終末のイゼッタ 偽りのフルス(完結)   作:ファルメール

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第19話 終わりの始まり

「フルス、これを受け取りなさい」

 

 それは私が修行を続けていた、ある日の事だった。

 

 やって来た母が、頑丈そうな造りをした小箱を差し出した。

 

 蓋を開くと、中には血の色よりも鮮やかな、拳大ぐらいの紅い色の宝石が収められていた。

 

「綺麗、ですね……お母様、これは?」

 

「これは魔石……昔、魔女の一族に伝えられていたのと同じ物よ。これを使えばその魔女は、土地の魔力を吸い上げレイラインの通らない土地でも魔法が使えるようになるの」

 

「!!」

 

 レイラインが無い土地でも魔法が使えるというのは驚きの情報だったが、私が興味を惹かれたのは別の点だった。

 

「伝えられていた……?」

 

「そう、魔石はまだ魔女の一族が二つに分かたれるよりもずっと以前……最初の魔女が見付け出した物だけど……彼女はこれを封じ、一族に二つの戒めを残したの」

 

「二つの、戒めですか?」

 

 私の問いに、母は頷くと話を続けていく。

 

「一つは『魔女は人の世の理に関わってはならない』というもの。もう一つは『魔石は、魔法の使えない土地で身を守る為以外には、決して使ってはならない』というもの……」

 

「……でも、その戒めは破られた。二つとも」

 

 母は、もう一度頷いた。

 

「エイルシュタットの伝説に謳われる白き魔女……ゾフィーは、当時のエイルシュタットの王子を愛し……彼女はエイルシュタットを戦火から救う為に魔石を持ち出し、魔女の力を使って人の世の理に介入した……それが、魔女の一族が二つに割れるきっかけだったの」

 

 その話は、私も母から今まで繰り返し聞かされていた。

 

 元々、ある程度の不満は魔女達の間にも常にあったという。

 

 当時は魔女狩りが国家規模で公然と行われていた時代であったが……しかし魔女の一族は、愚鈍な民衆の無知や偏見から『魔女として仕立て上げられただけの普通の女』とは異なり、レイラインの通っている地域限定でこそあるが本当に人を超えた力を行使出来る異能者だ。

 

 折角特別な力を生まれ持っている自分達が、何が悲しくてそれを使う事も無く、土地から土地へと渡り歩くそんな貧しい暮らしに甘んじなければならないのか。

 

 力を上手く使えば、もっと贅を極めた楽な暮らしが営めるのではないか。

 

 そんな風に考える者は一定の割合で、魔女の中にも存在していた。

 

 とは言え”ある時”まではそうした考えを持つ者は少数派ではあったし、その少数派も魔女の力が実際に人間の世界に於いてどれほど通用するのかが未知数であった事もあって、リスクとリターンを天秤に掛けて思い切った行動に出る事には二の足を踏んでいた。

 

 しかしゾフィーの暴走によって、魔法は単身で万軍をも退けられるものであると証明された。

 

 それを切っ掛けとして一部の魔女は自分達の力を自分達の為だけに使う道を選び、そして魔女の一族は二つに割れた。

 

 これまで通り魔法を無闇に使う事を戒め、人の世に関わらずひっそり生きる事を良しとする者達と、現世の欲望の為に魔法の力を際限無く使う事を選んだ者達とに。

 

「後者が、私達の一族ですね」

 

「そう……そうして出奔した私達の一族が最初に始めた事が……新しい魔石を探す事だった」

 

「新しい、魔石……?」

 

「ゾフィーがレイラインの地図と共に持ち出した魔石は、彼女がエイルシュタットに裏切られた時に取り上げられ、今もあの国のどこかに封じられていると聞くわ。だから私達の一族は、魔法を武器として使う為にも新しい魔石が必要だったの」

 

 母の言う事は、私にも良く分かった。

 

 武器にとって最も重要なものは威力などではなく、信頼性だ。どんなに強力でも、いざという時に使えなくては意味が無い。故障しにくく、どんな時にでも安定して性能を発揮出来る武器こそが本当に優れた武器だ。そういう意味では魔法は武器としては欠陥品の部類に入る。土地によって使えたり使えなかったりするのだから。だが力の条理を覆す魔石があれば、その欠点も補う事が出来る。

 

