達磨少女は世界を呪う   作:佐倉 文

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3話

 首筋にチリっとした痛みを覚える。

 ゴンは引かれるようにそちらに視線を向けた。碧い瞳と視線が交わる。

 ゾクリと、心臓が騒いだ。

 

 視線が交差したのは一瞬のことで、その瞳の主は既にゴンの方を向いてはいなかった。

 それでも、ゴンの心臓は煩いぐらいに鼓動する。

 

「どうしたのだ、ゴン?」

 

 傍らの少年、クラピカがゴンに問いかける。

 

「うん。ええと……」「よお!」

 

 ゴンが何事か答えようとすると、横から別の声が差し挟まれる。

 

「ああ? 誰だ、あんた?」

 

 クラピカともう一人、ゴンの同行者であるレオリオが、近づいてきた人間を胡散臭そうに見やる。

 近づいてきた男、トンパは、そんなレオリオの様子に頓着せず声を掛け続ける。

 

「君たち、新顔だな」

 

 その言葉に、クラピカは眉を僅かに持ち上げた。

 初対面にかかわらず、自らの情報を持つ相手に、警戒心を抱いたからだ。

 もっとも、警戒心を持たない者が一人。

 

「どうして分かったの?」 

 

 何の頓着もせず、ゴンが不思議そうに問い掛ける。

 単純に疑問に思っただけなのだろう。

 

 その疑問に、トンパは得意気に答える。

 

「もう35回もハンター試験を受けてるからな。まあ試験のベテランってこと! 俺はトンパってんだ。分からないことがあったら何でも聞いてくれ!」

「35回!? そんなに!?」

 

 素直に驚きの声を上げるゴン。

 そんな組し易そうな少年の様子に、トンパは人好きしそうな笑みを浮かべる。

 もっとも、内心では嘲笑っている訳だが。

 

「へー、じゃあ、他の受験生のことも分かるの?」

「もちろんさ! 例えば……」

 

 トンパが、レスラーのトードーや、蛇使いのバーボンなど、ハンター試験の常連たちを紹介していく。

 そんな最中、地下道に絶叫が響き渡る。

 

「また今年も危険な奴が来てるな。奴には極力近づかない方が身のためだぜ」

 

 他の受験生の腕を切り落とした道化師、ヒソカを指して忠告するトンパ。

 もっとも、忠告などなくても、普通の感性の持ち主なら、あんな見るからにヤバそうな人間に近づこうともしないだろうが。

 

 それからも、トンパは色々とアドバイスをしていく。

 全ては目の前の獲物から警戒心を削ぐために。

 

 

「さて。取り敢えずはこんなものか。まだ何か聞きたいことは?」

「あっ! そうだ、トンパさん! あの人のこと分かる?」

 

 そう言ってゴンが指し示したのは、先程視線が合った少女だ。

 

「389番か……。いや、知らないな。君たちと同じ新顔としか。ただ……」

「ただ?」

「……大きな声じゃ言えねえが、あの女はヤバい。恐らくヒソカレベルの危険人物だ。命が惜しけりゃ関わらねえ方が……」

「おやおや、陰口は感心しないわね」

「ッ!」「なっ!」「いつのまに!」

 

 話題の少女が、いつのまにかトンパのすぐ後ろに立っている。

 誰もが彼女が声を出すまで、傍に寄られていることに気付けなかった。

 

 先に危険人物と聞いていたこともあり、クラピカとレオリオが警戒心を高める。

 戦闘になることも考慮に入れて、いつでも動けるよう身構える二人。

 哀れトンパは完全に色を失い、顔面蒼白である。

 

 そんな三者の様子を見てとり、笑みを深める少女。

 一触即発の緊張感が漂う。しかし、そんな空気を場違いな発言が霧散させる。

 

「すごいや! 今のどうやったの!?」

 

 危機感のない、ただ少女の隠行の業に感嘆したという声音。

 少女は面食らったように目をパチクリとする。

 次いで微笑みを浮かべると、口を開く。

 

