達磨少女は世界を呪う   作:佐倉 文

10 / 11
9話

 ホテルのエントランス傍にあるカフェで時間を潰す。

 

 ゴンたちの行先は分かっている。

 ゾルディック家の屋敷があるパドキア共和国へ向かうため、まず空港へと足を運ぶ。

 

 すぐ後ろをついてくのもあれなので、暫し時間を置いて後を追うことにする。

 

 コーヒーを飲みながら、さりげなくホテルの正面玄関を窺う。

 丁度二人の男が連れ立って出ていくところだった。

 

 隙の無い身のこなし。洗練されたオーラ。ヒソカとイルミだ。

 ホテルを出たところで、最後に一言二言話すと、二人は別々の方向に歩き出す。

 

 ……行ったか。あるいはと、その可能性を警戒していたのだけど。

 無用の心配であったらしい。

 これなら、怪しまれぬよう時間を置く必要もなかったわね。

 

 

 私は伝票を取ると、席を立つ。

 そうして、会計を済ませるとカフェを出た。

 メインストリート沿いに歩く。

 

 二、三分ほど歩くと、タクシーが通りかかったので、手を挙げて止める。

 自動で開かれたドアから車内へと身を滑り込ませた。

 

「お客さん、どちらまで?」

「空港まで……」「やあ♥ ボクも相乗りさせてもらっていいかな?」

「…………どうぞ」

 

 まだ閉じていなかったドアの傍に、いつのまにか変態ピエロが立っていた。

 私の返事を聞くや、ヒソカも車内に入ってくる。

 そして、私のすぐ横に腰掛けた。

 

 走り出すタクシー。

 暫し車内に沈黙が落ちる。私は意を決してヒソカに話しかけた。

 

「行先は空港ですけど、貴方も空港でよかったのかしら?」

「行先は関係ないかな♦ ボクは君に用があっただけだし♠」

「私に? ……一体何の用でしょう?」

「くくっ、分かっている癖に♥」

 

 ヒソカが忍び笑いを漏らす。

 もっとも、その眼は笑っていない。ギラギラと妖しげに輝いている。

 

 そんなヒソカに対し、私は反応に困った様な笑みを顔に張り付ける。

 ついでに小首を傾けてみせた。

 ただ、私の態度を気にも留めず、ヒソカは言葉を重ねる。

 

「ボクは青い果実が好物でね♥ 将来熟して、甘く芳香な香りを放つ、そんな実へと成長する果実♦ それが熟すのを見守り、熟し切った時に摘み取る♠ それが何よりの楽しみだ♥」

「はあ……」

「当然、横取りされるのは大嫌いでね♠ ましてや、まだ青い内に摘み取ろうなんて輩には、怒りすら覚えるよ♦」

「あの、何が言いたいの?」

「バレバレだよ♠ あれで隠していた積りかい? 君もゴンを狙っているんだろう?」

 

 私は曖昧な笑みを消して、真顔になる。

 

「…………仮に」

「うん?」

「仮にそうだったとして、それなら私は何故、最終試験でゴンとの戦いを避けたのかしら? 絶好の機会の筈でしょう?」

「さあ? 分からないけれど……♠ 君なりの拘りかな? だからあの時は戦いを避けた♦ でも、今はヤル気だろう? 君の纏う空気が雄弁に物語っているよ♥」

 

 ……誤魔化すことは無理そうね。仕方ない。

 

「運転手さん、車を停めて下さい」

「はい? ですが、まだ空港には……」

「停めて下さい」

「はあ……」

 

 タクシーが路肩に停まる。

 私は料金を支払うと、ヒソカと共にタクシーを降りる。

 そして、ヒソカを先導するように人通りの少ない路地の奥へ、奥へと歩を進めた。

 

 そして、周囲に人気を感じない路地裏で足を止める。

 くるりと振り返った。

 

「ここでヤリ合おうってわけかい?」

「ええ、そうよ」

 

 私はヒソカの問い掛けに、こくりと頷く。

 

 仕方ないけど、戦闘は避けられない。

 もとより、その可能性は考慮に入れていた。

 

 獲物が被っている以上、私とヒソカがぶつかる可能性は常にある。

 互いに譲る気が無いのだから当然だ。

 

 出来るなら避けたかったけど、こうなっては仕方ない。

 ヒソカを倒した上で、ゴンの下へ行くとしましょう。

 

 私は黒く滲んだオーラを迸らせる。『堅』を維持しつつ、ヒソカと相対する。

 

「その色、中々興味深いオーラだ♦」

「それはどうも」

 

 愉しげに笑うヒソカを睨みつける。

 ヒソカもまた、見事な『堅』を行使している。

 

 ……強い。

 間違いなく、私がこれまで戦ってきた中では、最強クラスの敵。

 

 だけど付け入る隙はある。

 それは、彼が生粋のバトルジャンキーであること。

 

 戦いを愉しむために、いきなり全力で敵を殺しにかからない。

 まずは小手調べと、敵の出方を窺うような戦い方をする。

 つまり、スロースターターなのだ。

 

 なら、最初の『右腕』は、そう難しくない。たぶんね。

 

 そうなると、ヒソカは片腕を封じられたハンデ戦を強いられる。

 勝ち目は……十分にある!

