達磨少女は世界を呪う   作:佐倉 文

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2話

 活気に溢れた、何処にでもあるような定食屋。

 ガラリと扉が開かれる。

 

 開かれた扉から陽の光が差し込む。

 その光は、店内に入った人物、その金砂の髪を煌めかせた。

 

「ステーキ定食」

 

 町の定食屋、そんな大衆食堂に鈴を転がしたような声が響く。

 店主のみならず、店中の視線がその声の主に向けられた。

 

 年の頃は十台半ばに届くかどうかといった具合だろうか?

 こんな定食屋には場違いな、美しい少女である。

 

 少女の声にピクリと反応した店主は言葉を返す。

 

「……焼き加減は?」

「弱火でじっくり」

 

 艶やかな紅色の唇が、再び美麗な言の葉を紡ぐ。

 ただの注文のオーダーの筈なのに、店内の客たちはそれが美しい歌声であるかのように聞き惚れる。

 

「は、はい! お客さん、お、奥の部屋にご案内します!」

 

 いかにも看板娘といった風情の女店員が、少女を奥の部屋へと案内する。

 ただ、その声は威勢の良い常のモノとは違い、若干震えた声音となった。

 同性である彼女ですら、その少女の美しさに魅せられたためだ。

 

「ありがとう」

 

 言葉短く謝礼の言葉を紡ぐと、少女は女店員に微笑みかける。

 

「ッ! い、いえ、仕事ですので……!」

 

 女店員は顔を真っ赤に染めて、明らかに動転していると分かる返事をする。

 そんな女店員の様子に、少女は笑みを深くする。

 そうして、静かに奥の部屋へと歩み去っていった。

 

 そんな少女の背中を、店中の客が見えなくなるまで見送ったのだった。

 

 

 

 

 独特な浮遊感を覚える。

 通された部屋はエレベーターとなっていたのだ。

 

 第一試験の……会場? まあ、会場へと続く下りのエレベーターだ。

 目的地は深い深い地下道。到着まで暫し時間がかかる。

 

 私の視線は自然と、部屋の中央で焼かれているステーキへと向けられる。

 

 原作知識で知ってはいたが……。

 別に、本当にステーキを出さなくてもいいのに。

 

 焼ける肉の臭いが服に染みついてしまうじゃないか。

 私はできる限り離れようと、部屋の隅に立つ。

 そうして、上着の裾をちょんと摘まんでみせた。

 

 今日の服装は、割とラフな格好だ。

 フード付きの白いパーカーに、黒いスカート。同じく黒い膝上丈のソックス。

 生み出された絶対領域は唯一のサービスだ。……誰に対するサービスかは、定かではないが。

 そして、足元は編み上げブーツ。

 

 ゴスロリは封印している。あれは、勝負服だ。文字通りの。

 

 そう、本気の戦闘の際に着用する戦闘服。

 どうしたわけか、ゴスロリを着るとすこぶる調子が良いのだ。

 

 ……間違いなく、死者の念の効果なのだろう。

 ホント、馬鹿馬鹿しい限りだが。

 

 今日着てこなかったのは、ハンター試験如きに必要性は感じないからだ。

 

 ……ゴスロリを嫌悪こそしないが、正直趣味ではない。

 だから、着るのは本当に必要な時だけ。

 

 

 ハアと、一つ溜息を零す。

 

 本当にこの体は面倒くさい。

 ゴスロリで調子が良くなるのとは逆に、調子が悪くなる服もある。

 そう、基本的に可愛らしい服から離れるほどに、体調が思わしくなくなる。

 

 今日はスカートだからまだいい。絶対領域もある。

 そう考えれば、絶対領域は死者の念へのサービスなのだろうか?

