「あー……疲れた」
午後20時30分。日はすっかり暮れ、マンションに帰宅後、仕事疲れでクタクタな状態な俺こと須田 健一は、リビングにあるフカフカのソファーへダイブする。
「ふぁぁ……なんか眠く……zz…」
ちょうど眠りに入ろうとした時に、タイミングよくインターホンが鳴った。
「……はぁ、また来たのか……」
平日のこの時間帯に来る人物はだいたい察している。
「やっほー、健ちゃん♪」
「……また来たんですか?先輩」
玄関の前には両腕に食材が入った袋を持っている女性の姿。
そう。俺の高校時代の時の先輩、晴先輩だ。
西口 晴。俺の1つ年上の女性だ。高校時代、晴先輩は卓球部のエースでそこそこの成績を収めていた。俺も同じ卓球部だったので、先輩との交流が多く、徐々に仲良くなっていった。
現在、晴先輩は私立の大学2年生。茶髪のセミロングヘアーをしていて、ちょっと小柄な身長は変わっておらず、明るい性格をしている。高校時代とあまり変わったところはなかった。
先輩はいつも、時間があるからということで、よく家を訪ねてくる。
「別にいいじゃない。ただの暇つぶしだよ〜」
「俺は仕事帰りで疲れてるんすけどねぇ……」
「まぁまぁそう言わずに。おじゃましまーす」
晴先輩は俺の許可を得ることなく勝手に家にあがる。
「あー!またコンビニ弁当買ってきてるー!毎日こんな食生活だと身体に悪いっていつも言ってるでしょう?」
「仕方ないじゃないですか、料理できないし、その前に料理する気力が残ってないっす……」
「まったく、しょうがないな〜。お姉さんに任せなさい」
そう言って晴先輩はキッチンへと向かって、袋に入っている食材を取り出し、料理の準備をしていた。
俺がまだ仕事慣れしてない頃はたまに晴先輩が家に遊びに来て、ついでに軽食を作ってもらっていた程度だった。
だが最近は毎日家に来ては、本格的な料理や掃除などの家事をするようになっていた。どうして、晴先輩は俺のためにそこまでしてくれるのだろうか……?
まぁ、家の事を変わりにやってくれているから俺は元気に仕事場に行けるのだけど、さすがにもう甘えるわけにはいかない。そろそろ自立しなければいけないのだが……なかなか自分から言い出すことができず、晴先輩が家事をするようになってから2ヵ月が経ってしまった。そろそろ晴先輩も就活のことも考えなきゃいけない時期だろうし、あと家での1人の時間がほとんどない。疲れている時くらいは1人でゆっくりしたい……。
今夜こそ言わなければ……!
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「……晴先輩、ちょっといいですか」
「どうしたの?何か相談事?」
夕食を済ませた俺は、決意して言った。
「もう、家に来なくていいですよ」
「………えっ?」
晴先輩は驚いて目を見開いていた。
「流石にもう晴先輩には自分のことに集中して欲しいんです。なんかこのまま晴先輩に甘えるわけにはいかないんで--
「どうして?」
晴先輩からなんとも言えない威圧感みたいなものを感じた。
「……先輩?」
「どうしてそんな事言うの?別に私は好きでやってることなんだから健ちゃんは心配しなくてもいいのよ?」
「でも!そろそろ先輩も就活が--
「あ!もしかして、私が体を壊さないか心配してくれての?もぉ〜嬉しいなぁ♪大丈夫だよ!私の体は丈夫なんだから!むしろ健ちゃんの役に立てることで私は元気が出るんだから!私知ってるんだよ?いつもクタクタになるまでお仕事頑張ってること。私はそんな頑張っている健ちゃんのためになにか手伝えないかなぁーって私なりに食事の栄養バランスとか色々考えているんだよ?」
だめだ……全然話を聞いてくれない。こんな晴先輩初めて見たぞ?
