ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

7 / 27
今回はヒロイン出ます。

前回の事は忘れるんだ、イイネ?



瞳に映る憧憬

 迷宮都市の北西部、ギルド本部の冒険者窓口にラプラスはやって来ていた。普段なら夜の人気が疎らになった頃にフラリと立ち寄るのだが、今日に限っては日没を少し過ぎた、仄暗く感じる時間帯に訪れていた。

 

「あれ、ラプ君?こんばんは。珍しいね、こんな早い時間に来るなんて」

「ん、こんばんは。実はフィンからの用事と俺も用があってな」

「そっか。じゃあ応接室が開いているからそこでいい?」

「む、いや直ぐに終わると思うぞ……たぶん」

「はい、了解です。じゃあ何時も通りね」

 

 突然現れたラプラスにエイナは少し驚いたが、普段と少し様子が違う事に直ぐに気がつき、早速聞いてみる事にした。

 

「それで?今日はどうしたのかな?一応言っておくけど、ダンジョンには行かせないからね」

「あー、その事なんだが……」

「も、もしかして行く気なの!?だ、ダメだよ!絶対行かせないからね!」

 

 ラプラスが曖昧な返事を返すと、エイナはわなわなと震え、一気に捲し立てた。その目には薄っすらと涙が浮かんでおり、怒りの中に悲しみも混ざっているようだった。そんなエイナの様子に周りのギルド職員や冒険者達も驚き、緊張した空気を感じ取った。

 

「……行かないぞ。ダンジョンには」

「……え?ああ……はぁ〜……良かったぁ〜……」

「……ロキとの約束だったか」

「え?う、うん……まあ約束してなくても絶対に行かせないよ。私の目が黒いうちはね」

「そうか。何だか勘違いさせたようだから謝る。すまなかった」

「ううん!全然大丈夫だよ!私の方が早とちりだったし!」

「……そうか」

「うん……」

 

 沈黙が二人の間に流れた。お互いに自分のことをらしくないと考えているのだが、それを口に出すことはなかった。空気が弛緩し、何時も通りの喧騒が戻ってくる。そして、ラプラスが先に口を開いた。

 

「そういえばフィンの伝言だ。『これからもこの子をよろしく頼むよ』だそうだ」

「ええ!?あの【勇者】が私に直接!?」

「うむ」

「恐縮ですって伝えといて……」

 

 わかった、と返事をするラプラスを尻目にエイナは先ほどの言葉を神妙な顔で頭の中でリピートしていた。

 

 ーーーこれだけの事をわざわざ伝えさせる必要があるのかな?ハッ!もももももしかして末長くこの子(ラプラス)のことをよろしく頼むよってことじゃ……!きゃー!それって……親公認ってことだよね……!

 

 何かを深く考えていたかと思えば、突然頬に手を当て、だらしない笑顔になったエイナの一部始終を見ていたラプラスだが、人には人の事情がある、と深く追及しない事にした。

 そして暫くしてようやく落ち着いたらしいエイナは未だほんのり赤い顔でラプラスに尋ねた。

 

「そ、それで?ラプ君の用事って何かな?」

「ああ、その事なんだが……む、チュール。担当がやって来たみたいだぞ」

「あの〜……エイナさーん……」

「あ、ベル君!ごめんね、ラプ君。ちょっと外すね」

 

 申し訳なさそうに言うエイナに、ラプラスは首肯し、入り口から真っ直ぐやって来た兎のような男の子に場所を譲った。手持ち無沙汰になったラプラスは周りに聞こえない程の小さな声で詠唱を唱えながら、『魔法』で羽ペンを出したり、しまったりしていた。これは『魔法』を会得してからずっと続けている最早癖となってしまった訓練で、『魔法』を素早く出す為にはまずは慣れだ、と始めた訓練だった。周りからすれば手品をしているように見えるので、一時ラプラスの二つ名に【手品師】が付いた事もあるほどだった。

 

「……プ…ん……ラ…君……ラプ君!」

「ああ?うん、すまん。ボーッとしていた。話は済んだのか?」

「それやり始めると止まらないよね、ラプ君は。話は終わったんだけどね……」

 

 苦笑したエイナはあのね、と前置きしてラプラスの方を見ていった。

 

「ラプ君、アイズ・ヴァレンシュタインさんの事を教えてあげて欲しいんだけど……」

 

 おずおずとこちらを見ている先ほどの少年を見つけ、ラプラスは何となく察した。要は何時も通りアイズに惚れてしまって是非とも紹介して欲しいというものなのだろう。

 