 魔法を武器として使う事を選んだ私の一族が、それを望むのも当然の成り行きであったろう。

 

「……とは言え、魔石はそう簡単に手に入る物ではなかった」

 

 それも当然だ。そもそもそんな容易く代用品が手に入るようなら、最初の魔女はわざわざ魔石を封じたりなどしなかったろう。

 

 単純に滅多に発見されない超稀少品なのか、あるいは門外不出の特別な製法でしか造れないのか。

 

 私の頭に浮かんだのはその二つの可能性だったが、答えは前者のようだった。

 

「我が一族は、何百年も掛けて世界中を探し巡ったけど……見付けられたのはこれ一つだけ。そしてこれは、代々我が一族の当主となるべき者に受け継がれてきた。フルス……今日、私からこれを、次期当主であるあなたに伝えるわ」

 

 母がよよよと涙ながらに訴え、魔石の入った箱を手渡してくるが……私は内心の失笑が顔に出ないよう堪えるのに必死だった。

 

 何が一族の当主だ。

 

 魔法の力を受け継ぐ者がどんどん少なくなり、先細って消えていく未来しかないこんな一族の頂点に立つ事に、何の意味がある?

 

 まるでお伽話で、喚び出した悪魔に「私をこの国の王にしてくれ」と願った男のようだ。その物語の中で、確かに男の願いは叶えられた。悪魔は魔法で、国の人間をその男一人を除いて全て犬にしてしまったのだ。必然、一人残った男は人間の中で一番偉い者、その国の王様になったという訳だ。お山の大将どころではない。一人も家来の居ない王様に、どれほどの価値があると言うのか。

 

 ……だがまぁ、レイラインが無い土地で魔法を使える力それ自体は確かに魅力的だ。切り札になり得る。是非とも、一族を抜ける時の為に手中にしておきたい。私はそう考えて、神妙な表情になって母から魔石を受け取った。

 

「そして、フルス……今日からはいよいよ、最後の魔法の修行に入るわ」

 

「……最後の、魔法ですか?」

 

「そう……我が一族が研究に研究を重ね、到達した魔法の極致……理論上は完成していたけど今まで、最初の魔女も二つの魔女の一族も、誰一人として会得する事の出来なかった奥義……だけどフルス、あなたなら使えるでしょう……それを、これから教えるわ」

 

 

 

 

 

 

 

「嘘……この辺りは、とっても濃い魔力があった筈なのに……どうして……」

 

 ゼルン回廊。

 

 墜落して、全身を強かに打ち付けたイゼッタは激痛を堪えながら、呻いた。

 

 突如として現れた魔女、ゾフィーとの交戦に入った彼女であったが、しかし一進一退の攻防の中で、イゼッタが繰り出した大剣は何の前触れも無くその推力を失って落下して……続くように、イゼッタ自身も跨っていたライフルごと落下して地面に叩き付けられた。

 

 これは有り得ない事態だった。旧王城の地下に隠されていた地図でもこの辺りには太いレイラインが走っていると記されていたし、実際に現地で濃い魔力が有る事も確認済みだった。この土地でなら、魔女はほぼ最大のパフォーマンスを発揮出来る。その証拠につい一分前まではイゼッタは十全に力を使えていたのだ。

 

 それが、いきなり全ての力が消滅した。まるで、魔法が使えない土地に突入した時のように。

 

 しかしそれでも、落下した先が柔らかい花畑であっただけまだイゼッタは幸運であったと言える。もし、岩肌にでも叩き付けられていようものなら即死していても不思議ではなかった。

 

「あはっ……あははははっ!! あはははははははは!!!!」

 

 イゼッタが魔法を使えず墜落した空域でも、ゾフィーは変わらずに魔法で杖を宙に浮かべ、ふわふわと滞空している。

 

 高笑いする彼女は、大剣の一つを操ってイゼッタめがけて落下させた。

 

「っ!!」

 

 思わず、イゼッタが目を瞑る。

 

 しかしその時、高速で何か黒いものが飛んできた。

 

 飛んできたそれは、ゾフィーが繰り出した大剣にぶつかって、弾き飛ばした。

 

「何っ!?」

 

「……間に合った」

 

 風のように現れたのは、黒いローブを纏った少女……いや、幼女といって良い年頃の女の子だった。

 

 ファルシュだ。

 

