我ら神の子!   作:四ツ兵衛

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テストの結果の気にならない人間などいない

 中間テストが終わって1週間。

 クラスメイトたちは皆、落ち着かないでいた。

 みんな気になっているのだ。自分のテスト順位が。

 テストの点数というものは返却された時点ですぐにわかる。もちろん、それも自分の学力を知る上では役に立つものだが、自分の点数がどれほどの価値を持っているのかを知る上では、あまりアテにならないものだったりする。なぜなら、点数というものは問題の難しさによって大きく上下してしまうものだからである。自分の点数が高くても周りの点数も高くて大差なければ、それは決してすごく良い点数とは言えないだろう。逆もまたしかりである。

 では、学生たちはどのようにして自分の点数の価値を知るのか。

 それは順位だ。

 順位が高ければ、例え点数が低くても悪い点数とは言えなくなり、逆のパターンも起こりうる。テストにおいては最も信頼のある数字である。だから、皆気にしているのだ。

 気にならない人間はよっぽどのバカか、自分に絶対の自身を持った者か、テスト結果がよっぽど気にならない者だけである。

 どんな者にも等しくテスト結果の善し悪しを伝えることができる数字。それこそが、テスト順位なのだ。

 というわけで、テスト順位が気になる学生は俺も例外ではなかった。

 

「それでは皆さん、中間テストが終わったからと言って浮かれないように。気をつけて帰りましょう。礼!」

『ありがとうございました!』

 

 帰りのホームルームを終わりを告げる先生の声が教室内に響き渡り、ほとんどのクラスメイトたちは一斉に教室を飛び出した。俺はその後に続いてゆっくりと歩いていく。

 悠平も詩帆も美華も、テストの順位は気にならないらしい。悠平も美華も天才型で、順位など気にする必要なし。詩帆は最低でも平均点がとれていればいいのだと言う。

 テストの順位が気になるという大多数の人間に当てはまる心理を持った人間が、俺の周りにはほとんどいないのだ。そのおかげで、俺は毎度毎度1人でテストの順位を見に行く羽目になっている。

 昇降口前の掲示板が近づいてくれば、生徒たちの声が増え、賑やかになる。掲示板の前は大勢の生徒たちでいっぱいだった。

 

「よっしゃあ、俺の勝ちー。お前ジュース奢りなー」

「ま、約束だし、しゃーねぇな。今度は俺が勝つからな」

「へっへーん、やってみろってんだ。言っとくけど、次はお菓子だからな」

 

 どこのクラスかは知らないが、法律的にちょっと心配になる男子2人のやりとりが見えた。2人はきっと友達同士なのだろう。

 友達と一緒にテストの順位を見に行って、勝った負けたとくだらないやりとりをするのが、実は羨ましかったりする。自分含めて、周りのやつらがかなり極端なせいで、俺には難しい話だが。

 良い順位で喜ぶ者がいれば、悪い順位で悲しむ者もいる。順位の良い悪い関係なしに、以前の順位と比べて一喜一憂する者もいた。反応を見ているだけで、なかなか面白いと思う。

 しばらくすると、生徒たちの数も減り、残りは俺と知らない女子生徒数人のグループが残った。

 俺は自分のテスト順位を見るために掲示板に近づく。

 と、

 

「えー、何よこれ。あたしより順位上ってどういうことー?」

 

 気の強そうな女子生徒——ギャル系とでも言うのだろうか——が不機嫌そうに声を上げた。

 

「いや、それは……その……」

「何ー? 言いたいことあるなら、はっきり言いなよー」

「え、別に何も……」

「何も? ふーん、そうなんだー。あたしより高い点数とっちゃったんだから、何か言うことあるんじゃないの?」

「え……⁉︎」

「ほら言えよー。あたしより高い点数とっちゃってごめんなさい、ってさー」

「てか、こいつ調子乗ってない? こんな良い点数とっちゃってさー」

「あー、それありそう。絶対にあたしたちのことバカにしてるわ」

「そ、そんなこと……!」

 