「俺から教えることはないし、自分から聞く事も出来ない様な奴ではそもそも話にならない。何時も言ってるだろう?」

「うーん……でもそこを何とか!私からのお願い!……ダメ?」

 

 手を顔の前で合わせ、頼んで来たエイナは、最後の言葉だけ少し瞳を潤ませて上目遣いをし、か細い声でそう言った。眼鏡越しに震える瞳と、普段のキャリアウーマンの姿が印象的な彼女の守りたくなるような可愛さのギャップに、目の前にいたベルはもちろん、周りに居たギルド職員や冒険者も揃って顔を赤くした。

 

「はあ……まあチュールから頼まれたからな。教えてやるか」

 

 しかし、それが直撃したはずのラプラスは平然と普段通りに答えた。相変わらずの動じなさに冒険者もギルド職員も驚き、偶々ギルド本部に居て前屈みになっていた男神からは『やはり噂は本当だったのか……』『ホモォ……』『俺はいつでも待ってる』と、あらぬ噂を立てられていくのだった。

 

「あの、エイナさん……こちらの人は……」

「ああ、ごめんねベル君。この人は【ロキ・ファミリア】の幹部のラプラス・アルテネス君。Lv.3で、私の初めての担当冒険者なんだ」

「ええええぇぇぇぇ!?ホ、ホントに【ロキ・ファミリア】の方なんですか!?」

「今はもう幹部じゃないけどな、まあよろしく。君は俺より年下で良いのかな?敬語は外してしまったが……」

 

 緊張と動揺であわあわと狼狽えているベルに苦笑し、エイナとラプラスは顔を見合わせる。そしてラプラスがベルに右手を差し出すと、ベルは漸く少し落ち着いたのか、恐る恐るといった様子で手を差し出して来た。ラプラスはその手を掴むと握手を交わした。

 

「あ、はい!?だ、だ、だ、大丈夫です……僕は、ベル・クラネルです。あ、あの、こちらこそよろしくお願いします!」

 

 握手を解いたラプラスはそのままベルの事をじっと見つめた。そして徐に手を挙げるとベルの頭をくしゃくしゃと撫で始めた。

 

「え〜と……あの……これは……」

「ふむ、保護欲を掻き立てられるというか何というか……人に好かれそうな子だな」

「あ、ラプ君もそう思う?ベル君、見た目通りに人が良いんだよ」

 

 自分の頭を撫でながらそう呟いたラプラスにベルは何が何だかよくわからず、自分より背の高い彼の事を見ることができず、ずっと俯いていた。

 

「……それで、アイズの何が聞きたいんだ?」

 

 頭を撫でるのを止めたラプラスはまだ緊張しているベルに尋ねた。ベルはチラ、とエイナの方を見たのだが、彼女はニコニコと笑顔を浮かべているだけで、どうやら助け船は出してくれそうになかった。

 

「あ、あの……」

「まあ、俺から教えてあげられることなんて特に無いんだがな」

 

 ガクッとベルは転けそうになってしまった。折角勇気を出して質問しようとした矢先、止められてしまったその言葉。ベルは思わずラプラスに詰め寄った。

 

「ええ!?な、何でですか!?」

「何でも何も、アイズは基本ダンジョンに居る。対する俺はダンジョンに一切行かない。昔はそうでもなかったんだが、ここ最近は顔を合わせることも少なくなって来ているからな」

「はぁ……まあそうですよね。誰かに頼るなんてダメですよね……すみません。僕頑張ります!」

「む、先ほどの会話の何処に頑張る要素があったのかよくわからなかったが、まあ頑張ってくれ」

「それじゃあエイナさん。僕はこれで。ラプラスさんも失礼します」

 

 そう言ってギルド本部から出ていくベルを見送った二人は再び定位置に戻り話し始める。

 

「ふむ、面白い奴だったな」

「あはは、今時あんな純粋な子は居ないよね」

「しかもさっき聞いていた限りでは類を見ない成長をしているようだったが……?」

「うん、そうなんだよ。ベル君って本当に凄いスピードで成長してるの。でもそれとは関係なく、人の話を盗み聞きするのは良くないぞ」

 

 コツン、とラプラスの額にデコピンをすると、じっとラプラスを剣呑な目で見つめるエイナ。それに対しバツが悪そうにしたラプラスは額を片手で抑えるとすまん、と小声で謝った。

 

「うん!反省しているならよろしい!それでベル君の成長なんだけど……ねえ、ラプ君は冒険者になってからニ週間で七階層まで進めると思う……?」

 

