ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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ダンまちは面白い
これだけは言いたい



【ロキ・ファミリア】の【自宅警備員】

 ーーこれは一匹の兎が地下迷宮で憧憬を抱いたその瞬間

 

 

  ーー迷宮都市で始まったもう一つの物語

 

 

 

 

「あーー!?嘘やーー!!ウチ勝てたやろ!?ふざけんなやー!!」

 

 絶好のダンジョン日和の昼下がり、迷宮都市のとある【ファミリア】のホーム。その一室で一柱と一人が向かい合って座っていた。

 

「欲張りすぎだ。いくらなんでもさっきのは勝負しすぎだろ」

「だってイケるーおもーてん。こんなん悲しすぎるやろ…‥」

「まあ破産しない程度に搾り取ってやろう」

「うっさいわ!次は勝つに決まっとるやろ!!これ以上金毟り取られてたまるか!!」

「本当に良い鴨だな」

「なんか言ったか!?」

「いや何も」

 

 黒髪黒眼、団のエンブレムが施されたロングコートを羽織り、左手の中指に銀に光る指輪をはめた青年は赤髪の自らの主神に対して敬意の欠片もないことを宣っていた。お昼時のこの時間、()()()冒険者ならダンジョンに潜り、稼ぎを求めるものなのだが、この青年はダンジョンに行く気配はなく、主神相手に一対一のギャンブルを行なっており、彼女を淡々と追い詰めて行く。

 

 

 

 

 

「なあ、ラプラス……もう……この辺にしとこ?なんか今日は調子でーへんわ。はは、ははは……」

 

 それから30分程経った頃、とうとう神が根をあげた。すっかり枯れてしまい、当分は立ち直れそうにないくらいに意気消沈している。そんな神の様子を見て、心底嬉しそうに青年は煽った。

 

「何?まだあの宣言から30分程しか経っていないぞ。まだイケるだろ?」

「悪魔か!もうスッカラカンや!有り金全部叩いたわ!持ってけドロボー!!」

「そうか。リヴェリアにまた怒られてしまうな。ロキが。……おっと、もうこんな時間か。すまんなロキ。これから少し野暮用がある。ダンジョンには行かないから安心しろ」

「ああ……ええか?ウチはお前を信じてる。だから、お前もウチの信頼を踏み躙るようなことはするんやないで?」

 

 先程までの柔らかい雰囲気から一変し、鋭い視線で神は自らの子に問うた。

 しかし、そんな威圧を物ともせず、目を見つめ青年は答えを返した。

 

「ふ、アルテネスの名に懸けて、主神ロキに誓おう」

「うん。それが聞ければオッケーや。あんま心配かけさせんなよー」

「それはこれから帰ってくる奴等に言ってやれ。まあ、フィンの指示で動いていれば基本問題ないだろうがな」

「せやせや。ウチの子やもんな!当然や!だからお前も気いつけやー」

「ああ、行ってくる。留守を頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

 ーーラプラス・アルテネスはダンジョンに行かない。

 

 

 これは迷宮都市オラリオの中ではそこそこ有名な話である。都市最強派閥の【ロキ・ファミリア】に所属していながら、ダンジョンに行く姿は全く見られない。そんなラプラスを他の冒険者は奇妙な目で見ていた。また、同じ【ファミリア】の仲間も、ダンジョンに行かないのに【ファミリア】にはずっといる彼に良い感情は余り抱いていなかった。

 そんなラプラスは今【ソーマ・ファミリア】の人気のないホームにいた。

 

「神ソーマ。やっと……やっと完成しました。これはオレの最高傑作です。どうかお納めください」

 

 ラプラスはソーマに瓶に入った液体を献上していた。彼はそれを受け取り、御猪口に注ぐとまず香りを嗅ぎ、その後一気に飲み干した。

 

「まだ……口当たりが悪い……。香りはいいけど……」

「なるほど、まだまだ改善の余地があると。最高傑作なんてものではなかったということか……神ソーマよ。また今度もっと良い酒をお持ちします。次もよろしくお願いします」

 

 ソーマは辿々しくもはっきりとラプラスにたいして助言をした。下界の子たちに興味がないとされている神ソーマのそんな姿は滅多に見られたものではない。だが、この青年は心を閉ざした神に信用されており、次に会う約束まで取り付けている。

 

