超融合! 次元を越えたベジータ   作:無敵のカイロ・レン(シス見習い)

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さらばメタフィクス! 未来への希望はつながった

 大気圏で燃え尽きなかった流星の如く、二人の戦士が落ちていった地は、悟空にとって馴染みのある景色だった。

 川の音と動物達の声が聴こえる、自然に溢れた森──そこは悟空の住んでいるパオズ山の、樹海の一部であった。

 

「ぐっ……く……っ!」

 

 どれくらい意識を失っていたのだろうか。身体中に響く激痛の中で目を覚ました悟空が最初に行ったのは、自身の左肩に突き刺さっていた剣の切っ先を抜き取りながら上体を起こし、自らが置かれた状況を確認することだった。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 メタフィクスの剣からは既に光の刃は消えており、元の刃も大部分が折れていた為に突き刺さった左肩の傷は浅く、見た目ほど深刻なものではなかった。

 しかし、仙豆を食べるまでは左腕を動かすことも出来そうにない。尤もそれ以前に、身体中が言うことを聞かなかった。

 そんな満身創痍な状態の中で、どうにか首から上を動かすことが出来た悟空が、自身の傍で仰向けに倒れている青年の姿を見るなり覚束ない口で話しかけた。

 

「い……生きてるか……? トランクス(・・・・・)

 

 その言葉で目を覚ましたように、青年──トランクスがゆっくりと目蓋を開ける。

 悟空も彼も既に変身は解けており、共にここで再びぶつかり合う体力も気力も無い。

 トランクスはただこの地球という星の鼓動を自らの身体で感じるように、その背中を大自然の大地へと預けていた。

 

「……トランクスは……俺が殺したと言った筈です……」

 

 悟空の問いかけを根本から否定するように、彼は頑なにそう応えた。

 自分は邪神メタフィクスであり、トランクスという人間は実の父親と共にその手で葬ったのだと。

 しかしその言葉を、悟空はくたびれた様子ながらも清々しい微笑を交えて否定した。

 

「へへ……そんなことはねぇさ……おめえはトランクスだ。だから最後、オラを殺せなかったんだろ……?」

 

 元気剣で悟空の心臓を突き刺そうとしたあの一瞬、メタフィクスは僅かに表情を変え、そのスピードをほんの少しだけ落とした。

 それは彼が、最後まで冷酷に徹することが出来なかったことの何よりの証拠である。

 

 それが結果的に、二人の決着をこうして相打ち(・・・)に終わらせることになった。

 

 邪神メタフィクスではなく、最後の最後で人の心を見せることになったその理由を──トランクスは青空を眺めながら、虚ろな言葉で紡いだ。

 

「悟飯さんが……俺を見ていた気がしたんです……」

「……そうか」

「幻だったのかもしれない……だけど、俺は……貴方を殺せなかった……」

 

 傷だらけになりながらも必死で食らいつき、最後まで希望を忘れず戦い続ける孫悟空の姿に、トランクスはかつての師の姿を重ねてしまったのだ。

 性格に差異はあれど、彼らもまた親子だった。トランクスには師と似たその顔で相対してきた彼を殺すことが……憎しみを維持することが出来なかったのである。

 

「界王神様が居なければ、あそこで父さんを殺すことも出来なかったでしょう……俺は最後まで、貴方達を憎み切れなかったんだ」

「トランクス……」

「やっぱり……甘いな、俺は。詰めが甘くて、弱くて……こんなだから俺にはあの子達を……あの世界を守ることが出来なかった……」

 

 後悔と憎悪。

 悲しみと憂い。

 内に秘めた感情の混沌が込められたような涙が両目から溢れ、地面へと滴り落ちていく。

 彼を生前、病死にまで至らしめた絶望──その感情を露わに、トランクスが呟いた。

 

「俺は結局……自分の気持ちを押し通すことも……貴方達に勝つことも出来なかった」

 

 愛する者も、愛してくれる者も失った。

 力こそが全てで、平和を勝ち取る為には勝者とならなければならない歪な世界の中で、常に敗者として追い込まれていたのがトランクスの人生である。

 

 だからこそ、彼は邪神メタフィクスとしての力を欲した。

 その力で神々を滅ぼし、世界を壊し、名も無き界王神と共に世界をやり直すことを誓った。

 

