超融合! 次元を越えたベジータ 作:無敵のカイロ・レン(シス見習い)
魂はここにある。
魂だけが、ここにある。
自分が肉体を失い、魂だけの存在になったことを自覚するまで多くの時間は要さなかった。
──俺は、死んだのか
自分でも驚くほど、彼はその事実を冷静に受け止めていた。今彼が漂っているのは、真っ白に広がる不可思議な空間だ。
ここは天国なのか、地獄なのか。
死後の世界が存在することは知っていた。それ故に、命が尽きて尚も意識があることに疑問を抱くことはなかった。
『トランクス』
不意に、どこからともなく男の声が聞こえてきた。轟雷のような重く響く声色には、どこか厳格さを感じさせる。
しかしどこか、彼の心を労わるような優しい響きが含まれていた。
『英雄トランクス……貴方の命の灯火は、今燃え尽きました』
姿の見えない男の声は、彼にその真実を告げる。
思った通り、自分はあのまま病に負け、息を引き取ったらしい。
自分が死んだことを改めて実感した彼、トランクスは生前の記憶を振り返る。
……とは言っても、この期に及んで生にしがみつこうと思えるほどの気力は残っていなかった。
破壊神ビルスにザマスを葬ってもらった以上、あの世界を脅かす危険はもう無いのだから。
『よく……頑張りましたね』
そんな彼の魂に、男の声が労う。
何者かはわからないが、察するにこの声の主は人が死後に出会う神様か何かなのだろう。
その声には自分の生涯をずっと見守ってくれていたような、不思議な温かさを感じた。
『トランクス』
再び、名を呼ばれる。
それは彼に意識の覚醒を促すような、強い響きを持っていた。
『この世に未練はありますか?』
それはトランクス自身に対する、生への問い掛けだった。
彼は不治の病気を患い、若くしてこの世を去った。そんな彼に、本当ならもっと生きたかったのかという問い。
その言葉にどんな意図が込められたのか、この時のトランクスにはまだ知らない。
しかし。
──……もう、疲れました。
正直な気持ちで、彼はそう応えた。
あの世界には、自分とは別に元々その世界に住んでいたトランクスが居る。元々、あの世界に自分の居場所など在りはしないのだ。
唯一マイ──この世に残していった恋人だけは心残りではあるが、彼女は強い。自分が居なくなっても、きっと変わらず逞しく生きていけるだろう。
そう思ったからこそ、トランクスには既に生きる意思が無かった。それは生きること自体を諦めていたと言った方が正しいのかもしれない。
『ならば』
彼の意思を確かめたところで、男の声が提案する。
『休みながらでも良い。貴方が生きてきた世界の姿を、この「次元の狭間」から見てはいただけませんか? 誰よりも誇り高い人間である、貴方の意見をお聞きしたいのです』
声がそう、意味深な言葉を言い放った時だった。
トランクスの魂が漂っていた辺り一面真っ白の世界に、眩い光と共に何色もの景色が浮かび上がってきた。
野に山に海に川に……街が──
彼らが生きてきた世界が、そこにあった。
思わず涙を流したくなるほどに、美しい世界が。
ああ、なんて綺麗なんだろうか。
そこにはもう、誰もいないのに。
砕け散った心を満たしていたのは言葉にならない虚しさだけだった。
──俺は、何も守れなかった……。
『いいえ、貴方は立派に戦い抜いた。悲しき世界の中で、貴方は最後まで未来を信じて生き続けたのです。貴方が神もどきに問われた謂われなき罪、誰が許さずとも私が許しましょう』
「次元の狭間」というこの世界は、この世にもあの世にも位置しない特殊な領域にある。
そんな次元の狭間の中では真っ白な空間の中にそれぞれの世界での出来事が無数のビジョンとして浮かび上がっており、全ての世界を観測することが出来るようになっていた。
五つの次元を観測することが出来るこの世界において、トランクスと彼は彼らの生まれ故郷である第七宇宙──「超次元」で起こった数々の出来事を見続けた。
宇宙誕生から始まり、全王による六つの宇宙の消滅。
名も無き十八宇宙の界王神の決起と消滅。
十二の宇宙それぞれに存在する破壊神達の破壊と、界王神達の創造。
第七宇宙でも破壊神ビルスが定期的に活動し、価値無しと判断した星々が次々と消されていった。
消された星の中には彼がフリーザに命じ、間接的に滅ぼした惑星ベジータの姿もある。