 ギャル系の女子生徒たちが気の弱そうな女子生徒に絡み始めた。

 テストというものは結果や順位がわかりやすく数字で表される。そのため、いざ自分より優れた者に出会った時は劣等感というものを感じやすい。

 劣等感は個人やグループの対立にもつながる。

 ギャル系の女子生徒は気の弱そうな女子生徒が自分たちより良い点数をとったことが気に食わなかったのだろう。器の小さいやつらだ。

 くだらなすぎて呆れてしまうが、このままではいじめに発展しかねない。それだけは防がなければならない。

 俺はため息を吐きつつ、女子生徒たちに声をかける。

 

「お前ら、何してんだ?」

 

 女子生徒たちの顔がこちら向くと同時に「誰だよ、あんた」とでも聞こえてきそうな攻撃的な視線が俺に突き刺さる。安心しろ、俺もお前たちが誰なのか知らない。

 

「自分たちの実力が足りなかったせいで点数負けたってのに、実力あって良い点数だったその子に八つ当たりってのはちょっと筋違いじゃないのか?」

「はぁ? あたしらはこいつと仲良くしようとしてただけだし」

「本当に仲良くしようとしていたのか? じゃあ、なんでその子が謝らなくちゃならないんだ?」

「……っ! 聞いていたんだ」

 

 気の弱そうな女子生徒を除き、女子生徒のグループ全員が心底嫌そうな目を向けてくる。

 俺が何を言おうとしているのかわかっているのだろう。いけないことをしていて、それを注意されるとわかったからそういう顔をしているのだ。悪いことをしたということはわかっているのだ。だが、こういうやつらは自分が非があったこと認めて引くという行動をとるまでに時間がかかる。

 俺には、彼女たちが次に話を逸らそうとしてくるのはわかっていた。

 

「てか、あんた誰だよ? いきなり話しかけてくるとかキモいわー」

「ほんとほんと。あたしら、あんたのことなんて知らないんだけど?」

「知り合いでもないくせに首突っ込んでくんな。うざいよ」

 

 ああ、わかっているとも。

 俺の行動が彼女たちにとって、どんなに面倒くさいことなのかはよくわかっている。しかし、誰かが理不尽に傷つくのを見逃すことができるほど、俺は腑抜けではない。

 

「そうか。……で、それがどうした?」

 

 話は逸らさせない。

 

「俺がキモいとかうざいとか、そんなこと俺自身はどうでもいいわけよ。テストの点数が悪かったくらいで、点数良かったやつに当たるなって言ってんだよ。わかるだろ、なぁ?」

 

 語気を強めると、女子生徒たちがざわつき始めた。

 

「し、知らねーし……」

 

 あくまでシラを切るつもりらしい。

 と、女子生徒の1人が何かに気づいたように表情を変えた。

 

「あ……! あたしわかっちゃったかも」

「何が?」

「なんで、こいつがあたしらに声かけてきたのか、ってやつだよ」

 

 その1人は俺の前にずいっと歩み出てきた。

 

「あんた、点数悪かったんでしょ。だから、私たちに八つ当たりしてる。そうよね? 点数悪かったから機嫌悪くなって、私たちに当たってるんでしょ。八つ当たりするな、とか言ってるくせして、あんたが八つ当たりしてるじゃない」

 

 彼女の言葉に、他の女子たちも「そうだそうだ」と賛同し、俺に軽蔑の意味を込めた目を向けてくる。気の弱そうな女子生徒だけが黙っていた。

 

「あんたらは、名前も知らないくせに、初対面の相手の点数がわかるのか?」

「あんたの頭見ればわかるわよ。それ染めてるんでしょ? ヤンキーなんでしょ? つまり、バカなんでしょ?」

「見た目だけで判断しないでもらいたい。というか、そもそも俺はヤンキーじゃないし、これは地毛だ。まぁ、バカという部分は否定しないでおくが。……本題に戻ろうか」

 

