終末のイゼッタ 偽りのフルス(完結)   作:ファルメール

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第12話 フルスの料理

 

「では……フルス、今日からは新しい魔法の使い方を教えるわ」

 

「……新しい、魔法の使い方?」

 

 鸚鵡返しした私の言葉に、母は「うん」と一つ頷いて机の上に石鹸ぐらいの大きさの粘土の固まりを置いた。

 

「……フルス、まずはおさらいしましょうか。私達魔女の魔法とは、どんなものかしら?」

 

「はい、魔法とは触れた物に魔力を流して、自分の思い通りに動かす事です」

 

 私の回答に母は満足が行ったようで、満面の笑みでもう一度深く頷いた。

 

「その通りね。『魔法』とは言っても私達に出来る事はそれ一つだけ。例えば呪いを掛けて人をカエルにしたりとか、あるいは人の心を読んだりとかそんな事は私達には出来ないの。出来る事はあくまで『触れた物に魔力を流して、自分の思い通りに動かす』、それ一つだけなの」

 

 今更にも思えるその復習に、私はどうしてここまでくどいように繰り返すのか? 母の意図を図りかねて、首を傾げる。

 

「ただし、ただ『触れた物を動かす』というだけでも……結構、奥は深いのよ?」

 

 母はそう言うと、粘土に手を触れると魔法でふわりと空中に浮き上がらせた。

 

 そうして母が手を左右に振る度に、見えない糸で繋がっているように粘土も空中を左右に動く。

 

「フルス、あなたが言う『思い通りに動かす』とはこういう事でしょう?」

 

「はい」

 

「今日から教えるのは、もっと高度な使い方なの」

 

 母はそう言って粘土を机の上に置くと、そっと手をかざして再び魔法を発現させる。

 

 すると、思いも寄らぬ事が起こった。

 

 それまではただの立方体でしかなかった粘土がぐにゃぐにゃと動いて形を変えていく。

 

 ほんの十数秒で、机の上には今にも動き出しそうなほどに精巧な馬の形をした粘土細工が置かれていた。母は魔法で、手を汚さずにこの人形をこね上げたのだ。

 

「これは……」

 

「これも魔法の応用の一つ。さっき、空中で粘土を動かした魔法の最も基本的な使い方を『念動』と呼ぶならばこれは『成型』と呼ぶべきもの。その名の通り、魔法の力で魔力を込めた物体の形を変える技の事よ。今日からあなたにはこの技術を学んでもらうわ」

 

「はい、母様……」

 

 従順を装う私の反応を受け、母はにっこり笑った。

 

「この技術の応用性は無限大と言って良いわ……フルス、あなたの才能なら訓練と発想次第で、どんな事でも出来るようになるでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 エイルシュタット首都、ランツブルック大公宮殿。

 

 フルスとファルシュ親子へとあてがわれたその一室で、フルスは外出から戻ってきた娘の話に耳を傾けていた。

 

「そう……キルシュバームのパイはそんなに美味しかったの……」

 

「はい。でも途中でイゼッタさんやフィーネ様の正体がみんなにばれてしまって……大騒ぎになって……あ、これがその店のパイで……ママにも、お土産として買ってきたよ」

 

 いつも通り感情の起伏が読み取れない鉄面皮で、ファルシュは持っていた紙箱を机に置いた。

 

 蓋を開けると、中からは美味しそうに焼けたパイが一切れ姿を見せた。

 

「……そう」

 

 フルスはちらりと視線を動かしただけで、すぐに読んでいた本に目を戻した。

 

 ファルシュは何も言わずに突っ立っているだけだったが……ややあって口を開いた。

 

「……ママ、聞いても良い?」

 

「ん?」

 

「……これ、何に使うの?」

 

 ファルシュが部屋の一角を指差して、尋ねる。彼女が示した先には、大きな箱が一つ置かれていた。

 

 高さは膝下ぐらいまで、長さは2メートル弱という所だろう。人間一人ぐらいならすっぽりと入りそうな大きさで、ファルシュはどことなくその大きさや形から人間の遺体を入れる棺桶を連想した。

 

 蓋を開ける。

 

