超融合! 次元を越えたベジータ 作:無敵のカイロ・レン(シス見習い)
やっぱり鳥山さんって神だわ。
時系列はメタフィクス消滅からエピローグまでの間です。
世界から人造人間が居なくなった後、生き残った地球の人々は西の都を中心に協力して復興作業に当たった。
この世の地獄と化していたかつての地球で失った命は数多くとも、人はたくましく、心は強かった。
元々悪人だった者も、善人だった者も、人種や出身地の違う者達も共に協力して町を建て直し、あれから時を経た今では総人口こそ少ないものの、人々の住む町の姿はほとんど以前と変わらない状態に戻っていた。
そう……それはまさしく、ゴクウブラックが人々を襲う以前の風景だった。
かつて一欠けらも残さず失われた命は、邪神に落ちた名もなき界王神の願いによって取り戻された。
トランクスがその世界に本当の意味で帰還を果たして、既に六年の時が過ぎた。
見た目こそ若々しいものの実年齢は青年と言えなくなった一児の父であるトランクスはその日、人々で賑わう西の都のデパートの中を歩いていた。
目深に帽子を被り、サングラスで目元を隠してマスクまで着けている今の彼の姿は、傍目からは不審者のように見えなくも無い。しかし有名税というものか、以前変装無しに一人で人の集まる場所を訪れた際に偉い目に遭ったことのあるトランクスは、以来外を出歩く時はこうして顔を隠す装いをすることにしていた。
娘や家族と出歩く時はそこまでではないのだが、この世界の人々にとってトランクスという存在は人造人間を倒した英雄であると同時に、自分達の命を
しかし当のトランクスは元々シャイな気質だからか、不特定多数の人間から尊敬の眼差しを受けることは未だに慣れていない。これまでは状況が許さなかったが、本来トランクスは人々の先頭に立って何かをするよりも、亡き祖父のように静かな場所で機械を弄っている方が性に合っていたのだ。
そういう意味でも同じく機械弄りに心得のある妻とは相性が良かったのかもしれないと、トランクスは賑やかな通路を歩きながら思った。
──そんな彼が今こうして人通りの多いデパートを一人で訪れているのは、彼はこの日、ある人物と会う約束をしていたからだ。
今トランクスはその人物の「気」を探りながら捜し回っているのだが、どういうわけか約束の時刻を過ぎてもまだ感知出来ないでいる。
「気」でも隠しているのだろうかと推測しながら仕方なくこの雑踏の中から目で捜し当てようとしているトランクスだが、この人混みの中で目立った姿をしている筈のその人物の姿はどこにも見当たらなかった。
「皆さん、大変長らくお待たせしました! これよりデパート復興記念! ミス☆べっぴん西の都大会を開催いたしまーす!」
「いよっ! 待ってましたー!!」
「イエーイ! イエーイ!」
そうこうしているうちにいつの間にか地下にまで来ていたらしいトランクスは、何やらそこで開催されていたイベントと鉢合わせてしまった。
どうやらこのデパートの地下で開かれていたそれは都で一番の美女を競うコンテストらしく、ショッピングエリア以上の賑わいが会場に包まれていた。
既婚者にもなり、元来その手のことには疎いトランクスにはどう反応して良いかわからない光景であったが、男女構わず大勢の観客達が熱狂に包まれているのは見てわかった。その中から聴こえてきた聞き覚えのある声にもしやと思い目を向けてみれば、案の定そこには武天老師やウーロンの二人が率先してこのイベントを盛り上げている姿が見えた。
コンテストの壇上に上がる水着、私服姿問わない若い女性達の姿を見ては年甲斐もなくはしゃいでいる二人の姿を確認した後、トランクスはとりあえず他人のふりをしながらその場を通り過ぎようとする。
その時だった。
「それではエントリーナンバー6番! リューキシンさん、どうぞ!」
司会者のマイクから響き渡ってきた声に、トランクスが思わず立ち止まる。
そして振り返って一際大きな歓声を受けながら壇上に上がった青髪の少女の姿を見た後で、彼は視線を前方に戻し、再び振り返ってその姿を見る。二度見であった。
……盲点と言うべきか、何と言うべきか。
トランクスが捜していた人物──「龍姫神」は思わぬところに居たらしい。
デパートを離れ、人の少ない穏やかな雰囲気に包まれた喫茶店の中に場所を移したトランクスは、その手に抱えた大荷物を下ろしながら一息つくと、席に座る。その向かいの席には先までコンテストの壇上に上がっていた青髪の少女が優雅な仕草で腰を下ろしていた。
