怨霊の話   作:林屋まつり

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八話

 

「随分、いろいろ買ってきたわね」

 夕方、家で待っていたミーナは引き攣った微笑。

「…………は、はは、女の子の買い物にかける情熱を、甘く見ていたよ」

 そして、荷物を背負った豊浦は乾いた微笑。

「豊浦さん、荷物持ちまでしてくれなくていいのよ?」

「いや。女の子に荷物を持たせるのか、って、全方位から怒られて」

 豊浦はぐったりと応じてそのまま家へ。ウィッチたちは困ったように後に続く。……ふと「芳佳ちゃん?」

 きょとん、と拠点の家を見ていた芳佳にリーネ。芳佳は首をかしげて「こんなところに家があったんだね」

「宮藤がこっち来てから建てたんじゃないの? それより炬燵炬燵ー」

 そんなものかな、と芳佳も続く。そして、買い物の戦果。

「…………誰よ、この服買ったの?」

「こ。これはクリスに似合うだろうと推されて、扶桑皇国の服はどれも趣があってだなっ」

「…………包丁?」

「和包丁は憧れでしたっ」

「…………なにこれ? 毛布? 服?」

「綿入れ、っていう服だってー、これでいつでも毛布の中だね」

「…………カメラ?」

「サーニャがここの風景を気に入ってるからな。ばんばん撮らないとなっ」

「…………籠?」

「山に行くんでしょっ? たくさん虫とらないとねっ」

「…………楽譜?」

「扶桑皇国の民謡です。聞いたこともない曲。楽しみです」

「…………からくり大全?」

「ん、ああ、扶桑皇国伝統の機械らしい。やっぱ知らない国の機械も勉強しないとなっ」

「貴女たち、何しに来たのよーっ!」

 ミーナ怒鳴る。一応止めようとして、結果流された芳佳は苦笑。

「ふう、……ペリーヌさんは作戦に関係ない、余計なものは買わなかったようね?」

 あまりにも趣味全開なウィッチたちを横目にペリーヌに視線を送る。ペリーヌは視線を逸らす。

「ああ、うん、堆肥百キロはさすがに自制してくれたよ。…………芳佳君と頑張って止めたよ」

「輸送機、載せられませんから」

 しんみりと呟く芳佳。ミーナは頭を抱えた。

 

