「この戦争が……どうして起こったのか……?」
フィーネは何を今更、とでも言いそうな顔になった。
「では……フィーネ様は、この戦争がどうして起こったとお思いですか?」
年若いとは言え為政者でありしかも戦争当事国の国家元首である彼女にとってはこのような質問は釈迦に説法というものだろう。フィーネはどうしてフルスが今になってそんな事を聞くのか、意味を掴みかねているようだった。
「それは、ゲールが同盟国であるロムルス連邦との物資や兵の輸送を円滑にする為の回廊を確保する目的で……」
「……違うのですよ、フィーネ様……」
フルスは、穏やかに首を振って答える。
「それは……どういう事なんですか? フルスさん……」
「……イゼッタ、それには私達……魔女の歴史から話さなくてはならないわね……」
フルスはイゼッタにそう答えると、話し始めた。
「私達魔女が、どれぐらい昔から存在していたのかは……私にも分からない。ただ、昔の魔女はイゼッタ、あなたの一族がそうしていたように人の世に深く関わる事無く……ひっそりと暮らしていたの。最初の魔女が残した戒めを守ってね……」
勿論、全く完全に無関係という訳ではなかったのだろう。
魔女とて飯を食えば糞もする人間だ。人間である以上、どうしたってほんの僅かには人の世に関わってしまう。
通り掛かった村で、道を塞いでいた大岩を魔法でどかした事もあったろう。
たまたま、獣に襲われた旅人を魔法で助けた事もあったろう。
あるいは遠目に、空を飛ぶ姿を見られる事もあったかも知れない。
現在まで様々な国に残る魔女の伝承は、それらの僅かな目撃例や体験談が長い時間を掛けて尾鰭どころか翼が生えて空を飛び、口からは火を吐くぐらいに脚色されて伝わったものなのだろう。
「でも、ある時……一人の魔女が掟を破って人の世の理に深く関わった。それが……」
「エイルシュタットの白き魔女……何百年も前の、本物のゾフィー……!!」
聡いフィーネの言葉に、フルスは頷く。
「そう……魔女ゾフィーは当時のエイルシュタット王子、マティアスⅠ世を愛して……そして彼の国を救う為に同胞達の反対を押し切って、最初の魔女によって封じられた禁断の道具……「魔石」とレイラインの地図を持ち出して、魔法の力で敵国の軍を蹴散らして、エイルシュタットを救った」
「……白き魔女の伝説……」
「……ただ、史実はお伽話のハッピーエンドでは終わらなかった。マティアスⅠ世には既に妃が居て……更に彼の死後、ゾフィーはエイルシュタット内での後ろ盾を失う形になった。そして妃に疎まれたゾフィーは、信頼の証として差し出したレイラインの地図を逆手に取られ、魔法が使えない土地で更に魔石を取り上げられ、無力化された後に異端審問官に引き渡された」
「……惨い話だな……国を救ってくれた恩人に、その仕打ちとは……」
何百年も前の出来事とは言え、自分の系譜に連なる者の所行を恥じたフィーネは、目を伏せた。
「魔石はその時、二つに割れた……私も割れた事や正確な場所は知らなくて、ファルシュに探させていたけど……半分はミュラー補佐官の一族に伝えられて、もう半分は旧王城の地下の魔女の間に、レイラインの地図と共に封じられていたのね……」
あの魔女の間は、白き魔女という救国の英雄を讃え慰霊する為の霊廟などではなかったのだ。寧ろその逆、魔女を祀る事で許しを請う鎮魂の祭壇だったのだ。
「……そしてゾフィーは、魔女として火炙りに掛けられたけど……でも、話はそこで終わらなかった」
「え?」
「さっきも言ったようにそれまで、魔女は人の世に関わる事を避けていた。それは最初の魔女が残した戒めもあったけど、魔女の力が人間を相手にどれぐらい通用するかが不明だったからというのも大きい……後先考えないで人の世に首を突っ込んで、それでどうにもならなかったらどうしよう……って、そういう考えが強かったのね」
「……だが、ゾフィーの行動によって、魔法はたった一人の魔女が大軍を蹴散らす事さえ可能なものだと証明……いや、実証された」
「そうです、フィーネ様。その時、一部の魔女はこう考えたのです。『この力を使えば、こんな土地から土地へ渡り歩くような貧しい生活などしなくて良い。この力で大金を得て、贅沢に暮らしてやる。人としての栄耀栄華を極めてやる』と。そうして、欲に取り憑かれた幾人かの魔女は一族を出奔し……魔女の一族はこれで二つに分かれたのです」
一つの一族は最初の魔女の教えを守り、これまで通り人の世に深く関わらずにひっそり生きる道を選び。
もう一つの一族は最初の魔女の教えを破り、魔法を際限無く使って現世の欲望を極める道を選んだ。
「そしてそれぞれ一族の、最後の生き残りが……」
「私と、フルスさんなんですね」
イゼッタの言葉に、頷くフルス。
