「ったく、あいつらゴネすぎなんだよ。さっさと頷いておけばいいものを」
「仕方ありません、死柄木弔。彼らにも面子というものがあるのですから」
悪態をつく死柄木を黒霧がなだめる。
ヴィラン“連合”の結成のための交渉を終えた死柄木は、その疲れもあってイラついていた。
もともと気の長い性格をしているわけではない死柄木にとって、一癖も二癖もある悪人どもとの会談はよほどストレスのたまるものであったらしい。
「あー、気分が悪い。少し出かけて来るぞ、黒霧」
「待ちなさい、死柄木弔。一人で出かけては危険です。護衛を連れていかねば」
気分転換に外出しようとする死柄木を黒霧が呼び止める。
既に死柄木の存在は世間に知れ渡っているのだ。
さすがに一般市民まで顔が割れているとはいえないが、警察やヒーロー関係者には重要人物として知れ渡っていることは間違いない。
そんな状況で死柄木を一人で放り出すなど常識人である黒霧にはできなかった。
もしヒーローに見つかろうものならと考えると、胃がキリキリとする黒霧であった。
「ハァ? おいおい、ガキじゃないんだぞ。大の大人が出かけるのに付き添いなんかいるか」
「以前とは状況もあなたの立場も違うのですよ! そこは自覚してもらわねば困ります」
「いちいち口うるさいやつだな、黒霧は」
黒霧の心配も知ったことではないと、死柄木は面倒臭そうにため息をつく。
その様子を隣で見ていた骸無は、
『この間見てた時代劇の若殿様と爺やみたいだ』
と、呑気に考えていたりする。
その間にもいくつか死柄木と黒霧の間でやり取りがあったらしく、気がつけば骸無が死柄木の護衛として着いていくことになっていた。
あまりぞろぞろと人数を連れていきたくない死柄木と、連合でもトップクラスの戦闘能力を誇る骸無なら護衛として十分だろうと考える黒霧との妥協点らしい。
死柄木のわがままに巻き込まれたようだが、いつものことと諦めて立ち上がる骸無。
「それで、死柄木クン。行き先は?」
「ショッピングモール。木椰区にあるショッピングモールだ」
死柄木の返事を聞いて、後に続く。
人混みに紛れれば目立たないだろうが、逸れないよう気をつけよう。
と、護衛方法を考える骸無であった。
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ーーーー木椰区ショッピングモール
「さて、どうしたものかな」
骸無は一人ショッピングモールの広場で思案に暮れていた。
結論から言うと、死柄木と別行動をするはめになっている。
いろいろと護衛のシミュレーションをしていたが、まさかおいていかれるとは……と、骸無はため息とともに髪をくしゃりと撫で上げた。
物事はつい数分前のこと。
~~~~~~~~~
『骸無、俺は一人でブラついてくるからどこかで時間をつぶしてろ』
ショッピングモールに着いた途端に、単独行動を宣言する死柄木。
骸無は思わず呆れた口調で言う。
『死柄木クン、護衛の意味分かってる?』
『おまえ、俺のことバカにしてるだろ。護衛ってのは要は何かあったらすぐ駆けつけるようになってればいいものだろう?
なら、俺の近くでべったりくっついてる必要はないはずだ』
『いや、近くにいないと何かあった時に……』
死柄木の持論に反論しようとするが、死柄木は強引に意見を押し通す。
『ほら、これを渡しておくから、何かあったらすぐにそれで連絡するよ。それでいいだろ』
『……これは?』
そういって投げ渡されたのは7インチのタブレット。
画面をスライドさせてロックを解除すると、いくつかアプリが入っている。
『それに俺のスイッチ一つで俺のGPS情報が送られてくるアプリが入ってる。緊急時にはそれを使って呼び出すさ』
自分のスマホをひらひらと見せつける死柄木。
該当のアプリを開いてみれば、こちらからも位置情報を確認できるようになっていた。
どうやら外出するにあたって用意していたらしい。
随分と準備がよくなったものだと感心する骸無。
本人が準備したこともあり、その意思に従うことにした。
もとより“先生”からは死柄木の意見を尊重するように言いつけられている。
自分のスペックならばこのショッピングモールくらいならすぐ駆けつけられるだろう。
そう思い、死柄木の背中を見送った骸無だった。
『あっ、おい。中にある電子書籍は読んでもいいが、しおりの場所は変えるなよ。あとから続きを読むからな』
……本当に、準備がいい。
~~~~~~~~~
こうして一人になったわけだが、このまま広場に突っ立っているわけにもいかない。
そう思って、時間をつぶす方法を探して歩き始めた骸無。
ちょうど、手にはタブレットもある。
思いついたのは喫茶店で過ごすことだった。
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雄英高校1-Aのメンバーで合宿前にショッピングへ。
そんな期末試験後のささやかなひと時になるはずが、麗日お茶子は思わぬ危機に直面していた。