 ぱちぱち、と火が爆ぜる音がする。

「そろそろできたかな」

 囲炉裏からぶら下がっている鍋の蓋を開ける。「「「「おおっ」」」」と声。

 くつくつと、鍋。

「はっやくっ、はっやくっ、お鍋はっやくっ」

「美味しそうねー、これは、宮藤さんが作ったの?」

 ミーナも興味深そうに鍋を覗き込む。けど、芳佳は首を横に振り、

「私だっ」

「え? シャーリーさん?」

「なにぃっ?」

「……いや、なんでそんなに驚くんだよ?」

「お、お前、料理なんてできたのかっ?」

 慄くトゥルーデにシャーリーは頬を膨らませて「私だって出来る」

「えー、シャーリー料理下手だよ」

 こちらも首をかしげるルッキーニ。けど、豊浦は笑って「切るのは上手だったよ。それに速かったし」

「おう、任せろっ」

 拳を握る。「切っただけかよ」と、エイラ。

 胡散臭そうな視線が集中するが、シャーリーは気にしない。

「切るだけでもね。食べやすい大きさをちゃんと考えて切ってくれたからね。

 料理はともかく、シャーリー君は食べる人の事を良く考えているよ」

「ふっふー」

 豊浦に言われてシャーリーは胸を張る。

「さて、それでは食べましょうか」

 ぱちっ、と火が爆ぜる音。それを聞いてミーナは声を上げる。いただきます、と声が重なって、

「よしっ、鶏肉はもらったあっ」

「ああっ、シャーリーずるいっ」

「わ、わ、あ、」

「く、ど、どれを食べればよいのですの?」

「ツンツン眼鏡はシイタケでも食べてろ。

 あ、サーニャ。何か食べたいものはあるか?」

「ええと、お豆腐、食べてみたい」

「よし任せろっ、…………崩れたーっ?」

「お豆腐、ばらばら」

「知っているかい? ペリーヌ君。シイタケは、菌類なんだよ」

「それをこれから食べようとしているときに言わないでくださいませんかっ!」

「こらお前らっ! ちゃんとバランスを、…………って、誰だ私の取り皿に葉っぱを大量に詰め込んだ奴はっ!」

「お、おお? 牛肉もあるじゃん、ラッキー」

「あ、これはジャガイモね。……ジャガイモ? え? これジャガイモ?」

「それサトイモ」

「み、みんな速いですっ、あ、わ、なくなっちゃうっ」

「はい、リーネ君」

「あ、ありがとうございます。……って、きゃあっ? な、なんですかこのうねうねしてるのーっ?」

「きゃははっはっ、リーネのお皿うねうね一杯で気持ち悪ーいっ」

「豊浦さんの意地悪ーっ!」

「あの、豊浦さん。これ、なに鍋なの?」

 鶏肉と豚肉と里芋と白菜と、……雑多なものが入っている鍋を見て芳佳は首をかしげる。

 豊浦は頷いて「…………いや、安かったものを適当に」

「適当っ?」

「大丈夫だ宮藤っ、火を通せば大抵のものは食べられるっ」

「僕もそう思ってた時代があったよ。けど、毒キノコを食べて死ぬかと思ったことはあったね」

「お前は山で何やってるんだ?」

 シャーリーは胡散臭そうに豊浦を見る。豊浦は頷いて、

「いいかいシャーリー君。

 山では食べられるものも限られる。貯蔵なんてできないからね。だから、採った、焼いた、食った。これが大切だよ」

「ぐっ、……た、大変だ。なんか楽しそうだって思ってしまった」

「やるぅっ、私も山に行くっ」

「山には、死霊がいます」

「…………ごめん、シャーリー、山には一人で行って」

「諦め早っ?」

「バルクホルン君。明日は山に行くんだよね?」

「う? む、そうだ」エーリカの取り皿から牛肉を強奪していたトゥルーデは頷いて「体力づくりにはいいだろう」

「怖くない、ですよね? お化け、いないですよね」

 リーネもどこか不安そうに問いかける。豊浦は頷く。

「虫はいるかもしれないけどね」

「ひうっ? ……い、いやですわ。これだから魔境は」

「私の故郷を魔境って言わないでっ!」

 芳佳は怒鳴り、みんなはけらけら笑う。ぱちぱちと火が爆ぜる音。…………「幸い、ね」

「ミーナさん?」

 ぽつり、こぼれた小さな言葉。芳佳は首をかしげる。

「あ、……ううん、なんかいいなあ、って思ったのよ。

 こうして、温かい火をみんなで囲んで、賑やかに食事をとるのって」

 穏やかに微笑むミーナに、芳佳も笑みを返す。

「はいっ、そうですねっ」

「いいなあ、囲炉裏もいいなあ。

 炬燵といい綿入れといい、扶桑皇国の発明は凄いなあ」

「……自堕落な発明だな」

 うっとりと呟くエーリカを横目にトゥルーデ。

「で、山で暮らす豊浦はよくこういう事してたのか?」

 シャーリーの問いに豊浦は頷く。

「山家は自分の家を持たないからね。夜になったらそれなりに広いところで火を熾して料理してたよ。

 だから、近くに煙が立ってたりしてたら食材もって乗り込んだりしてたよ。まったく知らない人だけど、まあ、向こうもいろいろ飢えてるからね。食べ物をもっていけば大抵は歓迎される」

