達磨少女は世界を呪う   作:佐倉 文

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4話

 ――転生。死んで、生まれ変わること。

 信じ難いことに俺はこの転生を経験した。それも漫画の世界に。

 他人に話せば、頭の病気を疑われかねないが、本当のことだ。

 

 俺が転生したのは、前世で好きだった漫画、『HUNTER×HUNTER』。

 

 別に神様に会うとか、トラックに轢かれるなんてこともなく。

 普通に死んだ後に、何の脈絡もなく転生を果たした。

 

 当初は、大いに混乱したものだったが……。

 だが、どんなに頭を悩ませたところで、自分が転生した理由なんて分からない。

 偶々幸運に恵まれたのだと、そう飲み込むことにした。

 

 それからは、転生とか漫画の世界とか、特に気にせず普通に暮らした。

 まあ、念の修行だけはしたけどな。

 

 何せ、念能力は覚えていて損はない。むしろ得ばかりあるといってよい。

 それに俺も男だ。そういったモノに、多少の憧れもある。

 

 ただ、一般の家庭に生まれた俺に、念能力者の知り合いなど当然いない。

 だから、独学での修行となった。

 

 もっとも、前世で原作を読み込んだので、ある程度の知識はある。

 独学と言っても、それほど見当違いな修行をしていたということもあるまい。

 

 最初は座禅しながらの瞑想だ。

 念を自然に起こしたのは、かなりガキの頃。

 

 今世の母親は、ジークは大人しい子ね。手間がかからなくていいわ。

 なんて、呑気なこと言っていたっけ。

 

 今思えば、小さなガキが瞑想なんて、不気味がっても可笑しくないのに。

 のほほんとした親を持ったのは、幸運なことだった。

 

 そうやって密かに念能力を身に付けた俺だが、特に目的もなく、暫く漫然と過ごした。

 そう、ある可能性に思い至るまでは。

 

 

 

 ある日のことだ。

 ハンター試験の話を聞いた。今年は281期の試験なのだと。

 

 それを聞き、原作まであと6年か。

 もし、俺以外に転生者がいれば、287期のハンター試験は、転生者がこぞって参加するだろうな。なんて、そんな感想を持った。

 そして、その直後に、ぞっとする可能性に思い至ったのだ。

 

 

 何故、転生者が自分一人だと思い込んでいたのか?

 いるんじゃないか? 俺以外の転生者が……。

 

 そう、いてもおかしくない。むしろ、そう考えた方が自然ではないか?

 とにかく、転生者が俺以外にいたと仮定しよう。

 

 原作に介入しようとする輩は、一体どれほど現れる?

 

 ゴンたち主人公が好きだ。彼らと冒険をしたい。彼らの力になりたい。

 そんな転生者ならいい。

 

 だが、全く逆の目的でゴンたちに近づく転生者がいないと、どうして断言できる?

 そう、悪意を持ってゴンたちに近づく転生者。

 

 マズイ。それはマズイ。

 

 この世界は漫画の世界だけあって、人類規模の危機が平気で存在する。

 そう、キメラアントだ。

 

 ゴンたちにもしものことがあれば、この世界は一体どうなる?

 それを思うと、恐怖に震えそうになる。

 

 この世界で普通に生まれ育った俺には、もうこの世界が架空の世界とは思えなくなっていた。

 家族や友人、大切な人、守りたいと思える人がいる。……失うわけにはいかない!

 

 その可能性に思い至ってからは、念の修行に本格的に取り組んだ。

 自らを苛め抜き、メキメキと力を付けていった。

 

 そして、いよいよ287期のハンター試験に参加したのだ。

 

 

 

 俺が渡されたプレートは317番。

 確かゴンの405番で最後だから、今回の参加者の8割近くが既に揃っていることになる。

 俺は300人以上の受験者たちを具に観察する。

 

 ……いないか。念能力者はヒソカとイルミだけ。

 どうやら今の所、転生者はいないようだ。

 

 それからも、エレベーターから下りてくる受験者たちを確認する。

 

 320番――340番――360番――380番。

 

 だが、念能力者と思しき人物は現れない。

 

 400番台も、もうすぐだ。

 ……何だ、俺の杞憂だったか。馬鹿な心配をしたものだ。

 俺は苦笑しながらも、確かな安堵を噛みしめていた。なのに……!

