達磨少女は世界を呪う   作:佐倉 文

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10話

 地面に倒れ伏す。

 首筋を押さえてもどくどくと流れ出す命の源。体から急速に熱が失われていく。

 

 霞む視界の中、遠ざかる男の後ろ姿を捉える。

 

 ……は、早く……早く……早くいってしまえ。じゃないと、この体の能力が……!

 

 おぼろげな意識の中、ただそれだけを願う。

 見詰めていた男は、細い裏路地から大通りへと繋がる地点まで歩む。

 そうして、そこを曲がって行った。

 道化師を模した、その特異な姿はもう見えない。

 

 冷たく、動かなくなった体。霞がかり、朦朧とした思考。

 にもかかわらず、私はほっと安堵の息を吐いた。

 

 

 ほどなくして、ゆっくりと死へ近づいていた体に、急速な変化が現れる。

 黒いオーラが全身から迸る。一秒、二秒……私はむくりと起き上った。

 まるで何もなかったかのように自然と。

 

 ポケットからハンカチを取り出す。

 それを使って、自身の血で濡れた首筋を拭う。

 そうすると、滑らかな白い肌が現れる。そう、傷一つない柔肌が。

 

 致命傷を負ったはずの首筋。

 しかし、そんな事実が無かったかの如く、綺麗なものだ。

 

 服や、路地裏を汚す血の痕だけが、確かに私が致命傷を負った事実を示している。

 

 

 この現象は当然、念能力によるものだ。

 ただし、私の念能力ではない。これは、この体の創造主の念能力。

 

 彼は、彼が遺した死者の念は、この体が美しさを損なう事を決して許しはしない。

 理想の美少女に、完璧なる美に、僅かな瑕疵も許されないのだ。

 

 

 この能力、私の念能力ではないので、当然私のコントロール下にない。

 だからこそ、ヒソカの姿が見えなくなる前に発動しないかと、気を揉んだわけだ。

 

 悔しいが、今の私ではヒソカに勝てない。

 それを先の戦いで実感させられた。

 

 私の傷が修復されるのをヒソカに見咎められ、戦いが再開されるようではまずかった。

 

 ……どんな傷も修復されるなら、戦っても最終的に勝てるのでは?

 そんな思いが無くもない。

 

 ただ、本当に、どんな傷を負っても問題無いかの保証はない。

 例えば、首を完全に刎ねられたり、体をバラバラにされたり。

 そんな状態からも、問題無く修復されるのか?

 

 過去に、それほどの欠損を、この体で負ったことが無い。

 だから、何の保証もない。

 当然、検証をできるわけもなく。今後も分からないままだ。ただ……。

 

 直感でしかないが、それほどの欠損はマズイのだと感じる。

 

 いや、きっとこの体自体は当然の如く修復されるのだろう。

 だが、『私』自身がもたない。漠然とそんな風に感じる。

 

 ただの直感と馬鹿には出来ない。

 何せ、念能力なんてものがある世界だ。そういった感覚を無視するのは危険だろう。

 

「あっ……」

 

 不意にそれが訪れる。

 右手に握っていたハンカチが、ひらひらと地面に落ちる。

 右腕がだらりと、力なく垂れ下がった。

 

「あっ、あっ、ああああああ……」

 

 どす黒いオーラが、私の右腕を蝕んでいく。蘇るかつての喪失感。

 

 ――時間切れだ。ヒソカの右腕を呪ってから、10分の時が経ったのだ。

 呪い返しが発動し、私の右腕の自由を奪っていく。

 

「ああああああああ!!!!」

 

 久しく覚えていなかった喪失感に、気が狂わんばかりに、感情が揺さぶられる。

 

 分かっている。これは一時的なもの。

 10分経てば、右腕は元通りだ。ああ、理性の声がそう告げる。

 

 しかし、荒れ狂う感情は、そんな言葉に慰められはしない。

 

 私の腕が……また……!

 

「……許さない。……絶対に許さない。ヒソカああああ!!!!」

 

 奴を避けて、ゴンを狙う? そんな考えをかなぐり捨てる。

 この際、ゴンは後回しだ。先に奴を、ヒソカを必ず……!

 

 後悔させてやる。死よりも残酷な絶望へと突き落とそう。

 そうとも、必ずヒソカを……。

 

「待ってなさい。必ず私が呪ってやるから」

 

 

 言の葉に憎悪をのせて口から吐き出す。

 その声が、私しかいない路地裏にポツリと零れ落ちた。

 

 

****

 

 

 空港のロビーを歩く。

 

 ごった返す人の群れ。それらが濁流のように流れている。

 私はその流れに逆らうことなく、空港の外を目指した。

 

 ふと、視線を上に向けると、『ようこそ、ヨークシンシティへ』と掲げられた看板が目に入る。

 

 そう、ここは、毎年9月に世界最大規模のオークションが行われることで有名な、かのヨークシンシティだ。

 

 この人の多さはつまり、一年に一度の大規模オークションに参加すべく、世界中から人が集まってきたためというわけだ。そして――。

 そして、この漫画の世界における重要人物たちもまた、同様に集まってきている。

 

 ゴンたち主人公組に、幻影旅団。……そう、ヒソカも。

 

 

 看板から視線を外して、人の流れに沿って歩いていく。

 そうして暫くすると、やっとのことで空港の外へと出た。

 

 ふう、と一つ溜息をこぼす。

 さて、まずはホテルへと向かおう。……タクシーでも拾いましょうか。

 

 視線を左右に走らせる。

 早々に、タクシー乗り場を見つけたので、そちらに歩み寄っていく。

 

 人の山を抜け、視界が開けた場所に出たからか、そこかしこから視線を感じる。

 主に男性の視線だが、中には呆けたように見詰め続ける女性もいる。

 

 無理もない。この体は、非現実的なまでの美しさだもの。

 更に、今日の装いもまた、一段とその美に磨きをかけている。

 

 黒を基調としたドレスは、レースやリボンで飾られた華美な装い。

 スカートはパニエで脹らませ、靴は編み上げブーツ。

 ブーツから伸びるソックスも黒。そこにも純白のレースがあしらわれている。

 また、スカートとソックスの合間に僅かに覗かせる絶対領域が眩しい。

 

 まあ、それらを一言に要約すれば、とどのつまりゴスロリだ。

 

 一切の手を抜かず、この体が最高のポテンシャルを発揮する装いを身に纏う。

 常在戦場の心構えだ。

 そう、この都市は、これから戦場になるのだから。

 

 私はタクシーに乗り込むと、予約をとっているホテルの名を告げる。

 

 

 ゆっくりとタクシーは、昼下がりのヨークシンシティを走り出した。

 




完全なる美(パーフェクトビューティ)

リンドウの体を創造した男の能力。
理想の美少女をかたどった念獣を具現化する。

より真に迫った、生きた少女を実現するため、死した魂を取り込み稼働する。

また、創造主の妄執によって、決して色褪せることなき美を堅持する。
例え、物理的、あるいは時間的な外的影響を受けても、元の最も美しい状態へと自然と回帰する。

ただし、元の状態に回帰するのは、あくまで体だけであり、取り込んだ魂に対しての配慮はなされない。
そのため、中の魂が耐えなれないような事態に陥れば、体が無事でも、魂が破壊されることはありえる。

仮にそうなった場合は、新たに別の死した魂を取り込むことで、稼働し続ける。

つまり、除念されぬ限り永劫廻り続ける一種の呪いである。


誓約と制約
①念能力を起動するために自身の命を捧げる。

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