ごめんなさい、我慢できませんでした(五体投地
読者様方の同情を受け、現状最も黒兎にビビっている射命丸文の視点にて
時系列は、鬼が地底に移住した直後から
黒兎「天狗達との今後を決める相談か……どう応対すべきかな?」
紫 「下に見られたら、家賃として酒を要求されるかも知れませんわね」
黒兎「そういうものなのか? それなら一先ずは、厄に妖力を混ぜて出迎えるとしよう。
力量を高めに見積もられておけば、侮られることもあるまい」
紫 (鬼の友であり明らかに実力者のコクトに対して、天狗が強気に出るとは思えないけど)
黒兎「どうした?」
紫 「何でもありませんわ。頑張ってね」
黒兎「まあ、ほどほどに認められるよう努力しよう」
紫 (貴女の「ほどほど」が程好かった試しは、未だかつて無いわよ)
黒兎「さっきから何だ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
トウホウ・クロカラス 上
あの化物と、初めて相対したのは、鬼の方々が地底へ移った時。
今後の山の統治を巡る、天狗と厄災の黒兎の話し合い。
何故だか私は、天魔様に唯一随伴することを許され、化物の塒へ赴く羽目になった。
なったのである。
何故私が。
「ああ、そろそろ来ると思っていた」
「こうして相見えるのは、随分と久方振りですな、因幡乃黒兎殿」
「古臭い呼び方は止そうか。
コクトで構わんよーー今は確か、天魔と名乗っているのだったか」
「ではコクト殿と。此度は、我等天狗との対談に応じていただき、感謝申し上げる」
「わざわざ足労をかけて、すまなかった。
どうにも、私が天狗の縄張り深くまで入ると、空気が悪くなってな」
やばい。吐きそう。
凄いですね、天魔様。
良くソレと会話できますね。
何この威圧感。
何なのこの押し潰されそうな不吉さ。
帰りたい。凄く帰りたい。帰らせてお願い。
「それで、そちらは?」
「……っ! は、はい! 射命丸文と申します! コクト様!」
「ああ、よろしく、射命丸」
「有り難き幸せ!」
宜しくしたくありません全力でお断りしたいです。
冷や汗が止まらない。
絶対に、今の私、ひきつった顔になっている。
頭を垂れ、必死に表情筋を緩ませようと試みる。が、駄目。強張る。
視線を向けられているだけで、圧倒的な力を感じ、本当にもう、吐きそう。
群をはぐれた妖怪兎、という肩書きの1つの、何と薄っぺらいことか。
コレは、単独で鬼の集団と伍する、正真正銘の化物だ。
こうして間近に感じて、改めて理解する。
天狗の噂に語られる姿など、その極一部も表せていない。
実際に己の目で見て、初めて解るのだ。
その両目で覗き込まれている、唯それだけで、全身隈無く悪寒に支配される。
想像力がひたすら、ありとあらゆる残酷な死に様を空想する。
そして、きっとそれを超える苦痛を、この存在は実現させるに違いないと、本能が泣き叫ぶ。
吐きそう。帰りたい。
「で? この会合は、今後の山に関してだと認識しているのだが、相違無いか?」
「御座いませんな」
真っ直ぐに前を見据えて答える、我らが天魔様。
天魔様、本当に格好いいです。
格好いいついでに、私を帰らせて下さい、今すぐ速やかに。
「先日、鬼の方々が住まいを移し、この山に於いては、我等天狗が主導することと相成り申した」
「知っている。まあ何だ、ただでさえ乾いた堅い話の前に、喉を潤すとしよう」
そう言うと彼女は、傍らに置いてあった巨大な酒瓶と、これまた大振りな酒盃を取る。
「同じ盃を分かち合うことで、友誼を結ぶ。
そんな風習が、外の世界にはあるらしくてな」
並々と酒で満ちた盃が、天魔様に差し出される。
天魔様は、それを受け取った。
後ろに控えて見ていた私は、その意味を刹那で理解させられた。
これは、私達天狗という種族全体を試す、儀式だ。
分かち合うと、彼女は言った。
額面通りに解釈するならば、それは酒を半分ずつ分け合う、という意味だろう。
しかし、それは、正答か?
