怨霊の話   作:林屋まつり

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最終話

 

 大江山からの帰り。酒呑が台車を引いて見送りに来た。

「…………それは、何かしら?」

 そこに積まれている、あまりにも眩い物。それを見てミーナは口元を引きつらせて問う。問われた酒呑は、なぜかとても嬉しそうに胸を張る。

「金銀財宝だよっ! 鬼の棲み処から戻ったら持ち帰るものだよっ!

 芳佳は知ってるよねっ! ほら、桃太郎とかっ!」

「知ってますけど、え? あれって自主的に渡していたんですか?」

 豊浦たちの話を聞いて、略奪していったものではないか、と。思っていたけど、

「相手によるよ。君たちにならいいからね。

 ほらほら、お酒もあるよー」

 続く台車には酒樽。それを引いてきた大男、星熊はとてもいい笑顔。

「あ、じゃあ、僕はお酒をもらおうかな」

 乗り気な豊浦に酒呑は手を振って拒絶。

「ううん、……くっ、…………これだけあれば、復興が、……い、いえ、いえいえ、だ、だめですわ。

 わたくしたちの故郷は、わたくしたちが取り戻さないと、……え、ええ、」

 ぷつぷつと何か呟くペリーヌは毅然とした表情で顔を上げた。

「財はわたくしたちの努力で得るものっ! こんな形で得るわけにはいきませんわっ!」

 葛藤を乗り越えて毅然と告げるペリーヌに思わず拍手するウィッチたち。豊浦は感慨深く頷いてペリーヌを撫で、

「酒呑、ペリーヌ君は領主として領地を復興させようと頑張ってるんだ。

 それなのに目の前の財には手を出さず、自力でそれを成し遂げようとしている。凄く偉いと思うよ」

「…………そういう人にこそ贈りたいんだけどね。まあ、それじゃあ仕方ないか。

 いや、残念だ。迷い家に倣って勝手に持っていくわけにもいかないし、…………はあ」

 なぜか酒呑は肩を落とす。軽く手を振って。

「ま、その意志を尊重しないわけにもいかないからね。

 ただ、君たちの事を歓迎したいのは本音。またいつでも遊びに来てよ。…………うん、そうだね」

 酒呑は真面目な表情で丁寧に一礼。

「ご宴会の席にはどうぞ当家をご利用ください。

 幼き英雄である皆さまを、化外の魔物である我々は心より歓迎いたします」

 

