~爆豪~
朝のトレーニングでかいた汗をシャワーで洗い流し、一息つく爆豪。
グラントリノに課せられたトレーニングはハードであったものの、もともとストイックな爆豪にとって苦痛に感じることはなかった。
むしろ、直接指導を受けて厳しくしてもらった方がありがたいくらいだ。
保須市での事件に関わった結果、無資格で個性使用による戦闘行為を行った責任を問われて、指導者であるグラントリノに半年の教育権の剥奪が言い渡された。
その結果、爆豪はグラントリノの指導を受けられなくなり、こうして与えられたメニューをこなす自主トレーニングをして職場体験の期間を過ごすこととなったのだ。
ある種の謹慎に近い措置だが、かなり温情をかけられたものといえる。もっとも、当の本人には不満しかないようであるが。
朝食を撮りつつ眺めるテレビのニュース番組。
話題が切り替わり、保須市の事件が取り上げられた。
『……改人はすべて逮捕され、事件は収拾を迎えました。いやあ、物的な被害は大きかったですが、人的被害がほとんど無かったのは不幸中の幸いですね。宮城さん』
『そうですね。今回の事件は死者がでてもおかしくないところをヒーローたちがよくやったと思います。
ただ、この裏には
女子アナのフリを受けて片角の熟練キャスター宮城がコメントをつなぐ。
『今回、同時多発的に起きた無差別襲撃事件にヒーローたちは後手にまわってしまいました。その手の回らなかった部分を市民による自発的な治安活動によって補われた……という事実があります』
テレビの画面にはオールマイトをモチーフにしたパーカーを着た青年と、露出の多い衣装を身に纏った少女が市民の避難誘導をしている姿が映っていた。
そのほかにも個性を使い脳無の攻撃を防ぐ者や増強型の個性なのか殴りかかる者などヒーローではない者たちがヒーローのように活動する姿がテロップとともに流れた。
映像が終わり、コメンテーターたちが意見を交わしあう。
『いやー、素晴らしい! 危険を顧みずに人のために活動する。資格はありませんがまさにヒーローでしょ、これは』
『いやいや、個性の無許可使用は違法でしょ? 手放しで褒められることじゃないですよ~』
『あなたねぇ、悪いことしてるならともかく、人助けだよ? 人助け。良いことをして責められるのはどうかと思うよ、僕は!』
『いやいや、そうですけどね! 問題なのはその“良いこと”が法律違反ってことでしてね。どうせなら彼らの行動を合法化するべきじゃないですかね?』
『いいねー! そうなったらヒーローより活躍しそうじゃない』
最近ヒーローって頼りないし!
という、ハットをかぶったコメンテーターの言葉に画面の向こうで笑い声がおきる。
「……ブッ殺すぞ、この野郎」
現場のヒーローの苦労も知らずにいい加減なコメントをするコメンテーターに苛立つ爆豪。
本人が目の前にいたら爆破してやるといわんばかりのヴィラン顔でテレビを睨みつける。
そんな爆豪の溜飲を下げたのが宮城キャスターのコメントだ。
『みなさん、
『どんな問題があるのでしょう?』
『はい、彼らはヒーローと違い法律ではなく彼らの“正義感”、つまり、独自のルールの下で活動しているわけです。法律と違い明確な基準がないわけですから、彼らの活動は容易く過激化します。
最悪、犯罪者の殺害を正当化して動きかねません』
『殺害……穏やかじゃないですね』
『そうです。彼らの考えだけで殺すかどうかの判断が決まるわけですから、その攻撃性がいつ我々に向かうかわからない怖さがあります』
『そもそもヒーロー制度は――――』
テレビの向こうで白熱した議論が続けられる。
それを横目に爆豪はぼそりとつぶやいた。
「
どんな状況になろうとも爆豪の芯はブレない。目指すものはいつも一つだ。
誰にも負けない、最高のヒーローだ。
そしていつか……あの幼馴染を……
~飯田~
兄の遺影の前で手を合わせる飯田。
その心中で思うのは兄への謝罪の言葉だった。
『すまない兄さん。俺は危うく兄さんの名を汚すところだった』
兄の仇を討つために復讐を志す。
そんな物語は多くの人の共感を得ることだろう。
だが、ヒーローを、兄の名を継ぐことを目指す自分が選んではいけない道だった。
その方法も、ヒーローとして兄を殺した犯人を捕まえるというならともかく、
法を守らねばならないヒーローが、法律よりも復讐心を優先する。
その姿は憧れる「ヒーロー」とはまったくかけ離れてしまっていた。
「今はまだ兄さんのヒーローネームを継ぐことはできない。だが、いつか……その時まで見守っていてくれ、兄さん」
自分の未熟さを痛感した今回の事件。
だからここから、改めて自分の憧れたヒーローを目指す。
そう、兄に誓うのだった。
~轟~
病院のエレベーターのボタンを押す。
入院している家族のお見舞いのために、轟は病院を訪れていた。
お見舞いの品は特になく手ぶらで。