 彼女はその身一つで滞空しつつ、空中のゾフィーと地上のイゼッタ、そのちょうど中間の位置で倒れたイゼッタを背に庇うようにゾフィーを睨んでいた。

 

「……あんたは……!!」

 

「……良く分からないけど、あなたが敵だね」

 

 ファルシュはそれだけ呟くと、魔法が使えない筈のこの空域でしかしそんな事は関係ないとばかり空を駆けてゾフィーへと突進した。

 

「ちっ!!」

 

 一瞬反応が遅れたものの、ゾフィーは大剣を誘導してファルシュに向かわせる。

 

 しかし予想外の事が起こった。

 

 飛来する刃を、ファルシュは少しも避けようとはしなかったのだ。それどころか命中コースへと突っ込むように、更に加速する。

 

 ファルシュの体と大剣が激突して、当然ながら軍配は後者に上がった。肉と骨VS金属の固まり。必然の帰結。

 

 ファルシュの、右腕が千切れて飛んだ。

 

「ふっ……」

 

 手応えあり。ゾフィーはにやっと笑って……

 

「なっ!?」

 

 右腕を失ったファルシュは、少しも怯まずに真っ直ぐゾフィーへ向けて突進した。彼女の顔は、いつも通りの無表情だった。腕を失ったと言うのに、痛みを堪えている様子すら無かった。まるで痛みそれ自体を感じていないかのように。腕の傷口からも、殆ど出血は無かった。

 

 腕一本を犠牲として攻撃をかいくぐったファルシュはゾフィーに肉迫すると、残った左手で彼女の顔面を掴み……

 

 べきっ、ごきり。ぶちっ、ぶちっ。

 

 ドアノブのように頭を280度ほど回転させた。

 

 骨は折れ、ファルシュから見て左側の首の肉は引き千切れて、ゾフィーの頭は上下逆さまになって千切れなかった右側の首の肉でぶら下がって辛うじて繋がっているような状態だった。上向きになった顎が、ちょうど鎖骨ぐらいの高さにある。

 

 確認するまでもなく、即死。

 

 その、筈だった。

 

 しかし、ぶらりと首を垂れ下げたゾフィーの体は動いた。両腕がファルシュの首に伸びて、たった今のお返しとばかり細い首をへし折る勢いで締め上げてくる。これは反射的な筋肉の動きや死後硬直などでは断じてない。明らかに随意的な動作だった。

 

 その証拠に逆さまになったゾフィーの顔が、にやりと笑みを見せた。

 

「……」

 

 おぞましい光景を目の当たりにして首を締め上げられているのに、ファルシュはやはり少しも驚いた様子も無く苦しそうな顔も見せない。息を荒げもしなかった。まるで、していないかのように。

 

「……私と、同じか」

 

 ファルシュは手を動かすと、ゾフィーの胸ぐらを掴んで服を破り捨てる。

 

 露わになった胸元には紅い小石が埋め込まれていて、それが電源を入れられたライトのように光っていた。

 

 ファルシュの手がその胸元に伸びて、周りの肉ごと紅い石を掴む。畑の土のように、白い肌に指が食い込む。

 

 ぶちっ、ぶちっ……

 

 そしてそのまま、力任せに引き抜く。

 

 肉ごと抉り取られるようにして、ゾフィーの体から紅い石が離れる。

 

「うぁ……」

 

 すると、首を半ば千切られても動きを止めなかったゾフィーの体が痙攣するように一度だけびくりと跳ねて、それきり動かなくなった。

 

 手も足も、いや体全体が、操り糸を切られた木偶のように全ての力を失っていた。

 

「……」

 

 ファルシュは、動かなくなったゾフィーを放り捨てると、彼女の体から摘出した紅い石ももう興味が失せたように握り潰した。

 

 そして、まだ倒れたままのイゼッタの傍へと降下する。

 

「イゼッタさん、しっかり」

 

「あ……ファルシュ……ちゃん」

 

 イゼッタの意識は朦朧としているようだ。目も虚ろでピントが合っておらず、言葉も弱々しい。

 

 全身打撲に、落下の際に飛んでいる勢いのまま転げ回った事による無数の擦過傷。それに石にでも引っ掛けたのだろうか、右脇腹から大量に出血していて白い衣装が紅く染まっていた。

 