 

 ダンと、強く地を蹴る。

 攻防力を6対4。右腕を繰り出すのとほぼ同時に、右手にオーラを多めに振り分ける。

 もっとも、『凝』を怠りはしない。

 

 ……まだ、『バンジーガム(伸縮自在の愛)』を使う気はないようね。

 目を凝らしても、『隠』で隠している様子も見られない。

 安心して右ストレートを放つ。

 

 難なく、こちらの攻撃をいなすヒソカ。

 まあ、そうでしょうね。

 落胆することなく、次なる攻撃に移る。

 

 踏み込みと同時に、体勢を低くする。

 イメージは潜り込む様に。

 身長差を活かそうというわけだ。

 近く、低く、そんな位置取りをする相手の対処は、容易ではないでしょう?

 

 事実、ヒソカは嫌がる様に距離を取ろうとする。

 ――逃がさない!

 私は牽制に放たれるヒソカの攻撃をかわし、懐に潜り込む。

 

 そして四肢を存分に振るって、コンビネーション攻撃を見舞う。

 一打、二打、三打、四打、五打……。チッ、上手く防ぐじゃない。

 

 有効打が入らない。そればかりか、連携の間隙を狙って反撃までしてくる。

 そしてついに、力強い蹴りをクロスガードするも、その強烈さから弾き飛ばされるような形で、ヒソカとの距離が開いてしまう。

 

「体術は悪くないね♦ オーラ移動も淀みない♠ うん、見事な『流』だ♥」

 

 ヒソカはそう口にしながら、トランプを取り出す。

 パラパラパラと、両手の中でカードをシャッフルし始めた。

 

「今度はこちらからいこうか♠」

 

 その言葉と同時に、トランプが四枚投擲される。『周』で強化されたカードだ。

 私は横に跳躍し、そのカードをかわす。

 

 着地の瞬間を狙って、距離を詰めたヒソカが右手に握ったカードの切っ先を振り下ろしてくる。

 もっとも、本気で当てる気はないようだ。

 牽制の一撃。本命は、これをかわした後に来る。

 

「――!?」

 

 ヒソカが初めて驚きの表情を見せる。

 私が避けることなく、敢えて振るわれるカードへと踏み込んだからだ。

 鮮血が舞い散る。

 

 左肩に痛みが走る。……問題ない。致命傷には程遠い。

 私はすかさず、カードを振るったヒソカの右腕を掴み取る。

 そして、振り払われぬよう強く握り締めながら、呪歌を紡いだ。

 

「だーるまさんがこーろんだ♪」

「……? ……!?」

 

 黒い、黒いオーラが、ヒソカの右腕に纏わり付く。

 ふふふ、右腕もーらいっと♪

 

 更に左腕も狙うが、これは上手くいかない。

 するりと、掴もうとする私の手から逃れていった。

 

 その攻防を最後に、一旦仕切り直しと、互いに距離を取る。

 

 ヒソカはピクリとも動かない自身の右腕を見る。

 

「……へえ。これが君の能力か♥」

 

 厄介だね、なんて嘯きながら、感覚を失った右腕の様子を確認するヒソカ。

 

「ゴンを譲る気になったかしら? 厄介と思うなら逃げてもいいのよ」

「まさか♠ むしろ興奮してきたよ♥」

 

 ヒソカのオーラが迸る。

 ゾワリと、背中が総毛立つ。ッ、来るか!

 

 右腕を封じられたのも何のその、ヒソカは戸惑い無く踏み込んでくる。

 私は『凝』でヒソカの動向を注視する。

 

 まだ活きている左手で攻撃を仕掛けて来るヒソカ。

 ……やはり使ってきたわね。

 ヒソカの左手の先、巧妙に『隠』で隠されたそれを見つける。

 そう、『バンジーガム(伸縮自在の愛)』だ。

 

 あの左拳を受けるのはマズイ。

 きちんと防御しても、その上からオーラを張り付けられる。

 

 だから、思わず防御したくなりそうな攻撃――勿論、ヒソカが意図して行った攻撃だろう。回避よりも防御を選択したくなりそうなそれ――を無理に回避する。

 

 そうして空を切ったヒソカの左腕を掴みにいく。

 だが、また避けられた。バックステップでヒソカが距離を取る。

 

「……何やら執拗にボクの左腕を追ってないかい? 右腕を潰したら、次は左腕、そんな思考は理解できるけど……♥ どうもおかしい♦ 腕だけが君の能力の対象? いや、違うな♠ 順番だろう? 右腕の次は左腕、そんな制約がある、違うかい?」

