ひっそりとした森の中、一人佇みながら先程引いたくじを見る。
――281番。誰よ、これ?
ハア、てんで見当がつかないわね。
ま、どうでもいいか。
私はポイッと、木々の中へと、そのくじを放り投げた。
ここはゼビル島という無人島。四次試験の会場だ。
ここでは、受検者たちは狩る者であり、狩られる者でもある。
ようは、プレートの奪い合いというわけね。
自分のプレートが3点、くじで引いたターゲットのプレートも3点、それ以外のプレートが1点。
試験終了時に、合計6点分のプレートを所持していれば合格である。
先程放り投げたのが、私が試験前に引いたくじ。
そこに記されている番号が、私のターゲットの番号なわけだが……。
全く以って心当たりがない。
ただまあ、然程の問題でもないでしょう。
既に317番を狩ることは決まっている。それで1点。
後、ターゲット一人狩るのも、それ以外を二人狩るのも、大した違いはない。
むしろ、ターゲットを探す手間が無い分、無造作に二人狩った方が楽だと思う。
うん。ということで、今重要なのは317番の彼。
私と同じイレギュラーたる青年。
オーラの流れから、それなりに鍛えていると見える。
少なくとも、三次試験の試練官よりも手強いでしょう。
そうでなくても、私と同じイレギュラーなんて、レアな獲物だ。
否応なしに期待が高まる。
彼は何を思って、ハンター試験に挑んだのか?
その意志の籠った目を見るだけで、単なる物見遊山ではないと察せられる。
彼は確かな信念を持って、ここに来た。それは間違いない。
ああ、ならば私がすることは一つだけだ。
彼の思いを、信念を、全て台無しにしてやるのだ。
呪ってやろう。私の念能力で。彼に絶望を与えてやる。
その時の彼の表情を想像するだけで……!
私は口の端を吊り上げた。声もなく哂い続けたのだった。
「見つけたよ。リンドウ、でよかったのかな?」
森の木々の陰から現れた男。317番の彼が、そんな声をかけて来る。
「ええ。リンドウです。そういう貴方の名前は?」
「ああ、すまない。俺はジ-クだ」
「そう。で、そのジ-クさんが何の用です?」
まあ、聞かなくても、凡その見当はついているが。
「……まず、君に聞きたいことがある。答えてくれるか?」
「何でしょう?」
「君は俺と同じ転生者だな? 何故今期のハンター試験に? ……いや、迂遠な問いは止めにしよう。君はゴンに危害を加える気があるのか?」
転生者……なるほど、転生者か。そういうこともあるのね。
私は目の前の転生者、ジ-クの問い掛けに笑みを浮かべる。
「答えはイエス。貴方の想像通り、私はゴンを狙っています」
私の返事に、ジ-クは拳を握り締める。
「何故だ? 何故、そんな……。君は、ゴンがいなくなれば、この世界が大変なことになるのが分からないのか? キメラアントだ! 未曾有のバイオハザードになるぞ!!」
ああ、キメラアント。成程、それがあったか。
つまり、ジ-ク、彼がゴンを守る動機は、バイオハザードの回避、人類全体を守る為というわけだ。
ハハ、大層ご立派なことだ。
しかし、説得の仕方を間違えたわね。
全ての人類が絶望の内に死んでいくのなら、そんな嬉しいことは他にない。
余計やる気が出るというもの。
ああでも……。虫けらに人類が負けるというのも業腹ね。
特に、あの蟻の王様。あの鼻っ柱を盛大に圧し折ってやりたい気分だわ。
その辺は、検討の余地ありね。
ただまあ、ゴンを標的にすることを止めることはありえないけれど。
「……何を笑う?」
「いえ。虫けらのことは……そうね、気が向いたら、私がゴンの代わりになりましょう。そう、舞台からドロップアウトする彼の代わりに」
「お前……!」
ジ-クが体を震わせる。そのオーラが迸った。
握り締めていた両手を解く。そうして手刀の形を作る。
ボッと、両腕に纏うオーラが1メートルほど伸びる。
そして、まるで刀身の様な形状へと変化していく。
「最早問答はいらない。お前をこの『断罪の剣(エクスキューショナーソード)』で裁く!」
ふーん、オーラを刃状の性質に変化させたのか。それにしても……。
名前といい、形状といい、まんまアレだ。ほら、ネギまの。
うわー、引くわー。こやつ、真正のロリコンだったか。
まあ、能力の着想は置いておいて……。
ふむ、トリッキーな能力ではなく、シンプルな能力だ。
まさか、本物のように、物質を強制的に気体へと相転移させる能力というわけではないでしょうし。
少なくとも、初見殺しの能力ではなさそう。
もっとも、油断していい能力でもない。
確かにシンプルな能力。だが、だからこそ、弱点らしい弱点もない。
「いくぞ!!」
両腕にオーラで象った刀身を纏わせたまま、ジ-クが駆け出す。
取り敢えずは様子見かしら?
あの念剣の切れ味は分からないけれど……。
対処法として、あの念剣は防御ではなく、回避した方がよさそうね。
一旦距離を取るため後方に跳んで……ッ!
