怨霊の話   作:林屋まつり

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五話

 

「ん、…………ん、ううん」

 リーネは目を覚ます。朝。

「……あさあ」

 眠い。あれから、時間はよくわからないけど、もしかしたら結構な時間、サーニャと夜景を見ていたかもしれない。

 ただぼんやりと夜景を眺めて、どちらかともなく部屋に戻った。

 その風景。まだ記憶に焼き付いている。輝く月、瞬く星、神秘的とも魔的とも見える風景。

 また、今夜も見たいな、と。

「あ、……朝ごはん」

 そういえば、何も考えていなかった。キッチンの場所もわからない。

 ミーナに相談すべきか、そもそも、食べられるものがあるか確認すべきか。どちらにせよ部屋を出る。

「う、……ん」

 居間を抜ける。ぺたぺたと木で出来た床を裸足で歩く。と。

 聞こえてくるのは調理の音。とんとん、と包丁がまな板を叩く軽快な音。

 誰か作ってるのかな、と。そちらに歩を進める。

「ここ、かな」

 木で出来た引き戸。手をかけて横にひく、と。

「あ、れ? ……え? あれ?」

 石造りの台は下に火がともり、上に見たこともない形の鍋。

 お盆には野菜と焼き魚。お味噌汁とご飯が乗せられたお盆が人数分。すでに朝食の準備が出来ている。

「誰か、作った?」

 けど、首をかしげる。朝食はすべて和食。作れるとしたらある程度芳佳から和食を習っている自分ぐらいのはずだ。

 と、

「おはよう。リーネ君」

「あ、豊浦さ」

 かけられた声に、振り返る。そして、

「ひにゃぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

「どうしたっ、何があったっ!」

「リーネさんっ!」

「あ、おはよう。バルクホルン君、ペリーヌ君」

「あ、ああ、豊浦。と」

 目を回しているリーネ。

「どうしたー?」

「なにがあったのっ?」

「リーネっ、大丈夫かっ?」

「リーネちゃんっ」

「リーネっ、どうしたのっ?」

「敵襲っ?」

 他の皆も顔を出した。そして、のんびりと微笑む豊浦と、目を回して倒れているリーネを見て、

「貴様っ、リーネに何をしたっ」

 トゥルーデが詰め寄る。豊浦は苦笑。「いやあ、朝食を運ぼうと思ったんだけど、リーネ君がいてね。声をかけたら驚かせたみたいだ」

「それだけではないだろう?」

 いくらなんでも、後ろから声をかけて驚いて目を回して倒れるとは思えない。警戒の表情を見せるトゥルーデに、豊浦は困ったような表情で、

「どうせだからお土産を持って来たんだよ。

 これ」

 頭に手をのせる。そこにあったものをずらす。

「…………ああ、そっか」

 異様に生々しい謎の仮面を見て思わず頷いた。

 

「豊浦さんも意地悪だよー

 あんな仮面つけていきなり後ろから声をかけるんだもん」

「いやあ、少し驚くかなと思ったんだけど。まさか失神するとは思わなくて」

 頬を膨らませるリーネに豊浦は苦笑。

「いや、これつけていきなり後ろから声をかけられたら驚くって、普通」

「うう、なんか不気味」

「これ、夜中に見たら夢に出るな」

「え、エイラっ、怖いこと言わないでよっ」

 必死に仮面、猿面の能面から視線をそらしてルッキーニ。

「あれ? お土産になるかなって思って持って来たんだけど、不評?」

「当たり前だろ。これ部屋に飾りたくないよ。夜中に見たら絶対夢に出るよ」

 エイラの言葉に皆がこくこく頷く。豊浦は難しい表情で猿面を頭に乗せる。

 ともかく、それぞれお盆をもって居間へ。

「そっかあ、…………猿面は不評かあ」

「あれ、豊浦さんが作ったの?」

 リーネが首をかしげる。随分と多芸と聞いているから。

 それかな、と思って問い、豊浦は頷く。

「前に六十六枚作って部下に贈ったことがあったね」

「こんなの六十六枚、……か」

「壁一面に張り付けたらすごいよね」

「怖いわっ!」

 しんみりと嫌な提案をする豊浦にシャーリーは怒鳴る。嫌な想像をしたのか、傍らで震えるルッキーニ。

 お盆をもって居間へ。そこに出されていた卓袱台にそれぞれ朝食をのせる。

「円卓、だね」

 不意にリーネが呟く。

「円卓?」

「うん、私の故郷の伝説。王様と騎士たちのお話で、王様も騎士たちも序列を排して公平に語り合おう。っていう事で上座も下座もない円形の卓を使って会議したりしていたみたいなの」