「凄い生き方だな」

 改めて、楽しそうだな、と内心を隠してシャーリー。けど、

「ただ、そこそこの確率で、食材を奪い取られそうになる。……ルッキーニ君。

 山には、人知れず死体が転がっているんだよ。山に死霊が出るのは、これが理由だ」

「ひいっ?」

「お前な、ルッキーニを怯えさせるなよ」

 シャーリーは自分の後ろに隠れたルッキーニを撫でながら豊浦を睨む。豊浦は「ごめんね」と笑う。

「さて、そろそろ締めかな。ちょっと持っていくよ」

「まだ少し残ってるぞ」

 トゥルーデが制止。けど、

「バルクホルンさん。お鍋には食材の出汁が出てるから、このスープを使って雑炊とか作るんです。

 残った具材もそのまま雑炊にして食べるんです」

「そうなのか。……スープまで利用するのか」

「へえ、そういう食べ方もあるんですね。面白いです」

「ん、リーネ君も来るかい?」

 興味津々と身を乗り出すリーネに豊浦は問いかけ「はいっ」とリーネも立ち上がる。

「私もお手伝いしますっ」

「そう、じゃあお願いね」

 そして、三人並んで台所へ。残された面々は囲炉裏で火にあたる。

「最初見たときは理解不能だったけど、なんか面白いな、こういうの」

 部屋のど真ん中に鍋がぶら下がっている。それを見たときの衝撃は覚えている。

 最初は理解不能だったが。

「そうだなあ。……こういうのもいいな」

「火ってうまく使えばこんな温いものなんだね」

 エーリカは手を広げて火にあたりながら呟く。

「ぬくぬくしてるな」

「竈の、……神様」

 不意に、サーニャが呟く。それは、朝に聞いた話。

「なんだそれは?」

「……ええと、コンロの神様?」

 確か、竈はそういうものだったはず。とエイラ。

「なにその超限定的な神様」

「私もよく知らん。なんか、黒くてでっかくてごつくて変な仮面らしいぞ。

 なんで仮面が神様なんだろうな」

「竈の神様。火を使う場所の神様で、火の神様って、豊浦さんが言ってました。

 火は暖かくて、恩恵をもたらすけど、その神様は火難を起こすって、だから、丁寧に扱わなければいけないって」

「確かに、火は強すぎると火事にもつながるわ。慎重に取り扱わなければいけないわね」

「神様を粗雑に扱ったら、怒られる、のかな」

「かもしれないわね」

 神様、という存在について、ミーナは懐疑的だ。

 けど、それを火と当てはめれば、確かに火は正しく運用すれば様々な恩恵をもたらし、粗雑に扱えば火災など、大きな災害を引き起こす。

 そこに意志を見出す。……それもまた、考え方としては面白い。

「お待たせしましたー」

「出来た、っていうのかな?」

 蓋をした鍋を持ってきた豊浦と、リーネと芳佳。豊浦は自在鉤に鍋をつるして火に当てる。

「じゃあ、さっそく、いっただ「まだだよ」ほえ?」

 さっそく箸を手に取り突撃しようとしたルッキーニは動きを止める。まだ? と、首をかしげる。

「うん、ルッキーニちゃん。少し煮立ててからだよ。

 まだ、冷たいから美味しくないと思うの」

「えー?」

「食べられるようにしてから持ってくるもんじゃないの?」

 咎めるというよりは、不思議そうにエーリカ。「まあまあ」と、豊浦は適当に応じて、

「温まるまではのんびりしてようか。

 あ、そうだ。異国の人もいるし、扶桑皇国の話とかしようか。芳佳君も、自分の国の事で聞いてみたいことがあったら遠慮しないで」

「豊浦さんは詳し、……ん、ですわよね?」

「伊達に千三百年も存在していないからね」

 胸を張る豊浦に胡散臭そうな視線。

「あ、じゃあ、扶桑皇国の神話とか、いいですか?」

「いえ、リーネさん。申し訳ないけど、それよりも先に聞いておきたいことがあるわ」

 身を乗り出すリーネを制し、ミーナは口を開く。

 それは、結局答えの出なかったこと。

「豊浦さん。あなたの魔法について教えて、……ええと、風水とか、陰陽とか、だっけ?」

「どちらも聞いたことがないな」

 トゥルーデは呟く。軍人として、世界中の魔法についてある程度調べたことがある。

 けど、そのどれとも該当しない。

「今日、清佳さんとお話をしたのだけど。

 その、陰陽、というのは千年以上前から、扶桑皇国で研究をされていた魔法である可能性があるわ。公式でここまで古い魔法体系なんて存在しない。事実なら前代未聞よ」

「せ、千年っ?」

「え、ええと、千年前っていうと、……ええと、平安、時代?」

 うろ覚えの知識を披露する芳佳に豊浦は苦笑。「残念だね。陰陽が表舞台に登場したのは飛鳥時代の後期だよ。七世紀後半だね」