「晴先輩!だからもう今度から1人で全部やるからもう来なくていいですって……」
「健ちゃん?」
晴先輩はニッコリとした笑顔でこちらを見る。しかしその目は笑ってなどいなかった。
「どうしてそんな事言うのかなぁー?なんでそんなに私に来て欲しくないのかなぁ?」
ズイズイと近づいてくる晴先輩に対し、俺は後ずさりをして、壁まで追い詰められしまう。
「ちょ、先輩落ち着いてください!あと近い……!」
「ねぇ……健ちゃん?」
そして俺の顔をのぞき込むように言った。
「私のこと、嫌いなの?」
その目は光はなく、吸い込まれそうな深い感じだった。
「嫌いじゃないですよ!先輩には感謝してますよ。ただ、こんなことしてて先輩の進路のことは大丈夫なのか心配で……」
「……そっかぁ、よかったぁ」
晴先輩は離れていつもの感じに戻っていた。
「そこは心配しなくてもいいよ。もう何件か就職先は考えてあるから」
「は、はぁ……」
「でも、そうだね。なんかいつもより疲れてるみたいだし……今日はもう帰るね?」
すると晴先輩は帰りの支度を始めた。珍しい……だいたいいつもは深夜すぎに帰るのに……。
「じゃあ、お疲れ様です。帰り気を付けてくださいね?」
「大丈夫だよ、家はすぐそこだから。じゃね♪」
そう言って先輩は帰っていった。先輩の後ろ姿が、少し寂しそうな感じに見えた。
西口家--
(はぁ……健ちゃんに嫌われなくて良かったぁ……)
(まぁ、そろそろ定期テストの期間だし、私も勉強しないとね……)
晴は自分の部屋に入ると、勉強机に置いてあるパソコンの電源を入れる。
(あぁ……健ちゃん……)
パソコンの画面には、須田健一の自宅の様子が映っていた。
(あ、まだ服の畳み方がなってないなぁ……。まだぎこちないよ、ふふっ)
晴は、健一の家に小型の監視カメラを仕掛けていて、健一の様子を今までずっと見ていたのだ。
(あ、もう寝ちゃうんだ。まぁ疲れてるみたいだったしね……)
(健ちゃんと一緒に過ごしたいなぁ……大好きな君との生活……考えただけでも……うふふ///)
(健ちゃん……大好きだよ……)
(私がちゃんと、君を守ってあげる)
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数ヵ月後--
「お疲れ様でしたー」
今日も1日仕事が終わり、さっさと帰宅しようとする。
「あ、須田くん。ちょっといいかな?」
「ん?どうしたの?山田さん」
綺麗で長い黒髪をした女性に声をかけられる。彼女は山田 莉奈。俺と同じ高卒で入社してきた同僚だ。
「今から暇かな?一緒にご飯食べに行こうかなって思ったんだけど……」
彼女とは、趣味や好みが合ってて、すぐに仲良くなった。
「おう、いいぜ。どこに行こうか?」
「街にあるあの洋食店にいこうよ!ハンバーグが人気なところの」
「おっ、いいねぇ。行こうか」
そして俺達は会社を出て、街へと向かった。
以前、晴先輩に紹介してもらった洋食店。店の雰囲気がよく、料理もとても美味しかったので、金に余裕がある時はここによく来ている。俺のイチオシの店だ。
「さてと、何頼もっかなぁ〜♪」
席について、ワクワク気分でメニューを開く山田さん。
「俺は、いつものかな」
「ん?いつもの?」
「ハンバーグ定食だよ。ここのハンバーグはすっげぇ美味しいんだぜ」
「へぇ〜、ハンバーグかぁ〜……私もそれにしよっかな」
呼び出しボタンを鳴らし、店員さんが来る。ハンバーグ定食を二つ注文して、大人しく料理を待つことにする。
「ねぇねぇ、見た?昨日のお笑い番組」
「いやぁ、昨日はちょっと疲れてすぐ寝ちゃったね」
「えー、須田くんの好きなあの人出てたよ?」
「うわ、マジかぁ……ちょっと損したなぁ」