 

 滔々と推論を述べながら、最後にはビシリとこちらを指差す。

 私はひょいっと、飛ばされたオーラを避ける。

 

「おや、残念♦ でも、もう一つ確信できた♥ 君、ボクの能力を知っているね♠」

 

 ……先の攻防で、防御ではなく回避を選択したのは、やはり不自然に映ったか。

 今の指差しで、『隠』で隠しながら飛ばしたオーラを避けたのもそうね。

 普通、自身の念能力を言い当てられている場面で、あんな自然に回避できないか。

 

 これらから、私がヒソカの『バンジーガム(伸縮自在の愛)』を事前に知っているのだと、そう確信されたわけか。

 それに、たった二回左腕を狙った動きだけで、私の制約も言い当てる。

 

 ……驚異の観察眼、それとも戦闘勘か。本当に恐ろしい相手。

 万全のヒソカとは戦いたくないわ……。そう、万全のヒソカとは。

 

 ふふ、まだ私の優位は覆らない。ヒソカは、利き腕を封じられているもの。

 手数が一つ足らない状況で、呪いを齎す私の両手から逃げ切れるかしら?

 

 私は両手から黒いオーラを迸らせる。

 

「くくっ、いいねその顔♥ ゾクゾクするよ♥」

 

 顔? 私はそっと口元に触れる。その口角は吊り上がっていた。

 ああ、そうか。そうね、笑っているのね、私……。

 

「あは♪」

 

 愉しい。ヒソカの様な強者、しかも、かの漫画の重要人物を呪う。達磨にする。

 自然と笑みが浮かぶのも当然……よね!

 

 私は狂笑を浮かべながら、一気にヒソカとの距離を詰める。

 そうして、呪いの両手を存分に振るう。

 

 ヒソカはするり、するりと、こちらの両手を逃れる。

 時折反撃も繰り出す。流石ね。……でも!

 

 ふふ、いつまで避けられるかしらね? 私はニヤリと嗤う。

 

 ヒソカの動きは必ずしも良くない。いや、ハッキリ言って精彩を欠いている。

 右腕だ。右腕が封じられた影響は、単に手数が減るだけではない。

 

 全く動かないそれは、お荷物だ。

 全体の動きを、どうしても阻害してしまう。

 

 私は左腕を狙うと見せかけて、ローキックを放つ。

 ヒソカの足が止まる。私は改めて、ヒソカの左腕を狙った。

 

 ヒソカは咄嗟に体を捻って半身になり、左腕を遠ざけようとする。

 

 ふん、無駄な足掻きね。

 

 予想していた私は大きく一歩を踏み出す。真っ直ぐ左腕目掛けて。

 そして――掴んだ! 後は……。

 

「だーるまさん……グッ!」

 

 なんだ? 世界が揺れる? 違う、揺れているのは私の頭、いや、脳だ。

 でも、どうして……?

 

 掴んでいた腕を振り払われる。

 それだけで体勢を崩して倒れそうになる。

 何とか踏ん張ったが、自身の両脚が覚束ない。まるで船の上にいるよう。

 

 マズイ、マズイ。どうして? どうして?

 

 頭の中を焦りと、疑問が駆け巡る。

 そしてそれが視界に映った。

 動かない筈のヒソカの右腕。それが、ぶらん、ぶらんと揺れている。

 まるで振り子のように。惰性のような動きで。慣性の力で動く。

 

 ああ、そうか! そういう……!

 

 私は得心する。

 

 きっとヒソカは、バンジーガムで建物の壁か何かと、自身の右腕をくっつけたのだ。

 そして、私の注意の全てが左腕に注がれた瞬間だろう。

 その瞬間に、ゴムの性質を利用して、限界ギリギリまで右腕をしならせる。

 そしてバンジーガムを解除。

 解き放たれた右腕が、私の頭を襲った。きっと、そうに違いない。

 

 

 失敗した、失敗した、失敗した!

 

 動かないはずの右腕を、完全に意識の外へと追いやってしまった。

 ヒソカはその隙を見事に突いたのだ!

 

「楽しかったよ、リンドウ♥ そして……」

 

 マズイ、マズイ! 避けろ、避けろ! ダメ、足が……!

 

 バックステップでかわそうとするが、足がもつれる。体勢が崩れる。ああ……!!

 

「さようなら♥」

 

 カードを握ったヒソカの左腕が振るわれる。

 すっと、首筋を何かが擦り抜けていく感触。

 一拍置いて、冗談のように鮮血が噴出する。そう、頸動脈を切られたのだ。

 

 痛みよりも、熱さを感じる首筋。

 思わず傷口に手を当てるが、そんなことで鮮血は止まらない。

 

 

 私は自身の血で汚した地面の上に崩れ落ちた。

 

 




 年内最後の投稿になります。
 皆様、どうか良いお年をお過ごし下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。