 ファルシュには医学的な知識や教養など無いが、それでもこれが急いで治療せねば命に関わる重傷である事はすぐ分かった。

 

「喋らないで。すぐ……安全な所に連れて行くから。気をしっかり持って」

 

「う……うう……」

 

 イゼッタの瞳が閉じられた。ファルシュは思わず耳をイゼッタの胸に当てる。

 

 弱々しく不規則ではあるが、鼓動が聞こえた。どうやら意識を失っただけのようだ。ファルシュは一瞬だけ「ほっ」とした顔になって、すぐにまたいつもの鉄面皮に戻った。

 

 まだ間に合う。だが急がねばならない。

 

 左手だけで、しかしファルシュは持ち前の怪力を発揮して器用にイゼッタの体を担いだ。

 

 しかし……安全な所と言ったが、今となってはそんな所が本当にあるのかは疑わしい。とは言え、少なくともこのまま此処に居るという選択肢は有り得ない。見れば、先程まではイゼッタとゾフィーの戦いの余波への巻き添えを避ける為に後退していたゲルマニアの戦車隊が、再び前進を始めている。程なくしてここは、砲撃の射程圏内に入るだろう。

 

 その前に、この場からは離れる必要があった。

 

 ファルシュはイゼッタを背負って飛ぼうとして……

 

「待った!!」

 

 掛けられた声に振り向くと、そこにはハンス少佐が近衛隊や兵士数名を伴って駆け寄ってきていた。

 

「ファルシュ嬢……まさか、君が出てくるとは……い、いやそれより君もイゼッタさんも酷い怪我を……」

 

 十にもならない幼女が片腕を失い、背負われたイゼッタも全身を朱に染めている。二人の痛々しい姿に、何人かは思わず目を背けた。

 

「……私は大丈夫。それより、あなた達もここからは離れた方が良いですよ」

 

「……では、近衛の者にだけ教えられた秘密の避難所があります。ファルシュちゃん、あなたはイゼッタさんを連れてそこへ向かって下さい」

 

「分かりました」

 

「では、私はここの残存戦力を集めて撤退を行おう」

 

 ハンスの意見に他の兵士も賛同し、ファルシュは近衛隊の一人が取り出した地図を瞬きもせずに見て、場所を頭の中に焼き付ける。

 

「……じゃあ、私は行きます」

 

 十秒ほどそうしていて、そしてファルシュは隻腕でイゼッタを担ぎ直すとふわりと空中に浮き上がった。

 

「……どうか、あなた達も死なないで」

 

 最後のその言葉がハンスや近衛隊、それにエイルシュタットの兵士達に届いていたかは、もう飛行機雲を引く勢いで飛び始めたファルシュには分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ちっ!!」

 

 同時刻、ケネンベルク。

 

 ボロボロになったゲルマニア軍制式ジープの助手席で、フルスは舌打ちする。彼女はすぐ隣で、恐怖の表情のまま息絶えているゲール将校の顔から近視用のメガネをむしり取ると自分の顔に掛けた。

 

 そうした後で、視線を手にしていた書類に戻す。絶命しているこの将校は、ケネンベルク方面に攻めてきたゲルマニア軍の指揮官に当たる人物のようだった。階級章には星がいくつも付いていて、軍服も他の兵卒とは造りが違っている。

 

 指揮官クラスである彼には、ゾフィーの正体も伝えられていたらしい。フルスが手にしている書類、今回の侵攻作戦の計画書にはその詳細がしっかりと記載されていた。

 

「クローン……白き魔女の遺体の一部から……同じ個体を……傷の娘の体から得られたデータを反映し、自我を形成……エイルシュタットの旧王城から回収した魔石……それを魔女に使わせて抽出した物体……エクセニウム……それを埋め込んで……完成するのは……何百人もの魔女の軍団……それが、エクセ・コーズ……!!」

 

 書かれていたのは、読めば読むほどにフルスの顔から血の気を引かせるような内容だった。

 

 フルスはゲルマニアに与する魔女が現れる可能性は、低くはあるが想定はしていた。

 

 魔女の一族の歴史は長い。数百年の時間の中で、イゼッタの一族とも自分の一族とも違う道を選んだ者が少ないながらも居たかも知れない。そしてイゼッタや自分の存在から魔女が実在する事が分かったゲルマニア帝国が対抗戦力を確保する為、草の根分けても他にそんな力を持った者が居ないかを探し出して、そして見つけ出す確率を絶無とは考えていなかった。

 

 だがこれは……!!

