツの好きにはさせない。次こそ決着をつける! そして緑谷少年を救って親元へ返す! それが『オールマイト』の、『8代目ワン・フォー・オール継承者』としての最後の役目だな!!」

 

 意気揚々、決意を新たにするオールマイト。

 この次に戦いの場に出た時には、ためらうことはないだろう。

 

 だが、その前に、オールマイトはもう一つ厳しい現実と向き合わねばならなかった。

 

 

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 この日、爆豪は人生最悪の日だと思った。

 一年前に姿を消した格下の幼馴染がヴィランとなって現れ、あまつさえ自分は手も足も出ずに敗北した。

 それだけでも耐えがたい屈辱であったが、加えて顔見知りであるということから警察に事情聴取を受ける羽目になったのだ。

 戦闘と腕の骨折の治癒に体力を消耗していたところに、過去の話――――それも爆豪には話し辛いこと――――を根掘り葉掘り聞かれたのだ。

 そんなこともあり、爆豪の機嫌は最底辺を記録している。

 近寄れば噛み付きそうな手負いの獣じみた爆豪。

 彼に話しかけるのはよっぽどの理由があるのだろう。そう、目の前に立つ轟と切島のように。

 

「んだよ。邪魔だ、ブッ殺すぞ」

(わり)い、話がある」

「知るか、ボケェ! なんでてめえの話なんぞ聞かなきゃならねえんだ!?」

 

 話しかける轟に構わず、立ち去ろうとする爆豪。

 それを慌てて切島が引き留めた。

 

「待て待て、疲れてんのは分かっけど、少しくらい話をさせろって」

「ヤダ」

「なっ、ヤダって、子供か!?」

 

 まったく取り合ってくれない爆豪に切島が頭を抱える。

 まだ短い付き合いだが、爆豪に振り回されていることが多いのが切島だ。

 

「おまえが疲れてるかどうかは興味ねえ。あの骸無とかいう野郎とおまえ、知り合いっぽかったよな」

「ああん!? なんだ、てめえ喧嘩売ってんのか?」

「ちょ、轟も火に油を注いでんじゃねえよ!?」

 

 空気も読まず、質問を投げかける轟だが、一言多いせいで爆弾を投下してしまっている。

 ただでさえ機嫌の悪かった爆豪は即座にヒートアップ。轟とにらみ合うこととなった。

 隣で見ている切島は、キリキリと胃が痛むのを感じた。苦労人臭が漂っている。

 

「あいつと知り合いなら、知っていることを教えろ」

「ずいぶんと命令口調で言ってくれるじゃねえか、オイ! てめえに教えてやる必要はねえな!!」

「そうか、知らないとは言わねえんだな」

「……チッ!」

 

 失言だったと舌打ちをして顔を歪める爆豪。

 言葉の内で、関わりのあることを認めてしまったことに気が付いたのだ。

 

「だからなんだ! てめえには関係ねえ話だろうが! いちいち首ツッコんでくるんじゃねえ、クソが!」

 

 関わりがあることを知られたからといって、話してやる義理はないと拒絶する。

 だからと引き下がるような二人ではない。

 

「無関係じゃねえよ。ヤツが雄英(ここ)を襲った時点で全員関係者だ。特に、ヤツと直接戦ったのは俺たちだからな」

「そうだぜ。またあいつが襲ってこねえとも限らねえ。その時に詳しい話を聞いてれば対策が取れるかもしれねえ。今後のみんなのためになることを自分が嫌だからって話さないのは男らしくねえぞ、爆豪!」

 

 無関係ではない。話す義理はなくとも義務はある。

 そう主張する二人に爆豪は足を止めた。

 

 また、デクと戦うことになる。再度あいつと会ったときに自分はどうするのか?

 

 1年ぶりに会った、姿も、力も、そして性格すらも変わってしまった幼馴染のことを思い出してみる。

 いつもおどおどしていて、それでいてどれだけ痛めつけても自分の後ろをついて来ていた無個性のデク。路傍の石っころくらいの認識しかなかった相手。

 こうして改めて考えてみると、長年の付き合いにも関わらず自分は緑谷出久という人物のことを何一つ知らないことに気が付いたのだ。

 

 ヒーローに目を輝かせてヒーローになると夢を語っていた裏で、どんな闇を抱えていたのか。

 自分がその夢を馬鹿にするたびに、もしかすればその闇は少しずつ積み重なっていったのではないか。

 

 そんな鬱屈とした考えが頭から離れず、爆豪の苛立ちをさらに強めることとなっている。

 

 緑谷出久は何を考えてヴィランになったのか。

 その最後のヒントとなるのは、他ならぬ爆豪本人だった。

 

 あの日、出久のノートが落ちていた現場は、最後に爆豪と出久が言葉を交わした場所からさほども離れていない場所だった。

 つまり、最後に出久と会ったのは爆豪なのである。

 

『あいつ、あの時何を考えていた? どんなことを思っていたんだ? クソ、分からねえ……』

 

 爆豪自身ですら理解できていないのに、他人に話せるはずもない。

 話すことなど一つもない。

 

「あいつと俺の問題だ。話すことなんかねえよ。それに、あいつと戦うのは俺だ。譲るつもりも無え」

「お、おい、爆豪!」

 

 止める切島を振り切り歩き出す。

 

 今まで知ろうともしなかった幼馴染と正面から向き合うことを決めた爆豪。

 その方法は一つだけ。

 

「あいつは、俺が直接ブッとばす!」

 

 拳を交わす。それだけである。

 いまさら言葉だけで終わるような関係にはなっていないのだ。

 

 覚悟を決めた爆豪だが、ふと脳裏に1人の人物がよぎった。

 

「チッ、あのクソナードが。インコおばさんになんて言えばいいんだよ」

 

 

 

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――――折寺総合病院

 

「……出久」

 

 一冊のノートをベッドで捲る女性。

 緑谷出久の母、緑谷インコだ。

 

「緑谷さん、またあのノートを開いてますね」

「ええ、いなくなった息子さんが残していったノートなんですって」

「緑谷さんもお気の毒ですね。行方不明になった息子さんを心配して心労が祟って入院ですもの」

「息子さんが見つかれば、緑谷さんも元気になるんでしょうけれど……」

 

 病室の前を看護士が心配そうに見つめながら通り過ぎる。

 緑谷インコは、息子が行方不明になったショックから精神を患い入院している。

 もはや、看護士のおしゃべりも聞こえていない様子で、一心不乱にノートを見つめていた。

 

 タイトルは「将来のためのヒーロー分析ノート No.13」

 

 そのノートは焼け焦げ、汚れてしまっていた。




とりあえず、襲撃のあった雄英サイドのお話でした。

息子が行方不明になって平気でいられるほど、インコお母さんは強くないと思います。
次回は、敵サイドの閑話を挟みます。

その後は本編、雄英体育祭編の予定です。

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