ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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全体的にシリアス?回

前回程の長さではないです。

それではご覧ください



【呪いの箱】

「うぅ……おはよう……」

「ラプラス、もうお昼だけど」

「そうか……うぷっ……水……」

 

 ボサボサの髪の毛に目の下にクマを付け、ふらふらと幽鬼のように大食堂にやって来たラプラス。その姿を見たフィンは思わず咎める様な口調になってしまったが、彼はそれも聞こえていない様に水を飲みに行ってしまった。

 

「……頭痛い」

「昨日は随分と荒れてたみたいだけど」

 

 昨夜、日付が変わろうかという時間に帰って来たラプラスは、彼らしからぬ焦った様子でホームに駆け込んだかと思うと、一気に最上階まで駆け上がり、そこにあるロキの部屋に飛び込んだ。百合が咲き誇る薄い本を読んでいたロキが驚くのを尻目に棚に陳列されていた酒を片っ端から飲んでいった。深夜に主神の部屋から騒音がすれば、それは団員は集まるもので、彼等が見たのは手と膝を床につけ項垂れている赤髪の女神と、酒気を漂わせて酒瓶を抱き、ブツブツと何かを唱えている黒髪の青年というカオスな状況だった。

 何とかラプラスを部屋まで運び、傷心のロキを慰めたのはやはり幹部達だった。やっと姿を現した昨日の惨事の元凶に、被害を直接被った団長は一言、いやそれ以上に言いたい事があった。水をコップに注ぎ、それをちびちびと飲んでいるラプラス。彼と向かい合って座ったフィンは片肘を机に突いてラプラスに尋ねた。

 

「さあ、昨日何があったのか話して貰うよ。体調とか知らないからね」

「……今日は厳しいな」

「……まさか、覚えていないのかい?」

「ロキの部屋に入った所までは覚えている」

「その後は?」

「……起きたら自分の部屋だった」

 

 頭を抑えるラプラスを見て、つい溜息を吐いてしまう。

 

「昨日君は帰って来てロキの部屋に入ったね?」

「ああ」

「そこでロキのコレクションを荒らした君は泥酔していたからベートとラウルに部屋に運ばせたんだ。目の前で貴重なお酒を飲まれたロキを慰めるのは本当に大変だったんだよ?」

「そんなことが……」

「お陰で今日は少し寝不足さ。これは何かしらの償いが必要じゃないかな?」

「む、申し訳ないことをしたからな」

 

 むむ、と考え始めたラプラスに、フィンは内心謝罪をする。実際は寝不足というわけではないし、ロキを慰めるのも意外とすんなりといった。結局の所、フィンは昨日のラプラスが荒れた原因を知りたくて、それがもしかしたら昼間のデートで何かあったんじゃないかという完全な野次馬精神が働いた結果、ラプラスを誘導する様な言葉を選んだ。

 

「何もないなら昨日の出来事を包み隠さず話してくれないかな?それで僕は許してあげよう」

「む、そんなので良いなら構わないが……むぅ」

 

 少し頰を赤くするラプラス。その変化を目ざとく見つけたフィンはずい、と体を前に傾けて笑顔で尋ねた。

 

「何かあったね?ティオネの話から予測するに……夜送っていった時だろう」

「……ティオネめ。あいつめ、もう話したのか」

 

 思わず肩を落とし、ラプラスの脳裏には此処にはいないアマゾネスの少女の意地悪そうな笑みが浮かんだ。その顔を振り払い、目の前のおじさんに目を向ける。普段なら話しても問題ないのに、昨日の事は話したくない。何故か恥ずかしいのだ。自分の気持ちに全く整理がついていないラプラスはフィンに小声で囁いた。

 

「此処ではない所がいい……おれの部屋でいいか?」

「うんうん、此処は人もいるしね。ささ、早く聞かせて欲しいな」

 

 食堂を移動し、ラプラスの部屋に向かうと、すれ違う団員からフィンを見て恐縮し、ラプラスを見て困惑するという目を向けられ続けた。その視線に気付きながらも無言で歩いていくラプラス。フィンはその姿に溜息を吐く。部屋に着き、中に入るが、其処は窓が開けられており、春の陽気な空気に包まれていた。

 

「あれ?酒臭くないね」

「消臭の魔道具を師匠から貰った事があるんだ。使うと強風が起きるから気を付けなければならないがな。つまり剣の形をしていない風の魔剣みたいな物なんだが……」

「それを彼女に言ったら怒られたんだろう?」

「ああ、一ヶ月口を聞いてくれなかったぞ。唯でさえあの人は都市にいることが少ないのに……」

 

