怨霊の話   作:林屋まつり

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五十一話

 

「四季の間は楽しかった?」

 四季の間を出る、と。そこで豊浦が声をかける。答えは、

「うん、全部扶桑皇国の景色なんだね。本当に、凄く奇麗だった」

 芳佳が頷く。自分の故郷。その、とても美しいところを見れた。それが嬉しい。

「そうだな。……あまり景色とか見ることはなかったが、確かに見事なものだった」

「扶桑皇国は景観が自慢だって美緒も言ってたけど、嘘じゃないわね」

 トゥルーデとミーナが応じ、他のウィッチたちも頷く。奇麗だった、と。

 それを聞いて芳佳は胸を張る。その横でどや顔の豊浦。並んで誇らしそうにしている扶桑皇国出身者。

 だから、

「まあ、確かに見事でしたわ。

 けど、わたくしの故郷、ガリアにはもっと美しい場所がありましてよ。極東の魔境なんかに負けませんわ」

 ペリーヌが笑って告げる。そして、サーニャはエイラの手を取って、

「私たちの故郷も、奇麗なところたくさんあるよ。

 ね? エイラ」

「ふっ、当たり前だ。

 寒帯国の雪景色舐めるなよ。極東の魔境なんか目じゃないくらい神秘的で奇麗なんだからな」

 エイラの言葉にサーニャもこくこくと頷く。

「ミーナっ、景観が自慢ってんだったらカールスラントだって自慢できるでしょっ!

 シュヴァルツバルトもっ、ラインもっ! 極東の魔境にはないいいところはたくさんあるよっ! こーんなこじんまりとした国には真似できない雄大な自然がねっ」

「あら、それもそうね。……ふふ、忘れてたわ」

「むっ、芳佳君。欧州列強が攻勢に転じたね。ここは負けないようにしないと」

「むー」

 並んで難しそうな表情を浮かべる扶桑皇国出身者。リーネは親友の劣勢に助け船を考えて、……考えて、

「あ、あのっ、芳佳ちゃんっ、豊浦さん、ブリタニアは、景観とか文化はまきょ、……扶桑皇国に負けてないですけど、けどっ、ドラゴンとかいないし、…………ええと、……ふ、普通じゃなさなら扶桑皇国には劣りますっ」

「そーだな。リベリオンも扶桑皇国ほど魔境っぽくないな。

 魔境レベル、だけ、は扶桑皇国に劣るな」

「えー、ロマーニャは魔境レベルでも扶桑皇国に勝ちたいっ!」

「何ですか魔境レベルってっ!」

 それだけはガリアもカールスラントもスオムスもオラーシャも劣るらしい。みんな頷く。

「豊浦さんっ、変なレベル設定されてるよっ」

「ふふ、勝ったね芳佳君」

 どや顔継続の豊浦。

「いいの?」

「まあ、人でなしがたくさんいるってだけだしね」

 思わず納得する芳佳。それじゃない、と。思い直したところで、

「おーいっ」

「鬼童丸?」

 ぱたぱたと鬼童丸が駆け寄ってきた。彼女はぴたっ、と停止し、

「百鬼夜行の準備出来たってっ! ほらっ、早く行こうぜっ」

「百鬼夜行? ……ええと、お祭り、だっけ?」

「お祭りっ!」

「おうっ、いつもは船岡山でやるんだけど、最新の英雄もいるし、それでこっちでやってくれるってさっ」

「そう、悪いわね。いろいろ融通してもらって」

 恐縮するミーナに鬼童丸は笑って「いーんだって、どいつもこいつも好き好んでやってるだけなんだから、気にするなっ」

「そう、……それで、百鬼夜行ってどんなお祭りなの?」

 祭り、自分たちが来たことを歓迎してくれる、というのもあるだろうが、何せ聞いた事もない名前。興味がある。

「そうだね。…………ああ、うん、……扶桑皇国の、ある意味、極みだよ。

 異国にはないと思うから驚くこともあると思うけどね」

 極み、と。怨霊はそういって笑った。

 

「ここで待ってればいいの?」

 屋敷の庭。そこでウィッチたちは待機。夕暮れ、薄闇が迫り夜が近づく時間。暮れゆく陽だけが灯を投げかける闇の中。

「あうう、怖い」

 何かが出そうな、薄い、闇。ルッキーニは豊浦の足につかまり不安そうにしている。

「なにか、……変、です」

 サーニャは眉根を寄せて辺りを見る。ナイトウィッチ、活動のほとんどが夜であるサーニャにとって、この闇には違和感がある。

 暗い、昏い、くらい、闇。…………ぱきん、と。

「え?」

「なに、いま、の?」

 

 何かが、壊れた音。

 

