超融合! 次元を越えたベジータ   作:無敵のカイロ・レン(シス見習い)

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次元を越えたベジータ! 邪神を倒すのはこの俺だ

 超サイヤ人アンチゴッド──自らの変身にそう名付けたメタフィクスは、赤く染まった双眸で二人を見据えた後、自らの後方に浮かんでいる黒い宝玉の姿を一瞥した。

 

「この力では、アルファボールまで傷つけてしまいますね……」

 

 アルファボール──現在二人の全王の力を吸収している宝玉は、メタフィクスの計画の中枢を担っている。二人の全王から全てのエネルギーを取り込み、必要なエネルギーが溜まったその時こそ、アルファボールは超ドラゴンボールをも超えた願い玉として「全宇宙全ての時間をゼロに巻き戻す」という奇跡を可能に出来るのだ。

 メタフィクスが自らの力を注ぎ込んで作り上げたアルファボールは生半可な力では傷一つ付けることは出来ず、現にビルスを葬ったメタフィクスの一撃で全王宮は消滅しても、かの宝玉と二人の全王だけは無傷で元の場所を漂っている。

 しかし否が応でも激化が予想されるここから先の戦いでは、その余波を受けて万が一のことが起こり得る。

 

 ならば──と、自らに宿る二つの魂から一つの考えを導き出したメタフィクスが、宇宙空間にも似たこの全王の領域を見渡しながら二人のサイヤ人に提案した。

 

「全宇宙で最後の戦いを行うには、ここではお互い戦いにくいでしょう。特に孫悟空は、足場があった方が本領を発揮出来る筈です」

「ん……? 確かにオラは、どっちかと言うと地上戦の方が得意だけど……」

「ならば、ここに「星」を作りましょう」

「なに?」

 

 何をするつもりだ? そう訊ねようとする彼らの声も待たず、メタフィクスは右腕を振り上げて念じた。

 

 どの宇宙にも属さない、この全王の領域に。

 全王宮だけが存在していたこの世界に。

 

 ──邪神メタフィクスは、新たな「星」を創造したのだ。

 

「なっ……!」

「なんだ……?」

 

 彼がおもむろに虚空へと手をかざした次の瞬間、彼らの視点で言えば地球から月ほどの距離まで離れた彼方にてビッグバンを発生させ、一瞬にして一つの「惑星」を作り上げたのである。

 それは海の青さすら無い赤茶けた渇いた惑星であったが、その形や大きさは地球と比べても同程度のものだった。

 

「星を作りやがったのか……!?」

「界王神の本領は、生命や星々を生み出すことにあります。名も無き界王神は、かつて存在していた十八の宇宙で最も多くの星を作り上げた界王神でした。仮にも彼の魂を宿している私に、この程度は造作も無い。尤も急造の為作りは粗く、星の寿命も精々一年と言ったところでしょうが」

 

 破壊と対を為すのが創造だ。

 破壊神と対を為すのは界王神である。

 今しがた彼が事もなげに見せた壮絶な力を目の当たりにすれば、彼らの存在が同格なのも頷ける事実であった。

 尤も本来界王神が行う星の創造は基本的には自然発生に委ねられたものであり、こうも一瞬で惑星を誕生させるような力は界王神の中でもほんの一部の者にしか備わっていない。悟空達の知る第七宇宙の界王神はおろか、老界王神にさえも備わっていない強大な力だった。

 

「星の造形は少々地球を参考にさせていただきましたが、強度だけは界王神界にも劣りません。やや殺風景ですが、我々の戦う舞台には丁度いいでしょう」

「確かに、ここよりは戦いやすそうだな……」

「ちっ」

 

 そう言うなり、メタフィクスは赤の混じった闇色のオーラで糸を引きながら、赤茶けた新惑星に向かって飛翔していく。

 悟空とベジータもその後に続き、人知を超えた速さで移動した三人は一分と掛からず決戦の舞台へと降り立つことになる。

 

 

「では、戦いの続きを始めましょう」

 

