活気に溢れた、何処にでもあるような定食屋。
ガラリと扉が開かれる。
開かれた扉から陽の光が差し込む。
その光は、店内に入った人物、その金砂の髪を煌めかせた。
「ステーキ定食」
町の定食屋、そんな大衆食堂に鈴を転がしたような声が響く。
店主のみならず、店中の視線がその声の主に向けられた。
年の頃は十台半ばに届くかどうかといった具合だろうか?
こんな定食屋には場違いな、美しい少女である。
少女の声にピクリと反応した店主は言葉を返す。
「……焼き加減は?」
「弱火でじっくり」
艶やかな紅色の唇が、再び美麗な言の葉を紡ぐ。
ただの注文のオーダーの筈なのに、店内の客たちはそれが美しい歌声であるかのように聞き惚れる。
「は、はい! お客さん、お、奥の部屋にご案内します!」
いかにも看板娘といった風情の女店員が、少女を奥の部屋へと案内する。
ただ、その声は威勢の良い常のモノとは違い、若干震えた声音となった。
同性である彼女ですら、その少女の美しさに魅せられたためだ。
「ありがとう」
言葉短く謝礼の言葉を紡ぐと、少女は女店員に微笑みかける。
「ッ! い、いえ、仕事ですので……!」
女店員は顔を真っ赤に染めて、明らかに動転していると分かる返事をする。
そんな女店員の様子に、少女は笑みを深くする。
そうして、静かに奥の部屋へと歩み去っていった。
そんな少女の背中を、店中の客が見えなくなるまで見送ったのだった。
独特な浮遊感を覚える。
通された部屋はエレベーターとなっていたのだ。
第一試験の……会場? まあ、会場へと続く下りのエレベーターだ。
目的地は深い深い地下道。到着まで暫し時間がかかる。
私の視線は自然と、部屋の中央で焼かれているステーキへと向けられる。
原作知識で知ってはいたが……。
別に、本当にステーキを出さなくてもいいのに。
焼ける肉の臭いが服に染みついてしまうじゃないか。
私はできる限り離れようと、部屋の隅に立つ。
そうして、上着の裾をちょんと摘まんでみせた。
今日の服装は、割とラフな格好だ。
フード付きの白いパーカーに、黒いスカート。同じく黒い膝上丈のソックス。
生み出された絶対領域は唯一のサービスだ。……誰に対するサービスかは、定かではないが。
そして、足元は編み上げブーツ。
ゴスロリは封印している。あれは、勝負服だ。文字通りの。
そう、本気の戦闘の際に着用する戦闘服。
どうしたわけか、ゴスロリを着るとすこぶる調子が良いのだ。
……間違いなく、死者の念の効果なのだろう。
ホント、馬鹿馬鹿しい限りだが。
今日着てこなかったのは、ハンター試験如きに必要性は感じないからだ。
……ゴスロリを嫌悪こそしないが、正直趣味ではない。
だから、着るのは本当に必要な時だけ。
ハアと、一つ溜息を零す。
本当にこの体は面倒くさい。
ゴスロリで調子が良くなるのとは逆に、調子が悪くなる服もある。
そう、基本的に可愛らしい服から離れるほどに、体調が思わしくなくなる。
今日はスカートだからまだいい。絶対領域もある。
そう考えれば、絶対領域は死者の念へのサービスなのだろうか?
ただ、ズボンなど穿いた日には偏頭痛と吐き気に悩まされる。
男物の服など、もう最悪だ。
過去の実験で明らかになった事実。
私は二度と、男物の服は着ないと誓ったほどだ。
死者の念恐るべし。日々の服装にまで影響力を与えてくるとは。
本当に、この体の創造主の趣味ときたら……。
チッ、ロリコン野郎め。
私はこの体の創造主に、内心で呪詛の言葉を吐く。
ああ、ヤダヤダ。
ロリコン創造主のことを考えると気が滅入る。
もっと、別のことを考えましょう。
そうね。例えば……。
さっきの女店員。
私が微笑みかけた時のあの愛らしい様子。
脳裏に赤く染まった彼女の顔が思い出される。
良かったわね。うん、実に良かった。
あの愛らしい顔を、恐怖に歪めたらどれほど心躍ったろう?
引き攣り、涙でぐちゃぐちゃになった顔。甲高い悲鳴。
それを夢想すると、下半身が熱くなる。
ああ、あの時の私、よく堪えたものだわ。
私は自身を褒める。
いくらなんでも、本試験前に問題行動を起こすのは頂けない。
だけど、頭の中で行う分には構わないだろう。
私は逃げ惑う彼女に手を伸ばして……。
そんな風に妄想に励んでいると、チンと、軽快な音が鳴る。
そしてゆっくりと扉が開かれた。
私がエレベーターから降りると、数百もの視線が一斉に突き刺さってくる。
ああ、なんて鬱陶しい。
少々大人げないと思わないでもないが、軽く念を込めて睨み返す。
すると、面白いぐらい一斉に視線を外された。
……いや、依然三つの視線が向けられている。
内二つは、ピエロと顔面針男。ヒソカとイルミだ。なら、もう一人は?
最後の一人の顔を見る。
二十歳ぐらいの男だ。中肉中背、それなりに整った顔立ち。オーラは淀みなくその身を包む。……念能力者。
おかしい。本来いるはずのない人物がいる。
……考えられるのは二通りかしら?
一つはバタフライエフェクト。
私という異物が紛れ込んだ影響で、事象に何らかの変化が生じた。
ありえなくはない。
私は今年のハンター試験に参加することを特に隠しもしなかった。
何か理由があって私を狙い、追う様にハンター試験に参加したのかもしれない。
もう一つは、彼自身も私と同じく、この世界にとっての異物である可能性。
つまり、何らかの理由で物語の中に迷い込んだ異邦人。
……表情を見るに後者かしら? あからさまに困惑した表情ね。
彼もまた、ありえない登場人物に驚いていると見える。
そんな風に、イレギュラーな登場人物を観察していると、小柄な人物が歩み寄ってくる。
「どうぞ試験番号札です」
そう言って、389番のプレートを手渡してきた。
「どうも……」
軽く会釈してプレートを受け取る。
そうして、自然と割れる人波の間を抜けながら壁際まで歩く。
気分は出エジプト。私は預言者モーゼというわけだ。
壁を背にして座り込む。そうして私は目を閉じた。
チン、開かれる扉。私はそちらに視線を向ける。
エレベーターから下りてきたのは三人。
その一人に視線が吸い寄せられる。
ツンツンした黒髪、輝かんばかりの目をした少年。――来た。
レオリオ、クラピカ、そして、ゴン。
それぞれ、405番、406番、407番のプレートを渡される。
389番の私と、317番の彼。
この二人が加わったことにより、原作よりも二つ数字が大きい。
まあ、この程度は些細な変化か。
私はゴンを見詰める。
表情は冷静に。しかし、内心で舌なめずりする。
来たぞ、来たぞ、来たぞ。私の獲物がついに来た!
獰猛な肉食獣のように心が滾る。
そうして見詰めること暫し。ふと、ゴンと視線が合う。
野性的な勘で何か感じ取ったのだろうか?
私はゆっくりと目を閉じる。
そうして、彼と交わった視線を断ち切った。