 女子生徒たちの口車に乗せようという魂胆は見事に外れた。俺はそんなに単純ではない。

 しかし、見た目をバカにされたのはちょっと腹が立ったので、相手を本気で睨みつける。空気が一気に険しいものになった。

 女子生徒たちが怯む。完全に威圧されていた。

 

「いい加減に自分たちの非を認めて謝ってやれ。人間関係の修復は難しいんだぞ」

 

 言いながら、睨みつけるのをやめる。

 女子生徒たちの中から1人、最初にくだらないことを言い始めたギャル系女子が俺の前に出てきた。

 顔を伏せ、肩を震わせている。反省している様子だ。

 

「……ごめんなさい」

 

 彼女は気の弱そうな女子の方を向いて、確かにそう言った。

 気の弱そうな女子は驚いたように目を見開く。

 これにて一件落着。いじめに発展しなくて良かった。俺は安堵の息を漏らす。

 が、

 

「……なんて言うわけねーだろ、ボケェ!」

「痛っ!」

 

 (すね)に衝撃が走った。

 見ると、ギャル系女子の靴の爪先が俺の脛に直撃している。痛いところを蹴られた。

 

「彼氏に言いつけてやる! 私の彼氏、不良だかんな! 覚悟しろよクソ野郎!」

「あっ、ちょっとおまえら待てっ! それはまずい! くっ……!」

 

 女子生徒たちは一斉に逃げ出した。ただ1人、気の弱そうな女子を残して。

 追いかけようとするが、脛は弁慶の泣き所とも言う。喧嘩慣れしているとは言え、痛いものは痛い。足に力を入れると痺れに近い痛みが走るせいで、追いかけられるような状態ではない。

 が、それでも無理やり追いかけようと足を踏み出した瞬間、

 

「そこの不良、待てーい!」

「ぐえっ……!」

 

 背後から腰に重い衝撃を受け、俺は前のめりの姿勢のまま吹っ飛んび、顔面から床に突っ込んだ。

 

「あなた、大丈夫ですか? どこか怪我はありませんか?」

「は、はい……でも、その……」

「どうしたのです? 具合でも悪いのですか? 私が保健室に連れて行こうじゃありませんか!」

「い、いえ……違うんです! そうじゃなくて……」

「なんと、違うのです? まさか、他の人に言えないようなことをされたのですか……?」

「う、うぅ……」

 

 倒れたまま首だけを動かして俺が立っていた方向を見ると、そこには気の弱そうな女子に心配そうな表情で矢継ぎ早に質問する幼女がいた。次々と飛んでくる質問に、女子は困り果てた表情を浮かべている。

 幼女よ、その言葉全て俺にかけてはくれないか。怪我人はこちらにいるのだぞ。

 などと思っても、思うだけじゃ伝わらないし、そもそも吹っ飛ばした張本人が心配などしてくれるわけがないので、俺は痛む腰をさすりながら立ち上がる。

 2人の方に身体を向けると、幼女が両手を広げて俺の前に立ち塞がった。可愛らしい顔に険しい表情を浮かべて、こちらを睨みつける。

 

「これ以上、彼女に危害は加えさせません。彼女は私が守ります」

 

 ……俺、何か悪いことしたっけ?

 本当に意味不明な時、人は言葉が出なくなってしまうものらしい。

 幼女はビシッとこちらを指差して続ける。

 

「私、ずっと見てましたから。君が女の子たちに馴れ馴れしく声をかけて、冷たい態度を取られたからって、勝手に怒って脅しをかけていたところ、全部見てました。結局、1人は捕まえて、他の子たちには逃げられたみたいですけど、君は追いかけて捕まえようとしていました。だから、私が背後からドロップキックをかまして女の子たちを守ったわけです」

 

 ……この人、多分本当に見ていただけで話の内容は全く聴こえてなかったパターンだ。

 確かに、俺みたいに目つき悪くて、髪も奇抜で不良みたいなやつが女の子に声をかけており、おまけにかなりしつこいと来たら、誰だって危険だと思うだろう。絵面だけを見れば、完全に悪質なナンパである。が、俺はそもそも不良じゃないし、危害なんか加えちゃいない。