 そうして戦場を移した名も無き惑星の中は、外から見た通り全体が赤茶けた岩場に覆われていた。地球で言えば、悟空が初めてベジータと戦った場所に似ている風景である。

 荒れた大地に降り立った三人は、間も空けずに戦いの続きを始め、先までと同様に二対一の構図でぶつかり合った。

 

 ──しかし変身した邪神メタフィクスの力は、二人の超サイヤ人ブルーの力を完全に圧倒していた。

 

 スピードも、パワーも、防御力もである。

 それまで豊富な戦闘経験と巧みな連携でどうにか拮抗し食い下がっていた悟空とベジータも、この期に及んでは地力に差がつきすぎてしまった邪神を相手に防戦一方な展開を余儀なくされていた。

 

「はあああっ!!」

 

 界王拳の倍数を二十倍に引き上げてまで一心不乱に拳を振るう悟空だが、その攻撃は全て宙を掻き、後方から気弾を連打しているベジータも同様だ。

 既に二人とも超サイヤ人ブルーの力を限界に引き出している筈であったが、生まれたばかりの星の空を縦横無尽に駆けるメタフィクスの動きを前に完全に翻弄されていた。

 

「無駄です。貴方がたの攻撃は、決して私に届かない。この次元の世界はゼロへと巻き戻され、私の手によって新たに生まれ変わる」

「くっ……! まだだぁ!!」

 

 悟空が咆哮を上げ、渾身の力を込めてパンチを繰り出す。

 しかしその一撃はいとも簡単にメタフィクスの手に抑え込まれると、悟空はメタフィクスから敵意さえも感じない、ただひたすらに全てが無意味だと諦観しているような目で見据えられる。

 

「……これ以上の抵抗は絶望が深まるばかりです。他の次元の貴方ならばいざ知れず、この次元の貴方では私の執念に勝てはしない」

「ぐ……くぅっ……!」

 

 超サイヤ人アンチゴッドと名乗るその力が、あまりにも圧倒的すぎるのだ。その名の通り彼の力はまさしく悟空達のゴッドを否定する、この世のものではあり得ない戦闘力だった。

 そんな絶望的な敵を相手にしても尚闘志に揺らぎがない悟空に対して、メタフィクスは彼の上腹に轟雷のような拳を叩き込んでいった。

 

「がはっ……!」

「英雄ではない……ただの戦闘狂に、負けるわけにはいかないのです。あの青年の……トランクスの祈りは、その程度の信念に負けはしない」

「ぐああああっっ!」

 

 二発、三発と、あまりにも速く重い攻撃は悟空の身体に甚大なダメージを与えていく。

 成す術もなく追い込まれていく彼に対して、心なしか落胆しているような声で言ったメタフィクスがラッシュの締めとばかりに痛烈な蹴りを浴びせると、悟空は彼方の岩盤へと吹っ飛んでいった。

 

 そしてそんな悟空と入れ替わるように、前方からベジータの姿が飛び込んでくる。

 

「勝手なことばかり言いやがって! 貴様にアイツの何がわかるって言うんだ!?」

「貴方こそ、今更父親ぶったところで手遅れだと言うのがわかりませんか?」

 

 ベジータが苛立ちに染まった顔でメタフィクスを睨み、攻撃の全てが腕のガードに阻まれながらも懸命に左右の拳を連打していく。

 そんな彼に対してメタフィクスは息一つ乱れが無いまま、彼の攻撃など気にも留めていないように捌きながら冷淡に言い放った。

 

「彼の心は単純なものではない。人間として正しい心を持つ彼にとって故郷の消滅はあまりにも重く、深すぎる絶望でした」

「ちっ……!」

「先人達から託されたものを、何もかも失ったのです……気持ちの切り替えなど、出来る筈もなかった」

 

 パシッと、メタフィクスがベジータの突き出した右手を掴み、続く左手の拳も容易く受け止める。

 彼の両手を自らの両手で塞いだ体勢になったメタフィクスは、ベジータの真意を覗き込むようにその目を見開いて訊ねた。

 

「……何故、彼を引き留めなかったのです?」

「なに?」

 

