ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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フィンと話すだけです。




ファミリア団長

 未だ活気付いている『バベル』の方角は明るく、賑やかなのに対し、静かに月明かりが照らす【ロキ・ファミリア】ホーム、相部屋の団員を起こしては悪いと、部屋を出ていたラプラスに小さな訪問者がやって来ていた。

 

「やあ、今大丈夫かな?」

 

 大きく輝く月を背に窓際の椅子に腰掛け、葡萄酒を片手に魔石灯を点けず、月明かりだけで本を読んでいたラプラスは来客に目を向けた。

 

「む、こんな時間にどうした?フィン」

 

 【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディムナ

 都市最強派閥の団長が訪れていた。

 

 

 

 

 

 

 フィンの部屋にやって来たラプラスは、読んでいた本を虚空へ消す。そして魔石灯を点けて部屋を明るくし、部屋の真ん中にある大きな机に対面して腰掛けた。

 

「お酒持ってるんだろう? 頂こうかな」

「ああ、是非とも感想を貰いたい。今回は自信作だぞ」

 

 机の上に酒瓶を置き、フィンの分のグラスを『魔法』で出すと、酒を注いでいく。芳しい香りが漂うグラスを受け取ったフィンは香りを楽しんだ後、その杯を仰いだ。

 

「うん、おいしい」

「……フィンはいつもそれしか言わんな」

「ははは、詳しい感想は神ソーマに貰いなさい。どうせまだ通っているんだろう?」

「む、見逃して貰っているのは感謝する」

「お酒の指南を受けるくらいなら問題ないさ」

 

 早いペースで飲んでいくフィンに、既に少し酔っていたラプラスは盤を机に置くと、駒を持って自らの杯にも酒を注ぎ、それを飲んだ。

 

「フィン、久しぶりにやるぞ」

「ふふ、いいよ。望むところだ」

 

 

 

 

 

 

「ふむ、それで前回の遠征は引き返してきたのか」

「ああ。その芋虫型のモンスターは本当に厄介だったよ。しかも大群ときたもんだ!全く困っちゃうよ、ヒック」

「モンスターを喰うモンスターか……モンスターって美味いのか?」

「イレギュラーが多かったなあ。お陰で『カドモスの泉』には楽に行けたんだけどね」

「……それは笑えないぞ」

「いつか笑い話に出来る日が来るさ。はい、チェックメイト」

「……む、むうう、もう一回だ!」

 

 すっかり出来上がった二人は前回の遠征の話を肴にしているようだった。報告書ではわからない現実味のあるフィンの話をラプラスは興味深く聞いていた。ダンジョンに行かずとも、ダンジョンの事を話題にするのはやはり冒険者の性のようだ。チェスはちょうどフィンが勝ったところで、負けたラプラスはそそくさとスタートの位置まで駒を戻していく。

 

「……相変わらず強いな」

「ラプラスに言われたくはないなあ」

 

 しょっちゅう対戦している彼等の勝率はお互いにほぼ五割。この二人でばかりやっているのは単純に他の人よりも強すぎて、相手が居ないという理由からである。

 

「ふむ、その芋虫型は切ると何でも溶かす液体が出て、それは武器すら溶かす、か。しかも極彩色の魔石とは……。それにしても、消耗の多い五十階層以降でそんなモンスターが出るとは、ダンジョンも考えているな。というか、酒を飲んでいる時にそんな話するな」

「君が話せって言ったんだろう?ヒック、まあいいや。それでその後キャンプに戻ったらもっと大変だったんだよ」

「ああ、それは知っている。芋虫型に強襲されていたんだろう」

「そうそう、奴等の知能が低いのが幸いしたね。連携なんてモノはなかったから、何とかすることは出来た」

「団長の目から見て詳しく教えてくれ」

「ンー、それはティオナやベートから聞いていないのかい?」

「何時も言っているだろう。ティオナは話す量は多いが、擬音ばかりで全く説明になっていない。ベートは恐らく自分の失態を思い出すからだろうな。話している途中で何処かに走り去る」

「ははは……他の子達は?」

「む、アイズは口下手で説明が下手だ。ティオネは途中から全てフィンの話になる。ガレスは鍛錬を強制させられる。リヴェリアは俺にダンジョンの話をしてくれない」

 

 益々酒が進み、淡々と話し続けるラプラスを見て、フィンも思わず駒を動かす手を止めて苦笑してしまう。しかし、疑問に思ったことがあったのか、指を顎に当ててラプラスを見つめた。

 

「……あれ?レフィーヤやラウルには聞かないのかい?」

「ラウルはこの前の遠征の事を話してくれない。そして……実はレフィーヤに避けられている」

「え?どうしてだい?だって確かレフィーヤは……」

「ああ、俺が教育係をやっていたな」

「……どうしてなのか聞いてもいいかい?」

 

 酔っているせいか、何時もより大袈裟にずーん、と雰囲気を重くし、遠い目をするラプラスにフィンは心配そうに尋ねた。

 