「うー、あそこがよかったー」

「……あははは」

 うつろ舟に乗りむくれるエーリカ。同感なリーネは曖昧に笑う。

 ちなみに、サーニャは不機嫌な仔猫のように威嚇するエイラに従ってエーリカの隣に座る。左腕にエイラはしがみ付く。

「ま、諦めなさい」

「さすがに二人も三人も抱える事はできないだろう。

 無理して落ちられても困る」

 トゥルーデの正論に肩を落とす。シャーリーは膝に乗るルッキーニを撫でて「ま、少しは譲ってやれ」

「ちぇー」

「ふふ、ま、前途多難な恋路でしょうけど頑張りなさい。

 私は別に誰も応援しないけどね」

 ミーナは楽しそうに笑う。恋路、改めてその言葉を聞き、リーネは頬を染めて、

「……恋、なのかな」

 ぽつり、サーニャが呟いた。

「む、違うのか? 違うのか?」

 恋路、改めてその言葉を聞きサーニャにしがみ付いたエイラは顔を上げる。その表情には微かな期待。違うならまだチャンスはある。

 そんなエイラを撫でて、

「酒呑さんとお話をして、酒呑さん、豊浦さんの事を師匠みたいなものって言ってました。

 先生としていろいろ教えてくれるような関係もいいなって、……だから、」

 サーニャは胸に手を当てる。ここにある気持ちが恋なのか、あるいは、

「慕っている、……この人に手を引いてほしいと思ってる、のかもしれないです。

 けど、」

 にやー、と笑うエーリカに、サーニャは笑みを返して、

「ふふ、けど、誰よりも一番、私の事を見て欲しいです」

「むー」

 むくれるエーリカと微笑むサーニャ。「それで、エイラはどっちに味方するんだ?」

「私に味方してくれるよね?」「それじゃあサーニャとられちゃうよー?」

 シャーリーの問いかけにサーニャとエーリカが追従。

「…………う、……」

 サーニャの味方をしたい。けど、とられるのはやだ。……だから、

「うう、豊浦のばかーっ」

「え? なんで罵られるの?」

「うるさいばかーっ! 全部お前が悪いんだーっ!」

「僕が何やったのっ?」

 向こうから混乱したような声を上げる豊浦。「ごめんね。エイラ」とめそめそし始めたエイラをサーニャは撫でる。

「わ、私だって負けませんっ! 私も、……私も、頑張りますっ」

 ふんっ、と拳を握るリーネ。ルッキーニは頷いて「えろりーねっ」

「それじゃありませーんっ」

「リーネっ、が、頑張るのは、……いや、だめだっ! そういうのはまだ早いっ! まずは頑張る内容をちゃんと報告してだなっ」

「バルクホルンさんに報告ですかっ?」

「なんだそれ、アプローチを事前報告とか、新しいなっ」

 愕然とするリーネとけらけら笑うシャーリー。……そして、

「ふふ、……ま、けど、それもウィッチとしての義務を果たしてからね」

「ん、もちろん、途中で投げ出すなんてしないよ。それに、」

 一息。

「学ぶこと、考えることも多いしね」

「ええ、そうね」

 頷く。鉄蛇や酒呑達、化外の魔物も他人事とは思えない。

 欧州にも伝説で語られる怪物はいくらでもいる。もしかしたら、今回の鉄蛇のように古くからあり、強大な力を得たネウロイもいるかもしれない。

 鉄蛇の情報は随時送っている。すでに調査について話は進んでいるだろう。そうなれば、さらに激しい戦闘が始まるかもしれない。

「みんな、上とも掛け合って早めに時間をとれるようにするわ。

 欧州、……いいえ、伝手のあるすべてのウィッチに、ここ、扶桑皇国で見聞きしたことを伝えていきましょう。

 規格外のネウロイも存在する。それを知らせて警戒を促すだけでも意味があるわ。……それに、」

 一息、ミーナは視線を前に向ける。

 そこに座る彼を見て、

「戦う意味を、考える事もね。……何も知らないまま戦うのもいいでしょうけど、その場合、怨霊に祟られる覚悟をする事ね」

 それぞれの理想、大切なものがある。それは、敵対する誰かも同じ。

 なら、それを知り、ただ否定するだけではない。せめて、敵対した誰かの謳う正義を、理想を知り、考えていかなければならない。

 否定し、拒絶し、葬るのではどこかに怨念が堆積する。扶桑皇国ではそれが怨霊として形作られたが、それぞれの国ではどうなるか解らない。

 だから、……ミーナは自分の手に視線を落とす。この国で学んだことを忘れないように、自戒するように言葉を紡ぐ。

「引き金を引く、これからはその意味を考えて、戦いましょう」

 

「座りにくくないかい? 芳佳君」

「ううん、大丈夫」

 芳佳は豊浦の膝の上に座り、空を舞う。

 ぽつり、と。

「豊浦さんは、欧州には来ないんだね?」

「そうだね。今のところ、僕はこの国から出るつもりはないよ」

 それが、自分の在り方だから。……と、豊浦は微笑み芳佳を撫でる。

「じゃあ、……戻ったらお別れ、だね」

 いつまでも欧州を空けているわけにはいかない。鉄蛇はすべて討伐した。これから横須賀に戻り、すぐに欧州に飛ぶ。

 清佳たちに挨拶をする程度の時間はあるだろう。……けど、それだけ、

 だから、

「…………そうだ。芳佳君。

 先に話しておこうかな」

「うん」

 彼の話、問いに豊浦は微笑み。

「強くなるんだよ」

「……え?」

 とても、とても端的な言葉。芳佳は戸惑い声を上げ、豊浦はそんな彼女を丁寧に撫でる。

「この国を、僕たちみたいな化外の魔物から守りたいのなら、もっと強くならないとだめだよ。

 鉄蛇との戦いを見てたけどね。あれじゃあ、守れないよ」

「…………うぐ、た、確かに、豊浦さんに比べたら、未熟、だけどお」

 この国を祟り害するなら止める。その意思は変わらない。……けど、豊浦はあれだけ苦戦した鉄蛇を一人で消滅させた。実際に戦って勝てるかは、自信ない。

「僕、だけじゃないよ。

 芳佳君、言仁には会ったね、彼にも、そして、尊治にもね。酒呑とならいい勝負は出来ると思うけど、…………何より、ね。とても強くこの国を怨んでる《もの》がいるんだ。

 尊治みたいに楽しんで戦おうとか、言仁みたいに無関心とも違う。動き出せば本気で滅ぼしにかかる。そして、彼は強いよ。彼なら鉄蛇を全部まとめて一撃で消滅させられるほどにね」

