達磨少女は世界を呪う   作:佐倉 文

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8話

 ポックルさんに手出しは出来ない。

 NTRはダメなのだ。そう、タグを増やさなくてはならなくなる。

 ……タグ? また電波を受信したような……?

 

 ……まあいいでしょう。

 兎に角、ダメなものはダメ。

 例えそれが自分の首を絞める行為でも。

 そう、私にはポックルさんに手出しすることは出来ない。

 

 なので、やはり開始早々降参しました。

 もっとも、今回は開幕まいった攻撃ではなく、普通に負けを宣言した。

 

 レオリオが、『またかよ!』なんて叫んでいたが、無視よ、無視。

 

 私は次の試合のために中央を開ける。

 そしてフロアの隅で腕組みした。

 

 順当に負け続けた私の次なる相手は、ゾルディック家の御曹司、キルア君である。

 

 しかし、暗殺一家の息子に、御曹司という呼び方が不自然でないとは、何とも恐ろしい世界だなぁ。

 

 なんて、どうでもよい考えを弄びながら、眼前の試合を見るともなしに見る。

 私が関わる試合以外は、原作と変わりなく進行していく。

 

 

 ふと、視線を感じた。そちらをチラリと見やる。

 

 銀の髪。整った、しかし生意気そうな容姿。キルアだ。

 

 合わさった視線を、不自然さを感じさせず切り離すキルア。

 ただ、こちらを見てなくても、依然こちらに意識を傾けているのが手に取るように分かる。

 

 対戦相手である私のことが気にかかる。そんなところかしら?

 

 まあ、さもありなん。

 念能力者でないとはいえ、彼も既にそれなりの実力者。

 私が只者でないことぐらい、簡単に察知できるはず。

 なら、警戒心を抱くのも当然でしょうね。

 

 さて、次のキルアとの試合だが、ここらで真面目にやろうと思う。

 

 別に試験に受かる必要性は無い。

 無いが、落第なんてみっともないじゃない。

 そう、美しくない。華麗に合格をって、またか……。

 

 ハアと、内心溜息を吐く。ホント、この体は。

 

 まあいい。いや、良くは無いけど……。

 兎も角、試験に合格する上で、キルアは都合の良い相手と言える。

 

 ――『勝てない相手とは戦うな』。

 そんなイルミの教えを叩き込まれて、いや、突き刺されているキルア。

 そこを突けば、キルアを降参させることができる。

 

 そして、それは難しいことではない。

 互いの実力差を見せつけるだけで良いのだから。

 

 いくら高いポテンシャルを有していても、念を覚えていない彼に勝ち目はない。

 あっさりと、勝敗はつくことだろう。

 

 

 ただ、一点だけ気になるのは……顔面針男の存在。

 なんとも、おどろおどろしい兄弟愛の持ち主であるイルミだ。

 彼の逆鱗に触れぬよう、気を付ける必要がある。

 

 殺しは、そもそも試験のルールでNGだから論外として……。

 再起不能の大怪我を負わせるのも不味かろう。ブラコンイルミが許すとは思えない。

 手荒な『洗礼』もアウトでしょうね。『達磨』なんて論外も論外。

 

 はあ、下手に気を使うのも面倒ねぇ。

 だけど、ここで降参すれば、件のブラコンイルミが次の相手だ。

 

 それは全力で回避したいところ。

 なら、多少面倒でも、キルアとやって合格する必要があるわけだ。

 

 

 そんなことを考えている内に、試合は消化されていく。

 そして、ついに私とキルアの番になった。

 

「第5試合。リンドウ対キルア! 両者前へ!!」

 

 審判からのコールがかかる。

 私とキルアが、ゆっくりとフロアの中央に移動する。

 そうして、相対した。

 

「ねえ、俺にも降参してくれるの? だったら楽でいいなぁ」

「いいえ。君を倒して、合格させてもらうわ」

「……へぇ。俺のこと甘く見てる? これでも結構強いんだぜ、俺」

 

 何の気負いも無いような表情で、軽口を叩くキルア。

 しかし、それは見せかけだけだ。

 ピリピリとした空気を隠しきれてないぞ、チビッ子。

 

 ふふ、可愛らしいなぁ。

 

 むくむくと壊してやりたい衝動が湧き起る。って、ダメ、ダメ。

 それをやっちゃうと、私の背中に痛い位の視線を寄越しているブラコンが動く。

 

 全身針だらけにされちゃ堪らないわ。我慢、我慢。

 

「それでは、始め!!」

 

 審判の宣言と同時に、足を踏み出すキルア。

 ゆっくりと緩急をつけながら円を描く独特の歩法。

 

 ふむ、確か肢曲といったかしら?

