終末のイゼッタ 偽りのフルス(完結)   作:ファルメール

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第13話 ファルシュの秘密

 

 ゲルマニア帝国首都、ノイエベルリン。

 

 その場末のホテルの一室では、粗末な部屋に似合わない身なりの男二人が部屋一面に資料をぶちまけて語り合っていた。

 

「ベアル峠から攻め入った我が軍が、また魔女にやられたそうです。今度は魔法で山を崩したとか……」

 

 ゲルマニア帝国軍の中にあって諜報活動や特殊作戦を担当する「特務」の制服を着た少年と青年の間ぐらいの印象を受ける若手の将校、リッケルトは手にしていた資料を上司であるアルノルト・ベルクマン少佐へと手渡した。

 

「やはり、魔女に弱点など無いのでは……」

 

「いや、ある筈だ。でなければ筋が通らない」

 

 部下の意見を、ベルクマンは一言で切って捨てた。

 

 ケネンベルクの戦いからこっち、エイルシュタットの魔女についての資料は細大漏らさず頭に叩き込んだ彼であるが、本当に魔女の力が万能であり何の制限も無く使い放題であるのなら、色々と矛盾点が存在する事に気付いていた。

 

 まず二人の魔女はケネンベルクの戦いでは、戦闘が始まってから駆け付けている。彼女達を運んでいた輸送機が墜落した地点からケネンベルクまでは、報告にある魔女の飛行速度で飛べば数分と掛からない程度の距離でしかない筈なのに。

 

 それに本当に万能の力があるのなら、エイルシュタットは魔女の存在を喧伝などする必要は無い。寧ろしてはいけない。今すぐこのノイエベルリンに魔女を送り込み、オットー皇帝の首を取れば良い。それでこの戦争にはひとまずの片が付く。

 

 少なくともベルクマンは、魔女の力が万能であるという前提で自分がエイルシュタットの作戦指揮官であればそうするだろうと考えている。

 

 これまでに収集出来た情報を鑑みるに魔女が通常兵器と比べて秀でる所は、その身一つで強大な戦闘力を発揮出来るという点だ。

 

 事実二人の魔女の少女の方、イゼッタは彼女を拘束するまでに軍の一個中隊が全滅の憂き目にあったという。しかもそれほどの戦力を運用するのに戦車を走らせたり飛行機を飛ばしたりする必要が無い。それどころか銃やナイフを持ち歩く必要すら無いから、ボディーチェックにも引っ掛からない。

 

 旅行者だろうが難民だろうが、どんな形でも良いから魔女をその身一つでノイエベルリンまで潜入させてしまえばもう防ぐ事は至難の業。周囲をいくら固めていようが意味が無い。最低でも一個中隊に匹敵するような戦力がいきなり帝都のど真ん中に出現するのだ。その形に持ち込んでしまえば確実にオットー皇帝を殺害する事が出来る。

 

 それをしないという事イコールそれが出来ないと考えるのがそこまで極端な発想の飛躍だとは、ベルクマンは思わなかった。

 

「他にもいくつか、気になる事がある」

 

「……と、言うと?」

 

「確かに魔女の力は驚異的なものがある。だが、どうして陛下はそこまであれを欲しがられるのだろうね?」

 

「……それは、仰るように驚異的な力だからでは……」

 

 若い部下の問いを受けて、ベルクマンは「確かに」と頷いた後に続ける。

 

「魔女の力には恐るべきものがある。君も知っているように少女の方の魔女は捕らえるのに一個中隊が全滅したという話だしね」

 

「はい、ですから……」

 

「逆に言うと、勿論作戦や運用にもよるだろうが一個中隊が全滅する覚悟なら魔女を無力化出来るという事でもある。そして確認されている限り魔女は二人。つまり魔女二人を手に入れた所で、我が軍には二個中隊程度の戦力が加わるだけと言える訳だ。それは、果たしてこれほどの時間と労力に見合う対価だと言えるのかな?」

 

「それは……ですが実際に魔女は我が軍の一個大隊を撃退したりもしていますし……あるいは今後の技術発展を見越してとか……」

 

「勿論それも考えられるが……だが我がゲールは今、四方八方の国々を相手に戦争している真っ直中。そして魔女がいくら強くても所詮は二人しか居ない。つまり首尾良く両方手に入れても二箇所の戦場で局地的な勝利を収める事しか出来ないという訳だ。それにこれほどの人員と予算を注ぎ込まれるくらいなら、その分を前線の兵器や装備を充実させるのに回した方がずっと効率的だ。陛下がその程度の事が分からないとは、僕には思えないね」

