トウホウ・クロウサギ   作:ダラ毛虫

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姐御、ご乱神

そしてクロウサギ・オーバーフロー&スーパーハイテンション


どうしてこうなったかやら何やらは次回にして、最初っから最後までド突き合いな今話です

遂にほぼ丸々1話バトル回という、何気に初めての試みでございます




トウホウ・ミダレガミ

 轟、と、大気のみならず、空間ごと抉る豪腕を振るう。

 鬼という種族に於いて、生まれながら規格外の怪力を有する中に於いて更に、力の銘を冠した拳。

 力の勇儀。

 怪力乱神の武力。

 直撃させれば砕けなかったものなど無い。

 掠めただけで、強者と呼ばれた者をも残骸と化す。

 そんな拳だ。

 そんな力だ。

「嗚呼……! 嗚呼……! あああああああっっ!!!! 最っ高っだぁっ!! 最高だよ!」

 拳を振るう。拳を振るう。拳を振るう。

 力任せに、本能のまま、鬼である己を誇る様に、荒れ狂う暴力の嵐。

「コクトォォォォォォォォッッッッ!!!!!」

 それが、届かない。

 いなされる、避けられる、逸らされる。

 暴風と化した自身に対するは、こちらも暴風。

 視覚化された、そこにあるだけで物理的な干渉力すら持つ程の、かつてない濃密な妖気を纏う、因幡コクト。

 その身体が、鬼よりも遥かに脆いことは知っている。

 どれほど上手くいなそうと、この拳に触れれば指は捩れ骨が砕け肉が弾け飛ぶ。

 だと言うのに、全く通用しない。

 全身に纏った妖気の壁に阻まれて、肌に触れることすらできない。

 直撃すれば貫ける。だが、直撃させられる気がしない。

 妖気を削ぎきれば障害は無い。だが、底がまるで見えない。

 矛盾する表現になるが、変幻自在の柔軟かつ堅固な城塞、と言ったところか。

 全力で、殺意を込めて挑んで、尚も届かない。

 

 

 

 嘗ての喧嘩は楽しかった。娯楽だった。

 お互いに、この程度で死にはしない、と信じる範囲でぶつかり、気が済めば酒を酌み交わした。

 楽しかった。嗚呼、間違いなく楽しかった。

 

 しかしそれは、互いの底を覗く、死闘では無かった。

 

 

 ならば、今のこれは?

 この感覚は?

 この疼きは?

 この快感は?

 肌が粟立つ様な、神経が焼ける様な、血肉が燃える様な、魂が沸騰しそうなこれは何だ!?

 

 今、自分はかけがえのない友を殺そうとしている。

 この程度なら、なんて遠慮は無い。

 死なない様に、なんて加減は無い。

 全身全霊、己の全てをさらけ出して、本気で殺そうとしているのだ。

 

 度しがたい。

 

 何百年振りの再会に、獣の様に噛み付くなど、自分で自分が理解できない。

 それでも分かる。

 私は。

 地上を見限り。

 幻想郷を見限り。

 人間を見限り。

 地底の喧騒に膿んで尚。

 この瞬間を。

 この熱を。

 この闘争をこそ望んでいた!

 

 

 

 

 爆音。

 

 視界に青空。

 顎に灼熱の如き激痛。

 首がもぎ取られそうだ。

 懐に入られ下から掌底を受けたか。

 何度も食らった技だ。

 嘗てとは威力が桁違いだが。

 そもそも、殴られてあんな音がするか?

 一撃で意識が飛びかけるなんて。

 クソ、脳が揺れている。

 思考が纏まらない。

 余計なことを考える余裕なんて無い。

 体勢を立て直さないと。

 同じ技を何度も受けたから、この次に何が来るかも分かっている。

 回し蹴り。

 狙いは何処だ。

 この攻撃力がコクトの蹴りに乗せられたら、私の肉体でも貫かれかねない。

 何処が狙われるか、正確に読み防がなければならない。

 読み違えたらここで死ぬ。

 死ぬのは良い。

 負ける。

 それは駄目だ。

 まだ自分は出し切っていない。

 折角の、こんな素晴らしい闘争を、不完全に終われるものか。

 燃え尽きる前に御仕舞いなんて、そんなのは、無い。有り得ない。

 腹だ。

 腹に来い。

 防御。

 腕は動かない。間に合わない。

 体の強度で凌ぐしかない。

 意識をかき集めて、腹筋を固める。

 耐える。

 来い。

 