「……わからない。だが強いて言うなら三ヶ月前の薬の暴発からか……?」

「いや、原因わかっているよね」

「何だ?わかるのか?」

「絶対その薬の暴発でしょ」

「いや待て。レフィーヤにとってはいい結果になったと思ったが……」

「僕、その話聞いてないな」

 

 二人の間に何か重大な出来事でもあったのかと心配してみれば、いつも通り何でもない事だった。心配して損したと、若干ピリピリとしたフィンの雰囲気を感じ取ったラプラスはほんのりと顔が赤くなっている可愛らしい笑顔の彼に慌てて弁明した。

 

「ああいや、その、情報統制をしたんだ。……ティオネが」

「どうして?」

「それは言えない。言ったら俺が殺されてしまう」

 

 怯えたように言うラプラスに更に酒を注ぎ、それを飲んだフィンは容赦無く二択を迫る。

 

「じゃあもう深層の素材は無料提供出来ないかな……」

「すまんティオネ。許せ。これは死活問題だ」

 

 実際は二択などではなく、回答は確定しているのだが……

 

「さあ言うかい?」

「……酔うんだ。今以上にベロンベロンに。理性崩壊するが、記憶はしっかり残るらしい……ティオネには絶対に悟られないようにしてくれよ……」

「それは難しいかな……にしてもマズイね……」

 

 言ってしまった恐怖からか僅かに震えているラプラスとすっかり酔いが覚めたように険しい顔をして薬に対する思案をするフィン。暫く唸っていたフィンだが、腹を括ったのか机の上に両肘を置き、手を組み合わせると、神妙な顔をしてラプラスを見た。

 

「……よし、これからは飲食物に気を付けよう」

「……本当にすまん」

「謝るなら、効果のわからない劇薬の生成は控えるように」

「善処する」

 

 その曖昧な返事に苦笑したフィンが酒を一気に煽り、駒を置くと、ラプラスも間をおかずにすぐに駒を置いた。それを見たフィンは、グラスに入った酒を揺らしながら見つめているラプラスに訝しげな目を向ける。

 

「……人が悩んでいるときに考えていたね?」

「お陰で良い手を思いついた」

「……なら、僕からも質問して良いかな?ティオナ達のことだ」

「……達?アイズ達のことか?」

「いいや、具体的に言うなら『豊穣の女主人』の店員さんと君の担当者さ」

 

 意趣返しのつもりで言ったフィンに対して、全く訳がわからないと疑問符を頭に浮かべているラプラス。新しく酒瓶を出すと、空になったグラスに注ぎ、口に含んだ。その様子を見て、フィンは深く溜息を吐いた。

 

「ねえラプラス。それワザとやってるの?」

「は?ワザと?どれがだ?」

 

 グラスから口を離し、困惑した顔を浮かべるラプラスにフィンは何時になく年長者として諭すように、少し圧を込めて言った。

 

「そう言うのも含めて全部だよ。素直に言うんだよ。君ってティオナの事どう思っているんだい?」

「……それは言わないとダメか?」

 

 質問を聞いたラプラスは急にしおらしくなり、目を泳がせてしまった。普段とは違ったラプラスの様子はフィンも少し意外に感じた。しかし、ここまで来たなら野次馬精神が働いてしまう。また一口酒を口に含んだフィンは見た目に反して中身はいい年をしているのだ。

 

「うん、正直に言ってごらん?」

 

 笑顔を浮かべて内心ワクワクしているフィンに気付かずにラプラスは酔いとはまた違うような顔の赤みを帯び、視線をチェス盤の一点に向けて口を開いた。

 

「……ダンジョンに行かない可笑しな冒険者のおれをティオナはとても気にしてくれている」

「うんうん、それはよくわかるね」

「最初は何が目的なのか、少し怪しんだこともあった」

「ンー、確かに急に過激になったからね」

「昔からLv.が低かったおれをティオナは気にかけていてくれたんだが……この前、ティオナに連れられて半日出かけただろう?」

「ああ、遠征から帰ってきてすぐなのにあの子は嬉しそうにしてたね」

「……その時、ティオナの笑顔を見て……こう、何だか心拍が増大したというか……今みたいに恥ずかしくなったんだ……」

 

 ラプラスの告白はフィンを大いに驚かせた。正直ここまで話してくれるとも思わなかったし、こんな事になるとも思わなかった。ラプラスには失礼だが、まさか彼がティオナを女性として意識しているとは思わなかったのだ。あのベートですらアイズに対して恐らく想いを寄せているというのに、今まで全く女性関係の浮いた話がなかったラプラスは、一部の男神から熱烈な視線を浴びる程だったのだ。

 そんな彼がティオナに『恋』とまでは行かないが、少なからず脈があるとわかっただけでも、フィンは冗談抜きで大声を上げる寸前だった。思わず緩みそうになる口許を何とか気合いで抑えたフィンはもはや久しぶりに会った世話焼きの親戚のおじさんだった。

 

「そ、それで、他の二人はどうなんだい?」

「他の二人とは?担当者はチュールだが、『豊穣の女主人』は……もしかしてリューか……?」

「おやおや?どうして彼女だと思ったんだい?」

「……何でもない」

 