「あ、来たよ」

「え?」

 豊浦の言葉。そして、それがいた。

「え? え?」

「なに、あれ?」

 ぱたぱたと、駆け寄ってくるのは奇妙な動物。あるいは、鳥。

 鳥、人と同じ体格、二足で走り、両手に炎を宿した鳥。それが駆け寄ってくる。そして、それを皮切りに、

「…………うわ」

 続くのは烏帽子をかぶった青い肌の何か、龍のような頭の亀に乗った蛙が続く。

 装飾のある棒には蜻蛉のような羽が生え空を飛び、頭蓋を猫のそれと入れ替えたような骸骨が紙を括り付けられた棒を振り上げ踊っている。それと一緒に踊っているのは石材で出来た人、の形をしたもの。

「な、……なに、これ?」

 鬼、化外の魔物と名乗る酒呑達とは違う。明らかな異形。思わず、硬直するウィッチたち、豊浦は苦笑。当たり前だよね、と。

 そして、鬼童丸は首を傾げて「どうしたんだ?」

「ああいった《もの》が珍しいんだろうね」

「え? そうなのか?」

 ともかく、一番先頭を走っていた鳥が近づいてくる。ぱたぱたと駆け寄り、立ち止まる。

「こんばんわ、豊浦臣。鬼童丸殿。

 本日はお招きいただきありがとうございました」

 異形とは思えない謹直な一礼。ウィッチたちは意外に思い。

「それと、こちらが最新の英雄たちですか。お会いできてとてもとても喜ばしい事です」

 ぺこり、頭を下げる。反射的にウィッチたちも頭を下げる。

「驚いた?」

「そりゃあ、驚くっていうか、……え? ええと、人、じゃないよな?」

「人でなしならここにもいるだろっ?」

 なぜか不満そうに自分を示す鬼童丸。

「そうだよ。人とは違う化生たちだね。

 まあ、大丈夫、君たちを害する事なんてしないから、ほら、怖くないよ」

 豊浦は後ろに隠れているルッキーニに軽く笑みを向ける。鬼童丸は不満そう。

「なんだよそれーっ! 俺は鬼だぞっ! こいつらよりずっと強いのに何でこっちを怖がるんだよっ! 納得いかねーっ!」

「どうどう、落ち着いてくだされ鬼童丸殿」

 けらけら笑ってその異形は応じる。……異形、…………けど、

 怖い、けど、ルッキーニは恐る恐る顔を出す。

「怖く、ない?」

「ネウロイの方がよほど怖いよ。

 彼らは君たちを害する事はしないから、ね?」

「へえへえ、豊浦臣や酒呑殿、尊治様のご友人ならば害するなんてとてもとても」

「ましてや伝え聞く最新の英雄様。我々こそ退治されてしまうのではないかと不安なばかり」

「おお恐ろしや恐ろしや。護法童子のように杖で打つのは勘弁してくださいませ」

「尊勝陀羅尼の火で焼かれるのも嫌ですなあ」

「太陽が照らす昼から追われて、」

「電灯が煌めく夜から逃げ出し、」

「誰も彼も解らぬ逢魔が刻にのみしか居場所がないのなら、」

「どうぞこの短い時間を歓待に使わせてくださいませ」

 重なり重なる言葉。異形の彼らの言葉。

 温かくて、寂しくて、優しい、哀しい重なり合う不思議な響き。

 

 そんな言葉を聞いて、彼女たちは手を伸ばした。

 