「……私の一族は、魔法を使って大金を得る事を選んだけど……その為に最も手っ取り早い手段として選んだのが、暗殺や諜報活動……非合法な闇の仕事だった。いつの世界も、目障りな人間を消す為に大金を積む人は絶えないからね……それに魔法は、暗殺という任務にはとても便利な”道具”なの」
どんなにボディーチェックを万全にしても、魔法という武器を持っているなんて誰も思わない。そして魔法は、レイラインが通っている土地であれば小石一つで銃弾と同じ働きをさせられる。そういう意味では寸鉄一つ帯びない丸腰で、強大な攻撃力を行使出来る魔女は理想的な暗殺者だと言えた。
「そうして……代々、私の一族は人を殺して巨万の富を得てきた……子供に、生まれた時から殺しをするのが当たり前だと教えて、殺人者として育てていって……」
「……酷い……!!」
「……でも、私は暗殺者としては出来損ないだった。私は、どんなに教えられても人が人を殺すなんて馬鹿げているという考えを捨てられなかった。殺しをやらされた後は吐き気がして、何日も眠れなかった……」
「……それが、当たり前であろう……フルス殿が出来損ないなどではなく、寧ろその逆……貴殿だけがまともだったのだ……」
「……ありがとう、フィーネ様……」
悲しそうに、フルスは笑う。
「そして私は15才の時……一族から脱走した。でも、当然……暗殺を生業にしている一族が足抜けなんて許す筈ないですよね? 何人も何人も追っ手が掛かって……私はそれを全て返り討ちにして逃げ続けた……そして最後の追っ手を倒して……その時、私の一族はもう私一人になった……でも私も、その最後の追っ手によって傷を受けて……倒れて、もうすぐ死ぬかと思っていた時に、一人の女の子に助けてもらったの……その女の子の名前は、ロレッタ」
「!! それって……」
「そう、イゼッタ……あなたのお母さんよ」
「……お母さんと、フルスさんが……」
「……ロレッタに手当をしてもらって……傷が治った後も、私は行く当てなんて無かったからなし崩し的にロレッタと彼女のお母さん、つまりイゼッタ、あなたのおばあちゃんね……二人と一緒に暮らす事にしたの」
フルスは視線を上げて、遠くを見るように眼を細めた。
「土地から土地へと渡り歩くその暮らしは当然貧しかったけど……それを辛いとは一度も思わなかった。人を殺さないで生きられるというのが……私には、たまらなく嬉しかった。そして、ロレッタとも約束したの。もう、二度と魔法は使わない。誰も殺さないし、何も壊さないって……おばさま……イゼッタのおばあちゃんは、私にあまりいい顔はしなかったけど……それでも、私が人を殺したくなかったって所だけは信じてくれていたのでしょうね……少なくとも積極的に追い出そうとはされなかったわ……」
あの頃は、本当に幸せだった。
幸せすぎて、自分がどんなに幸せなのか分からないぐらいに。
フルスはほんの十数秒ばかりの回顧から戻ってくると、話を続けていく。
「そしてそれから、何年かして……私とロレッタは家族同然の親友になって……ロレッタに、子供が生まれたの。それがイゼッタ、貴女……」
「あ……フルスさん、私を赤ちゃんの時から知っているって……それは……」
優しく、フルスは微笑む。
「貴女がこの世界に生を受けた時から、知っているの。ロレッタよりも早く、生まれてきた貴女を一番最初に抱っこしたのは、私なのよ?」
「フルスさんが……」
だが、幸せの時は長く続かない。何年か経って、ロレッタが病に倒れてしまう。
「治らない病気ではなかった。でも、流浪の旅を続けてきた私達には薬を買ったり医者を連れてくる金が無かった。おばさまはロレッタの看病で何日も徹夜して……ロレッタは日に日に弱っていって……イゼッタ、あなたはまだ訳も分からずに笑っていたわ……私はそんなあなた達を見ていられなくて……そして、ロレッタとの約束を破ったの。最初の魔女の戒めを破った、ゾフィーのように……」
「それは……」
「ええ、私は魔法の力で人を殺して……薬を買う金を手に入れたの」
でも間に合わなかった。ロレッタは、逝ってしまった。
「最後に、ロレッタは「フルスに会いたい」と、そう言い残したそうよ。私は……間違っていた。何もかも中途半端だった。だから何も手に入れられずに、何も守れなかった」
ロレッタに憎まれても彼女の命を救うか、あくまでも彼女の心を満足させてやるか、どちらかを決めるべきだったのだ。それは後悔として、今尚フルスの心に焼き付いている。
「そして、私が魔法を使って人を殺した事がおばさまに知られて……私はイゼッタ、あなた達と別れ……旅に出た。あなたが3歳の時の話よ」
「ああ……少しだけ、覚えています。ある日突然フルスさんがいなくなって……私、あの時は随分泣きました……」
