怨霊の話   作:林屋まつり

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六話

 

 最低でもこの家に一週間は滞在する。

 欧州の軍上層部に状況を報告したところ、とりあえずその許可は下りた。

「軍の上層部としても、蛇型のネウロイは興味深いのでしょうね。

 それに、人型のネウロイも確認された。地上の生物を模したネウロイのサンプルデータを欲しがっているのだと思うわ」

 人型ネウロイ、といっても顔のパーツはなく、大まかな形を真似ているだけだった。

 だが、もし、もっと精密に地上の生物を模したネウロイが存在するのなら。それは今までとはまったく別次元の脅威となる。

 動物に紛れて索敵をかいくぐり、人類の生活圏に秘かに侵入、そして、都市部で暴れだす。そんな事態に対応するためにも、一つでも多くの情報が必要になるのだろう。そのサンプルデータを集めるためにある程度の長期滞在の許可が出た。という事らしい。

「一応、形状が蛇という事だから蛇の運動についての情報。それと、どの程度参考になるかわかららないけど、陸上歩行型ネウロイとの戦闘記録を、欧州と、扶桑皇国に要求したわ。

 急ぎで届けてもらうようにお願いしたけど、早くても明日以降になるでしょうね」

 という事で、今日一日やらなければならないことはない。

 もちろん、訓練はできる。派遣先で訓練するなど考えていなかったため模擬銃は持ってきていないが、それでも飛行訓練くらいはできるだろう。

 けど、それよりは、

「ある程度の長期滞在になるわ。

 みんな、生活に不便がないように、今日一日、周辺を散策しておきましょう」

 横須賀市を含めて周辺地理を把握しておけば作戦時の意思疎通もスムーズに行える。豊浦曰く廃墟となった横須賀海軍基地で交戦することが出来るらしいが、知っていて損はない。

 それに、生活の事もある。買い物まで豊浦達外部の者に世話になるわけにもいかない。

 と、言うわけで、

 

「みっちゃんっ」

「芳佳ちゃんっ」

 宮藤診療所。駆け寄ってきた美千子の手を芳佳は取る。離れていた友達との再会に二人は笑顔を交わす。

「久しぶりだねっ」

「うんっ、……あ、ごめんね。昨日は挨拶に行けなくて」

 大切な友達が故郷の危難を救うために戻ってきてくれた。

 凄く嬉しい。一番最初に出迎えたかった。……けど、

「ううん、それに、みっちゃんは怪我人のお世話をしていたんでしょ。なら、そっちが最優先だよ」

 もちろん、芳佳も一刻も早く友達と会いたかった。けど、清佳と芳子と一緒に怪我人の治療にあたっている。と言われれば我侭は言えない。

 むしろ、友達が怪我した誰かを救うために頑張ってる。そう思うと嬉しくて、誇らしかったから。

「えへへ」

 笑顔でそういわれて美千子も照れたように微笑む。

「やあ、おはよう。美千子君」

「あっ、おはようございますっ、豊浦さんっ」

 軽く手を振る豊浦に美千子は笑顔で応じる。「知り合い?」

「うんっ、ええとね「それで、美千子君」」

 彼を横須賀海軍基地に案内したのは自分だ。そのことを伝えようとして、それを遮るように、声。

「彼女たちに横須賀市の町を案内しようと思うんだけど、君もどうかな?」

「はいっ、……達?」

 たち、とその言葉に首をかしげて、不意に、辺りを見る。

 友達の芳佳、そして、最近いろいろ会って話をする豊浦。

 は、いい、……あとは、

「わ、わ、わわっ」

「あ、美千子ちゃん。紹介するね。

 私の、……ええと、仲間の「連合軍第501統合戦闘航空団っ! 《STRIKE WITCHES》っ!」あ、うん」

 そういえば、知ってるよね、と。芳佳。美千子はウィッチに関する憧れが強い。それに関連して軍事関係も民間人としては詳しい部類に入る。……というか、現役の軍人である芳佳より詳しいかもしれない。その現実に思い当り内心で頭を抱える。

「やっほーっ、芳佳の友達っ?」

「はいっ、芳佳ちゃんの友達の、山川美千子っていいますっ!

