うたわれるもの ~魂の揺り籠~   作:悪役

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ケガイ

 

「そっとです……慌てず、力を意識してください」

 

少女の過保護な声に苦笑を隠しながら、言われた言葉を意識する。

何せ自分が立ちあがるのはある意味で生まれて初めてというものだ。

記憶を失い、カムイという名を得てから初の行為だ。

腕を使う事は目覚めた時に無意識に使っていたから特に感慨は抱かなかったが、立ち上がるとなると何故か違う感慨を抱いてしまう。

その感慨におかしなモノを感じながらも、立ち上がる為に足の裏を床に着き、自分が踏み締める床の下にある大地を意識する。

そして

 

「お、お、おお……」

 

考えていたよりもすんなりと自分は立ち上がれた。

 

「───」

 

まず感じたのは高さであった。

今までは布団の上から座ってみる光景が自分の一番高い視点であった為、一気に最高点が変わったのが新鮮であると言えば新鮮。

更にはそうなる事で他の物とのサイズの対比が出来る。

 

……女の子っていうのはやはり小さいな……

 

あれだけ世話をしていてくれた少女が今では物凄くこじんまりと見える。

いや勿論、こじんまりとは言え、自分の肩くらいには普通にあるので一般女性より少し小柄くらいなのだろうが、つい男性視点で見てしまう、と思われる。

 

「それにしても」

 

何だか少し自分が巨人にでもなった気分だ。

ずっと療養していた部屋が何故か少し小さく感じる。

普通の部屋というものを知らない自分だが、この部屋があれば別に不満のない生活を送れるだろうくらいには理解しているのだが。

 

歩けると分かった途端に強欲な事だな

 

自分に苦笑するが、まぁヒトというのはそう言うモノなのだろうと思い、歩こうとする。

 

「むっ……」

 

だが、やはりと言うべきか、少しふらつく。

歩けるようになったとはいえ完治には少し早いし、動かしていなかった為、肉体がついてきていないようだ。

 

「……杖か何かが必要か?」

 

「あればいいんですけど……今は無いので私が支えますので」

 

ルサミアが笑みと共にこちらに寄り添って肩を支えてくれる。

少女特有の甘い匂いが鼻を擽るのがやれやれ、といった感じだ。

だが、文句も言えなければやらなければならない事もある。

 

「ああ、そうだな。数日得体のしれない男に家を貸してくれた家主に礼を言わないといけないからな」

 

実に当たり前だが、家とは勝手に作られる物ではないのだ。

誰かが住まう、もしくは物として扱うから家が建てられるのだ。

そしてこの家は勿論、自分の家では無くては少女の家でもない。

つまり、こんな訳の分からない自分に家を貸してくれた人間がいるという事だ。

 

「一度も会ってないが……今は家にいるのか?」

 

「カムイさんがお話をしたいと私が伝えたので居間にいる、と仰っていましたよ?」

 

「なら急がなくてはな……」

 

話があると伝えて待たせるのは申し訳なさ過ぎる。

彼か彼女かは知らないが、その人だってやる事がたくさんあるのだろう。自分とは違って。

 

あ、何か凄い心が痛む……

 

今の現状を考えると何一つとして洒落になっていない。

 

 

食っちゃ寝で、美少女に看病される、身元不明男

 

 

「……」

 

仕事を探そうと、心に誓い、居間に少女の支えを借りて向かった。

 

 

 

 

居間にいた男は家の中にいるというのに外套を着て、全身を隠していた。

 

「……?」

 

外套に隠れているからこそその全身が中々の巨体である事は自分でも察する事が出来たが、それ以上に恐ろしい程の静の気配に武士か、と何故か思った。

 

はて……? 何でそんな事を考えれてるんだ自分は……?

 

よく考えれば顔も見えないのに勝手に男であると思って、しかも否定しようとしない自分がいるから結論としてはよく分からない。

だが、姿見がどうであっても恩人である事実は変わらない。

ルサミアに目配せをして、膝を着いて男と対面の形で対峙する。

 

「……傷は癒えられたか」

 

発せられた言葉は低く威厳のある言葉であった。

男であるのはやはり正しかったようだ。

 

「ええ。此度は怪しい男に寝床を貸していただき感謝を」

 

「いらぬ。傷が癒えればここを出ていくがいい」

 

こちらの礼を一瞬で切り捨てられ出鼻をくじかれる。

思わず少女の方に視線を向けるが、少女は困った顔で何を言えばいいのか、と悩んでいるようなのであまり迷惑をかけれないという事は分かった。

 

