怪物祭が近いということもあり、オラリオはいつにも増して賑やかになり、人の往来も増えていた。そんな喧騒を全く気にせず、ラプラスは朝から【ミアハ・ファミリア】のホームに訪れていた。オラリオ最大手の【ディアンケヒト・ファミリア】には行かずに極貧と言ってもいい【ミアハ・ファミリア】に来たのは、此処でしか見られないある事を見せてもらうためだった。
「いらっしゃいませ……って何だラプラスか……」
「何だはないだろう。今日も薬師自らの調合を見学しにきたぞ」
「『調合』のアビリティがないのに見たって真似できないでしょ……」
「見よう見まねでもなかなか楽しいものだぞ。それに【ディアンケヒト・ファミリア】には断られているが、やはり神ミアハは素晴らしい神だ。あの方のお話は本当に為になるしな」
「ミアハ様は今日は薬を売りに行っているから暫く帰ってこないと思うけど……」
「そうか、まあ邪魔はしないからいつも通りにしてくれ」
【ミアハ・ファミリア】唯一の団員のナァーザが、やって来た客に尻尾がピンとたったのも束の間、入って来たのがラプラスだと気付くと、シュンと残念そうに尻尾が垂れ下がり、彼に話しかけた。ラプラスはそれに受け答えると、遠慮なくナァーザがいるカウンターに入っていき、置いてあった椅子に腰掛けた。
「居るだけじゃ邪魔になるだけだから何かあるんじゃない……?」
「全く商魂逞しいな。いつもポーションを買っているだろう。ダンジョンに行かないのにな」
「授業料だと思って……」
「分かった。今日も買い取らせてもらおう。そんなことよりも今日は何を作るんだ?この前言っていた『二属性回復薬』とか言う奴か?あれの調合はぜひ見てみたいものだ」
「それは秘密に決まってる……今日はポーションを作ろうかな……」
「なるほど、基本に戻るのか。うむ、復習は大事だな」
「別に何を作っても喜んでくれるから楽なんだけどね……」
そう言うとナァーザはポーションの材料を持って来て、調合を始めた。それを見ながらラプラスはぶつぶつと何かを呟くと、何時の間にか手にしていた羊皮紙にこれもまた何処から持って来たのか手に持っている羽ペンでメモを取っていき、目を輝かせてナァーザの手元を眺めている。彼女は横から覗いてくる彼を横目でチラリと見ると不思議そうに尋ねた。
「いつ見ても不思議な『魔法』だね……」
「む?ああ、ダンジョンでは余り使えないんだが、日常生活ではこれほど便利な『魔法』は見たことないな」
「手に握れる物を取り寄せるんだっけ……?それって普段何処にしまってあるの?」
「実はな…俺も詳しくは分かっていないんだ。取り出そうと思ったら手元にあるし、仕舞おうと思ったらいつの間にか消えてるイメージか?」
「何だか怪しいね……」
「まあ、今まで使っていて害は無かった訳だし、大丈夫だろう。だが、いつかこの謎を解いてみせるぞ」
「……暇なんだね」
そんな他愛のない話をしながら、ゆっくりと時間が過ぎていった。会話がなくなり、静かになった店内には時々カチャリ…カチャリと調合を進める音が響いていた。それから少し経った後、トポポと液体を注ぐ音が鳴り、瓶に入ったポーションが完成した。
「できた……完成……」
「おお……やはり出来立てのポーションは素晴らしいな……」
「別にいつ見ても同じだと思う……」
完成したポーションを持ち上げて、様々な角度から眺めるラプラスを呆れた様子で見ていたナァーザだったが、不意にそのポーションを取り上げてしまった。
「じゃあ、約束通り出すもの出してもらおうか……」
「忘れていたわけではないんだな……はあ……ポーションのストックだけが無駄に増えていく……」
「無限に入るんでしょ?その『魔法』は……それに、ポーションは幾つ持っていても困らないでしょ……」
「ダンジョンに行く奴はな。ポーションを使う機会なんて普段は滅多にないだろう?」
「今日はニダース買ってって……」
