通されたのは畳が敷かれた和室。
正面に一人の老人が座っている。
――ネテロ。ハンター協会の会長であり、念能力者最強の一角。
「よく来たの。まあそこに座りなされ」
「失礼します」
「ほっほ、そう固くならんでよいよ」
私は曖昧に微笑むに留める。
そんな私に、ネテロは何かを言うでもなく、視線を手元の資料に落す。
おそらく、私に関する資料だろう。
暫く眺めていると、ようやく視線を上げて口を開く。
「389番、リンドウ。ふむ……。これからいくつか質問をするがいいかの?」
私は一つ頷いてみせる。
「ではまず、何故ハンターになりたいのかな?」
ふむ。原作通りの質問ね。取り敢えず無難な回答をしましょうか。
「ライセンス自体が目的です。色々と便利ですから」
「ふむ。ハンターそのものには興味ないと?」
「正直に言えば。……いけませんか?」
私が尋ね返すと、ネテロは首を振る。
「いや。お主に限らず、そういった受験者は少なくない。別に問題ないぞい。ただ、合格することになれば、ハンターとしての活動に興味を持ってくれれば有難いがの」
「そうですね。善処しましょう」
そんな心にもないことを口にする。
「是非そうしてもらいたいのう。ではお主以外の8人の中で一番注目しているのは?」
私以外の8人。
私とジ-クというイレギュラーが加わった試験だが、ハンゾーと私が入れ替わった以外では、最終試験の顔ぶれは変わっていない。
結局、最後まで勝ち上がってくる実力者は、早々変わらないということね。
さて、この質問は中々重要ね。
「……一番と言われれば難しいですね」
「そうかの? 別に複数でも構わんよ」
よしよし、回答の幅を広げることが出来た。
「そうですね……。まず、99番と407番。あの年であれだけできるなら、将来有望そうですね。後は……44番と301番。理由は言うまでもないですよね?」
「そうじゃの。ふむ……。では、今一番戦いたくないのは?」
「先程と同じく、99番、407番、44番、301番」
ネテロが、戦いたくないと言った相手を外してくるなら、それで問題無い。
逆に敢えてぶつけてくることも考えて、複数名の名前を挙げておいた。
これで、ピンポイントでゴンをぶつけられる可能性も減ったはず。
なるほどのうと、顎鬚をしごくネテロ。
「質問は以上でしょうか?」
「うむ。御苦労じゃった。下がって良いぞ」
「いいえ、大したことでは。それでは失礼します」
そう言って立ち上がる。踵を返そうとして――
「ああ。そうじゃ、もう一つだけ」
そんなネテロの言葉が、私を引き留める。
「……何でしょう?」
「うむ。実はな、四次試験でそれぞれの受験者に、協会の人間を監視員として付けていたのじゃが……」
「はあ」
「気付いておったかの?」
「いえ。念能力者である私に付けた監視員です。当然、『絶』を得手とする尾行のプロフェッショナルでしょう? 恥ずかしながら気付けませんでした」
私の言葉を受けて、顎鬚をしごくネテロ。
心なしか、その眼光が鋭くなったように感じる。
「ほう? そうか。いや確かに、尾行のプロッフェショナルじゃった。しかし、試験中に何者かに殺されてしまったのじゃ。317番の監視員共々のう」
「それでも私はやってない」
「……まだ何も言っとらんぞい」
鋭い眼光が若干和らぐ。そこには呆れの色があった。
こちらを見るその目は、いわゆるジト目というものだろうか?
あらあら、少しばかりフライングしてしまったかしら?
「いえ。どうしたわけか、そう不思議と、あらぬ嫌疑をかけられることが多くて。ついつい先回りしてしまいました」
「ほう。不思議とかね?」
「ええ。不思議と」
私は困ったように微笑む。
「……それは難儀じゃのう」
「本当に」
「……つまり何も知らんということじゃな? よう分かった。今度こそ下がって良いぞ」
「はい。失礼します」
私は軽く会釈すると、部屋を出ていく。
よし、勝った。
私は内心ガッツポーズを決め込んだのだった。
****
飛行船で飛ぶこと暫し。
私たち四次試験通過者は、ハンター協会の経営するホテルへと移動した。
そのホテルの一室が、最終試験の会場というわけだ。
発表された試験内容は、負け上がりトーナメント。
一勝すれば合格。負ければ、トーナメントを負け進み、最後まで負けた者、トーナメントの頂点になった一人が不合格者だ。
さて、重要なトーナメント表だが……。
原作通りとなった。ハンゾーの部分が、私に入れ替わった以外は。
「何……だと……?」
待って、待って! おかしい、おかしい!