「ほんとよ。結構面白かったなぁ。もう私、大爆笑」
「ぐぬぬ……」
「あ、それとさ……」
山田さんとはよく話が進む。主にテレビの事での話がよく多い。俺もテレビを見るのが好きで、バラエティからドラマ、アニメも結構見る。映画鑑賞も好きで、山田さんとは一緒に映画を見に行った事もある。
「お待たせしました、こちらハンバーグ定食です」
話が盛り上がっているところで、注文した料理が届く。
「うわぁ〜……美味しそう」
鉄板には綺麗に焼きあがっているハンバーグ以外にも、コーンと蒸しジャガイモの盛り合わせ。セットに白米とスープが付いている。
「ん〜!美味しい!」
「そっか、良かった」
「こんな美味しいハンバーグ初めてだよ!えへへ」
山田さんは幸せそうにハンバーグを食べている。どうやら、気に入ってくれたみたいで良かった。
食事を終えた俺達は洋食店を後にし、バス停へと向かった。
時間になって、バスへと乗り込んで帰宅する。明日の休日は何をしようかなと考えていると、目的地に到着したみたいなので降りようと席を立ち上がる。
「私も降りる」
「え?でも山田さんの家って、あと二つ先じゃ……」
「いいからほら、早く行って」
カードで料金を支払い、バスを降りる。山田さんも何故かここで降りた。彼女の家はここから少し距離があるというのに。
「ねぇ……須田くんさ、明日休日だから空いてるよね?」
「そうだけど……てか、なんで山田さんはここで降りたの?」
「……今晩は、須田くんの家に泊まろっかなぁ……って」
「へぇー……そうなんだー……って、は?」
山田さんは今なんて言った?泊まる?俺の家に?
「……だめ、かな?」
「いや、えと……服とかは?」
「そう言うと思って、一応家から1泊分の衣服は持ってきてるよ」
「マジっすか……」
今日は妙に大きめのバックだなぁと思ってたら、そういうことか……。
「ねぇ……だめ?」
「………」
この時の山田さんは、いつもより可愛く見えてしまった。自分の心臓がバックンバックン鳴っているのがわかる。
「……わかった……いいよ」
「え、ほんと?やったぁ!」
山田さんはガッツポーズをする。まぁ女性を家に上げるのはこれが初めてではないから大丈夫だろう。
そして俺の家へと辿りついた。
「お邪魔しまーす!」
「はいはい、いらっしゃい」
一応部屋は綺麗にしてあるから大丈夫。いつで客を招く準備はできていた。
「おお、綺麗だねぇ。わぁ!このテレビ、うちのよりデカイじゃん!」
まるで子供みたいにはしゃぐ山田さん。もう大人なんだからと思いつつその姿も可愛いなとも思っている自分。
「ねぇねぇ!あれ見ようよ。須田くんがオススメしてた恋愛映画!」
「あぁ、あれね。ちょっと待ってて」
俺はDVDをまとめているケースから、ひとつ取り出す。去年流行った恋愛映画でとても感動する映画No.1になったくらいのやつだ。
俺達はソファに座って、その恋愛映画を観賞した。始まった数分後は、この人かっこいいとかこの子可愛いねなどの小言を言っていたが、最終的には映画に目が釘付けになって観ていた。
2時間後--
「ぐずっ……ひぐっ……」
「どうだった?この作品は」
「ぐすっ……もう……これ、みれない……ひぐっ……ないぢゃうよぉ……」
どうやら、相当心にきたみたいだ。まぁ俺もこれを初見で見たときは結構泣いたっけな。
「じゃあ、そろそろ寝るかな」
「……まって」
時刻は既に深夜1時をまわっていた。そろそろ眠気が限界なので、ベッドに行こうと立とうとすると、腕を掴まれる。
「どうした--
「----」
グイッと引っ張られて、お互いの唇が重なる。
「……えへへ、キスしちゃった」
「……なっ……!」
突然のことで頭が真っ白になる。これはいったいどういう状況だ……?