 

 リッケルトは少し戸惑ったように、脳内で上司の言葉を整理していた。

 

 つまり、現時点で開示されている情報からベルクマン少佐が出している結論は……

 

「陛下は……魔女を手に入れられる事が目的ではない?」

 

「正確には、『魔女を手に入れる事が目的ではあるがそれは戦力や軍事力としてではない』という事だろうね。あるいはそれもあるだろうが、それはあくまで副産物、本当の目的は別にあるんだろう」

 

「本当の、目的……?」

 

「……僕のカンが正しければ、その目的のカギを握るのは……彼女だ」

 

 ぽいと、ベルクマンは手にしていた写真を机の上に滑らせた。リッケルトがそれを手に取る。

 

「これは……」

 

「陛下が二人の魔女よりも優先して確保しろと厳命された、”傷の娘”さ」

 

 写真にはバストアップで、ファルシュの姿が写っていた。

 

「”傷の娘”……」

 

「そしてもう一つ分かる事がある。陛下は僕にこの”傷の娘”を『二人の魔女よりも優先して確保しろ』と命ぜられたんだ。つまり……?」

 

 語るベルクマンは教え子の回答を待つ教師のような口調だった。決して愚かではないリッケルトはここまでヒントを出されれば、難無く正答に辿り着く。

 

「”傷の娘”は……魔女ではない?」

 

「……そうなるね。この子が魔女なら『一番幼い魔女』とか『傷だらけの体の魔女』とかそういう言い回しになる筈だ。だが、只の少女を陛下が欲しがられる訳がない。ここからは多分に推測が混じるが……この”傷の娘”こそが、陛下が多大な人員と労力・時間と予算を割いてまで魔女を手に入れようとされる理由なんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

「……で、私の所へ来たという事か」

 

「ええ、ベアル峠の戦いの報告書を読んで、違和感が大きくなったものでしてね……そしてこの”傷の娘”についても、色々と知っておきたいと思いまして……」

 

 数日後、ベルクマンは帝立技術工廠第9設計局の局長室の来客用椅子に腰掛けていた。

 

 彼の視線の先にはやり手の硬派な女性という印象を絵に描いたようなエリザベート局長が、むすっと不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。

 

「それに、陛下やあなた方といった最先端の技術に関わる方々は、何故かかなり早い段階でお伽話のような魔女が実在する事を確信していた……その点についても、私は疑問を抱いておりまして……」

 

「……」

 

 エリザベート局長はしばらくの間無言でベルクマンを睨んでいたが……やがて諦めたように溜息を一つ吐いた。それからふんと鼻を鳴らして、視線を執務机に置かれた書類に落とす。

 

「陛下の命令書がある以上、私はお前に逆らえん。好きな事を聞くが良い……」

 

「では、遠慮無く……」

 

 ベルクマンはそう前置きして一呼吸置くと、懐から取り出したファルシュの写真を机に置いた。

 

「この”傷の娘”……彼女は一体、何者なのですか?」

 

 ずばりと、核心を突いてきた。

 

 一言で本質を抉ってきたこの特務の少佐に、局長は少し驚いたように瞠目した後、机の引き出しから一冊のファイルを取り出してベルクマンに投げ渡した。

 

「拝見させていただきます」

 

 そう言ってファイルを開くベルクマンだったが……最初のページをめくった瞬間、その手が止まった。

 

 写真には、無数の兵士の死体が写っていたのだ。それは軍人として血腥い任務に従事する彼をして、思わず圧倒される程に無惨な死体だった。どれも原形を留めておらず、バラバラに解体されていた。

 

「少佐、貴官はその写真の死体を見て、どう思う?」

 

 局長の問いに、ベルクマンは即答は控えて写真を良く観察する。

 

 爆弾か何かでバラバラになった、にしては写真の兵士の死体が着ている衣服には破れが少なく、焼け焦げた痕も無い。かと言って刃物で切り刻まれたのとも違う。バラバラ死体の傷口は、どれもすっぱりと切ったのものではなくグチャグチャになっていた。

 

「まるで、力任せに引き千切られたようですね……」

 

「正解だ。”傷の娘”と呼ばれているそのサンプルは一時期この第9設計局で研究対象となっていたのだが……少し前に脱走したのだ。その写真は彼女を制止しようとした兵士で……皆、ボロ布のように引き千切られて殺された。この一件で前局長は更迭され……今はそのポストに副局長であった私が就いているという訳だ」

 

「!! それは……」

 

 ベルクマンも、少し驚いた顔になる。

 