くすっと笑い、フルスは話を続ける。
「そして私は旅の果てに、ある炭坑の町に流れ着いたの。そこで私は結婚して……子供ができた……」
「それが……」
フィーネの視線が、ファルシュへと向いた。
「子供の名前は、メーア……」
「む……」
「あ、昔……私とおばあちゃんに会いに来てくれた時に子供が生まれたって、フルスさんが言っていたのは……そのメーアちゃんの事だったんですね」
イゼッタは合点が行ったという表情になった。
一方、フィーネの予想は外れた。話の流れからてっきりその時生まれた子供というのがファルシュだと思っていたが……
「夫は病気で早くに死んでしまったけど……でも私は片親ながら、精一杯の愛情を注いで娘を育てたわ……村の人達も良くしてくれて……あの村での生活は、私の人生の中でロレッタ達と過ごした時間に続いて、二番目の幸せな時間だった……でもある時、転機が訪れた。鉱山で、落盤が起こったの。炭坑への入り口が崩れて、何人もの人達が生き埋めになったわ……」
村人達は何とか閉じ込められた人達を助けようとしたが大規模な落盤で、彼等に為す術は無かった。他の村から人を呼んできたり、重機を用意したりしてる間に炭坑の中は酸欠になって、鉱夫達は一人残らず死ぬだろう。
だがその村には、そのような未来を変える事の出来るファクターがあった。
フルスだ。
「……私は、迷ったわ。魔法を使えば助けられる。でも、魔法を使えば魔女である事がバレてしまう。そうなったらこの村にはいられない……ってね」
だが、迷ったのは一瞬だけだった。
「ロレッタの時と同じ過ちを、私は繰り返したくなかった。私は、魔法を使って、皆を助ける事を選んだ……魔法で炭坑の入り口をこじ開け、岩盤を支えて崩落を食い止めて……沢山の人を助けた……」
全てが終わった時、自分に向けられた幾色もの視線を、フルスは覚えている。
恐怖、当惑、疑念、好奇……色々あるがあまり良い感情が向けられていなかったのは確かだ。
「フルスさんは、それで……その村には居られなくなったんですか?」
イゼッタの問いに、しかしフルスは首を横に振った。
「いいえ……村の人達は、最初こそ戸惑いはしたけど……でもしばらくすると口々に感謝の意を伝えて、私とメーアを受け入れてくれたわ……私が魔女である事も、この村の中だけの秘密にするって、約束もしてくれた……」
「……良い、村だったのだな」
フィーネのコメントに、頷くフルス。
「そうですね、フィーネ様……でも、今にして思えば……その時、私達を怖がって……気味悪がって村から追い出してくれていた方が……私は良かった」
「それは……どういう……?」
「感謝は一時だった……それから3ヶ月ほど後の事でした……私が何日か村から離れていた時……娘は、メーアは……村人達に殺されたのです……!!」
「なっ……!? バカな……」
「そんな……何で……そんな事に……?」
あまりにも唐突なフルスの語りに、イゼッタもフィーネも言葉を失った。
「村の離れから、火が出たらしいわ……それが魔女の祟りだってメーアのせいにされて……あの子は、村人達によってたかって殺された……後で分かった事だけど、その火事は村の子供の焚き火の不始末が原因で……つまりメーアには何の関係も無かったのよ……」
「「そんな……」」
思い出したくもない、辛い過去なのだろう。フルスの顔が歪んでいた。
「なんと……酷い話だ……!! 酷すぎる……!!」
吐き捨てるように、フィーネが言った。
「まるで……あの時の私みたいに……」
イゼッタが思い出すのは、フィーネと初めて出会った日の事だった。
あの時も、村の小屋から火が出て……村人達はろくな証拠も無く調査もせずに余所者の自分が犯人だと決めつけて、私刑にかけようとした。もし、フィーネが煙を見て引き返してこなかったら、自分は今、こうして生きてはいないかも知れない。
あるいはこれは、ゾフィーの焼き直しであるとも言えた。助けた者に疎まれ、排斥されるという意味で。だがフルスが喪ったのは自分の命ではなく……命よりも、大切な者だった。
「!! フルスさん、じゃああの時……私が羨ましい、姫様にもっと早くお会いしたかったって言ってたのは……!!」
「そう……もしあの時、フィーネ様がいてくださったなら……娘は……メーアは……死ななくて済んだんじゃないかって……そう思ったの」
今にも泣き出しそうなほど目を潤ませながら、フルスは話を続けていく。
「私は……生まれて初めて、怒りに我を忘れた……金の為や生きる為に人を殺した事は何度もあったけど……憎しみで、喜んで人を殺そうと魔法を使ったのは初めてだった……」
「……それで、フルスさんはその時……村の人達を……」
殺してしまったのか?