 メタフィクスの表情はもはや怒りや憎しみ、悲しみさえも感じていない絶望の色をしていた。

 思わず何のことだと聞き返したベジータに、メタフィクスが言葉を紡ぐ。

 

「貴方なら彼がタイムマシンで旅立つ前に、この時代に引き留めることが出来た筈です。あのような似て非なる別物の世界に送り込むよりも、彼には貴方や知人達の居るこの時代の方がずっと生きやすかった筈だ」

「………っ」

「彼を別の未来に送り出したその時点で、貴方は彼を見捨てたのですよ。そんな貴方に、今更父親らしく振舞える資格があるのですか?」

 

 メタフィクスの言葉はどこまでも冷たく、ベジータの精神を圧迫していく。

 彼の言葉が何故そうまで突き刺さるのか──それはベジータの心に存在している、未来の息子への確かな愛情が理由だった。

 そこを見透かしたように、メタフィクスが言い放つ。

 

「故に、今の貴方は負い目を感じている。そう……貴方が抱いているその不愉快な感情は、彼を引き留めなかった為にみすみす未来の息子を死なせてしまった自分自身への怒りだ」

「黙れぇッ!!」

 

 その瞬間、ベジータの頭の中は真っ白に染まった。 

 そしてあらゆる感情の色が激しい憤怒へと染まっていき、ベジータはその激情に任せた頭突きを彼に喰らわせると、解放された両腕をがむしゃらに振るった。

 

「黙れ! 黙れ! 黙れぇ!!」

 

 青色のオーラが一層激しく燃え猛り、剛腕の乱打がメタフィクスの頬を、鳩尾を打ち抜いていく。

 その衝撃音が響く度に名も無き星の大地はひび割れ、大気は荒れ狂った。

 

「それ以上アイツの声で! アイツのツラで! この俺に喋るなあああっっ!!」

 

 メタフィクスをハンマーパンチで地面へと叩き落とすと、間髪入れずに左右の手から無数の気弾を連射していく。

 着弾と同時に爆音が鳴り響き、豪快な爆炎が噴き上がる。巨大なクレーターが広がっていくと、その大地は根本から崩れ落ちていった。

 

 ──しかし爆煙を突き破って崩壊した大地の中から飛び出してきたメタフィクスの姿は全くの無傷であり、一方で攻撃を喰らわせた側であった筈のベジータが呼吸を荒くし、体力を消耗することとなった。

 

「はぁ……はぁ……!」

「……ベジータ、貴方は立派に成長しました。極悪非道だったかつての貴方からは考えられないほどに、よくぞそこまで正しく育った」

 

 冷淡な表情の中にどこか慈愛の篭った瞳を浮かべ、メタフィクスがベジータの姿を穏やかに見つめる。

 そして次の瞬間、彼の拳がベジータの腹部に突き刺さった。

 

「っ──!」

 

 数瞬遅れて激しい衝撃音が響き、ベジータの痛覚がその激痛を知覚する。

 たった一発の攻撃である。

 そのパンチを受けただけで、ベジータの意識はいとも容易く刈り取られていった。

 

「長年に渡る成長の果てを見届けた者として、私は貴方のことを生涯忘れないと誓いましょう。巻き戻り、生まれ変わった新世界でも、どうか正しく生きてください」

 

 超サイヤ人ブルーの状態が解け、気絶したベジータがこの星の重力に従って力無く地面へと落下していく。

 横たわった彼の姿を静かに見下ろすメタフィクスは、感情の窺い知れない表情のままその右手を振り上げた。

 ──ベジータの命を、この宇宙から消滅させる為に。

 

「波ああああああっっ!!」

「む……?」

 

 しかしそんなメタフィクスの行為は、横合いから飛来してきた青白い光によって遮断された。

 孫悟空のかめはめ波である。

 即座に気功波の接近を感知したメタフィクスは両腕を横薙ぎに払い、彼のかめはめ波を空の彼方まで弾き飛ばしていく。

 そしてかめはめ波が飛来して来た方向に目を向ければ、そこには予想通り、この戦場に復帰してきた山吹色の超サイヤ人ブルーの姿があった。

 