「無視されたな……それに一ニ○○○ヴァリス……稼ぎのない客に容赦のない奴だな」
「稼ぎがないなんて嘘言わないで……投資が成功したって聞いたよ……」
「何処で知ったんだ?そんな話?」
「……風の噂」
ナァーザの手に持つポーションを見つめながら財布を取り出したラプラスは、きっちり一二○○○ヴァリスを支払った。そして、彼女が奥の方から出して来た残りのポーションを『魔法』を使って消すと、最初に作った一本を味を確かめるように少しだけ舐めた。
「ふむ、普通のポーションだな」
「悪かったね……何の面白みもなくて……」
「いや、こういう物は普通が一番だ」
少し拗ねたようなナァーザにラプラスが即答した。すると、玄関の扉が開き、一人の美丈夫が中に入って来た。
「お帰りなさい。ミアハ様……」
「お邪魔しています。神ミアハ」
「おお!ラプラスではないか!いつも我がファミリアを贔屓してもらい感謝するぞ」
【ミアハ・ファミリア】主神のミアハはラプラスが居ることに気付くと、思わず見惚れてしまう笑顔を浮かべた。買い物をして来たのか、紙袋を持っており、本来の目的であった薬売りは無事成功したようだった。
「いえ、此方こそ貴重な薬師の仕事を見学させて頂き、誠にありがとうございます」
「そう固くなるな。今日も私なぞの話を聞きに来てくれたのか?」
「ええ、神々の物語は大変興味深いので」
「そうかそうか!よし!なら今日は何の話をしようか……」
ミアハは顎に手を当て、その端正な顔に微笑を湛えながらこの客人にどんな話をしようかを考え始めた。ラプラスがそんな男神をわくわくしながら待って居ると、今まで蚊帳の外に居たナァーザが突然ラプラスを入り口の方へ促し始めた。
「ミアハ様、残念ですが彼は予定があるようです……お話しはまた今度にしてください……」
「む?いや、この後は特に用事は……」
「忙しいよね……?」
「あ、ああそういえば何か予定があったような無かったような……」
「そうか、それは残念だ。またいつでも来るといい。私達はいつでも待っているよ」
「お心遣いに感謝しま『バタン!』
ラプラスが別れの言葉を言い切る前に扉が閉められ、ナァーザは大きな溜息をついた。
「ふむ、素直で理知的な子だが……ナァーザ?何か怒ってないか?」
「ミアハ様はラプラスにいろいろ教えているんですよね……?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「やっぱり……ベルには絶対に何も吹き込まないで下さいね……」
念を押してくる眷属に頭に疑問符を浮かべた男神を見て、ナァーザはもう一度深く溜息をついた。
◇
「察しが悪いとはああいう事を言うのだろうな。エリスイスには悪い事をしてしまった」
「悪い事をしたという自覚があるのなら、まだ成長した方でしょうか?」
ナァーザに追い出されたその日の夜、ラプラスは『豊穣の女主人』に来ていた。冒険者達で賑わっていた店内には女性店員達が忙しそうに走り回っていたが、夜も遅く、店内が落ち着いてきた頃に未だ飲んでいる彼が座っているカウンター席の右隣には店の制服を着た美しいエルフが座っていた。彼が一人でこの店に来るときはいつもこうして相手をし、普段は見られないほろ酔いの彼を優しげに見ているこの光景は常連や店員からは最早見慣れたものだった。
「エリスイスからは神ミアハの本音を聞き出せと言われているがなあ。神ミアハも神タケミカヅチも神ヘルメスも女性の考えを察しろと口を酸っぱくして仰るが、やはり神は違う。俺にはどうしても真似できん」
「私はその三柱は貴方に言った事を実行出来ているのか疑問なのですが……」
「それは出来ているのだろうな。何と言ってもあの美貌だ。女性の扱いなど手馴れているのだろう」
うあ〜と普段からは想像も付かない程に酔っている彼を見て、さすがにリューも酒を止めた。