聞きづらそうに、イゼッタが尋ねた。
だが、意外と言うべきか。フルスは首を横に振る。
「……殺せなかった。例え、メーアを殺したのがあの人達だとしても……あの人達が私に良くしてくれたのは本当だから……私があの人達と、心の底から笑い合えていた時間はホンモノだから……それを思い出すと……殺すなんて事は……私には出来なかった……」
「フルスさん……」
「フルス殿……貴殿は……」
あの時、魔法で操り、繰り出したスコップやピッケルは、村人達をバラバラにするその寸前で、空間で静止した。フルスが止めたのだ。
最後の一線を、フルスは超える事が出来なかった。
だが、今にして思えば……自分はあの時……一線を超えるべきだった。怒りに任せて村人達を一人残らず殺すべきだったのだ。そうすれば、この戦争は起きなかったのに。
「……私は、血を流して冷たくなっていくメーアを抱いて、逃げた……そしてどうにかして、あの子を助けようとした……でも、出来なかった……」
それは当然だ。死者を生き返らせる事など、誰にも出来ない。それは絶対の摂理であり、条理だ。だが、それでも。叶わぬと知りながらも、人が感情を得てから今日に至るまで、どれほどの人々がそれを望んだだろう。イゼッタは、万一フィーネの身に何かあれば自分も同じように行動するだろうと思った。フィーネも、同じようにイゼッタの事を想っていた。
「……私は、娘を助けられるなら何でもしようと思った。地獄に堕ちる事でも、何でも……そして気が付いた時、私の手には、魔石が握られていた……」
「「!!」」
ここで、魔石の名が挙がった。イゼッタとフィーネ、二人の視線がフルスの掌の上の紅い石へと注がれる。
「フルス殿、魔石とはそもそも何なのだ?」
「……極々簡単に言うと、命です」
「……命?」
「そう……人間や動物は、死ぬと体は腐って大地に還る。そしてその命も、同じように大地に還る……大地に還った命は大いなる流れの中に融け合って、やがてまた生まれてくる……太陽が昇り、沈み、そしてまた昇ってくるように……命の形を変えて……前の生で花だった命は、今生では鳥になっているかも知れない……そんな命の流転(フルス)は、この大地に命が生まれてから、気の遠くなるような時間……ずっと……ずっと続いてきた……私達魔女がレイラインと呼ぶのは、その命の流れが特に太い主流の事ですね」
「レイライン……魔力が……大地に還った命……」
「そう、イゼッタ……そして私達魔女は、その大地に還った命に働きかけ、奇跡を起こす事が出来る異能者なの……」
「魔力の事は分かった。では、魔石とは……?」
「……レイラインの中でも特に太いその流れが、何重にも重なるポイントでは生命エネルギーが一点に集まって、実体を持つまでに圧縮される事があるんです……そうして結晶化した魔力を、私達の一族では魔力結晶(レイマテリアル)と呼んでいます。ゲルマニア帝国では、単にエクセニウムと呼ばれているらしいですが……」
「……その、レイマテリアル、もしくはエクセニウムは、魔石とは違うんですか?」
「本質的には同じものよ。ただし通常のエクセニウムは短い時間……短いと言っても数百年単位だけど……それで作られるからとても小さく、不純物も多いの。それに対して魔石は、何十万年もの時間を掛けて自然に生み出される、一点の曇りも無い超々高純度の魔力の固まり……そして高い密度や質量を持った物体はそれ自体が引力を持つように、周りの魔力を吸い付ける性質があるの」
「……だからあの時、ゼルン回廊で私は魔法が使えなかったんですね……」
「そうね、イゼッタ……あらかじめ魔石を使って、土地の魔力を吸い上げていたんでしょう。その空域に相手の魔女を誘き出して、墜落させる為に……ケネンベルクでも、同じようなトラップが仕掛けてあったから、間違いないわ」
フルスは半分だけの魔石を摘んで、良く見えるように掲げる。
