我ら神の子!   作:四ツ兵衛

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番長

 父親からの仕送りは兄妹2人での生活には充分すぎるほどの金額なのだが、万が一に備えてなるべく節約したい。

 というわけで夕方、俺は近所にある商店街に1人で買い物に来ていた。

 この商店街には母さんが生きていた頃からお世話になっており、俺自身の髪が目立つということもあって今ではすっかり顔馴染みになってしまっていた。時々おまけしてもらったりして非常に助かっているのだが、実はここ2年程前から困っていることがある。

 それは、

 

「おう、いらっしゃいボスさん。今日は牛のバラ肉が安くてオススメだよ」

「ああ……はい。それ買っていきますね」

「まいどー。ちょっとおまけしとくよ」

「ありがとうございます……」

「ボスさん、こっちはじゃがいもと玉ねぎが安いわよぉ?」

「じゃがいもと玉ねぎ、にんじんください」

「ありがとねー。じゃがいも1個おまけしとくわね」

「ボスさんボスさん! 今日はコウイカが安いぜ」

「すみません。今日は要りません」

「そうか、残念だぜ。またよろしくな、ボスさん」

 

 ……何故か、俺はボスと呼ばれている。

 おそらく、と言うか間違いなく、この髪が根本的な原因なのだろうけど、直接的な原因はそれじゃない。何故なら、たかが髪の毛でそんな渾名(あだな)が付くはずがないから。

 ならば、その直接的な原因は何か?

 原因は割とすぐ近くにいた。

 

「兄貴ー!」

 

 俺が買い物を済ませて商店街から立ち去ろうとした時、背後から野太い声が聞こえてきた。

 俺が振り向くと、50メートル程離れたところから、いかつい顔の筋骨隆々とした大柄な青年が走ってくるのが見えた。

 青年は俺の前まで来ると、膝に手をついてゼェゼェと肩で荒い息をしながら、

 

「あに……き……、こんにちは……っす」

「おう、こんにちは。久しぶりだな」

「ふぅ……、お久しぶりっす」

「相変わらず回復が早いんだな」

「いえいえ、それほどじゃないっす。兄貴には敵いませんよ」

 

 青年は「ハハハ」と爽やかな笑顔を浮かべた。

 先ほどから俺のことを兄貴と呼んでくるこの青年、名前を御名方(みなかた)(たけし)と言う。名前にある神は建御名方(たけみなかた)

 身長は196センチメートルで、体重は120キログラムをちょっと超えるくらいとのこと。こんな体格なのに実は俺よりも年下で、現在高校1年生だったりする。

 悠平の後輩であり、俺とは昔一悶着あった仲である。現在は俺にベッタリだが……。正直、あまり嬉しくない。

 

「いやー、偶然っすね。兄貴がよくここの商店街に来ることは知ってたんすけど、まさかこの時間帯に会うとは」

「俺だって思ってなかったよ。だって今夕方だぞ? 何か集まりとかあるんじゃないのか?」

「今日はないんすよ。俺も用事がありまして」

「……それこそ早く帰った方が良くないか?」

 

 俺がジト目を向けると、

 

「用事って言っても家のことじゃないッス。このすぐ近くに用があるんすよ。なんなら、兄貴も一緒に来ますか?」

「俺が行ってもいいような用事なのか?」

「大丈夫っすよ。むしろ、兄貴が好きそうなことっす」

「……なら、行こうかな」

「よっしゃ、決まりっすね。ついて来てください。こっちっす」

 

 言いながら、猛は嬉しそうにとある路地を指差す。

 俺は黙ってその路地に向かい、猛も後についてきた。

 なんで案内なのに前を歩かないんだと不思議に思うが、猛が俺の前を歩かないのはいつものこと。俺も猛も住んでいるのはこの商店街の近所であるため、俺とその後ろについて歩く猛の姿はよく目撃されているに違いない。

 ……いかつい外見の大男を引き連れて歩く奇抜な髪の男なんて、そりゃあ何かのボスに見えるわけである。とある組織の長っていうのは間違ってないんだけど。

 

「ここっすよ。やつら、ここによくいるんす」

 

 突然、猛が立ち止まった。

 

「やつら? お前まさか不良の溜まり場にでも……」

「しーっ! 静かにしてください。気づかれちゃいますよ」

「…………」

 

 猛に焦った様子で言われて、俺は黙り込む。

 

「俺が先に行って見てきます。兄貴は俺が呼んだら来てください」

 

 俺が無言で頷くと、猛は曲がり角の向こうへ行ってしまった。

 いかにも不良が集まってきそうな路地裏に、俺は1人取り残された。まだ昼間だと言うのに周りは薄暗く、不気味さを感じる。

 ……もしかして、俺は不良と戦わされるんじゃなかろうか。俺が1人になったところを狙って襲いかかってくる輩でもいるのではなかろうか。

 俺はそんな変なことを考え、全感覚器官に神経を集中させる。

 と、

 

「ニャー……」

「ん?」

 

 猫が1匹、塀の上からこちらを見ていた。

 俺と猫はしばらく睨めっこをしていたが、やがてプイッとそっぽを向いて塀の先へ行ってしまった。

 その直後、

 

「兄貴ー、もう良いっすよー。来てくださーい」

 

 猛の声が曲がり角の向こうから聞こえてきた。

 1人取り残されたわけではないことに安堵しつつ、曲がり角の先へ進む。

 

「いやー、待たせちゃってすみません。こいつら落ち着かせるのに手間取っちゃいまして」

「…………」

 

 俺は無言で立ち尽くす。

 曲がり角の先にいたのは1人の大男と十数匹の猫。猫たちは猛の足元だけでなく、頭や肩の上にも乗っていた。

 その様子はまるで生命の樹。力強く、優しさに溢れ、生命に寄り添い守り抜く大木と、そこに集まる生命。

 そのあまりの神々しさに、俺は感動を覚えていた。

 

「どうっすか? 可愛いでしょう、こいつら」

「お、おお……」

「あまりの可愛さに言葉も出ないって感じっすね。猫可愛いっすもんね〜」

「ああ、そうだな」

「と言うわけで、突撃ー!」

「…………へ?」

 

 生命の樹の命令で、生命が襲いかかってきた。

 飛びかかってくる猫たちを避けようと身を捻る俺だったが、猫の可愛さに気が抜け、あっけなく倒れた。

 ……猫可愛い。毛皮もふもふ。

 

「いやー、3ヶ月くらい前にこの近くを歩いていたら猫見かけて。追いかけたら、ここに辿り着いたんですよねー。それから、時々ここに来て餌やりしたり、掃除したりしてたら、懐かれちゃって」

 

 猛は照れ臭そうに笑う。

 

「そういえば、お前も猫好きだったな」

「そうっすねー。でも、俺は猫以外も好きっすよ。動物はほとんど」

「ゴキブリは?」

「それは無理っす……」

 

 ゴキブリは流石にダメらしい。動く生物だから、一応動物なんだけどなぁ……。

 

「よーし、猫ちゃん〜。煮干しっすよ〜」

『ニャーン』

 

 猛がポケットから煮干しの袋を取り出すと、途端に猫たちが群がっていく。俺の腕の中からも1匹逃げ出した。

 餌で釣るとは卑怯な……。

 しかし、そうなるのは必然の結果だったのだろう。俺には出会ったばかりでそれほど懐いていないが、猛には世話をしてもらっていたおかげで懐いているのだから。

 猫に煮干しを食べさせながら、猛は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。しまいには、猫に向かって「ニャーニャー」と語りかけ始めた。

