怨霊の話   作:林屋まつり

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五十話

 

「さて、次は秋の間だね。……えーと、大丈夫かい?」

 豊浦は苦笑。ミーナを含めて、散々遊び回ったウィッチたちは結構な疲労。ぐったりしている。

「あうう、……疲れたー」

「じゃあ、次はのんびりしようか」豊浦は懐中時計を取り出して「…………いや、お昼ご飯にしようか」

「ああ、そういえば、もうそんな時間なのね」

 時間を意識し、……ふと、ミーナは彼を見る。

 そう、もうそんな時間。……そして、明日には扶桑皇国を離れる。欧州をいつまでも空けておくわけにはいかない。鉄蛇を撃破したなら速やかに帰投しなければならない。

 けど、

「ん?」

 視線を感じて豊浦は首を傾げる。ミーナは彼に笑みを見せ、

「何でもないわ。…………ううん、豊浦さんはお年寄りだって思い出したのよ」

「え?」

 あまりにも唐突な言葉。豊浦もきょとんとする。……けど、それでいい。

 彼なら、また、遠い先でも遊びに来れば受け入れてくれる。また、変わらず一緒に遊んでくれる。

 何せ、永い時間を変わらず、こんな風に在り続けていたのだろうから。

 だから、離れてもまた遊びに来ればいい。…………そう思うとなんとなく力が抜けた。

「まあいいか。……それじゃあ、秋に行こうか」

「すごく不思議な言葉だね。それ」

 力の抜けたような表情の芳佳。ミーナは全面的に同意した。

 