「ラプラスは……他の子たちと一緒で……酒に一直線だけど……神酒には……全く興味を示さない。だから、お前は面白い……次も楽しみにしてる」

 

 失敗作を受け取り、ホームを出て行くラプラスに対しては神ソーマは自らの子には絶対に見せないであろう微笑みで、ぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 【ソーマ・ファミリア】を後にしたラプラスは次に大通りから外れた細い路地を歩いていた。時々ぶつぶつと呟いているところが見られるので、ヤバい奴にしか見えない。

 

「……配合が悪かったのか?だが、あれ以上の口当たりは……っと!すまない、こちらの前方不注意だった」

「いえ、こちらも申し訳ありませんでした。って貴方でしたか」

「む?リオンか?シルはどうした?一人でいるなんて珍しいな」

「別にいつでも一緒というわけではありません。それに、ミア母さんからお使いを頼まれたのです。忙しそうにしていたシルに同行してもらう訳にはいきませんから」

 

 リオンと呼ばれた美しいエルフはラプラスと知り合いのようで、買い物を頼まれたことを得意げに話す。広いオラリオの人気のない狭い路地で会えたというのも、普段は余り見せない彼女の笑顔を引き出す要因となっているのかもしれない。

 

「いや、おそらくだがマダムはシルと一緒に行くことを前提で頼んだのだろう。貴方は方向音痴とまではいかないが、なかなか目的地にたどり着かないところがあるからな」

 

 ズバァッと彼女の自慢を一閃する。彼は親しいものには遠慮しないタイプだった。

 

「そんなことはありません。『豊穣の女主人』にはこの道であっているはずです。シルと通ったこともありますから」

「まあ遠くはならないが、一番の近道と言う訳でもないぞ。ここら辺は入り組んでいるし、こっちも別に急ぎの用はないから一緒に行くか?」

「そうですね。早く帰らなければなりませんし、お願いします」

 

 そう言うと彼女は自分の自慢を馬鹿にされたことで少し気が立っていたが、自分より背の高い彼のすぐ隣を密着するように歩き始めた。

 

「……近くないか?大丈夫なのか?エルフはそういうところ、厳しいだろう」

「全く問題ありません。貴方は本当に一部の神並みに疎いところがある。そもそも欲情というものをしたことがあるのですか?」

「エルフの口から出てはいけない言葉を聞いてしまった気もするが、俺も男だからな。欲情とまではいかなくとも、女性に対して美しいと思ったりすることはある」

 

 普段なら絶対に言わないことをわざわざ言ったというのに、この青年はその意図に気付くはずもなく、いつも通り答えた。彼女はその少しズレた言葉にホッとしたのと同時に、照れなど微塵も見せない彼に対して、少しムッとして言った。

 

 

「なら、こういうのはどうですか?」

 

 

 顔を真っ赤にして、彼の腕に自らの腕を絡め、身体ごと密着する。見目麗しいエルフからされたら普通の男なら天にも昇る心地になるものだが、この男はふつうではなかった。

 

「歩きづらいぞ。どうしたんだ今日は。風邪でも引いたのか?触るけど平気か?」

 

 そう言うと一度止まり、腕にくっついたままの彼女がうなづくのを見て真っ赤になった彼女の額に手を当て、体温を測る。

 

「熱っ!熱があるじゃないか!早く行くぞ!ど、どう運べばいいんだ?」

 

 お互いに正常な判断ができる状態ではなかったということだけは言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

「ふぁ〜あ……。こーんニャお昼寝日和の日にニャんでこんニャことしてるニャァ」

「リューが勝手に一人でいくからニャ!全く、帰ってくるの遅くなるのに意地はって一人でいくニャ!」

「二人共ゴメンね。付き合わせちゃって。でも、こんなに遅いのは初めてだから…」

「もういいニャ。シルとリューは結婚すりゃいいニャ」

「早く探しに行こうニャ!早く行かニャいとミア母ちゃんに怒られるニャ!」

 『豊穣の女主人』ウエイトレス3人が店から出た直後、前方から一人の青年がエルフを背負ってやってきた。

 

「お、助かった。リオンが倒れた。看病してやってくれ。熱もあるから薬は飲ませたぞ。それじゃあリオンお大事にな」

 

 そう言うと、三人にリューを預け、何処かへ行ってしまった。

 

「ラプラスさーん!ありがとうございましたー!リュー!大丈夫だった!?熱があるって…?どうしたのリュー?」

「やってしまいました…。何時もならあんなことしないのにどうして…」

 

