ある金曜日のこと。
風呂を上がった俺は自室でライトノベルを読んで休んでいた。
俺が好んで読むジャンルはラブコメ。その中でも、特に学園ものや仕事もの、要は日常系ラブコメがお気に入りだ。逆に、男の出てこない作品や異世界ファンタジーはあまり読まない。
日常系ラブコメの、日常生活の中で次第に惹かれ合っていくのが俺の特に好きな展開であり、共感できる点が多いというのもポイントが高い。男の出てこない作品は男女の恋愛がない点、異世界ファンタジーはヒロインが若干チョロい気がする点で、俺としてはポイントが低めだ。それらの作品も面白いとは思うのだが、俺の好むポイントは日常系ラブコメの方に多いのだ。
50ページほど読み進めた頃だろうか。突然、部屋のドアが勢いよく開いた。
「お兄ちゃーん……」
「どうした?」
「こころが……こころがいじめてくるー! 服がきついって、特におっぱいがきついって言ってくるー!」
「だって事実でしょう。私の着ている服を見てください。今だって、ボタンを止めるのがきついんですよ」
「ああー……」
涙目で飛びついてきた美華の頭を撫でて慰めつつも、「確かに」と頷くしかない。
美華は身体の大きさも胸のサイズも平均に比べてかなり小さめだ。胸の大きさが平均よりちょっと大きいくらいのこころが着るには、服が小さすぎる。
今までは無理して美華の服を着ていてもらっていたけど、もうそろそろ、こころが着る服を買わなければならないな。
「なぁ、こころ。明日一緒に出かけないか?」
「え、デートですか?」
「ちゃうわボケ。お前の服を買いに行くんだよ。今言ってただろ、服がきついってさ。女の子なんだから、おしゃれしなきゃ」
「ご、ご主人……なんて優しい……」
目をウルウルさせるこころ。可愛い。
「もちろん、美華も連れて行くからな」
「ご主人ひどいっ!」
怒られた。何故だ⁉︎
◇
翌日。俺たち3人は家からそこそこ近いショッピングモールに来ていた。
近いと言っても、徒歩では少し遠い距離。自転車でなら、ちょうどいい感じの距離だ。
このショッピングモールは高速道路のすぐ脇にあり、インターチェンジやサービスエリアからも近いため、規模はそれほど大きくないものの多くの人々が訪れる。
こころはそんなショッピングモールの店内を見て目を輝かせる。
「おおー、これがショッピングモールと言うものですかー。大きいですねー。人がいっぱいですよー」
「……プププ、田舎者め」
「いや、こころが田舎者だったら、一緒に住んでいる俺たちも田舎者だからな」
「……都会人め」
妹よ、言い換えても俺たちは都会人にはならないぞ。
俺たちが住んでいる地域は決して都会ではない。が、決して田舎でもない。世間一般で言う、普通の場所だ。
普通の基準は環境によって簡単に変わってしまう。例えば、俺が『普通の場所』と言っている地域でも、都会に住んでいる人々からすれば田舎に見えるだろうし、田舎に住んでいる人々からすれば都会に見えるだろう。それこそ、東京の高層ビル群を日常的に見ている人々からすれば、超田舎と言われてしまうかもしれない。
俺が普通じゃないことだってそうだ。周りの人々にとっては全体的に見た平均が普通の基準なのかもしれないが、俺からすれば、例え奇抜な髪であっても父親が社長であっても、本来は俺自身が普通の基準なのだ。何故なら、それが変えられない俺自身だから。周りの普通と自分の普通に差があるから、俺は普通じゃないのだ。
……自分が普通じゃないことを理解していても、周りとの差が辛いことは多々あるが。
そんなことを考えていると、こころに服の裾を引っ張られた。
「ほらほら、早く行きましょう!」
「わかったわかった。行くから引っ張んなって」
待ちきれない様子のこころに苦笑する。まるで、わがままな妹が1人できたような感じだった。
ちなみに、今こころには俺のパーカーを着てもらっている。俺の服のサイズなら、こころは余裕で着ることができるし、フードを被ることで耳を隠すこともできる。この時期にパーカーは暑そうだが、本人は大丈夫らしい。むしろ、俺の匂いがするとかで、ご満悦な様子だ。……匂いがして嬉しいだなんて、ちょっと気持ち悪いな。
「むむむ……」
俺たちが仲良くしていることが不満なのか、美華は不機嫌そうに唸る。
仕方なく、俺は美華に片手を差し出した。
「……ほら」
「え、何?」
「手、繋いでもいいぞ」
「……! まったくぅ、お兄ちゃんは甘えん坊なんだからぁ」
「あ、そう。それなら、手繋ぐのやめるわ」
「ま、待ってください! 甘えん坊は私です! だから甘えさせてください!」
美華は手に飛びついてきた。
結局、構ってもらいたかっただけらしい。
しかし、今度はこころが不機嫌そうにしていた。
……誰か教えてくれ。俺はどうすれば良いんだ?