「うわーっ」

 エーリカは辺りを見渡して驚嘆の声。

 場所は林の中。そして、色は、赤と黄。見渡す限りの紅葉。ひらり、はらり、舞い落ちる様々な色の葉。

「ほう、……これは見事だな」

 トゥルーデは木々を見上げて呟く。燃えるような赤、日を浴びて煌めく黄。

 トゥルーデも紅葉の事は知っている。視界を埋め尽くす色彩がただの葉っぱであることも知っている。

 けど、

「奇麗」

 ミーナがうっとりと呟く。ただの葉。とはわかっていても視界を埋め尽くす美しい色彩は驚嘆に値する。

「紅葉ですわね。……ええ、知っていますわ。

 ただ、改めてみると圧巻ですわね」

 ペリーヌも故郷で見た事はある。けど、視界を埋め尽くす紅葉を見ることは少ない。ましてや、最近はそんな余裕をなくしていたのだから。

「あ、そうそう、紅葉って天麩羅にして食べるらしいよ」

「…………あ、ええ、……そうですわね。扶桑皇国の人ならやりかねませんわね」

 なんとなく理解しがたい情報だが、扶桑皇国ならそれもあり得る。ペリーヌは意外に思う事さえなく納得。

「いや、私、聞いた事ないんだけど、……っていうか、なんでペリーヌさん。そんな自然に受け入れてるの? 不思議じゃないの?」

「え? だって、雑草に衣をつけて火を通せば食べれるのが扶桑皇国の人ではありませんの?」

「紫蘇ですーっ!」

 なぜか横でどや顔の豊浦を芳佳は打撃。

「けふっ、……まあ、いいや。

 それじゃあ、お昼ご飯にしようか。……それとも、移動する? ここだと紅葉が落ちてくるけど」

「ここがいいです。……紅葉、奇麗」

 とろん、とした目で紅葉を見上げるサーニャ。豊浦は笑って「それじゃあ、ご飯にしようか」

 ばさっ、と楽しそうに茣蓙を広げる豊浦。「やっぱり茣蓙なんだな」

「ん? いやかい」

「いんや、別に、で、……昼飯は?」

「うん、あるよ?」

 豊浦が広げた茣蓙の上にはなぜか重箱。「いつ、ここにあったんだ?」

「さあ? まあ、それじゃあ皆で食べよっか」

 ぽんぽんぽん、と。茣蓙の上にどこぞから取り出した大量の重箱を広げる。おにぎりやから揚げ、卵焼きなど、色とりどりのおかずが詰め込まれた重箱。

「へー、うまそうだな」

 シャーリーの感想に豊浦は胸を張って「そういってくれると作った甲斐があったよ」

「豊浦が作ったのか、それは楽しみだ」

「いろいろ作ったからねー、さ、どんどこ食べて」

「どんどこ?」

 ともかく、それぞれ手を合わせ「「「いただきます」」」と、声をそろえる。

「ん、ピクニックみたい。こういうのも楽しいね」

 おにぎりを手に取り芳佳は笑う。リーネも笑みを返して「うんっ」と応じる。

「こういうのもいいものだな」

 緑茶を飲んでトゥルーデも一息つく。

「そっか、バルクホルン君は真面目だから、こういう風に遊ぶのはあまり好きじゃないと思ったけど」

「…………別に、私だって仕事をしてばかりではない。そこまで堅物ではない」

「そうだよねー、妹のお見舞いで私用厳禁のストライカーユニットを持ち出すくらいには不真面目だもんねー」

 にやー、と笑うエーリカ。トゥルーデは彼女を睨んで「うるさいな」

「妹さん?」

「ああ、クリス、クリスティアーネ・バルクホルンだ。

 活発で明るい、とても可愛らしい妹だ」

 誇らしそうに胸を張るトゥルーデ。ウィッチたちは集まって、

「始まったよ。トゥルーデの妹自慢」

「謙遜は美徳、とは少なくともバルクホルンさんにはないのですわね」

「っていうか、いきなり身内を可愛いとかいうか?」

 トゥルーデは拳を振り上げる。エーリカとペリーヌ、エイラはミーナの後ろに隠れる。

「確か、芳佳ちゃんに似てるんですよね?」

 リーネがかすかに首を傾げて問う。そんな事、聞いた事がある気がする。

「ああ。だが、クリスの方が美人だぞ。……あ、いや、宮藤が悪いというわけではなくてなっ」

 胸を張り、けど、慌てて言葉を繋げるトゥルーデ。その事は芳佳も聞いているので、気にしてません、と軽く笑って手を振る。

 相変わらずこそこそ話をする三人を拳を振り上げて威嚇し、

「そうだな。豊浦に会ってもらうのもいいかもしれないな」

 いろいろな経験を積んでいる彼だ。入院中でほとんど外に出ることが出来ないクリスにとって、彼と話をするのはいい刺激になるだろう。

「バルクホルン君の妹さんか。きっといい娘なんだろうね。お姉さんと同じで」

「もちろんだっ、私の自慢の妹だっ」

 胸を張るトゥルーデ。……けど、それはつまり、

「豊浦さん、欧州に来てくれるの?」

 微かな期待を込めての問い。一緒に戦って欲しいとは言わない。ただ、遊びに来てくれるだけでいい。

 …………そして、出来れば、

「そうだね。……機会があれば遊びに行くのもいいかな。

 その時は、リーネ君。いろいろ案内してくれる?」

「は、はいっ、もちろんですっ!」

 二人で一緒に街を散歩、買い物をして、お食事をして、…………そんな期待に胸を高鳴らせる。自然、頬が緩む。

「そうだね。基地があるのはブリタニアだし、リーネちゃんの故郷だよね」

 なら、リーネが案内するのが一番いい。そう思って芳佳は応じる。そんな彼女に聞こえないように、そっとペリーヌはリーネの耳元に顔を寄せて、

「リーネさん。デートのお誘いのように聞こえますわよ?」

「はうっ?」

 こっそりと考えていたことを当てられ、リーネは変な声を上げる。振り返る。しっとりと微笑むペリーヌ。

「大丈夫。わたくしは味方ですわよ」

「うー」

 味方。その意味は分かる。エーリカも、サーニャも、それに、……一番の親友も、けど、

「お、……お願い、します」

「ふふっ、ええ、リーネさんには復興を手伝ってもらった恩がありますものね」

 恩を返す、という割にはなぜか楽しそうに笑うペリーヌ。大丈夫かな、とリーネは少し不安になるけど。

 ともかく、

「さて、それじゃあ、そろそろ準備しようかな」

 不意に豊浦が呟く。リーネは首を傾げて「準備?」

「そ、甘いもの。……ええと、…………なんていうんだっけかな。

 あ、そうそう、でざー、と、……だったかな」

「あら、気が利きますわね」

 もちろん、ペリーヌも少女として甘いデザートは大歓迎。豊浦は笑顔で頷いて、

「それじゃあ、焚火の準備をしようかな」

「…………話がまったくつながっていませんわよ」

 豊浦はデザートを用意するために、枯葉を集めて焚火を始めた。

 