 

 ただ、ズボンなど穿いた日には偏頭痛と吐き気に悩まされる。

 男物の服など、もう最悪だ。

 過去の実験で明らかになった事実。

 私は二度と、男物の服は着ないと誓ったほどだ。

 

 死者の念恐るべし。日々の服装にまで影響力を与えてくるとは。

 本当に、この体の創造主の趣味ときたら……。

 

 チッ、ロリコン野郎め。

 私はこの体の創造主に、内心で呪詛の言葉を吐く。

 

 ああ、ヤダヤダ。

 ロリコン創造主のことを考えると気が滅入る。

 もっと、別のことを考えましょう。

 

 そうね。例えば……。

 

 さっきの女店員。

 私が微笑みかけた時のあの愛らしい様子。

 

 脳裏に赤く染まった彼女の顔が思い出される。

 良かったわね。うん、実に良かった。

 

 あの愛らしい顔を、恐怖に歪めたらどれほど心躍ったろう?

 引き攣り、涙でぐちゃぐちゃになった顔。甲高い悲鳴。

 

 それを夢想すると、下半身が熱くなる。

 

 ああ、あの時の私、よく堪えたものだわ。

 私は自身を褒める。

 いくらなんでも、本試験前に問題行動を起こすのは頂けない。

 

 だけど、頭の中で行う分には構わないだろう。

 私は逃げ惑う彼女に手を伸ばして……。

 

 そんな風に妄想に励んでいると、チンと、軽快な音が鳴る。

 そしてゆっくりと扉が開かれた。

 

 私がエレベーターから降りると、数百もの視線が一斉に突き刺さってくる。

 

 ああ、なんて鬱陶しい。

 

 少々大人げないと思わないでもないが、軽く念を込めて睨み返す。

 すると、面白いぐらい一斉に視線を外された。

 

 ……いや、依然三つの視線が向けられている。

 

 内二つは、ピエロと顔面針男。ヒソカとイルミだ。なら、もう一人は?

 

 最後の一人の顔を見る。

 二十歳ぐらいの男だ。中肉中背、それなりに整った顔立ち。オーラは淀みなくその身を包む。……念能力者。

 

 おかしい。本来いるはずのない人物がいる。

 

 ……考えられるのは二通りかしら?

 

 一つはバタフライエフェクト。

 私という異物が紛れ込んだ影響で、事象に何らかの変化が生じた。

 

 ありえなくはない。

 私は今年のハンター試験に参加することを特に隠しもしなかった。

 何か理由があって私を狙い、追う様にハンター試験に参加したのかもしれない。

 

 もう一つは、彼自身も私と同じく、この世界にとっての異物である可能性。

 つまり、何らかの理由で物語の中に迷い込んだ異邦人。

 

 ……表情を見るに後者かしら? あからさまに困惑した表情ね。

 

 彼もまた、ありえない登場人物に驚いていると見える。

 そんな風に、イレギュラーな登場人物を観察していると、小柄な人物が歩み寄ってくる。

 

「どうぞ試験番号札です」

 

 そう言って、389番のプレートを手渡してきた。

 

「どうも……」

 

 軽く会釈してプレートを受け取る。

 そうして、自然と割れる人波の間を抜けながら壁際まで歩く。

 

 気分は出エジプト。私は預言者モーゼというわけだ。

 

 壁を背にして座り込む。そうして私は目を閉じた。

 

 

 

 

 チン、開かれる扉。私はそちらに視線を向ける。

 

 エレベーターから下りてきたのは三人。

 その一人に視線が吸い寄せられる。

 ツンツンした黒髪、輝かんばかりの目をした少年。――来た。

 

 レオリオ、クラピカ、そして、ゴン。

 それぞれ、405番、406番、407番のプレートを渡される。

 

 389番の私と、317番の彼。

 この二人が加わったことにより、原作よりも二つ数字が大きい。

 まあ、この程度は些細な変化か。

 

 私はゴンを見詰める。

 表情は冷静に。しかし、内心で舌なめずりする。

 

 来たぞ、来たぞ、来たぞ。私の獲物がついに来た!

 

 獰猛な肉食獣のように心が滾る。

 そうして見詰めること暫し。ふと、ゴンと視線が合う。

 

 野性的な勘で何か感じ取ったのだろうか?

 

 私はゆっくりと目を閉じる。

 そうして、彼と交わった視線を断ち切った。

 


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