 

 再度の爆音。

 

 音源は鳩尾。

 狙い通りの位置に、想像を絶する衝撃を受け、私の体が吹き飛んだ。

 

 地底まで叩き返されそうな勢いで蹴飛ばされて、地面に衝突。

 視界が土砂に埋まる直前。

 些かも衰えない、解き放てば幻想郷を塗り潰すと感じる程の妖気を纏うコクトが、蹴り終えた残心を解き、ゆっくりと地面に下りてくるのが見えた。

 

 

ーーまだやれるだろう?

 

 

 そう聞かれた気がした。

 きっと本当だ。

 気のせいな訳が無い。

 

 身心に火が点く。

 終われない。

 もっと楽しみたい。

 それもある。

 だが、それ以上に。

 あいつに失望されたくない!

 あいつの期待に応えたい!

 私を見せろ!

 この星熊勇儀の底を見せろ!

 こんな所で寝ていられるかよ!

 これで終わって、怪力乱神なんて謳えるものか!

 

 

 内臓から溢れる血を飲み下し、代わりに口から咆哮を吐き出す。

 上方にあった、地表からここまでの大地が、放射状に吹き飛ぶ。

 出鱈目に妖力を放出しただけの、形を持たない純粋な力の放出。

 

 豪雨の様に、土砂が降る。

 ざあざあざあざあ。

 土の雨と共に、咄嗟に上空へ飛んだらしいあいつも下りてくる。

 今しがた生まれた窪地の底で、雨の中、傘もささずに向き合う。

 鬼である私にとっても、雨粒1つ通さない妖気を纏うコクトにとっても、土も水も変わらない。

 

 

「……多少は消費できたが、まだまだだな。多すぎる」

 両手を眼前に翳し、自らの妖気を眺め、コクトが言う。

「もうしばらく、付き合ってもらうぞ」

「やめろと言われても、止まれるもんか」

 互いに笑う。

「それもそうだな」

 凄惨に笑う。

「私も、楽しくて仕方が無い」

 笑い合い、踏み込み、殴りつける。

 振るった拳は逸らされて、蹴りが脇腹に突き刺さる。

 衝撃が腹の内側で暴れまわり、かき混ぜられる。

 それでもやはり、どうしようもないくらいに、笑える。

 

 いなされ、蹴られ。

 避けられ、打たれ。

 逸らされ、投げられる。

 

 だが、止まらない。

 蹴られ、打たれ、投げられ、『勝ちを譲っても良い』と思えるのに、尚も止まらない。

 お前になら殺されて良い。

 お前になら、「天晴れ見事」と首を差し出せる。

 鬼(ワタシ)の首を以て、強者(オマエ)の武勲とし、お前(ツワモノ)に討たれたことを、私(オニ)の誉れとする。

 そんな終わりでも、一向に構わない。

 否、それ以上の終わりなど、『人間に正々堂々討ち取られる』なんて、夢物語しか無いだろう。

 死ぬべきは、ここだ。

 これこそ、私の死に場所だ。

 

 だと言うのに。

 なのに。

 それでも。

 そうだとしても。

 

 私の全てが、血が、肉が、魂が、積み上げた生涯が、鬼の本能が。

 お前と限界に臨むことをこそ、何よりも、鬼の誇りよりも尚、願ってやまない!

 

「ぐ……っ」

 

 幾度も振るい続けた拳が、遂にコクトを捉える。

 しかし、直撃では無い。

 胸の前で、掌を向き合わせる奇妙な構え。その両手の間に空いた、小ぶりな西瓜程度の空間に、妖力が練り上げられていた。

 大妖怪や高位の神であろうと、胸を貫き背中まで飛び出すだろう必殺の拳は、その妖力に阻まれた。

 関係無い。

 戸惑いも躊躇いも無く、思い切り拳を振り抜く。

 

 炸裂音。

 

 完全に拳を振るい終える前に、妖力の塊が弾けて、自ら後方に飛ばれた。

 そして同時に、置き土産の様に、潰された右手。

 五指が千切れて、拳としてはもう使えない。

 なら、コクトを真似て、掌底なり裏拳なりで使えば良い。

 攻撃手段が多少制限されただけだ。痛みなど、とっくに脳まで届かなくなっている。

 仮に届いたとしても、そんなことはどうでも良い。

 痛覚に回す意識すら惜しい。

 