 ふむ、と少し考えたラプラスは心配そうな顔をしたエイナに向かって答えた。

 

「まあ、普通なら有り得ない。冒険者に成りたてなら尚更だな。六階層から出てくるウォーシャドウが慢心した初心者を喰い殺す。二週間程度では七階層まで行くのは不可能だ」

「だよね……」

「と、言うことは……」

「うん、ベル君はもう行ったんだ。しかも全然苦労する様子もなくね」

「……それは、凄いな……」

 

 そこでラプラスは黙りこくって顎に片手を当て、宙を見上げてしまった。彼が何かを思い出す時に良くする癖だと知っているエイナはその様子を見ていたが、突然ラプラスがエイナに顔を近づけ、カウンターの上に置かれていた手を取り、声を静めて尋ねた。その声は興奮を抑えられないようだったが。

 

「チュール!クラネルのステイタスを見たんだろう?ここまで話したのならそれも教えてくれないか?」

 

 吐息がかかる程に近くなった彼の顔にエイナは叫んでしまいそうになったが、手も握られているこの状況で、混乱する頭を何とか働かせ、平静を保つ努力をした。

 

「ひゃぁ……ぁ……そ、それは……」

「ダメか?」

 

 エイナの心は教えてしまおうかという悪魔の声と、規則は守らなければならないという天使の声の板挟みとなっていた。じーっとこちらを見つめてくるラプラスの吸い込まれそうな黒曜石の様な瞳に、エイナの緑玉石(エメラルド)の色をした瞳が揺れる。はぁ……と悩ましげな息を吐いたエイナはハーフエルフ特有のほっそりと尖った耳の先まで真っ赤にしてラプラスに言った。

 

 

 

 

「だ、め……だよ……いくらラプ君の頼みでも……それは……」

 

 

 

 

 辿々しくもそう言い切ったエイナにラプラスは一度ゆっくり瞬きすると、手と近づけていた顔を離して言った。エイナは赤くなった顔を隠すように机の上に突っ伏してしまった。

 

「あ、すまん。近かったな。まあチュールに言っても絶対に教えてくれないだろうな。とは思っていたよ」

 

 ははは、と笑うラプラスに周りの人間が黙っている訳がなかった。先程から何かと注目を集めていた二人をギルド本部にいる暇な人や神はチラチラと観察していたのだが、突然のラプラスの行動とその後の言葉に唖然とする他なかった。冒険者は恨み妬み嫉みの類の怨念をあの男に送り、ギルド職員達はエイナの不遇さに涙を流した。そして一番問題の神々はというと……

 

『おいおいアイツどっちもいけんのか』

『うーわあれで天然かよ』

『なああれってタケミカヅチとミアハを混ぜてヘルメスで割ったらああならね?』

『何そのチート』

『俺はいつでも待ってる』

 

 更にラプラスの噂はとんでもない事になっていたが、この女誑しならしょうがない、と周りの人や神は満場一致であらぬ噂をばら撒くのだった。

 

「どうしたチュール?なんか疲れていないか?」

「は、はは……ラプ君はホントに女の敵だよ……」

「……?何処かの神々でもあるまいし、俺がそんな節操無しな訳ないだろう」

 

 そしてやはり自覚は無いのだった。まだまだ前途多難なエイナに心の底からエールを送ったギルド職員達は決意を新たに、まだしばらく立ち直れそうに無いエイナの分の仕事も消化していくのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「なんだかすっかり送って貰うのが当たり前になっちゃったね」

「む、まあ帰る方角は大体同じだからな。気にする必要はないぞ」

「うーん、でも何かお礼はしたいよ」

「何時も話し相手をしてくれている。それで十分だ」

「えー……でも……」

「本当に気にしなくていいんだぞ。……と、着いたな。おやすみ、チュール」

「あ、うん……もう着いちゃったか……おやすみなさい、ラプ君」

「あ」

「ん?どうかした?」

「お礼思いついたぞ」

「ホント!何でも言ってね!」

「というよりそれが俺の用事だったんだが……チュール、今度の休みに何処かに出掛けよう。二人でだぞ」

「え、それって……」

「デートだろう?俗に言う」

「……きゅう」

「うおっ!?危ない!?気絶している……だと……!気絶するほど嫌だったのか?……いや、そこまで嫌われては……ないよな……」

 

(((ねーよ)))by通りすがりの神々




実は今回やっと原作主人公と会話するという……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。