 

 ――最悪だ。

 エレベーターから下りてきた少女を一目見て、頭を抱え込みたくなった。

 

 原作に登場しない筈の念能力者。つまり、俺の同類。

 その存在自体は想像できた。だが、こんなヤツをどうして想像できたか?

 

 389番のプレートを渡された少女と視線が合う。

 背中に言いようのない寒気が走った。

 

 何だ、アレは? ヤバい、ヤバすぎる!

 

 その瞳に自らを映されただけで、金縛りにあったかのような錯覚を覚える。

 蛇に睨まれたカエルってやつか? ハハ、笑えない。

 

 それに何だ、あの黒く滲んだオーラは? あんなオーラを纏う人間がいていいのか?

 

 彼女の存在が、ゴンたちにとってプラスに働くか、マイナスに働くかなんて、論ずるまでもない。

 

 せめて、せめてもの希望は、彼女がゴンたちに何ら興味を抱かないことだ。

 そうでなければ、俺はあの少女と……。

 最悪の予想に、胃が捻じ切れそうな心地を味わう。拳をきつく握り締めた。

 

 

 

 一次試験、二次試験と、俺は少女、どうやらリンドウという名前らしい彼女のことを、注意深く観察した。

 

 リンドウがゴンたちと接触したのは、地下道の一度切り。

 それ以降は特に目立った行動を起こしていない。

 

 拍子抜けだが、しかし、安心することができない。

 むしろ、嵐の前の静けさのような、そんな不気味さを覚える。

 だから、リンドウの動向を見落すまいと、常に彼女を視界の隅に置くよう努めている。

 

 今は、三次試験の会場に向かう飛行船の中。

 リンドウは一人、壁に背を預けて座っている。

 

 目を閉じて、微動だにしないその姿は、まるで一枚の絵画のように現実味がない。

 ――美少女だ。それも絶世、あるいは、傾国と枕詞の付く類の。

 

 彼女、リンドウの脅威を恐れるばかりに、今更そんなことに気付いた。

 

 静かに佇む麗しい少女。その腹の内では、一体何を思っているのか?

 それを見抜ければと、リンドウのことを見詰め続ける。

 

 すると、不意に彼女が立ちあがった。

 それまで微動だにしなかっただけに、虚を突かれてしまった。

 思わず反応が遅れる。呆然と見ている内に、スタスタと歩いていくリンドウ。

 

 その方向は、先程ゴンとキルアが走り去っていった方向ではなかったか?

 

「ッ!」

 

 俺は弾かれたように立ち上がる。

 すると、くるりと振り返って、リンドウがこちらを見詰めてきた。

 即座に警戒心を引き上げる。

 

 だが、リンドウはその場で立ち止まったまま、何もしてこない。

 いや、両手の人差し指を立てた。

 

 その意図に気付き、俺は凝を行う。

 

『追ってこないで、ストーカーさん。大丈夫、まだ(・・)ゴンには手を出しませんよ』

 

 リンドウは妖しげな微笑みを浮かべた。

 そして、呆然とする俺を置き去りに、歩み去っていった。

 

 そうか……。『まだ』、『まだ』、か。つまりリンドウは……!

 

 俺はついに腹をくくる。

 正直逃げ出したい。だが、そういうわけにもいかない。

 

 脳裏に、のほほんとした母の姿が過った。

 

 ああ、そうとも。逃げ出すわけにはいかないのだ。

 俺は、あの少女、リンドウを……。

 

 手刀の形にした自らの手の甲に視線を落とす。

 

 そう、この断罪の剣で、必ず彼女を……!

 

 俺は覚悟を決め、決意を新たにしたのだった。

 

 

****

 

 

「よっ、ほっ、はっ……と」

 

 どこか気の抜けた声を出しながら、次々と作動するトラップを避けていく。

 どうやら、私が選んだルートは、罠が盛り沢山のルートらしい。

 

 ここは、三次試験の会場、トリックタワーの中。

 ふふ、その名に恥じぬギミックの多さね。

 

 もっとも、私にとっては刺激がイマイチだけど。

 

 オーラを自らの周辺、半径10メートルに展開。

 知覚範囲をより広く、より鋭敏にする念能力の応用技、『円』。

 それを行使しながら、通路を走り抜ける。

 

 別に円を使わなくても問題無い。トラップが発動してからでも十分対処可能だ。

 でも、それでは美しくない。

 全ての罠を事前に把握し、無駄なく、より華麗に……って。

 

 そんな自らの思考にげんなりする。

 

 私はそれほど美意識が高いわけでもない。

 にもかかわらず、自然と浮かぶ先程のような思考。

 

 ったく、本当にこの体は……!