 猛が俺と同じような猫好きで、こんなにも優しさに溢れているなんて、初めて会った頃には思いもしなかっただろう。

 そう、あれは中学2年生の時のこと。猛だけでなく悠平との出会いでもあり、俺が今まで生きてきた中では最悪の出会いだった。

 

 

 中学時代、俺は学校のトップだった。

 学校においてのトップと言うと、テストの点数や成績、足の速さが真っ先に思い浮かぶ人がほとんどだろう。しかし、俺はそういったプラス面でのトップではない。どちらかと言うとマイナス面、不良のトップだった。

 もちろん、望んでそうなったわけではない。気がつけば、勝手にそうなっていた。

 奇抜な髪のせいでトラブルに何度も巻き込まれたおかげで喧嘩の場数は常人より遥かに多く、さらに身体能力が元々優れていたために、力も技術もどんどん強くなってしまった。おかげで、気がついた頃には校内の不良連中全員が従うレベルになっていたのだ。

 ああ、悲しき我が定め。

 俺は望むことなく手に入れてしまった地位にうんざりしていた。

 そんな様子で毎日を過ごしていた9月のある日の放課後のことである。

 

「颯人さん、大変です! 颯人さんの靴箱にこんな紙が!」

 

 俺が図書室でライトノベルを読んでいると、不良の1人が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。

 それでもボーッと本を読み続ける俺の目の前に、1枚の紙が叩きつけられる。

 

「まずはこれ読んでください! 一大事です!」

「そんなに大変なのか? ……それなら読むけど」

 

 ブンブンと首を縦に振る不良から、俺は怪訝な顔をしながら紙を受け取り、目を通す。

『お前の学校から美少女を1人いただいた。返してほしくば、本日の放課後に東の廃工場まで1人で来い。

 p.s.美少女は最高だぜ!』

 ……なんだこのふざけた手紙は。

 

「なぁ、これの差し出し人は誰だ? あと、美少女って誰がいなくなった? 美華だったら絶対許さん……!」

「差し出し人は不明ですが、とりあえず妹さんは無事です。美術部漫画研究会で活動しているのを確認済みです」

「なら良かった」

 

 俺はホッと胸をなでおろす。

 しかし、不良はなおも落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。

 

「どうした?」

「いえ……、美華さんは無事なんですが……」

「ああ、そうだな。良かった良かった」

「詩帆さんが現在行方不明です」

 ガタッ!

 

 瞬間、俺は自分でも驚くほどのスピードで図書室を飛び出していた。

 そのすぐ後ろを不良が追いかけてくる。

 

「待ってください! 間違いなく罠ですよ!」

「そうだな。だけど、それがどうした?」

「1人で行くつもりでしょう⁉︎ 相手は間違いなく複数です! 集団に行かなきゃどうなるかわかりませんよ⁉︎」

「そうだな……」

 

 俺は立ち止まる。それに合わせて、不良も立ち止まった。

 

「クライアントはお一人様での入場をお望みだ。なら、その注文に正々堂々と答えてやるまで。ご注文を叩き返すほど落ちぶれてないからな」

 

 そもそも、俺不良じゃないし。

 不良は目を輝かせる。

 

「くぅ……正々堂々と勝負に行く颯人さんかっこいいです……! でも、まだ待ってください。このままいくと決闘罪になっちゃいますよ。さすがに警察はまずいです」

「大丈夫だ。向こうも果たし状なんか出してくる時点で警察には頼れない。誘拐なんて言うまでもない。そもそも、どんな場面であっても不良が警察に頼るとは到底思えないからな」

「……よく考えてますね。わかりました。行ってあげてください。怪我には気をつけて」

「ああ、やりすぎないように注意する」

 

 俺は不良に背中を向け、歩き出す。

 

「行ってらっさぁい!」

 

 不良の声が俺の背を押す。字にすれば不良と書くが、実際は良いやつもいるのだ。

 校舎を出た俺は全速力で廃工場へと向かうのだった。

 

「……ここか」

 

 学校から走って20分。廃工場の門に到着した。

 この場所は、かつては伊奘諾(いざなぎ)家が経営していた工場だが、廃工場となった現在は大國(おおくに)家が所有管理している。

 本来は立ち入り禁止のはずだが、今日に限っては何故か開放されていた。

 

「あんたが健布都颯人さんですかい?」

 

 突然、門の向こうから声をかけられた。

 声のした方に目を向けると、門の影から1人の少年が出てくる。痩せこけた頰と異様にギラギラとした目が不気味な印象を与える少年だった。

 

「……いかにも、俺が健布都颯人だ」

 

 やりたくて番長やっているわけじゃないけどな、と心の中で付け足しながら頷く。

 少年は「へっへっへっ……」と陰気臭く笑い、

 

「お一人様のようでございますね。これなら、上手くやれば僕でも勝てるかもしれませんなぁ」

「なるほど、まずはお前をぶちのめせばいいんだな?」

「冗談ですって。勘弁してくだせぇ……」

 

 俺が指を鳴らすと、少年は気味の悪い笑みを浮かべながら頭を下げた。

 

「ウチの番長から丁重におもてなしするように言われてますんで、僕は一切手出ししません。ついてきてくだせぇ。ウチの番長の(トコ)まで案内しますんで」

「待て。それより先に詩帆に会わせてくれ」

「ご安心を。あんたん所の綺麗な子もそこにいますから。ほら、早く行きましょ。ウチの面々には気の短いのも多いんで、早くしないとナニされるかわかりませんのでねぇ……」

「早くしてくれ!」

「了解ですわぁ。1名様ご案内〜」

 

 少年は(だる)そうに返事をすると早足で歩き始めた。

 態度こそ悪いものの、少年が注文を受け付けてくれていることに感謝しながら、俺は後についていった。

 その道中、

 

「颯人さんは何故番長になったんです?」

「いきなり名前呼びか?」

「別に気にしなくていいじゃないすか。名字だけも嫌でしょう?」

「まぁ、それはそれで……なぁ……」

「でしょう? ほら、教えてくだせぇ。わざと間違えた方に進みますよ」

「お前マジでぶん殴るぞ?」

「まぁまぁ。話してくれたらもっと速く歩きますんで」

「速くできるなら最初っからそうしろよ!」

「で、どうします?」

「くっ……!」

 

 番長になった経緯を話すのは自分が普通でないことを認めるようで嫌だが、背に腹はかえられない。

 

「こんな髪の毛だから、中学入ったばっかの頃に、その頃の番長に絡まれたんだよ。いきなり殴られたからムカついてぶん殴っちまって、それがまさかの1発KOでさ。番長は3年生だったから、卒業までは一応番長やってたんだけど、卒業してからは番長を1発KOした俺が番長に選ばれたんだ」

「へぇー、お強いんですねぇ。でも、その言い方からすると、なりたくてなったわけじゃないようですけど?」

「ああ……、周りのやつらが勝手に決めたことだ。俺はお前たちが思っている自分から番長になろうとするような自信に満ち溢れた番長じゃないんだよ」

 

 俺は申し訳なく思いつつ、少年の言葉を肯定した。

 少年は愉快そうに笑いながら、

 

「その割には、しっかりと番長をしているようですがねぇ?」

「そりゃあ、本意でないとはいえ、周りに選ばれたんだからな。喧嘩売りに行くようなことはしねぇけど、攻め入ってきた他校の不良を追い返したり、同じ学校のやつらを守ったりくらいはするさ」