──そして、地球。レッドリボン軍による支配、大魔王の復活、サイヤ人の襲来……人造人間による悪夢の時代。
終わりなく訪れる戦いの日々。それは地球だけではなく、数々の星においても同じだった。
トランクス自身も生きていたそれぞれの時代を、彼らの魂は時空の概念さえも切り離された次元の狭間の中で見届けた。
浮かび上がるビジョンがゴクウブラックによる「正義の執行」に切り替わったところで、男の声──名も無き界王神の魂が言った。
『命の大切さを理解出来ない者が上に立つ世界に、希望はあるのでしょうか? 救える筈の命は見捨てられ、力無き者は永久に虐げられ続けていく……』
孫悟空や父ベジータの協力もあって、ゴクウブラックと黒幕ザマスを追い詰める。
しかしザマスを最後まで倒し切ることは出来ず、彼は宇宙と一体化して全ての人類を死に至らしめようとしていた。
──どうにも、ならないのか……。
今も鮮明に記憶に焼き付いているその光景に、トランクスの魂が呟く。
映し出されたビジョンは孫悟空が全王を呼び出し、彼の力で全てが光に飲み込まれたところで途絶えた。
『宇宙を管理しているのが神であり、審判を下しているのが彼らである以上、神の行動は全て自然の摂理として肯定される。今この時でさえ十二の宇宙のどこかでは数多の星々が焼き尽くされ、存在を抹消されています』
──俺達の居た世界のように、ですか……。
『それを人間が犯した場合には、決して許されぬ蛮行となる。しかし、神であればどんな行いでも許されてしまう。それは貴方の宇宙そのものが、神にとって都合良く作り出されたものに過ぎないからです』
──他の次元は……。
『ゼノバース次元の神は超次元の者ほど傲慢ではなく、他の次元に至ってはそも界王神以外の神は存在していない。故にこそ、人があれほどにまで進歩を遂げている。悪人こそ在れど、輝き続けている』
今度は別の四つの次元外世界の映像が映し出され、数々の出来事が繰り返されていく。
タイムパラドックスのような時間軸の分岐とは根本的に違う、それぞれに別の命が生まれている次元外世界。
そこでも戦いの日々は絶えなかったが……そこには確かな希望が存在していた。
多くの犠牲が出ても、最後に悪が栄えることはない。必ず正義が勝ち、愛と勇気が勝つ王道の物語のように未来は繋がっていたのだ。
『私にはどうにも……他の次元の方が美しく見えてしまいます。トランクス、貴方はどう思う?』
──わからない。だけど……
戸惑いや、自嘲。そんな感情を見せながら語る彼に、トランクスも同じ感情を滲ませる。
こんなのは、間違っている。
「声」が頷いた、ような気がする。
絞り出すように吐き出したのは、トランクス自身でさえも初めて自覚した感情だった。
──俺は……取り戻したい。悟飯さん達に託された、みんなと生きてきたあの世界を……。
今更、自分が生きたいとは思わない。
生きていたって、結局何もかもが無駄になるだけだと卑屈に、実感を伴って彼は言う。
だがそれでも、自分以外の者はそうではない。
彼らには何も、消されていい罪など無かった。
気付けばトランクスの魂は、誰に対するわけでもなく訴えかけていた。
──何故、みんなは死んだんだ……? 弱かったからか? 俺が弱かったからか!?
母と自分が生まれてすぐに死んでしまった父、病死した孫悟空や人造人間に殺された人々、師匠たる孫悟飯。
仲良くしてくれた子供達、ザマスに殺された人々、全王に消された生き残り。マイ。
運命に翻弄された人々の姿を思い起こす度に、彼は堪えきれず叫んだ。
──力があれば正義なのか!? 力があれば何をしてもいいのか!? 弱い奴はただ惨めに足掻いて、苦しんで! 絶望して死ねって言いたいのか!?
消えていった彼らが皆、平和な世界で暮らしていける可能性はあった筈なのだ。この次元の狭間から見える数々の世界の中から、トランクスはそれを思い知った。
希望はあった……しかしそんな希望が自分達から離れていったのは、自分達の弱さが原因だった。
たとえばそう……自分が平和を守り通せるほど強ければ、それだけで希望は繋がっていたのだ。
だが、それを認めることは出来なかった。
他でもない、強くなる程に負け続けてきたトランクスだからこそ、誰よりも弱い者の気持ちがわかるから。
故に、叫んだ。
──弱い人達は、生きていた証さえ! 残しちゃいけないのか……!?