 相変わらず親しい人には容赦がないラプラスに苦笑するフィンは以前チェスをした時と同じ場所に座り、ラプラスに扉を閉める様に促した。

 

「む、まだ開けておきたいんだが……」

「いや、閉めてくれ。これは、【ロキ・ファミリア】団長からの命令だ」

 

 表情を固くしたラプラスは、張り詰めた空気の中、フィンの対面に座る。先程とは全く違う、団長として自分と向き合っているフィンと目線を交える。

 

「……団長が、一団員に一体何用かな?」

「単刀直入に言おう……ラプラス、ダンジョンに行きなさい」

 

 目を見開き、驚きのあまり言葉が出ないラプラス。フィンのその真剣な目を見つめ続ける。

 

「な、何を……」

「僕は本気だ。ロキも説得した。担当者には後で話をするとして……後は君の意思がどうなのか、それだけだ」

「お、おれは……ダンジョンには、行きたく、ない……」

 

 顔を真っ青にし、冷や汗をかいているラプラス。何処か声も震え、フィンから外した目は困惑に満ちていた。

 

「どうしてだい?許可は出たんだよ。行きたくない、というのはどういうことだい?」

 

 問い詰めるフィンに、ラプラスは辿々しく答える。

 

「ダメ、だ……また、迷惑を掛けてしまう……おれは、もう、あんな思いをするのは……い、嫌、なんだ……」

「何が嫌なのか、言ってくれるかい?僕等には、君の力が必要なんだ」

「おれ以外にも、団員は居る、だろう……」

「だから、君でなければ『おれは!』……ッ!」

 

 フィンの言葉を遮り、大声を上げるラプラス。立ち上がり、机に手 両手を叩きつけ、顔をうつむかせていた。

 

「ッ!すまん……この話は、後に、してくれ……」

 

 何も言わず立ち去るラプラス。扉が閉まる音を聞きながら、フィンは後悔していた。そこに、再び扉の開く音がする。音の方向を見るとそこには美しいハイ・エルフの副団長が呆れた顔で立っていた。

 

「やってしまったな、フィン」

「ああ、リヴェリア……」

「思った以上に落ち込んでいるではないか。少し、時期尚早だったのかもしれんな。人避けはしておいたから、この事は他の団員には知られていないぞ」

 

 ふぅ、と息を漏らすフィンは憂を帯びた表情をしていた。先程出て行ったラプラスはドワーフの彼に任せるとして、自分はこの見た目は少年の盟友をどうにかしなければならなそうだ。

 

(全く、ラプラスには甘い所があるからな……)

 

 自分の事は棚に上げ、【ロキ・ファミリア】のママは溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 勢いのあまり部屋を出てきてしまったラプラスは、エントランスまで来ていた。何をする訳でもなく、外に出ようとする彼を嗄れた重い声が呼び止めた。

 

「おお、ラプラスではないか!奇遇じゃな!して、用事も無いんじゃろう?なら、儂と鍛錬をするぞ!」

「え、嫌」

「そうつれない事を言うで無い!ほれ、逝くぞ!」

 

 字が違う!とツッコむ間も無くラプラスは屈強なドワーフに引き摺られていく。ドワーフの彼はがはは、と笑いながら中庭の方角へと進んで行った。

 中庭に着くと、ぽーんと軽く放り投げられ、気が動転していたラプラスは受け身も取れず尻餅をついてしまう。

 

「ぬう、受け身も取れぬとは……がははっ、鍛え甲斐がありそうじゃの!」「いや、だから鍛錬は……」

「つべこべ言うでない!男なら掛かって来んか!」

 

 しっかり武装し、自らの武器である戦斧を持っている彼は既に構えていた。それを見て立ち上がったラプラスは嘆息する。

 

「そもそも、ガレスは俺よりティオナ達を鍛えた方が良いだろう」

「ぬう、相変わらず減らず口じゃのう……ええいっなら此方から行くぞ!」

 

 ダッ、と此方がギリギリ視認できる程度の速度で迫ってくるガレス。ラプラスは横に飛び退くと、一瞬後に先程まで彼が立っていた場所に斧を縦に振り抜き、地面に罅を入れ地響きを立てているガレスの姿があった。距離を取ったラプラスは思わずガレスに怒鳴ってしまう。

