ポックルさんに手出しは出来ない。
NTRはダメなのだ。そう、タグを増やさなくてはならなくなる。
……タグ? また電波を受信したような……?
……まあいいでしょう。
兎に角、ダメなものはダメ。
例えそれが自分の首を絞める行為でも。
そう、私にはポックルさんに手出しすることは出来ない。
なので、やはり開始早々降参しました。
もっとも、今回は開幕まいった攻撃ではなく、普通に負けを宣言した。
レオリオが、『またかよ!』なんて叫んでいたが、無視よ、無視。
私は次の試合のために中央を開ける。
そしてフロアの隅で腕組みした。
順当に負け続けた私の次なる相手は、ゾルディック家の御曹司、キルア君である。
しかし、暗殺一家の息子に、御曹司という呼び方が不自然でないとは、何とも恐ろしい世界だなぁ。
なんて、どうでもよい考えを弄びながら、眼前の試合を見るともなしに見る。
私が関わる試合以外は、原作と変わりなく進行していく。
ふと、視線を感じた。そちらをチラリと見やる。
銀の髪。整った、しかし生意気そうな容姿。キルアだ。
合わさった視線を、不自然さを感じさせず切り離すキルア。
ただ、こちらを見てなくても、依然こちらに意識を傾けているのが手に取るように分かる。
対戦相手である私のことが気にかかる。そんなところかしら?
まあ、さもありなん。
念能力者でないとはいえ、彼も既にそれなりの実力者。
私が只者でないことぐらい、簡単に察知できるはず。
なら、警戒心を抱くのも当然でしょうね。
さて、次のキルアとの試合だが、ここらで真面目にやろうと思う。
別に試験に受かる必要性は無い。
無いが、落第なんてみっともないじゃない。
そう、美しくない。華麗に合格をって、またか……。
ハアと、内心溜息を吐く。ホント、この体は。
まあいい。いや、良くは無いけど……。
兎も角、試験に合格する上で、キルアは都合の良い相手と言える。
――『勝てない相手とは戦うな』。
そんなイルミの教えを叩き込まれて、いや、突き刺されているキルア。
そこを突けば、キルアを降参させることができる。
そして、それは難しいことではない。
互いの実力差を見せつけるだけで良いのだから。
いくら高いポテンシャルを有していても、念を覚えていない彼に勝ち目はない。
あっさりと、勝敗はつくことだろう。
ただ、一点だけ気になるのは……顔面針男の存在。
なんとも、おどろおどろしい兄弟愛の持ち主であるイルミだ。
彼の逆鱗に触れぬよう、気を付ける必要がある。
殺しは、そもそも試験のルールでNGだから論外として……。
再起不能の大怪我を負わせるのも不味かろう。ブラコンイルミが許すとは思えない。
手荒な『洗礼』もアウトでしょうね。『達磨』なんて論外も論外。
はあ、下手に気を使うのも面倒ねぇ。
だけど、ここで降参すれば、件のブラコンイルミが次の相手だ。
それは全力で回避したいところ。
なら、多少面倒でも、キルアとやって合格する必要があるわけだ。
そんなことを考えている内に、試合は消化されていく。
そして、ついに私とキルアの番になった。
「第5試合。リンドウ対キルア! 両者前へ!!」
審判からのコールがかかる。
私とキルアが、ゆっくりとフロアの中央に移動する。
そうして、相対した。
「ねえ、俺にも降参してくれるの? だったら楽でいいなぁ」
「いいえ。君を倒して、合格させてもらうわ」
「……へぇ。俺のこと甘く見てる? これでも結構強いんだぜ、俺」
何の気負いも無いような表情で、軽口を叩くキルア。
しかし、それは見せかけだけだ。
ピリピリとした空気を隠しきれてないぞ、チビッ子。
ふふ、可愛らしいなぁ。
むくむくと壊してやりたい衝動が湧き起る。って、ダメ、ダメ。
それをやっちゃうと、私の背中に痛い位の視線を寄越しているブラコンが動く。
全身針だらけにされちゃ堪らないわ。我慢、我慢。
「それでは、始め!!」
審判の宣言と同時に、足を踏み出すキルア。
ゆっくりと緩急をつけながら円を描く独特の歩法。
ふむ、確か肢曲といったかしら?