もはや何が正しくて、何が間違っているのかもわからない。
だが彼はあの世界を救える希望があるのならば、この魂さえ失っても構わなかった。
『……世界はいつだって、孤独なものではない。人も動物も神も共に生き、共に生きているからこそ壊してはならない……かつて私は、そう信じて生きていたつもりです』
彼の慟哭を全て聞き届けた後で、そんな彼を宥めるように名も無き界王神の魂は言った。
それは間違い無く、人間であるトランクスと神である彼の間に芽生えた「共感」だった。
『貴方のおかげで迷いは晴れた。礼を言います』
──貴方は……神様なんですか?
『かつて遠い宇宙では界王神と呼ばれた私にも、愛するものを救うことは出来なかった。運命に抗うには力が足りず、消えていく宇宙をただ見ていることしか出来ませんでした。その罪は弱い私自身にもありますが……そんな私と違って、貴方は人間だ。世界を守る責務を果たすべきは神であり、人間である貴方ではない。
貴方は……貴方もまた、守られるべき生命だったのだ。
だから貴方は、貴方だけは……自分を責めなくて良いのです』
彼は生前の自分自身を振り返るように、どこか懐かしそうに語る。
それはまさしく人の信仰になり得る慈愛を持った神の声であり、トランクスの心に強く響いた。
『そして神にはいつでも、正しき人間の願いを叶える義務がある』
神は人に出来ないことが出来るからこそ、人の信仰の対象になり得る。
尤も今の自分に信奉者は居ない。しかし一人の怯える魂を救うことならば出来ると、彼は言った。
そして彼は、英雄の魂に選択を突き付ける。
『私が、貴方の望みを叶える力になりましょう』
──俺の……望み?
『全ての罪は私が背負う。貴方は信念の赴くがまま、自分自身の望みを叶えてください。既に貴方は、それが許されるだけの対価を十分に支払いました』
トランクスの魂の前に、白い煙のような姿となって現れる。
人型の姿をしたそれは、先ほどこの次元の狭間に映し出されたビジョンで見た──名も無き界王神の魂であった。
『選びなさい、トランクス。心優しき人間よ』
今一度どうしたいのか、彼は英雄に答えを求めた。
英雄は思考する。しかし心の中では既に、答えは出ていたのかもしれない。
今トランクスがしたいことは、大切な世界を滅ぼした神に対する復讐でも断罪でもない。
欲しいものは、ただ一つ。
──俺は……
託されたものを何一つとして守ることが出来なかった自分。
──だが、今度こそ必ず。
『共に希望を取り戻しましょう。超次元の宇宙に抗う、ただ一人の邪神として』
トランクスが決意し、選択した時──一人の英雄と一柱の神の魂が混ざり合い、新たな存在を誕生させた。
後にそれはGT次元の宇宙を喰らうことで成長し、一人の邪神としてこの世に降り立つことになる。
彼らの……邪神メタフィクスの、全てを「始める」戦いの幕開けだった。
「何だと……!?」
未来のトランクスが、病死した。
その一報を受けた二人のサイヤ人は、受け入れがたい心情で邪神メタフィクスを睨みつけていた。
「おめえ、でたらめ言ってんじゃねぇぞ」
「残念ながら真実です。私が見届けた世界での彼は、あの後間も無く病に倒れ、その命を落としました」
厳密には別世界とは言え、彼の世界はザマスが行動を起こす前に討伐された為、平和が脅かされることは無い筈だった。
しかし彼の死因というのが、突拍子もない「病死」だと言うのだ。旅立つ前の彼にはそのような兆候は一切見受けられなかっただけに、悟空とベジータには信じ難かった。
「貴方がたの誰よりも責任感が強かった彼です。強靭な精神力を持つ彼と言えど、託された世界を守れなかった絶望には抗えなかったのです。偽物の世界で生きていくしかなくなった彼の精神は、悪夢にうなされながら消耗を続け、向こうの世界のザマスを葬ったことでとうとう限界を振り切れた……」
悲しみの目を浮かべながら、メタフィクスが真実を語る。
それは彼にとって、自らの過去でもあるようで。
「恋人に看取られながら病死した彼の魂は、生まれた時間軸が違う為かあの世に向かうことも出来ずに世界から消滅しました。しかし彼の魂は、その果てで次元の狭間に漂う第十八宇宙の界王神の魂と巡り合った。