 人体を引き千切るなど、そんな芸当はどれほどの膂力と瞬発力が要求されるのだろう。そんな力を、とても写真のファルシュのような幼女が持っている訳がない。

 

 普通なら。

 

 つまりファルシュには、普通でない何かがあるのだ。ベルクマンの推測は、当たっていた。

 

 ファイルの次のページを捲ると、そこの写真には砕けたカプセルが写っていた。一緒に写っている対比物から推定される大きさは、ちょうど人間一人が入るぐらい。破片が外に飛び散っている事から、内側から破られたのだと分かる。

 

「それは、”傷の娘”を閉じ込めていたカプセルだ。ガラスは特殊強化防弾ガラスで、拳銃弾程度では至近距離であっても傷一つ付けられない強度が実証されているが……ヤツは内側から、簡単にそれを割って破ったのだ」

 

「……この設計局で一時期彼女を研究していたと仰られましたが、その期間を教えていただけますか?」

 

「ああ、それは……」

 

 局長が語った、ファルシュがこの局に拘束されていた期間は、ちょうどイゼッタとフルスをゲルマニア軍が拘束した時から、輸送機が墜落してフィーネと魔女二人に逃げられた時と一致していた。これらの要素から導き出される結論は……

 

『”傷の娘”にとってこの局を脱出する事など簡単だったが……同時期に捕まって別の場所に移された魔女二人の行方が分からなかったから、敢えて捕まっていた? そして研究員の会話などから二人の魔女の行方にアタリが付いたから、もうここに用が無くなって逃げた……?』

 

 そんな事を考えつつ、ベルクマンはまたページを捲る。

 

 次のページには様々なデータが事細かに書かれていた。

 

「心拍数……ゼロ、体液の循環……無し、体温………ほぼ室温と同じ……脳波フラット……これは……?」

 

「”傷の娘”を調べている時に得られたデータだ。他にも彼女は、10日間も水や食事を絶たれても活動に支障をきたした様子も無く、全面ガラス張りの部屋で一週間、24時間体制で監視していたが一睡もする気配すら見えなかったと報告が上がっている。他に部屋の酸素の供給量を絞ったりもしてみたが、少しも堪えてはいないようだった。我々第9設計局はこれらのデータから、一つの結論に達した」

 

「つまり……」

 

 既にベルクマンも、結論に至っているのだろう。彼の表情からそれを読み取って、エリザベート局長は首肯した。

 

「”傷の娘”は生きていない。既に死体なのだ。その死体が、何かの力で動いているのだとな」

 

「成る程」

 

 得心が行ったと、ベルクマンは頷く。

 

 死体だから水や食物を摂取する必要も無いし、呼吸も不要だから酸素が薄くても問題が生じない。心臓も動いていないから血液が体を流れず、体液の循環も起こらない。当然、体温も無い。

 

「……ここへ来て良かったですよ。お陰で色んな事に得心が行きました」

 

 報告では大人の魔女はこの”傷の娘”をファルシュと呼んでいたという。ファルシュ(偽物)と。

 

 常識外れに莫大な予算を割き、人員を動員してまで魔女を手に入れようとするオットー皇帝。

 

 そしてこの研究所で得られた、”傷の娘”の研究データ。

 

 この時点でベルクマンの中では、それらいくつかの点が繋がって線となっていた。

 

 謎は氷解した。何故、オットー皇帝が執拗なまでに”傷の娘”と魔女を求めるのか、全て分かった。

 

 上機嫌で報告書の次のページを見てみる。今度はレントゲン写真が挟まれていた。子供特有の体型をした骨格からファルシュのものであると分かる。

 

 こうして見る限り、ファルシュの骨格は人間と同じ構造のようだが……

 

「ん?」

 

 ベルクマンは、レントゲン写真を見て一つの違和感に気付いた。

 

「局長、これは何でしょうか?」

 

 レントゲン写真の一点を指差す。人差し指が置かれたのはちょうどファルシュの胸に当たる部分だ。そこに、影が見える。

 

「ああ、それか……”傷の娘”の体を調べた所、胸の辺りに何か固形物が埋め込まれているのが分かったのだ」

 

「……固形物、ですか?」

 

「ああ……材質は不明だが拳大ぐらいの大きさの物体が、あの娘の体内に埋め込まれている。残念ながらそれが何なのか確認する前に脱走されてしまったが……彼女の胸部には縫合したような痕が確認されたから、外科手術で後天的に埋め込まれた物である事までは、分かっている」

 

「つまり……」

 

「何者かが彼女の体内に、埋め込んだのだ」

 


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