ソード・オラトリアのアニメが待ち遠しい今日この頃です。
怪物祭も終わり、いつも通りの騒がしさをオラリオが取り戻した春の日の午後にラプラスは『豊穣の女主人』の倉庫にて膝を抱えて座っていた。
「なあ、やはりこの扉を破壊してしまえば良いんじゃないのか?」
「それだけはいけません。ミア母さんに怒られてしまいます」
リュー・リオンというエルフと共にーーー
◇
事の発端は怪物祭の二日前にラプラスを送って行ったリューが帰ってきたときにとてつもないマイナスオーラを放っていた事だった。酔った勢いでラプラスに何かされたのかと詰め寄った店員達の優しさに彼女の憂いは更に深まってしまうのだった。それからというもの、決して表情には出さないが、リューが落ち込んでいるのは店員全員がわかっていることだった。
そんなリューを見て、自称『リューの恋応援隊』の彼女達が黙っている訳がなかった。そして隊長シルと参謀アーニャはリューの目を盗み、休憩時間に密談をするのだった。
「リューったらまだ落ち込んでるね…‥。原因だろうラプラスさんもお店に来ないし……」
「あんな暗い雰囲気出されたらこっちが気ィ遣うニャ。大体ニャんでアイツは店には来ないニャ!」
「もしかしてリュー振られちゃったのかな!?それで気まずくてお店に来てくれないのかも……!?」
「んニャ訳ねーニャ。リューはアホみたいに奥手だし、あの男はホモだからリューのアプローチに気付かねーのニャ。だから現状維持が続いてるのニャ」
「ラプラスさんが男の人好きだったら振られた可能性がやっぱり高いんだね……」
ラプラスとリューが聞いていたら冗談では済まないような事を言っている二人だが、アーニャが突然何かを見つけたように声を上げた。
「閃いたニャ!ミャーの作戦に任せるニャ!」
「え〜……そう言ってこの前失敗したばかりだよ?」
「今回は平気ニャ!強力な助っ人も思い付いたしニャ!そうと決まったら早速行ってくるニャ!」
「う〜ん……心配だなあ……」
そう言い残して何処かへ駆けていくアーニャを困った顔で見ていたシルだった。しかし、彼女は気付いていなかった。実は休憩時間がとっくに過ぎていて、店に戻ったらミアの雷が落ちるという事を……
◇
リューに隠れて作業を行いつつ、ミアの説教を躱すというハードスケジュールをこなした『豊穣の女主人』のウエイトレス達の努力が報われる日がとうとうやって来た。
「という訳でリュー。今すぐ倉庫から小麦粉取ってきて欲しいニャ。因みに倉庫で注意する事は覚えているよニャ?」
「一体何がという訳なのかはよくわかりませんが……倉庫の使用方法は当然弁えています。壊さない、失くさない、盗まないですね。最後の一つは明らかに貴方達に言っているような気もしますが……」
「余計な事言ってんじゃねーニャ。つべこべ言わずとっとと行けニャ」
「人に物を頼む態度ではありませんよ、全く……分かりました。では少し空けますね」
店から少し遠くにある倉庫に向かったリューを見て話していたクロエの他『豊穣の女主人』の店員達はキラリと目を光らせ、笑みを浮かべた。
「それでは『リューとラプラスのムフフな倉庫作戦』開始!」
店長のミアも知らない所でとんでもなくお節介な作戦が施行されていた。
◇
『豊穣の女主人』から徒歩五分の場所にある倉庫に着いたリューはその少し大きめの倉庫に入って行く。倉庫は建てられてから暫く経っているような少し汚れた外装なのだが、食料品も貯蔵してある為にその中は清潔感がある。しかし昼間だというのに倉庫内は扉を開けても奥の方まではわからない程に暗く、夜に一人で来たら何か出そうな雰囲気を醸し出していた。
「魔石灯を持ってくるのを忘れてしまいましたね……何とか見えますが……早く店に戻りましょう。……別に怖い訳ではありませんが」
独り言を呟きながらリューは倉庫の奥へと進んで行く。一歩足を進める毎にどんどん暗くなっていき、心なしかリューの歩幅も大きくなっていくようだった。
倉庫の最奥にて目当ての小麦粉を見つけ、入り口に向かおうとしたリューの耳に突然、重い物を引きずるような音がしたかと思うと視界が暗くなった。何が起きたのか理解したリューはLv.4の俊足をもって扉の前に駆けつけたのだが、完全に扉は閉ざされ、鍵まで閉められてしまっていた。そして扉の向こう側から何やら聞き覚えのある声が響いて来た。