「真面目なんですねぇ。不良なのに」

「真面目にやんなきゃ、選んでくれたやつらに失礼だからな。……てか、歩くの速くね?」

 

 いつの間にか、俺たちの歩く速さは小走り程度の速さになっていた。

 

「僕も真面目に、ちょろまかすことなく取引をしているんですよ。1人の女のために、こんなに必死になる男相手にズルなんて、僕の流儀に反しますんで」

「お前も真面目なんだな」

「へへへ、ありがとうごぜぇやす」

 

 照れ臭そうに笑う少年。

 今まで生気のなかった顔に、始めて生きた表情を見た気がした。

 と、少年はとある建屋の前で立ち止まった。

 

「この倉庫の中ですぜ。面白いお話を聞かせてくれたおかげで予定より速く着いちゃいましたよ。良かったですねぇ」

「案内ありがとな。……暴れていいのか?」

「構いませんよぉ。僕は颯人さんの仲間じゃありませんけど、戦闘員ではなく、ただの案内役ですからねぇ」

「そうか……行ってくる」

「……颯人さん!」

 

 俺が倉庫の中に入ろうとドアノブに手をかけた時、後ろから名前を呼ばれた。俺は黙って振り向く。

 

「今の話を聞いた限りじゃ、あんたとウチの番長(ボス)は似ています。ウチの番長は、トップに立つことを望んでいたけど、努力いらずでトップになっちまいました。あんたと違うところは、トップになることを望んでいたか否かの一点だけです。実力なら、絶対に負けていません」

 

 こいつは何を言っているんだ……?

 突然、敵であるはずの俺を励ますようなことを言い始めた少年に、俺は不信感を覚えた。きっと、表情にも出ていただろう。

 しかし、少年は続けた。

 

「ウチの番長……悠平さんは常に、望んだままに一番になってしまうんです。悠平さんはそれをいつも『つまらない』と嘆いていました。だから、今日こそは、その輝かしくも悲しい運命を、無くしてやってください! 悠平さんを、僕の後を継いで番長になったあのバカを助けてやってください! お願いします!」

 

 ……お前番長だったのかよ。そりゃあ勝つわ。

 そうツッコみたくなったが、精一杯の頼みにツッコむのも悪いと思い、俺は帽子を被ってドアノブに手をかける。

 

「……任せろ」

 

 倉庫の中に入る直前、俺は必ず成し遂げると心に決めてそう言った。

 

 倉庫の中は薄暗く、多くの不良でざわついていた。そのおかげか、俺が来たことには誰も気づかない。

 

「…………」

 

 俺はなるべく目立たないように口を閉じ、倉庫全体を見回す。

 倉庫内には50人を少し超えるくらいの不良。それぞれケータイをいじっていたり、お喋りをしていたり、普通の学生となんら変わりのない方法で時間をつぶしていた。着ているものは全員揃って俺と同じデザインの学ランであるため、紛れ込むには苦労しなくて済みそうだ。

 不良たちの様子を確認し終えた後、倉庫の最奥に目を移す。そこにはステージのようになっている部分があり、パイプ椅子に縛り付けられて恐怖の表情を浮かべる詩帆がいた。

 詩帆のことを考えるとなるべくすぐ飛び出したかったのだが、目立つような真似をして見つかるわけにはいかない。

 俺はなるべく堂々とした歩みで一番奥へと向かう。こういう場所では、ビクビクしている方がかえって目立ってしまうのだ。その証拠に、俺が堂々としていても誰も怪しむ様子がない。

 そんな調子で倉庫の真ん中辺りまで進んだ時、突然詩帆の隣に人影が現れた。

 

「へーい、お前ら楽しんでるかー?」

『もちろんです、ボス!』

「そーかそーか。それは良かった」

 

 不良たちの反応を見るに、彼が番長……悠平なのだろう。やけに整った顔立ちのイケメンだった。

 

「しかぁし、今は楽しんでいる場合ではなくなった!」

『何かあったんですか⁉︎』

「先ほど門番から連絡があった。向こうの番長は工場敷地内に既に侵入しているらしい」

『な、なんですとぉ⁉︎』

「俺の予想だが、番長さんは多分この倉庫内にいる。怪しいやつがいないか、周りを注意して見回してみてくれ」

『イエス、ボス!』

 

 まるで打ち合わせでもしているかのように、不良たちは同じ言葉を同じタイミングで言う。お前たちはNPCか……。

 そんなふうにバカにするものの、侵入者だとバレたら困るので俺も一緒になって叫び、周囲を見回す。

 と、不良の1人と目があった。

 

「いやー、いないっすねー」

 

 目をそらさず、怪しまれる前に明るく話しかけることで不信感をなくす。

 

「そうだな。てか、ここからじゃ集団の外側見えないよな」

「そうっすね。ここからだと、みなさんしか見えません」

「だよなぁ。いくら悠平さんの頼みでも見えねえもんを探すのは無理だぜ。侵入者なら、まず間違いなく集団の外側の見えない位置から様子を伺うもんだと思うんだが……」

「ですよねぇ」

 

 相手の考えに賛同することで同じ考えを持った仲間だと認識させる。

 

「やっぱりお前もそう思うか? 俺、ちょっくら外側見てくるわ」

 

 輪の外側へと歩いて行く不良の背中を見つめ、俺はそっとほくそ笑む。

 その侵入者、つい今まであなたの目の前にいましたよ。あなたの考え外れてますよ。

 侵入者を探すことでざわついていた倉庫内も数十秒ほど経てば、静かになった。全員、自分の見ていないところは自分以外の誰かが()()()()と確認してくれたと思っているのだ。

 まさか、侵入者が自分たちの中に紛れ込んでいるとは思うまい。

 やがて、誰かが口を開いた。

 

「ボス、やっぱり見当たりませんぜ。もしかしたら、他の場所にいるのかもしれませんよ」

「そうか? それなら良いんだけどな。一応、番号言っとくか。番号!」

 

 悠平の言葉から数秒間、倉庫内が再び静かになる。

 誰も「1」と言わない。全員、自分以外の誰かが「1」と言うのを待っている。もちろん、俺も言わない。

 何かをするにおいて、最も注目が集まるのはだいたい始まりと終わりだ。だから、注目を集めてことでバレる可能性が高い始まりと終わりでは言わない。

 やがて、誰かが「1」と言い、目立ちたくない俺は「27」と言った。50人ほどの人数の中で目立ちたくないのなら、ベストな数字と言えよう。

 俺が言った後も数字は増え続け、「52」と誰かが言うと、数字がそれ以上増えることはなくなった。

 悠平は指折り数え直し、

 

「やっぱりおかしい! 1人多いぞ!」

「いや、今日来たのは悠平さんを除いて52人ですよ。52であってるはずですが……」

「それでもおかしいんだよ! 今、1人門番やってるから、ここにいるのは51人のはずだ!」

『な、何ィー⁉︎』

「くまなく探せ! 健布都颯人は間違いなく、この倉庫の中にいる!」

『イエス、ボス!』

 

 悠平が叫ぶと、不良たちがそれに応え、周りをくまなくチェックし始める。

 しかし、俺自身も一緒になって探すふりをしたため、誰も俺を疑わず、見つけることもできなかった。

 

「クソッ! どこにいやがる! 隠れてないで出てこいや!」

 

 悠平が叫ぶ。

 そう言われて出てくる侵入者はいないと思うんだけどなぁ……。

 

「ぬぅ……、そっちがその気なら……!」

 

 焦りの表情で呟いた悠平は詩帆の背後に立ち、肩に手を置く。

 