 全てを捨ててまでも、彼は望んだ世界を……失った希望を取り戻したかったのだ。

 しかしその先で彼に突き付けられたのは、やはり自分は絶対的な敗者だったという残酷な現実だった。

 投げやりで、それでいて実感の込められた彼の言葉に対して──ただ一人、それを聞き届けた悟空が首を横に振った。

 

「そんなことはねぇさ。オラやベジータが束になったって、おめえにはとても歯が立たなかった。宇宙最強の全王様や、ウイスさん達もおめえが倒したんだぜ? おめえは、オラとベジータに勝ったんだ」

 

 お前は敗者ではない、と。

 お前は世界を変えることを、その手で成し遂げたのだと──ありのままの事実を述べるように、悟空が言った。

 その言葉に、トランクスは仰向けに青空を眺めながら静かに呟いた。

 

「……そうか。勝てたんだな、俺は……」

 

 ゆっくりと目を閉じて、その胸に響き渡る小さな感慨に浸る。

 何もかもを失った人生の果てに掴み取ることが出来た、たった一つの勝利。

 それだけが、今のトランクスが拠り所に出来る、唯一の希望とさえ思えた。

 そんな彼との戦いを改めて振り返るように、穏やかな表情で悟空が言った。

 

「本当に強くなったなぁ、トランクス……いつか、またやろうぜ。おめえの未来を、取り戻した後でさ」

「……こんな力、褒められたもんじゃありませんよ……」

 

 全王、大神官、ウイス、ビルス、別次元のベジータ、この世界のベジータ、そして孫悟空。

 あらゆる強者達とぶつかり合い、次々と下していったトランクスの強さは間違いなく本物だったと、悟空が武道家としての思いを込めて賞賛する。

 しかし、そんな賞賛など快く受け取れるものではない。

 邪神メタフィクスとして彼が得た力は修行で手に入れた正当なものではなく、憎悪と絶望を力に変えて生み出した邪道の力だ。

 そして何より、トランクスはその力で──

 

「……俺は、父さんを殺した」

 

 実の父親を殺してしまったのだ。

 実行したのが名も無き界王神の意志であろうと、トランクスはそうなることも承知の上で邪神になることを選んだのだ。

 父を殺したのは紛れも無く自分だ。所詮は破壊神や全王と同じ、悪の力に過ぎないと……自嘲するように、トランクスは言った。

 

「それは確かにひでぇけどよ……ドラゴンボールで生き返らせて謝れば、ベジータだってちゃんと許してくれるさ。殺された時のアイツ、怒ってなかっただろ? もしかしたらそんなになっちまっても、自分より強くなったおめえのことが嬉しかったのかもしれねぇな……」

 

 欝々しく語るトランクスとは対照的に、孫悟空は普段通りの明るい言葉でそう語る。

 怒りは感じても、相手の命を奪おうとまで憎悪を抱くことはない。それが孫悟空という男の天性の純真さなのかもしれないと、改めてトランクスにはわかったような気がした。

 

「飽きもせず……貴方達は、本当に戦いが好きなんですね」

「ああ、大好きだ。でも勘違いしねぇでくれよな? ……自分の戦いよりも大事なもんがあることぐらい、オラもわかってるつもりだ」

「…………」

 

 純粋に戦いが大好きで、強い相手との戦いを求めるのが孫悟空という男の性だ。

 しかし、トランクスはあの次元の狭間でこの世界の歴史を見た。

 彼の危険な性が災いし、宇宙を動乱の渦に巻き込む恐ろしい歴史を。

 そんな歴史を見てしまったら、信じることなど出来なかった。彼は本当はただ強い相手と戦えれば何でも良くて、他人に迷惑を掛けるのも関係なく、その性を押し通す男なのではないかと思ったのである。

 

 ──だが、それは違ったのだ。

 

 次元の狭間で目にした未来のビジョンを、自らの言葉で否定してみせた彼の言葉に、トランクスはああ……と、思う。

 

 ──この世界には希望があると言っていた父の言葉は……まやかしではなかったのだと。

 

「おめえがオラ達に伝えてくれた思いは、全部受け取った。何があっても、オラ達はおめえをがっかりさせる未来にはしねぇ」

 

