恐怖に顔を歪めながら見上げて来る、黒服を纏った達磨さん。
私はその表情を見下ろしながら、片足を上げる。
そして、『硬』を行使して、足に全オーラを乗せると、勢い良く踏み下ろした。
ぐちゃりという音。ブーツを赤い血が汚した。
「ふふん♪ 首なし達磨、なんつって」
機嫌良く、そんな言葉を口ずさむ。
今顔を踏み潰した達磨さんは、ジ-ク付きの監視員だ。
彼は、先程のジ-クと私の戦闘を観察していた。
固有の念能力である『発』は、その情報が他者に知られるのは面白くない。
戦う上で、敵の能力が未知であるのと、既知であるのでは大きく違う。
既知であるなら、入念に対策を練ることが出来るからね。
つまり、自身の能力を知る人間は、少ないに越したことは無い。
だから、首なし達磨を製造したのだ。
……なんていうのは唯の建前。
本当は、人の目の無いこの試験で、存分に呪いを振り撒きたいだけ。
ああ、後、単純に覗き見されるのがイラッとしたということもある。
うん? なら、自分に付いた監視員はどうしたか?
当然殺りましたが、何か?
ジ-クとやり合う前に、真っ先に頭を潰してやったわ。
ホント、女の子をストーカーするなんて、万死に値する罪よね。
さて、感情の赴くままにやらかした後に、ふと冷静になる。
そんなことって、誰にでもあると思う。
ハンター協会の人員を二人も殺っちゃった……。
はてさて、どうしたものやら。どうしよう?
うーん、怒られてしまうかしらね? やっぱり怒られるよね。
……でも、私が殺ったって証拠はない。白を切り通そうか?
よし! その為にもまず、現在の状況を整理しよう。
私の監視員とジ-クの監視員が死亡。
ジ-クは再起不能。プレートは奪われている。
一方、私はピンピンしている。更に、ジ-クのプレートを所持。
おう、状況証拠は真っ黒だ。なんてこったい!
いや待て! まだ慌てるような時間じゃない!
そう、疑わしきは罰せずと言う。
白を切り通せば、大丈夫さ。
合言葉は、それでも私はやってない。これに決まりだ。
うん、なるようになるさ、ケセラセラ。
きっと、恐らく、メイビー、大丈夫に違いない。
さあ、気持ちを切り替えましょう。
現在、私は317番と、389番のプレートを所持している。
保有点数は、4点。合格の為に、後2点が必要ね。
ターゲットは不明。なら、後二人、適当に狩るとしましょう。
……これ以上、協会員を殺らないよう、暫く達磨地獄は封印するか。
そう決めると、『円』を行使する。
その半径は、40メートルほど。これが今の私の限界。
この『円』を展開したまま森の中を走り回れば、次の獲物も見つかるでしょう。
さあ、行きましょう。
地面を強く蹴る。飛ぶような速さで木々の中を縫うように駆ける。……っと。
早速、一人見っけ。
ほぼ直角に、進行方向を転回する。
そして『円』で感知した人物の目の前へ……!
「なっ!? お、お前は!」
その人物は驚愕の声を上げながらも、こちらに弓矢を放つ。
私は首を捻ることで、飛んできた矢を避けた。
そうして足を止めると、目の前の人物をまじまじと観察する。
特徴的な帽子。弓矢で武装した小柄な男。
ポックルさん! ポックルさんじゃないか!
あの、『あっ、あっ、あっ、あっ』のポックルさんじゃないですか!
ダメだ! 私に貴方を襲えない!
だって、NTRはいけないと思うの。
そう、ポックルさんはピトーのものだもの!
だって、『あっ、あっ、あっ、あっ』よ! 『あっ、あっ、あっ、あっ』!
ダメだ、ダメダメ。手を出しちゃダメよ、リンドウ!
私は涙を飲んで堪える。
そして、こちらを警戒の眼差しで見る彼に声をかけた。
「私はもう6点分のプレートを持っています。退くなら、追いかけませんよ」
「くっ!」
そんな虚言を弄してまで、ポックルさんとの戦闘を避けようと努める。
ポックルさんは、悔しげに表情を歪めながらも、大人しく退き下がる。
私は黙って見送った。
ピトーと、末短くお幸せに。そんな祝福の言葉を内心贈る。
うーん、失敗、失敗。次の標的を……うん?
ひらひらと、蝶が数匹飛んでくる。
確か、好血蝶といったかしら?
動物の血を吸う習性を持った蝶。血に吸い寄せられてくる生き物だ。
二匹が、黒服達磨を潰したブーツへと。
それと一匹が、私の頬へと飛んでくる。
ん、何で頬に? ……ああ、思いだした。
ジ-クの念剣が掠めていったのよね。それで血液が付着したままなのか。
私は服の袖で頬を拭う。うん、これでよし!