「私ね、須田くん……いいや、健一の事が好きなの……初めて会って、気軽に仲良くしてくれた時から……好きだった」
「……へ?」
これは、俗に言う『告白』というやつですかな?
「だからさ……私の気持ち、受け取ってくれる?」
上目遣いでこちらを見ている。俺は頭で色々と次のセリフを考えていたが、気がつけば先に行動していた。
「!」
掴んでいた山田さんの腕を軽くこちらに寄せてキスをする。さっき、彼女がやった事をそのままやった。
「……俺も、お前の事が好きだ……。こんな俺でよければ、これからもよろしくな?」
「……うん!嬉しい……嬉しいよぉ……」
唇を重ねる程度だったが、彼女が舌を入れはじめ、次第に激しくなっていく。
「もう……我慢できない……」
「健一……今日は、寝かせないからね」
そして、俺はめでたく童貞を卒業した。
今夜の事を監視されていたのも知らずに。
数時間前--
(今日も健ちゃんのことを見守らないとね)
(あれ……まだ、帰ってきてないや。今日は遅いのかなぁ……)
(あっ、やっと帰ってきた……!って、え?)
(女と一緒……あんな、女知らない……という事は同じ会社の人……?)
(なんで、私の健ちゃんと一緒にいるの……?)
(あ、映画見始めた……)
(これ、健ちゃんがこの前オススメしてたやつだ……あれは泣いたなぁ……)
(……ただの映画鑑賞なのに、どうしてそんなに健ちゃんにくっついてるのよ……さり気なく腕に抱きついて……!健ちゃんも気づきなさいよ……!)
(やっと終わった……これであの女も帰るはずよね……)
(……えっ……うそ……)
(……なに、いってるの……?)
(健ちゃん……?なんで……?)
(やめてよ……そんな深いキスしないでよ……)
(なんで……どうして……?)
(そんな女に……いや……)
(やめて……)
(やめて…)
(いやだ……)
(いやだ…)
いやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ-----
「ゔっ……ぉぇぇ……」
………健ちゃん………
……健ちゃんは……私のもの……
……健ちゃんには……私が必要……
……あんなオンナ……いらない……
……健ちゃんは……脅されてるんだよね……?
……仕方なく付き合ってるんだよね……?
……ふふふっ……
……大丈夫……
……健ちゃんは、私が守る……
……私の健ちゃんを奪おうとするなら………
……消しちゃおう--
翌日--
「ん……」
目を覚ますと、いつもと変わらない部屋。ただ違うのは俺が裸でいることと、隣で彼女になった山田莉奈が同じく裸で寝ていることだ。
「んぅ……」
どうやら彼女も、目が覚めたらしい。俺はおはようと声をかける。
「ん〜……おはよう、健一」
彼女はにっこりとした顔で言う。かわいい。
「えへへ、健くん〜」
そして俺の腕にぎゅっと抱きついてくる。
「結構甘えんぼうなんだな」
「そうよ?いや……かな?」
「いいや、かわいいもんだよ」
と、言って彼女の頭を撫でる。莉奈の表情はとても嬉しそうだった。
その後俺達はシャワーを浴び、朝食を済ませて、街へと出掛けた。
午前中は映画館でファンタジーものの作品を観賞し、午後はショッピングモールで買い物をした。