 ぱちぱちと焚火の音。

「あのさ、なんでこれでデザートが出来るんだ?」

 豊浦がデザートを用意してくれる。それを聞いて舞い上がっていたエイラは焚火を見て首を傾げた。

「扶桑皇国の菓子は焚火で作るのか?」

 トゥルーデも不思議そうに首を傾げる。けど、

「ふふ、出来てからのお楽しみですっ」

 彼が何を作ろうとしているのか、扶桑皇国出身の芳佳には見当がつく。もちろん、その味も、

 それを思い出して頬が緩む。嬉しそうな芳佳の表情を見てトゥルーデはさらに首を傾げる。

「そろそろできたかなー」

 木の棒でアルミ箔に包まれた物を転がし焚火の外へ。

 煤のついたアルミ箔。それに触れて満足そうに頷く。

「うん、大丈夫そうだね」

「…………何がですの?」

「それがデザートか?」

「そ、あ、エイラ君。ちょっと待っててね」

 豊浦はアルミ箔を剥がして、その奥にある新聞紙を適当に剥がして捨てる。最後に皮を剥く。

「おっ、美味しそうだなっ」

 美味しそうな焼き芋。それを見てエイラは目を輝かせる。

「凄い、ただ焼いただけなのに美味しそう」

 リーネも驚いたように呟く。ただ、焚火の中に入れて加熱しただけ、それだけなのに驚くほど美味しそうだ。

「甘くて美味しいよ。

 あ、豊浦さん、私ももらっていい?」

「いいよー、適当にとってね。みんなの分はあるから。

 はい、エイラ君」

「ありがとっ、豊浦っ!

 サーニャっ、一緒に食べよっ」

「うんっ」

「あ、エイラ君。半分に割るなら、…………えーと、はい、軍手とアルミ箔。熱いから気を付けてね」

「ん、ありがと。はい、サーニャ」

「ありがと、エイラ。ふふ、半分こだね」

「あ、ああ、……えと、熱いから気を付けろ」

「うん」

「はい、リーネ君」

「あ、ありがとうございます」

 豊浦の差し出した焼き芋を手に取る。

「焚火に芋を入れるだけ」

 何かぷつぷつと呟いているペリーヌは焼き芋を一口。ほう、と一息。

「美味しい、……こんな簡単にこんな美味しいものが作れるなんて、…………なんか悔しいですわ」

 リーネも一口。甘くてほくほくしていて、自然に笑みが浮かぶ。

「ペリーヌ君の故郷には、あまりないのかな?

 これ、薩摩芋っていうんだけど」

「聞いた事がありませんわ。

 リーネさんは?」

「私も、聞いた事がないです」

「薩摩芋はね。とても育てやすいし、やせた土地でも育つんだ。

 だから、扶桑皇国だと救荒作物として重宝されていたんだよ」

「きゅうこう?」

 知らない単語にペリーヌが首を傾げる。

「ああ、飢饉の対策だね。エネルギー源として有効で育ちやすいから、気候の変化でお米がとれないときとか。とても役に立ったんだ」

「なるほど、……そうだったんですわね。勉強になりますわ」

「私の実家も、近くの農家さんからもらった薩摩芋を干し芋にしたりしてるよ。

 保存も出来るし、甘くて美味しいんだあ」

「そうですの」

 育ちやすく保存も出来る。調理も簡単。……これは調べる価値がありますわね、と。ペリーヌは薩摩芋、と記憶にとどめておく。

「それにね、ペリーヌ君。

 いいかい、薩摩芋から、酒が出来るんだ」

「え? ……え? そうだったんですの?」

「そうだよ。扶桑皇国では米からも酒を作る。麦からも、蕎麦からも、ジャガイモからも、栗からも酒を作るんだ」

「酒のこだわり強すぎますわねっ」

 

