緑谷出久が悪堕ちした話   作:知ったか豆腐

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夕方というよりはもはや夜ですね。
遅くなりました。
本日2度目の更新。本編です。


緑谷出久は保須市にきました 後編

――――グラントリノヒーロー事務所 地下

 

「どうした? それで終わりか、受精卵小僧ども」

 

 壁に張り付き見下ろす熟練のヒーロー、グラントリノ。

  

「くっ、(つえ)えな」

「チッ、クソが!」

 

 見下ろした先には息も絶え絶えに膝をつく轟と爆豪の姿があった。

 現在、職業体験三日目。

 事務所地下にある特別訓練ルームにて実戦形式の訓練を受け続けていた二人は、過去に戻って職業体験初日の自分たちを殴りたい気持ちでいっぱいだった。

 なんで見た目で判断なんかしてしまったのか。

 

『ああ? なんだこのじじい』

『誰だ君たちは!?』

『なぁ、大丈夫なのか、これ』

 

 ファーストコンタクトの会話がこれだ。

 認知症の老人にしか見えなかったグラントリノだったが、その後に案内された地下訓練ルームに入ってからは人が変わったようだった。

 スパルタ訓練である。

 身体も個性の使い方も拙いものならともかく、爆豪・轟の二人は技術・身体ともに才能に溢れているため必然的に訓練は厳しいものになった。

 奇しくも憧れのオールマイトと同じく「ひたすら実践訓練でゲロを吐かせられる」羽目になっていた。

 こんなことが共通の体験になったからといって喜べるのはバカがつくほどのオールマイトファンくらいのものだろう。

 

 

「まだだ。とっとと続けんぞ! ブッ殺してやる!」

「このくらいで止まってられねえ。もう一本お願いします」

 

 戦意を露わにする二人。

 グラントリノはそれをいったんたしなめた。

 

「いいや、これ以上同じ戦法の奴(おれ)と戦うと変なクセがつく。フェーズ2に移行だ」

「フェーズ2?」

「ってことは?」

「職場体験……つーわけで、いざ(ヴィラン)退治だ!」

 

 ニヤリと笑うグラントリノ。

 彼らが向かう先は東京。

 その途中には、保須市が……波乱の舞台が待ち構えていた。

 

     ===============

 

 ――――保須市

 

 兄の葬儀を終えた飯田は職業体験先、保須市に舞い戻っていた。

 インゲニウムの事務所はサイドキックたちによって何とか運営されており、飯田の面倒も事務所のNo.1サイドキックに見てもらっている。

 街のパトロール中にサイドキック筆頭「ランドスピナー」が飯田に話しかける。

 

「天哉くん。君が戻って来た理由はなんとなく察している」

「……はい」

「そのうえで言わなければならない。骸無への復讐を考えているのならやめろ」

 

 兄の仇のため、復讐のために戻って来た飯田に真っ向から反対する言葉を告げる。

 

 ヒーローは私怨で動いてはならない。

 ヒーローには逮捕や刑罰を執行する権限はない。

 ヒーローの活動が私刑となってはならない。

 もしそれを行動に移すならば、重い罪となる。

 

 だが、そんな言葉は飯田にとってはとうに理解している言葉だ。

 それでも、気持ちを抑えることができない。

 復讐、敵討ち。

 このふつふつと湧き上がる憎悪の気持ちはどこにぶつけるのか?

 そんなもの、決まっている!

 

 そして、その機会はすぐ訪れた。

 

      ===============

 ビルの上から保須市を見下ろす骸無。

 彼に与えられた任務は一つ。

 “ヴィラン殺し”ステインの抹殺だ。

 

『“ヴィラン殺し”。ヤツは連合の邪魔になる。

 あいつのカリスマは必ずほかの奴らに影響を与えるはずだ。俺たちの影響力を邪魔する存在は消しておくにかぎる。

 いいか、いまの世の中のはぐれモノたちにとって俺たちが一番の存在なんだ。そんな状況でほかのカリスマなんか邪魔でしかないだろ?