 そんな孫悟空の言葉は、もしかしたらトランクスが、心の底から求めていたものだったのかもしれない。

 

「このパオズ山に自然がたくさんあんのも、おめえが未来から助けに来てくれたからなんだぜ? おめえがやってきたことは、オラ達の世界を救ったんだ。だからおめえは、胸を張って生きていけ。……つらい時ほど、な」

 

 何も守れなかったと、絶望した。

 孫悟飯達から託された希望を未来につなげなかったことを、悔やみ続けていた。

 

 しかし、トランクスを取り巻いていたのは絶望だけではなかったのだ。

 

 多くを失っても彼の手にはまだ、守り抜けたものが確かにあった。

 

「なんだ……」

 

 それは砂漠に咲いた一輪の花のように、たとえ小さな希望でも確かに存在していたもので。

 そのことにようやく、孤独と戦っていた青年は気付くことが出来たのである。

 

「……無駄じゃなかったんだ……俺のやってきたことは……」

 

 自分の歩んできた歴史に──自分がこれまで行ってきた戦いは、既に人々の救いになっていたのだと。

 たったそれだけの……簡単なことだったのだ。

 

 そんな小さな救いだけで、疲れ果てた英雄は満足だった。

 

 

 ──これでもう、思い残すことはないと……そう思えるほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全王の領域から自らの力を拡散させる邪神龍は、遠く離れた第七宇宙の地球の様子をその魂で知覚していた。

 

『トランクス……還りましたか』

 

 名も無き界王神の魂とつながっていたトランクスの魂の鼓動が、張りつめた糸のようにプツリと途絶えたのである。

 何一つ希望が叶わなかった人生の果てに、彼はたった一つの小さな救いを見つけて自らの「死」を選んだ。

 思えば彼はずっと、心のどこかで死に場所を求めていたのかもしれない。実父や孫悟空との戦いを終えたことによって、彼の中でその気持ちに一つの決着がついたのだと邪神龍は悟った。

 

 ──やはり彼は、どこまで言っても正義の英雄だったのだ。

 

 邪神として非情に徹することが出来ず、恩人に仇なすことに抵抗を感じていた。そんな彼のことを邪神龍は尊く、人間としてあるべき正しい姿だと思った。

 

 だから──そんな尊い人間の為にも、この野望を果たさなければならない。

 

 邪神龍はその力を行使し、全ての世界の巻き戻しを行う。

 それは今ここにある宇宙のみならず、過去と未来、あらゆるパラレルワールドを含めた全ての世界の巻き戻しである。

 

 それと並行して邪神龍は今、この場所から他の時空へと干渉し、全ての世界から全王を抹消していた。

 

 全ての時間を巻き戻す為には、別の時間軸からの妨害にも備えなければならないからだ。界王神を始めとする神々には時間移動能力を備えた指輪があることを知っている邪神龍は徹底的に対策しており、既に抜かりは無かった。

 それ故に並行して行っているこの世界の時間の巻き戻しがややスローペースになっているが、それでもこのまま何事も無ければ、程なくして悲願は達成される筈だった。

 

 

「ファイナルシャインアタァァーック!!」

 

 ……だが、何事は起こった。

 

 全王の領域からあらゆる世界に対して力を行使している最中の邪神龍に向かって、横合いから生き残っていた人間(・・)の気功波が妨害に入ったのである。

 

『なに?』

 

 飛来して来た翠色の閃光を無傷で浴びながらも、一時的に集中力を削がれたことによってこの宇宙での邪神龍の侵食ペースが崩れる。

 しかし二人の全王の力を吸収したアルファボールの力を、一身に保有しているのが邪神龍である。今更サイヤ人一人の必殺技を受けようとどうなるものではなかったが、彼が生存していたことは邪神龍にとって大きな誤算だった。

 

『ベジータ……貴方も生きていたのですか』

「当たり前だ……! この俺が、貴様のような小うるさい自己満足野郎にやられてたまるか!」

 

 孫悟空を庇った際に彼も命を失ったものだと思っていたが、GT次元から来訪した彼は健在だった。

 傷だらけの姿になりながらも不屈の闘志は衰えておらず、満身創痍な身体でありながらも邪神龍へ気功波を照射していく。

 他の者では到底真似出来ないであろう、凄まじい精神力である。しかし、それはどこまでも愚かであり無謀な行為だった。

 