 全力の拳と、妖力を炸裂させた勢いを受け、吹き飛んだコクトが、四肢を踏ん張る。

 手足から伸びる、妖力の鉤爪。

 大地に、文字通り爪痕を刻み付け、制動。

 

「初めて見る技じゃないか。奥の手かい?」

「初めての使い方だ。思いの外、上手くいったな。

 ……砲撃が使えない状況であれば、普段でも有効か?」

 小柄なコクトからしたら巨大な手足を動かす様は、ややぎこちない。

 あの両手では、攻撃をいなすのは難しくなっただろう。

 しかし、肌に感じる圧迫感から考えて、攻撃力は私と同等。

「いいねぇ……! 今度は殴り合い、ってかぁっ!?!」

「お前と殴り合うなんて、悪い冗談に思えるが……今更か」

「違いないね!」

 戦闘中だと言うのに、一歩誤れば死ぬ殺し合いの最中であるからこそ、笑みが溢れる。

 笑いが止まらない。楽しくて仕方がない!

 

「っぅおらぁぁぁっっ!!!!」

「はぁっ!」

 真っ正面から、拳と拳をぶつけ合う。

 間に挟まれた空気が押し潰され、響く轟音。

 余波で大地が砕け、空から雲が消し飛ばされる。

 

 しかし、それほどの衝撃を撒き散らしていながら、互いに不動。

 僅かばかりも退かず、空いたもう一方の拳を、同時に振りかぶる。

 そして再度の轟音。

 三度振りかぶる。

 拳をぶつける。

 

 打つ。

 打つ。

 打つ。

 打。

 打。

 打。

 打。

 

 打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打。

 

 

 

 ぶつけろ。叩き付けろ。抉り込め。刻み付けろ。

 

 

 私を。星熊勇儀を。鬼の全てを。

 無二の友に。またと無いこの瞬間に。死力を尽くせる今に。

 

 因幡コクトに、力の限りを。

 

 

 

 打ち合う度、拳が、肉が、関節が、骨が、軋み、ひび割れ、砕ける。

 それでも、妖力を漲らせて身体を修復して、何度でも殴りつける。

 

 じり貧だってことくらい分かっている。

 コクトが妖力で形作った四肢は、私の肉体と同等の威力と強度。連打の早さも互角。

 それでいて、あちらの妖力と妖気は、まるで底無しだ。

 拳同士がぶつかる度に砕けて、妖力で妖気を収束し修復しているはずなのだが、全く消耗が見えない。

 

 このまま殴り合えば、必ず私が先に力尽きる。

 

 

 なら、どうする。

 

 小細工を弄するなんて有り得ない。

 奥義である三歩必殺も、放つ隙は作れない。

 もっとも、例え放てたとしても、既に知られている技である以上、手痛い反撃を合わせてこられるに違いないのだが。

 

 ならば、どうするか。

 

 そんなことは、決まっている。

 

 

 同じ威力だから、削り負けるのだ。

 私の拳の方が強ければ、勝てるのだ。

 

 

 だったら、やることなんて、一つきり。

 

 

 ここで、これまでの限界を超えるしか無い。

 

 今までの最強を上回る以外に、勝ち目は無い。

 

 

 

 嗚呼。

 嗚呼。

 なんて、楽しい。

 

 

 

 

 私は、生まれて初めて、『強くなりたい』と、切望している。

 

 限界に臨むだけでは無く、もっともっと、お前といつまでも戦えるくらいに、強くなりたい。

 

 

 私の限界を、今この闘争で、超えて見せたい。

 

 

 お前に、勝ちたい。

 

 

 

 

 

「……逆境で成長する鬼など、冗談じゃないぞ」

 

 疲れた、と溜め息を吐くコクト。

 無尽蔵に思えた妖気も、未だに普段より遥かに莫大なものの、随分と減った。

 妖力の鉤爪も、形を保てず崩れかけている。

 

「…………くっそ……ちから……はいんねえ……」

 