「千年って、凄いな。……え? 扶桑皇国って、千年も前からあったのか?」

「豊浦さんのいうことが本当でしたら、千三百年前からあったのではなくて?」

「伝説まで含めると皇紀二千六百五年。

 つまり、大体二千六百年前からあったわけだね。この国は」

「…………すげー」

 想像もできない、とシャーリー。

「そうだねえ。……んー、知らない人に改めて説明、……か」

 難しそうに豊浦は眉根を寄せる。その仕草を見て、ミーナは一つ思い至る。

 つまり、マニュアルとして形に残っていない、と。

 マニュアル化されているのならそれをそのまま話せばいいはずだ。補足などもあるだろうが言葉に詰まる事はない。

 けど、彼は首を傾げ言葉を探す。…………「ええと、そうだね。この星が一つの生物である、っていう考えは知っているかな?」

「そうなの?」

「あ、もちろん、意志をもっている、という事じゃなくてだけどね。

 ええと、そうだね。地表を皮膚、水を、血液とかかな。地殻を筋肉とか、……まあ、うん、そんな感じ。

 生物の体として当てはめられる、という方が、……………………うーん、ごめん」

 うまい言葉が見つからなかったらしい。そして、ルッキーニも首をかしげる。

「まあ、この星もスケールとか構成しているものが違うというだけで、人の体と同じようなもの、っていう事ね」

「ふーん?」

 よくわかってなさそうなルッキーニ。補足したミーナも説明は難しく、「続けてください」と促す。

「それで、人の体と同じなら、この星自体にも魔法力はある。……まあ、人と同じ魔法力とは違うと思うけどね。

 地殻エネルギー、龍脈、扶桑皇国では《ひ》なんて呼ばれているかな。風水はそれを制御する術だよ。それが魔法か、と聞かれると自信はないけど。

 鉄蛇の封印は《ひ》を遮断したんだ。それはこの星にある空間にまで影響するから、あそこは空間そのものが乖離されている状態になっているんだね」

「それは、……随分と強力そうだな」

 トゥルーデは呟く。星そのものに宿る魔法力。それがどれほどのものか、見当もつかない。

「それで、陰陽は星そのものじゃなくて、万物。木とか火だね。それが持つ《ひ》、……まあ、そうだね。実質的には機能を制御する術だよ。

 だから、」

 豊浦は囲炉裏の火に手を翳す。不意に、火が大きくなる。

「万物に霊性を、万象に神性を、あらゆるものに魔法力がある。

 それを減衰、活性化という形で制御する。それが僕の使う陰陽や風水だね。もちろん、限度はあるしそもそも星の《ひ》なんていろいろ道具をそろえて、日時や場所を合わせて、うまくやらないと扱えないけどね。

 それだけ、途方もない力だから、……うん、一つの魔縁である僕が制御するなんておこがましいな。借り受ける、という方が正しいね」

「興味深いわね。……星や自然に魔法力がある。というのも。

 豊浦さん。この件が終わったら欧州に来ていただけますか? ぜひ、その技術や知識を教えて欲しいです。

 待遇は、……出来る限り優遇します」

 彼の持つ知識や技術は、ネウロイとの戦争に間違いなく一石を投じる。あるいは、決定打になるかもしれない。

 ミーナの言葉に、豊浦は苦笑。

「怨霊を招き入れるというのも考え物だけどね。……けどまあ、考えてはおくよ。

 っと、そろそろできたかな」

「あの、豊浦さん。それは、どこかで教えてもらえるのっ?

 私も、ぜひ教えて欲しいですっ!」

 瞳を輝かせて詰め寄る芳佳。そして、それはほかのウィッチも同様。もし扱えれば、それは今まで以上の力を得られるという事だから。

 豊浦は、ぽん、と芳佳を撫でて、

「芳佳君、君は医療の道に進むんじゃないのかな?

 いろいろな道をまとめて極めるには、人の命は長くないと思うよ? 二兎を追う者は一兎をも得ず、この言葉を僕は間違えているとは思えない」

「…………はい」

 肩を落とす。医療の難しさは芳佳もよく知っている。一生学び続ける必要があると、実感している。

 それに続いてさらに全く未知の魔法体系を学べるか。……けど、

「それでも、教えて欲しい、です」

 ウィッチたちも、頷く。それぞれの夢がある。人生をかけて貫き通したい道がある。

 けど、それでも、出来ないからやらない、見向きもしない。そんな事はしたくないから。

 彼女たちの思いを受けて、豊浦は優しく微笑んだ。

「いい娘たちだね。……うん。けど、まずは目先の事に集中しようか。

 欧州行きと一緒に考えてみるよ」

「はいっ、よろしくお願いしますっ」

 撫でられる心地よさを感じながら、芳佳は頷いた。

 