 ぐいぐいと詰め寄ってくる見た目少年のおじさんからふいっと顔を背け、酒をゴクゴク飲んでいくラプラス。机の上に置いた腕を閉じたり開いたりして、ペンを出したり消したりしていることから、明らかに動揺している彼の顔は案の定真っ赤に染まっているのだった。そして、暫くすると少し落ち着いたのか『魔法』を止め、目を細めると、すっかり真っ赤になった顔を向け、フィンを睨んだ。

 

「……もういいだろう。そもそもそんなことを聞かれる筋合いはない!」

 

 少し怒っているのか、恐らく羞恥心からだろうが話を早々と切り上げようとする。しかし、フィンがこの程度で聞きたいことが尽きているはずがなかった。優雅にグラスを揺らすと、微笑みをラプラスに向ける。彼はまだまだこの質問タイムからは逃れられないのだった。

 

「まあまあ、まだいいじゃない。ティオネに薬を飲まされてしまったら僕はどうすればいいんだい?」

「うぐっ……!くそう、今日だけだぞ。もう金輪際それは言わないと約束しろ」

「よし、今日だけなら何でも聞いていいんだね?なら早速……その『豊穣の女主人』の店員さんはどう思うんだい?」

「……どうとは?」

「もうわかっているくせに。ティオナと同じ様な気持ちになった事はないのか、という事さ」

 

 再び顔が赤くなるラプラス。その様子を見てまたもや何かあったと確信するフィン。ラプラスにとってこんな気持ちになる事自体が初めてだったので、自身の顔が真っ赤になっている事に気付いてはいなかった。

 

「また何かあったね?」

「……何でわかるんだ」

「ふふ、何でもさ。それで?何があったのかな?」

 

 ポーカーフェイスやら無感情やら、目の前のこの子や【剣姫】にはやたら人間離れした呼び名があるが、フィン達のように長い付き合いの者からしたら、彼等程わかりやすく、また感情豊かな人間は居ないと常日頃から思われていた。目の前の彼の姿は、あの三人の少女達でもなかなか見られたものではないな、と焦っている彼を見てフィンは思ってしまうのだった。

 

「……一週間前だ。神ヘルメスに拉致された」

「うん?拉致?……まあそれは今はいいや。それで?」

「倉庫に閉じ込められた。そこで、名前を呼ぶように頼まれた」

「ああ……だから今までのように苗字で呼んでいなかったのか。でもそれだけならそんな風に身構える必要はないんじゃないかな?」

 

 フィンの質問に答える度に心臓は音を早め、身体が熱くなっている事を自覚していたラプラスだったが、恐らく酔っているのだろうと盛大な勘違いをした。更にフィンに迷惑を掛けてしまったという負い目から、途切れ途切れになりつつも、その日にあった事を話してしまうのだった。

 

「……あの時は今よりもっと暗かったな。魔石灯がリューの横顔を照らしたんだ……振り返ったその顔は……とても、とても……綺麗、だった……うぅ……」

「……」

 

 最後の方は尻すぼみになってしまっていたが、確かにフィンは聞き取った。もはや何も言えなかった。()()ラプラスが、此れまで女性に対して何の興味も抱いていなかったこの子がとうとう多感な時期に入ったと。今まで苦労してきたが、今日でそれは報われたと。こんな事を考えている時点でフィンの思考回路はもうとっくに酒にやられていたのだった。

 ダンジョンに於いてどんな難解な状況であっても、決して判断を間違えないその頭脳をいとも容易く混乱させたラプラスの言葉。

 あの時受けた衝撃は、まるで『階層主(ゴライアス)』百体分の突進を一気に喰らったかのようだった、と後にフィンは語ったという。

 

「ふふ、ふふふ、ふふふふふ」

 

 突然笑い始めたフィンに、何事かと驚きの目を向けるラプラス。俯いて静かに笑っているフィンは誰がどう見てもヤバい奴だった。

 

「……フィン?少し飲みすぎたのか?もう帰って寝たらどうだ?疲れているんだろう?」

 

 そっとフィンの肩に手を置き、優しげな目で諭すように話しかけたラプラス。目の前で奇行を見せられて、少し冷静になったようだ。

 

「さあ、歩けるか?部屋まで行けるか?」

 

 ゆっくりとフィンを立たせると、肩を支えて、出口まで歩かせていく。扉を開けて、部屋の外に出た。するとフィンが顔を上げ、その緩んだ瞳でラプラスをじっと見つめた。

 

「……な、何だ?」

「……いいかい、ラプラス。明日のデートは頑張るんだよ」

 

 そう言い残すと、フィンは肩を支えていたラプラスの手を振りほどき、しっかりとした足取りで自室の方角へ歩いて行った。取り残されたラプラスは暫くそこに立ち尽くしていたが、部屋に入り、鍵を締め、一直線にベッドに向かった。そして背中からベッドに倒れると、瞼を閉じた。そしてベッドのスプリングの振動が収まった頃、ぼそりと呟いた。

 

「……結局フィンは酔っていたのか?それとも……」




最近この小説って短編集の割に話繋がってるなあと感じ始めました。もしかしたら連載に変えるかもしれないので、その時は宜しくお願いします。

感想・批評・質問等お待ちしております

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