と、心の中で呟いてみるが、教えてくれる人なんているはずもなく。
俺は心にモヤモヤしたものを感じながら、美華の手を引いて服屋へと向かった。
その道中、
「言っとくが、俺は女子の服のセンスなんてわからないからな。俺に『選んで〜』とか言うなよ?」
「えー、なんでー。いいじゃーん」
「おれが困るから。できる限り力にはなろうと思うけどさ」
「だったら、選んでよ。私もこころも助かるからさ。それに、私はお兄ちゃんのセンス好きだよ?」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだがな……」
「ご主人……!」
突然、こころに呼ばれた。
「ご主人に選んでもらったものなら、私はどんなものでも嬉しいです」
……おおー!
感動した。少女漫画とかアニメとかでよく見かけるようなくさいセリフだが、実際に言われるとなかなかグッと来るものがあった。
選んでやろうかなぁ……なんて、ちょっと思っちゃったりした。
「よし。それじゃあ、着たいと思う服を選んでくれ。俺も一応ついて行くし、別に服を選んでくれって言うなら一緒に選ぶようにする」
服屋に着いた俺は、こころと美華にそう言った。
その言葉に、2人は目を輝かせる。
「え、着たいと思う服ならなんでもいいの?」
「いいぞー。節約していたおかげで金には余裕あるからな。それに、親父が社長だから仕送りも多いし」
「よし! こころ、ブランド品狙うわよ!」
「はい、美華さん! いえ、妹様!」
「あ、ちょっと待て」
お高い服が並べてあるコーナーに向かって駆け出そうとする2人を呼び止める。
「ん、何?」
「買う物が決まりそうになったら俺を呼べよ。財布は俺が持ってる」
「え、なんで?」
「お前らがお高いブランド品を大量に買わないようにするために決まってるだろ」
「「……ちっ」」
舌打ちされた。
まぁ、実際のところ、こいつらには好きな服を好きに着させてやりたい。しかし、余裕があるとは言え、金には限りがあるのだ。家計を預かる身としては、多すぎる支出は防ぎたい。許せよ、2人共。
こころと美華は不満そうにしながらも、服を選び始めた。
2人はどんどんと、こころに似合いそうな服を持ってくる。それらは、ほとんどが良い感じの値段の物なのだが、やはりお高い物も混ざってくる。そんな高い物や「ちょっと似合わないかなぁ」と思った物、型が被った物を元の場所に戻すのが俺の役目だ。
そんなことを続けていると、服を選ばれる対象はこころだけではなくなってきた。
「にゃ、これなんてどうですか? 美華さんに合いそうです」
こころはフリルがたくさん着いた、全体的に水色のワンピースを美華に見せる。
「いやいや、これはないよ。まるで小学生が着るみたいなやつじゃん。さすがの私でもこれはないわー。着てみるけど」
こころからワンピースを受け取り、試着室に入る美華。
そして間も無く、試着室のカーテンが開いた。
瞬間、俺は絶句した。
……天使だ。天使が舞い降りた……!
「むぅ……」
俺の視線が不快なのか、美華は小さく唸って目を逸らす。
美華は「小学生が着るみたい」とバカにしていたが、水色のワンピースは彼女に超似合っていた。軽く感動を覚えるほどに。
その銀色のロングヘアは水色によく映え、その小柄な身体はワンピースと言う服の種類に完璧にマッチしている。さらに、スカート部分が短めと言うのも、綺麗な太腿が少し見える感じになっていて非常に良い。互いが互いをより良いものにレベルアップさせていた。
……買うか。これは是非とも着てもらわなければならない……!