 だから消せ! ヤツを抹殺しろ、骸無』

 

 死柄木からの指令を思い出し、顔を上げる。

 任務開始だ。

 手を振り上げ、脳無たちに指示を送る。

 

 6体の脳無が街に放たれ、無差別に破壊活動を開始する。

 騒ぎが起こればヤツはそれに乗じて活動をするはず。

 その機を逃さず、ステインを抹殺する。それが今回の任務だ。

 ・

 ・

 ・

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 ――――江向通り4-2-10 細道

 

 街の一角で炎が上がる。

 

 ステインと骸無がその場で対峙していた。

 

「またおまえか、人形」

「任務だ。覚悟しろ、“ヴィラン殺し”」

 

 臨戦態勢の二人。

 その間に新たな影が飛び出してきた。

 

「うおおお!」

「チッ、誰だ!?」

 

 エンジン音を響かせ飛び蹴りを骸無に浴びせる。

 が、改造人間として常人離れした反射神経を持つ骸無は容易く反応して、逆にカウンターの一撃をくらわす。

 

「ぐうぅ!」

「その顔、君は……雄英の」

 

 ヘルメットが外れ、素顔が露わになる。

 飛び込んできたのは飯田天哉。骸無へ隠すことなく敵意を向ける。

 

「見つけたぞ改人! こんなに早く見つかるとはな!!」

「学生が……なぜボクを?」

 

 雄英の生徒がなぜこの場にいるのかわからず疑問を投げかける骸無。

 

「僕は……! おまえにやられたヒーローの弟だ!! 最高に立派な兄さん(ヒーロー)の弟だ!!」

 

 全霊を込めた叫び。

 それの応対は冷淡なものだった。

 

「ボクが倒したヒーロー? そんなものいちいち覚えていないよ」

 

 敬愛する兄を路傍の石のように扱われ、悔しさと怒りで唇をかみしめる飯田。

 

 兄は、覚えるまでもないということか。

 兄は、ヤツの中でこんなにも軽い存在だったのか!

 

「では聞け、犯罪者。僕の名を生涯忘れるな!!

 『インゲニウム』

 おまえを倒すヒーローの名だ!!」

 

 怒りの表情で告げる飯田。

 そして骸無と向かい合ったまま背後にいるステインに声をかける。

 

「ヴィラン殺しだな。アイツを倒すのを手伝ってくれ。あいつは許しておけない!」

 

 ステインに共闘をもちかける。

 ヒーローではない者と共に戦う。

 本来ならばヒーローとしてありえざる選択。憎しみに染まった飯田はそれを選んでしまった。

 そして、その姿を見たステインは――

 

「ハァ……贋物……」

 

 怖気を感じて本能的に身をひねる飯田。

 次の瞬間に左肩に熱を感じ苦痛に呻く。刃が突き刺さっている。

 

「な、なにを!?」

「目先の憎しみに捉われ私欲を満たそうなどと……ヒーローから最も程遠い行為だ。ハァ……」

 

 思わぬ攻撃に目を見開く。

 そのあとに続けられたステインの言葉にさらに驚愕する。

 

「兄と同じだ。ヒーローを歪める贋物……社会のガンだ」

「兄さんと? 何を言っている……まさか、まさか!?」

 

 ステインの言葉から一つの事実にたどり着く。

 そう、兄を殺したのは……

 

「死ィねえぇぇ!!」

 

 膠着した一瞬に新たな乱入者が爆発音と共に現れた。

 一直線に骸無へ向かう人影。

 

「しつこいなぁ、かっちゃん。また?」

「スカしてんじゃねえぞ! クソナード!!」

「今はキミを相手してる暇はないんだよ」

 

 接触直後から戦闘になる爆豪と骸無。

 爆豪の相手をしつつもステインを狙う骸無だが、グラントリノとの特訓を経て動きがさらに洗練された爆豪を引き離すことができず苦戦する。

 

 同時にステインと飯田の間に氷壁が出現し、さらにステインを骸無と爆豪のほうへと追いやった。

 

「おい、大丈夫か。委員長」

「轟くん、なんでここに!?」

 

 いったん飯田の安全を確保した轟が声をかけ、質問に答え始めた。

 

「東京に移動中に巻き込まれたんだ。ここに来たのは爆豪が骸無(あいつ)の炎を見つけたからだ。……ほとんど、あいつの勘みてえなものだけどな」

 