「ありがとう。ただ、企業秘密なのよねー」

「えーー!」

 

 少女の返答に、ゴンが不満そうな声を上げる。

 ここでようやく冷静になったクラピカが、一歩前へ踏み出す。

 

「先程はすまない。確かに褒められた行為では無かった。謝罪しよう。……私はクラピカという」

「……レオリオだ」

「俺はゴンだよ!」

「…………と、トンパだ」

「私の名前はリンドウよ。さっきのことは別に気にしていないわ。それじゃあ、また縁があれば……」

 

 そう言って、あっさりと踵を返す少女、リンドウ。

 四人はその背中を見送る。

 

「……はぁー。助かった……」

 

 どっと肩の力を抜き、大きく息を吐き出すトンパ。

 

「おいおい、トンパさんよ。ちょっと大袈裟じゃないか? 別にそんな危険人物に見えなかったぜ」

「そうだな。ただ、先程の隠行、只者ではなさそうだ」

 

 そんなレオリオとクラピカの言葉に、トンパが言い返す。

 

「エレベーターから下りてきた時の様子を知らないから、そんなことが言えるんだ」

「エレベーター?」

「いや、いい。折角命拾いしたんだ。これ以上余計なことは言わないでおくさ。それじゃあ、頑張れよ新人(ルーキー)

 

 そう言って、トンパも三人から離れていく。

 恐怖と、それを脱した安堵感から、下剤入りジュースを渡すことも忘れて。

 

「何だ、何だ。思わせぶりなことを言って去りやがった。気になるじゃねえか。なあ、ゴン。……ゴン?」

「…………」

「……? どうかしたのか?」

「……うん。どうしてかな、すごく胸がドキドキするんだ」

 

 ゴンはリンドウが去って行った方向を見ながら呟く。

 

 

 ジリリイリリリッリリリリ、けたましいベルの音が地下道に鳴り響いた。

 

 

****

 

 

 ゴオン、ゴオン、ゴオン。駆動音を立てながら飛行船が飛んでいる。

 私はその中で、壁を背に座り込んでいた。

 

 飛行船での夜はゆっくりと更けていく。

 明日には三次試験会場のトリックタワーにつくだろう。

 

 一次試験と二次試験を通過した私は、次の試験会場に着くのを待っている。

 やることは特にない。

 

 ただ待つだけという手持無沙汰から、何となくこれまでの試験を振り返ってみる。

 もっとも、特筆すべきものは何も無かった。

 うん。原作通りつまらない試験だ。

 

 一次試験は、競歩チャンプのサトツさんとのハイキング。

 

 ホント、退屈極まりない。

 唯一の見どころは、三兄弟に潰されるニコル君ぐらいのもの。

 彼の心が折れる様は、退屈を一時紛らわせてくれた。

 

 ただ残念なのは、三兄弟と裏で糸を引いたトンパ、連中の手ぬるさだ。

 心が折れたといっても、まだニコルには立ち上がる手足がある。

 可能性は低いのかもしれない。それでも、再起の可能性はゼロではない。

 

 私なら、あんな中途半端に終わらせない。

 やるなら徹底的に。そう、どうしようもない絶望を味あわせてやったのに……。

 

 

 二次試験は、美女と野獣の美食ハンターコンビの課題。

 前半の豚の丸焼きに、後半の握りスシ。

 

 前半は問題無く通過。後半はどうしようもないので、傍観しただけだ。

 

 美食ハンターが満足するレベルのスシなんぞ握れるわけもない。

 傍観が正解でしょう。

 そして、クモワシの卵を無難にゲットして通過と相成った。

 

 ただ、今になって、毒魚の握りスシでも食わせたらよかったかしら、なんて未練が湧き起る。

 

 美食ハンターは胃腸が丈夫そうだし、通用しなかったかしら?