「はあ、……甘くて美味しい。

 薩摩芋、……なんてカールスラントにあったかしら?」

 うっとりと焼き芋を食べるミーナ。二つ目。

「今度リーネに聞いてみれば? 実家商家だし、何かあるんじゃないの」

「そうかもしれないわね」

「さっき聞こえたが、エネルギー源としてもいいらしい。私たちも学んで損はないかもしれないな」

 いずれ、ネウロイ撃滅のために長期の行軍もあるかもしれない。食糧の現地調達が厳しくなる可能性、あるいは、輸送路が寸断される可能性もないわけではない。

 可能性としては低いだろうが、学んでおいて損はないだろう。

 ミーナは頷き、ふとエーリカは「エネルギー源」と、零す。

「どうした? いい事だと思うが何か問題でもあるのか?」

「いや、超距離行軍だと必要だと思うよ。……けど、」

 不意に、エーリカは自分の腹に触れる。

「太らないかな?」

 ぴた、…………と、三人のみならず他のウィッチたちも動きを止める。

「うむむー? はむー?」

 例外は一人、ルッキーニは首を傾げて薩摩芋を飲み込み。

「お兄ちゃんっ、おかわりーっ」

「はい、ルッキーニ君。美味しい?」

「美味しいっ! いっぱい食べたいっ」

「そう、じゃあ遠慮しないでいいからね」

「やったーっ」

 という会話はおいておいて、

「や、やっぱり太るの?」

 恐る恐る芳佳は手の中の焼き芋を見る。リーネはふるふると震える。

「いや、エネルギー源とか、……それに、甘いものを食べると太るっていうし」

「た、確かに腹持ちはいいな」

 少女たちは集まりぽそぽそと相談開始。手の中には美味しそうな焼き芋。

 甘くて美味しい。食べたい。…………けど、太るかもしれない。

 甘味を前に陥る少女たちのジレンマ。特に、

「うー」

 気になる異性がいるならなおの事。リーネは難しい表情で焼き芋と豊浦との間で視線を行き来させる。

「だ、大丈夫だっ、ほら、私たちウィッチだし、いつも空飛んでるしっ」

 シャーリーが手を振りながら応じる、が。

「それは、運動になるのかな」

 芳佳のその一言で動きを止めた。

「エイラ、…………私、太っちゃうのかな?」

「え、……あ、だ、大丈夫っ、大丈夫だっ、サーニャは少しくらいふと、……ふ、…………ふ、ふっくら、……し、してても可愛いからっ」

「ありがとう、エイラは優しいね」

 必死に言葉を選択するエイラにサーニャは淡く微笑む。

「なになにー? 何の話?」

 焼き芋を片手にぱたぱたと駆け寄ってくるルッキーニ。彼女たちはどんよりとした視線を向ける。

「なにっ? どうしたのっ?」「あ、あれ? あまり美味しくなかった?」

「お、美味しいです。……美味しいですけどお」

 リーネは少しおろおろして、俯く。

「私、太っちゃうのでしょうか?」

「リーネ太るのっ?」

 ルッキーニに悪気はなさそうだがそれなりにへこむリーネ。

「え? いや、知らないけど。……どうしたの?」

「焼き芋たくさん食べたら、太らないかな、って」

 芳佳はお腹を撫でながらぽそぽそと呟く。

「気にしな…………あ、はい、ごめんなさい」

 気にしなくてもいい、そんな男の気楽な意見は少女たちの一睨みで沈黙。

「えーと、……ま、まあ、…………その、あとで運動すれば大丈夫だよっ、ねっ」

「食べないならあたし食べるっ、リーネっ、それちょうだいっ」

 手を出すルッキーニ。リーネは手の中の焼き芋を見て、ルッキーニを見て、豊浦を見て、……「た、食べますっ」

「そんな、決心しなくても」

 覚悟を決めた表情で甘味を取り始めた少女たちに、豊浦は苦笑した。

 

 そして、絢爛の色。

 

「す、……ごい」

 扶桑皇国出身の芳佳でさえ、春の絢爛には目を見張る。

 視界を埋め尽くす桜花。ひらり、はらり、舞い落ちる桜の花びら。

「紅葉も奇麗だけど、……桜は、また違うわね」

 圧倒される絢爛の色彩。桜のみ、けど、百花繚乱という言葉がふさわしい色の洪水。

「扶桑皇国の春といえばやっぱり桜だね」

 豊浦は微笑み空を見上げる。

「奇麗、……凄い」

 陶然、と。サーニャも空を見上げる。

「さて、」

 桜に見惚れる少女たち。ばさっ、と豊浦は茣蓙を広げて、

「せっかくだし、お昼寝しようか」

「おっ、いいねっ」

 お昼寝、その言葉にエーリカは嬉しそうに応じる。何せ絢爛の中。春らしい心地よい陽気。昼寝したら心地よく眠れそうだ。けど、

「まあ、たまにはいいか」

「え?」

 トゥルーデは茣蓙に寝転がる。一番難色を示しそうな彼女の行動にエーリカは意外そうな声をあげて、

「意外、……か。

 ただ、まあいいかなと思ってな」

「そうね。この陽気で、こんなに奇麗な桜が見れるならぼんやりしたくなるわね」

 ミーナもトゥルーデと並んで寝転がる。視界は空へ。そして、視界を埋め尽くす桜の花びら。ひらり、はらり、舞い散る桜を見る。

 眠ってしまおうか。……それは少し迷う。春の陽気に身を任せてお昼寝も心地よいが、目を閉ざして桜が見えなくなるのももったいない。

 けど、…………まあ、どちらでもいいわね、と。ミーナはのんびりと空を見上げる。他の仲間たちも同じように寝転がり、舞い散る桜の花を見上げたのを横目で見る。

 普段、戦場をかけているとは思えない、穏やかな表情の友たちを見て、祈るような思いを紡ぐ。

 

 いつか、……故郷でもこんな穏やかな時間を過ごせたらいいな、と。

 


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