……彼の戦いを次元の狭間から見てきた名も無き界王神の魂は、彼の魂と存分に語り合いました。彼が何を思い、何を見てきたのか……そして英雄トランクスが気丈にも隠し続けてきた苦しみを……絶望と後悔を理解したのです」
どんな因果が二人を巡り合わせたのかはわからない。
しかしそれはおそらく、必然だったのだろうとメタフィクスは語る。
「彼が抱いていた悲しみは、決して一人の人間が背負うべきものではなく……本来なら、世界を導く神々こそが背負わなければならないものでした……」
そこまで言って、メタフィクスが言葉を止める。
両の手を握りしめ、激情を抑えきれぬように肩を震わせる。静かな迫力に一同は気押され、そしてメタフィクスの気が──爆ぜた。
「何故だ!?」
闇色のオーラが、激しい炎のように彼の身体から吹き荒れる。
おぞましいほどの気の嵐は全王宮のありとあらゆるオブジェを吹き飛ばし、宮殿の天井を跡形も無く消し去る。
「何故善き人間が苦しみ、悪しき神が笑っているのだ!?」
「くっ……! なんて気だ……」
神とも人間とも種類が違う、禍々しく強大な気は尚も増大していく。
「彼らが何をした!? 彼らは最期まで決して諦めなかった! どんな理不尽な困難にも立ち向かい! 愛と! 友情と! その命を正しく使っていた!!」
苦しむように胸を押さえながら、メタフィクスは気の奔流を続ける。
その慟哭は全王に対するものと言うよりも、全王を頂点に据えることを良しとしているこの世界の在り方そのものに対する激情だった。
「何の罪があって! 彼らが裁かれ、滅びなければならなかったのだ!? 真に裁かれるべきは、不当の力で命を弄ぶ神ではないのかっ!?」
気の上昇が一定の量で落ち着いたところで、メタフィクスが悟空達の姿を見据える。
単純な憎しみや殺意ならば、これまでに幾度となく向けられてきたものだ。
しかしこの時の悟空が感じたのは、今までの敵とは根本的に異なる深い信念だった。
「おめえ……!」
「……名も無き界王神は決心しました。もう二度と神に人を裁かせない。報われぬ魂に、自分自身が祝福を与えてみせると。そして界王神の魂とトランクスの魂は共通の願いを叶える為に契約し、一柱の邪神を作り出したのです」
こんな奴に、勝てるのかと……戦う前からそんな考えが過るほどの恐怖を、彼はその身から放っている。
「それが私……邪神メタフィクスです」
慟哭を終えたメタフィクスが、改めて自らの名を名乗る。
これまでの話から要点を抑えていけば、すぐに彼の正体に辿り着くことは出来た。
「……貴様は、界王神とトランクスの魂が合体したのか?」
「ええ。ゴクウブラックがザマスが孫悟空と肉体を入れ替えた存在ならば、メタフィクスは第十八宇宙の界王神とトランクスが互いの魂を融合させ、次元の狭間で新たに肉体を構築し直した存在です」
「おめえは、オラ達の敵なのか?」
「私は神の敵であって、人の敵になる意志はありません。貴方にも失望しましたが、憎むべき本当の敵ではない」
まだ彼の言うことを全て信じるわけではない。
しかし彼の敵意が今のところ二人に向いていないことは確かであり、その身から溢れ出る憎悪は破壊神であるビルスと天使であるウイスに注げられていた。
「去れ。貴方がたの命は、神の為に使われるべきものではない」
その言葉にどんな意味が込められていたのかはわからない。
だが悟空には、だからと言って大人しく引き下がるわけにはいかなかった。
そしてその思いは次に語った彼の「目的」により、尚更強固なものになる。
「尤も貴方がたが第七宇宙に帰る頃には、地球は生まれていないかもしれませんが」
「ん? ……どういうことだ?」
「宇宙をリセットするのですよ。過去も未来も、全ての時間をゼロへと巻き戻すのです。その上で十八の宇宙を蘇らせ、私が管理します」
邪神メタフィクスの目的は、全王に消された世界の再生。
そして今ここにある世界の巻き戻しと、神の抹殺にあった。
時間の巻き戻し自体は天使にも備わっている能力であり、不可能ではないだろう。しかし誰よりも早くその言葉に異を唱えたのは、他ならぬ天使ウイスだった。