『ニャハハハハ!!作戦成功ニャ!とっととズラかるニャ!』
『ゴメンね、リュー!暫くしたら迎えに来るから楽しんでね〜!』
「……」
理解不能な事を言い残していった同僚達にリューは立ち竦むしかなかった。どうしてこんな所に閉じ込めたのか、一体何の目的でこんな事をしたのか、と様々な事が彼女の頭の中を走った。しかし何よりも聞きたい事は扉が閉まってからずっと聞こえている不気味な音も貴方達の仕業なのかという事だった……。
暫くその場から動かなかったリューだったが、漸く決心がついたのか恐る恐る声の様なもののする方向へ進んでいった。明かりもない暗い倉庫に響く呻き声にも聞こえるそれは春の麗らかな昼下がりとは思えない程リューの背筋を凍らせた。そして遂に音の出ている原因をリューは見た。
そこに居たのは縄でぐるぐる巻きにされ、猿轡を咥えさせられ、更に目隠しまでされ横たわってもぞもぞと動き、少し頰が赤らんでいるように見えるラプラスだった。
暗い倉庫内でもステイタスによりバッチリ見えたその姿にリューは現実から目を背けた。しかし『う〜う〜』と唸っているのは、目隠しをしていてもラプラスだとわかり、そしてそれはどうしようもない事実だった。
ーーーまさか自分が慕っていた彼に『そういう趣味』があったなんて…‥
この時のリューは度重なる出来事にまともな思考が出来ていなかったのは言うまでもない。
◇
「それで、俺がマゾヒストではない事は理解してくれたか?」
「……はぃ……申し訳ありましぇん……」
ラプラスの拘束を放心状態で解いたリューは、何かを察したラプラスによって正座をさせられ、自分の想像が間違いである事を懇切丁寧に説明された。段々と自分の間違いに気付いていった彼女はラプラスの話が終わる頃にはエルフ特有の細長い耳の先まで真っ赤になっていた。
「全く……神ヘルメスにも困ったものだ……まさか睡眠薬を入れて来るとは……」
話し終えたラプラスは『魔法』で魔石灯を取り出すと、リューのすぐ隣に腰掛けた。それによって彼女は更に顔を赤くするのだが、全く気にした様子もなくブツブツと何かを呟き始めた。
「と言う事は貴方は神ヘルメスに拉致されたのですか?」
「まあそうなるだろうな。オラリオに帰って来たばかりで何をしているんだ?あの神は」
彼の話によると久しぶりにオラリオに戻って来た神ヘルメスに昼間から飲みにいく事を誘われた。普段一緒にいる団長は見えなかったが、男同士の秘密の話があると言われ即快諾。やって来た店でお酒を振る舞われたがそれを飲んで暫くするとそこで記憶が途切れ、大きな音がしたかと思えば、とても困惑した目で自分を見るリューがいた、という事らしい。
「恐らくシル達が頼んだのだと思います。本当にご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
正座をしたまま頭を深く下げたリューに少し驚いた様子を見せたラプラスだったが、すぐに表情は元に戻った。
「頭を上げてくれ。これはリオンが悪いわけではないだろう」
「しかし……」
「そこまで言うのなら今度店に行った時、一品無料にしてくれ。それで十分だ」
「……わかりました。お待ちしていますね」
そう言って儚げな笑みを浮かべたリューの顔は魔石灯の淡い光に照らされてまるでおとぎ話の妖精のような美しさだった。
「……」
「どうかされましたか?」
その美しさに見惚れていたラプラスは突然動きを止めた彼を不思議に思ったリューが上目遣いで顔を覗き込んでいたことで、彼には珍しく顔を赤らめて目を逸らした。
「……いや、何でもない。ただ……貴方の笑顔を見て……美しい……そう思った……すまない……忘れてくれ……」
しかし、この男はタダではやられなかった。まるで某神のような鮮やかな切り返しを
「……あ、ありがとう、ございます……」
「……」
甘酸っぱい空気が彼らの間に漂っていた。胡座をかいて魔石灯をじっと見つめている少し赤くなったラプラスと足を少し崩して膝の上で手をギュッと握り真っ赤な顔を俯かせているリュー。どちらからともなく二人の距離は縮まっており、肩が触れ合うほどだった。魔石灯の光がぼんやりと彼らを照らし、外の喧騒が嘘の様に静かな倉庫内で彼らは互いに冒険者としてのステイタスをフル活用して相手の出方を伺っていた。