「健布都颯人ぉ! これが見えてるか? 見えてるよなぁ! ここにいるのはお前の彼女だ!」

「ぶっ……⁉︎」

 

 いきなりおかしなことを言われて盛大に吹き出した。

 

「どうしたんだ?」

「いや……向こうの学校に通ってる友達から、番長には彼女がいないって聞いてましたんで……。聞いてた情報と違うじゃないか、と……」

「そりゃあ、確かに驚くかもな……」

 

 俺が吹き出したことを気づいた不良が疑い深げな目を向けてきたが、テキトーに返して切り抜ける。

 

「ついさっき、こいつが自分から喋ってくれたんだよ。『私は颯人の彼氏よ!』ってな。俺はただ『美少女を連れてこい』としか言ってねーんだけどなー。まさか、こんな良い餌が手に入るとは思わなかったぜ」

 

 なんちゅう嘘吐いてやがる……。

 

「まぁ、彼女が捕まってるってことは助けねーといけないよな? でも、俺たちがこんな可愛い子を捕まえてから何もせず放っておくわけがねーわけだ。つまり……」

「え? 何する気……⁉︎」

 

 悠平は詩帆のセーラー服の裾に手をかけると、

 

「こういうことだっ!」

 

 大きく捲り上げた。

 ピンクの可愛らしいブラジャーに包まれた詩帆のけしからん胸がさらけ出される。服を着ていたせいでさっきまではわからなかったが、擦り傷や打撲痕が見てとれた。

 

「イヤァァァァァア! 見ないでー! 颯人助けてぇ!」

「おおー、良い身体してんじゃねーか。ちょっと怪我しちまってるのは残念だけど……。やっぱ番長の彼女さんは違うねー」

 

 悲鳴を上げる詩帆。いやらしい目をした悠平。傷痕。

 ……詩帆を助けなければ。

 そう思った時、頭の中は詩帆を助けることでいっぱいになり、俺は自分自身を抑えられなくなった。

 

「やめろぉ!」

 

 俺の声が響き渡り、倉庫内が一瞬静まり返った。

 全員の視線が集まる。だが、俺にはもうそんなことなんてどうでもよかった。

 目の前で服を脱がされかけている幼馴染の少女を守ることだけが重要な目的だった。もはや、見つかる見つからないなどという過程なんて関係なかった。

 帽子を取ってステージに目を向ければ、悠平と目が合う。

 

「……黒い髪の中に走る白い稲妻のような筋。なるほどな、特徴が一致する。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中。髪に特徴があること以外は普通のやつとほとんど変わらないから、帽子被ってりゃ紛れ込まれても気づかなかったんだな。良かったな、お姫様。王子様が迎えに来てくれたぞ」

「え? ふえぇ? 颯人?」

 

 詩帆は今の状況が理解できていない様子でこちらを見ていた。

 

「そいつを解放しろ」

 

 低い、唸るような声で用件を伝える。

 が、

 

「は? やだね。こいつは俺たちのモンだ。こんな可愛い子をそうやすやすと手放すなんてありえないだろ」

「そうか。そりゃあ残念だ」

「ああ、お前にとっては残念だな。俺たちにとっては最高だけど。ほれ、どうだ? 最高だろ?」

「や、やめて……!」

 

 悠平の指が詩帆の柔らかそうな白い腹に触れ、上に向かって綺麗な肌の表面を滑っていく。

 詩帆は嫌がって身をよじるが、椅子に縛り付けられていては何の抵抗にもならない。

 悠平は興奮した様子で笑みを浮かべ、

 

「なぁ、早くしないとブラも取っちまうぜ? ほら、早くここまで来て止めろよ」

 ブチッ……!

 

 瞬間、俺の中で大切な何かが切れた。

 頭の中が詩帆を助け出すことでいっぱいになる。

 

「貴様ァァァァア!」

 

 俺は獣のような唸り声を上げながら、駆け出した。

 人は時々、感情の高ぶりによって自分を抑えられなくなることがある。膨れ上がった感情に支配され、暴れ狂う獣。この時の俺はまさにその状態だった。

 

「お前ら、あいつを潰せ! 健布都颯人に勝つチャンスだ!」

『もちろんです、ボス!』

 

 悠平の一声で、不良たちが一斉に襲いかかってきた。

 全方向から敵がやって来る。逃げ場は一切無し。ならば、何をすべきか。

 答えはただ一つ、最短距離の一直線上にいる者をなぎ倒して直進するのみ。

 

「悠平さんの元へは行かせなヴィッ⁉︎」

 

 下顎への右アッパーが直撃。バキッという音と共に1人ダウン。

 ……退け、邪魔だ。

 

「お前を潰ブッ⁉︎」

 

 鳩尾へ掌底が入り、胃の中の物を床にぶちまけながらうずくまる2人目。

 ……潰れるのは貴様の方だ。

 

「止まれぇぇぇぇア゛ァァァ!」

 

 膝への蹴りがモロに入った。ゴキッという音と共に脚がありえない方向に折れ曲がり、悲鳴を上げながら3人目が倒れた。

 ……大切な人が傷ついているのを見て、足を止められるわけがない。

 

「ダメだ! 抑えられない!」

「1人で止めようとするな! 複数でかかれ!」

 

 目の前に4人の不良が飛び出してきた。このままでは正面衝突は免れない。

 しかし、俺はスピードを緩めなかった。両腕を水平に広げて全身に力を込め、そのままのスピードで突っ込んだ。

 不良たちの首元に腕が直撃し、スピードが一瞬落ちる。が、足に力を込めて強く踏み込み、腕を振り抜いた。

 俺のラリアットは4人の不良たちを吹っ飛ばし、その身体を背中から地面に叩きつけた。

 4人を相手に押し勝ったことで、不良たちがどよめく。

 

「なんだこいつは⁉︎」

「よ、4人がかりでも止められないなんて……!」

「こんなやつに勝てるのか……?」

 

 不良たちの弱気な声が聞こえてきた。その声が聞こえる度に、全体の動きも遅くなる。

 しかし、やはりと言うか、士気が下がっても向かってくる者はいるようで、

 

「ここは通さんぞ!」

「終わらせてやる!」

「来いやァァァァア!」

 

 やる気満々な様子で待ち構える3人の大柄な不良。

 俺は真正面から走り込み、右脚での飛び回し蹴りで1人の肩を砕いて吹っ飛ばすと、着地と同時に回転の勢いをそのままに、左脚での上段後ろ回し蹴りを放つ。左足のかかとは顔を守るために構えられた不良の左腕を軽々とへし折って左頬に直撃し、容易に意識を刈り取った。

 

「や、やっぱ出るんじゃなかったぜ!」

 

 隣に立っていた2人があっという間にやられてしまったことに焦り、逃げ出そうと(きびす)を返す不良。

 しかし、

 

「どこ行くの?」

 

 俺の手が不良の肩に置かれる。ブチギレた俺が不良を逃がすはずなんてなかった。

 

「ああ……あが……あがが……!」

「恐くて声も出ねえか? じゃあ、俺を恐くしたやつは誰かな?」

 

 俺の問いに、不良は震える指で悠平の方を指差した。

 俺はニヤリと笑い、

 

「そうだ。正解だ。賢い貴様にはご褒美をくれてあげなきゃな……」

 

 逃げの教訓というご褒美だ。

 

「逃げるんだったら、相手の向かっていない方向に逃げやがれ! 邪魔なんだよ!」

 