「ゼロへの巻き戻しなど……そんなことが、出来るとお思いですか?」
ウイスや姉ヴァドスですら、年単位の時間を巻き戻すことは出来ないのだ。ましてや宇宙をリセットするほどの巻き戻しなど、一体どれほどの力が必要になるのか想像もつかない。
しかしその疑問に対して、メタフィクスは断定的に言い切った。
「私なら出来る。私が作り出した「アルファボール」ならば」
「アルファボール?」
「今二人の全王からエネルギーを吸収している宝玉がそれです。全王から全てのエネルギーを吸い尽くした時、アルファボールは超ドラゴンボールをも超えた願望器となる」
先ほどから虚空に漂っている二人の全王の中心に浮かんでいる黒い宝玉──その名をアルファボールと呼び、彼は説明する。
いかに邪神と言えど、自分一人の力で全ての世界の時間をゼロに巻き戻すことは出来ない。
しかしこの時代にのみ存在する二人の全王の力を活用すれば、その不可能は可能になるのだと。
「全王様の力を利用して、願い玉を作ろうって言うのか!?」
「消すことしか出来ない神の力も、結局は使い方次第ということです。貴方がたよりよっぽど生産的だとは思いませんか?」
狼狽えるビルスとウイスに対して、メタフィクスが冷酷に応える。
彼が今やろうとしていることは、破壊神の破壊や全王の力とは似て非なる現世の改変だった。
「それが、名も無き界王神と英雄トランクスが抱いた願いでもあります。貴方がたの戦いも、破壊も、何もかもを全て無かったことにする。そしてゼロに巻き戻したこの次元の宇宙は、私の手によって守られる。
しかし、その為には現存する神の存在は障害になります。故に……今頃第七宇宙以外の宇宙では、私の送り込んだ十一の分身が彼らを消しに回っています」
邪神メタフィクスは名も無き界王神と英雄トランクスの魂が融合した存在だ。
その為か、彼は複数の特殊能力を備えていた。その能力の一つが、界王神が備えている破壊神と対を為す「創造」の力だ。
その創造により、彼は自分の力が及ぶ程度には強力な戦闘人形を作りだすことが出来るのだと言う。
そして作り出した人形は悟空達が全王宮に来る前に第七宇宙以外の宇宙に放り込まれており、今は神殺しを実行している最中だと──そこまで言って、ビルスとウイスが気付く。
「まさか、シャンパ達がここに来ていないのは……!」
「丁度今、私の分身が第六宇宙の破壊神と天使の抹殺を終えたようですね。流石の彼らも、神封じの結界の前では無力だったようです。他の神も同様に、呆気ないものでした」
メタフィクスがあっさりと、破壊神消滅の事実を告げた。
「そんな……」
「シャンパとヴァドスが……殺されただと……?」
ビルスと同等の力を持つ兄の破壊神シャンパと、ウイス以上の力を持つ姉の天使ヴァドス。
二人とも既にこの世には居ないのだと、彼は無慈悲に言い切った。
「なに、破壊神が居なくとも宇宙はバランスを保つことが出来る。私がそう作り変える。破壊が持て囃されず全否定される世界では、貴方も生き辛いでしょう? 今楽にしてあげますよ、破壊神ビルス」
「おのれぇっ!」
兄を殺された怒りか、それとも同じ破壊神が倒されたことへの怒りか、ビルスは鬼の形相で神の気を全面開放し、神封じの結界の効力に抗う。
大半の力を封じられながらも果敢に地を蹴り、全能力を持って破壊しようと飛び掛かり、激しい空中戦を繰り広げていく。
しかし。
「無駄です」
「グハッ……! きさま……!」
ビルスの攻撃が、まるで通じない。
拳は受け止められ、蹴りは避けられる。返しに放たれた何気ないような裏拳がビルスの頭部を抉り、膝蹴りが肋骨を叩き折った。
「ビルス様!」
悟空が超サイヤ人2に変身し、急いでビルスの救援に向かおうとするが、彼が挑み掛かった頃には既にメタフィクスは視界から消えていた。
──そして同時に、一人の神の気が消滅に向かっていった。
「ウイスッ!」
「ウイスさん!」
気を察知し、悟空とビルスが同時に振り向いた時──
──そこにあったのは、背中から一本の剣の切っ先に貫かれ、驚愕に目を見開いているウイスの姿だった。
「……私も……焼きが回ったようですね……」