「そん、……な、に、……そんなのが、いるの?」

「顕仁、《天下滅亡》を請願しそれを形にする怨霊。その権能は言葉通り天下、万物の滅亡。

 人だろうがネウロイだろうが、あらゆる存在を滅亡させる。防御しても防御ごとね」

「そんな」

 想像も、出来ない。……そして、そんな存在にどう相対していいか、それも解らない。

 けど、

 ぎゅっと、拳を握る。永い、永い歴史を持つ扶桑皇国。そこに堆積した国さえ滅ぼす怨念。

 それを強く意識し、それでも、ここは大切な故郷、大好きな人のいる場所。……絶対に、守りたい。

 拳を握り、豊浦に視線を向ける。そこに不安あっても、迷いはない。

「それでも、私は守ります。

 その《もの》の声を聞いて、怨念を知って、出来れば、言葉を交わして、それでも、どうしてもこの国を滅ぼすのなら、私は、戦います」

 たとえ、その怨念を背負う事になったとしても、それでも、守りたい。

 きっぱりと告げる芳佳に、豊浦は少し寂しそうに、眩しそうに目を細めて、

「ん、……豊浦さん?」

 膝の上の彼女を抱きしめる。ぽん、と頭を撫でて、

「頑張る娘は僕も好きだよ。けど、無理はしないで、君の友達と一緒にね」

「…………うん」

 一人で抱え込み、一人で頑張ろうとしたこと、それを思い芳佳は神妙に頷く。気を付けないと、と。

 自分一人では手に負えない事なんていくらでもある。おそらく、豊浦の話した《もの》達はその誰もが自分一人では手も足も出ないような存在。……けど、

 けど、あの強力な鉄蛇を打倒したように、みんなで力を合わせれば、きっと出来る。

「大丈夫、私だけじゃない。みんなと、みんなで強くなるよ。

 豊浦さんにだって、負けないんだからっ」

 笑顔で応じる芳佳。豊浦は、大丈夫、そう思って彼女を撫でる。

 大丈夫、後ろで言葉を交わす少女たち、みんないい娘だから。……きっと、彼女を支えてくれる。

 遠い、遠い子である彼女を、……だから、きっと大丈夫。それが嬉しくて豊浦は微笑む。

「いつか、また帰ってきたら会おうね。……いろいろ教えてあげるし、紹介したい《もの》もいるんだ。それに、見てもらいたいところもね」

「ほんとっ!」

 思わず、声が跳ね上がる。豊浦は微妙な表情をしていたけど、尊治とはもっと遊びたいし、酒呑とも話をしたい。

 それに、四季の間は奇麗だったし、言仁の言っていた龍宮にも興味がある。扶桑皇国、この、大好きな故郷の、もっといろいろなところを知りたい。

 故の笑顔に豊浦は頷く。

「もちろん、友達も連れておいで、あの家に来れば、僕もすぐに行くからね」

 友達、後ろで賑やかにはしゃいでいる大切な仲間たち。魔境といわれると微妙な気持ちになるけど、この国の奇麗なところを一緒に見て回りたい。

 そしてまた、みんなで過ごしたあの家に戻って、

 けど、

「……………………出来れば、」

「ん?」

「豊浦さんと、二人きりも、いいな」

 告げて、「え?」と声を上げる豊浦。彼の問いはとりあえず横に置いて飛ぶ先を見る。戦場に向かう時とは違う、穏やかな空。そして、後ろにいる彼の事を感じる。

 男性の、大きな体。体重を預けて「つまりね。豊浦さん」

 疑問の声を出した彼に、わざと、小さな声をかける。ちゃんと聞こえなかったのか彼は覗き込み。

 

 近くにある彼の頬に、ちょんと、口付け。驚いたように目を見開く彼に、

「貴方の事が好きです。っていう事っ」

 華のような笑顔で、少女は思いを告げた。

 

//.扶桑皇国・横須賀市

 

 井上照、と名乗るウィッチがいる。

 

 光を操る固有魔法を持つ彼女。今回、《STRIKE WITCHES》の欧州帰還に合わせて、欧州でその能力を評価するために同行する。

 飛行、シールドを駆使した防御はぎりぎり欧州前線でも耐えられるレベル。だが、銃撃を含めた攻撃能力は低く、個人戦力としてはあてにならない。彼女の真価はその固有魔法にある。

 視界に届く光量を操作しての遠視。周囲の光を視界内に集中させての全方位視認。そして、他のウィッチの視界に光を集めることで彼女自身と同様の視界を得ることが出来る。もっとも、制御が面倒なためあまりやらないが。