 不良の襟とベルトを掴んで頭上に持ち上げると、背後の不良たちに向かって投げつけた。

 不良は見事な放物線を描いて宙を舞い、他の不良たちをなぎ倒しながら着陸した。不時着気味だったが、なぎ倒された不良たちが良いクッションになったようで身体は無傷。しかし、身体中の穴から出る物を全部出した状態で気絶していたため、目が覚めた時の精神的ダメージは計り知れないだろう。

 背後に迫ってきていた不良たちは立ち止まり、一歩また一歩と後ずさる。

 暴れたおかげで俺は少し落ち着いてきた。

 不良たちには充分な恐怖を与えることもできたはず。今がちょうど良いだろうと口を開く。

 

「俺は向かってくるやつと邪魔になるやつは始末する。が、お前たちが何もしないなら、俺も何もしない。逃げたいやつは逃げろ。闘いたいやつは向かってこい。見ていたいやつは離れて見てろ」

 

 この俺の発言により、動ける不良たちは一斉に逃げ出した。ただし、2人を除いて。

 俺と詩帆の間には悠平ともう1人、ボディビルダーを想わせるようながっしりとした体格の、身長185センチメートルは確実にありそうな少年がいた。

 

「……何故逃げない?」

「俺は悠平(兄貴)の舎弟だ。守るべき人が傷つけられそうになっている今、俺は逃げるわけにはいかない」

 

 少年は目を細める。

 

『猛だ……』

『猛が残っている……』

『なんて覚悟だよ……』

『負けた……。あいつには心も身体も負けた……』

 

 離れてこちらを見る不良たちの口からそんな言葉が聞こえてきた。

 なるほど、目の前の少年の名前は猛と言うらしい。

 少年は俺を睨みつけながら続ける。

 

「中学校に入学してすぐ、俺は町の不良に絡まれていました。原因はこの無駄にでかい身体と力。小学生の頃からたくさん喧嘩していたことでも知られていたから、不良に目をつけられていたそうです。何人もの不良に囲まれて困っていて、そんな時に助けてくれたのが兄貴でした。感謝の気持ちは忘れません。その時から、俺は兄貴の舎弟ですから、このでかい拳は兄貴のために振るわせていただくのです!」

 

『ワァーッ』と俺たちを観ている不良たちから歓声が上がった。

 

『いいぞー猛!』

『そうだ! 悠平さんを守れー!』

『お前ならいけるぞー!』

『やっちまえー!』

じゃかあしい(やかましい)わ!」

『はいっ! すみませんでした!」

 

 不良たちがうるさかったので黙らせた。

 

「猛……と言ったか? お前の大切な人を守りたいというその気持ち、覚悟。俺はすごいと思う。だが、その気持ちは俺にもある。そして、お前たちは俺の大切な人を傷つけた。……覚悟、できてるよな?」

「もちろん、できていますよ。そうでなければ、俺も逃げ出していましたから。先程までのあなたは、それほどまでに恐ろしいでした」

「なら逃げてくれれば良かったのに……」

「大切な人を危険な目に遭わせたくないので」

「イケメンかよ」

 

 会話をしながら、心を落ち着かせる。

 怒りで暴れ狂う獣から、静かに怒り狂う獣へ。怒りのボルテージはとっくに限界を超えていたが、心を落ち着かせることに少し集中すれば、すぐに落ち着いた。そして、自分自身に命じる。

 ……詩帆を助けろ。

 俺は大切な人を助け出すために、猛は大切な人を守るために。お互い大切な人のためだからこそ、敵対している時は完全な平行線になってしまう。

 

「やれやれ……お前が敵じゃなかったら、絶対仲良くなれたと思うんだけどなぁ……」

詩帆(あの子)が無事にあなたの元へ帰ることができれば、俺たちは敵同士じゃなくなります。そしたら、仲良くするってことで良いのでは?」

「そうだな。そんじゃあ、そのために……」

 

 俺は膝を曲げ、脚に力を込める。猛も両手を広げて構えた。

 

「さっさと終わらせねえとなぁ!」

 

 地面を強く踏み込み、2本の腕を避けて猛の懐に飛び込む。

 

「速いっ⁉︎」

「ふんっ!」

 

 足が地面に着いた瞬間、再び強く踏み込んで、飛び込みの勢いを殺さず、両手での発勁を胸部にぶちかます。

 

「ぐっ……ぶはっ……」

 

 猛は後ろへ少しずり下がり、苦しげな声を漏らす。が、その目は俺をしっかりと捉えており、頭上には指を組んだ両手が振り上げられていた。

 

「どぉるぁぁぁぁあ!」

 

 眼前に迫り来るアームハンマー。

 俺は右手で拳を横に押すことでハンマーを受け流す。

 相当な力を込めていたのだろう。猛は勢い余って前のめりに倒れこんだ。

 そんな大きな隙を、俺は見逃さない。

 脇腹に肘打ちをかまし、苦しげによろめいたところへ足払いをかけた。

 猛はうつ伏せに倒れると、脇腹を押さえて丸くなる。

 

「いづっ……ぐぐっ……」

「残念だが、実力の差がありすぎる。まぁ、他のやつよりは耐えた方だったよ」

 

 俺は猛に背を向けて詩帆のいる方へと足を踏み出す。

 が、

 

「行かせ……ない……!」

 

 俺の足首は猛の大きな手に掴まれ、それ以上踏み出せなくなっていた。

 ……すごい根性だな。

 素直に感心する。しかし、猛に対して優しくしている余裕なんてなかった。

 

「ごめんな……」

 

 言いながら、自由の効く足で猛の手首を踏みつけた。

 ボキッという大きな音が響き、猛はもう片方の手で踏まれた手首を押さえて悲鳴をあげる。

 心の底から申し訳ないと思いつつ、俺は猛のそばを離れて悠平の前に立つ。

 

「まさか、ここまで暴れてくれるとはな……。正直予想外だったぜ」

「……自分も同じ目に遭いたくなかったら、詩帆を解放しろ」

「断る、と言ったら?」

「その時はお前をぶちのめす」

 

 自分でもゾッとするような声が出た。

 悠平は一瞬目を丸くすると、腹を抱えて笑いだす。

 

「俺をぶちのめす、だって? ハハハハハハ! 無理無理、無理だな。お前ごときに俺をぶちのめすなんて夢のまた夢だ」

「本気でそう思ってるのか?」

「ああ、本気だ。だって、俺はナンバーワンだからな」

 

 悠平は人をバカにしたような表情でニヤりと笑い、

 

「……たかが女1人のために、なんでそこまで本気になってるんだよ?」

 

 その言葉に、俺の怒りは一瞬で限界近くまで跳ね上がった。

 

「たかが、じゃねぇよ! 特別な関係がないお前にはわからないだろうが、俺にとっては何年も一緒に過ごしてきた、たった1人だけの大切な存在なんだよ! 人のことを『たかが』なんて言うんじゃねぇ!」

「はうぅ……」

 

 俺がキレると、何故か詩帆の顔が真っ赤になった。

 

「ほーう……そうかそうか……」

 

 悠平は俺と詩帆を交互に見てから、愉快そうに目を細める。

 

「だったら、その大切な人を解放するってのは、断らせてもらうぜ!」

 

 言葉と同時に頭を狙った素早い蹴りが飛んできた。

 しかし、俺からすれば遅すぎる。

 俺は悠平のスネに拳を叩きつけた。軸脚の膝が折れ、蹴りは直角に地面へと、文字通り打ち落とされた。

 悠平は足を押さえてうずくまる。

 