「孫悟空……これほどの力の差を見せられても、貴方はまだ戦うつもりですか? 私の力は、もう十分に思い知った筈ですが」

「ったりめえだ! 確かにおめえは強ぇさ……ビルス様やザマス、今まで戦ってきた誰よりも!」

 

 バーナーの炎のように噴き上がっていく神の気のオーラに包まれた悟空が、雄叫びを上げてその潜在エネルギーを引き出していく。

 瞬間、彼の青いオーラの外淵を覆うように、赤い光が迸った。

 

「だけどオラにだって、負けらんねぇ理由があるんだああっ!!」

 

 界王拳、三十倍だあああっ!!──と、悟空が叫びメタフィクスへと突っ込んでいく。

 

 一撃目──悟空のパンチがメタフィクスの頬を捉え、豪快に吹っ飛ばす。

 

 二撃目──吹っ飛ばしたメタフィクスの背後へと回り込み、彼を上空高くまで蹴り上げる。

 

 三撃目──さらに上空へと躍り出た悟空が彼を地面へ叩き落とそうと振り上げた右腕を、メタフィクスが掴み取った。

 

「──!?」

「戦いの中で限界を極め、無限に力を高めていくのが貴方という人間だ。如何なる状況であろうと決して折れず、揺らぐことのないその闘志だけは……紛れもなく私が望んでいた「孫悟空」でした」

「っ、ぐああっ……!?」

 

 右腕を左手で拘束した体勢のまま一気に急降下し、メタフィクスは悟空の身体を地面へと押し付けていく。

 そしてこの戦いを終わらせる為に、メタフィクスはダメージに呻く彼の顔面に向けてゆっくりと右手をかざした。

 せめてこれ以上の痛みを感じないようにと、ゴッドの力さえも葬り去る圧倒的なエネルギーを集束させながら。

 

「……貴方の戦いは終わりました。さようなら、悟空さん(・・)

 

 破壊神や天使達のように、邪神の力を前に為す術も無く、孫悟空の命までも燃え尽きようとしている。

 超次元の明日が、消えようとしている。

 この世界の英雄が、今度こそ消えようとしている。

 それはあまりにも理不尽で、絶望的な光景であった。

 

 

 だからこそ彼は──異次元からやって来た「孫悟空」のライバルは、その結末を頑なに認めなかった。

 

 

「……!!」

 

 一閃。

 次元の扉を飛び越えて、虚空から出現した人影がメタフィクスの側頭部を蹴り弾き、悟空の拘束を振りほどいた。

 そしてその人影は空中で回転しながらメタフィクスの元から一定の距離を取ると、気絶した状態からおぼろげに意識を復帰させていたベジータの傍らへと降り立った。

 

 

「よう」

 

 

 獣さえ寄せ付けない鋭い眼光。

 天を突き裂くような黒髪。

 その体格、顔立ちは、髪型に若干の差異こそあれど間違いなく「同じ」人物であった。

 ベジータが目を見開き、驚きに声も出ない。

 今ベジータの傍らに着地したその男もまた、「ベジータ」だったのである。

 

「お、おめえは……あの時の、ベジータ……か?」

 

 そうしてこの日──「超次元」の孫悟空は、「GT次元」のベジータと二度目の会遇を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「貴方はGT次元のベジータ……龍姫神の力で追ってきたのですか」

「随分と回り道をする羽目になったがな。おかげで、ようやく貴様をぶっ飛ばせるってわけだ」

 

 自分がここに来たことに対して、特に意外でもない様子でメタフィクスが反応を示す。

 こうして再び向き合ってみて感じるが、やはり彼の姿はかつて出会った「未来から来た」息子と同じそれだ。何やら超サイヤ人ゴッドなどという変身をしている状態らしいが、今更ベジータが息子の姿を見間違えよう筈も無い。

 

「カカロットと俺も一緒か……ふっ、邪神様の相手は、流石の俺も手に負えないってことか」

 

