トウホウ・クロウサギ   作:ダラ毛虫

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第1部:古代~花映塚
第兎話


 生まれ直した世界で私は、因幡てゐと出会った。

「クロー、クロやーい、居んだろー」

「……はいはい、お呼びかい。

 まったく、白兎の主ともあろうお方が、供も付けずに出歩くものではないよ」

 いや、出会った、と言うのは語弊があるか。

「おやおやまあまあ。

 互いに無二の肉親に、随分と冷たい物言いだこと」

「親(チカシ)い間柄だからこそさ、姉様よ」

 にししと笑う彼女と私は、生まれた時から一緒だった。

 

 

 

 

 

 転生の神様とやらに出会った覚えは無いが、気付けば私は雌兎になっていた。

 それも、後になって知ったところでは、遥か昔の神話の時代にだ。

 訳が分からないながら、先ずは生きることにした。

 死んでしまってはどうにもならない。

 前世で死んでしまったことを、思い悩んでも仕方が無い。

 自覚していた以上に、割り切ることが得意なのか。

 はたまた、兎になってから、悩む脳が無くなったのか。

 とにかく兎に角、私は生きることにした。

 性別の変化は、意外と気にならない。別に、兎の雌雄で騒ぐことも無いだろう。

 

 

 己を兎と理解してから1年。

 白い毛並みの両親と、同じく真っ白な兄弟姉妹、群の同族もまた白色。

 私だけが黒かった。新月のように真っ黒だ。

 加えて、元は人間であるとの意識からか、どうにも私は兎らしくなかった。

 群の者達から疎遠にされるのも、まあ当然の帰結だろう。

 はぐれ者となった私だが、姉、後の因幡てゐだけは、しばしば私に近寄った。

 残念ながら、純粋な情では無い。かと言って、純粋な打算でも無いが。

 この姉は、色々と面倒な気質なのだ。

 話が逸れた。姉が私を構った主な理由についてだ。

 不思議と私は、危険を察知できた。

 野性の勘、とかで無く、食べると不味い物、近付くと不味い場所を、事前に知れた。

 これが後々、私の『能力』となるのだが、今は置こう。

 姉が私に近寄ったのは、この危機察知が目当てだ。

 少なくとも、姉自身はそう言っていた。

 姉は筋金入りの嘘つきなので、それだけが理由では無いだろうが。

 新しく見る草木、広げる縄張り、そう言った物の危険性を、姉は私に尋ねた。

 私は答え、姉は従い、そして姉は、群の長になった。

 利用されたとも言えるが、姉が長として庇うおかげで、私の暮らしも楽になった。

 まあ、私には群を率いるつもりは無いし、拘ることでも無いだろう。

 そんなこんなで、安全を確保しつつ、姉と私は随分と生きた。

 数十年だか百年以上だか、兎の頭では思い出せない。

 正直、のんびり草やら実やらを食んでいたら、時間が流れていた。

 兎の寿命では無いな、と思いつつ、生きていられるのならそれで良し。

 

 そして、転機は唐突に。

 私の黒毛が、総毛立った。

 高い場所へ行け、もっと高い場所へ走れ、早く早く早く。

 慣れ親しんだ危機察知が、過去最大の警鐘を鳴らす。

 すぐさま、姉に伝えた。

 しかし、姉は群の長。

 群をまとめ、高台へ導く立場。

 私は、避難場所の確保と嘯いて、自分だけが丘の上。

 安全地帯に私だけ。

 眼下で、群が、姉が、洪水に飲まれていった。

 私だけが助かった。

 水が引き、駆けずり回って見付けた姉は、見るも無惨な有り様だった。

 島に流され、鮫を足場に海を渡ったものの、謀ったとして皮を剥がれたと言う。

 私の前世で言うところの、因幡の素兎の逸話だ。

 もっとも、重傷の姉を見た私に、そんなことを考える余裕など無かったが。

 治療の心得など無く、誰かに助けを求めようと、半狂乱で駆け出した。

 途中、大勢の男達が我先にとどこかへ向かっていたが、何か嫌な感じがしたので無視した。

 続いて、袋を担いだ男を見付け、危機察知が反応しないことから、彼に声をかけた。

 どうか姉を救ってほしい、と。

 このお方こそ、ダイコク様、大国主神様だった。

 我ながら、とんでもないお偉い様に直訴したものだ。

 改めて考えると、少々背筋が冷えるが、おかげで姉は助かった。

 何やら、私が無視した集団に嘘の治療法を教えられたらしく、傷が悪化していたが。

 あの連中、追い掛けて殴ってやれば良かった。私では返り討ちだとしても。

 そんなことより、姉の話だ。

 ダイコク様に救われたことによるものか、傷が癒えた姉には、不思議な力が備わった。

 人間を幸運にする程度の能力、だ。

 神であるダイコク様が『人間』に分類されるかはともかく、姉が初めて能力を使ったのは、この時だ。 

 古事記に書かれる、嫁取りの予言。

 こうして、姉は伝説となった。比喩抜きで。

 