「断ったらぶちのめすと言った。つまり断ったらゴングが鳴ったのと同じこと。鋭い先制攻撃のつもりだろうが、言ってから動いたんじゃ遅すぎる。正攻法じゃ、俺には届かない」

「めっちゃ痛えじゃねーか……」

 

 痛みのせいで脚に力が入らないのは間違いない。しかし、悠平は脚を震わせながらも立ち上がった。

 

「まだ立つか? 俺は早く詩帆を助けて帰りたいんだが……」

「うるせえ! 俺が勝つって言ったら勝つんだ!」

 

 悠平は叫ぶ。

 

「運命はいつも俺に味方していた。いつも、必ず、俺が一番、俺がトップだ! 俺がルールだ!」

「いや、お前はルールじゃないし、一番でもない。上には必ず上がいる」

「黙れ! お前は俺に負けるんだ! 俺が一番なんだ! ルールに則って、俺が勝つ!」

「勝ってどうするんだ? 勝っているだけで面白いのか?」

 

 俺の問いに、悠平は一瞬顔を歪ませる。

 しかし、すぐに元の表情に戻り、

 

「んなこた知らねえ! 俺はただ勝つだけ、お前に勝って一番であり続けるだけだ!」

 

 顔を狙ったパンチ。

 少しくらいは情けとして食らってやっても良かったが、俺は容赦なく叩き落とす。

 脚に大した力が入っていないはずなのに、重く力のこもった良いパンチだった。

 

「……言いたいことはそれだけか?」

「ぐっ……くぅ……」

 

 悠平は唇を噛みしめる。

 

「お前が言いたいことはたったあれだけだったみたいだな。でも、俺は詩帆を助けたい以外にも言いたいことが山ほどある。……まぁ、俺がお前をぶちのめしたい気持ちを抑えている間に言い切れるはずもないから、それ以外には1つだけしか言わないけどな」

 

『悠平さんを助けてやってください!』と門番の少年の言葉が頭の中に響きわたる。

 やれやれ……、約束は守らなきゃな……。

 

「俺が勝って、詩帆を連れて帰る! そんでもって、必ず一番になっちまうっていうお前の下らないルールをぶっ壊してやる!」

「じ、上等だコラァ!」

「構えが甘い!」

 

 構えた悠平が構えた瞬間に肩を強く押すと、彼は軽く仰け反った。すぐさま片足を後ろに出して、体勢を立て直そうとする悠平。

 側から見れば、小さな隙。しかし、俺から見れば、大きな隙だった。

 俺は跳躍して肩の上に乗ると、両足で悠平の頭を挟んだ。そのまま膝を曲げて力を溜め、身体を捻りながらバック宙の要領で回転して地面に悠平を叩きつける。

 叩きつけた瞬間「ぐぇっ……!」という小さな呻き声が聞こえたが、それきりだった。

 

「俺は別にお前の上に立ちたいわけじゃない。ただ、お前が俺の障害として立ちはだかったから、ぶちのめしただけだ。こういうことはもうやめろよ?」

 

 言ってみるものの、返事はなかった。完全に気絶しているらしい。

 俺は溜息を吐きつつ、詩帆の背後に回って縄を解きにかかる。

 その途中、

 

「すまないな……」

「え?」

 

 俺の言葉に、詩帆は一瞬驚いた様子を見せる。

 

「俺が番長になったせいで、詩帆を巻き込んじゃっただろ。それが申し訳ないな、と」

「気にしてないよ」

「……本当か?」

「本当だよ。そりゃあ、ちょっとくらいは颯人のせいでこうなったと思ってるけどね。謝ってくれたし、こうして助けに来てくれたんだからノーカン。その代わり、助けに来てなかったら間違いなく絶交だったけど」

 

 助けに来て良かった、と心の底から思った。

 

「それにしても……これはやりすぎじゃない?」

 

 縄を解かれて立ち上がった詩帆は、周りを見渡しながら言った。

 確かに、目の前には17、8人の不良が倒れており、そのうち5人ほどは骨の1、2本は確実に折れているであろうという状態だった。

 

「暴れてる時はとにかく、詩帆を助けなきゃって思ってたからなぁ……。ほとんど詩帆のことだけで頭の中がいっぱいだったから、相手の身体なんて気にかけてなかったよ……」

「うんうん、それなら許すよ」

「いや、許す許さないって言うのはお前じゃなくて不良たちだろ……」

「いーのいーの。颯人に喧嘩売るんだから、そのくらいは覚悟してたはずだし」

「そうかもしれないけどなぁ……」

 

 打撲や切り傷ならまだしも、骨を折ったのだから生活に支障をきたすのは間違いない。

 ……不良のみなさん、ご迷惑をおかけしました。

 口には出さず、心の中で謝っておいた。

 

「……それより、早く帰ろう。私、これ以上ここに居たくないよ」

 

 泣きそうな表情になる詩帆。

 下に視線を落とせば、怯えたようにガクガクと震える膝があった。

 

「そうだな。早く学校に荷物取り行って帰るか。詩帆も荷物は学校だろ?」

「あー、うん。荷物まだ学校だね。早く行かなきゃね……」

「よしよし。そんなら、急ごうか」

「ごめん、無理」

「あ?」

 

 突然の拒否に、間抜けな声が出てしまう。

 

「あいつらのいる近くを通らなきゃいけないと思うと、膝が震えて脚が動かない」

「……あー、そういうことか」

 

 傷痕があったということは、暴行を受けたということだろう。複数の男から暴行を受けたとなれば、そりゃあトラウマにもなる。

 俺は詩帆に背を向けてしゃがみこんだ。

 

「乗れ」

「……はい?」

「いいから乗れ。動けないんだろ? おんぶしてやるから」

「いやいや、悪いよ。さっきあれだけやったんだから、疲れてるでしょ」

「別に女の子1人背負って歩くくらい大した労力にはならないから気にすんな。それに、助けたって言えるのは無事に帰ってからだぜ。ほら、早く乗れ」

「……それじゃ、お言葉に甘えて」

 

 詩帆は遠慮がちに身を預けてきた。

 彼女の身体は小刻みに震えていた。触れたことで初めて、俺は彼女がどれだけ不安だったのかを理解した。

 俺は詩帆の太腿に腕を回して立ち上がる。

 

「怖かったら目を瞑ってていいからな。俺もなるべく速く通り過ぎるから」

「うん……」

 

 肩を握る手に力が入り、背中に当たる柔らかい感触が強くなった。首に詩帆のおでこが当たっている。

 小声で詩帆を励ましながら足早に倉庫を出ると、倉庫の外に逃げていた不良たちがいっせいに倉庫の中へ駆け込んでいった。俺から逃げたとは言え、やはり番長や仲間のことは心配だったらしい。

 周りに誰もいなくなったことを確認し、俺は詩帆に話しかける。

 

「なぁ、今余裕あるか?」

「うん……、なんとか……」

 

 詩帆は普段の彼女からは想像もつかないような弱々しい声で答えた。

 

「なら、俺の話を聞いてくれ。今すぐに安心しろっていうのは難しいかもしれないけどさ。どんなことがあっても、俺は大切な人を守りたい。二度とこんなことがないようにしたい。でも、遠くにいたら守れない。だから、もう俺のそばを離れるな」

「え……?」

「俺のそばにいろ。そばにいる限り、俺は必ずお前を守ってみせる。お前は俺にとって、大切な人だからな」

「ああ……うん、ありがと……ふええ⁉︎」

 