 

 そんな疑問に首を傾げてみる。

 

 

 ……まあ、ともかく、これまでの試験はそんな感じだ。

 

 退屈も退屈。本当につまらない。

 試験の様子を一通り書いたが、つまらなくて全カットしたほどだ。

 それぐらいの退屈さ。

 

 ……うん? 何だ今のメタ発言は? 何か電波を受信したような……?

 

 思わず首を捻る。……気にしたら負けかしら?

 

 そんな風に、取りとめもなく物思いに耽っていると、強い視線を感じた。

 そちらに目を向ける。

 

 317番。私と同じイレギュラーたる青年の姿。

 ……そうね。特筆すべき存在として、彼がいたわね。

 

 これまでの試験中も、目を離さないと言わんばかりに、ずっと熱視線を向けてきていた。

 

 あれはロリコンね。間違いない。

 幼気な少女を視姦するなんて、ロクでもない男だ。

 

 ……とまあ、冗談はさておいて。

 

 彼の視線が強まったのは、私が地下道でゴンと接触してから。

 

 私がゴンに何かしでかすのではと、警戒している?

 きっと、そんなところだろう。

 

 ふん、御苦労なことね。

 ただ、無意味な労力を払ったもの。

 何故なら私は、試験中に手出しをする積りなんて、これっぽっちもないのだから。

 

 だって、そうでしょう?

 

 ヒソカじゃないけど、御馳走を食べるには、それに相応しいシチュエーションというものがある。

 ただゴンを潰すだけなら、そもそもくじら島でしている。

 

 彼を絶望に突き落とすのは、彼にとって特別な瞬間でなければ。

 より高い所から突き落とすからこそ、より深い絶望を与えられるのだ。

 

 その時はもう決めている。

 それは、ハンター試験を合格し、仲間と共に旅立つ瞬間。

 その輝かしい門出を、黒く塗り潰してやる。

 

 まずはレオリオとクラピカを殺す。

 出来る限り無残に、ゴンの目の前で。

 

 そして、怒りと無力感に叫ぶ彼に、更なる絶望をプレゼントするのだ。

 

 殺しはしない。殺してあげない。

 私の念能力で呪ってやろう。嘗ての私と同じ絶望を呉れてやる。

 

 キルアは……まあ、いいでしょう。

 彼は現時点では幸福な人種ではないし……。

 ゴンに救われなければ、勝手に闇に落ちていくだろう。

 

 それに、ゾルディック家を丸ごと敵に回すのもおっかないしね。

 

 ともかく、今はゴンだけが狙いね。

 他はおまけに過ぎない。

 

 ゴンに絶望を与えるその瞬間を想像するだけで、胸が騒ぐ。

 ああ、その瞬間が待ち遠しい。

 

 ふふ、そしてお前はその邪魔をできないの。

 

 ゴンのガード気取りの青年を心の中で嘲る。

 

 だって、お前はそれより前に、物語の舞台からドロップアウトするだろうから。

 

 あの青年は、今でこそ見張っているだけだが、その内私に接触してくるはず。

 今は周りの目があるからできないだけ。

 

 そうね。きっと、四次試験かしら?

 そこで私たちは相対することになるだろう。

 

 あそこなら、周囲の目を然程気にせず済む。

 他の受験生を殺しても、不自然ではないしね。

 互いに邪魔は入らない環境だろう。

 

 そう、私も彼を放っておくつもりはない。

 障害になるものは、積極的に排除しよう。

 

 そこまで思考して、私は唐突に立ち上がった。

 そうして、先程チビッ子ズが走り去った方向に足を向ける。

 

 目的? 青年への嫌がらせですが、何か?

 

 慌てたように立ち上がる青年に向き直る。

 そうして、両手の人差し指を立てた。

 

 常人には意味不明のポーズ。だが、念能力者には確かなメッセージだ。

 青年は凝をして、私がオーラで描いたメッセージを読み取る。

 

『追ってこないで、ストーカーさん。大丈夫、ゴンにはまだ(・・)手を出しませんよ』

 

 青年はそれを読み取ると歯噛みする。

 

 私はそんな青年に微笑みかけてやった。

 


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