外見年齢は十代半ば程度の未成熟な少女の姿であるが、やや目尻のつり上がった凛々しく整った顔立ちにあどけなさは無く、淀みの無い白い肌と巫女服や民族衣装のような装いをしている姿は、多種類の人種が集まるこの西の都においても尚浮世離れした雰囲気を纏って見える。
おとぎ話に出てきそうな天女の如く神秘的な姿の彼女は事実として、人間の領域ではない「神」の位に立つ人物であった。
「荷物を持っていただき、ありがとうございました」
「いえ……」
見た目通りの透き通った声で優雅に一礼する彼女の姿を見れば、その美しさに胸を打たれない男性は少ないだろう。実際、彼女はその容姿とほんの僅かな言葉だけで観客達から圧倒的な票数を稼ぎ、先ほどのコンテストの優勝を攫って行った次第である。先までトランクスが抱えていた大荷物は、その優勝賞品である。
しかし、だ。
そんな彼女と真っ正面から向かい合うトランクスが抱いている感情はただただ腑に落ちないものであり、彼は怪訝な目で彼女の青い瞳を見つめていた。
「龍姫神様……何故、あのような場所に?」
しばし無言で見つめ合った後、トランクスが訊ねた。
彼女とこうして会った回数は年に数回程度だが、生真面目が服を着て歩いているような性格と言うのがこれまでの彼女に対するトランクスの認識だった。そんな彼女がよもやデパートで開催されているミス☆べっぴん西の都大会などというものに出場しているなどとは夢にも思うまい。
壇上では至って普段通りの姿であり、何も水着を着て大胆にアピールしていたわけではないのだが、トランクスが我が目を疑うのも当然の反応だった。
そんな彼の問いを受けた彼女──龍姫神は、目を泳がせるように視線を逸らしながら呟いた。
「……貴方が、いじわるなさるので……」
どことなく気まずそうに、しかしトランクスのことを批難するような物言いに、トランクスは首を傾げる。
「いじわる?」
「……そのような変装をして、「気」まで消していたことです」
「ああ……それは、すみません」
言われて現在の不審者ルックに気付いたトランクスはこの喫茶店の中ならもう大丈夫だろうと判断し、サングラスと帽子、マスクを外して変装を解く。
しかし、彼女から指摘された「気」を消した状態についてはそのままだった。
誰かから隠れているわけではないにも拘わらず、彼が今もなお内なる「気」を隠しているのは、それなりに大きな理由があるのだ。
そのことを思い出したのか、龍姫神が彼に頭を上げさせて言う。
「貴方が持つ邪神メタフィクスの禍々しい「気」は、確かに普通の人間には毒になりましょう……ですが、そこまで厳重に変装する必要はないのではありませんか? 罪人ではなく、貴方はこの世界の英雄なのですから」
「……そう扱われているから、変装しているんですよ」
「?」
今のトランクスの肉体に宿っているのは、トランクス自身の魂だけだ。名も無き界王神の魂は邪神龍に宿った後、GT次元の孫悟空によって無に還った。
今この場に居るのは間違いなくトランクスだが、その肉体は邪神メタフィクスのまま変わっていないのだ。
故に、トランクスは日頃から内なる「気」を限りなくゼロまで抑え込んでいる。全力で解放しない限り意図せずして誰かを傷つけることはないだろうが、それでもあの禍々しい「気」は一般人にとって寒気を覚えるらしい。
しかしその状態は今回のように人を待つ時、探す時には不便に働いていた。
「気を消している上に変装で姿も変えられてしまったら、あの雑踏の中で貴方を見つけるのは難しいですよ」
「……龍姫神様の方から、俺を捜していたんですか?」
「はい。ですが中々貴方を見つけられなかったので、貴方の方から私を見つけていただこうとあの場に参加させていただきました」
「そうだったんですか……手間をおかけしましたね」
心なしか拗ねたように語る龍姫神の言葉に、トランクスは納得する。
彼女があのようなコンテストに出場していたのは、あの場で目立つことによってトランクスに自分を見つけてもらう為だったのだ。
龍世界の神様の手を煩わせてしまったことを申し訳なく思いながら、彼女の方から自分を捜してもらっていたことを少し嬉しいと感じる。しかしそれならばそれで、トランクスには解せない点があった。
「しかし、それなら何故貴方も「気」を消していたんですか?」
「それは……」