 食事を終え入浴を終え、芳佳はあてがわれた寝室へ。

 障子に仕切られた畳の部屋。広いなと思ったけど慣れている芳佳は特に違和感なく、部屋の中央に敷かれた布団に寝転がる。

 そして、思い出すのは彼の事。

「豊浦さん、……か」

 年上の男性。よくわからないけど、いろいろ知っている人。

 そして、……髪に触れる。頭を撫でられた。とても、久しぶりの感触。

 懐かしい心地よさ。そして、くすぐったさ。

 思い出すのは父。六歳の時に別れた人。…………懐かしい、大切な思い出。

 お父さんも、あんな風に撫でてくれたな、と。

「いい人、だよね」

 ぽつり、呟く、と。

「芳佳ちゃん」

 とん、と、障子が叩かれる。

「リーネちゃん?」

「そっち、いっていい?」

「うん、もちろん」

 頷く、と障子が開く。芳佳は起き上がろうとするが、「あ、いいよ」

 リーネも、ころん、と芳佳の隣に寝転がる。基地にいたときはよく一緒に寝ていた。すぐ近くにいる彼女の体温を感じられる気がして、芳佳は微笑む。

「豊浦さん、優しい人だね」

「そうだねえ。よかった」

 いい人と出会えたのは嬉しい。それが同じ扶桑皇国の人ならなおさら。

 けど、

「けどね、芳佳ちゃん。

 豊浦さん、意地悪なところもあるんだよ」

 かすかに頬を膨らませるリーネ。芳佳は鍋を食べていた時の事を思い出し「白滝、たくさん入れられてたね」

「そうそう、あれはびっくりしちゃった」

 取り皿に大量に盛られた白滝。はたから見ればなかなか形容しがたい光景だった。

「他にもね。……ええと、能面、だっけ? 変なお面をつけて驚かせたりしたんだよ。

 声をかけれて振り返ったらお面つけてたからすっごく驚いたの」

「あはは、それは驚くよねー」

 芳佳も能面は見たことがある。あれを付けた人に後ろから声をかけられ、振り返ったら、……たぶん自分も驚く。

「あと、竈の神様。芳佳ちゃん。竈の上にあったお面、気づいた?」

「ううん、気づかなかった」

 ポンプや竈、今では見かけなくなった台所の様子に興奮していた芳佳はそこまで見ていなかった。「どんなの?」と、問いかけ、

「黒くてごつくてでっかくて変なお面」

 エイラが言っていた感想をそのまま告げてみる。「へー、私も見たいなー」と、芳佳。

「もう遅いから、明日見せてあげるね。

 けど、扶桑皇国の神様って凄いね。竈の神様。私、そんなの神様なんて想像もしてなかったよ」

「そうだね」

 芳佳も詳しくは知らない。けど、御伽噺として聞いたことがある。

 確か、

「ええとね、……扶桑皇国はいろいろなものに神様が宿ってるんだって」

「そうなんだ。凄いね」

 目を丸くするリーネに芳佳も「うん、すごいよね」と頷く。

 ふぁふ、と音。

「リーネちゃん、一緒に寝る?」

 小さなあくびを漏らしたリーネに芳佳は問いかけ、リーネは頷く。

「うん、じゃあ、お邪魔します」

 もそもそとリーネは布団の中へ。芳佳も布団に潜り込んで、手を重ねる。

「あ、あのね。芳佳ちゃん」

「なぁに?」

「あの、……と、豊浦さんに頭撫でてもらったとき、どうだった?」

 少し顔を赤くして、おずおずと問いかけるリーネ。

 どうだった、か。

「その、……芳佳ちゃん。凄く心地よさそうだったから、…………あの、いいのかな、って」

「うーん、……そうだね。心地いいっていうか、懐かしい感じがした、かな。

 ええと、私、お父さんとまだ小さい時に別れちゃったから」

「あ、……うん」

 死別の過去。それを聞いてリーネは困ったように頷く。芳佳は微笑。

「だから、懐かしい感じがしたの。

 まだ、お父さんがいたとき、こんな風に撫でてもらってたのかな、って思って、ね」

「そうなんだあ」

 いいなあ、と。言いかけてリーネは反射的に口を噤む。……それがなぜかはわからない。

 けど、いいなあ、と。そう思った。

 


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