 話の中に出てくる俺があまりにも酷い誤解を受けているが、面白いので口は挟まず、黙って話を聞く。

 

「さしずめ、君はその毒牙に女の子たちを引っ掛けようと思っていたようですけど、残念でしたね。私が目撃したからには、逃がしませんよ。さぁ、私に学年と組、番号と名前を教えなさい。私が更正して差し上げましょう」

 

 なるほど、俺が女の子に無理やり手を出しまくっていると決めつけ、最終的には更正してやる、と……。お断りだ。

 

「申し訳ないが、今の話全部間違ってるぞ」

「な、なにぃ⁉︎ 私の完璧な目撃証言のどこに間違いがあると言うのです?」

 

 今、全部と言ったはずだ。お前は目だけでなく、耳まで節穴か。

 

「全部だよ、全部。あそこまで完成された間違った推理なんて始めて聞いたわ」

「ぐぬぬ……しかし、あれは……」

「そこまでにしてくれ生徒会長。控えめに言って見苦しい」

「み、見苦しいとは失礼な! ……って、なんで私が生徒会長だと知っているのですか? まさか、私も毒牙のリストに……⁉︎」

「違うわ! 生徒に顔知られてない生徒会長とか大問題だろうが!」

 

 俺はこの幼女を知っている。というか、全校生徒皆が知っているはずだ。

 朝礼のたびに壇上に上がって軽く挨拶をし、生徒の代表として学校をより良くするべく活動を行う。今の地位に立つ前には選挙もやったのだから、全校生徒たちは皆、彼女の顔と名前くらいは知っているはずだ。

 天御中学園高等部生徒会長、萩原(はぎわら)夏樹(なつき)。学年は俺と同じ2年生。

 黒髪ショートの小柄な少女で、目つきは少々鋭いものの、可愛らしい印象を受ける。チラッと見た感じ、胸は絶壁に近い。言っちゃ悪いとは思うが、見た目は完全に幼女である。

 流石に、悪人だと間違われたままでは気分が悪いので、気の弱そうな女子は先に帰し、自己紹介も兼ねて先程のことを説明した。

 

「……わかりました。とりあえず、健布都君は何も悪いことはしていないのですね」

「その通りだ。話を聞いてくれて助かる」

 

 生徒会長は残念そうな顔をしながらも、あっさりと引き下がってくれた。

 残念そうな顔というのが引っかかるが、話を聞いて納得してくれただけでありがたい。

 

「健布都君が善良な生徒だということはわかりました。けど、善良な生徒にはあるまじきものですよね。その顔と髪の毛は。いっそのこと、本当に不良になったらどうですか?」

 

 あんたはあんたで生徒会長にあるまじき発言だな。

 

「それは無理だな。悪目立ちするってのは、俺の性に合わない。目立つなら良い点で目立ちたいし、悪目立ちするくらいなら目立たない方が好きなんだよ」

「ふむ……善良な生徒らしい模範的な答えです。その髪の毛は常に悪目立ちしていますけど」

 

 ……この幼女はいちいち一言多いな。

 だいたい、この学園は髪型も髪色も自由なため、善良かどうかの判断は髪の毛ではできない。

 俺は怒りを抑えつつ、

 

「で、俺はもう開放でいいのか?」

「……まぁ、いいでしょう。健布都君のことを善良な生徒だと信じ、今回のところは不問にしておきます。これからは怪しまれるような行動はとらないように」

「不問も何も、俺はそもそも悪いことしてないんだけどなぁ……。てか、怪しまれる行動って例えばなんだ?」

「うーん……息をする、とかですかね」

 

 無理だ。(それ)をしなければ、死んでしまう。

 俺が生徒会長にジト目を向けると、

 

「冗談ですよ。そんな怖い顔しないでください」

 