 その中に入っていた物を見て、「うわぁ」と呆れたような声を漏らすファルシュ。

 

「……何度見ても、気味が悪いぐらい似てるね……いや、似すぎていて気味が悪いと言うか……」

 

 ドン引きした表情の娘は箱の中身から母へと、視線を動かす。

 

「……夜中の内に、ベアル峠から損傷の少ないゲール兵の死体を何人分か運び込むように言ったのは……これを造る為だったの?」

 

 娘の問いに、フルスは頷いた。

 

「ええ。最初から完成している物を使う方が、水35L、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素……これらを混ぜて一から錬成するより楽なのでね」

 

「?」

 

 フルスのその説明は、今一つファルシュには伝わらなかったようだ。首を傾げる。それを見た母は「ふふ」と静かに笑うと、説明を変えた。

 

「……例えるなら、手作りチョコレートを作るとして……一からカカオマスや砂糖、バターを混ぜて作るか、市販されているチョコレートを一度湯煎で溶かして、その後でハート型とかの型に流し込んで固め直すかの違いのようなものよ」

 

「ああ……それなら良く分かるよ。でも、何でこんなのを造ったの? まさか、私と同じように”これ”も動かすの?」

 

「……私はそこまで悪趣味ではないわよ、ファルシュ……尤も、あなたを側に置いている時点で私の悪趣味は極まっているでしょうけどね……ある意味、私は世界一の死体愛好家(ネクロフィリア)なのかも……知れないわね」

 

 自嘲するように、フルスが呟く。ファルシュは自分の存在を悪趣味と言われたにも関わらず少しも気にはしていないようだった。

 

 一呼吸ほどの間を置いて、真剣な顔になってフルスは娘に向き直った。

 

「……ファルシュ、仮に私やイゼッタがゲルマニア帝国の侵略からこのエイルシュタットを守り抜いたとして……その後、私達はどうなると思う?」

 

「……どう、とは?」

 

「全てが終わった後で……平穏無事に暮らせるようになるかしら? そう聞いているのよ」

 

「……それは、無理だと思う。この体も、そう言ってる」

 

 ファルシュは胸に手を当て、そう答える。娘の回答を受けて、フルスは「そうでしょうね」と頷いた。

 

「『狡兎死して走狗烹らる』『高鳥尽きて良弓蔵る』という言葉があるけど……その言葉は私達にもぴったり当て嵌まるわ。私達魔女の力は、近代兵器を凌駕するほどに強大なもの。これはゲールという脅威があるからこそ必要とされている。でも……大国の脅威が過ぎ去って、平和になったらどうなるのかしらね?」

 

「……平和になったらママやイゼッタさんは必要無くなる?」

 

「それだけならまだマシね。多分……恐れられて、殺される事になるでしょうね。それもゲールではなく、エイルシュタットに。伝説の白き魔女……ゾフィーのようにね」

 

「……フィーネ様が、そんな事するかな?」

 

「無論、フィーネ様ご自身はしないでしょうけど、エイルシュタットの政府高官とか大臣とかが独断でそのように動くのよ。そして私達を殺してさえしまえば後は何とでも言い繕える。部下の暴走、他国の追及をかわす為にやむを得ず、不幸な事故……言い訳はいくらでも用意出来るわ」

 

「……じゃあ、今からでもイゼッタさんを連れて逃げる?」

 

 娘の提案に、しかしフルスは首を横に振った。

 

「それももう無理よ。既に私達魔女の存在は、大々的に世界へと喧伝されてしまっているから……私もイゼッタも、帰らざる川はとっくの昔に渡ってしまった。今更逃げた所で全ては手遅れ。ゲールだろうがアトランタだろうがロムルスだろうが、私達の力を欲しがるあるいは脅威に思う国はいくらでもある。彼等は私達が生きている限り、私達を追い続けるわ」

 

「……じゃあ、どうするの?」

 

「……そう、ね……」

 

 既に、フルスもイゼッタもこの状況は『詰み』であると言える。

 

 今のこの状況から、イゼッタとフルスの未来は三通り想像出来る。そのどれかから、一つだけを選ぶ形になる。

 