あの雑踏の中で「気」を消していたのは、トランクスだけではない。彼女、龍姫神はもまた自らの「気」を消していたのだ。
龍姫神は人とも神とも異なる独特な「気」を持っており、人混みの中でもその場所を読み取るのは本来容易い筈だ。そんな彼女までもわざわざ「気」を隠していたのは、それこそいじわるのようにトランクスには思えた。
そう訊ねれば龍姫神の目線が再び泳ぎ、その視線はトランクスの座っている座椅子の横に置かれたダンボール箱──コンテストの優勝賞品へと止まった。
《ニッキータウン産 姫イチゴ》
人造人間の襲撃によって一度は大きく荒れ果てた大地だが、こういった果物もようやく安定して収穫出来るようになったとは農家の言葉だ。
ダンボールの中に入っているのは、収穫されて間もない新鮮なイチゴである。ざっと見ても、普通の地球人が一日二日では食べきれないほどの量がそこに詰め込まれていた。
コンテストに優勝した彼女が、他に宝石類や高級そうな時計もあった選択式の優勝賞品の中から迷わずこれを選んだことをトランクスは知っていた。その時の龍姫神の表情が嬉しそうに見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。
「……そう言えば、母さんとレギンスの大好物だったな」
母ブルマが初めてドラゴンボールに願おうとした願いを「食べきれないほどのイチゴ」か、「素敵な恋人」の二択の中で素敵な恋人の方を選んだのは次元の狭間で見たいつぞやの記録だったか。
そんな母のことを思うと、目の前の彼女がこれに興味を持つのもわからなくはないとトランクスは微笑んだ。
「う……あの、そ、それは……決して私が賞品が欲しかったから出場したわけではなくて、ですね……気を消していたのも、決して貴方に見つかりたくなかったからというわけでは……」
「ふふ……」
「な、何が可笑しいのです?」
「……いや、何と言うか」
龍姫神──彼女の本名は、レギンスと言う。
その出自を知るトランクスには神となっても人間臭いところが残っているらしい少女の気恥ずかしそうな姿を見て、微笑ましい気持ちを抑えることが出来なかった。
「安心したって言うか……やっぱり貴方もレギンス……俺達の娘なんだなと思ってね」
龍神界の神の一柱である彼女の正体は、父トランクスと母マイの間に産まれたサイヤ人クオーターだ。
彼女が一体どのような人生を経てそのような立場になったのかはトランクスにもわからないが、彼女の故郷がこの時代よりも、さらに時の進んでいる未来の地球にあることはわかっていた。
……わかっていて尚、彼は邪神メタフィクスとして彼女と敵対していたのだ。
「……ご自身の娘を排除しようとしていたことについて、何か言うことはありますか?」
見た目にそぐわず鋭い言葉を突き付けてくるのは誰に似たのであろうか。しかしその言葉に抗う意志を、トランクスは持たなかった。
GT次元の地球を訪れた時のメタフィクスは名も無き界王神の意識が前面に出ていたが、それを承諾していたのは紛れも無くトランクス自身だ。
別の世界とは言え、未来の実子までその手に掛けようとした罪は、彼の中で消せるものではなかった。
ただ、死を持って償おうにも今の彼には背負う者があり過ぎることもまた事実である。
「煮るなり焼くなりどうぞ……と言いたいところですが、それにはもう少し……せめて、この世界のレギンスが一人立ちするまで待っていただけませんか?」
「わかりました。では、これからは子宝に恵まれて穏やかに天寿を全うしてください。それで私は満足です」
「……えっ?」
五歳になる娘がこれから一人立ちして安定するまでは、まだ死ぬわけにはいかない。厚かましく思いながらも切実な思いでそう語るトランクスの前に、龍姫神はあっさりとした口調で返す。
それはどう聞いても、彼のことを許すと言う物言いだった。
言ってからくすっと薄く笑んだ表情はどこかいたずらっぽく、その仕草がトランクスの目には幼い娘の姿と重なって見えた。
「子供が親を殺すなんて、絶対にいけませんよ」
「……そうですね」
「それでも貴方が私に負い目を感じているのなら、今回私が貴方を振り回してしまった件でちゃらにしてください」
「……やっぱり、レギンスはマイじゃなくて母さん似だったのか」
「人間だった頃は、そう言われていました」
龍世界の神になった別の次元の娘が、この世界の娘よりも成長した姿で会って話をしている。その光景を奇妙だと思いながら、過去の母さんや父さんもこんな気持ちだったのかなと感慨に浸る。