 

「威力が高過ぎるだろう!当たっていたら死んでいたぞ!」

「がははっ、当たらない様に動くんじゃな!」

 

 今度は一瞬で目の前に立たれた。Lv.差に物を言わせた速度でラプラスに斧を振り下ろす。至近距離からの攻撃に避ける事は不可能と判断したラプラスは両手を前に突き出した。

 

「ほう、上手く躱したな」

「さっきから本当に殺しに来ていないか?」

 

 地面に斧が突き刺さっているガレスは一目散に横っ跳びに距離を離したラプラスを目で追い、先程の攻撃を()()()()彼を讃えた。先の一瞬でラプラスは魔法で二振りの短剣を出すと、その刀身に迫り来る斧を滑らせ、僅かに軌道をずらしたのだった。その衝撃で短剣は木っ端微塵になってしまっているのだが。

 

「その技術は誇っても良いと思うがの!」

 

反射(カウンター)

 

 その攻撃を誘う身のこなしと、先読みをするかの様に反撃を与えるラプラスは自らの戦法をそう定義付け、鍛錬を続けた。昨日の【自宅警備員(ニート)】という呼び方はダンジョンに行かないラプラスを一部の神が揶揄し、それが定着したものだった。本人はその意味を理解していてもそれ程気にしておらず、その渾名に憤慨しているのは主神ロキだけだという。

 その後もガレスが攻撃し、それをラプラスが躱し続けるという状況が続く。鍛錬は長時間行われ、中庭には鉄同士が打ち合う音と、時々地面を揺らす轟音が響いていた。

 

「……ッ!」

「ぬうぅぅん!」

 

 ドゴォッと一際強い一撃が地面に打ち付けられた。流石に往なし切れない、と未だに無傷のラプラスは大きくバク転し、距離を空けようとする。土煙を裂いてガレスが追い打ちを掛けようと迫って来る中、ラプラスは空中で剣を目の前でクロスさせて構えると、()()光る瞳を鋭くし、次の手を繰り出そうとした。

 

「あ」

「しまった!」

 

 その瞬間、着地したラプラスは、散々ガレスが壊していた足場の悪い地面によろけてしまう。当然構えも解かれ、彼は無防備にガレスの一撃を喰らってしまう。信じられない速度で吹っ飛んで行くラプラスは、ホームの壁に激突し、館を震撼させた。急いで駆け寄り、ラプラスを探すガレス。その表情は焦燥に駆られていた。

 

「不味いのう、ティオナに殺されてしまうわい……」

 

 やっと見つけたラプラスを万能薬(エリクサー)を使って治し、揺れと音に駆けつけて来た団員達に、ティオナにだけは言わない様に念を押し、ラプラスを担ぎ上げる。

 

「まあ、あやつはアイズ達と出掛けておるし、問題ないじゃろう」

「へぇ〜誰が出掛けているの?」

「ま、まさか……」

「もう、ガレスったらぁ……何か言うことある?」

「すまんかったぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ラプラスを置いて一目散にホームに入って行くガレスを見送るティオナ。ほんの少し前に帰って来ていた彼女達はガレスがラプラスを吹っ飛ばす瞬間を目撃していた。黒いオーラを撒き散らし、身震いする屈強なドワーフに歩み寄って行く彼女は首をかくんと傾け、夜に会ったら気絶するほど恐ろしかった。

 全くもう、と腰に手を当て怒っているティオナ。すると突然きょろきょろと周りを見回し、誰もいない事を確認すると、そっとラプラスに近づく。足を揃えて膝を折り曲げて地面に座り、仰向けに寝ていたラプラスの頭を動かして膝に乗せる。その時グキッと彼の首から音がした気がするが、本能からか体を回転させて無理のない体勢になった。命の危機を回避したラプラスのサラサラとした髪の毛を梳く様に撫でるティオナ。

 暫くするとドバドバと流れていた冷や汗もなくなり、穏やかに寝息を立てるラプラス。春の午後の少し暑く感じる気温を、涼しい風が冷やしていった。母が子を慈しむ様にラプラスを見つめているティオナ。そこには、戦闘時に見せる獰猛な表情も、アイズ達と一緒にいる時の人懐こい笑顔もなかった。目を細め、微笑むティオナは女神の様に儚く美しかった。

 

「ううん……」

「あ、起きた?」

「む……ティオナか……」

「うん、あ、そのままで良いよ。まだ寝てて良いからね」

 