 怖い顔なんてしていた覚えはないのだけど……。

 なぜかわからないが、生徒会長(このひと)と一緒にいると、じわじわとダメージを受けている気がする。

 

「……と、こんなところで生徒をからかっている場合ではありませんでした」

「何か用事でも?」

「テスト結果を見に来たんですよ。今回は良かったと思うんです!」

 

 ふんす! と鼻を鳴らしながら、胸を張る生徒会長。見ていて悲しい気分になるのは俺だけだろうか。

 

「えーと……」

 

 そう唸りながら、生徒会長が向かったのは1位から10位までが載っている紙の前だった。

 一切の迷いがなかったところを見る限り、彼女がいつも高い順位についているのがわかる。

 生徒会長ですらテスト結果が気になるのだから、お前たちも少しくらい気にしろ、と神の子部員に言ってやりたい。

 

「げっ……! またですか……」

 

 生徒会長がうんざりした顔になる。

 俺も彼女の後ろから紙を見ると、

 

「あー、やっぱり1位は悠平か……。あいつ毎度毎度やるなー」

 

 1位の欄には我が友、大國悠平の名前が刻まれていた。萩原夏樹という名前はそのすぐ下、2位の欄にあった。

 生徒会長は泣きそうな声で呻く。

 

「間違えたのがたった2問とかおかしすぎますよ。なんでこんな点数とれるんですか……。私はいつもいつも頑張ってるのに、あの人は嘲笑うように私の上に立ちやがるんです。……いえ、嘲笑っているに決まってます。生徒会長なのに1位じゃない私を見て笑ってるんです! 大國悠平許すまじ!」

 

 気持ちの切り替えが早いというかなんというか、最後の方はほとんど怒りの声になっていた。

 俺は苦笑しながら、

 

「別に、あいつはそんなこと考えてないと思うぞ」

「そんなことはわかってます!」

 

 今度は俺が怒られた。

 

「というか、なんですか⁉︎ さっきから、大國悠平のことをあいつなんて呼んで! 君は大國悠平と何か関係があるのですか?」

「友達だが?」

「ほほう、友達と……。つまり、大國悠平の下っ端なのですね!」

「何故そうなる⁉︎」

 

 生徒会長は俺の髪の毛を指差し、

 

「その髪の毛から、大國悠平の下っ端臭がするのです! 大國悠平が従える不良グループの一員と言った感じがプンプン漂っているのです!」

 

 なんだその臭いは……。

 確かに、不良グループに入りたての人には、調子に乗って髪をいじる者もいるだろう。しかし、何度も言うが俺の髪は地毛である。悠平が不良グループを従えていることは否定できないが、俺自身は従えられてなどいない。

 

「生徒会長」

「ちょっと待ってください」

 

 意見しようとしたら遮られた。

 

「さっきから、健布都君は生徒会長と呼んでくれているのですが、それはあまり好きじゃないのです。普通に名前で呼んでください」

「わかった。萩原さん」

「却下」

「ええ⁉︎」

 

 今の呼び方はダメだったらしい。

 

「ちょっと距離感がある感じがします。もっとフレンドリーに呼ぶのです。さぁ!」

「……萩原」

「微妙ですね。次!」

「……夏樹さん」

「もう一声!」

「……夏樹」

 

 なんだこれ。

 

「あ、良いですね。それでいきましょう。私も健布都君のままじゃ不公平なので、颯人君と呼ばせてもらいます」

「……勝手にしろ」

 

 誘導尋問された気分である。

 あまり知らない女の子が相手の場合、下の名前で呼ぶのってけっこう恥ずかしい。下の名前で呼ばれるのも同様に。

 と、そんなことより、

 

「さっきも言ったが、俺は不良じゃない。悠平に従えられているわけでもない。勘弁してくれ。それとも、何かしらイメージの払拭が必要か?」

「……そうですね。不良というイメージが払拭できる何かがあれば、不良じゃないと断言できると思います」

「じゃあ、夏樹の思う不良のイメージは?」

 