成長した自分の娘に裁かれるなら何の抵抗もする気は無かったが、どうやらその機会は訪れないらしい。
そんな二人の元へウエイトレスからドリンクが運ばれてきたところで、話は本題に移る。
そもそもこの世界でトランクスと彼女が会うことになったのは、こうして純粋に会話を楽しむ為ではない。
超常的な力を持つ彼女にしか出来ないことを、トランクスがしてもらう為であった。
「さて、ではそろそろ始めましょうか。手を差しだしてください」
「お願いします」
促された通り、トランクスは彼女に向かって右手を差し出す。
龍姫神はその手を両手で掴むと目を瞑り──瞬間、その両手から翠色の光が流し込まれていった。
それは温かくて心地よい、彼女の持つ龍の気の解放であった。
「……身体の調子は、以前よりも安定していますね。何か心境に変化でもありましたか?」
心音を聴いた医者のような口調で龍姫神が問い掛けてくるが、今彼女が行っているのは間違いなくトランクスの身体の診察であった。
今のトランクスの肉体は、邪神メタフィクスから名も無き界王神が抜けた特殊な存在だ。人間としてこの世に生まれてきたわけではなく、「超サイヤ人0」などという本来ならば存在しえない無茶な変身も行ったことでその体内は酷く不安定になっていた。
存在その物がブラックボックスのようになっている今のトランクスの状態を調べる為に、龍姫神は龍神界で与えられた使命の元、定期的にこの世界を訪れているのだ。
「娘に物心がついてきたり、そんなところですね。最近は、よく俺の昔話を聞きたがっています。中でも俺が過去に行ってからの戦いがお気に入りみたいで」
「それは、絵本の読み聞かせよりも濃い物語でしょうね……この世界の私は今、ご自宅ですか?」
「マイや母さんと一緒に居ますよ。走り回ったり飛んだり跳ねたり、俺と違って元気な子です」
「そうですか……家族が増えて、貴方の心が安定し始めている。身体の調子が良くなっているのは、その辺りも関わっているのかもしれませんね」
「俺も、そう思います」
当初は名も無き界王神に先立たれたこともあって、トランクスの心と身体は酷く不安定になっていたものだ。
しかしこの蘇った世界の中で確かに生き返った母親や友人達と再会し、死に別れた恋人も連れ戻してきたその日から、次第に彼の心は安定し始めていた。
人々が彼に感謝してくれたこと、自分達は救われたのだと言ってくれたこと、その温かな思いが、張りつめた心をじっくりと癒してくれたのかもしれない。
そして何より大きな変化が起こったのは五年前、妻との間に長女が生まれたことだ。
愛する家族に新たな一員が加わったことは、彼にこれからの時を生きていく意志を取り戻させるには十分な切っ掛けだった。
「こうして目の前で、無事に成長した未来の娘の姿を見ているのも、理由の一つかもしれません」
「……っ、……ここに居る私はあくまでも、無数の未来にある可能性の一つです。貴方の娘が私のようになるとは限らず……いえ、その可能性の方が高いでしょう。ですから……」
「未来を自分で決めつけないように、ですね。わかっています」
トランクスが娘の存在の大きさを語ると、龍姫神が心なしか頬を赤く染めながら彼に忠告する。
未来は常に不確定であり、何が起こるかわからないのはトランクス自身が誰よりも理解しているつもりだ。
だからこそ、そこに希望があることも知っていた。
故にトランクスの心にはもう、絶望は無かった。
「俺が生きている限り……この力は有効に使わせてもらいます。それが俺に出来る……父さん達への償いなんじゃないかって、思うんです」
邪神メタフィクスとして自分が殺してしまった過去の父ベジータは、GT次元の神龍の力で生き返ったのだと言う話は、既にこの龍姫神から聞かされている。
しかしまだ、彼に顔向けするには踏ん切りがつかない自分が居た。
だがそれも、いつかは決着をつけなければならないことだと言うのは理解している。
「どうか、一人で背負い過ぎないでくださいね……私も今回のように、話し相手ぐらいにはなりますので」
「ありがとうございます。でも、俺はもう大丈夫です」
感情が表情に出ていたのだろうか、こちらの手を両手で握りながら心配そうな顔を覗かせる龍姫神に対してはっきりと返す。
そして、トランクスは言い切る。
「俺はもう、絶望しない……何があっても」