 意識を取り戻したラプラスは、ティオナの膝を借りていた事に気が付くと、体を起こそうとするが、それは彼女自身に止められた。ティオナは変わらずラプラスの頭を撫でながら、彼には珍しいガレスとの鍛錬の事を尋ねた。

 

「それで、何があったの?ラプラスがガレスと戦うなんて滅多にないもん」

 

 ティオナの無垢な瞳にラプラスは言葉を詰まらせてしまう。正直に話そうか、それとも濁そうかと悩んでいると、彼女は撫でていた手を止め、ラプラスの顔を両手で抑えると、揺れる黒曜石の様な瞳を見つめた。

 

「正直に言って。あたし、ラプラスに嘘つかれるのは嫌だよ」

 

 此方を見つめるティオナの瞳の奥には不安と心配が見えた。きっと口を結び表情は固く、緊張しているのがすぐにわかった。

 

「……はぁ、ティオナには隠し事が出来なさそうだ」

「ふふ、ラプラスの事は全部お見通しだよ」

「それは、怖いな……ふむ」

 

 手を離し、ふにゃりと笑ったティオナを見て、ラプラスも口許を緩める。ティオナの顔の更に向こう、空に浮かぶ雲に視線を送る。

 

「フィンにダンジョンに行かないか、と言われた。けどな、おれは、行きたくないんだ」

 

 徐に口を開いたラプラスの言葉にティオナは驚きを隠せなかった。しかし、何時もなら叫んでいた所をぐっとこらえ、ラプラスに言葉をかけた。

 

「どうしてラプラスが行きたくないか、当ててあげようか?」

 

 その言葉に再びティオナの目を見つめるラプラス。驚きに満ちた表情は早く続きを言う様に急かしているかに見えた。

 

「ラプラスはさ、またあたし達に迷惑を掛けちゃう、とか思っているんでしょ。違う?」

 

 ふるふる、と首を振るラプラス。その際、彼の髪がティオナの腿を撫で、擽ったく感じるが我慢して続けた。

 

「ん、ラプラスはあたし達に迷惑掛けて良いと思うよ。家族なんだから、もっと頼って良いんだよ」

 

 目を見開くラプラス。此処まで的確に当てられると恥ずかしさを感じ、頬を赤らめ、横を向く。しかし、そうなると今度はティオナの柔らかい肌を直接感じてしまう事に気づき、結局また正面に戻るのだった。

 

「……驚いたな。本当にお見通しじゃないか」

「だから言ったでしょう」

「なら、良いのか?俺がダンジョンに行っても……」

「あたしに聞く事じゃないでしょ。ラプラスがどうしたいのか、わかったら教えてね」

「そうか……なら、行ってくる」

「うん、そうこなくちゃ!あたしもラプラスとはまた一緒にダンジョンに行きたいし!」

 

 起き上がったラプラスはホームの方へ駆け足で進んでいく。しかし、突然此方に向かってきたかと思うと、立ち上がり、自分もホームに向かおうとしていたティオナの前に立った。

 

「あれ?行かないの?」

 

 自分より背の高いラプラスを見上げて首を傾げるティオナ。そんな彼女を見つめるラプラスは顔を真っ赤にし、佇んでいた。そして、何かを決心した様に口を開いた。

 

「こ、これは神ヘルメスが言っていたんだ。本当に大事な女性にしかしてはならないと……だから、その……ん」

 

 踵を返してホームに入っていくラプラス。ティオナは放心ながら自らの額を指でそっと撫でた。そして、相好を崩して妄想の世界に飛び立った。

 

 その後うへへ、と惚けた顔で笑っているティオナは姉達に回収された。

 

 

 

 

 

おまけ

 

 フィンにダンジョンに行く旨を伝えた後……

 

「ところで、昨日はチュールに、今日はティオナにあんな事をしてしまった俺は……」

「確かに喜ばれる事ではないよね」

「そうだろう……はあ、最近はこう悶々とした日が多くてな……」

「ンー、何か起こるのかもしれないね」

「親指が疼いているのか?」

「君のその悩みも近いうちに解決されるかも知れないよ」

「最早予知だな」

「君に言われたくはないなあ」

 

 ーーー本当にラプラスの女難が解決されるまであと少し……

 




ガレスの口調難しすぎィ!

因みにダンジョンに行ける様にしただけでダンジョンには相変わらず行きません。

タグは守らないとネ!(目逸らし

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