拭い取った血の下から、美しく滑らかな白肌が露わになった筈。
さあ、次の獲物を探しましょう。
****
四次試験終了のアナウンスが流れた。
私は奪ったプレート3枚を手の中で弄びながら、浜辺へと向かう。
その番号は、198番、294番、317番。
狩ったのはジークと、もう一人。
ズバリ、忍ばない忍者、ハンゾーである。
私がハンゾーと遭遇した時点で、彼は自身ともう一人分のプレートを所持していた。
それを奪い、自分のプレート含め4枚を確保。合計6点と、合格ラインを達成したわけある。
ちなみにハンゾーをどうしたかというと、別に殺してはいない。
達磨にも変えていない。
それまでの戦闘で、既に満足していたので、寛容な対応をして上げましたとも。
人間、心に余裕があれば、他人に優しくなれるものである。
もっとも、私のゴン君の腕をへし折るような、躾のなってない両腕は叩き折ってやったわけですが。
え? まだゴンの腕を折ってない? ふふ、知りませーん。
まあともかく、ハンゾーは死んでない。
ただ、代わりに全身から湯気のようなものを立ち上らせてはいたけども……。
それも、私は知りませんとも。
きっと、ジャポンの忍者は、人間湯沸かし器の術でも使えるのでしょう。
忍者怖い、忍者怖い。
「あっ!」
そんな声が、浜辺に付いた私を出迎えた。
声の主は、他ならぬゴンである。
「どうかしたの? 確か……ゴン、だったわね」
「うん。……リンドウも合格したんだね」
おや? どうも様子がおかしいわね。
ゴンが何やら難しい顔つきをしている。
「ええ。見ての通り、3枚プレートを確保してね」
私は内心首を捻りながらも、3枚のプレートをゴンに見せる。
「……317番。やっぱり」
うん? どういう意味かしら? ゴンとジークに接点は無かった筈だけど……。
「317番がどうかしたかしら?」
「四次試験が始まって、リンドウが出発した直後に、317番、ジークが俺に話し掛けてきたんだ」
「へえ……」
何だ? 何を話したのかしら? あのお馬鹿さんは。
「俺は今からリンドウに挑むって。四次試験が終わって、俺じゃなくリンドウが現れたら、俺は殺されてる。その時は、リンドウに気を付けろ。リンドウは君を狙うだろうからって、そう言ったんだ」
「……………………」
「リンドウは、ジークを殺したの?」
真っ直ぐこちらの目を見詰めながら、問い掛けてくるゴン。
私は首を左右に振った。
「いいえ。
「そっか。よく分からないけれど、殺す以上のことをしたんだね」
うーん、どうして分かるかなぁ。
私の言葉尻で判断した?
それとも、野生の勘? なら、最早エスパークラスの勘なんですけど。
「……だとしたら?」
「どうもしないよ。……ジークのことは仕方ない。ジークの方から戦いを挑んだんだ。返り討ちに合うことだってあると思う。だけど……」
「だけど?」
「もしリンドウが、俺や、俺の周りの人間を傷つけるっていうのなら、全力で戦うよ。絶対、そんなことさせない!」
「そう」
意思の籠った瞳で、こちらを真っ直ぐ見据えるゴン。
あれだけ野生の勘が働くのだ。彼我の実力差に気付けぬ筈もないのに。
……これが、物語の主人公か。
不屈の精神。決してめげず、逃げず、諦めない。それが主人公。
そんな様を見ていると、胸の内からどす黒い感情が湧き上がる。
不屈の精神? そんなもの、ゴンがまだ本当の絶望を知らないからよ!
ギリッと、歯噛みする。
そうよ、私と同じ絶望を知れば、その光は失われる。
誰だって、そうなるはず。そうでなければならない。例外は無い。
その瞳は黒く濁り、その口は世界への怨嗟を吐き出す。
いずれ、呪いそのものに成り果てる!
そうだ! そうでなければ私は……!
拳を強く握り締める。
そうすることで、ゴンの右腕へと伸びそうになる自身の腕を抑えた。
まだだ。まだよ。ゴンを呪うのは、ここじゃない。
「……やって見せなさいな、できるものならね」
ボソリと呟くと、ゴンとすれ違うように前へと歩を進めた。
背中にゴンの視線を感じる。
ああ、胸の中を黒い炎に焼かれるような心地だ。
心がどうしようもないほどに掻き乱される。
その時の私は、明らかに冷静さを欠いていた。だからだろうか?
気付けなかった。
遠目に私たちの遣り取りを観察していた、道化師の存在に。
リンドウは、ピトー×ポックル推し。