それがトランクスとしてやり直した新たな人生における、彼の生涯の誓いだった。
その言葉に龍姫神が笑むと、彼の手をゆっくりと離した。
「これは神として失格な発言になりますが……私自身の本音を言ってしまうと、邪神龍には感謝してしまいますね……」
「感謝?」
安心した穏やかな表情を浮かべながら、龍姫神がテーブル上のドリンクを取る。
そして一口だけその喉を潤した後で、彼女は言った。
「こうして貴方の世界を蘇らせて、貴方を人間として帰してくれたことです」
本心から出てきたのであろうその言葉を放つ龍姫神の表情は女神然としたものではなく、見た目相応の少女に見えた。その姿はまさしく娘のものであり、トランクスは思わず彼女の本名を口漏らしてしまった。
「レギンス……」
「貴方が生きてて良かったと……今日は貴方の監視と調査が名目でしたが、私はこうして貴方と話す時間が出来て良かったと思っています。私の世界で貴方と会ったのは……もう、何年も前のことですから」
彼女が生まれ育った世界での自分は、果たしてどんな生涯を歩んでいたのかはわからない。そこでは邪神メタフィクスが誕生することもなく妻と結ばれたのかもしれないし、そもそも全王やゴクウブラックが来ることも無かったのかもしれない。反対に、或いは自分が体験したよりも壮絶な出来事があったのかもしれない。
ただいずれにせよ、目の前の少女にとって父親の存在が大切であることは確かなようであり、そのことをトランクスは嬉しく思った。
家族とはやはり、仲良くあってほしいものである。
自分も将来娘に嫌われたらと思うと……先ほど絶望しないと誓った手前格好つかないが、正直また絶望してしまうかもしれないとトランクスは思った。
「龍姫神様、もう少し付き合っていただけませんか?」
「……え?」
儚げに微笑む龍姫神の姿にトランクスは目を合わせ、一つ申し出る。
身体の検査が終わったことでこのまま別れるのがこれまでのパターンだったが、彼はもう少しだけ彼女をこの星に引き留めておきたかったのだ。
「貴方に、見ていただきたいものがあるんです」
喫茶店を出たトランクスが龍姫神を連れて向かったのは、この西の都を一望できる高い丘だった。
人の手が入っておらず建造物も無いこの場所を、昔はよく師匠との修行場所として利用していたことをトランクスは覚えている。
そして色とりどりの花々に囲まれたその丘の頂上には今、たった一つの石碑があった。
「これは……」
その石碑に刻まれた文字を見て、龍姫神が目を見開く。
一目見ただけで、それが何であるのか彼女にはわかったのだ。
《名も無き救いの神、ここに眠る》
石碑の傍らには寄り添うようにして折れた剣が──トランクスが使っていた一本の剣が立てかけてある。
その石碑の前に立っていたトランクスは膝を曲げて腰を下ろし、事前に持ってきた花束をそっと下ろした。
「お墓、ですか……」
「……邪神を救いの神と呼んでしまうのは、悪いことなのかもしれません。それでもあの人は、俺にとっての希望だったんです」
その石碑は紛れも無く、二つの次元に悪意を振り撒きながらもこの世界を蘇らせてくれた邪悪にして救いの神である、第十八宇宙の名も無き界王神の墓標であった。
遺体も残らず虹色の光となって消えていった彼の神の魂は、ここには存在しない筈だ。しかし彼がかつて存在していたという証だけは、はっきりとその場に残っていた。
花束を添え終えたトランクスは、静かにその石碑へ黙祷を捧げる。それは邪神を崇めるという行動ではなく、亡き友に祈りを捧げる為の行動だった。
そんな物憂げな彼の姿を見つめた後、龍姫神もまた瞳を閉じて両手を合わせた。
「……ここまで想っていただければ、あの方も神冥利……いえ、お友達冥利につきましょう。善か悪かで言えば間違いなく彼は悪人で、大変なことを世界にしてしまいました。しかしそれでも、無に還った哀れな魂は安らかに眠って良いものだと私は思います」
「龍姫神様……」
彼の魂は既に、この世からもあの世からも消えている。そしてもう、あの次元の狭間に居ることも無い。彼は完全なる無──魂の終わりへと、一足先に旅立っていったのだ。
多くの者の命を脅かし、次元規模で災いを起こした彼を邪悪だと否定出来る理由は幾らでもある。
だがそれと同じぐらい、彼に救われた者達にもまた、彼の死後の安寧を望む理由があった。
花々の揺らめく音が静かに響く丘の上で、静かに祈りを捧げた二人が目を開く。