 お会いできて光栄ですっ! フランチェスカ・ルッキーニ少尉っ!」

「あれ? あたしのこと知ってる?」

「はいっ」

「あ、うん。ここに戻ってきたとき、みんなの事たくさんお話ししたから」

 美千子はその手の話が大好きだから随分と盛り上がった。彼女への紹介はほとんどいらないと思う。

 憧れのウィッチたち。美千子は瞳を輝かせる。

「いい機会だね。美千子君。学生の時の芳佳君の事を話、聞いてみたいな」

「ふぇっ?」

「あ、私も興味ある。ええと、美千子ちゃんだね。

 お話、聞かせて」

「そうだな。宮藤がどのような学生生活を送っていたのか、ぜひ聞かねばならない」

「はいっ」

「バルクホルンさんっ?」

「それじゃあ、町の案内をお願いね」

「あれ? ミーナは来ないの?」

 エーリカの問いにミーナは頷く。

「そうね。豊浦さんの封印したところは見ておきたいけど、それから時間は取りたいわ。

 だって、」

 ミーナは宮藤診療所に視線を向ける。診療所から出てくる女性。

「お、…………おかあ、さん」

 決意に満ちた表情の母に芳佳は口元を引きつらせる。清佳は厳しい視線で芳佳を一瞥し、

「ミーナさん。基地での娘の行動を、お聞かせください」

「ええ、わかっています。

 私も、ぜひ宮藤さんのご家庭での生活を聞いておきたいと思っていました」

 力強く手を握る二人。芳佳は慄く。

「あ、…………あのお」

 おずおずと手を伸ばし、二人に睨まれて肩を落とした。

「お、お手柔らかにお願い、します」

「芳佳、母は娘の事にいつも一生懸命よ。

 と、そうだ。豊浦さん」

「ん?」

「皆さんの滞在している家ですが、まだ空き部屋はありますか?」清佳は、ぽん、と見上げる芳佳の肩を叩いて「娘も預かってもらえますか?」

「お母さんっ?」

 ぎょっとした表情で振り返る芳佳。豊浦も首をかしげて「それは、大丈夫だけど、いいのかい?」

 せっかく家族が近くにいるのだ。それなら一緒にいる時間を大切にした方がいい。芳佳は、また遠く離れた欧州に行ってしまうのだから。

 けど、清佳は首を横に振る。

「芳佳、今、貴女はお仕事の最中よ?

 これは、貴女自身が決めたこと、蔑ろにすることは許しません」

「…………はい」

 そう、家族と会えたことが嬉しくて、忘れそうになっていた。

 今は作戦行動中だ。そして、軍人として戦うことを決めたのは自分自身だ。家族と一緒にいられないのは寂しいけど、自分の決断を貫かなければいけない。

「ミーナさん、豊浦さん。みんなも、娘をよろしくお願いします」

 だから、丁寧に頭を下げる清佳に、皆は頷いた。

 

「それでね。芳佳ちゃん。崖の木に登って下りられなくなった仔猫を助けようとしてね。木が折れて一緒に落ちそうになっちゃったんだよ」

「みっちゃんっ」

「まったく、後先考えないのは昔からですのね?」

「だ、だってえ」

「宮藤はどこ行っても変わらないなー」

 エーリカの言葉に項垂れるしかない。「これは叩けばいくらでも出てきそうね」と、真顔で呟くミーナに慄く。

「わ、私の話はいいからっ、ほらっ、……ええと、そうだっ、基地っ、基地のお話をしようよっ」

「軍事機密」

「ええっ、そうだったのっ? そんなのあったのっ?」

「…………宮藤さん?」

「宮藤、お前、まさか?」

 ミーナとトゥルーデが胡散臭そうに彼女を見る。

「シャーリー、軍事機密、ってなに?」

「ん? 知らね」

「お前らもかーっ!」

「まー、別に秘密にすることないじゃん。

 なー、ルッキーニー」

「そうそう、隠す必要がある事なんて何もないよっ、ねっ、芳佳っ」

「え? え? う、うんっ」

「ありますっ! 貴方たちは軍人を何だと思ってるのよっ!」

「そうだね。友達との交流の場かな?」

 豊浦の言葉にルッキーニとシャーリーは「「いえーっ」」と、手を打ち合わせた。ぱんっ、と音。

「違いますっ!」

「た、楽しそうなところ、だね」

「あ、あはははは」

 困ったように呟く美千子にリーネは笑うしかなかった。

 