俺は元の服に着替えて出てきた美華から、無言でワンピースを受け取った。
またしばらくして、
「ねぇ、こころはこれなんてどう? 似合うんじゃない?」
「にゃわわ⁉︎ そんなの着れないですよー。恥ずかしいですー」
「えー、もったいないよー。こころ可愛いんだから、可愛いの着なきゃダメだって。萌え神様が怒っちゃうよ」
「待って、萌え神様って誰⁉︎」
「大國先輩に決まってるじゃん」
「あ、なるほど。あの変態ですね」
なんと言うか、こう言う光景は見てて癒される。少女たちが仲良く服を選んでいるだなんて、なんと微笑ましい光景だろうか。俺がここにいるのは間違っているのかもしれない。女の子だけしか出てこないライトノベルや漫画も、異世界ファンタジーと並んであまり読まない部類だが、その良さがわかった気がする。
ちなみに、今こころが美華から進められているのはメイド(っぽい)服だ。ロングスカートではなくミニスカートであるため、本当のメイド服じゃないことは明らかなのだが、男の夢が詰まった服であることは間違いない。
……と言うか、そんな物どこから持ってきたんだ?
しかし、それを訊ねる前に、美華は服を戻しにどこかへ行ってしまった。
聞いておくべきだったかな、とちょっと残念に思う。
「ねぇ、お兄ちゃんの服も選んであげようか?」
「……ん? 俺は別に選んでくれなくていいぞ。家に着れる服があるから、新しく買う必要はないし」
「えぇー。私は選びたいのに」
「いや、選ばないでくれとは言ってないぞ。気に入ったら買うかもしれない」
「わかった。じゃあ、そこで待っててね。ほら、こころも行くよ」
「え、はい。行ってきます、ご主人」
「おう」
短く返事をしてやると、こころは美華の後を小走りで追っていった。
その光景が先輩メイドに急いで追いつこうとしている新人メイドのように見え、不覚にも萌えてしまう俺だった。
なお、この後2人が持ってきたのはド派手な金色のスーツ。同時にサングラスもかけてくれ、とのこと。そんな格好をすれば、俺はどう見てもやばい人に変貌してしまう。
もちろん却下した。
◇
服屋での買い物を済ませ、右手と美華の左手を、左手とこころの右手を繋いでショッピングモール内を歩いていた時、視界の右端に映った店を見て俺は気づいてしまった。こころが持っていないのは、何も普通の服だけではないことに。
美華の身体は小さい。美華の服を着た時、その服が小さくてきついのならば、もっときつくて身につけられない物がある。胸につけたり、股を隠したりするやつだ。
頼むから気づかないでくれよ……などと願いながら、俺は2人の手を引いて歩く。美華なら気づかれても大丈夫かもしれないが、こころに気づかれたら完全にアウトだ。
内心ビクビク、心臓バクバクな状態でその店の前を通りすぎる。
こころの方にチラッと目をやると、前を向いていて店には全く気づいていない様子。
……やった。気づかれてないぞ。
俺はホッと一息吐く。
しかし、突然美華が足を止めた。
「お、おい。どうしたんだ?」
「…………」
美華は無言でニッコリと笑みを浮かべている。
こいつ……まさか……!