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはトランクスの方だった。
「龍姫神様は……界王神様の本当の名前を、知っていますか?」
それは龍姫神としては、いつかは訊ねられるのではないかと思っていたような反応だった。
「お父様……トランクス様は、ご存知無いのですか?」
「……俺はあの時、界王神様の魂と融合していた。でも、あの人の名前だけは最後までわからなかったんです。あの人自身も、完全に忘れてしまっていたので」
これまで名も無き界王神と呼称していた、第十八宇宙の界王神の名前である。
界王神とはあくまで神としての役職名であり、本当の名前は別にある。そのことに関して別段不便と感じたことは無いが、出来ることならば知っておきたいとトランクスは思っていた。
名前を明かせない理由があるのならそれも仕方が無いと理解していたが、その問いを受けた龍姫神は数拍の間を置いて、書物の内容をそのまま語るように口を開いた。
「……かつて、第十八宇宙の界王神は人間を愛し、人間の死を嫌う博愛の神と呼ばれていました」
それは邪神メタフィクスとして彼と魂を融合させていたトランクスにとっては、知っている情報と知らない情報が織り交ざった真実の歴史だった。
「そんな界王神の世界には、他の宇宙の界王神と同じく対になる破壊神が居ました」
丘の下に広がる都の光景を見渡し、吹き抜ける風で靡いていく青髪を抑えながら龍姫神は語る。
「破壊神の名前はルアリス。驚くべきことに、彼は元界王神候補の界王……界王から誕生した破壊神でした」
立場としてはザマスに近いかもしれませんね、と彼女の語りの中で出てきたその名前に対して、頭の中に薄っすらと残っている名も無き界王神の記憶にトランクスは唇を引き締める。
「破壊神ルアリス……その名前は、あの人の記憶に残っていました……」
「ルアリスは博愛の神と呼ばれていた界王神とは対照的に、人の死と生命の破壊を好む滅びの神と呼ばれていました。一切融通の利かないその凶暴性は、現在の破壊神達以上に凄まじいものだったと伝えられています」
あの名も無き界王神とは相性が悪そうな、破壊神の鑑とも言える評価である。
実際、相反する二人の神は非常に仲が悪かったと続け、龍姫神は語る。
「真逆の思想を持ちつつも力が拮抗している二人の神は、お互いが当然のように反発し合いました。しかし、どちらか片方が滅びればもう片方も滅びてしまうのが界王神と破壊神の関係です。それ故に二人が直接対峙し、殺し合うようなことはなかったのですが……その前提はある日、界王神によって崩されました」
そこから先の話は、トランクスの知る名も無き界王神の記憶にも残っていない出来事であった。
「彼は自らの存在を、その創造の力によって作り替えたのです。失われたトランクス様の肉体を、邪神メタフィクスとして作り替えたように……」
「……そうだ……それで、あの人は……」
「自らの存在を新しく作り替えた界王神は、神の理から外れた邪神に近い存在へと生まれ変わりました。そうして界王神は、貴方の知る名も無き界王神に変わった……という話が、龍神界の文献に載っています」
名も無き界王神はトランクスと共に邪神メタフィクスへと変わる以前に、第十八宇宙の界王神から名も無き界王神へと変化していた過去があったのだ。
故に彼は、彼自身さえも自らの名を覚えていなかった。破壊神を殺す為だけに、彼は自らの存在さえもその力で変えてしまっていたのだ。
そうまでしてでも、彼には自分の対となる破壊神の存在が許せなかったのだろう。
「……そこから先のことは、あの人の記憶にもありました。生まれ変わった名も無き界王神は破壊神ルアリスに挑み、二度と復活出来ないように天使諸共消滅させた。そうか……だから破壊神が居なくなっても、界王神様は消えなかったんだ。存在を作り替えた界王神様はもう、破壊神とのつながりを無くしていたから」
「その代償として、彼は自らの記憶の一部と名前を失ったのです。以後も彼は生まれ変わった自分に新たな名前を付けることはせず……貴方の知る名も無き界王神として第十八宇宙を管理していました。その経緯を考えれば、メタフィクスや邪神龍という名前こそが、彼の真名なのかもしれませんね」
トランクスの知る名も無き界王神には、その呼称通り名前が存在していなかったのだ。