 顔を真っ赤にして、頬に手を当て俯いている同僚を見て、三人は安心したのと同時に

 

「ちっ!昼間っからなんて甘いもん見せてくれてんニャ!他所でやれニャ!」

 

 と全く同じことを思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「今日はこんな感じだ。結局【ミアハ・ファミリア】には行けなかったから明日行くがな」

「相変わらずだね、ラプ君。最近は余りそういうの聞かないからもしかしたらと思ってたんだけど…」

「む、何がだ?」

 

 豊穣の女主人を後にしてすっかり日も暮れた夜が訪れる時間になった頃、ラプラスはダンジョンの一歩手前、ギルドにいた。帰宅ラッシュが過ぎ、今日も生きて帰ってきた冒険者が自らの武勇伝を肴に酒場に繰り出して行く中、ラプラスは自分の担当者に今日の報告をしていた。

 

「ラプ君はホント女の子を手玉にとって!でも天然でやるんだもんね。たちが悪いにも程があるよ…」

「むう?ああ、ロキのことか。確かに手玉にとって稼がせてもらったが、ダメだったのか?」

「そっちじゃないよ!『豊穣の女主人』の店員さんの方!エルフってことは綺麗なんでしょ?もう…」

「ダメだ……女心は未だに理解不能だ……今度また神ヘルメスにご教授願いたいものだ」

 

 ダンジョンに行かないのにこうして担当者と話すのは殆ど日課となっていた。彼は持っていた酒瓶の口の辺りを弄りながら尋ねた。

 

「そういえばフィン達が遠征から帰ってきた頃だろう?どんな感じだったんだ?」

「それが聞いてよ、ラプ君。【ロキ・ファミリア】の人たちの遠征の帰りにミノタウロスの群れがどんどん上の階層に登って行ってね!私の担当の新人の子が殺されちゃいそうになったんだよ!気をつけてくださいってラプ君からも言っておいてね!」

「おお、わかった。まあ遠征帰りだったから許して欲しいところだが、それは面白い行動だな。本能的なものなのか?それとも誰かが調教を行なっていたのか…」

「はあ〜ラプ君はすぐそれだね……でも!ダンジョンには行かせないからね!ロキ様との約束なんだから!」

「おれも行こうとは思わないさ。最悪、ベート達を扱き使えばいいしな」

「それはそれでどうなんだろう……?」

 

 

 

 それからしばらくした後、

 

「今日はそろそろ帰るが、チュール。終業はいつだ?」

「え?もう終わりだけど、どうしたの?」

「いや、神タケミカヅチに女性は家に送ってやるものだと言われているからな。終業時間が近いなら待つぞ。一緒に帰るか」

「う、うん。ちょっと待っててね。急いで準備してくる!」

 

 急がなくてもいいぞー、という彼の言葉を背にエイナはギルドにある女性更衣室に入って行く。

 

「うーん…何時もはラプ君に余計なことを吹き込んでって思うけど、今日は本当に感謝します。神様……!」

 

 私服に着替え、待っている彼の元に行こうとするエイナに一人の同僚がすれ違いざまにヒソヒソと呟いた。

 

「今日はお楽しみかな?」

「そんな訳ないでしょ!」

「何がだ?」

「な、何でもないよ!お待たせ、早く行こ!」

 

 グイグイと青年の手を引いて帰っていくエイナを見て、エスコートとは何かを考えたギルド職員は悪くない。

 

 

 

 

 

 

 エイナを送り届けた後、【ロキ・ファミリア】のホームでラプラスは立ち尽くしていた。

 

 

「しまった。遠征から帰ってきたんだから今日は宴会しているんだった。とりあえずこの酒はロキの部屋に置いておこう」

 

 勝手に主神の部屋に入り、散らかっていたので掃除をし、ベッドの下から見つけてしまった百合百合した本を机に並べ、その横に酒瓶を置いて部屋を出た。

 

「ふむ、明日は朝【ミアハ・ファミリア】へ行って、午後は『JaguarーMARU』でジャガ丸くんの新たな領域を開拓するか…いや待てよ、ティオナに午前中連れ回される可能性が高い。ジャガ丸くんは諦めるか…」

 

 

 

 

 

 オラリオの夜は更けていくーー

 

 これは迷宮とは余り関わらない『英雄物語(ヒロイックミイス)』ーー




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