 それでも、私は届かなかった。

 生命を削ろうと、精神を搾ろうと、魂を燃やそうと、手足はピクリとも動かない。

 最後の悪足掻きに、噛み付いてやろうとしたが、顔面を叩き潰されて牙も顎も砕かれた。

 爪に幾度も貫かれた腹の傷から、血と臓物と生命力が抜け落ちる。

 

「後付けの力でも勝ちは勝ち。

 それで良いな? 星熊」

「……あたりまえだろ……なめんなよ、コクト」

 武器を使われたから負けた、だの言う奴は、『鬼』じゃない。

 相手が何を用意しようが、何を企もうが、力任せに踏み越えて笑うのが、『鬼』だ。

 この、力の勇儀の在り方だ。

 

 

 

「…………まったく。まるで変わらんな、お前は」

 

 

 呆れた様に、楽しそうに、コクトが言う。

 この喧嘩を吹っ掛けた時にも、言われた台詞。

 

 その言葉に、心が震える。

 

 

 

 変わってしまったと、思っていた。

 人間は変わり、地上は変わり、地底で腐り私も変わって、もう、かつてと同じではいられないのだと。

 そんなことを感じつつ、それでも『昔ながらの鬼』で在ろうとしていた。

 その拘りに意味が見出だせなくても、果たして今の私は『星熊勇儀』で在り続けていられているのか分からなくなってきても。

 

 

ーーまるで変わらんな、お前はーー

 

 

 その言葉に、救われた。

 

 

 

 

 

 

「さて、」

 

 救われて、満足してしまい、戦意を無くした私から視線を外し、コクトは背後を振り返る。

 

「星熊を、鬼の四天王、怪力乱神、力の勇儀を下した私に、『殴り合い』を挑む『鬼』は、前に出ろ」

 

 さっきまでの喧嘩、コクトに言わせれば馬鹿騒ぎで周囲に散っていた妖気が、収束する。

 妖力の鉤爪が、再び形成し直される。

 にい、とわざとらしく挑発的に歪めた笑み。

 その瞳が捉えるのは、私達の喧嘩に釣られて地底から出てきた鬼達。

 力と力のぶつかり合いに心奮わされて、誘われてきた連中。

 そいつらの目に、光が宿る。

 地底で管を巻いていた頃には失われていた『鬼』が、煌々と、爛々と、輝く。

 

 全員、残らず、一歩を踏み出す。

 

 皆殺しにされるかもしれない。

 きっと大勢が死ぬ。

 この妖怪兎は化物だ。

 鬼が数に任せて挑んだとしても負けそうなくらいに狂っている。

 

 だからこそ、だ。

 

 

 死力を尽くして強者に『真っ正面からの殴り合い』を挑めるなんて、そんな何百何千の歳月を生きても巡り会えない機会を見逃す奴が、『鬼』に居る訳が無い。

 

 

 

「ああ畜生……星熊にあてられたか、怨霊を纏い過ぎたか……らしくないな、本当に」

 

 牙を剥く様な笑顔で、コクトが笑った。

 

「命懸けで来いよ、馬鹿野郎共」

 

 応じるのは、咆哮。

 猛り煮えたぎる鬼の群れ。

 退くことなんて微塵も考えずに、誰も彼もが、一斉に突進して行く。

 

 迎え撃つ妖力の拳に、腹を殴り飛ばされて、頭を砕かれて、腕をもがれて。

 どいつもこいつも、心底楽しそうに、暴れている。

 

 ゲラゲラと、ゲラゲラと、ゲラゲラと。

 

 殴り飛ばされ立ち上がりまた挑み、楽しそうに笑って逝く。

 腕がもげたら噛み付いて、脚がもげたら這いずって、そして死ぬ時は、笑って逝く。

 

 

 馬鹿みたいに笑い、馬鹿みたいに騒ぎ、笑って騒いで戦って逝く。

 

 それはまさしく、『昔ながらの鬼』そのものの在り方。

 

 

 

 ……今すぐに飛び起きて混ざりたいのに、生憎、手足は動かない。

 仕方無い。私はさっきので、満足しておこう。口惜しくて堪らないが。

 

 

 あの喧嘩に、悔いなんて無いのだから。

 

 




実は前話投稿時点で二千八百字書いていました
四千字に収めるはずでした

……結果、五千三百字 (^^;


勇儀姐ぇさんがハッスルしまくって文量が増える増えるヒュッフー




博麗大結界「他所の星でやれ」

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