 新幹線で移動中に脳無の襲撃に遭遇。

 脳無の姿をみた爆豪が、「骸無(あいつ)がいる」と飛び出して今に至るという。

 もはや超常染みた幼馴染の因縁だが、結果的にこの場に間に合ったのだから文句を言うものではないだろう。

 それに……と、轟が告げた言葉に飯田はさらに驚かされた。

 

爆豪(あいつ)は分かってたみたいだぞ。ヒーロー殺しの正体が」

「それは、どういうことなんだ?」

 

 体育祭以来、爆豪はヴィラン連合が起こしたと思われる事件のニュースを集めていたという。

 特に骸無の関わる事件を重点的に集めていた中で、爆豪が気になったのがいくつかのヒーローの殺害事件。

 それらの被害者たちの特徴に気になったのだ。

 

 

 

「相変わらず似合わねえ恰好だなァ、デクゥ!」

「またその名前で! なめるなよ! ボクはもうヴィラン連合の一員だ!」

 

 戦いながら叫ぶ二人。

 二人だけでなくステインも交えた三つ巴の戦いはめまぐるしく状況が入れ替わる。

 そんななかで二人は会話を続けていた。

 

「ハッ、人殺しもできないようなチキンが一端の悪党気取りかよ!」

「かっちゃん、ニュースを見てないの? ボクが何してきたか知っているだろ?」

 

 暗に人殺しの経験をほのめかす骸無。

 だが、爆豪は確信をもってそれを否定する。

 

「てめぇじゃねえ! てめぇが人を殺せるはずがねえ! デクゥゥゥ!」

 

 事件の情報を集めていた爆豪が注目したのは死亡したヒーローの死因だ。

 ヴィラン連合に殺されたと思われるヒーローたちの死因は皆刃物による失血死だった。

 だが、骸無との交戦経験のある爆豪は骸無が武器を使ったということが疑問だったのだ。

 

 骸無自身も気が付いているか分からないが、複数の個性を使いはしても戦いのスタイルはオールマイトを意識したもの、拳を使ったスタイルだ。

 狂がつくほどのオールマイトのフォロワーだった緑谷出久が、いまさら戦い方を変えるとは爆豪は信じられなかった。

 そうして疑問を持った爆豪が調べた結果、犯人として挙がったのは殺害方法が似ている“ヴィラン殺し”、ステインだった。

 

 

 

「ってのが爆豪から聞いたことなんだが。なんだかんだで頭いいよなあいつ」

 

 爆豪の推理を語った轟は飯田に視線を向ける。

 

「そうか……奴が兄さんを……ッ!」

 

 飯田の様子に危うさを、かつて復讐しか頭になかった自分と同じものを感じた轟は思わず声をかけた。

 

「なあ、委員長。何をするつもりなんだ?」

「何を? 決まっているだろう! ステインを、ヤツを殺して兄さんの仇をとる!」

 

 復讐を口にする飯田。その目を見た轟は思う。

 これは、だめだな、と。

 

「そうか。なぁ、おまえがやりたいことは本当にそれか?」

「どういう意味だ? 轟くん!」

 

 轟の言葉の意味するところが分からず、聞き返す。

 自分でも言葉が足りないと思ったのだろう、一言謝ってから言い直して聞いた。

 

「それ、おまえがヒーローとしてやりたいことなのか? インゲニウムの名前を使ってやりたいことなのか?」

「ッ!! それは……」

 

 兄の名を出され、動揺が走る飯田。

 立ち尽くす飯田を離れ、轟は爆豪の援護に向かう。

 

「見失うなよ。おまえがなりたい『ヒーロー』の姿を」

 

 去り際に忠告をしていく。

 父への復讐心で理想を見失った自分を思い出してか少し寂しげに告げた。

 

 父への確執を抱えながらも、ヒーローとしての義務を果たした父にならって()を使うことを決めた轟からのアドバイスだった。

 

「兄の名を使っての……復讐……」

 

 兄から受け継いだ名で、兄の仇を殺害して復讐を遂げる。

 それは、兄の望んだ姿だろうか? 自分が憧れたヒーローの姿だろうか?