「しかし、それではこちらが恩知らずになってしまう。恩人に恩を返したいという心情を出来れば組んで頂ければ……」

 

「……娘よ。彼には何も言っていないのか」

 

唐突に男の言葉がルサミアに向けられた。

唐突の流れの変化に戸惑っている間に、同じく戸惑いの表情と声色を灯した声が少女の口から開かれる。

 

「あ……その…………」

 

「責めているわけでは御座らん。確かに我らのこれ(・・)を口で語っても荒唐無稽なモノ。見せる方が手っ取り早いであろう」

 

何やら、きな臭い会話をしているのは分かっているのだが、自分には覚悟をしとくくらいしか無い気がする。

どうしたものか、という心情のまま男は再びこちらに意識を向ける。

 

「成程。恩義を返し、礼を尽くしたいという気持ちは理解出来、正しい行いである事は同意しよう」

 

「では……」

 

「だが、それは人の道理よ」

 

男は立ち上がり、おもむろに外套を払った。

無論、そこに見えるのは男の体であり

 

 

 

「このように穢れ堕ちた身には相応しくない道理だ」

 

 

 

人の体が見えると思うたら、そこには一切人と感じる箇所が無かった。

何故なら真実、その体は人では無かったからだ。

体は鱗のようなモノに覆われ、手足の先は人の爪や手足の形に収まっておらず、顔は人の体ではなく伝承に伝わる(カンナ)のような顔だ。

そして背には羽のようなモノすらある。

記憶を忘れている自分ですらはっきりとわかる。

これは確かにヒトの体ではない、と。

無い、がカムイは全てを理解して今までの会話と態度を租借し

 

 

 

 

 

「貴殿の言いたい事は理解した──が、貴殿の事情と自分の事情は別だ。嫌でも恩は返させてもらおう」

 

 

 

 

 

「────」

 

鈍重の体に己の人生で味わった事のない衝撃を受ける。

思わず青年を見ると青年の眼差しは外套を着ていた時の自分を見る目と何一つ変わらない。

一切の濁りの無い瞳に視線を逸らして少女の方を見ると少女も先の言で驚きを示している。

 

……口先だけか……?

 

疑心が働き、勘ぐるがそうではないと肉体と経験が告げる。

虚言の言葉で貴様は自分にあれ程の衝撃を与えるモノか、という確信に近い思いが己の疑心を許してくれない。

 

馬鹿な……

 

自分が話したのはたった少しだけだ。

寸刻程の時間だ。

相手の人柄を掴むには全く時間も足りなければ言葉も足りないはずなのに

 

「──」

 

視線と意識を奪われる事を避けれなかった。

だが、即座に唇を嚙むことで遮断する。

己の立場が早計を許せる立場ではない事は理解している。

たった一言で全てを信じるわけにはいかないのだ。

 

「……茶でも入れてこよう」

 

流れを斬る為に己は立ち上がって青年から視線を逸らした。

青年と少女がそれは私が、と言いかけたが手振りをそれを止める。

そして台所に行きながら、しかし全身を振り返る。

 

「貴公……名は何と申す」

 

勿論、関わらなかったとはいえ己の家で療養させていたのだ。

彼の状況については知っている。

だが、それでも思わず問いを投げたくなったのだ。

彼もこちらの本心を気にせずに

 

「自分はカムイと名乗る事にした。貴殿は?」

 

「私は……」

 

答えようとして気付く。

自分の名を告げるのはここの村の者以外だと随分と久しい行いである事を。

この身になって以降、当然人として扱われなくなったが故の当然の末路なのだろうが、今、改めて人に名乗る事になるとは……。

その思いを内に秘めながら、私はやはり名乗る事にした。

 

 

 

 

「私の名はウォセだ。この村で一応、代表という事になっている」

 

 

 

 

茶を入れられた自分達はとりあえず一息をついてウォセと名乗った男と向かい合っている。

 

「……貴公はケガイについて覚えていたのか?」

 

「……ケガイ?」

 

咄嗟に記憶は忘れても知識は残っている頭に問うと、確かにケガイという単語について自分も言える事があった。

 

「確か……ヒトが突然、異形の姿に(・・・・・)……成程、そういう事か」

 

「然り。ここはそういう村だ」

 

ケガイ

 

 