キルアの姿がぶれて見える。
ゆっくりとした動きにかかわらず、本来の位置を見失いそうになる。
暗殺者らしい業だ。だけど――。
私は大人げなく、『円』を行使する。
注意深く目で追いかけるなんて、面倒だしね。
暫く円を描くように歩くキルア。そして、丁度キルアが私の死角に入った瞬間、その動きに変化が現れる。
瞬きの内に、私との距離を詰めるその瞬発力は、猫を連想させるしなやかさだ。
その辺の雑魚では、反応すらままならないに違いない。
ふふん、でも残念。君の動きは、私の『円』が捉えている。
私は突き出されるキルアの右腕を掴み取る。
「ホント、猫さんみたいだこと」
ナイフの様に鋭く尖った爪先を見ながら独りごちる。
「ッ!」
キルアは掴まれた腕を振り解きながら、後方に跳躍する。
私は逆らうことなく、その腕を開放してやった。
表情を歪めながら、こちらを睨み付けるキルア。
その頬に一筋の汗が伝い落ちる。
「どう? 降参する気になった?」
「……クッ! 誰が!!」
キルアはギリッと歯噛みした。
その表情には最早、当初のポーカーフェースは見られない。
うーん、もう一押しかな?
先の一瞬の攻防で、十二分に実力差を窺わせることができた。
もっとも、それだけで、キルアの戦意を折るまでに至らなかったようだが……。
ただ、それは最後のやせ我慢。あと一押しで、脆くも崩れ去る。
だって、彼は主人公ではないのだから。
私はキルアに向けて真っ直ぐに右腕を伸ばす。
その掌から、悪意を込めてオーラを放出する。
はい、そうです。イルミの真似です。
うん。非念能力者の心を折るに、有効な手段だ。
遠慮なく真似させてもらいましょう。
その効果は、目に見えて現れ始めた。
キルアの額からは、マラソンを終えたランナーの様に汗が滴り落ちている。
全身の筋肉を強張らせ、棒立ちになっている。
あれでは、先程のようにしなやかな動きは披露できないでしょう。
俯かせた顔からは表情を窺えないが、苦痛に歪んでいるのは想像に難くない。
「どうするの?」
言葉短く問い掛ける。
その声に、キルアの体はビクッと跳ねる。
空気が張り詰める。凍りついたような沈黙。そして――
「…………まいった」
やがて、ポツリと絞り出すような声が漏れる。
私はゆっくりと右腕を下ろした。
ふふ、効果覿面ね。
極寒の地で云々という、ウイングの喩も的を射たもの。
そう、非念能力者では決して耐えることなど叶わないのだ。
さて、予定通りスムーズかつ穏便に試合を終えれた。
うん。良くやったぞ、私。
偉い、偉い。ねえ、偉いでしょ? だから……。
だからいい加減、そのドギツイ視線は止めてもらえませんかね? ブラコンさん。
私はゲンナリしながら、溜息を吐いたのだった。
かくして、私のハンター試験合格が決定した。
その後の流れは原作通り。
イルミがキルアを威しつけ、降参させた。
その後、レオリオとポドロの試合にキルアが乱入。ポドロを殺し、失格となった。
そして現在、講習の最中に登場したゴンが、イルミに喧嘩を売り終わったところ。
その講習も終了し、キルアを連れ出すと、ゴンが息まいている。
でも残念、君がゾルディック家の屋敷に行くことはない。
そう、達磨と化して、これからはベッドの上で無為な時間を過ごすのだから。
たった一部屋。狭い狭い世界が、君の世界の全てになる。
そこにワクワクする冒険などありはしない。
あるのは、掛け値なしの絶望だけ。
ホテルから出ていく三人の背中を見る。
時は来た。さあ、君を呪ってあげましょう。