ジ-クが距離を詰め切る前に、その右腕を横一文字に振り抜いた。
私は体勢を低くし、頭を下げる。
その直上、念剣が空を切り裂いていった。
髪の毛が二、三本斬り飛ばされ、空へと舞う。
私は足を止めぬまま、ジ-クを視界に捉える。
一瞬の内に、右手の念剣は、元の長さへと戻っていた。
なるほど。念剣の刀身は、伸縮自在、そういうことね。
さてさて、ではその長さに限界は?
私は更にジ-クから距離を取る。
仮に刀身の長さが無制限だったとしても、切れ味は落ちる。
刀身が伸びれば、オーラの密度が薄くなるから、それは間違いない。
ジ-クの動きを注視しながら動き回る。
今度は右腕を大上段に振り上げた。……くる!
私は大木の後ろに回り込むように動く。
そして、袈裟切りに振るわれる念剣の軌道から外れる位置に体をずらす。
音もなく念剣は大木を切り裂いた。
何ら抵抗感を見せることなく。まるで空を切るよう自然に。
ドシーンと、地響きを立てながら木が倒れる。
彼我の距離は、目算15メートルばかし。
にもかかわらず、この切れ味とは……。
「ああ。お前の考えは分かるよ。刀身が伸びれば、切れ味が落ちる。それを期待したんだろう? それは正しい。だけど、元の切れ味が段違いなら、多少落ちたところで、どうということもない」
ジ-クが自らの能力を誇るように言う。
「……ふーん、その切れ味、どうやって実現しているのかしら?」
「気になるかい?」
「少しね。ただ、ある程度の予想はつくけど」
「へえ?」
「誓約と制約でしょ? そしてその内容は、念能力の名前から推測できるわね」
私の指摘に、ジ-クは感心したような表情を浮かべる。
「……正解だ。この能力は、お前のような転生者、この世界を危機に曝す、人類に対する絶対悪と戦う時にのみ振るわれる。それが、俺が自身に課した制約だ」
「へー、それは、それは……」
御大層な制約ね。馬鹿だわ、こいつ。弱点を見つけた。
私はニヤリと嗤う。
ふー、取り敢えず、距離を取っても意味が無いなら、詰めましょう。
こちらから一気に距離を詰めていく。
「くっ!」
ジ-クはその両腕を振るって、近づいてくる私を迎撃する。
かわす、かわす、かわす。
かわしながら、彼我の距離を詰めていく。不思議と掠りもしない。
難なくかわしていける。ああ、やっぱり……。
なんとなく、戦い始めた時にも気付いていた。
ジ-ク、彼は洗練されたオーラの持ち主だ。動きも悪くない。
念能力も、身体能力も、相当鍛えたと窺える。
だが、にもかかわらず、何処かぎこちなさが目立った。
恐らく、対人戦闘の経験が少ないのだ。
そして、先程話した、能力にかけた制約。
実戦で、あの念剣を用いたのは今回が初めてに違いない。
だから粗が目立つ。動きに無駄が多い。避けるのは難しくない!
「くそ! くそ! どうして当たらない!?」
立場が逆転した。
距離を詰める私と、後退しながら無茶苦茶に両腕を振るうジ-ク。
勿論、そんな鬼ごっこが長続きするわけもない。
じりじりと彼我の距離は近づく。ついに一足一刀の間合いに!
「くそが!」
振るわれる左腕。
念剣が私の頬を掠めていった。鮮血が舞う。
さすがにこの距離では、完全に避けることはできない。だが……!
ついに、ゼロ距離まで詰めた!
「死ねよ! 死ね!」
大上段から真っ直ぐ振り下ろされるジ-クの右腕。
私はその腕を、左手で受け止めた。ハハ、掴まえた!
離さないよう強く握り締める。そして呪歌を紡いだ。
「だーるまさんがこーろんだ♪」
――『達磨地獄(ヘリッシュテトラプレジア)』!
黒い、黒いオーラが、ジ-クの右腕に纏わり付く。
「――? あ? うわぁぁああああ!?」
だらんとぶら下がるジ-クの右腕。
ふふ、どうかしら、その喪失感は?
私はニヤニヤと嗤いながら、驚愕に染まるジ-クの顔を眺める。
それは単純に力が入らないだけではない。
一切の感覚を失った筈だ。痛みや温度、触角の全てを喪失した筈だ。
私はその喪失感を知っている。誰よりも知っている。
どう? 耐え難いでしょう?
引き攣ったジ-クの顔を眺めながら嘲る。
だけど、まだよ。まだ終わらない。達磨はまだ完成していない。
さあ、私が呪ってあげましょう!
「く、来るなぁぁああ!!」
じりじりと、後ずさりしながら残った左腕を振るうジ-ク。
私は難なくかわして、その左腕を掴む。そして、再度呪歌を紡ぐ。
「だーるまさんがこーろんだ♪」
能力を発動。そして一拍置いて……。
「ああ、ああああああ!!」
ジ-クの悲鳴が上がる。
両腕をだらんとぶら下げて、泣き出さんばかりの表情を浮かべるジ-ク。
ああ、なんて……!