 これは賭けだ。もしも、ここで不良のイメージに俺が当てはまってしまえば、俺は不良のレッテルを貼られてしまうわけである。逆に、当てはまらなければ、俺は晴れて一般生徒の仲間入りだ。生徒会長のお墨付きとなれば、これはイメージ改善の大きな一歩になるのではなかろうか。

 夏樹は顎に手を当ててしばらく考え込むと、

 

「頭が悪い……ですかね。なんか、バカやってる感じがするので、イメージとしてかなり濃いと思います」

「なるほど、頭が悪い、と。じゃあ、テスト順位の貼り紙から俺の名前を探してみたらどうだ?」

「そうですね! 探してみます!」

 

 そう言うと、夏樹はすぐさま低い順位の人の名前が載っている貼り紙の方へ向かった。しかも、よりによって最下位の方から確認を始めた。

 まだ不良というイメージがあるのは仕方ないとは思う。でも、あんまりだ。下の下じゃなく、せめて中の中くらいから探してもらいたかった。

 俺自身、今回の順位を見たわけではないから、まだ確定しているわけではない。それでも、初めてのテストではないのだから、自分のだいたいの順位くらいわかっている。

 不良と思われるのもショックだが、頭が悪いと思われたのはもっとショックが大きかった。

 

「おかしいですねー。健布都なんて姓、全く見つかりませんよ」

 

 最下位エリアの確認を終えて下位エリアの中間に差し掛かった頃、夏樹は困った顔をこちらに向けてきた。

 

「単純に考えて、それはどういう意味だと思う?」

「うーむ……思ったより順位が高かったパターンですかね……」

 

 そうだ。その通りだ。俺の順位はそんなところには書かれていない。

 そんな風に嬉しくなったのも束の間、

 

「いや、それはないですね」

「ええ⁉︎」

 

 一瞬で否定された。

 

「あ、わかりましたよ。……さてはあなた、この学園の生徒ではありませんね?」

「この学園の生徒だよ! お前と入学式同じだったわ! お前が入学式で新入生代表として挨拶してたの覚えてるからな!」

「ムムッ! それなら、何故颯人くんの名前がないのでしょうか? くまなく探したはずなのに……」

「くまなく探した場所にないからに決まってるだろうが!」

「あ、なるほど。やはり、場外ですか」

「違ーよ! 俺の順位はもっと上だー!」

「えっ……⁉︎」

 

 驚いた表情で目をパチクリさせる夏樹。

 こいつマジで俺のことをなんだと思ってるんだ? ていうか、こんなのが生徒会長でこの学園大丈夫か? ……色々と心配になってきた。もはや、溜息をこぼすしかない。

 

「仕方ない……。お前の名前のすぐ下見てみろ」

 

 実は、夏樹が下位エリアで俺の名前を探している間に、俺は自分の名前を見つけていた。

 夏樹は自身の名前が書かれた貼り紙の前に立ち、目を見開いた。俺の名前は夏樹の名前の本当にすぐ下にあった。

 

「健布都颯人……3位……」

 

 先程、自身のテスト順位を確認した時点で俺の名前は目に入っていたはずなのに俺の名前は完全にアウトオブガンチューだったらしい。悲しきかな、これで我が校の生徒会長の目が節穴であることは証明されてしまった。

 俺は夏樹の肩に手を置き、

 

「どうだ、これで俺のイメージも多少は良くなったろ?」

 

 現実を受け入れられない様子で突っ立っていた夏樹だったが、数秒後には俺の方に振り向いた。

 

「これ、同姓同名の別人ですよね」

「同一人物だよ! ついでに言うと、1年の最初のテストから上位3名ずっとこの並びで変わってないんだよ! ジェットストリームアタックだよ!」

 

 この学園に入学してから、テストの度に同じ名前の並びを見てきた。上位3名、1位から大國、萩原、健布都と並んでいた。ずっと変わらない三連星だった。

 俺はまたしても溜息を吐く。今日はよく溜息の出る日だ。

 