 何より、夜間でも曇天と同程度の光を数時間にわたり確保することが出来る。これにより夜間戦闘が専用の訓練を受けていないウィッチでも可能となり、夜間戦闘に大きな貢献をはたせる。…………可能性がある。

 訓練では連続五時間の使用が可能であり、実戦に耐えうると計測されたがそれはあくまでも訓練の結果。実戦で同様の成果が出せるかは不明。何より、彼女の固有魔法をあてにして交戦し、その途中で固有魔法が解除されたら、夜間戦闘に慣れていないウィッチは唐突に闇夜での戦闘になる。そうなれば、全滅の可能性さえある。

 故の試験運用。扶桑皇国では太鼓判を押していたが、前線である欧州のウィッチからすれば有用そうだが同程度に扱いの難しさも感じている。ゆえに、あまり期待していないがとりあえず物は試し、という形の派遣となった。

 そんな事情で欧州に向かう彼女は、横須賀市近くにある山村の空き家を訪ねる。そこで庭の掃除をしている彼を見て、笑みを浮かべた。

 

「こんにちは、このたびはご活躍お疲れ様です。豊浦臣」

「……なんで、君がいるの?」

 視線は鋭く冷たい。まるで、

「なんでって、挨拶に来たんですよ。

 私、欧州に行く事になりましたから、ほら、あの、すとらい、く、うぃっちーず? でしたっけ? この国に来た、あの、可愛らしい英雄たちと一緒にね」

 くすくすと笑う。対照的に、豊浦の視線はさらに冷たくなる。……おそらく、芳佳がいたら震えあがるであろう、国を滅ぼす怨霊にふさわしい目で彼女を睨む。

「なにを企んでるの?」

 

 彼の問いはウィッチに向けられるものではない。だって、彼女は、正確にはウィッチではない。

 かつての皇女。伊勢斎王として日の女神に仕え、皇后として生き、けど、讒言により愛する子とともに投獄、そして、殺された。

 殺された。……だから、龍と語られ都を祟り帝を呪い、平安の名を冠した一つの時代の始まりを彩った兇悪な怨霊。

 

「なにって、楽しそうな事ですよ」

 井上廃后は、嗤った。

 

//.扶桑皇国・横須賀市

 





 以上でこの御噺は終わりとなります。お付き合いいただき誠にありがとうございました。
 タイトルを見てもわかる通り、完全に趣味に走った御噺です。原作に忠実なストライクウィッチーズの二次創作を期待していた人には期待外れだったと思います。

 相変わらずジャンルは不明。日常も戦闘も恋愛も思った事を詰め込んでみたので楽しく書けました。
 ネウロイさえ独自進化のタグのもと好き勝手やりました。やりすぎた感はありますが。この辺りも許容できればストライクウィッチーズの二次創作は話の幅が一気に広がりそうです。ブリタニアの白い竜(ネウロイ)復活。それを機にアヴァロンに籠っていた古代のウィッチ(ウィザード?)のアーサー王がウィッチたちと共に戦うとか。いくらでもネタは出てきそうです。

 何はともかく無事完結。
 ウィッチたちを可愛く書けてればいいなあ。……それと、蘇我豊浦がちゃんと書けている事を願います。
 蘇我豊浦(=聖徳太子 =蘇我入鹿)という設定のために非常に複雑な背景のお方。それに違和感のないキャラクターとして書けていればいいのですが、いかがなものだったでしょう?

 メインテーマは歴史から抹消された《もの》たちの行きつく場所。
 高名なとある民俗学者は山人を縄文人の末裔と定義したそうですが、個人的な解釈は歴史に埋没させられた蘇我、物部、三輪、葛城といった古代豪族の末裔と考えています。
 もちろん、確証はありません。気楽にネタにする古代史と妖怪の話などそんなものでしょう。もとよりフィクションの二次創作、『私の考えた日本史』をねじ込むにはちょうどいい舞台です。
 御噺のいろいろなところにその手のネタをねじ込んでいます。蘇我と陰陽の関係や、登場した将門が豊浦の事をひょうすべと呼んだこと、豊浦が言仁の事を蛇と呼んだこと、がそうですね。好きなんですよ。その手の妄想を膨らませるのが。
 もし、興味があったら追いかけてみてください。もっとも、歴史に関わる事ではあっても、真っ当な歴史(大河ドラマとか)好きに話したところで、何言ってんだこいつとかいわれるのがオチでしょうけどね。
 では、長くなりましたがこれにて閉幕。

 おしまいにこの一説を、

「国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。」
 ――――『遠野物語』より、

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