 一瞬ポカンとした表情になった後で、面白い声を上げる詩帆。

 

「あ、あの……今の、って……⁉︎」

「ん、どうした?」

「い、いや、なんでもないよ!」

 

 すごく慌てた様子で答えられた。

 

「ふーん……ところで、もう歩けるか?」

「……ごめん、まだ無理っぽい。重いかもしれないけど、今はこのままでいさせて」

「気にすんな。このくらい、おやすいご用だ」

 

 俺は詩帆を背負ったまま学校へと急いだ。俺の背中では、詩帆がご機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。

 詩帆の足が鼻歌のリズムに合わせて揺れているような感じがしたのは、きっと俺の気のせいだろう。

 

 それから一週間後、俺の元に悠平から一通の手紙が届いた。またしても、俺の靴箱に入っていたらしい。

 

『先日の件を謝罪したい。今日の6時、『鮨屋すみよし』に先日の女と一緒に来てほしい』

 

 特に長い前置きもなく、たったそれだけしか書かれていない手紙だった。

 

「なぁ、この手紙ってどう思う? 行った方が良いかな?」

 

 俺は手紙に気づいて届けてくれた不良に訊く。

 

「別に行こうが行くまいがどっちでも良いんじゃないですかね? あくまで誘いであって、絶対ではないですし」

「罠の可能性は?」

「ないと思いますよ。4人同時にぶつかってもパワーで押し勝つ相手に、そこまで広くもない屋内で勝負を挑むなんて、逃げ場が少なくて無謀ですから」

「……なら、行ってみるか」

「詩帆さんに声かけるの忘れないでくださいね。あと、向こうさんの誤解は解きましたか?」

「誤解って?」

 

 俺は訊き返す。

 不良はやれやれと首を振りながら、

 

「詩帆さんが彼女ってことですよ。颯人さん、自分で言ってたじゃないですか。詩帆が嘘吐いたせいで、俺と詩帆が付き合っていることになってる、って」

「…………ああー‼︎」

 

 少しの沈黙の後、俺は絶叫した。

 そんなわけで、俺と詩帆は午後6時ちょっと前に『鮨屋すみよし』に来た。

 

「ねぇ颯人、ここって高級寿司屋だよね。……大丈夫かな?」

「ああ、そうだな。でも、値段に見合った美味さだから安心しろ」

「いやいや、そうじゃなくて。高校生がこんなところに招待されていいの?」

「それだけ向こうが金持ってるってことじゃないのか? 招待したのは向こうだから俺たちが払うなんてありえないだろうし。……まぁ、俺はクレジットカード持ってきたけど」

 

『鮨屋すみよし』。美味いと評判でグルメ雑誌に載ることもある回転しない寿司屋。要は、高級寿司屋である。

 俺は家柄もあって、割と結構な頻度で連れてこられていたことがあるため、昔は顔馴染みの店だった。小学校の入学祝いで、詩帆の家族と一緒に来たこともある。

 

「それじゃあ、入りますかね」

「ち、ちょっと待ってよ。こういうお店って入る前になんか礼儀とかあるんじゃないの?」

「んなもんねぇよ。俺の後ろついてくるだけでいいから」

 

 詩帆はお高いお店を神社だとでも思っているのだろうか。てか、お前も来たことあるだろ……。

 俺は店の扉に手をかけ、横に引いた。

 

「ちわーっす。不法進入カグツチでぇす」

「し、失礼します……」

「おう、いらっしゃいやせ……お? おおん?」

 

 カウンターの向こうにいた店主と思われる男性は一瞬フリーズした後、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 

「顔に何かついています?」

「い、いや……しばらく会ってない知り合いに似ていたもんだから……。もしかして、颯人くんかい?」

「はい、お久しぶりです。住吉(すみのえ)さん」

「おおー、久しぶりじゃないか。2年も来なかったから、おじちゃん心配してたよ。その頭は相変わらずわかりやすくていいね。ところで、そっちのお嬢ちゃんは?」

 

 住吉さんは詩帆の方に目を向けながら言った。

 

「ああ、こいつは……」

「いや、ちょっと待って。おじちゃんが当ててあげよう。……ズバリ、颯人くんの彼女だな!」

「違います」

「ええ、違うの⁉︎」

 

 少し大げさに驚いた様子を見せる住吉さん。

 俺は苦笑しながら、

 

「まぁ、わからなくて当然だと思いますよ。何しろ、小学校の入学祝いで来た時ぶりですから」

「ふむふむ、入学祝い……。もしかして、浅間さんのところの詩帆ちゃんかい?」

「正解です」

「やりぃ! おじちゃん、記憶力には自信あるんだよな。じゃあ、詩帆ちゃんはおじちゃんのこと覚えてるかな?」

「いえ、全く……」

「おじちゃんショック!」

 

 住吉さんは頰に手を当てて白目を剥く。

 ……親父含め、俺の周りにまともな成人男性はいないのか。

 

「いやー、それにしてもあの頃は小さかったのに、大きくなったねぇ。色々と」

「再開して早々にセクハラ発言しないでください」

 

 詩帆の身体(特に胸)を凝視しながら手をワキワキさせる住吉さんにジト目を向ける。詩帆も苦笑いしていた。

 入学したての小学生におっぱいがあったら、それはもう事件だと思う。

 と、

 

「ちわーっす。予約していた大國でぇす」

「と、お供の御名方です」

「おうー、悠平くん猛くんいらっしゃーい」

 

 ガラガラと音を立てて扉が開き、頭に包帯を巻いた悠平と手首に包帯を巻いた猛が入ってきた。

 俺は思わず身構え、詩帆は俺の背中に隠れる。

 

「……そう警戒しないでくれ。手紙には復讐するなんて書いてなかっただろ」

 

 悠平に言われて、俺は構えを解く。しかし、警戒は解かない。

 それを見ていた住吉さんは一瞬ハッとした表情を浮かべ、

 

「もしかして悠平くんをボコボコにした番長さんっていうのは、颯人くんのことかい?」

「……その通り」

「もうー、悠平くん何やってんの? 君たち親戚でしょ?」

「はぁ⁉︎」「はい⁉︎」

 

 住吉さんの言葉に、俺と悠平は同時に驚く。

 

「あれれ? 知らなかったのかな?」

「初耳なんだけど……」

「あー、さては大國の親父さん何も言ってないな……。あの人、軻遇突智家のこと嫌ってるし……。まぁ、いいや。単純に、君たちはちょっと遠いけど親戚だっていう話さ」

「マジかよ……!」

 

 悠平は「やっちまった」とでも言うように、額に手を当てながら、

 

「とりあえず、席に行こうか。話はそこでする。住吉(オッチャン)は適当に人数分握ってくれ」

「あいよー」

「一番奥が予約した席だから、そこへ」

 

 住吉さんはカウンターの向こう側で寿司を握り始め、俺たちは悠平に案内されるままに一番奥の席に座った。

 

「まずは…………すみませんでした!」

「したっ!」

 

 俺と詩帆が席に座るとほぼ同時に、悠平と猛は俺に向かって土下座してきた。

 

「お、おい……男が簡単に土下座なんてするなよ……」

 

 突然の出来事に、一瞬思ったことが口から溢れる。

 

「いや、このくらいしないと俺たちの気がすまないんだ! 迷惑かけてすみませんでした!」

「……だったら、頭に下げる相手が違うだろ」

「え……?」

「謝るなら、俺じゃなくて詩帆に謝ってくれ。俺は別に気にしちゃいないが、詩帆は間違いなく傷ついている。それに、俺も謝るべき立場の人間だからな。こちらこそ、怪我させてすまなかった」