薄々、何と無くではあったがそんな気はしていたトランクスはその事実に対して然程驚くことはなかったが……墓標に刻む名前すら無いことは少し、寂しいと感じた。
しかしそれならば、とトランクスは訊ねる。
「……なら、あの人が存在を作り替える前の名前はわかりますか?」
「龍神界の資料には、確かに記されていました。そう、確かその名前は……」
名も無き界王神が対となる破壊神を殺す為に、名も無き界王神になる前の名前。
第十八宇宙を管理していた今や誰も知らないその神の名前を、龍姫神は言い放った。
「ライラ、と呼ばれていたそうです」
別れ際、龍姫神から「餞別です」と受け取ったダンボール箱の一部を抱えながら、トランクスの足が丸型の住居の前で止まる。
空は暗くなり始め、予定していたよりも長い外出になったことをトランクスは家内に対して申し訳なく思う。
言い訳の言葉を考えながらドアノブに手を掛けたトランクスは、ゆっくりとドアを開いて玄関へと入った。
「ただいま」
帰宅の挨拶を述べ、靴を脱ぐ。
そのままリビングルームへと向かおうとした矢先、トタトタと素早く軽い足音が聴こえてきた。
──瞬間、青い影がトランクスの胸に向かって勢い良く飛び込んでくる。
「パパ、おかえりー!」
「おっと……良い子にしていたか? レギンス」
「うん! ウーちゃんとカメちゃんとあそんでいたよー!」
先ほどまで会っていた少女と同じ青い髪をした幼い子供は、トランクスの実の娘であるレギンスだ。
一見凛とした目つきは母親似かと思いきや、性格は割と祖母に似てパワフルな子である。トランクスが自宅に帰って来た時には、こうして子犬のように抱き着いてくるのは恒例となっていた。
左手はダンボール箱を抱えている為、右手で娘の頭を撫でながらトランクスはリビングを目指す。
その間トランクスは、あのね、あのねと娘が嬉しそうに語る今日一日の出来事を微笑みながら聞いていた。
「ねえパパ、このまえのつづき、きかせて!」
「ああ、わかった。確か悟空さん達が戦っていたのは、俺の見たことがない人造人間だった……ってところだったかな?」
「ちがうよ! おじいちゃんがじんぞーにんげんをバシンバシーン!ってやっつけたところだよっ!」
「ふふ、そうだったな」
好奇心旺盛な娘は、自分の話をいつも嬉しそうに聞いてくれる。
この家に帰ってきて迎え入れてくれる人物が増えたことが、トランクスには堪らなく生き甲斐となっていた。
そして、何よりも。
「貴方……」
「……マイ?」
リビングに入れば、そこには彼の愛する黒髪の女性の姿があった。
エプロンを着けているところを見るに、夕食を作っている途中だったのだろう。しかしその表情はどこか憂いを帯びていて、いかんともしがたい感情が自分に向けられているように感じた。
帰りが遅くなってしまったのは申し訳ないが、こちらを見る危うげな態度が少々不思議に思い、トランクスはどういうことかと首を捻る。
──鋭い言葉と共に迫力のある剣幕で青髪の女性が迫って来たのは、その時だった。
「トランクス! さっきウーロンから聞いたけど貴方、若い女の子とデートしていたっていうのは本当なの!?」
「えっ……? それは……」
青髪の女性──トランクスの母であるブルマの言葉に気押されながら、トランクスは絨毯に横たわりながらのんきに体操番組を観ている豚型の人間と亀甲羅の老人の姿を横目に見て状況を察する。
……どうやら龍姫神との密会は、同じ場所に居合わせていた彼らに見られた上、家内に報告されていたらしい。
別の次元とは言え実の娘である龍姫神に対してやましい気持ちは一切抱いていなかったが、傍から見れば確かに浮気現場と判断されてもおかしくなかったかもしれないと客観的に分析し直し、トランクスは予期せず訪れたこの修羅場に内心青ざめる。
「ウーちゃん、プリンっていってた! レギンスもたべたかったー……」
「プリン……? 不倫……あ、ああ、イチゴならあるよ。はい、お土産」
「やったー! パパありがとー!」
状況を理解していない無垢な娘の介入によってその心は急速で落ち着いていくが、今回の件で妻を悲しませるようなことはあってはならないとトランクスは真摯に向き合う。
しかし龍姫神のことは色々な意味で出来るだけ口外したくない思いもあり、妻をどう納得させれば良いか良い考えが纏まらなかった。
そんなトランクスに対して、黒髪の妻──マイが瞳を潤ませながら叫んだ。