「夏樹さ、自分のすぐ下の順位のやつがどんなやつなのか気になったことはないのか?」

「いえ、ないですね。全く」

「あ、そうですか……」

 

 聞いてみて悲しくなった。

 

「でも、その見た目で座学が優秀だというのには興味が湧きました。君なら教員の1人や2人脅せば、全教科で高得点をぶんどれるはずなのに、どうして?」

 

 まるで俺が凶悪な顔面活かしてカツアゲしたことあるみたいな言い方だな……。

 我が校の生徒会長は、めちゃくちゃ失礼だ。

 俺は怒りで顔が引きつるのを感じながら答える。

 

「こんな髪の毛じゃあ、教師に目をつけられやすくなるからな。成績が良ければ、別に口うるさく言われないだろう、って思ってずっと続けてんだ」

「ほほう、見上げた努力ですね。見直しました。まぁ、これで不良というイメージは取り下げてあげましょう」

「なんでそんなに偉そうなんだよ……」

 

 と、ツッコミを入れてみるが、夏樹が聞いている様子はない。こいつは全身が節穴らしい。

 

「それにしても、あなたが3位ですか……よし!」

 

 夏樹はビシッと俺を指差し、

 

「颯人君、私と協力して大國悠平を倒しましょう!」

「……は?」

 

 理解できず、間抜けな声が漏れた。

 が、夏樹は気にも留めない様子で続ける。

 

「私たちは入学当初から大國悠平に負け続けてきました。テストも成績も1位を取られ続けてきました。これで良いのでしょうか? いえ、良いはずがありません! 私は大國悠平に勝って、1位を取りたいんです。颯人君も、このまま尻に敷かれ続けるわけにはいかないはずです。ですから、協力しましょう! 2位と3位が組めば、1位も倒せるはずです!」

 

 俺が悠平の尻に敷かれているみたいな言い方だったり、もはや自分が1位になりたいという欲望が丸出しだったりしたせいでツッコミどころ満載だったのに、ツッコまなかった俺は偉いと思う。

 目の前の幼女は息切れを起こしつつ、俺の方を見ていた。キラキラとした光がその目に宿っていた。

 認めたくないが、正直可愛いと思ってしまった。

 普通の男子ならば、この必死さと可愛さ、さらに「俺頼られちゃってる!」みたいなことを妄想の中で考えてしまって、すぐにでも同意を示すだろう。しかし、俺はあえてそれに逆らう。理由は簡単、めんどくさいから。

 

「お断りだ——」

「おお、協力してるのですか! ありがとうございます!」

 

 ……忘れていた。こいつの耳は節穴だった。

 

「では、明後日は空いていますね? 空いていなくてもいいので、空けてください。作戦会議をしようじゃありませんか。打倒、大國悠平を目指して、これから2人で頑張るためにも必要なことです。場所は駅前の喫茶店、改札口に朝10時に集合で! ……おっと、私は生徒会の仕事があるのでこの辺で! それじゃ、よろしくお願いしますねー!」

「お、おいっ⁉︎」

 

 喋るだけ喋って、夏樹は行ってしまった。

 ……身勝手すぎる。お前はどこぞのサイヤ人か。

 勝手に予定を語られたし、空いてなかったら空けろとか、もはや意味不明である。とはいえ、別に土曜日に予定なんて特にない。というか、そもそも友達が少ない俺は、休日のほとんどがフリーである。自分で言ってて悲しくなるが。

 

「はぁ……」

 

 またまた溜息が溢れてしまう。これで今日何回目だろうか。

 ……変な噂流されるのも嫌だし、土曜日は行ってやるか。

 めんどくさいことに巻き込まれてしまったのは間違いない。夏樹という人物も、悠平に勝ちたいという目標も、色々とめんどくさいことばかりである。

 中間テストが終わってひと段落したと思ったら、この始末。一難去ってまた一難。とほほ……。

 肩に重みを感じつつ、俺は部室へと向かうのだった。


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