「少し飲みすぎましたね。大丈夫ですか?気持ち悪くなったりはしていませんか?」
「ああ、大丈夫だ!多分!明日のフィリア祭は頑張るぞ!」
「ラプラス。フィリア祭は明後日です。もう相当酔ってますね。ホームまで帰れますか?」
「それぐらい俺にも出来るぞ。三枚おろしだ」
いつの間にかベロンベロンに酔っていたラプラスを立たせ、覚束ない足取りの彼に肩を貸してリューは店の外に出て行った。
「リューもアイツにゾッコンだニャー」
「うん、何だか仕事をしないダメ夫も支える献身的な妻みたいだったよね」
「そこまで想像出来るシルはヤバイけど、リューはニャンであんニャよくわからん奴が好きニャのかニャー?」
「昔、何かあったらしいよ……只ならぬ関係なのかも……!」
「気にニャるニャー!」
「こら!小娘共!サボってないでさっさと働きな!」
「ニャによりもアイツを送って行っても母ちゃんに怒られニャいのが一番意味わかんニャいニャー!」
◇
『豊穣の女主人』のある西のメインストリートから【ロキ・ファミリア】ホームに向かい二人は寄り添ってゆっくりと歩いていた。月が雲に隠れ、深くなった闇の夜でもオラリオはまだまだ賑わっており、時々笑い声が通り沿いにある店内から漏れ出していた。
暫くはお互いに無言だったが、少し酔いが醒めたのか、顔を少し赤らめたラプラスは自らの状況に漸く気付きリューに声を掛け、離れると少し左右に揺れながら自分の足で歩き始めた。
「う……ん、ん?ああ、リオンか?すまない、またやってしまったみたいだ……」
「全く……貴方は酒に弱いのに飲み過ぎるのが欠点だ」
「エルフが肩を貸すなんていけないことだろう……」
「何時も言っているはずです。貴方は私に触れてくれた唯一の男性だと……」
「それは責任重大だな。はは、其処だけを聞くとまるで結婚を約束しているような物言いじゃないか」
「貴方はその条件を満たしているのですよ?貴方以外の男性の方にこんな事をした事はありません」
「それは……」
彼は普段の鋭い目を見開いた。雲が流れ、月光が二人を照らした。酒のせいではない赤みのある彼女。普段より近くにあるその目を彼は見つめていた。彼女はその目を見つめ返し、少し震えていた。歩みは止まっていた。静寂が二人の間に流れ、再び雲が月を隠すと、目を逸らし再び歩き始めたラプラスが口を開いた。二人の距離は離れて行く。
「条件を満たしているだけだろう。俺などではリオンには釣り合わん」
「そ、そんな事はありません!」
「俺の事を好いてくれている人がたくさんいる事はわかっている。だが、俺はダメだ。その人達を幸せには出来ない」
「なぜ……なぜそう言い切れるのですか?」
自嘲気味に言ったラプラスをリューは否定したかった。しかし、彼は立ち止まると、隠れている月を見つめるように言い放った。
「俺は破綻している……そうロキに言われたよ」
◇
『黄昏の館』に帰って来て、そのまま自室に直行したラプラスは窓際に置いてある椅子に腰掛け外を眺めていた。しかし、徐に『魔法』を発動すると、虚空から古く少し汚れた一枚の紙を取り出した。それをしばらく見て彼は鼻でふんと溜息をつき、紙を消失させると再び外を眺めた。月は隠れたままだった。
◇
ラプラス・アルテネス
Lv.3
力:-- 耐久:-- 器用:-- 敏捷:-- 魔力:--
《呪詛》
【
・早熟させる。
・
・
・大願を成さず、死ぬ事は許されない
いやー暴走しましたね。
シリアスにする予定はなかったのにいつの間にやらこんなことに……。
基本は原作沿いですが、こういったオリジナル設定もちょくちょく出していくつもりですので、何卒よろしくお願い致します、
因みに最後のステイタスですが、現在公開できる情報のみです。これからも増えるかも知れませんが、ラプラス君は強くないのであしからず。あくまで今はほのぼのをメインにやっていきます。
質問・感想・批評等お待ちしております。