詳細は原因不明の病としか判明していないもの。

ただその症状が出た者は突如、異形の姿になる事だけ。

原因も対処法も不明。

ここ数年で突如生まれた奇病だ。

禍日神(ヌグィソムカミ)の仕業だとか何らかの呪法によるものではないかと憶測が飛び交ったが、発症した人間に繋がりが一切ない事から原因を特定することが不明のまま続く恐ろしい病としか判明していなかった……というものであったはず。

知識だけが勝手に浮かび上がるというのにやはり慣れる事は出来んな、と思いながら、とりあえずどうして礼も要らぬ、傷が癒えたら立ち去れと言われるわけだ。

 

「この村は……ケガイに感染した人々の村なのか」

 

「ケガイに成り果てた、と言わぬのは情けか?」

 

「理性も情も消え去ったのならばそう言おう。そうでないのならば貴殿の言葉はただの不幸自慢と変わりないと返させてもらうが?」

 

「……忝い」

 

礼を聞かない事にして茶を飲ませてもらう。

恩人に言われるような言葉でもなければ、こんな事で礼を言われるつもりなぞないのだ。

だが

 

「よくもまぁ、自分た……自分を受け入れてくれたのだな」

 

少女の事はカウントしない。

自分と同列に扱っていいのか分からないからつい、分けて考えてしまうが、どうやら二人とも気にしなかったので良しとする。

 

 

「当然、反対は起きた。迫害した人をどうしてケガイ(我等)が救わねばならぬのだ、と。だがな──人の肉体は穢されようと心まで畜生に堕ちるのを私は許すわけにはいかなかったのだ……」

 

 

肉体は人の身では無くなっても情を捨てれば、最早迫害された言葉を否定出来なくなる、か……

 

当然、ケガイになっておらず記憶を失っている自分には理解は不可能だろう。

理解するには自分はまだ幸福だ。

少なくとも自分には支えて、助けてくれた人がいたからだ。

さて、自分は彼らよりも恵まれているのか、否か。

 

……それこそ不幸自慢だな。

 

記憶を思い出せない以上、自分の名はカムイだ。

それだけでいい。

 

「ならば自分は貴殿と村の者の気高さに感謝をさせて頂きたい」

 

そんな風に述べるとウォセの竜眼がこちらをじろりと見る。

探られて痛くなる腹があるわけじゃないが、無駄に探られるのも困る。

故に視線で何用かを告げると

 

「不思議な男だ」

 

と失礼なのか、有り難いのか困る事を言われた。

 

「ケガイの我等に対して一切気後れせず、さりとて礼を忘れん。何故だ」

 

「恩義を返すのに、姿形に拘れ、と?」

 

「獣相手に貴公は恩を感じるか?」

 

「場合によりけりだが、この場合、それは例えにそぐわない。何故なら貴殿は人としての知も礼も忘れておらぬ。人の形を失おうとも未だ魂が人の形を保っているのならば貴殿達は人であろうよ」

 

ふむ、と相槌をウォセ殿がするが、直ぐに以下の言葉をこちらに問うた。

 

「実に正論だ──だがその正論を貫くのが難しいが故に我らはこうして隔離されている。無論、例外がある事は認めるが、記憶を喪失している貴公がここまで我らに対等であれるのは我等からしたら不思議としか言いようがない」

 

 

それは……確かに。

 

自分でも確かにそれは不思議だ。

ウォセの姿を見た時、自分に焦りや驚きという感情はそれ程芽生えなかった。

無論、皆無と言うと格好つけ過ぎなので言わないが、それにしても余りにも足りない。

もう少し驚愕をするのが普通というものではないのだろうか?

無論、これに関しては自分が思っている以上に淡泊。

記憶を失う前にケガイの知り合いがいた、という可能性があるからさしておかしな事でもなければ、やはり結論が証拠が無いので考えても意味が無いに陥るから対処も以下同文である。

 

「恐らく記憶を失った事によって頭を締めていたネジも喪失したのであろう」

 

「それはまた大変な事ではあるな」

 

お互いに苦笑をし、お茶を飲む。

茶が上手い、そう素直に思いながら目の前の男がやはり人であるのだ、と何故か思えた。

随分と現金なものだな、と自嘲するがそういうのも悪くないだろう。

茶を美味しく入れる怪物などいるものか、と。

 

「恩を返したいのは山々だが、そちらの事情は相分かった。確かに自分……がいると貴殿達に不快な思いをさせるだろう。ならば傷が癒え次第、早々に……」

 

「……否、待っていただきたい」

 

出ていこう、と言いかけた所に待ったの声がかけられる。

 