「貴方がたの時代は終わったのです。孫悟空とベジータを鍛えただけで、貴方はもう十分に役割を果たした。安心して家族の元へ逝きなさい」
「それは……残念」
ウイスを貫いた剣を、メタフィクスがウイスごと宙へと放り投げる。
その先にあるのは今しがた二人の全王の力を取り込んでいる最中の黒い宝玉──アルファボールだ。
瀕死状態のウイスの身体が、アルファボールに触れた時、彼の姿は光の粒子を撒き散らしながら消滅していった。
アルファボールが、彼の生命エネルギーを吸い尽くしたのである。
第七宇宙最強の最期は夜空を流れていく流れ星のように一瞬で──儚くも美しかった。
その光景を、あり得ないと思っていたのであろう。
気の合う付き人であり天使であり、師匠でもあったウイスの死に最も反応したのは、やはり第七宇宙の破壊神ビルスだった。
「馬鹿な……奴は、ウイスだぞ? 奴が、こうも簡単に……」
神封じの結界で本来の力を封じられていたとは言え、彼は自分よりも上の力を持つウイスだ。
そんな彼が、死んだ。
呆気なく、簡単に。
まるで今までビルスが破壊してきた数多の星々のように、彼はこの世から消えたのである。
「どんな気持ちですか?」
愕然とする彼を冷めた眼差しで見つめながら、メタフィクスが訊ねる。
「貴方自身が、破壊される側になるというのは」
それは無敵の破壊神たるビルスが、この世に生まれて初めて抱いた「絶望」だった。
ウイスが、死んだ。
その光景にベジータはビルスと同様に衝撃を受けたが、今の彼の心の大半を占めていたのはそれとは別の衝撃だった。
故に彼は、未だ悟空やビルスのように機敏に動けずに居た。
「……悟空、ベジータ、奴の動きを止めろ」
そんなベジータの横に悟空とビルスが並び、ビルスが二人に命令する。
この三人で共闘する日がよもや来るとは思わなかったベジータだが、彼はいざその時になっても何の感慨も抱いてはいないどころか、俺に指図するなと普段の気丈さで突っぱねることもしなかった。
「一瞬の隙でも良い。僕が奴を「破壊」する」
「……それしかねぇみてぇだな。この結界って奴の中じゃ、多分ゴッドにもなれねぇだろうだし」
ビルスがこんなに焦っている姿を見るのは初めてだ。そして隣の宿敵が心なしかいつもより戦い辛そうに見えたのも、ベジータには初めてのことだった。
悟空に戦意が無いわけではない。目の前で師の一人であるウイスを殺されたことに対しても少なくない憤怒を感じているようであり、戦う理由は十分にあると言えるだろう。
ベジータとしても、同じだ。ビルスもウイスもいずれは自分の手で倒し、自分がナンバーワンに返り咲くことを望んでいた。その目標を突然横から搔っ攫われたと来れば、怒りも湧いてくる。
──だが。
「ベジータ、行けるか?」
──何かが、違うのだ。
一体この気持ちは、何だと言うのだろうか? ベジータはこの時、敵に──邪神メタフィクスに対して表現出来ない感情を抱えていた。
「おい、返事はどうした?」
「ベジータ!」
「黙れぇ!」
だからこそ、ベジータは苛立った。
苛立ちのまま彼は気を解放し、その髪を黒髪から黄金色へと変える。
同じく黄金色に変わったオーラには青白い稲妻がバチバチと走り、彼の内なる力を何十倍にも上昇させていく。
「かああっっ!」
悟空と同じ超サイヤ人2の姿に変身したベジータが、脇目も振らずにメタフィクスへと突っ込んでいく。
彼の──自分の息子と同じ顔を目掛けて拳を振るい、一心不乱に連打を浴びせる。
しかしその攻撃を、彼は涼しい顔で捌き切る。
「ベジータ、貴方も私と戦うつもりですか?」
「黙れ! 黙って聞いていればふざけたことを言いやがって!!」
冷たい眼光で見据えるメタフィクスの目に、ベジータが怒りに燃える闘気の眼差しで応える。
彼が何者か、彼の目的がどうだろうと知ったことではない。
だがベジータは認めなかった。未来のトランクスの最期を。
「奴が……俺の血を受け継いだ息子が! そんなことでくたばってたまるかぁっ!」
──もう一人の息子の死を。
一閃、渾身の一撃がメタフィクスの頬を打ち付ける。
完璧な手応えのそれは……しかしダメージにはならない。