 

 ゲルマニア帝国が探し出したのは生きた魔女ではなく、魔女の遺体。そしてその遺体から、細胞を培養して魔女を蘇生させる事に成功したとの事だった。しかもその魔女は工業製品のように、”同じ魔女”を何十人何百人と量産して軍団を編成出来る体制が既に確立しているという。

 

 神をも恐れぬ所行とは、この事であろう。

 

「……尤も、神をも恐れぬ所行なら私も負けてはいないけどね……」

 

 自嘲するように笑うと、フルスはジープから降りた。

 

「魔女殿!!」

 

 大佐が、駆け寄ってくる。

 

「大佐、どうでした?」

 

「ダメです、ゼルン回廊ともランツブルックの総司令部とも、連絡が取れません!! まだ未確認の情報ですがイゼッタ殿が敗北し、ランツブルックが落ちたとも……」

 

「……多分、それは事実でしょうね」

 

「魔女殿?」

 

「あれを見て」

 

 フルスが視線を向けた先には、ずらりと5人の遺体が並んでいた。

 

 その遺体は全て銀色の髪をした十代半ばぐらいの少女で、皆が合わせ鏡のように同じ顔をしていた。そして一様に、胸の辺りに何かを抉り取ったような傷跡があった。

 

「ここに攻めてきた魔女達……ゾフィーと名乗っていたけど……最初の一人を倒して次に二人が現れ、更にその二人を倒したら今度は同じ顔が3人現れた……」

 

 フルスはその3人も倒して、次は第四陣が現れるかと思ったが、今の所はその気配は無かった。

 

「ここに現れただけで6人のゾフィーが居た……と、言う事は恐らくゼルン回廊の方にも、同じように”ゾフィー”が攻めてきている筈……」

 

「た、確かに……」

 

「そして大佐。初めて話しますが、実は私達魔女は力が使える場所と使えない所があるのです」

 

「な、何ですと?」

 

 魔女の力に関わるあらゆる情報には箝口令が敷かれていて総司令部の面々以外には話してはならない事になっているが、ゲルマニア帝国側に魔女が居る以上もうそんな事は言っていられないし関係無い。既に”ゾフィー”の口から、魔女の秘密は全て話されているだろう。

 

「ですがこのゾフィー達は恐らく全員が、その制約を無視出来る」

 

 フルスは掌の中で、紅い小石をじゃらじゃらと弄びながら語る。小石の数は全部で6つ。これらは全て、現れた”ゾフィー”達の胸に埋め込まれていた物だ。そして彼女達はこれを抜き取られると、電池が切れたように活動を停止した。脈や心臓の鼓動を調べてみたが、それも無かった。まるで最初から生きてはいなかったように。

 

「だからゾフィー達は、私やイゼッタが戦えない所でも関係無く力を使ってくる。残念ながら……イゼッタが負けたというのも事実でしょう」

 

「むぅ……だが確かにそれでゼルン回廊が抜かれたとあらば、ランツブルックは丸裸も同然……その上で魔女の攻撃を受けたとあらば……最早……!!」

 

 魔女の力の強大さは、既にエイルシュタットの軍人であれば知らぬ者は居ない。味方であれば頼もしい事この上無いが、その力が自分達に向けられるとならば、これほど恐ろしいものも無いだろうと、大佐はぶるっと体を震わせた。

 

「で、では魔女殿……我々は今から首都の救援に……」

 

「いや……今から向かっても、間に合わないでしょう。それに仮に間に合った所で、魔女が相手ではあなた方では対抗する事はおろか時間稼ぎも難しい……私も、ここでは相手が2、3人だからまだ何とかなりましたが……10人20人の魔女を同時に相手にするとなると……流石にきついと言わざるを得ないですね……」

 

「むう……」

 

「それよりも、エイルシュタットの民は粘り強い気質の方々の筈。それに一通りの軍事教練は、一定の年齢以上の国民全員が受けると聞きました。彼等は山に籠もるなどして身を潜め、ゲリラ戦で抵抗を続ける事を選ぶでしょう……とは言え、所詮は「素人よりマシ」程度の練度でしかない。そんな散発的な抵抗を繰り返した所で、遠からずゲール軍に虱潰しにされるのは火を見るよりも明らか……ならばここは正規の軍人であるあなた方が彼等と合流して、指揮指導してあげるべきでしょう。抵抗の火を、消さない為にも。その為にも、徒に戦力を消費する愚は避けるべきです」