そして長い沈黙の後、先に口を開いたのはラプラスだった。
「まだ着けているのか、そのネックレス」
「ええ、もちろん。折角頂いたものですしね……」
そう言うと、リューは首元から桜色の石が光るネックレスを取り出した。それは、ラプラスとリューが隣り合って座っているため、ちょうど目についたものだった。素朴な革で出来たチェーンはモンスターの素材も使われている為、見た目より丈夫で、何よりも目立つその薄いピンクの宝石は極東由来の貴重な鉱石であった。
「肌身離さず、大切に持っています」
「別にいつも着けていなくとも……」
「いいえ、それは譲れません」
気恥ずかしそうに目を逸らすラプラス。リューは優しく微笑むと、そんな彼の横顔を見て、そういえば、と口を開いた。
「そういえば、ラプラスさんはシルの事は名前で呼びますね。他の方は【ファミリア】以外だとファミリーネームでいつも呼んでらっしゃるのに……」
「む、そのことか。別に対した事ではないぞ。何せ
「それなら尚更どうしてシルは名前呼びなのです?」
「簡単な事だ。シルが名前で呼んでくれと言ったからそう呼んでいる」
ラプラスの何でもない様に言った答えにリューは驚いた。今までどんなに親しくなっても名前で呼んでくれなかったのはただ単に自分が言わなかったからだという事に。そして、シルと彼の間には自分には立ち入れない特別な事情があるのだと独り勘違いをしていた自分に呆れたと同時に恥ずかしく感じた。
またもや顔を赤くしたリューを見てラプラスは頭に疑問符を浮かべるが、彼女はその様子には気付かなかった。そしてまた黙りこくってしまったリューから目を外し、ラプラスは後ろにあった荷物に背中を預けた。
暫くその状態が続いていたのだが、ラプラスは程よい暗さと心地よい静けさに段々と睡魔が襲って来るのを感じていた。嘗てはダンジョンに行っていたため、基本何処でも寝ることの出来る彼はうつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。
「……では、私のことも名前で呼んで貰えますか?」
漸くリューが決心した言葉を言った頃にはラプラスの意識は失われる寸前だった。
「……うむ」
自分でも何を言っているのかよく理解していない中でラプラスは返事の様なものを返した。
その返事を聞いてリューは表情には出さなかったが、心臓が大きく跳ねたのがわかった。
「では……呼んでみてください……」
「……リュー」
「ええ、もう一度……」
「……リュー」
「もう一度だけ……」
「……リュー……すぅ」
完全に寝てしまったラプラスを見てリューは大きく息を吐いた。彼が自分の名前を呼んでくれた唯それだけで彼女はとても幸せだった。彼の寝顔を見ていると心が安らぐ。しかし、同時に心臓は鼓動を早める。
ーーーいつの間に私はこんな気持ちを抱く様になったのでしょう……
寄り添う様に彼の隣に移動すると自分より少し高い彼の肩に頭を預け彼女もまた夢の中へと落ちていく。春の暖かな風が空けてあった窓から吹いて来て、何処からかやって来た桜の花びらが一枚、彼らを照らす魔石灯の光に当てられ幻想的な輝きを放ち、地面に舞い降りた。
◇
その後寄り添って寝ていた彼らを迎えに来たシルとアーニャはリューを閉じ込めた直後にミアから大目玉を喰らい、作戦の製作・実行・監督を行った某男神は自らの【ファミリア】の団長にこってりと絞られたそうだ。
ラプラスは解放されるとリュー達に一言声を掛けるとすぐに何処かへと行ってしまい、シル達はまたもや作戦が失敗した事を嘆いた。
しかし、去っていくラプラスの背を見つめ続けていたリューは隠しきれない笑みを浮かべていた。それに気付いた『豊穣の女主人』の店員達に何があったのか質問責めにされたのだが、リューは何も答えはしなかった。
『今日は災難だったな。また来るぞ、
ーーーどうせ後からバレる事ですしね
そう言い訳してリューは制服のポケットの中にある桜の花びらを、彼から贈られた宝物と同じ色をしたその花弁をそっと触れるのだった。
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