『これほどのエナジーを残していたとは……しかし、そんな力で何が出来る!』

 

 既に超サイヤ人に変身する体力も残っていない彼の攻撃など、今の邪神龍からしてみれば避ける必要の無いそよ風も同然だった。

 彼の気功波を微動だにせず一身に浴びながら、邪神龍は彼の虚しい抵抗を龍の眼光で見下ろしていた。

 

「チッ……! はあああああっっ!」

 

 気功波を照射するベジータの力が、彼の咆哮に同調するように強まっていく。

 もはや無尽蔵と言える彼の底力は、この状況でなければ恐ろしく感じていたことであろう。

 一体そのボロボロの身体のどこにそんな力が残っているのかと……邪神龍はベジータという男の規格外さを改めて認識した。

 

 だが、今となってはそれさえも無駄な足掻きだった。

 

『……既に再生は始まっているというのに、まだ抗うか……まだ絶望しないと言うのか!』

 

 ダメージは皆無でも、集中力を削がれれば今現在推し進めている宇宙の巻き戻しと全時空の神殺しにも支障をきたしてしまう。

 自身の周りを鬱陶しく飛び回るハエを追い払うかの如く、邪神龍はその身から奔出させた気の圧力によってベジータの身体を吹き飛ばしていった。

 

 

「ぐぉっ……!」

 

 既にベジータの体力は、とうに限界を振り切っている。

 ここで意識を失えば、全てが楽になることだろう。

 しかしそれでも、ベジータは何度吹き飛ばされようと立ち上がり、邪神龍へと挑んだ。

 

「でやああっ!!」

 

 何度倒れても立ち上がり、その手から放つ気功波で邪神龍に立ち向かう。 

 攻撃が効かないとわかっていても尚、ベジータは立ち止まることをしない。もはや狂気さえ映るその姿は、ベジータという男の精神に築き上げられたプライドが為しているものだった。

 

「俺は……俺は認めん……! 俺の息子をコケにした貴様の存在も……俺様の敗北もッ!」

 

 既に思考さえ覚束ない状態の中、ベジータの脳裏にはただ一人の宿敵の姿が過る。

 それが見える限り、ベジータの闘志は絶えず猛り続けていた。

 

 ベジータは自分以外の敵に何度も負けるなと、この世界の悟空に対して言った。

 

 それと全く同じ感情が、今の彼を突き動かしていたのだ。

 

 ──孫悟空(カカロット)以外の奴に、俺は負けない──という感情が。

 

 平穏を知り、家族と共に地球で作り上げた自らの力が、前を見ることすら出来ない臆病者の邪神に敗れるなど断じて許さなかった。

 ただその執念だけで立ち上がり、サイヤの心を持った地球人は邪神龍へと挑み続ける。

 

 ダメージは通っていない筈でありながらも、狂気的に続けられていく彼の攻撃は邪神龍の心を畏怖させるには十分なものだった。

 

『……そうまで私の邪魔をするのなら、他の時間軸の神の前に、貴方から消すことにしましょう』

 

 業を煮やした邪神龍が、はっきりとベジータに対して敵意を向ける。

 

 邪神龍の身体からおびただしい闇が放たれる──その時だった。

 

 ベジータの身体が、指先と足の先から光の粒子となって消えていく。

 先ほどまでこの場から干渉し、別の時間軸の全王達を消滅させていた力の一部を使い、邪神龍がベジータの存在をこの世界から抹消しようとしているのだ。

 二人の全王の力を取り込んだアルファボールの邪神龍だからこそ扱うことの出来る、全王と同種の消滅の力である。

 それでも。

 自身の身体が光の粒子となって消えることも厭わず、ベジータは尚も攻撃を続けようとする。しかし、消耗しすぎた今の彼はあまりにも無力だった。

 

「くっ……なんでもありか……!」

『全王の消滅の力……この歪な世界の不条理を体現する力です。……終わりです、ベジータ』

 

 あまりにも絶対的な邪神龍の力を前に、成す術も無く追い詰められていくベジータ。

 やがて下半身が完全に消滅し、気功波を放つ両腕も消滅し──ベジータの存在は今まさに、その全身が光の粒子となって消えようとしていた。

 