半々に分け合うとは、即ち、対等の立場を主張することに他ならない。
天魔様は盃を受け取った。
今この瞬間、天狗が彼女に対して、どのような立場に立つのか、試されている。
前置きも話し合いも飛ばして、結論を出せ、と、突き付けられた。
恐ろしい。
威圧感よりも、不吉さよりも尚、その在り方が恐ろしい。
単独の妖怪でありながら、鬼という種族そのものを友とし、今もまた、天狗という種族に選択を迫る。
傲岸不遜。唯我独尊。然れど、それが許される力。
「川で冷やしたばかりだ。温くなる前に、呑んでくれ」
そして、彼女は遅疑逡巡を許さない。悩む時間などを待ちはしない。
決断しろと、即断しろと、天狗の長に強いる。
「有り難く」
天魔様が盃を傾ける。
彼女に対する、天狗の立ち位置を明示する。
飲んだ量は、四割、否、四割五分。
それが、天魔様の答えであり、そして同時に、天狗という種族の結論だった。
「良い飲みっぷりだな」
「まこと至上に御座いました」
「それは何よりだ」
楽しげに笑ってから、返された盃を干す黒兎様。
ここに、山の序列は決した。
統治は天狗が行う。
しかしながら、黒兎様の意は、尊重すると。
譲った酒の分だけ、天狗は黒兎様に譲歩する。
「さて、自分だけ素面というのも、ばつが悪いだろう」
悲鳴をあげなかった私を、私は全力で褒めよう。自賛しよう。
あろうことか、再び満たした盃を、私に差し出す黒兎様。
受け取って良いのかこれは。
既に、天魔様の決心によって、天狗と黒兎様の関係は定まった。
ならばこの盃は、あくまでも私個人に出された物。
私の立場を明確にしろと、問う物。
横目でちらりと天魔様を窺うと、静かに首肯された。
いや、頷かれても。
え、受け取って良いの?
どう対応すれば良いの?
断ったら殺されるの私?
でもこうして躊躇っている間に黒兎様の機嫌を損ねるかもしれない。
とりあえず盃を受け取る。
…………受け取ってしまった。どうしよう助けて誰か教えて正解は何なの?
恐らく、これまでの相当に長い、いや万年単位ではないけど長めの生涯でも、最高速で頭を回転させる。
一口だけ……は失礼だと取られるだろう。
四割くらい……は天魔様とほぼ同じ立場を主張するということ。
良し、だったら、二割だ。天魔様の半分弱、且つ、そこそこは飲んでみせられる。
そうと決まれば早速ーーーー旨っ! 何このお酒美味しい!
度数は低めだけど米の旨味が清らかな味わいを生み喉越し爽やかで幾らでもーーいかん!
