達磨少女は世界を呪う   作:佐倉 文

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6話

 恐怖に顔を歪めながら見上げて来る、黒服を纏った達磨さん。

 私はその表情を見下ろしながら、片足を上げる。

 

 そして、『硬』を行使して、足に全オーラを乗せると、勢い良く踏み下ろした。

 ぐちゃりという音。ブーツを赤い血が汚した。

 

「ふふん♪ 首なし達磨、なんつって」

 

 機嫌良く、そんな言葉を口ずさむ。

 

 今顔を踏み潰した達磨さんは、ジ-ク付きの監視員だ。

 彼は、先程のジ-クと私の戦闘を観察していた。

 

 固有の念能力である『発』は、その情報が他者に知られるのは面白くない。

 戦う上で、敵の能力が未知であるのと、既知であるのでは大きく違う。

 既知であるなら、入念に対策を練ることが出来るからね。

 

 つまり、自身の能力を知る人間は、少ないに越したことは無い。

 だから、首なし達磨を製造したのだ。

 

 ……なんていうのは唯の建前。

 本当は、人の目の無いこの試験で、存分に呪いを振り撒きたいだけ。

 

 ああ、後、単純に覗き見されるのがイラッとしたということもある。

 うん? なら、自分に付いた監視員はどうしたか?

 

 当然殺りましたが、何か?

 ジ-クとやり合う前に、真っ先に頭を潰してやったわ。

 ホント、女の子をストーカーするなんて、万死に値する罪よね。

 

 

 さて、感情の赴くままにやらかした後に、ふと冷静になる。

 そんなことって、誰にでもあると思う。

 

 ハンター協会の人員を二人も殺っちゃった……。

 

 はてさて、どうしたものやら。どうしよう?

 うーん、怒られてしまうかしらね? やっぱり怒られるよね。

 

 ……でも、私が殺ったって証拠はない。白を切り通そうか?

 よし! その為にもまず、現在の状況を整理しよう。

 

 私の監視員とジ-クの監視員が死亡。

 ジ-クは再起不能。プレートは奪われている。

 一方、私はピンピンしている。更に、ジ-クのプレートを所持。

 おう、状況証拠は真っ黒だ。なんてこったい!

 

 いや待て! まだ慌てるような時間じゃない!

 そう、疑わしきは罰せずと言う。

 白を切り通せば、大丈夫さ。

 合言葉は、それでも私はやってない。これに決まりだ。

 

 うん、なるようになるさ、ケセラセラ。

 きっと、恐らく、メイビー、大丈夫に違いない。

 さあ、気持ちを切り替えましょう。

 

 

 現在、私は317番と、389番のプレートを所持している。

 保有点数は、4点。合格の為に、後2点が必要ね。

 

 ターゲットは不明。なら、後二人、適当に狩るとしましょう。

 

 ……これ以上、協会員を殺らないよう、暫く達磨地獄は封印するか。

 そう決めると、『円』を行使する。

 

 その半径は、40メートルほど。これが今の私の限界。

 この『円』を展開したまま森の中を走り回れば、次の獲物も見つかるでしょう。

 

 さあ、行きましょう。

 

 地面を強く蹴る。飛ぶような速さで木々の中を縫うように駆ける。……っと。

 早速、一人見っけ。

 

 ほぼ直角に、進行方向を転回する。

 そして『円』で感知した人物の目の前へ……!

 

「なっ!? お、お前は!」

 

 その人物は驚愕の声を上げながらも、こちらに弓矢を放つ。

 私は首を捻ることで、飛んできた矢を避けた。

 そうして足を止めると、目の前の人物をまじまじと観察する。

 

 特徴的な帽子。弓矢で武装した小柄な男。

 ポックルさん! ポックルさんじゃないか!

 あの、『あっ、あっ、あっ、あっ』のポックルさんじゃないですか!

 

 ダメだ! 私に貴方を襲えない!

 

 だって、NTRはいけないと思うの。

 そう、ポックルさんはピトーのものだもの!

 

 だって、『あっ、あっ、あっ、あっ』よ! 『あっ、あっ、あっ、あっ』!

 

 ダメだ、ダメダメ。手を出しちゃダメよ、リンドウ!

 

 私は涙を飲んで堪える。

 そして、こちらを警戒の眼差しで見る彼に声をかけた。

 

「私はもう6点分のプレートを持っています。退くなら、追いかけませんよ」

「くっ!」

 

 そんな虚言を弄してまで、ポックルさんとの戦闘を避けようと努める。

 ポックルさんは、悔しげに表情を歪めながらも、大人しく退き下がる。

 私は黙って見送った。

 

 ピトーと、末短くお幸せに。そんな祝福の言葉を内心贈る。

 

 うーん、失敗、失敗。次の標的を……うん?

 

 ひらひらと、蝶が数匹飛んでくる。

 

 確か、好血蝶といったかしら?

 動物の血を吸う習性を持った蝶。血に吸い寄せられてくる生き物だ。

 

 二匹が、黒服達磨を潰したブーツへと。

 それと一匹が、私の頬へと飛んでくる。

 

 ん、何で頬に? ……ああ、思いだした。

 ジ-クの念剣が掠めていったのよね。それで血液が付着したままなのか。

 

 私は服の袖で頬を拭う。うん、これでよし!