「わ、私は信じているからなっ! たとえ私がドラゴンボールで若返っただけで本当はお義母様より年上だとしても、全部受け入れて愛してるって言ってくれたあの時の貴方の言葉、今でもずっと信じているからなぁ!」
「マ、マイ……」
彼女のその言葉は──本気だった。
全王によって世界が消滅させられた後、トランクスと彼女は別の未来に渡り、共に同じ時間を過ごした。
激しい絶望が彼の身体を病として蝕み、やがては死に至ったトランクスの傍からも彼女は片時とて離れず、看病してくれたのだ。
そんな彼女のことはたとえどんな過去があろうと全て受け止めると誓い、プロポーズの言葉を言い放ったのが彼女をこの世界に連れ戻した六年前のことである。
「で? 本当のところどうなのトランクス? 浮気性とか私もアレだったからうるさく言いたくないけど、そういうのはちゃんとしないと駄目よ?」
「……確かにさっきまで俺は女の子と出掛けていましたけど、それは何と言うか……お医者さんと患者みたいな関係と言うか、なんて説明したらいいか……」
あれは未来のレギンスだよ、と観念して正直に話せばわかってもらえる気もするが、その前にまずは先に言うべきことがあると思い、トランクスは真剣な目で妻と向き直る。
そして改めて、騎士めいた動作で誓うように彼は言った。
「俺も君を信じているよ、マイ。今もこれからも、ずっと一緒だ」
「トランクス……」
本心から出てきた噓偽りの無い言葉を放ったトランクスは、彼女の目から憂いが消えたと同時にその身体を抱きしめる。
ただ一言「ごめん」と、そう言えば彼女は微笑み、「いいよ」と返して許してくれた。
家族として生きる彼女との日々は、これからも続いていく。
そんな夫婦の姿を呆れた目で眺めながら、ウーロンが愚痴を溢す。
「あーあ、まーたラブラブだよこの二人」
「だから心配要らんと言ったろうに。大体英雄色を好むと言うしの、仮に浮気してたとしてもわしにはトランクスを責められん。……ところでトランクス、あのリューキシンって子、わしに紹介してくれんかの?」
「あっ、ズルいぞ爺さん! 俺にも紹介してくれよー!」
「すみません。駄目です」
自分の無力さを呪いながらも、共に生きてきたスケベな二人は年老いても尚元気だった。
そんな二人の客人の様子に苦笑しながら、トランクスは心の中だけで呟く。
(やっぱり、そこに居る俺の娘だ、とは言えないよな。まだ……)
色々な意味で、彼女の──龍姫神の正体を明かすのは早いだろうとトランクスは判断し、今はまだ胸にしまう。
龍神界に帰っていった少女の姿を思いながら、トランクスはこの時代に生きる自らの娘の姿をちらりと見やった。
「レギンス、イチゴはご飯の後にしなさい」
「はーい」
土産に持ってきたニッキータウン産のイチゴを今か今かと食べようとしている彼女に妻が注意すれば、思いのほか素直に手を引っ込める彼女に思わず笑みが零れる。
そんなトランクスの傍らへと、感慨深そうな表情を浮かべながら武天老師が近づいてきた。
「ほっほっ、こんな日が来るとはの……老いぼればかり生き残りよってと悔やんでおったが、長生きはするもんじゃな」
「……そうですね。そう言えば、老師様のところに預けた子達はどうですか?」
「みんな頑張っておるよ。昔のクリリンやヤムチャほどは難しいかもしれんが、立派な武道家になるじゃろうて」
愛弟子達を失い、絶望的な状況の中でもいつか訪れる希望を信じて耐えていたのが彼だ。
思えばそんな彼のことを、もっと手本にしていれば良かったのかもしれないとトランクスは思う。
……いや、その時間は今後幾らでもあるかと思い直し、トランクスは明日を見据えて振り仰いだ。
(未来がある限り、時間は進んでいく。人も世界も成長していく……)
良いことばかり、楽しいことばかりではなく、この先も悪いことは起こるだろう。しかし、それだけではないことを彼らは知っている。
今は信じたい。これからも、みんなと生きていく未来の世界を。
探し求めていた本当の希望はそこにあるのかもしれないと、トランクスは過去の父の姿を思い浮かべながら静かに呟いた。
「父さん……いつか、また会いに行きます。今度は母さんとマイとレギンス……みんなを連れて」
──だから。
(そっちに逝くのは、もう少し待っていてください。
トランクスは共に生き続ける。
この青く美しい、時間の中で──。
【特別編:過ぎ去りし時は求めない ~END~】
実はレギンスの作者的外見イメージは、まんまドラクエ3の女賢者だったりするという裏話。