入院している家族は花を愛でるような性格でもなく、かといって食べ物も今は受け付けない状態だ。
そもそもとして、入院しているその家族へ物を贈りたいと轟本人が思えないのが一番の理由だったりするのだが。
病室に着き、ノックをする。
中から意外にも女性の返事が聞こえて驚いてドアを開ける。
声の主は入院服姿の女性。自身の母親だった。
「……来てたんだな」
「ええ。私はいまはすることもないから」
見舞客用の丸椅子に座る母に話しかける轟。
長年の確執を感じさせない穏やかな会話だ。
「そうか。体は大丈夫なのか? 無理してないよな?」
「大丈夫よ。私より心配ならこの人にしてあげて」
そう言って視線を向ける先には夫のエンデヴァーに向けられていた。
No.2ヒーロー「エンデヴァー」
事件解決数史上最多を誇る偉大なヒーローは雄英体育祭で重傷を負って以来、意識不明のままであった。
「親父は相変わらずなのか?」
「全然目を覚まさないわ。あんなに元気だったあの人がこんな風になるなんて……夢を見てるんじゃないかと思ってしまうわね」
父の様子を問えば、悲しそうに返事をする母。
その姿を見て轟は複雑な感情を抱く。
あれだけ酷い扱いを受けていながら、いまだに母は父のことを愛している。
その様子を肌で感じて、轟は自分が父親に向けていた怒りや憎悪が本当に正しかったのかわからなくなる。
父と母の間の、自分のわからない絆が存在していて、その二人の関係は自分が考えられないような形だったのかもしれない。
そんな考えがよぎる轟だった。
だからと言ってエンデヴァーが自分と母にしたことを許せるかと言えば別問題で、相変わらずエンデヴァーの人格は有体に言ってクズだと思っているし軽蔑している。
しかし、前とは違った部分がある。
人格が認められないからといって、エンデヴァーのすべてを否定することはやめたのだ。
『本当のヒーローは好き嫌いで物事を判断しない』
轟が最近気が付いた事実だ。
クズな人格のエンデヴァーも、大嫌いだと公言してはばからないオールマイトとも仕事の場では全力で協力していた。
そこに一切の手抜きはない。いつでも全力で事件にあたるのがエンデヴァーだった。
ヴィランが相手だろうと、救助者を前にしても、事務所の運営にしても、すべてに対して全力だった。
ともすれば、そのエンデヴァーの全力をもってしても越せない壁がオールマイトだったのではないだろうか。
その結果、自分の息子にオールマイトを超えさせることに全力を注いだのだとしたら……
『俺も人のことは言えねえが、随分と不器用な生き方だな』
父親の気持ちを想像して心の中でため息を吐く。
この男、家族にも自分の心の内を語ったことなどなかった気がする。
受け入れてくれるか分からないが、目が覚めたら会話が必要だと轟はしみじみと思うのだった。
「ねえ、焦凍。この前の職場体験で事件に巻き込まれたというのは本当なの?」
父について思いをはせていると、母が心配そうに前回の事件について尋ねてきた。
本当のところ、巻き込まれたというよりは自分から関わりにいったのだが、わざわざそれを告げて心労を増やすこともないだろうとぼやかして返事をする。
「本当だ。だが、周りにヒーローも多くいたからそこまで危険でもなかったな」
「でも……おまえの側にいつもヒーローがいるとは限らないでしょう?」
「心配しすぎだ、母さん。雄英でも訓練は毎日受けているし、腹立たしいが親父にガキの頃からしごかれた分だけ同年代より経験も積んでる。だからそう簡単にやられねえよ……腹立たしいが」
心配する母を安心させるため、嫌いな父親のことも持ち出す轟。
よっぽど嫌だったのか二回も「腹立たしい」を使っているところが轟の本心が見て取れるが。
「そうね。おまえがヒーローになるために頑張っているのは知っているわ。でもね、それでも心配になるのが母親なの」
エンデヴァーに向けていた目を轟に合わせ、真剣な表情で言う。
「私と同じ病棟の階にいるお母さんなんですけど、息子さんが一年前くらいに急に行方不明になってしまったそうなんですって。
いなくなってしまった息子さんのことが心配で心配で、不安で不安で心が病気になってしまったの」
子供への想いだけで、心が壊れる。それが母親なのだと訴える。
だからね、と言葉を続ける。
「何があっても無事に帰って来て、焦凍」
不安に揺れる母の目を見て轟は強く頷く。
「ああ、約束する。絶対に無事に母さんのところに帰ってくるさ」
幼少のころ守れなかった母親の心を守れるように。
そう誓う轟だった。
ヒーローサイドの3人を取り上げました。
次回はヴィラン(骸無)サイドです。
ついでに活動報告も更新しました。
良かったら見てください。
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