どうしてそうなるわけ!?
印象値。ハンターとしての資質評価。
自分で言うのもなんだけど、私ってそんなに高くないよね?
正気!? ネテロは何を思ってこんな……。
普通駄目でしょう! 私のような危険人物を高評価しちゃ!
何の嫌がらせだと、ネテロを睨み付けるが……。
あのジジイ、こちらに見向きもしない。
平然と試験の説明を続けている。
「戦い方も単純明快、武器OK反則なし、相手に『まいった』と言わせれば勝ち! ただし、相手を死に至らしめた者は即失格! その時点で残りの者が合格、試験は終了じゃ、よいな」
いいえ、何も良くありませんのことよ。
内心テンパッている私を置いて、審判が前へ進み出る。
そうして、第1試合の選手をコールする。
「それでは最終試験を開始する!! 第1試合、リンドウ対ゴン!」
うへぇー。マジですか。マジですね。
私は渋々と前へと進み出る。
それとは対照的に、ゴンは目を爛々と輝かせている。
傍目から見ても、分かり易くやる気満々である。
四次試験後のやり取りがあったからねぇ。
それは、それは、やる気が漲っているのでしょうよ。
でも私は違う。
まだよ、まだなのよ。君とやり合うのは。
試験が終わって、このホテルを出た後。
その輝かしい門出の瞬間に、君を呪ってあげるわけ。分かる?
「……リンドウ。俺負けないよ。必ずリンドウに勝って見せる!!」
はい、全然分かっていませんね。
はあ。駄目だ。取り敢えず、この試合を何とかしましょう。
呪わずに、無難に試合を終わらせる。
さて、どうしましょうか……。
原作を見れば分かる通り、ゴンは強情だ。
彼に『まいった』と言わせるのは至難の業。ならば……。
「それでは、始め!!」
審判が試合開始を告げる。
私はその声と同時に、強く息を吸い込みながら踏み込んだ。
「まいったぁーーーー!!!!」
そう叫びながら、呆然としているゴンの顎を強く蹴りあげる。
そのまま後ろ向きに倒れたゴン。
試験会場であるホテルの一室は、しーんと静まりかえる。
ゴンは立ち上がらない。
「ふう。審判、私の負けですね」
「何じゃ、そりゃぁぁああああー!!」
レオリオが大声を上げた。煩いわね。
また、視界の隅では、ヒソカがくくくくと笑い声を零す。
笑うな、変態奇術師。
「何って、何よ?」
「いやいや、おかしいだろう!? 一体全体何のつもりだ!?」
「だって、この子、相当面倒臭そうなんですもの。絶対、『まいった』って言いそうにないわよ」
「むっ……」
レオリオと、その後ろに控えるクラピカが、どこか納得したような表情になる。
「う……。いや、それでもよぉ」
「私がどう試験に臨もうと、私の勝手よ。文句を言われる筋合いはないわ」
「……レオリオ、リンドウの言うことは正しい。ここは引こう」
そんなクラピカの言葉に、レオリオは渋々と引き下がっていく。
さて、何とかなった。
どうしたわけか、会場中から嫌な視線を向けられているが……。
最大の山場は去った。
私は安堵の吐息を深々と吐き出す。
「くっ! これで俺の相手はリンドウに決まったか……」
そんな呟きを私の耳が捉える。
私はまさかという心境で、恐る恐る声の発生源に視線を向ける。
特徴的な帽子。弓矢で武装した小柄な男。
おう、神は死んだ。
次はあなたですか、ポックルさん。
私は内心で頭を抱え込んだのだった。