 

 キルアの姿がぶれて見える。

 ゆっくりとした動きにかかわらず、本来の位置を見失いそうになる。

 暗殺者らしい業だ。だけど――。

 

 私は大人げなく、『円』を行使する。

 注意深く目で追いかけるなんて、面倒だしね。

 

 暫く円を描くように歩くキルア。そして、丁度キルアが私の死角に入った瞬間、その動きに変化が現れる。

 瞬きの内に、私との距離を詰めるその瞬発力は、猫を連想させるしなやかさだ。

 その辺の雑魚では、反応すらままならないに違いない。

 

 ふふん、でも残念。君の動きは、私の『円』が捉えている。

 私は突き出されるキルアの右腕を掴み取る。

 

「ホント、猫さんみたいだこと」

 

 ナイフの様に鋭く尖った爪先を見ながら独りごちる。

 

「ッ!」

 

 キルアは掴まれた腕を振り解きながら、後方に跳躍する。

 私は逆らうことなく、その腕を開放してやった。

 

 表情を歪めながら、こちらを睨み付けるキルア。

 その頬に一筋の汗が伝い落ちる。

 

「どう? 降参する気になった?」

「……クッ! 誰が!!」

 

 キルアはギリッと歯噛みした。

 その表情には最早、当初のポーカーフェースは見られない。

 

 うーん、もう一押しかな?

 

 先の一瞬の攻防で、十二分に実力差を窺わせることができた。

 もっとも、それだけで、キルアの戦意を折るまでに至らなかったようだが……。

 

 ただ、それは最後のやせ我慢。あと一押しで、脆くも崩れ去る。

 だって、彼は主人公ではないのだから。

 

 

 私はキルアに向けて真っ直ぐに右腕を伸ばす。

 その掌から、悪意を込めてオーラを放出する。

 

 はい、そうです。イルミの真似です。

 

 うん。非念能力者の心を折るに、有効な手段だ。

 遠慮なく真似させてもらいましょう。

 

 

 その効果は、目に見えて現れ始めた。

 キルアの額からは、マラソンを終えたランナーの様に汗が滴り落ちている。

 全身の筋肉を強張らせ、棒立ちになっている。

 あれでは、先程のようにしなやかな動きは披露できないでしょう。

 俯かせた顔からは表情を窺えないが、苦痛に歪んでいるのは想像に難くない。

 

「どうするの?」

 

 言葉短く問い掛ける。

 その声に、キルアの体はビクッと跳ねる。

 空気が張り詰める。凍りついたような沈黙。そして――

 

「…………まいった」

 

 やがて、ポツリと絞り出すような声が漏れる。

 私はゆっくりと右腕を下ろした。

 

 ふふ、効果覿面ね。

 極寒の地で云々という、ウイングの喩も的を射たもの。

 そう、非念能力者では決して耐えることなど叶わないのだ。

 

 

 さて、予定通りスムーズかつ穏便に試合を終えれた。

 

 うん。良くやったぞ、私。

 偉い、偉い。ねえ、偉いでしょ? だから……。

 

 だからいい加減、そのドギツイ視線は止めてもらえませんかね? ブラコンさん。

 

 私はゲンナリしながら、溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 かくして、私のハンター試験合格が決定した。

 

 その後の流れは原作通り。

 イルミがキルアを威しつけ、降参させた。

 その後、レオリオとポドロの試合にキルアが乱入。ポドロを殺し、失格となった。

 

 

 そして現在、講習の最中に登場したゴンが、イルミに喧嘩を売り終わったところ。

 その講習も終了し、キルアを連れ出すと、ゴンが息まいている。

 

 でも残念、君がゾルディック家の屋敷に行くことはない。

 そう、達磨と化して、これからはベッドの上で無為な時間を過ごすのだから。

 

 たった一部屋。狭い狭い世界が、君の世界の全てになる。

 そこにワクワクする冒険などありはしない。

 

 あるのは、掛け値なしの絶望だけ。

 

 

 ホテルから出ていく三人の背中を見る。

 

 時は来た。さあ、君を呪ってあげましょう。

 

 


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