各自欲しいものを買いに別行動となり、いくつか店を回って目的の品を手に入れたお茶子。
待ち合わせの時間まで、少しばかり余裕があったので気になっていた喫茶店に入ることを決めたのだが、そのことを今猛烈に後悔している。
夏休みの期間に入っているということもあって、店内は混み合っており、店側から相席をお願いされて快く引き受けた。
せっかくの機会だから相席くらい……などと考えたのが運のつき。
案内された席で、相手の顔を見た瞬間に表情が凍りついたのを自覚した。
「すみません、相席お願いしま……すぅ!?」
「ええ、どう……ぞ?」
お互いに顔を見合わせる。
ヴィラン連合対ヒーロー用改造人間“骸無”こと、緑谷出久。
雄英高校ヒーロー科、麗日お茶子。
予期せぬ出会いであった。
『うわあああ、どうしよう。警察!? でもこんなところで通報したら周りの人たちが……』
パニックになりかけながらも、頭の中で対応を考えるお茶子。
場合によってはその身を犠牲にしてでも……と、覚悟を決める。
「……今日は戦いに来たわけじゃない。できれば騒ぎは起こしたくないからそちらが何もしなければこちらも何もしないよ」
だが、お茶子の懸念に反して骸無は落ち着いた反応を返してきた。
その意思をお茶子は念を押すように確認する。
「私が黙ってるなら何もしないってことだよね」
「そう。騒がず、何事もない顔をして過ごす。それがお互いのためだよ」
頷く骸無を見てお茶子も席に座る。
どこまでその言葉を信用できるかわからないが、いまは他に選択肢はなかったからだ。
さりげない顔で店員にコーヒーを注文してから目の前の骸無に目を向ける。
タブレット片手にカップに口をつける骸無は、お茶子のことなど全く気にしていないようだった。
曲がりなりにもヒーロー科の生徒である自分を前にして視線も寄越さないとは、全然脅威だと思われていないらしい。
その慢心とも言えるような余裕さに対抗心が沸き上がったお茶子は一つしかけてみることにした。
『ウチのこと、侮ってくれてるならもしかしたら油断して情報を漏らしてくれるかもしれない!』
会話の中から情報を引き出す。
そんな訓練は受けたこともないし、経験もないのだが、ヒーローの卵としてヴィランを前に何もしないということは選べなかったのだ。
恐る恐るという様子で、話しかけるお茶子。
「さ、さっきから熱心になにか読んどるけど、何を読んでるの?」
「……○ャンプの漫画」
「ま、漫画!? 意外だ!」
ヴィランが読んでいるものは何か? もしや犯罪の計画か?
と、身構えたところで答えは漫画。それも夢溢れる少年誌だ。つい驚いてしまうのも無理はないだろう。
ヴィランが少年漫画って、と思うお茶子の視線に、骸無は少し拗ねたように言う。
「……ボクだって漫画くらい読むさ」
「そ、そうだよね。別に読んでたっておかしくないよね! ……えっと、漫画好きなの?」
「別に」
機嫌が急降下したらしい骸無は言葉少なく返事をする。
とてもじゃないが円滑なコミュニケーションができる状況とは言えない場の雰囲気にお茶子は心の中で頭を抱えていた。
『あかん。全然だめだ。これ、どうしたら……いや、諦めちゃだめだ。もっと話題を投げかけないと』
「そ、それにしてもタブレットで漫画読むってことは紙より電子書籍派なの? 私の周りで使ってる人少ないから気になって」
「別に。
「え、ヴィラン連合じゃ漫画入りのタブレットが支給されるん?」
「まさか。これは死柄木クンの私物さ」
「死柄木って、ヴィラン連合の首領の?」
「そうだけど」
…………。
今、最も勢力を誇るヴィラン組織の首領が少年誌を購入しているという風景が想像できなくて、お茶子思わずフリーズ。
こんな役に立ちそうもない情報を得てどうしろというのか。
「ちなみに購入履歴は『T○ loveる』『いち○100%』『ゆらぎ荘の○奈さん』とかだね。
なんか死柄木クンの趣味が窺い知れるな」
「えーっと、なんというか男の子だね」
ヴィラン連合の首領の漫画の趣味をお茶子は知った。
『どうしてくれるん!?。次に死柄木が登場したときにシリアスに見られないー!』
もうお茶子の中では死柄木は「エロス漫画好き」の人である。
どんな顔をして彼を見ればよいのだろうか。
これ以上この方面の話題で話を続けても収穫は得られそうにない。
そこで、お茶子は思いきって話題転換をしてみることにした。
「そういえば自己紹介してなかったね。私、麗日お茶子です」
「……知ってるよ。こんなことをして、敵同士で仲良くなる必要はないと思うんだけど」
改めて自己紹介から始めてみたものの、見事な塩対応。
が、いまさらなのでその程度でめげるお茶子じゃない。
「でも、なんて呼んだらいいのか分からないじゃん。骸無ってこんなところで呼ぶわけにもいかないでしょ」
周囲の目がある状況で
その言葉に一理あると思ったのか、骸無は少し嫌そうな顔をして答えた。
「なら、骸無以外で好きに呼べばいいよ。どう呼ばれたって気にしないさ」