 

 内心で悪態を吐く。

 

 そんな間にも、次々とトラップが作動する。

 落とし穴、壁から飛び出す仕込み槍、中には火炎放射器なんかもある。

 それらを避け、かわし、潜り抜けていく。

 

「ん? 広い部屋に出るわね……」

 

 罠盛り沢山の通路を抜けると、開けた部屋へと出る。

 その中央には、まさにと言わんばかりのステージ。

 

 ここで戦闘……か。さて、対戦相手は?

 

 ステージの上にはまだ誰もいない。

 私は向かいにある奥へと続く通路へと視線を向ける。

 

 すると、カツカツカツと、響く足音が近づいてくる。

 

 現れたのは一人の男。

 年は三十前後。筋肉質の長身、坊主刈りの悪人面、囚人服。そして念能力者。

 

 こいつは、ここに囚われた囚人。試験官に雇われた試練官だろうけど……。

 

 へー、ほー、ふーん。念能力者……ね。

 

 このトリックタワーの内部は、試験官が全て監視している。

 だから、受験者に合わせて、対戦カードを組むぐらい造作もないだろう。

 

 思えば、ヒソカも去年半殺しにした試験官、つまり念能力者と当たった筈だ。

 つまり、そういうことか。

 

 この試験では、念能力者には、念能力者が当てられる……と。

 

 私は獰猛な笑みを浮かべると、唇を舐める。

 

 さて、こいつは私を楽しませてくれるかしら?

 せめて、317番とやり合う前の準備体操ぐらいにはなってもらいたいものね。

 

 私はゆっくりとステージに上がる……とっ!

 

 ったく! 落ち着きのないこと。気の早い殿方は、女性に嫌われるのよ!

 

 私は一気にオーラを発散させる、『練』。次いで、その状態を維持する、『堅』。

 地面を蹴りながらこちらに急接近する試練官を迎え撃つ構えを見せた。

 

 振りかぶった右手を打ち抜いて来る。

 私は左斜め後方へと滑るように移動してかわした。

 

 続いて相手が逆の左手を繰り出してくる。

 互いの身長差から振り下ろす様な一撃。

 

 攻防力、7対3……くらいかしらね?

 

 目算で当たりを付けると、オーラを左手に多めに振り分ける、『流』。

 文字通り、流れるようスムーズにオーラ移動させた左手で、相手の左腕を弾くようにして受け流す。

 

 ガツンとした衝撃。その反動を推進力に、くるりとターン。

 攻撃を受け流され、前のめりの状態で死に体になった男の後ろに回り込む。

 

 そして遠心力を乗せた中段蹴りを見舞う。

 ヒットの直前に、脚の先へと全オーラを集中させる、『硬』。

 

 ぐちゃり、人体から決して鳴ってはならない音がした。

 肉を破り、骨を砕く。試練官の体がくの字に折り曲がる。

 

 ……あっけない。これじゃあ、準備運動にもならないわ。

 

 まあ、当然かしら?

 一流の念能力者が、早々捕まるとも思えないしね。

 

 私は倒れ伏した試練官を放置して、奥へと歩を進める。

 広間を出ると、また罠盛り沢山の通路。

 

 かわして、かわして、かわして走り抜けていく。そして……。

 

『――389番リンドウ。三次試験通過第二号。所要時間6時間47分』

 

 はい、ゴールっと。

 うーん? それにしても第二号? つまり……。

 

「やあキミが二番手か♥ どうだい? 暇潰しにトランプでも……」

「結構です」

 

 変態ピエロと二人きりということね。最悪。

 

 私はヒソカの誘いをにべもなく断ると、出来る限り離れた位置で座る。

 

「残念♦ つれないなぁ♠」

 

 何か言っているが、無視だ、無視。

 

 我関せずといった姿勢を貫きつつ、三人目が訪れるのを待ち侘びる。

 

 

 ただ、三人目は三人目で、顔面針だらけの変人であることを、この時の私は失念しているのであった。

 


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