…………あや、やや、や……。
……………………三割以上、飲んじゃった……。
「心底美味そうに飲むなぁ、お前」
わー、黒兎様、凄く嬉しそー。
あやややー。お喜びいただけて幸いですー。あややー。
「…………夢見心地になるほど、美味しかったです」
こうして私は、黒兎様に対して、天魔様に次ぐ天狗であると、主張したのであった。
であったのだったのであった。
逃げたい。
天魔様がどんな表情をしているのか見たくない。
心から逃げたい。
この状況で逃げ出す度胸なんて無いけど。
逃げられる奴が居るならすぐに来い。来てください。そして替わってください。
その後、細部について話し合いが行われるのかと思いきや、極めて短い時間で纏まった。
「我等天狗は、コクト殿の行いを邪魔立ていたしませぬ。
唯、集落付近にまで来られる際は、予め一報をお願い申し上げる」
開口一番、天魔様の言葉。
天狗という種族が、鬼以外に向けたとは思えない、明らかな上位者に対する姿勢。
「まあ、天狗の集落に寄る用件も、特には無いが……。
何かある時は、哨戒の者に言付けよう」
「では、そのように」
何やら、下っ端哨戒天狗達に酷い仕事が付与された気がする。
黒兎様から天魔様への伝言なんて、私は絶対に承りたくございません。怖すぎる。
「もしも天狗から私に連絡がある際は、伝令なり書簡なり、家まで届けてくれ」
その伝令役、何がなんでも回避できるよう立ち回らないと。
でも、何だか嫌な予感が……いやいや、無い無い、気のせいよね。
とにかく、会合はこれで終了。ようやく家に帰れた。疲れた。眠ろう。寝た。
やはり、と言うべきか。
黒兎様への対応について、天狗の間では不満が囁かれた。
余りに警戒し過ぎではないか。
天狗の組織力ならば、容易く従えられるのではないか、と。
しかしそれも、次の春までのこと。
天狗が主催する花見に、天魔様は黒兎様を招いた。
ちなみに、招待の書簡を届けたのは、白狼天狗である。お気の毒さまなことだ。あー……助かった。
おそらくは、黒兎様と天狗とが良好な関係を結んだことを、内外に知らしめるための宴。
天狗社会の中で黒兎様に不満を抱く者や、盟約を疑う外部の者を黙らせるためのお披露目。
天魔様が目論まれたであろう狙いは、完璧に達成された。
以前の会合時ほどでは無いものの、それでも纏う妖気は絶大。内に秘めた妖力は測り知れず。
天魔様の隣、敷物1枚分高く設けられた上座に胡座を組む姿は、直視することも躊躇われる強者の居住まい。
誰もが自然と、顔を伏せた。
目を合わせまいとした。
視線が合った瞬間に、黒兎様から溢れた不吉を自身が被る、という悪寒が、その場を支配する。
今は居ない鬼の暴力は、力は、極めて単純だった。
単純だから、読みやすく。
理解できるから、対処できていた。
どれほど大きくとも、我が身を害されないように立ち回れた。
しかし、黒兎様の力は、正反対。
絶大であり不明瞭。
甚大でありながら予測不能。
何が起きるか、何が契機となるのか、想像の範囲外。
分からないから畏れる。
自分に降りかかることが無いよう乞い願う。
さながら、人間が妖怪や神を畏怖するかの如く。
不吉と不運の象徴として、頭を垂れる。
まさに、その銘の如き厄災として。
更に、それに加えて、初めの1杯分、参加者全員に酒を振る舞ってくれるのだ。
前の会合の時もそうだったけど、本当に、酒に関しては良い方である。
ビールというのは聞いたことも無い酒だけど、凄く美味しい。
この苦味がまた癖になる。
間違いなく、来年の花見にも、今回の参加者は何を置いても出席するだろう。
怖がりながらも、あの酒を目当てに。
畏れで抑えて、酒で惹き付ける。
事実上、妖怪の山は、たった1体の妖怪兎に屈した。
そりゃ誰だって、争ったらどんな目に遭うか分からない相手に挑むよりも、美味しい酒が飲みたいですもの。
誰だってそう。
天狗だって河童だってそう。
もちろん、私だってそうです。
それにしても、天魔様だけが物怖じせず向き合えるからとは言え……。
あの酒を何杯も飲めるのは、正直、凄く、羨ましいです……!
転生オリ主伝統芸! か・ん・ち・が・い!
当事者視点じゃない方がオリ主っぽいという不具合
いや、こっちも主人公ってか魔王ですが
黒兎「やはり回し飲みは定番だな」
紫 (聞いているだけで、天狗側の胸中を察してしまうわね)
ちなみに、盃三割がぶ飲みに対する天魔様のコメント
天魔「射命丸……実力はあれど小心者とばかりに思っていたが、何という胆力か……」
勘違い、伝染
地獄への道は善意で舗装されているのです