 いくら強い意志で抗おうとも、圧倒的な絶対者の前には全くの無力なのだと──図らずもそれは、生前に名も無き界王神と英雄トランクスが受けた絶望を、そのまま彼に味わせる形となった。

 

「……ああ、終わりだな」

『ようやく、観念しましたか……』

 

 GT次元最強の戦士の、終わってみれば呆気ない幕切れに対して、邪神龍は憐憫を込めた眼差しで消えかけの彼の姿を見据える。

 

 しかしその眼差しを受けたベジータは、憎たらしいものを見るような目で薄く笑った。

 

 

「貴様の計画がな」

 

 

 瞬間、ベジータの肉体が、消滅を止める。

 それどころか光の粒子となって消えた筈の四肢が、まるでビデオテープを巻き戻したかのように元通りの状態へと回復していった。

 

 ──それは、今この場に外部から介入して来た新たな「力」の降臨だった。

 

 薄れゆく意識の中で、ベジータはそんな事態の好転が何者に引き起こされたものなのかを察する。

 この時、彼ははっきりと見た。

 自身と邪神龍の間を遮るように現れた、この世界を照らし出す神聖な光の柱を。

 光が黄金色の帯となってアーチを描き、瞬く間に伸びていく。

 それはこの全王の領域を覆い尽くした途端に外の宇宙へと拡散していき、十二の宇宙全てを満たし尽くすようにこの次元を覆っていった。

 まばゆい光の暴風であり、強風であり、乱流であり、激流であった。

 

 そんな人間の視覚限界とも言える光の中心部に立ちながら、現れた一人の男がベジータに横顔を向けて笑った。

 

 

 ──後は、オラに任せておけ、と。

 

 

『──!?』

 

 邪神龍が驚愕し、ベジータが頬を緩める。

 黄金の光の中に佇む一人の男は、彼らが共に良く知っている人物であった。

 猿のような尻尾を靡かせながら、薄藍色の道着を纏った地球育ちのサイヤ人(・・・・・・・・・)

 

「いつもいつも……コケにしやがって……」

 

 ……奴だ。

 あの野郎が来やがったんだ。

 

 見つめていたベジータの表情が、始めは笑みに、それから苛立ちに変わる。

 そしてとうとう力尽きていく意識を闇に落としながら、ベジータは理不尽な文句を言った。

 

 

 ──来るなら来ると言いやがれ、馬鹿野郎!

 

 

 

 

 

 

『まさか……貴方は……孫悟空……!』

 

 恐れ。

 憧れ。

 悲しみ。

 喜び。

 邪神龍の声に込められたのは、本来矛盾しているそれらの思いを一心に内包した感情であった。

 決して出てくる筈の──出会う筈の無かった男が、この次元の危機に姿を現した。

 龍の世界の掟を破ってまで、彼がこの世界を救いに来たのだ。

 それは名も無き界王神だった頃の彼が、その存在を願ってやまなかった──本物の英雄(・・)の降臨だった。

 

 対峙した邪神龍は、その巨体を起こしながら咆哮を上げる。

 

 同時に、英雄がまばゆい光を放つ。

 

 邪神龍がこの宇宙の巻き戻しに使っていた力を、目の前の敵を消滅させる為に差し向ける。

 

 英雄の姿が一瞬にして赤猿の超戦士へと変わり、その右腕で()()()()()()()()()()

 

 

 二人の全王から奪った力が、全く通用しない。

 その事実に邪神龍が動揺と歓喜の感情を一度に抱いた──次の瞬間。

 

 

 ──龍拳ッ!!

 

 

 彼が振り上げた右腕の拳から、唸りを上げて黄金の龍が解き放たれる。

 龍はベジータの攻撃を一切受け付けなかった邪神龍の鱗をいとも容易く貫通していくと、旋回してとぐろを巻くように邪神龍の身体を覆い、一気に締め上げていった。

 

『グオオッ!? グッ……まだだ……! まだ私は負けていない……!!』

 

 GT次元の英雄、孫悟空最強の技である「龍拳」。

 相手の力を利用することで、どんな戦力差をも一撃でひっくり返す奇跡の技だ。

 邪神龍の放った消滅の力を余すことなく利用してみせた彼の龍拳は、その一撃で邪神龍を一気に追い詰めたのである。

 だが、それでもまだ邪神龍が死ぬことはない。

 自身の身体に巻き付いた黄金の龍に抗いながら、彼は全ての力を振り絞ってその拘束を振りほどこうとしていた。

 