彼はベジータの拳を受けても一切動じることなく、その視線で彼を静かに見下ろした。
「私を……息子の姿に扮した偽者だと言うのですか?」
「貴様は界王神なんだろう!? ザマスのように奴の身体を奪って!」
「……何もわかっていませんね、貴方は」
直感的に冷たい気配を察したベジータが、一旦距離を取って身構える。
彼は追ってこない。
攻撃を仕掛けることもなく──正面を向いて言い放った。
「……それは違いますよ、父さん」
「っ!」
冷淡としたメタフィクスの声ではなく──温かみのある息子の声で。
「次元の狭間から、俺は色んな世界を見てきました……俺の居た世界のように、取り返しのつかなくなった世界も見た」
「邪魔をしないでください、父さん。俺はただ、みんなの未来を取り返したいだけだ」
覚悟に染まった決別の瞳で、彼は実の父親を睨んだ。
その時ベジータの脳裏に過ったのは、かつて自分がセルを完全体にしようとした時のことだ。
メタフィクスの表情はたとえ父さんを倒してでも止めると言ったあの時の彼と、全く同じだったのである。
「トランクス……おめえなのか?」
「悟空さん……全てを無かったことにするのは貴方には辛いかもしれません。でも、俺にはどうしても納得出来ないんです」
同じくトランクスの言葉で、彼は悟空に言う。
誰にも妨害は許さない、あまりにも固い決意の言葉だった。
「俺は全ての時間を巻き戻す……ザマスも人造人間のような出来事もない、戦いの無い平和な世界にやり直させると決めたんです。だから!
──我々は契約を交わした。ゼロからリセットし私が改変する世界は、この世界のように戦いだらけのものにはしません。貴方がたには退屈かもしれませんが……その代わり、貴方がたも親元で清く正しく育ち、私の改変によって温厚に生まれ変わることでしょう」
トランクスの言葉を引き継ぐように、メタフィクスが冷淡な口調で言い放つ。
「良いのです……誰も守らなくて良いのです。もう家族の仇に媚びへつらう必要も無い」
同一人物でありながら明らかに異なる彼の口調は、彼自身の中に二人の魂が存在していることを示しているようだった。
「二人はご存知ですか? この宇宙において、サイヤ人の星惑星ベジータを滅ぼした者のことを」
「何だよ急に。それは、フリーザが……」
メタフィクスが唐突に、ベジータ達の故郷について語り始める。
彼の意図は知らないが、二人からしてみれば何を今更という話だ。
サイヤ人の母星惑星ベジータは、フリーザによって滅ぼされた。それは昔のナメック星での戦いで知った真実であり、ベジータも悟空も同胞の仇討ちと生き残りのサイヤ人としての誇りを懸けてフリーザに挑んだのだから。
しかしそんな二人の共通の認識を、メタフィクスは一部を認めつつもはっきりと否定した。
「そこに居る破壊神が命じたのです。悪の戦闘民族の矯正が面倒だからと、彼は当時のフリーザに惑星ベジータの破壊を命じました」
黒幕はフリーザではなく、破壊神ビルスであると──悟空がその言葉に目を見開き、ベジータの心が揺さぶられた。
「……本当か、ビルス様?」
「そう言えば言ってなかったかな。あいつらにはいつまで経っても進歩ってものが無かったんだ。だから破壊させた。それが何か、問題でもあるのかい?」
悟空の確認の言葉に、ビルスがあっけらかんとした態度で答える。
開き直るように事実を認めた彼に悟空は驚き、ベジータはやはりか……と内心疑っていたことが明らかになったことに胸中で複雑な思いを抱える。
そんな彼の心情を、メタフィクスは的確に抉ってきた。
「つまり貴方がたは、今まで彼が両親や同胞の仇と知らずに媚びを売っていたということです。どんな気持ちですか? 誇り高きサイヤ人の王子よ」
「…………っ」
「メタフィクス、サイヤ人だって罪のねぇ人間をたくさん殺してきたんだ。ビルス様だけが悪いわけじゃねぇだろ?」
「だから滅びたと……わからなくはありません。私から言わせてみれば、神ほどの力を持っていながら悪のサイヤ人を矯正出来なかったことに疑問を禁じえませんが。ならば私は、因果応報の理論でこの世界を作り変えるまで」