「何度見ても不思議な光景ね」

 横須賀海軍基地。そこを覆う黒い雲。

「これは、ネウロイの巣、か?」

「なにそれ?」

「ああ、ネウロイの拠点だ。

 黒い巻雲のような形をしている」

「そうなんだ」

「注連縄、だよね。これ」

 リーネは張り巡らされた縄を興味深そうに見つめて、

「これは、鉄棒、か?」

 トゥルーデはその注連縄近くに突き刺さった黒い棒に触れようとし「それに触ってはだめだよ」離れた。

「これも、封印に必要なものか?」

 しげしげと黒い鉄棒を見る。

 黒い錆に覆われている。脆そうな鉄棒。何なのかは分からないが。

「そうだよ。鉄剣。国宝級の古刀だからね」

「こ、国宝っ?」

「それに触って抜けたりしたらそれだけで鉄蛇が解放されるから、バルクホルン君。興味があるのはいいけど、触らないようにね」

「う、うむ」

 言われて、トゥルーデはまた鉄棒を見る。鉄剣、……剣には見えないが、確かに古そうだ。

「これを八本周りを囲うように突き刺してある。

 解放時には一本を抜いて、それで一体開放になるね」

「これも、豊浦さん固有の魔法なの?」

 魔法、かは分からないが、風水だか陰陽だか。

「そうだよ。八剣宮の封印。熱田神宮に倣ってみた」

「封印系の魔法は、興味があるわね」

 ミーナもトゥルーデと同様、縄と鉄剣を見て呟く。

 もし、必要な道具をそろえてある程度誰にでも扱えるようになれば、高速で飛翔するネウロイを捕え、動きを止めて早期に撃滅できるかもしれない。

「この国ならともかく、異国だと僕もできるかは分からないけどね。

 まあ、興味があるなら僕の、……ええと、魔法? についても話してみようか」

「ええ、お願い。……さて、サーニャさん」

「はい」

「ん?」

 す、とサーニャは一歩前へ。豊浦は首をかしげる。

「この内部の様子を探るわ。

 サーニャさんは探査の固有魔法を使えるから」

 それで、この中にいる鉄蛇の情報を得られれば対策も立てやすくなる。けど、

「それは、止めた方がいいと思うけど。……うーん」

「危険、ですか?」

 ただ、その様子を知るだけ、危険はないと思う。

 けど、難しい表情の豊浦にサーニャは問う。

「ううん、……大丈夫だと思うけど。一応。安全策のためのおまじない」

「はい」

「おまじない?」

「うん、まあ、心理的な意味でね。

 エイラ君、サーニャ君を抱きしめてみようか」

「なっ?」

「それがおまじない?」

「うん、サーニャ君の魔法がどういうものかは知らないけど。

 けど、僕の想定するのに近い方法だとしたら、その方が安全。……エイラ君がだめなら、芳佳君」

「あ、はいっ」芳佳はサーニャの後ろに立って「こう」

「って、宮藤ーっ!」

 後ろから手を回した芳佳にエイラは怒鳴る。睨む。

「え、エイラさんっ?」

「私がやるっ!」

「じゃあ、エイラ君は正面から」

「ふあっ?」

 顔を真っ赤にして震えだすエイラ、サーニャは困ったように声をかける。

「エイラ。駄目なら、無理しなくていいよ。芳佳ちゃんに代わってもらうから」

「駄目ってわけじゃなくて、…………う、うーっ!」

「で、これ、意味あるのか?」

 顔を真っ赤にしてゆっくりと手を伸ばすエイラ。彼女を見てシャーリーは不思議そうに問いかける。

「それは、……意味がないことを祈りたいな」

 豊浦は心配そうにサーニャを見て、そして、サーニャは封印の向こうに魔法を向けた。

 

 ソレ、ガ、知覚、さレる。

 鉄、炎、雷、大地の奥底、生きることを許さぬ山、死霊のいる森、眠る、死人、鬼、……………………蛇。

 