そして夜……。
「あ〜……今日は楽しかったぁ〜♪」
「そうだな」
今日の初デートはとても楽しいものだった。やっぱり彼女がいるって結構幸せだなぁとしみじみと思った俺であった。
今はデート帰りに彼女の家まで一緒に歩いている。
「あ、ここだよ。私の家」
着いたのは一軒のアパートだった。俺が住んでいるアパートより大きかった。
「じゃあね、健くん。今日は楽しかったよ。また明日会おうね♪」
「おう、またな」
彼女が軽く俺の唇にキスをした後、上機嫌な足取りで階段を上って行った。
明日は遊園地デートだし、今日はさっさと寝ようと思い、俺は早めに家に帰った。
------
p.m.21:30
「……あ……」
俺が住んでいるアパートに着いて、自分の家の皆まで階段を上る。すると自分の家の前にひとりの女性が立っていた。
「健ちゃん……」
「先輩……」
その女性は晴先輩だった。あまり顔色が良くないみたいだが……。
「おかえり健ちゃん。どこに行ってたの?」
「まぁ、ちょっと遊びに……」
「そっか……。今日差し入れ持ってきたんだ。久しぶりに君の家にあがりたいなぁ……なんて」
「いいですよ」
随分と待たせたみたいだし、お茶でも出しておこうと思い、俺は先輩を家にあげた。
「久しぶりだなぁ〜……健ちゃんの家……うふふっ」
「嬉しそうですね?俺の家に来てもそんなに楽しめるものにないのに」
「そうでもないよ。この家だと自分の家並に落ち着けるから、結構好きだな♪」
変わってるなぁと思いつつ、俺は先輩の好きな紅茶をティーカップに入れる。
「はい、どうぞ」
「ありがと……うん、おいしい……」
気の所為だろうか、今日の先輩からいつもの明るさが感じられない。目にも少し隈ができているのがわかる。
「先輩……何かあったんですか?」
いつもと違う先輩に違和感を感じ、俺は何があったのかを聞いてみる。
「……きいて、くれるの?」
「はい。俺でよければ、できる限り先輩の力になりますよ」
「うん……ありがと」
先輩は紅茶を啜ると、静かに語り始めた。
「私ね、好きな人がいたんだ」
なんと……。やっぱり先輩も気になってる人がいたんだ……。
「年下の男の子でね、初めて会ったのは高校2年の時かな。その子は1年生で、新入部員として卓球部に入ってきたんだ」
なに!?まさかあの部活に先輩の好きな人が!?誰だ……えーっと……あの時の新入部員の男子は俺合わせて5人……。
「その子はね、卓球は上手くもなければ下手でもない、普通の感じだったんだ。でもね、とても親しみやすかったんだよ。その子と一緒にいるとなんでか落ち着くし、優しくて、よく色々と手伝ってくれるし……とにかく優しい子だったんだ……」
うーん……誰のことかあまりイメージできないぞ〜……?
「私は彼の人柄にいつの間にか惚れちゃってね……。高校を卒業した後も彼とは仲良くやっていたんだ……毎日必ずメールして、たまに遊びに行ったりして、彼と過ごす時間がとっても楽しかったんだ」
「彼は高校卒業した後就職して、一人暮らしで頑張ってんだ。でも、彼は毎日とても疲れていたそうだったから私から頼んで、『家事を手伝わせて欲しい』ってお願いしたんだ」
ん……?家事を手伝わせて欲しいって、それ俺も言われたぞ……?