 

 神と関わった私達姉妹は、ますます普通の兎から外れた。

 既に百年前後は生きた兎のことを、普通と呼ぶかはともかくとして。

 ダイコク様と出会って数年、或いは十数年、私達は、人間の姿を得た。

 姉が前世の知識にあるキャラクターと同じ存在であると知ったのは、この時だ。

 因幡の素兎だとは気付いていたが、よもや、ここがゲームの世界だったとは。

 まあ、既に前世の数倍は生きた世界が何だろうと、むしろ前世が夢か何かに思えるが。

 つまり、大したことでは無かった。

 人型になり、改めて性別が変わったことを意識したが、それもそうかと受け入れた。

 私の割り切りは健在である。

 なお、姉は『因幡てゐ』そのものだったが、私は色違いだった。

 姉妹なので、顔は瓜二つ。髪も瞳も肌も同じ色。ただ、服と兎の耳と尾だけは真っ黒だ。

 姉は相変わらず、生き残った兎を集めて長を勤めているので、見分けには便利だ。

 そして、私は群から距離を取った。

 人型になり、前より1人で生きていくのに不自由しなくなったことも、理由の1つ。

 だが、それ以上に、私の『能力』が問題だった。

 姉のように、無害どころか有益かつ制御できる物なら良かった。

 しかし、残念ながら、私のそれは、有害かつ制御不能だ。

『厄を弾く程度の能力』

 それが、私の生まれ持った異能だった。

 自分に迫る災厄を回避する危機察知。

 これだけなら、まだ良かった。

 そうでは無いのだ。

『私が弾いた厄は、他者に移る』

 要するに私は、居るだけで周囲を不幸にする、厄介者なのだ。

 まさしく、厄を介する者、なのだ。

 

 

「ほら、今月分だ、持っていってくれ」

「そう邪険にしなさんな。

 あたしゃ、他の兎や人間と違って、多少の厄でどうこうなるもんでもないさね」

 そして、話は冒頭に戻る。

 今現在の私は、姉が治める集落の外れで、趣味を兼ねた仕事に勤しんでいる。

 酒だ。

 酒である。

 酒なのだ。

 私は毎日毎日昼夜を問わず、酒を造っている。

 製鉄技術すら無い、紀元前何年だかも不明な中では、まともな酒は造れない。分かっている。

 分かっているけれども、酒が飲みたい。だから造るのだ。

 果実を潰して木の洞(ウロ)に貯めて発酵させる。

 蜂蜜に水を混ぜて発酵させる。

 穀物を噛んで吐いて発酵させる。

 寡聞にして、古代ビールの製法は知らなかったため諦めたが、知りうる限りの原始的酒造を試した。

 試しては飲み、試しては飲み、試しては飲んだ。

 生まれ変わったこの体は、幼い少女の外見でありながら、ザルを超えて枠だった。喜ばしい。

 で、それが姉にバレた。飲まれた。気に入られた。

 以来、こうして酒を納品し、食糧や生活に要る品々などを受け取る生活だ。

「そんで? 今月の試作品はまだかい?」

「分かった分かった。座って待っていてくれ」

「そうこなくっちゃね!」

 これもまた、いつものことだ。

 はっきり言って、私が距離を取ったのは、集落の連中のためでは無い。

 ろくに会話もしない、いつの間にか代替わりしている輩など知らん。

 理由は、姉だ。

 私は、姉が皮を剥がされたのは、私の厄を受けたせいだと思っている。

 言えば否定してくれるだろう。

 考えすぎだと笑い飛ばしてくれるだろう。

 だから言わない。

 私の内心など、姉にはお見通しかも知れない。

 だけど言わない。

 そして、だというのに、こうして月に1度、姉と飲む酒を、私は心待ちにしている。

 まったく、そろそろ千に届くか超えたかという齢でありながら、惰弱なものだ。

「酒ー♪ 酒ー♪ おーさーけー♪」

「静かに待てないのか……」

 そうして私は、今月もまた、姉と盃を交わしている。

「先月に貰った香草を漬けてみた。まだ味見はしていない」

「ほほぉーう……そりゃまた、挑戦的な取り組みで……」

「味の保証はできないが、健康には良いだろう、多分」

「あはは、クロはいっつもそれだねぇ」

「健康志向は、姉様譲りさ」

 毎月毎月、もう少しの間だけ、このままで、と。




幻想入りが遠い……厄神様ぁ~~

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