 その答えは――――

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 爆豪、骸無、ステインの三つ巴の戦いは一進一退を続けていた。

 互いが互いを牽制し、決定打を打ち込めない状況。

 そんな膠着が崩れたのは爆豪からだ。

 

 改造人間となりその身を兵器と化した骸無。

 自身の思想のために殺人技術を磨いたステイン。

 

 この両者に比べれば、いくら才能があるとはいえまだ高校一年生でしかない爆豪が致命的な隙を晒してしまうのは当然だった。

 

「ハァ……集中を切らすな。動きに無駄ができたぞ」

「チッ、クソがあ!」

 

 つい大振りとなってしまった攻撃の隙間にステインの刃が迫る。

 刃が爆豪に届くかと思ったその瞬間に、ステインは危険を感じて飛びのいた。

 一拍あとに炎が通り過ぎる。

 轟の援護が間に合ったのだ。

 

「大丈夫か、爆豪?」

「遅え! 何してやがった!!」

 

 悪態をつきながらも即座に連携をとる爆豪。

 グラントリノの元での二日間の訓練がそこに見て取れた。

 

「3対1……ハァ……甘くはないな」

「轟焦凍。厄介だな」

 

 ヒーローサイドの援軍に警戒を強める骸無とステイン。

 その時に骸無へ何者かが武器を投げて攻撃を仕掛けてきた。

 即座に反応して躱す骸無。

 

「誰だ!?」

「そこまでにしてもらおうか、改人。我々は自警団(ヴィジランテ)『ファースト・オーダー』。堕落したヒーローに代わり悪を裁く者だ」

「自警団? 化石みたいな連中がいまさら何を!!」

 

 統一されたマスクをかぶり、それぞれ武器を持つファースト・オーダーのメンバーたち。

 そのうちの一人がステインに近づき、頭を垂れる。

 

「“ヴィラン殺し”ステイン様。お助けに参りました」

「ハァ……なんだ、貴様らは?」

「我々はあなたの思想に賛同するものです。あなたの様に悪を排除し、堕落したヒーローを裁くために集まった者たちです」

 

 自警団(ヴィジランテ)『ファースト・オーダー』。

 “ヴィラン殺し”として名が広まったステインを調べるうちにその思想に染まり、信奉者となったのが彼らだ。

 彼らはヒーローたちとヴィラン連合が争う今が世に出る好機と、姿を現したのだった。

 

「ハッ、ヴィランだろうがヴィジランテだろうが、ブッ殺すことには変わりねえだろうが!」

「だが、人数に差がありすぎる。一旦引くべきだ」

「バカかてめえは! すんなり引かせてもらえそうに見えんのか? あぁ!?」

 

 悪くなる状況にヒーローサイドの二人は覚悟を決めた。

 最悪、囲まれて袋にされるかもしれない。

 

 そんな状況を変えたのは、先ほどまで復讐に捉われていたはずの飯田だった。

 

「待たせた、二人とも。ヒーローの応援を連れてきた!」

「全員動くな! “インゲニウムヒーロー事務所”だ! おとなしくしろぉ!」

 

 冷静さを取り戻した飯田が、あの後、やったことは応援のヒーローを呼ぶことだった。

 そしてその判断はまさに爆豪と轟を救ったのだ。

 

 ヒーローと自警団の二つの勢力に挟まれた骸無。

 自分の戦闘力なら相手できないこともないが……

 判断に迷っていると、ヘルメットに備え付けられた機器に通信が入った。

 

『骸無、タイムオーバーだ。撤退しろ』

「了解。死柄木クン」

 

 死柄木からの撤退命令に従い、即座に離脱する骸無。

 タイミングを同じくして、ファースト・オーダーも離脱を開始。

 脳無との戦闘をして疲弊していたヒーロー側も追撃を断念。

 

 こうして保須市で起こった、ヒーロー・ヴィラン・自警団の三つ巴の戦いは幕を閉じた。

 だが、それぞれ指導者(カリスマ)を得た各勢力は抗争を激しくしていく。

 

 平和(オールマイト)の時代……その終わりの始まりが見えてきたのだった。




なんというか、複数を描写しようとして場面がころころ変わって分かりづらくなりました。
反省点ですね。

次回にいつも通りのアフターを描いて、次章に突入です。
次章からはルート分岐に入ります。

まずはBADエンドルートから。
今日のネタはあくまでエイプリルフールなので違う結末になります。

では、今後もよろしくお願いします。

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