「つく、も?」

 リーネは、その聞きなれない単語を繰り返す。彼女の隣を歩くのは猫の頭蓋を持った骸骨。それは紙の括り付けられた棒、幣を振り回して、

「リーネ様は異国のお方のようで、ならばご存じないのも無理はありませぬ」

「私たちは神より形を与えられた《もの》。神の慈悲により歩き語ることを許された《もの》」

「ひゃっ?」

 声、振り返ると大きな蛙がのそのそと二足で歩いている。猫の骸骨は幣で蛙を叩いて、

「これ、お客様を驚かせてはいけないぞ」

「あいや申し訳ない。ついついお話してみたくて割り込んでしまいました。お許しくださいませ」

「こやつめも誠心誠意謝っていますが故、どうぞ許してやってくだせえ」

「あ。ええと、はい」

 誠心誠意謝っているといわれても、見た目は蛙。表情らしきものに変化はない。

 きょときょとした顔。なんとなく笑ってしまいそうになるのを堪えて、

「私は大丈夫、怒ったりはしません。あの、だから、いろいろ教えてください」

「それならよかったよかった」

「では一席、語らせていただきましょうぞ。

 我々はつくも、異形の化生、神に形をいただいた化外の魔物。人ではないがゆえに昼にも夜にも居場所はなく、逢魔の刻のみあることを許される弾かれ《もの》」

「ゆえに我々は集まり皆で騒いてばかりいる享楽《もの》。

 あることが出来るのは短い時間、その境界を踏み越えればたちまち異形として討伐されてしまうでしょう」

「ならばこそ、あることが許されるこの一時を楽しんでばかり、遊んでばかりなのであります」

 猫の骸骨はそういって締めくくる。とりとめのない言葉の連続。……けど、

「それは、寂しくないです、か?」

 逢魔が刻。……聞き覚えのない言葉だけど、おそらく今頃、夕方ごろの事。ただ、その時しか存在できない、と。

 もし、それ以外の時間にどこかにいたら異形ゆえ討伐されてしまう。……それは、寂しくないのか、と。

 リーネの問いに蛙はけろけろ音を上げる。

「たとえあることが出来る時間は限られても、我らが御魂、神より賜ったものならば例え異形であったとしてもその在り方を是として楽しまねば祟られる」

「それに、豊浦臣や酒呑殿、助けてくれる方もいらっしゃる。

 最近は崇徳帝や顕徳帝も御行幸くださいます。幸いかな、幸いかな」

「…………神、様」

 権力者に恵む神、とは違うだろう。

「我らを形作った神。万物の意思を是として形にした神です」

「あいや待たれよ。リーネ様は異国のお方。

 ならば、神というものを知らぬかもしれませぬ。我らが崇敬する神とはいえ、知らねば仕方ありませぬ」

「…………し、か?」

 服を着た鹿のような《もの》がとことこと顔を出した。

 服を着た、……違和感がある。よくよく見れば服を着ているのではない。服の部分はほぼ空洞で、服に鹿の首から頭、そして、四肢と尾がある。

「それは申し訳ない。……だがはて、なんと説明したらよいものか」

 おそらく、難しい表情を浮かべているであろう蛙と鹿と猫の骸骨。なんとなくその様子が面白くてリーネは、思わず小さく笑う。

「あ、ごめんなさい」

 注目を集めて慌てて謝る。鹿は、かくん、と首を傾げて、

「謝ることなんてありませぬ。笑ってもらって大いに結構」

「笑う門には福が来る。ならば存在が許される僅かな時間、笑わねば損をする。笑えば福が来るのなら笑う事は大いに結構」

 けろけろと蛙は声を上げる。リーネは微笑。頷いて、

「えと、神様というのはなんとなく、解ります。

 皆さんは命を与えてくれた神様に感謝をしているんですね」

 例え表情の読めない異形であっても、なんとなく、嬉しそうな雰囲気。それは伝わる。

「それはもちろん、不便はあります。不安はあります。

 けれど、こうしてあることは楽しいが故、それを許した神に感謝をせねば祟られる」

「不便はあります。不安はあります。

 けれどそれさえ楽しむのが我らが化生の心意気。もとより討伐される化外の魔物ならば、あらゆる境遇を楽しんでこそでしょう」

「鬼より脆弱で、怨霊より矮小なれど、ここにあるこの時を楽しむ心意気にかけては決して劣りはしますまい」

 不便でも不安でも、存在を許した神に感謝し、存在する事を楽しんでいる。……リーネは辺りを見渡す。

 いろいろな《もの》がいる。けど、みんな陽気に楽しんでいるように見える。自分の仲間たち、ウィッチたちも少しずつそれに慣れて、受け入れられていく。一緒に遊び始めている。

 扶桑皇国の極み、と。豊浦は言った。

 あるいは、こういうのを目指していたのかもしれない。あらゆる《もの》が、存在を許した神に感謝し、存在する事を楽しむ世界。

 そんな世界を、いいな、と思ったから。

「あ、リーネ君。いろいろとお話聞いてるみたいだね」

「豊浦、……さ、ん?」

 ことことと、木製の玩具のような馬、らしきものに乗った豊浦。

「ええと、それは?」

「…………さあ?」

 玩具のような馬が何なのか、豊浦もよくわかっていないらしい。ことことと、リーネの所へ。

「ではでは、我々が語るべきことは語りました」

「リーネ様、豊浦臣とお話をするがよろしかろう」

「豊浦臣はつくもとは異なる怨霊なれど、多くの事をご存じ故」

 そういってのそのそとつくもたちはどこかへ。えーと、と首を傾げるリーネ。

「じゃあ、少しお話ようか。リーネ君、乗る?」

 