……ふむ。

 

先程まで出ていけ、と言った人間に待ったをかける理由。

トントン、と指で膝を叩く。

それを合図に思考を加速させる。

人に忌み嫌われ、それでも人を求める理由。

幾つか考えられたが、しかしこの場で自分が言うよりも彼に言わせた方が友好的ではあるかと思い、問う。

 

「何だろうか?」

 

「…………はっきり言わせて貰おう。この村は、我々ケガイは何時までもこうしている事は出来ん」

 

「何故に」

 

口ごもる竜人。

しかし、それでも口に出さなくては始まらないと言わんばかりに口を開ける。

 

「……今は良い。今は我等だけで生活していけるであろう。食料も水も衣服も今は自給自足出来る。だが、将来的には必ず材料が足りなくなる」

 

「他の村との繋がりは……やはりないか」

 

無言で頷く彼に現実的な問題点をやはり認識する。

姿が異形に変われど、生きる為に食が必要である事もその他の生きる為の何かが必要な事までは変化はない。

生物である以上、それはヒト以外でも逃れられない本能だ。

 

「農作は」

 

「当然している。山で自生している食物や獲物も含めて我らは生活を作っている……が」

 

「それも元が消えたら限界が来る、か………」

 

サイクルがある作物ならば持つだろうが、そうでない作物は何れ消えていく。

山に自生している作物も獲物も無限に湧くわけでは無い。

もしかしたら意外と数十年くらい持つのかもしれないし、もっと早くに無くなるのかもしれない。

故に人は他者と繋がりを持って生きる為に工夫を凝らすのだ。

だが、ケガイの彼らはその他者とのつながりを持てない。

人間は最早本能の領域で同じ生物が別のモノに成り果てた時、忌避の感情を芽生えて行動に移してしまうものだからだ。

 

「話は分かった。だが、しかし。それを自分に何とかしろというのは流石に荷が勝ち過ぎだ。恩がある以上、力にはなりたいが……」

 

「理解している。記憶もなく足元すら不明な貴公に恩を利用して無理難題を放り投げるつもりは毛頭ない。私がやって貰いたいのは別の事だ」

 

別の事か……

 

自分に出来る事など些細な事だとは思うのだが、こうも厳かに告げられると重大な事を告げられるようで構えてしまいそうになる。

だが、しかし

 

人を倦んでいるであろうケガイの者がそれでも救ってくれたのに恩を返さぬは恥知らずよりも恥晒し……

 

「仰ってもらいたい。出来る限り力になる事をカムイの名に懸けて誓おう」

 

隣で沈黙を守っていた少女は思わずこちらを見るが、自分はそっちを見ない。

この名に誓った以上恩を返せないという事は彼女の名誉にも泥を塗る事になる。

それをするくらいならば腹を裂いた方がマシの屈辱だろう。

だからこそ、こちらの覚悟を察してくれたのか、こちらをじっと見ていたウォセは一つ深く頷き

 

「今直ぐ出来る事ではない事は重々承知の上である。何よりそれを生かせられるかも断言できない」

 

それは

 

 

 

「我等の人に対する憎悪に折り合いをつけれる手助けをして欲しい」

 

 

 

思わず視線を向けると竜の目には意思ではなく自分の姿が映っていた。

それに何故かは知らないがたじろいでいる間に男が語った。

 

「頼んだ身だが正直、こちらも何をしてくればいいのか分からない。先よりはマシだとは思うが十分に無理難題の類である事は理解している」

 

ましてや

 

「そう頼んでいる私自身がその熱をどうして否定出来ようか、と内心で叫んでいる。事実、私がこの憎悪を手放す事があるのかと疑問だ。だが」

 

だが

 

「やらねば滅びる……我等のような人生に膿んだ大人だけならばいいが……この村にも少ないが子供がいる。もしかしたら先に幸福は無いかもしれないが……大人の我儘で子供の未来を奪う事だけはしてはならぬのだ……」

 

それを告げ、最後に誰の目にも分かるくらい頭を下げ

 

 

 

 

 

「我等ケガイの憎悪と諦観の世界に僅かでもいい……明日への希望を抱かせて貰いたい」

 

 

 

 

 

 




無理難題は頼まないと言っときながら無理難題が来た。

すいません! 残業やらFGOで時間をかけてしまいました!

もしかしたら次回はFateの方を書くかもしれない……!

あんまりあとがきに時間をかけずに投稿したいのでここらで失礼します!

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