「そ、そんな、颯人さんが謝ることないですよ!」

 

 猛が俺を止めようとするが、俺は頭を下げ続ける。

 

「いいや、断る。どんな理由であれ、怪我をさせたのは俺が悪い。(おまえ)だって、その手首折れて不自由してるだろ」

「く、くぅ……颯人さん、すみません……」

「そうやって謝るなら、俺じゃなくて詩帆に謝れって言ってるだろう? お前たちは詩帆を傷つけ、俺はお前たちを傷つけた。たったそれだけのことだ」

 

 怪我なんてもの、させた方が悪いに決まっている。今日、悠平たちが謝ってこなくても、俺は謝る予定だった。罪に応じた罰を受けるのは間違っていないと思うが、勧善懲悪なんてことが許されるのはフィクションの世界だけだ。

 だいたいの人は、正義が悪を傷つけることを正しいと言う。でも、俺は傷つけた時点で正義も悪になると思っている。悪いことをしたなら謝るしかない。

 悠平と猛は詩帆の方に向き直り、

 

「「すみませんでしたァァァァア!」」

「うん、いいよ」

「早っ⁉︎」

 

 即答だった。

 

「ほ、本当にいいんですか?」

 

 猛が驚きに満ちた顔で訊ねる。

 

「謝ってくれたから、もういいよ。結局、颯人が助けに来てくれたし。……でも、こんなこと他の子にしちゃダメだからね。トラウマになるくらい怖かったんだから」

「もちろん、もう2度とこんなことはしない。許してくれて感謝する」

「もういいって。ほら、頭を下げるのはやめなよ」

 

 詩帆に言われて顔を上げる2人。

 きっと、2人には詩帆が全てを許す天使にでも見えているのだろう。目がキラキラしている。

 2人はそのままこちらに顔を向けてきた。

 ……やめろ。その目でこっちを見るな。お前たちのイケメンとゴツい顔にその目はアンバランスすぎる。

 俺は目をそらしつつ、手を差し出す。

 

「まぁ、これで互いに謝罪はできたってことだ。あまり時間が経たないうちに言うのもなんだが、これからは仲良くしようぜ」

「ああ、もちろんそうさせていただく」

 

 悠平の手が俺の手を掴み、がっちりとした握手を交わした。

 すぐに友好的な関係を築けるとは限らないが、大きな前進である。

 

「そうだ。俺から1つ頼みがある」

「なんだ?」

 

 俺は訊き返す。

 

「俺たちをお前の傘下に入れさせてくれ。俺たちはあんたの舎弟になりたい」

「……仲良くするって言った直後にそれ言うか?」

「お願いだ! 俺は、いや、俺だけじゃなく俺のところのやつらもみんな、あんたの大切な人を守るっていう意志の強さに惚れ込んでんだ! 頼む!」

 

 悠平は必死な様子で頭を下げる。

 

「うーん……でも、同い年のやつを舎弟にするっていうのもなぁ……」

 

 対等な関係を一番と考える俺からすれば、悠平の頼みは難しい相談だった。

 確かに、短期間で仲良くなる上で舎弟にするという考えもないことはないだろう。しかし、それを同い年以上の相手に向かってするのは気が引ける。

 同い年以上の相手と仲良く対等な関係を築くには、やはり1つしかない。

 

「わかった。それなら友達になろうじゃないか。年下なら舎弟でもいいが、お前らは友達だ。拳を交えたと言うなら、心をぶつけ合ったってことだからな。すぐに分かり合えるさ」

「まぁ、颯人さんがそう言うなら……」

「あ、それなら俺は舎弟ですね」

「へ……?」

 

 猛の口からおかしな言葉が聞こえた気がした。

 

「言ってませんでしたか? 俺まだ1年ですよ」

「嘘ぉ⁉︎」

「本当ですよ。こんなところで嘘吐いてどうするんですか。これからは兄貴と呼ばせていただきますね。尊敬する男は兄貴って呼びたいんです」

 

 猛は笑いながら言った。

 正直、兄貴と呼ばれるのはあまり好きじゃないが、もうめんどくさいから何も言わないでおく。

 

「いやー、それにしても流石は兄貴の彼女さんと言うべきですかね。詩帆さんって心広いですね」

「あー、ごめん。それ嘘」

「……はい?」

「俺彼女いないから、アレ詩帆の嘘だから」

 

 詩帆にジト目を向けると、彼女は苦笑いしながら手を振る。

 

「と言うか、俺そもそも彼女いたことないし。彼女よりも友達が欲しいし」

「「えぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」」

 

 めっちゃ驚かれた。

 この友達少ない系男子に彼女なんているはずがなかろうに。

 

「……颯人。俺、お前の友達にすぐなれそうな気がする」

 

 悠平は仲間を見るような目をこちらに向けてきた。

 その言葉通り、この日俺たちは友達になり、両の中学校の間には同盟が組まれたのだった。

 

 

「いやー、猫たち可愛いかったっすねー」

「そうだなー。猫めっちゃ癒される」

 

 猫と戯れた俺たちは路地裏を後にし、帰路を急いでいた。

 最初は俺に懐いていなかった猫たちも、撫でたり餌をあげたりしているだけですぐに懐いてくれた。猛が普段からブラッシングしていたらしく、手触りが滑らかですごく気持ちが良かった。

 ……猫ちゃん最高です。

 

「そういえば、兄貴も猫飼ってましたよね」

「こころのことか?」

「はい、こころちゃんっす。あの子も可愛いっすよね。また遊びたいんで、時間ある時に兄貴の家行っていいすか?」

「おう、いいぞ」

 

 こころ、お前の可愛さで猛をノックアウトしてやれ。

 

「なぁ、猛は最近高校どうだ? そろそろ3ヶ月くらいだし、慣れてきただろ」

「まぁ、だいぶ慣れましたね。周りがみんな頭良くてびっくりしてますけど」

 

 猛は苦笑しながらポリポリと頭を掻く。

 猛が通っている高校はこの辺りで最も頭の良い公立高校であり、(きわみ)高等学校と言う。

 もともと、猛はあまり頭が良くない。それでも入学したのだから、ただならぬ努力があったに違いない。入ってからも大変なのは間違いだろう。

 猛は深刻な顔になり、

 

「中間テストが怖いです」

「そうだな。でも、頑張るんだろう?」

「そりゃあもちろん。入ったからには本気で行きます」

「お前すごいな……」

「兄貴みたいな立派な漢になりたいので」

「ははは……、頑張れよ」

 

 自分が立派な漢かどうかはわからないが、やる気に水を差しては悪い。

 

「そうだ! 俺、ちょっとチャレンジしてみようと思います」

「何に?」

「それは秘密っす。でも、きっと兄貴を驚かせてみせます。……あ、そろそろ分かれ道っすね。それじゃあ、俺はこの辺で失礼させていただきます」

「おう、またなー」

 

 俺は家からほど近い交差点で、離れていく猛の背中を見送った。

 兄貴と呼ばれるのは不良っぽくてちょっと嫌だが、ちょっと嬉しい。……流石にボスは嫌だが。

 ところで、

 

「ただいまー」

「お帰りなさいですニャ! ……ん? ご主人から他の猫の匂いがしますニャ! すぐにシャワー浴びるのですニャ! ご主人についていいのは私の匂いだけなのニャ!」

 

 猛は、こんな美少女になったこころを見たらどんな顔をするのだろうか。


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