「まあ、もともと私たちも上下関係なんてあんまりないしなー」

 シャーリーがけらけら笑って応じる。あまり、気にしたことはない。

 この中で自分は大尉、トゥルーデと並びミーナに次ぐ階級だが、だからといって他の誰かより偉いと思ったことはない。

 同僚、みんな同じ仲間だと思ってる。けど、

「たまーに、少しは気にしてほしい時もあるのだけどね」

 ミーナは軽く頭を抱えて、それなりに深刻に呟いた。主に指示を無視して突っ走る仲間たちの事を思って。

「あ、あははは」

 シャーリーはそちらを見ないようにして苦笑。

「まあ、それじゃあ、いただきます」

 豊浦の言葉に、いただきます、と声が重なった。

「ご飯美味しーっ、新鮮なお米さいこーっ」

「また米ばっかり食うなよ。少しはおかずも食べろよー」

「はーい」

「焼き鮭は塩気があるから、ご飯と一緒に食べるようにしてね」

「ん、どれどれ、……あ、しょっぱ。ルッキーニ、焼き鮭だけだときついぞ」

「おっけー」

 エイラに頷きルッキーニはおかずに手を伸ばす。シャーリーは焼き鮭をご飯に乗せて「米と一緒に食べると美味いなこれ」

「朝食くらい静かに食べられませんの?」

「へーい」

「そういえば、これリーネが作ったのか?」

 トゥルーデの問いに「ううん、私が来た時にはもう出来てたよ」

「え? じゃあ、まさか、」

 視線が集まる。豊浦は首をかしげて「僕が作ったよ」

「なかなか、芸達者だな」

「そうかな? あ、洗い物はしておくよ」

「それはいいわよ。そのくらいは私たちがやるわ」

 朝食を作ってもらってさらに片付けまで任せるのも悪い。と、ミーナの言葉に豊浦は微笑み「いいよ。僕のもあるし、事のついでだからね」

「あ、私もお手伝いします」

「そう? それじゃあお願いね。リーネ君」

「うんっ」

「それで、ミーナさん。今日の予定は?」

「……………………待機ね」

 

 洗い物の手伝い。リーネにはもう一つの目的がある。

 台所や食材の把握。料理は楽しみでもある。出来れば自分も料理をしたい。それに、これを機に扶桑皇国の料理をもっと学びたい。

 洗い物が終わったら台所の使い方、教えてもらおう。そんなことを思ってると、

「リーネ君は優しいんだね」

「あ、ええと、……私が食べた分もあるし」

「そう、……いや、朝驚かせちゃったから怒ってるかなって思ったんだけど」

 言われて、思い出す。思い出して頬が膨らむ。

「本当に、驚きました」

「いや、夜にやる事なかったら手慰みにね」

「豊浦さんは彫刻も出来るんですね」

「うん。山で暮らしているとね。木材の加工も出来るようにならないと」

「サーニャさんにお地蔵さんをプレゼントするって」

「うん。それも作ったからあとで渡しておくよ。

 リーネ君も興味ある?」

 問いに頷く。外のお地蔵さんは可愛いと思ったから。

 ともかく台所へ。

「外? ……あ、草履。ここ、床はコンクリートなんですね」

「そうだよ。木の床とかだと燃え移ったりしちゃうからね」

「木の家は火事が怖いですね」

「そうだね。もっと住宅が密集してるところだと、延焼を防ぐため真っ先に家を壊したんだよ」

「うわあ」

 ともかく台所へ。けど、

「……水道は?」

「これ」

「…………え? ええと、これ、何ですか?」

「ポンプだよ。見るのは初めて?」

「うん。これ、どう使うの?」

「瓶の水を上から入れて、ハンドルを上下させるんだよ」

 柄杓を使い水を入れ、ハンドルを動かす。しばらくがしゃがしゃ動かすと水があふれだしてきた。

「わ、わっ、すごいっ」

 あふれた水が瓶に落ちていく。ハンドルを手放し、水が止まる。

「じゃあ、僕が洗っていくからリーネ君。水で流してね」

「はいっ」

 粉せっけんを使い豊浦は手早く食器を洗っていく。リーネは柄杓で水をすくいながら泡を洗い流していく。

 水道に慣れているリーネは少し手間取る。微笑。

「珍しい?」

「うん。こういうの初めて見ました」

「水道の方が便利だからね」

 当然、蛇口をひねればいくらでも水が流れ出してくる。これよりずっと便利だ。

 けど、

「こういうのも面白いです」

「不便だけどねー」

 微笑むリーネ。そして、豊浦は楽しそうに笑った。

 