あくまで冷淡な骸無。
そこにお茶子は爆弾を投下する。
「じゃあ、デク君って呼ぶね!」
「やめて。その呼び方だけは絶対嫌だ」
即前言撤回。
物凄い拒絶感をあらわにする骸無に、お茶子はようやく少し優位を引き出せたと感じて笑顔になった。
「だって、爆豪君がそう呼んどるの聞いたし……それが名前かと思ったんだけど」
「そんなわけないから! 蔑称だから! くそう、かっちゃんめ。今度会ったらただじゃおかないぞ」
心底嫌そうに顔を歪めて爆豪への恨み言を言う骸無。
その様子がさきほどまでのどこか怖いイメージから親しみのある印象を受けて、つい気を緩めたお茶子はなんとも当たり前のことを口に出した。
「デクって呼び名、本当に嫌なんやね」
「あたりまえじゃないか。『何もできない木偶の坊』だから“デク”なんて呼ばれて嬉しい人なんていないさ」
怒りを隠さずに返事をする出久の様子に場の空気がまた悪くなる。
話し辛くなってしまった状況にお茶子はなんとかしようと、そのまま思ったことを口にしてしまった。
「でも、『デク』って……『頑張れ!!』って感じでなんか響きが好きだな、私」
「……なんだって?」
お茶子の言葉に驚きで目を見開く出久。
しばしの間呆然としたあと、クツクツと笑い始めた。
「クックックッ、『デク』の響きが頑張れ? ハハッ、面白いことを言うね」
「そ、そんな笑うことないやん」
何がツボったのか分からず少し戸惑うものの、ようやく出久の笑い声が聞けた。
これで多少は場の雰囲気がなごむと一安心したお茶子だったが――――
「ああ、おかしいな。あまりに可笑しくて……
「ひぅ!」
彼の目を見た瞬間、自分が失言してしまったことに気が付いた。
怒りに歪む濁った緑の瞳。
逆鱗に触れてしまった。
彼女の言葉は緑谷出久の心の負の面を刺激してしまったのだ。
「『頑張れ』だって?
どんなに努力しても、どんなに結果を出しても誰も認めようとしなかったのに!
頑張ろうと、努力しようとする意思すら『“無個性”で何もできないデク』だって笑われてきたのに!?」
「え、“無個性”って……どういう」
明確な怒りを見せる出久。
聞こえてきた単語に思わず聞き返すお茶子だったが、出久にはもう聞こえていない。
「『デク』が『頑張れ』だって? これ以上、何を頑張ればよかったんだよ。頑張っても頑張っても“個性”がなければだれも僕を認めてくれないくせに!」
声を絞り出すように吐き出す出久にお茶子は何も言えなくなる。
出久の頭の中に過去に浴びせられた言葉たちが浮かび上がる。
『勉強ができるだけじゃヒーロー科は入れねんだぞー』
ーー僕が頑張って勉強したことは無駄なんだろうか……
『“無個性”のくせに、私より成績がいいなんて』
ーー成績と無個性は関係ないじゃないか……
『体力作り? “無個性”が頑張ったところで“個性”なけりゃ無駄だろ?』
ーーまだ初めてもいないのにどうして“無個性”だからと否定されなければいけないんだろう……
『来世は個性が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!!』
ーー“無個性”は生きている価値すらないのか……
『ごめんねえ出久、ごめんね……!!』
ーー僕が“無個性”だから母をこんなに悲しませたんだ……
理不尽な侮蔑を受けても、泣きながら僕を抱きしめて謝り続けた母を思って耐えてきた。
一度でも表に出せば母に八つ当たりをしてしまいそうだったから。
「どうして“無個性”に産んだの?」って。
だから見ないふりをしてきた。
だが、もう無理だ。
緑谷出久は気が付いてしまった。
人を救うヒーローに憧れる一方で“個性”を自由に使うヒーローへ、個性を当たり前のように使う人たちへの嫉妬があることを。
“個性”前提の超人社会において“無個性”の緑谷出久はどうやったて社会の爪弾き者だ。
世界総人口の8割が特異体質というものの、世代別にみれば年が若いほど“無個性”の比率は下がっていく。
ましてや十代の出久ともなれば、僅かなマイノリティでしかない。
出久の中で何かが壊れる音がした。
「ありがとう。君のおかげで
何も言えないお茶子にお礼を述べて席を立つ。
「ボクの居場所は
笑って去っていく
緑谷出久は……もう戻れない。
メインヒロインのお茶子を登場させたのにこの扱い。
ああ、お茶子ファンからの低評価が見えるぞ……!
今回の話を書くにあたって緑谷くんについて自分なりに考察してみました。
活動報告につらつらと載せてあるので、お時間があればどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=149990&uid=28246
ノベルゲーム風に
ルート分岐条件②「お茶子と出会う」が解放されました。
バットエンド条件「ショッピングモールで出会う」を取得しました。
ショッピングモールでの選択肢
①喫茶店
②???(未開放)
③???(未開放)