 ちょこん、とリーネは豊浦の膝の上に乗る。結構高い。

「わ、……わっ」

「ん、と。大丈夫かな?」

「あ、はい、大丈夫です。それで、お話は?」

「うん。前にリーネ君が聞きたがってた神話でも話そうか」

「はい、お願いします」

 膝の上に座って、背を豊浦に預けて、…………ちょっと嬉しい。

「昔ね、大国主、という神様がいたんだ。

 その神様が岬に立っているとね。海の向こうから小さな神様がやってきたんだ」

「小さな?」

「うん、蛾、くらいの大きさらしいよ」

「……それは、本当に小さいですね。そんな神様もいるんだ」

 竈神、は、台所にある竈の上に下げられた黒くて大きくてごつくて変なお面。本当に扶桑皇国にはいろいろな神様がいる、と感心する。

「そうだよ。とりあえず大国主神はどちら様か聞いてみたんだけど、その小さな神様は答えないでね、大国主神はほとほと困ってしまったんだ」

「ふふっ」

 不意に、小さな笑みがこぼれる。不思議そうに視線を落とす豊浦にリーネは笑みを見せて、

「ごめんなさい。

 ただ、こんなことを言ったら怒られるかもしれないですけど、……その、神様でも困ることがあるんだな、って」

 全能、神のイメージはそこに集約される。だから、神も困るという事に親しみを感じてしまった。

「ううん、そんな事はないよ。どちらかといえば嬉しいかな」

 頭を撫でられる。ことことと、揺られながら。

「それでね、困り果てた大国主神は周りのみんなに助けを求めたんだ。この小さいのが何なのか知らないか、って。

 そしたら、たにぐぐがくえびこなら教えてくれるって言ったんだ」

「あ、ちゃんと知っている神様もいたんですね」

 どんな神様だろう、と。

 大国主、大いなる国の主、とても立派な名前の神様。そんな神様に助言する神。賢者、と。そんな言葉を思い浮かべて、

「うん、たにぐぐは蟇蛙でくえびこは案山子」

「へ?」

 思わず、そんな意外すぎる回答を聞いてきょとんとする。

「か、……かえる?」

「そうだよ。ほら、谷でぐーぐー鳴いてる」

「ええと、……確かに、谷で、…………え?」

 蟇蛙、一応。知ってる。大きな蛙。……けど、

「意外?」

「うん、大国主神って、凄い偉い神様と思います。

 そんな神様が、蛙さんを頼ったのが、ちょっと驚きました」

「そうだね。意外だよね。けど、僕はこういうのが好きなんだ」

 好き、と優しく語る豊浦。リーネは小首を傾げ、直接答えるつもりはないらしい、ぽん、と。撫でて、

「それでね。その後大国主神はその小さな神様と一緒にお酒造りや温泉を見つけたり、協力して国造りをしたんだよ」

「小さくても活躍したんですね」

 偉大な神様と、その横にいる小さな神様。揃って国造りという大きな仕事をやり遂げる。

 もちろん、蛙や、案山子や、いろいろなものと協力して成し遂げたのだろう。……いいな、と。思う。

 自分たちも同じ、いろいろな国から集まって、一つの事を成し遂げようとする。そして、それだけじゃない。

 自分たちだけじゃない、静夏たち《STRIKE WITCHES》以外のウィッチとも、淳三郎のようなウィッチではない軍人とも、清佳のような民間人とさえ、

 協力して、またこの世界の平穏を取り戻す。そう思うと、とても誇らしくて、嬉しい。

 そして、…………もし、我侭が叶うなら、

「そうだね。もちろん小さいから出来ることも限られた。けど、大国主神にはない知恵があった。

 記されているわけじゃないけど、きっと、そのあともたにぐぐやくえびこも、協力してくれたんだと思うよ」

「ふふっ、はいっ」

 思わず笑みがこぼれる。偉大で格好いい神様。その傍にちょこんとした神様。ちぐはぐな二柱の神様による国造りという名の偉業。

 けど、解らない事も多いからいろいろな《もの》に頼って、そのたびに和が広がっていく。

 和を以て貴しとなす、……豊浦はそう言っていた。きっと、彼が目指しているのはそんなあり方。だから、自分たちもそうなっていければいいな、と。

「そう、こんな世界だよ。リーネ君」

 そういって彼は軽く手を振る。それが示すもの、

「そうですねっ」

 最初の不安はどこへやら、木や石、鳥や兎や蛙、骨や何かの道具。様々なつくも達と遊ぶ仲間たち。

 楽しそう、……だから。

「ねっ、豊浦さん。

 私たちも、一緒に遊ぼう」

 こうして馬に揺られるのもいいけど、下りてみんなと遊ぶのも楽しそうだから。

 リーネの言葉に豊浦は頷いて「それじゃあ、みんなと一緒に遊ぼうか」

「はいっ」

 笑顔を交わし、二人は玩具の馬から飛び降りる。百鬼夜行は、まだ終わらない。

 

 ――――誰かが見た夢のように、まだ、終わらない。

 


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