 ……気に入らない。心底、気に入らない。そんな感情でベジータは周囲を見回し、今一度この場における現在の状況を把握する。

 前方にはメタフィクス。

 その横には、片膝をついた姿で随分消耗している様子の孫悟空(カカロット)

 そして自らの傍らには、この次元の自分自身である「ベジータ」の姿があった。

 

「貴様は……!」

「頭を貸せ。念の為、確認してやる」

「なっ……離せっ……!」

 

 傍らを向くと、ベジータは地に屈した体勢で横たわっているこの次元の自分の頭を乱暴に掴み上げる。

 そしてベジータは、今に至るまでのおおよその記憶を、彼の脳内から読み取った(・・・・・)

 

 それはかつてナメック星でドラゴンボール争奪戦を繰り広げた時、地球から合流してきた孫悟空が目の前の状況を確認する為にクリリンや悟飯から情報を読み取った時に使ったものと、同じ技である。

 

 昔のあの野郎に出来て、今の俺に出来ない道理はない。

 

 真顔でそんな確信を抱いているベジータは、そんな対抗意識も片隅に置きながらこの次元の自分自身から高速でその記憶を読み取る。

 そしてそのビジョンが走馬灯のように、ベジータの脳内に流れていった。

 

 ──この次元の未来で起こった戦い。

 

 ──戦いが終わった後、新たな未来に旅立った未来の息子とその恋人。

 

 ──全王宮に現れた邪神メタフィクス。

 

 ──メタフィクスが語った自らの正体と、その慟哭。

 

 ──これまでの戦闘の経過。

 

 そうして一通り欲しかった情報を概ね取得することが出来たベジータは用は済んだと彼の頭から手を放し、腕を組みながら思考を纏める。

 

「……なるほど。そういうことか」

 

 メタフィクスの正体については、全て龍姫神の語った通りであった。やはりあの邪神の中には、紛れも無く未来の息子の魂が混在しているらしい。

 この次元の時間をゼロへと巻き戻し、彼らの世界にあった悲劇を含めた全てを「無かったことにする」為に、彼はれっきとした自分の意志で戦っているようだ。

 

 ──孫悟空や、実の父親(この世界の俺)を敵に回してでも。

 

 一体どんな思いでそのような馬鹿げたことを企んでいるのか、わからない部分も多々ある。しかし彼がこの戦いに悲壮な覚悟を持って臨んでいるのであろうことは、別の次元のこととは言え彼の性格を良く知るベジータにもおおよそ察することが出来た。

 

 メタフィクス……やはりあの邪神は、非常に戦い辛い相手のようだ。力も然ることながら、その誕生経緯も。

 

 彼をどうするべきか──そんなものは既に、ぶちのめすことに決まっている。

 しかしその前に、ベジータにはやることがあった。

 

「馬鹿野郎が!!」

「ぐぉっ……!?」

 

 この次元の自分の、プロテクター越しの胸部へとベジータが拳を叩き込む。

 既に瀕死の状態であった彼に、あえて追い打ちを掛けるようにだ。

 

「ちっ……自分をぶん殴るってのも気味が悪いぜ……」

 

 自分自身を殴るというのもある意味貴重な体験であるが、嬉しくもなんともない。そんな悪態をつきながら、ベジータは懐から取り出した一粒の豆をこの次元の自分の口へと押し込んでやった。

 そして同じ豆をもう一粒、呆気に取られた表情でこちらを見ている孫悟空に向かって投げ渡した。

 

「カカロット、受け取れ」

「なんだこれ……仙豆か?」

「俺のガキが作った仙豆もどきだ。仙豆ほど効果は無いが、少しはマシになるだろうよ」

 

 この次元に渡る直前に、息子のトランクスから持っていくように頼まれた薬である。

 仙豆もどき──と言った通り、その効能は仙豆と同じ身体の回復にある。なんでもトランクスがカリン塔の仙豆を基に自社の新製品として開発している試作品とのことだが、ベジータはその辺りのことにはさして興味は無い。