 響く、絶叫。

「サーニャっ?」「サーニャちゃんっ!」

「あ、…………あ、か、……はっ」

 芳佳とエイラの必死の呼びかけに、絶叫したサーニャが、目の焦点を結ぶ。

「あ、え、エイラ」

「大丈夫かっ? サーニャっ?」

「う、……ん」

 真っ青になる。そして、「ひゃっ?」

 サーニャは、しがみつくようにエイラの背に手を伸ばす。

「ん、……あ、温かい。

 エイラ、……もっと、ぎゅってして」

「う、うん。こ、こうか?」

「サーニャさん、大丈夫?」

「は、……い」

 しがみつくようにエイラに抱き着くサーニャ。ミーナは心配そうに問いかける。

 大丈夫。けど、

「あの、ごめん、……なさい。

 もう少し、このまま」

 すがるようにサーニャはエイラに抱き着く。

「う、うん」

 少し、サーニャはエイラに抱き着いて、……「もう、大丈夫です。ありがと、エイラ」

「う、うう、うん」

 真っ赤になってるエイラにサーニャは微笑み。

「ええと、すいません」

 ぺこり、ミーナに頭を下げた。

「いいのよ。それより、大丈夫ね?」

「はい」

「豊浦さんのおまじないのおかげだね」

「はいっ、ありがとうございます。豊浦さん」

 ささやかなこと、かもしれない。

 けど、少なくともサーニャはこのおまじないがなかったらどうなっていたか。意識を保っていられる自信はない。

 心の底から凍り付くような感覚。そこから救ってくれたのはエイラの体温と鼓動だったのだから。

「ううん。無事でよかったよ」

「それで、サーニャさん。報告は大丈夫?」

 問われてサーニャは困ったように頷く。

「鉄蛇、の姿とかは把握できませんでした。

 その、……なんていうか、いくつかの断片的なイメージを直接見せつけられた感じで、それも全部とりとめのないものです」

 思い出す、震えそうになり。傍らのエイラの手を握る。

 その体温を感じ、一息。

「深い、深い、真っ黒な地面の底が見えました。

 同じように、深い森が見えました。芳佳ちゃんの家の森とは違う、もっと暗い、……死霊がいるような森です。

 あと、……炎とか、黒い鉄が見えました。他にもいくつか断片的な映像は見えた、と思いますけど、よく覚えていません」

「そ、……う」

 確かに、とりとめのない、よくわからない。

「んー、……サーニャってそういう映像も見れるの?」

 ルッキーニは不意に首を傾げた。彼女の固有魔法は全方位広域探査。それは主に音でなされていると思っていた。

 第一、森の映像を見たと言っていたが、ここは横須賀市の海軍基地近く、当然、森などない。

「ううん、……ごめんなさい。私も、よくわかりません。

 お役に立てず申し訳ございません」

 元々、サーニャのやるべきことはここに封印されている鉄蛇の数や移動パターンの把握だ。この成果では失敗といえる。

「ううん、いいのよ。……けど、今まで欧州で見てきたネウロイとはまったく別物の可能性もあるわね」

「ネウロイのほかに、類似した存在あるのか?」

 トゥルーデがぎょっとして問いかける。他の皆も不安そうにミーナを見る。

 ミーナは、少し考え、

「いくつかの伝承上の怪物は、ネウロイである可能性が指摘されているわ。

 ほら、宮藤さんが遭遇した人型ネウロイがあるでしょう? あんな感じね。今回の鉄蛇もそのたぐいのネウロイだと思うのだけど。

 あるいは、古くから存在し、独自進化をしたネウロイかもしれないわ」

「独自進化?」

「宮藤さんが接触したっていう人型ネウロイ、あれは宮藤さんを攻撃してきたわけではないのでしょう?」

「はい」

 頷く。少なくとも芳佳はネウロイから害意は感じなかった。

「その意図はどうあれ、……そうね。私たちが戦っているネウロイだって出現から数十年でいろいろなパターンがあったでしょう? それが私たちと戦うための成長だとしたら、もっと昔、……それこそ、数百年前から地上に降り成長したネウロイがどのようなものになるか、まったくの未知数よ。

 サーニャさんの探査を逆探知して、鉄蛇が見てきた映像をサーニャさんに向けて発信する。そんなことが出来るネウロイかもしれないわ」

「そうですか」

 古くから存在し進化したネウロイ。……どんなものか見当もつかない。だからミーナは沈黙するみんなに頷く。

「大型ネウロイが八体。

 それですむとは限らないわ。みんな、過去の経験に慢心せず、初心に戻ってあらゆるケースを想定して動けるようにしておきなさい」

 ここにいるウィッチたちは欧州でも指折りの戦果を挙げている。それだけの数のネウロイを撃墜してきた。

 けど、それはつまりネウロイとの戦闘がパターン化している可能性もある。全く未知の行動をとるネウロイに足元を掬われかねない。

 ウィッチたちは例外を除きそれぞれ表情を引き締める。それが見れただけでも意味はあった。ぱんっ、とミーナは手を叩く。

「さて、それじゃあ皆は横須賀市を見て回りなさい。

 山川さん、豊浦さん、みんなをお願いね」

「は、はいっ! 頑張りますっ」

 毅然と告げるミーナに、格好いいなあ、と半ば見惚れていた美千子は反射的に声を上げ、豊浦は微笑。「了解」

「……それと、エイラさん。戻ってきなさい」

 唯一の例外。顔を赤くしてぽーっとして動かないエイラをミーナは小突いた。

 


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