そんなことをされたら、こころに気づかれてしまうではないか。
店は俺たちの右側にあり、美華は俺たちの中で一番右側を歩いている。そんな美華が、もしも突然立ち止まりでもしたら、左側にいる俺とこころは自然と美華に目を向けてしまう。すると、店が視界の中に映り込むのは必然である。
俺が急いでこころの方を向くと、彼女は既に美華を見ていた。いや、正確には美華の背後にある店を見ていた。
「下着忘れてました」
つまり、そう言うことである。
「お兄ちゃんも行こう! ね?」
「いーやーだー」
美華に誘われるが、俺は断固拒否する。
男が女性用下着の専門店に入るなんて、そんなの知り合いに見られた時のリスクが高すぎる。見られたら、多分そいつとの人脈はぶった切られる。クラスメイトに見られでもしたら、俺は明後日から学校に行けない。
「お兄ちゃんがいなかったら、支払いはどうするのさ?」
「その時だけ呼べばいいから。俺がずっとついて行く必要なんてないだろ?」
「あるよ。お兄ちゃんに下着を選んでもらうの」
「お断りだ! そんなもん自分たちで選べ! 俺に選ばせるな!」
「えぇー、そんなぁー」
そう言って、美華は「にひひ」と笑った。
……こいつ、楽しんでやがるな。
「まったく……お前たちが下着についてどう思っているのかは知らないが、それは男に選んでもらうもんじゃないぞ」
「何故です?」
こころは不思議そうな顔をする。
とりあえず、店に入りたくないのは本当なので、俺は持論を展開して2人を説得にかかる。
「いいか? 下着っていうのは家族でもない限り、他の人には滅多に見せない物だ。体育の着替えの時とかは除いてな。だから、下着を見れるのは自分か同性の人だけだろ? つまり、男共はお前たちのつけている下着を知らないわけだ。で、男共は知らないからこそ、ワクワクすることもあってな。例えば、勝負下着とか言って、とっておきのやつを着ていくとする。男共は『勝負下着ってどんな破廉恥な下着だろう?』って想像してワクワクドキドキするんだ。でも、それがどんな下着か知ってたら、多少ワクワクドキドキするかもしれないけど、知らないよりはワクワクドキドキしない。だから、相手を期待させるためにも、下着は相手に選んでもらうんじゃなく、自分自身で選ばなきゃダメなんだよ」
「え……、でも、『俺の選んだ下着を着てくれてる……』なんて感じでキュンとしたりしませんか?」
「しないことはないだろうな。でも、俺は未知の下着の方がワクワクドキドキする」
「わかりました! 行ってきます!」
「え? ちょ、こころ⁉︎」
こころは美華の手を掴むと、半ば強引に女性用下着専門店の中へ引きずっていった。
俺は心の中で小さくガッツポーズ。
……これでしばらく落ち着ける。
そんなことを思ったが、美華から呼ばれたのはたった3分後だった。速すぎる。
「お兄ちゃん、お会計」
「わかってる。はぁ……」
こういう時、俺に安らぎはないらしい。
ため息を吐きつつ、美華の後について女性用下着専門店に入ると、レジの店員に睨まれた。……俺が男であることを考慮してもちょっとショックだ。
こころは上下セットの下着を3着、上下別の下着を5着ずつ抱えていた。
「……多くね?」
直感的に、思ったことを口にした。
すると、美華は若干怒った様子で、
「いや、そんなことないよ。私だって10着くらい持ってるし、友達には20着くらい持ってるって言ってる子もいるし。詩帆さんなんて、たくさん持ってるんじゃないかな?」
「うーん……あいつがノーブラなのよく見るからなぁ……。シャツとか体操服とかを中に着ていること多いからわかりにくいけどさ。多分、パンツくらいはしっかり持ってるけど、ブラはせいぜい数着くらいなんじゃないか? あの様子からして、あまり気にしてないだろうからな」
おかげで、雨の日なんてドキドキして困る。あのDカップの破壊力は凄まじい。……もっと凄まじい胸を持ってるやつのことも知っているが、それはまた別の話だ。
「……あまり参考にならないね。でも、しっかりと理由をつけるなら、寿命が短いからだよ。特に、ブラはスポーツブラでもないと繊維が弱いからね」
「ああ、それはわかるぞ。お前の持ってるやつも、なんか気合い入ってる感じのは25回洗濯した後くらいから、もう死にかけになってるもんな」
「そうそう。……って、なんで知ってるの⁉︎」
「あん? 誰が洗濯物を洗濯機に放り込んで、取り出して、物干し竿に引っ掛けて、取り込んで、畳んで、引き出しにしまっていると思ってんだ?」
「あっ……!」
「そうだよ。俺が全部やってるんだよ。我が家に妖精さんはいないんだよ」
「じゃあ、今後ともよろしく頼むね〜」
おい。そこはもうちょっと気の利いた言葉をかけてくれるものじゃないのか? お兄ちゃんは召使いじゃないんだぞ。
「……まぁ、いい。こころ、レジ行くぞ」
「はい、ご主人」
こころの方がよっぽど召使いっぽいな、と思いながら3人でレジに向かった。
そして、レジにて。
「本当にご購入なさるんですか?」
「はい。……まぁ、俺が着るわけではないんですけどね。俺はただのお財布役です」
「そうですか……」
店員は明らかに怪しむ素振りを見せながらも、下着をレジに通してくれる。
ところで、女性用下着の値段は意外と高い。「布の面積が少ないのだから値段はそこまでしないだろう」などと高を括っていたら、痛い目を見る。
この時の俺もまた、それで痛い目を見る者の1人だった。
「うわっ、高ぇ……」
液晶に移ったウン万円という数字を見て、俺は思わずそう呟いてしまった。
店員は俺の様子を伺うように、
「おや、お買い上げは初めてなのですか?」
「ええ、まぁ……。妹のこういう買い物についてくるのは初めてなものでして……」
「なるほど。……ところで、妹たちと言うのは一緒について来ていた子たちですか?」
「はい。と言っても、俺の妹は銀髪の方で、パーカー着てる方は友達と言うか、訳あって同居してる子です」
「へぇ……」
店員の雰囲気がいきなり変わった……気がする。
もしかして、俺のことを誘拐犯だとか思っちゃってるパターンか?