 元々超サイヤ人4はサイヤパワーでしか回復することが出来ず、仙豆はあまり効果が無いのだ。故に今のベジータにとって、万能薬である筈の仙豆も少々使い道に乏しかった。

 そんな事情もあってか半ば押し付けるような気持ちで投げ渡した仙豆もどきを二人が口にしたところを確認すると、ベジータは再び視線をメタフィクスへと戻した。

 そしてメタフィクスが彼に問い質す。

 

「GT次元の貴方から見たこの世界は、どう映りますか? 不甲斐ない自分とライバルの姿には、憤りを感じたのではありませんか?」

「ああ、神如きに良いようにされているこいつらには、ほとほと呆れるぜ。フリーザにこき使われていた頃の俺や、ベビーに乗っ取られていた頃の俺を見ているようでな」

「サイヤ人のプライドを語る誇り高き王子であろうと、より強大な力を持つ神の前には跪いて機嫌を取ることしか出来ない。一度目は、家族を守る為だからと寧ろ尊敬しました。しかし二度目以降のこの次元の貴方の姿はあまりにも惨めで……見るに堪えないものでした」

「言いたい放題だな」

 

 プライドの無い自分など、そんなものは自分ではない。

 長く地球で暮らしてきた結果、我ながら地球人に寄りすぎたとベジータ自身も思っている自らの感性だが、自身のアイデンティティとも言えるサイヤ人の誇りだけは忘れていないつもりだ。

 そしてそれに関しては、今のところはこの次元の自分も同じだろうと思っている。彼もまた自分と同様に随分とお優しくなっているようだが、記憶を覗いた限りその在り方に関しては一貫しているように見えた。

 ……これがもし、彼があの破壊神に対して簡単に土下座でもしようものならパンチ一発どころかメタフィクス共々宇宙の塵にしてやろうかと考えていたところだが、このぐらいなら及第点かと言う程度にはベジータはこの次元の自分の在り方を認めていた。

 コイツはコイツなりにサイヤ人の王子をやっている。そこに口を挟んでも仕方が無い、と。

 次元が違うのだから、性格や考え方に微妙な違いがあってもおかしくはない。該当する存在は同じでも、彼と自分は全くの別人なのだと……この次元の孫悟空(カカロット)と手合せした時、はっきり「奴」とは別人だと感じたこともあってか、ベジータはその辺りの認識を既に割り切っていた。

 そしてそれはメタフィクスの中に居る、未来の息子に対しても同じだ。

 

「思いのほか冷静なのですね。そこの彼らがみすみす未来の息子を見殺しにしたことに対して、怒りは無いのですか」

「馬鹿が、ぶち切れているに決まっているだろう! おい! 聞こえているなら返事をしろ、トランクス!」

「……なに?」

 

 今、ベジータの心は静かな怒りに燃えていた。

 この次元の自分の記憶を読み取り、彼と対峙している今この時である。

 どうしてこんなことになっちまいやがったんだと、この世界の成り行きそのものに対して、彼ははっきりと不快感を表していたのだ。

 ベジータは彼らと自分達が別人で、ここで何が起きようと全ては別世界のことだと確かに割り切っている。

 しかしだからと言って、決して納得しているわけではなかった。

 

「トランクス! お前は何故、そこの俺に何も言わなかった!」

「…………」

「答えろ! 貴様は何故、この時代に残らなかった!」

 

 そんな彼が最も憤りを感じているのは、未来の息子が選んだ行動と──そこに至るまでのあまりにも不器用な在り方についてだ。

 

 彼がこの次元の自分に助けを求めなかったことも。

 

 滅びた未来世界について、それを受け入れるように新たな世界へ旅立っていったことも。

 

 ──そんな結末で彼に満足されているような事の成り行き全てがベジータには歪に見え、心底癪に障った。

 

 思春期の息子を叱咤する父親のように、ベジータは強い眼力でメタフィクスを睨み、問い質す。

 そんな彼の言葉に、自分の知っている声(・・・・・・)で彼は答えた。

 

「……言えるわけ、ないじゃないですか」

 

 メタフィクスではなく、トランクスの声で、彼は語る。

 微かに肩を震わせながら、全てを諦めたように……理不尽全てを受け入れるしかなかったとでも言うように、彼は己の気持ちを吐き出した。

 