その表情を見ているだけで、全身が火照るようだ。
胸の内が歓喜に震える。
「嫌だ……。もう嫌だ!!」
踵を返して逃げ出すジ-ク。
私は気持ちゆっくりと走りながら、そんな彼を追走する。
さあ、さあ、逃げろ、逃げろ。
逃げるジ-クのスピードは余りに遅い。
当然よ。だって、走る時に両腕を振らない馬鹿はいないでしょう?
だらんとぶら下がった両腕は重荷以外の何物でもない。
スピードが出ないのは当然だった。
私はそんなジ-クを弄ぶように追いかける。
まだ、時間制限には余裕がある。
だから……。あは♪ もう少し楽しみましょう! ねえ?
追走すること一分ばかり。
哀れジ-クは、木の根に躓き盛大に転ぶ。
私は走るのを止めると、一歩一歩、彼に近づく。
「ああ……。来るな……。来るなぁぁああああ!!」
立ち上がるや、右足で上段蹴りを放つジ-ク。
あら、なんて都合の良い。
パシンと音を立てて、その足を掌で受け止める。そして呪歌を。
「だーるまさんがこーろんだ♪」
三度能力を発動する。これで後は左足だけ……。
「あ、ああ、ああああ……。……うわ!?」
私がジ-クの右足を離すと、彼は無様に地面へと倒れ込んだ。
その足元に歩み寄る。
そして屈みこむと、ジ-クの左足を掴んだ。四度目の呪歌が紡がれる。
「だーるまさんがこーろんだ♪」
私の能力、『達磨地獄(ヘリッシュテトラプレジア)』が発動する。
さあ、これで達磨が完成した。
私は立ち上がると、哀れな達磨さんの顔を見下ろす。
「あは♪」
言いようのない快感に体が震える。思わず内股になってしまった。
見下ろした達磨さんの表情は、汗と涙と鼻水で濡れている!
さらに、これでもかと顔を歪めて、恐怖を如実に表している!
ああ……。いい。いいわ! 何度見下ろしても、この表情は堪らない!
きっと、今の私の顔は、歓喜の余り酷いモノになっている。
でも、それすらも気にならない。
そんなこと、この歓喜に比べれば……!
「お、俺を殺すのか、リンドウ?」
その謎の問い掛けに、正気に戻る。
パチクリと目を瞬いた。
どうして殺されると思ったの? お馬鹿さんね、この達磨さんは。
死は時に安息になりえる。そんな簡単に解放して上げないわよ?
「殺さないわ。貴方は何も為せず、何者にもなれず、ただ無意味な時間を垂れ流すのよ。いつ終わるとも知れぬ絶望の中でね」
達磨さんの未来を親切に教えて上げると、そのプレートを奪い取る。
私は達磨さんから離れると、振り返りもせず歩き出す。
もうアレに興味は無い。
だって、アレに救いは存在しないもの。
私が呪歌を四度紡ぎ、完成させた達磨は、二度と体の自由を取り戻せない。
可能性だけを言うならば除念があるが……。
除念もノーリスクじゃない。
除念対象の念が強力であるほど、そのリスクは高まる。
そして私の念は、呪いは、強力で、凶悪よ。
きっと、このどす黒いオーラ、死者の念が原因だろう。ふふふ……。
確か、ハンター教会に専属の除念師が一人いたかしら?
でも、除念するとは思えない。
達磨さんに、命の危機があるというならまだしも、そうでもないのに、そんなハイリスクな依頼を引き受けるものか。
協会の人間も無理強いはできないでしょうよ。
ふふ、中々楽しめたわね。
レアな獲物とはいえ、あんな三下でこれなら、ゴン相手ならどれほどかしら?
「ああ……。楽しみよ、本当に楽しみだわ」
待っていてね、ゴン。
私があなたのことを呪ってあげる。達磨に変えてあげるから……!
私はじきに訪れるであろう未来に、胸を震わせたのだった。
断罪の剣(エクスキューショナーソード)
ジークの能力。オーラを刃状の性質に変化させる。
伸縮自在の念剣。誓約と制約で切れ味を極限まで高めている。
誓約と制約
①ジ-クが絶対の人類悪と断ずる者にのみ使用可能。
達磨地獄(ヘリッシュテトラプレジア)
リンドウの能力。
対象となる四肢のいずれかに触れながら、「だるまさんがころんだ」と唱えることで発動。
対象となった四肢の身体機能を停止させる。
誓約と制約
①停止させる部位を触れたまま、「だるまさんがころんだ」と宣言することで能力が発動。
②身体機能を停止できるのは両腕両足のみ。
③停止させる順番は、必ず右腕、左腕、右足、左足の順でなければならない。
④四肢全ての身体機能を停止させることで、能力の効果を永続化。ただし逆に、10分以内に四肢全てを停止できねば、呪い返しが発動。10分間、それまで機能を停止させた身体部位と対応する自身の身体部位の機能が停止する。