ビルスが命じたからと言って、多くのサイヤ人やフリーザがろくでもない人間だったことに変わりはない。
元々数々の悪行を重ねていた民族であるが故に、誰かが命じずともいずれは滅びていただろうと悟空の方は割り切っている様子だ。
だが、だからこそとメタフィクスは自らの正当性を主張した。
「罪の無い命をことごとく見捨ててきたこの世界など、始めから存在しないものにした方がいい」
一瞬、メタフィクスの姿が掻き消える。
ウイスを葬った時と同じ桁違いのスピードで接近した彼が、悟空に超光速の拳を浴びせたのである。
神封じの結界でこちらのゴッド化を封じておきながら、自分だけは神の領域に及ぶ力を存分に発揮している。それはあまりにも、理不尽な戦力差だった。
「ぐっ!」
「孫悟空、貴方は何も知らなくていい。何も知らずにやり直した世界で、家族と共に平和に生きなさい」
「冗談じゃねぇって……それってオラ達がやってきた修行も、ドラゴンボール集めでみんなと出会ったことも……全部、無かったことになるんだろ? オラはそれ、嫌だぞ」
「……実に人間らしくて、素晴らしい考えだと思います」
彼の望む時間のゼロへの巻き戻しには、当然地球で起こった出来事も含まれている。
ベジータが地球を訪れるよりもずっと前へと戻り、何もかもをやり直すということは、彼らの出会いも最初から無かったことになるということだ。
メタフィクスの口ぶりによれば、人々の記憶もゼロへと巻き戻されるのだろう。
それは文字通りの「やり直し」だった。
「……生憎だったな。神がどうなろうが知ったことじゃないが、俺はここまで強くなった自分を誇りに思っているんだ。今更やり直しなど認めるか!」
ベジータの中で、戦う意欲がはっきりと戻ってくる。
依然得体の知れない感情は残っているが、既に彼と敵対以外の選択肢を選ぶ意志は無かった。
息子が馬鹿なことをやっているのなら、力ずくで止めるだけだと……地球人的にそんなことを考える自分に、ベジータは反吐が出るような思いで苦笑した。
悟空もベジータも、共に戦うつもりだ。そんな二人を見て、メタフィクスが言う。
「いいでしょう。私を止めてみなさい。貴方がたにはまだ、私を裁く権利が残っていたようです」
邪神メタフィクスとの戦いが、世界のリセットを巡る戦いが始まる。
しかしその前に、と──後ろから接近してくる何かに気付いたメタフィクスがおもむろに振り向き、迫り来るそれを右腕で叩き落とした。
「ぬううっっ!!」
「ビルス様!」
不意打ちが決まらず、諸にカウンターを喰らったビルスが地面へと叩き付けられる。
そんな彼に向かって、メタフィクスが高々く右腕を振り上げ、その手の平に禍々しいエネルギーを集束させた。
「邪神と人間の戦いを始める前に、無粋な破壊神には消えていただくとしましょう」
一瞬にして直径百メートル以上にも及ぶエネルギーボールを生成すると、彼は眼下の破壊神に向かって無慈悲に投げ放つ。
「よ、避けろ! ビルス様ー!」
破壊神ビルスの破壊玉をも上回るほどの、圧倒的な力が込められたエネルギーボールが猛スピードでビルスへと迫っていく。
それは普段のビルスなら、決して避けられない技ではなかっただろう。
しかし彼の浴びた拳の重さやその身を蝕む神封じの結界が、彼の絶望から退路を塞いでいた。
「こんなことが……! 破壊神である俺が、破壊されるなど……っ!」
避けられないのならば防御をと、彼は懸命にエネルギーボールを抑え込むべく両手を伸ばす。
しかしメタフィクスの攻撃の進行は尚も止まらず、彼の肉体を瞬く間に覆い尽くしていった。
「うわあああああっ!! っっぐぉッ……!!」
命を燃やし尽くすような激痛の中で、ビルスが惨めに悲鳴を上げる。
徹底的な破壊を他ならぬ破壊神に下そうとする邪神はそんな彼の姿を蔑むような目で見下ろし、憐れむように言い放った。
「これが私の贈る革命の火だ……壊された者達の痛みを受け、魂まで燃え尽きなさい。超次元の象徴よ」
「やめろ、トランクスッ!!」
天使ウイスに続き、破壊神ビルスまでも。
あらゆる神を前に絶対的な力を示す邪神により、この「超次元」は終焉を──始まりを迎えようとしていた。