とりあえず、あんまり多くの現金を取り出すわけにもいかないので、財布からクレジットカードを取り出して店員に渡した。なお、このクレジットカードの名義は父親で、俺が高校に上がってから渡された物だ。
「見ていて気づいたのですが、あのパーカーは大きすぎませんか? あの女の子よりも、お客様のサイズに合っている物だと思うのですが」
「ええ。あなたの思う通り、あのパーカーは俺のパーカーです。妹の服だと、小さいそうなので今日は俺の服を貸してるんです。まぁ、さすがにジーンズは妹のやつですけどね」
「そうですか。と言うことは、あの子は服を持っていないと?」
「そういうことです。あいつ自身の服は1着もありません。だから、今日買いに来たんです」
他愛もない会話をしているようにも見えるが、店員は始終疑い深い目を俺に向けてくる。勘違いされているのは間違いないだろう。
こういう時は一刻も早くこの場を立ち去りたいが、疑惑を深めないためにも、あまり不自然に話を切り上げるわけにはいかない。もちろん、焦った様子など見せてはならない。
自慢じゃないが、週一で職務質問される2ヶ月間を過ごしたことだってあるんだ。ショッピングモールで疑いの目を向けられるなど、大したことではない。
「そういうことでしたか……。こちら、商品となります」
「あ、どうも」
問題はないと判断したのか、店員はクレジットカードと袋詰めされた商品を手渡してきた。
俺はそれらを受け取り、振り返る。
「よし。お前ら、帰る……ぞ……?」
振り返った時、そこに2人はいなかった。代わりに、紺色の服を着た男の人が……。
いやちょっと待て、この人警備員だ!
「どうもこんにちは」
「な、なんで警備員さんがここに?」
「いやぁ、女の子を誘拐した疑いのある男がいると通報がありましてね。女の子が誘拐されたとか、いなくなったなんて通報はなかったのですが、最近何かと物騒ですから。一応来たわけです」
「そうですか。じゃあ、ここにはいないと思いますよ。むしろ、俺がいなくなった妹を探す方になってるっぽいです」
「それは大変ですね。ですけど、女性用下着の専門店にその男がいるとの通報だったので……。こんな店にいる男性、あなたくらいですよね。ついでに言わせていただきますと、特徴も伝えられていまして。髪の毛が奇抜で、黒ベースに白いラインが入っている感じになっている、と。あなた、ぴったりと当てはまっていますね」
「……そうですね」
どう考えても俺のことです、本当にありがとうございました。
「申し訳ありませんが、事務所の方まで来ていただきます」
……なんてこったい。
正直、ついて行きたくなどないのだが、抵抗したら色々と疑惑が深まりそうなため、警備員に渋々ついて行く俺だった。
なお、この後、証人として美華とこころを放送で呼び出してもらい、俺は無事に解放された。
それは良いのだが、
『迷子のお知らせです。健布都美華様、こころ様。お兄様がお待ちです。女性用下着が大量に入った袋を男性が抱えているというのはとても辛そうなので、大至急インフォメーションまでお越しください』
と、放送された。死にたい。
そして、やはりと言うべきか、警備員を呼んだのは、女性用下着専門店のレジに立っていた店員だった。俺のことを見た目で犯罪者だと判断したらしい。超失礼だ。
若干キレ気味で文句を言ったら、その店員と店長にめちゃくちゃ怯えた様子で謝罪され、その店舗で利用できる数万円分の商品券を貰った。俺専用の商品券とのこと。
女性用下着なんて二度と購入しねーよ!