 

 フルスの意見に大佐は腕組みして唸りつつ考えていたが、それも僅かな間だった。

 

「確かに、魔女殿の言われる通りですな。では、私はここの戦力を纏めて撤退し、避難した国民の保護やレジスタンス活動の支援を行おうと思います。魔女殿、そこで……」

 

 申し訳なさそうな視線を大佐から向けられて、しかしフルスは「分かっています」と、彼の肩に手を置いた。

 

「撤退の準備が整うまでの間、この戦線は私が支えます。送り狼は、一匹も通さない。あなた方は後ろの事は気にせず、作業に移って下さい」

 

「感謝します、魔女殿……ご武運を!!」

 

 踵を揃え最敬礼をフルスに送った後、大佐は部隊の指揮を執るべく走り去っていった。

 

 その後ろ姿をフルスは見送りつつ、見えなくなった所で……

 

「ごほっ、ごほっ……がは!!」

 

 急に咳き込み、口を押さえた手の隙間から勢い良く血が噴き出した。

 

 吐血したフルスは、「ぺっ」と血の塊を吐き捨てる。

 

「私の体も限界が近い……内蔵の機能失調に……」

 

 彼女はゲール軍将校から奪い取った眼鏡を外して捨てると、勢い良く踏み潰した。

 

「目もあまり見えなくなってきた……もう、長くはないでしょうね……」

 

 あらゆる意味で、残された時間は少ない。いや、寧ろ”時間切れ”になっているかも知れない。

 

「まさかここへ来て、クローン技術による白き魔女・ゾフィーの復活……そして魔女の兵団(エクセ・コーズ)とは……!!」

 

 これは読めなかった。

 

 そして詰み、である。

 

 これまでエイルシュタットは、魔女という自分達しか持ち得ない特級の戦力を保持している、簡単に言えば”ズル”をしていたからこそ、国力に於いては象と蟻ほどにも差があるゲールに抗する事が出来ていた。

 

 だが今回の一件で、ゲールも魔女を手に入れた。つまりは同じ土俵に立ったのだ。もうズルは出来なくなった。正確にはしても意味が無くなった。

 

 そしてここからは戦術とか戦略などといった小難しいものではなく、単純な算数の問題だ。

 

 エイルシュタット側に魔女はイゼッタとフルスの2名。ファルシュを含めても3名しか居ない。

 

 対してゲルマニア側は、恐らくは100名単位で”ゾフィー”が用意されており、しかも撃破されて欠員が生じてもその都度、研究が行われている第9設計局で生産されるというおまけ付き。ヴォルガ連邦指導者の言葉である「兵士は畑で採れる」ならぬ「兵士は工廠で作られる」という訳だ。文字通りの意味で。

 

 極め付けにそれで生産される”兵士”は、イゼッタやフルスとは違ってレイラインの無い場所でも魔法が使える。つまり量だけではなく質の面でも、エイルシュタットの魔女を上回っているのだ。逆転の目は、既に断たれた。

 

「だが……まだ最悪じゃない……少なくとも、魔石を使って魔女をレイラインの無い所でも魔法を使えるようにして攻め込んでくる……あるいはレイマテリアルを爆弾として使う……そんな無駄の多い手を使ってくるという事は、ゾフィーもゲルマニア帝国も……魔石の本当の恐ろしさには……まだ気付いていないという事……」

 

 フルスは、右手に意識を集中させる。

 

 6人のゾフィーから摘出した紅い小石……フルス達の一族では魔力結晶(レイマテリアル)と呼ばれ、ゲルマニア側ではエクセニウムと呼称されているその物質は、彼女の手の中で浮き上がり……そして砂のように崩れていって、空間に融けていった。

 

「……魔石の本当の恐怖……最初の魔女が魔石を封じた本当の理由に気付かれる前に……全てを終わらせなければならない……」

 

 フルスは微笑み、口元に垂れる血を拭った。

 

「どのみち……私の体はもう保たないし……最後の魔法……使う時が、来たのかも知れないわね……」

 


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