 ベジータが決して敗北を認めなかったように、邪神龍──名も無き界王神の魂もまた敗北を認めなかった。

 どんな敵が相手になろうと、彼にはその全てを打ち破って悲願を成し遂げる覚悟がある。

 それこそが彼にとって失われた力無き生命への愛情であり、守ってあげられなかった懺悔の思いでもあり、望んだ未来を切り開くための希望だったからだ。

 

 ──友であるトランクスが敗れたのなら、尚更後に引くことは出来ない。

 

 たとえその身が滅びようと、世界の悪に成り果てようと……彼はこの世界の全てを憎み、失ったものを取り返したかったのだ。

 

『私達の悲願は、まだ……!』

 

 内なる力を解放して、邪神龍が黄金の龍を引きちぎろうとする──その時だった。

 

 

「界王神様」

 

 

 彼の前に、現れた。

 未来の世界の英雄が。

 名も無き界王神が希望を見出し、その心を救いたかった友が。

 

『トランクス……?』

 

 青みがかった灰色の髪と、父親譲りの鋭い眼光を持つ青年。

 地球での戦いで孫悟空に敗れ、魂の鼓動が途絶えたと思っていた青年が、邪神龍の前に現れたのだ。

 己が悲願を果たす為に、尚も足掻こうとする彼に向かって……青年──トランクスが言った。

 

「帰ろう……一緒に」

 

 憎悪を剥き出しにする邪神龍に向かって静かに首を振りながら、彼が優しい眼差しで見つめる。

 それは絶望に染まった邪神ではなく、僅かばかりでも確かな希望を抱いた人間の眼差しだった。

 

 

『……ふふ……』

 

 大切なものを見つけることが出来たような穏やかな表情で語るトランクスを見て。

 邪神龍は──自らの「死」への抵抗をやめた。

 

『まったく、貴方という人は……あまりにも優しすぎる』

 

 優しい表情で手を差し伸べてきたトランクスに対して、邪神龍が呆れたようにそう返す。

 

 自分達が一緒に帰るべき場所──それはあの世を越えた死の世界。完全なる無だ。

 

 心の闇から抜け出し、改心したのなら、本物の邪神である自分を殺して望むまま幸せになれば良いものをと……あくまでも自分の命をここで終わらせる気で居る強情な英雄の姿を前に、邪神龍に宿る名も無き界王神の魂はもはや笑うしかなかった。

 

『言った筈ですよ』

 

 だからこそ今、邪神龍はこのどうしようもなく不幸で優しい英雄を前にして、方針を変えざるを得なかった。

 邪神龍は自らに宿るその力を、自身を滅ぼそうとする黄金の龍を引きちぎることにも、別の時間軸の神々を滅ぼすことにも、この宇宙の時間を巻き戻すことにも使わないことにしたのである。

 

 ──ただ一人の邪神はその力を使って、失われた世界を一つ蘇らせてやったのだ。

 

 その上で、彼は最後の言葉を英雄に言い渡した。

 

『貴方は生きなさい、トランクス』

「……! 待て……! 俺は……っ」

 

 英雄を見つめる邪神龍の双眸が赤く輝いた、その瞬間。

 この場で彼と共に死ぬつもりだったトランクスの身体が光に包み込まれ、この時間軸(・・・)から姿を消していった。

 

 ──邪神龍が彼の存在を、本来在るべき場所へと送り届けたのだ。

 

 彼と共に逝くなど、冗談ではない。

 無に還る存在は、全王ら悪しき神々とここに居る邪神メタフィクスだけで十分だと邪神龍は笑う。

 

 

『貴方がたと共に戦えたことは……おそらく私にとって唯一の希望でした。トランクス、ベジータ……そして、孫悟空』

 

 

 その言葉が「あの世界」へ送った彼に届いたか否か、それは定かではない。

 

 ただ一つ確かなのは、この瞬間──一人の英雄が放った黄金の龍によって、哀れな邪神の命が弾けて消えたと言う結果だけだった。

 

 

 ──虹色の光となって儚く散っていった邪神の最期を、赤猿の英雄だけが知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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