 エイルシュタットを守り抜いてエイルシュタットに殺されるか。

 

 エイルシュタットを守れずにゲールに殺されるか。

 

 逃げてどこか別の国に殺されるか。

 

 勿論、過程は色々と違ってはくるだろうが究極的には全ての可能性はその三つに収束するだろうというのがフルスの考えだった。

 

 未来は、果てしなく暗い。

 

「でも、私はどれも選ぶつもりはない。選択は四つ目にさせてもらうわ」

 

「……それは?」

 

「エイルシュタットを守れようが守れまいが、生き延びる道……それを選ぶ」

 

 フルスは立ち上がると、箱の傍まで歩いてきた。

 

「”これ”は言わば鍵なのよ。その未来への扉を強引にこじ開ける為の……ね」

 

「……」

 

 じっと、ファルシュは母を見詰める。表情はやはり動かないが、その瞳にはどこか気遣わしげな感情が宿っているようにも思えた。

 

「……まぁ、心配は要らないわよ。私はゾフィーの失敗は繰り返さない。どうすれば彼女よりも上手くやれるのかを、私達の一族は何百年も……ずっと考えてきたのだから」

 

 そう言いながらフルスが蓋を閉じるのと、部屋の扉がノックされたのはほぼ同時だった。

 

「フルス殿、居られるか?」

 

 ドアを叩いたのはビアンカだった。フルスは扉越しに返事する。

 

「ああ、ビアンカ女史……今、少し手が離せないので……何か御用ですか?」

 

「ミュラー補佐官が、フィーネ様や首相も召集しての会議を行われる事になった。貴殿にも出席してもらいたいが……」

 

「分かりました。では、10分後に行きます」

 

 

 

 

 

 

 

「ブリタニアへ?」

 

「はい、来週、ゲールと敵対する同盟国家群と亡命政権の代表者とが集まって、話し合いの場が持たれる事となっております」

 

 会議の議題は、最近ゲルマニア帝国が北へ目を向けている件について。そしてこの戦争に突如として現れた魔女という存在について。更には、アトランタ合衆国の関係者が出席するとの情報も入ってきている。

 

 これはエイルシュタットにとっては待ち望んでいた千載一遇の好機であると言える。

 

 上手くすれば同盟各国を説得し、同盟各国の大陸への再出兵を促す事も出来るかも知れない。

 

 どのみち、エイルシュタットの勝ち筋はこれしかないのだ。イゼッタにしてもフルスにしても、どれだけ強大な魔法が使えようとも所詮は一個人でしかない。勝てるのは、守れるのはそれぞれ一箇所だけ。局地的な勝利を収める事は出来ても、全体の戦況は覆らない。

 

 よってジークとしてはこのチャンスを何としてもものにしたいと考えており、自分をブリタニアへ派遣するようフィーネに申し出てきたのだ。

 

「だが、ジーク。その会議……各国の代表が本当に知りたいのは……イゼッタやフルス殿の力ではないのか?」

 

「!! それは……」

 

「ならば、私とイゼッタで行こう。それが魔女の力と、我々が本気である事を示す最善の方法かと思うが……」

 

 フィーネの意見を受け、ビアンカは「とんでもない」と反対して、ジークは腕組みして脳内でその案の検討を行い始めた。

 

「……よろしいですか、各々方」

 

 そこに口を挟んだのは、フルスだった。視線が、彼女に集まる。

 

「エイルシュタットの魔女は私とイゼッタの二人。もしゲールが攻めてきた場合を考えれば、どちらか一方は本国の守りとして残しておくべきでしょうね」

 

 これは全員が同意見だったようだ。「うむ」「確かに」と相槌が返ってくる。

 

「フルスさん、やっぱりここは私が姫様と一緒に行って……」

 

「……イゼッタ、それも良いけど……今回の会議では魔女の力が、ゲールに抗し得るものである事をアピールする事が重要……で、あれば……私の方があなたよりも適任だと思うわ。私はあなたより長くこの力を扱い、習熟している。きっと効果的な演出が出来ると思うのよね。人選はそうした各国への影響度を考えて行うべきだと愚考するわ……ねぇ、ミュラー補佐官?」

 


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