「散々世話になって、助けてもらって……それが原因で未来まで滅ぼされて……これ以上、この時代の人に頼れるわけないじゃないですか……」

「トランクス、おめえ……」

「あの時の俺は……もう、皆さんに迷惑を掛けたくなかったんですよ……」

 

 膨大で禍々しい気からは想像がつかないほどに、弱々しく語る彼の姿は儚かった。

 今にでも消えてしまいそうな……寧ろ自分など消えてしまえとでも思っているかのように虚無的な雰囲気の中で、彼は自嘲の笑みを浮かべる。

 そしてその表情はすぐに、冷淡なメタフィクスのものへと戻る。

 

「──もう良い、貴方は休んでいなさい……。

 今彼が語った通り、トランクスの精神はあの時点で既に限界だったのですよ。過去の時代の貴方がたに頼ってしまったことを謂われなき罪に問われ、その結果故郷の世界は跡形も無く消滅させられた。この期に及んで、この時代の者にどう頼れと言うのです? それも、全王の前には全くの無力である彼らに」

 

 メタフィクスは彼の心情を引き継ぎ、代弁する。

 

「ベジータ、(たゆ)まぬ修練によって既に潜在能力を引き出し切ったGT次元の貴方は、この世界の誰よりも強い。だからこそ、貴方には絶望の中でどう足掻くことも敵わない弱者の気持ちが理解出来ないのです」

「ふん……悪人の俺様に講釈垂れるとはな。言っておくが俺に泣き落としは通用せんぞ? そんなものは、やるだけ無駄だ」

 

 メタフィクスの言葉を失笑するように、ベジータは鼻を鳴らす。

 わざわざ他の次元に踏み入れてまで、彼の説教に付き合うつもりは無かった。

 彼がどんな存在で何を考えていようと、ぶちのめすと決めた以上その戦意は弱まることがない。

 

「要するに、全部ぶっ倒しちまえば良かったというわけだ。ザマスなんて野郎も、全王って奴も……貴様もな」

 

 ベジータが拳を握り、内なる「気」を高ぶらせる。

 大地が割れ、彼の周囲から大岩が舞い、落雷が奔る。

 その変身を見るのはメタフィクスにとっては二度目であり、悟空にとっても二度目。しかしこの次元のベジータには、初めて見る変身であった。

 

「はあああ……かああああああっっ!!」

 

 金色のオーラが弾け、大猿の咆哮が天を突き破っていく。

 十二の宇宙全てに響き渡るような凄まじい「気」が爆発していき、それは誕生した。

 

「な……なんだあの変身は!?」

(スーパー)サイヤ人(フォー)だ……」

「なに!?」

 

 この次元には存在しない超サイヤ人。

 燃えるような赤い体毛に覆われた姿から、赤みの掛かった黒髪と純粋サイヤ人を象徴する「尻尾」が激しい「気」の爆風に揺らめく。

 目元から赤く染まった目蓋をゆっくりと開くと、変身したベジータはその翠色の瞳でメタフィクスを睨んだ。

 

「超サイヤ人4……GT次元最強の変身形態ですか」

 

 明鏡止水の如く静かな超サイヤ人ゴッドとは対極を為すような、荒々しく暴力的な「気」の奔流にメタフィクスがその顔色から余裕を消した。

 変身したことによってさらに棘が増した声音で、ベジータが口を開く。

 

「メタフィクス、俺は貴様がこの世界で何をしようと知ったことではないがな……俺の居る世界に手を出した以上、ただでは済まさんぞ」

「そちらで私が払った犠牲は、いずれアルファボールで元に戻すつもりでしたが……いいでしょう。確かに私は悪であり邪神……貴方には、私と戦う理由がある」

 

 超サイヤ人アンチゴッドの邪神の気が、超サイヤ人4のベジータに対抗するように渦を巻く。

 両者とも地を力強く踏み締め、油断なく構えた。

 

「掛かって来なさい。孤独な王子よ」

 

 神を超えた二人の拳が、激突した。

 

 


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