「この魔石は今、魔力が離れようとする力と魔力を吸い寄せる力がちょうど釣り合っていて、いわゆる基底状態にあるの。でも魔女が魔石に力を使うとそのバランスが崩れて、離れる力と吸い寄せる力のどちらかが強くなった励起状態になる……吸い寄せる力を強くすると、土地の魔力を魔石の内部に蓄える事が出来るし、逆に離れる力を強くすると溜め込んだ魔力を放出して、レイラインから外れた土地でも魔法を使えるようになる……他にも、魔力を凝縮させて人為的にエクセニウムを精製する事も出来るようになる……」
「魔女の、力の条理を覆す石……」
「そう……でも、これを使う時、術者もその影響を受けるの」
「……と、言うと? フルス殿」
「先程言ったように、魔力とは命。そして魔石はその命を吸い込んだり放出したりする事が出来る。一番近くでそれを使う術者の命も、魔力と同質のエネルギーだから……魔力を吸い込もうとすれば術者の命も魔石の中に吸われて、魔力を放出しようとすれば術者の命も放出現象に巻き込まれる……魔石が魔女の命を削ると言い伝えられているのは、それが理由よ。使い過ぎれば、長くは生きられない……」
だからフルスは、魔石をイゼッタから取り上げたのだ。
イゼッタは、恥じるようにぐっと拳を握った。
「……さっきも言ったように、魔石は何十億年をも掛けた熟成の末に生み出される奇跡の結晶……当然ながら恐ろしく稀少で、最初の魔女が見付け出して以後、魔女の一族に代々伝えられ、数百年前……本物の白き魔女・ゾフィーが持ち出した物……つまりこれね」
手の中の、半分だけの紅石をフルスは弄ぶように転がした。
「……これを除けば、私の一族が何百年も掛けて世界中を探したけど、一つだけしか見付ける事は出来なかった……」
つまり魔石は『二つ』ある。
一つはゾフィーが数百年前に使い、エイルシュタットに裏切られた時に二つに割れ、半分は現在ゲルマニアに渡り、もう半分は今、フルスの掌中にある物。
もう一つは、過去にメーアを助けようとしたフルスの手に握られた物。
「私はその魔石に、賭けてみる事にした……膨大な命の結晶であるこの石なら……魔女の力の条理を覆せるこの石なら……あるいは、奇跡を起こす事だって出来るかも知れないと……喪われてしまった命を、再び吹き込む事が出来るかも知れないと……」
「!! ま、まさか……フルス殿……貴殿は……!!」
聡明なフィーネは、話の流れから過去のフルスがどんな行動に出たかを察した。そしてそれは、間違ってはいなかったらしい。フルスが、ゆっくりと首肯する。
「私は娘の……メーアの遺体に、魔石を埋め込んだのです」
「「…………!!」」
衝撃を受けて、イゼッタもフィーネも、しばらく言葉を発する事が出来なかった。
だが、予想はしていた分フィーネの方が幾分早く立ち直った。
そして……引き出す答えの方が恐ろしいが……質問しなければならない事があった。
「それで……フルス殿……その後……どうなったのだ……?」
「……結論から言うと……私の試みは、半分だけ成功しました……」
「……半分……?」
「そう、半分……とうの昔に息が絶え、冷たくなったメーアの遺体は……魔石を埋め込まれて、動き出したのです……ただしそれは、メーアが生き返った訳ではなかった……動き出したその子は、メーアではなかった……それが……」
自然と、場の視線が一人に集中する。
フルスと、イゼッタと、フィーネの視線が、この場の最後の一人へと。
「ま……まさかそれが……ファルシュちゃん……なんですか……?」
恐る恐る尋ねるイゼッタに、フルスは頷く。
「そう、イゼッタ……ファルシュとは偽物の事……私の娘、メーアの偽物(ファルシュ)……それがこの子の名前の由来……肉体はメーアのものだけど、その心は別人……私は死者を蘇生させる事は出来ても、復活させる事は出来なかったのよ……」
「で、では……フルス殿……もう一つの魔石は……」
「はい、フィーネ様……私の一族が探し出したもう一つの魔石は……今も、ファルシュの体内に埋め込まれているのです」