「疲れている彼を癒すあの時間が楽しくて、とっても幸せだった……。なんか夫婦みたいでね……えへへ」
確か先輩は……『こんなことをするのは健ちゃんだけだよ』って言ってたのを思い出す。
まさか……先輩の想い人って……。
先輩は四つん這いになって、俺にジリジリと近づいてくる。
「彼がセミロングヘアーが好きだって言ってたから私も同じ髪型にした……。彼がメガネ女子より普通の方がいいって言ってたから、私もメガネからコンタクトにした……。料理のできる女性が好きって言ってたから、頑張って料理を練習した……」
先輩の目は黒く濁っていて、俺だけをじっと見ていた。
「全部……全部……ぜーんぶ、あなたのためにやったんだよ?……健ちゃん?」
先輩の顔がすぐそこまでに近づいていた。額同士がくっつきそうなくらいまでだ。
先輩の左手が俺の顔に触れる。先輩の表情は笑顔だったが、それが逆に怖かった。
「先輩……俺は……」
「知ってるよ?もう付き合ってるんでしょ?他の女と」
「えっ?」
なんで知ってるんだ?俺はその事をまだ先輩に言ってないはず……。
「莉奈……だっけ?あの女。幸せそうだったなぁあいつ……健ちゃんに抱かれて、メス顔になってて……とても気持ち悪かった」
「どう……して……」
「私は健ちゃんのことなら何でもわかるよ?今までずーっと、ずーっと、ずーーーっと見てきたんだから……。健ちゃんのことをずっと考えてて、ずっと健ちゃんのことだけを見てた」
嘘だろ……!?どうやって、そんな……!?
あまりにも衝撃的で、頭が働かない。
「辛かったよね?苦しかったよね?でも、もう大丈夫……」
瞬間、首筋に痛みを感じた。
先輩の左手にはスタンガンが握られていて、完全に対応が遅れた。
「これからは、私が守ってあげる……」
「ずっと、一緒にいようね」
「愛してるよ、健ちゃん」
そして、俺は意識を手放した。
p.m.22:15
「♪~♪」
明日は愛しの彼と遊園地デート。すっかりルンルン気分な莉奈は、明日のデートに着ていく服を選んでいた。
(どれにしょっかなぁ〜……これ?いや、こっちもいいかも……悩むなぁ〜……)
(明日も健くんとデートかぁ……えへへっ。楽しみすぎて眠れないかも……!)
すると、ピンポーンとインターホンが鳴る。莉奈はこんな時間から誰なんだろうと不思議に思いながら玄関を開ける。するとそこにはひとりの女性が立っていた。
「こんばんは。すみませんこんな夜遅くに……。今日引っ越してきた西口 晴です。これからよろしくお願いします」
「あっ、そうなんですね。私は山田 莉奈です。こちらこそよろしくお願いしますね」
多分、午後に挨拶に来たけどその時は出かけていたから、この時間帯に出直してきたんだろうと莉奈は思った。そして彼女から差し入れだとカステラを貰った。
「ついでにこんな時間ですが、1杯飲みませんか?」
晴は莉奈を酒に誘う。
「あー……すみません。私未成年なんです。だからお酒はちょっと……」
「あっ、そうでしたか。すみません……」
「い、いえ。じゃあ、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
すると、晴のポケットから熊のぬいぐるみのストラップが落ちた。
「あ、落ちましたよ」
莉奈は彼女が気づいていないと思い、落ちたストラップを拾おうと屈むと……
晴は、莉奈の身体を蹴り飛ばした。
「きゃっ!」
後ろに倒れ込む莉奈。晴が家に入り込んで、玄関の鍵をかける。
「ちょっと、いきなりなにを---
そして春は、莉奈の左胸にナイフを突き刺した。
「……えっ……」
ナイフは莉奈の心臓を見事に貫いていた。血がどんどん流れ、意識が朦朧とする。
「そん……な……なん……で……」
晴はゴミを見るような目で、莉奈を見ていた。
「……さようなら、泥棒猫さん……」
そう言い残して、晴は去って行った。
「健……く……ん……-----」
莉奈は最後に、愛しい彼の名前を呼んで、絶命した。
「さて、帰って健ちゃんのお世話をしないとね……待っててね、健ちゃん。あなたの妻が今帰ります♪」
翌日、山田莉奈が殺害されたことを知った健一は、一日中泣いていた。
そして健一の中で、何かが壊れてしまった。
現在、健一と晴の居場所を知る者は誰もいない。
1ヶ月に1回は投稿できるように、頑張ります┏○┓