 拭い取った血の下から、美しく滑らかな白肌が露わになった筈。

 

 

 さあ、次の獲物を探しましょう。

 

 

****

 

 

 四次試験終了のアナウンスが流れた。

 

 私は奪ったプレート3枚を手の中で弄びながら、浜辺へと向かう。

 その番号は、198番、294番、317番。

 

 狩ったのはジークと、もう一人。

 ズバリ、忍ばない忍者、ハンゾーである。

 

 私がハンゾーと遭遇した時点で、彼は自身ともう一人分のプレートを所持していた。

 それを奪い、自分のプレート含め4枚を確保。合計6点と、合格ラインを達成したわけある。

 

 ちなみにハンゾーをどうしたかというと、別に殺してはいない。

 達磨にも変えていない。

 

 それまでの戦闘で、既に満足していたので、寛容な対応をして上げましたとも。

 人間、心に余裕があれば、他人に優しくなれるものである。

 

 もっとも、私のゴン君の腕をへし折るような、躾のなってない両腕は叩き折ってやったわけですが。

 

 え? まだゴンの腕を折ってない? ふふ、知りませーん。

 

 まあともかく、ハンゾーは死んでない。

 ただ、代わりに全身から湯気のようなものを立ち上らせてはいたけども……。

 それも、私は知りませんとも。

 

 きっと、ジャポンの忍者は、人間湯沸かし器の術でも使えるのでしょう。

 忍者怖い、忍者怖い。

 

 

「あっ!」

 

 そんな声が、浜辺に付いた私を出迎えた。

 声の主は、他ならぬゴンである。

 

「どうかしたの? 確か……ゴン、だったわね」

「うん。……リンドウも合格したんだね」

 

 おや? どうも様子がおかしいわね。

 ゴンが何やら難しい顔つきをしている。

 

「ええ。見ての通り、3枚プレートを確保してね」

 

 私は内心首を捻りながらも、3枚のプレートをゴンに見せる。

 

「……317番。やっぱり」

 

 うん? どういう意味かしら? ゴンとジークに接点は無かった筈だけど……。

 

「317番がどうかしたかしら?」

「四次試験が始まって、リンドウが出発した直後に、317番、ジークが俺に話し掛けてきたんだ」

「へえ……」

 

 何だ? 何を話したのかしら? あのお馬鹿さんは。

 

「俺は今からリンドウに挑むって。四次試験が終わって、俺じゃなくリンドウが現れたら、俺は殺されてる。その時は、リンドウに気を付けろ。リンドウは君を狙うだろうからって、そう言ったんだ」

「……………………」

「リンドウは、ジークを殺したの?」

 

 真っ直ぐこちらの目を見詰めながら、問い掛けてくるゴン。

 私は首を左右に振った。

 

「いいえ。殺してはいないわ(・・・・・・・・)

「そっか。よく分からないけれど、殺す以上のことをしたんだね」

 

 うーん、どうして分かるかなぁ。

 私の言葉尻で判断した?

 それとも、野生の勘? なら、最早エスパークラスの勘なんですけど。

 

「……だとしたら?」

「どうもしないよ。……ジークのことは仕方ない。ジークの方から戦いを挑んだんだ。返り討ちに合うことだってあると思う。だけど……」

「だけど?」

「もしリンドウが、俺や、俺の周りの人間を傷つけるっていうのなら、全力で戦うよ。絶対、そんなことさせない!」

「そう」

 

 意思の籠った瞳で、こちらを真っ直ぐ見据えるゴン。

 あれだけ野生の勘が働くのだ。彼我の実力差に気付けぬ筈もないのに。

 

 ……これが、物語の主人公か。

 不屈の精神。決してめげず、逃げず、諦めない。それが主人公。

 

 そんな様を見ていると、胸の内からどす黒い感情が湧き上がる。

 

 不屈の精神? そんなもの、ゴンがまだ本当の絶望を知らないからよ!

 

 ギリッと、歯噛みする。

 

 そうよ、私と同じ絶望を知れば、その光は失われる。

 誰だって、そうなるはず。そうでなければならない。例外は無い。

 

 その瞳は黒く濁り、その口は世界への怨嗟を吐き出す。

 いずれ、呪いそのものに成り果てる!

 

 そうだ! そうでなければ私は……!

 

 拳を強く握り締める。

 そうすることで、ゴンの右腕へと伸びそうになる自身の腕を抑えた。

 

 まだだ。まだよ。ゴンを呪うのは、ここじゃない。

 

「……やって見せなさいな、できるものならね」

 

 ボソリと呟くと、ゴンとすれ違うように前へと歩を進めた。

 背中にゴンの視線を感じる。

 

 ああ、胸の中を黒い炎に焼かれるような心地だ。

 

 心がどうしようもないほどに掻き乱される。

 

 

 

 その時の私は、明らかに冷静さを欠いていた。だからだろうか?

 

 気付けなかった。

 遠目に私たちの遣り取りを観察していた、道化師の存在に。

 




 リンドウは、ピトー×ポックル推し。

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