「おーい、随分苦戦してんなー?」

「お手伝い、しようか?」

 皿洗いにしてはかなり時間がかかっている。だから何かあったのかな、と。エイラとサーニャが顔を出した。

「あ、ううん、大丈夫です。

 ええと、豊浦さんからお台所の使い方、教えてもらってるの」

「あれ? リーネご飯作れなかったっけ?」

「ええと、西欧の厨房とは趣? が異なる、から?」

「…………いやあ、全然違う気がする。っていうか、なにこれ?」

「かまど、だって。

 下に薪を入れて、火をつけてその熱でお料理をするみたいなの」

「薪を使って火って、ずいぶん原始的だな」

 つまみをひねれば火が付くガス台を知るエイラは意外そうに呟く。

「エイラ」

「そうだね。古い家だから。設備も古いんだよ」

「そういうものか。……ん? …………ん、んー?」

「エイラ?」

 エイラはかまどの上、柱の天井近くに視線を投げる。そして、ひく、と口元が動き、

「エイラさん、何かあったのですか?」

 サーニャとリーネはエイラの視線を追おうとして、

「エイラ?」「きゃっ」

 反射的にエイラは二人を抱き寄せるように目を隠す。

「なあ、豊浦。

 かまど? の上の、あれなんだ?」

「エイラ、何かあったの?」

「なんか、黒くてごつくてでっかくて変なお面が引っかかってる」

「「……………………」」

 沈黙するサーニャとリーネ。

「あれは竈神だよ。竈の神様」

「…………か、神様?」

「あ、あの、エイラ。ええと、もう離して大丈夫よ」

「あ、うん。ええと、リーネも、それなりに気を付けろ」

「う、うん」

 朝の事で仮面に対して警戒心が高くなってるリーネも真面目に頷く。

 興味と怖いもの見たさ。おずおずとリーネとサーニャは視線を向ける。

「わっ」「え、えっ」

 視線の先、確かにエイラの言っていたものがある。黒くてごつくてでかくて変な面。

「か、神様、……なの? あれが」

「西欧の人にしてみると不思議かな?」

「うん、かなり」

「あの、どういう神様なんですか?」

「火災から守ってくれるんだよ。ここは火を使う場所でもあるからね。

 けど、粗雑に扱ったりすると逆に火難を引き起こすから、……エイラ君。変なお面とか言ったらだめだよ? この家が燃えちゃうかもしれないからね」

「神様ってそういう事もするのか?」

「恵みと祟りを起こすのが神様だからね」

「火を使う場所の神様だから、火の神様ですね。……あの、豊浦さん。竈の神様以外にもいるのですか?」

「もちろん、万物万象に神様が宿っている、というのが扶桑皇国の宗教観だからね。

 サーニャ君は興味あるかい?」

「あ、はい。…………御伽噺とか、好き、です」

 子供っぽい趣味かな、と。照れくさそうに頷く。

「そう、それじゃあ今度扶桑皇国の神話とか、話してあげようか?」

「はいっ、お願いします」

 ぱあっ、と笑顔で頷くサーニャ。と、

「わ、私も聞くぞ。私も興味あるからな」

 ずい、とサーニャの前に出るエイラ。

「そう、それじゃあ、一緒にお話を聞こうね」

「うんっ、そうだな。頼むぞ豊浦」

「わかったよ。いつ頃がいい?

 確か、サーニャ君は散策もしてみたいといっていたけど?」

「あ、はい。……ええと、」

「お昼頃でいいんじゃないか? 昼食に戻るし」

「それとも、夜、寝るとき?」

 子供のころ、夜、寝付けない自分に御伽噺を聞かせてくれた。そんな親との記憶を思い出す。

 リーネの問いにサーニャも小さく頷く。けど、「リーネ君。寝るところに異性を誘うのはよした方がいいよ」

 くつくつと意地悪く笑う豊浦。そして、その意味を理解して、

「へ? ……そ、そういうんじゃないですっ! 違いますっ! 違いますーっ!」

「リーネはともかく、サーニャのところには絶対来るなよっ! 来たら許さないからなっ! う、撃つからなっ!」

「私もだめーっ!」

 サーニャを抱えて警戒するエイラ。顔を真っ赤にして声を上げるリーネ。

「サーニャ、豊浦さんは民間人だし、好意で来てくれるのよ? それなのに撃つとか言ってはだめ」

 困ったようにたしなめるサーニャ。「む」と、口ごもり、ぽん、と。

「あ」

「サーニャ君。エイラ君はサーニャ君を心配してくれたんだよ。

 悪い人はいくらでもいるし、中には寝込みを襲う人もいるからね。リーネ君も、軽はずみにそんなことを言ってはいけないよ」

「はい」「そうなんだ。……エイラ、心配してくれてありがとう。けど、それでもやっぱり撃つとか言ってはだめよ。ね?」

「うん」

 ありがとう、と言ってもらって少し頬を染めて頷くエイラ。

「悪い人も、いるんですね」

 リーネは裕福な家の出で警備もしっかりしているし、今は女所帯で暮らしている。だから、あまり実感はなかった。怖いな、と思う。

 そして、豊浦は頷く。

「そうだよ。僕みたいなね」

「…………ええ?」

「まあ、自称怨霊だからな。悪いやつなんじゃないのか?」

 そうは見えないけど、と。口調に込めていう。豊浦は眉根を寄せて「信じてないね?」

「怨霊を信じろってのがまずは、……ってっ、豊浦っ! なにサーニャを撫でてるんだっ」

「ああ、ごめんごめん」

 頭に乗せた手で丁寧にサーニャを撫でていた豊浦は大仰に手を引っ込める。サーニャはくすくすと笑って「私は、いいですよ」

「だめだっ! 豊浦っ、髪は女の子にとって大切なんだぞ。気安く触るなっ、やっぱり豊浦は悪いやつだなっ」

「怨霊だからねえ」

 豊浦は楽しそうに笑った。 

 


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