怨霊の話   作:林屋まつり

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四十五話

 

 二人きりのお散歩。サーニャはそっと、傍らを歩く豊浦に視線を向ける。

 内向的なサーニャは異性との付き合いはほとんどない。男性と一緒に出掛けた事なんて父親くらいかもしれない。

 そう思うと、…………胸に手を当てる。鼓動がいつもより早く感じるのはなんでなのか、それは深く考えず、

「それじゃあ、行こうか。

 サーニャ君、行きたい場所はあるかな?」

「ううん、豊浦さんにお任せします」

 場所は大江山、という山の中。どんなところがあるかわからない。……あるいは、何もないかもしれない。

 けど、それならそれでいい。人込みは苦手だし、二人で静かな山道を散策するだけでもいい。そんな思いを込めての言葉に、豊浦は「了解」と、微笑んで応じた。

 

「サーニャ君は、森の中とか好きかい?」

 大江山の森林を歩きながら豊浦の問い、サーニャは頷いて、

「うん、扶桑皇国の森は、静かで、いいところだと思う。……けど、」

 サーニャは悪戯っぽく微笑。

「私の故郷、オラーシャの森の方が奇麗」

「む」

 豊浦は難しい表情をする。案の定、思わず、くすくすと笑みがこぼれて、

「サーニャ君?」

「ふふ、ごめんなさい」

 そんな反応をすることは予想していた。扶桑皇国が嫌いだ、豊浦はそう言っていた。

 けど、扶桑皇国で生まれた芳佳の事を慈しんでいたし、山を歩く豊浦は楽しそうだった。

 何より、酒呑たち山に生きる者たちを助けていた。だから、扶桑皇国の風土や、そこに暮らす人たちの事は好きなんだとわかっていた。

「豊浦さんは山が好きなんですね」

「好き、っていうか生活の場所だからね。……ああ、いや、うん、好きかな」

「そこに暮らす人も、自然も、ですよね?」

「…………まあ、迷惑「好きなんですよね? そこに暮らす人も」サーニャ君?」

 迷惑をかけたから、その償い。そんな言葉を遮る。だって、

「好きだから、大切に思っているから、ずっと、ずっと受け入れていたんですよね?」

 酒呑は、そんな事を言っていた。……豊浦は困ったように微笑み、

「サーニャ君も、たまに強情なところがあるね。…………そう、だね」

 少し、思い出すように視線をさまよわせて、ぽん、とサーニャを撫でる。

「懸命に生きる誰かが好きなんだと思う。辛い思いをして、それでも、必死に生き足掻こうとする誰かはね」

「ふふ、やっぱり優しいんですね」

「そんなものかな」

 よくわからなさそうに首を傾げる豊浦。そんな彼と一緒に、さく、さく、と山道を歩く。

「それで、どこに向かっているの?」

「んー、……まあ、山だからね。

 小川か草原か、あとは、木、と、石。……くらいしかないからね。……まあ、年頃の女の子には面白くないかな。ひょっとして」

「…………そういうところが楽しみな私は、年頃の女の子じゃないの?」

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ拗ねたように言ってみる。豊浦は「えと、」と、言葉を探して、

「ま、まあ、…………えーと、偏見、だったかもね」

 困ったように応じる豊浦にサーニャはくすくすと微笑。豊浦はからかわれたと察したらしい。渋い表情で「サーニャ君も、たまに意地悪になるね」

「ふふ、そうかもしれませんね。けど、豊浦さんだけですよ」

 楽しそうに笑う。そんなサーニャに、豊浦は溜息。

「芳佳君にも同じことを言われたよ」

「あ、そうですか」

 なんとなく、解っていた。自分の気持ち、それと同じか、あるいは似たような思いを彼女も抱いていると。

 サーニャにとって芳佳は大切な友達だ。けど、

「不思議ですね」

 そんな風に話を逸らしてみた。この想い、芳佳に協力をするつもりは全然ないから。

「そうだねえ。……と、話が逸れたね。

 っていっても、あまり遠出も出来ないし、ちょっとした広場で少しのんびりして、でいいかな?」

「はいっ」

 もともと、人込みは得意ではないし自然に囲まれた静かな場所は好き。そんなところでゆっくりとお話しできるなら、それで十分。

 だから、サーニャは頷いた。

「それじゃあ、少し歩こうね。大変だったら言ってね」

「大変だったら、抱っこしてくれますか?」

「出来るところまで頑張って自分で歩きなさい」

 そう言ってわしゃわしゃと少し乱暴に豊浦はサーニャを撫でる。乱暴、……だけど、こういうのもいいかな、と。サーニャは心地よさそうに目を細めて、

「わかりました。頑張ります」

 

「わ、……ああっ」

「気に入ってくれたかい?」

「はいっ」

 豊浦の問いにサーニャは笑顔で応じる。何か、特別なものがあるわけではない。彼の言った通り、草原と木と草と石しかない。ぽっかりと空いた広場。

 広場の中心には大きな木。木の横をさらさらと小川。水が流れる。

「静かな、……いいところ」

「なーんにもないけどね」

 何もない居心地の良さを感じ、感嘆の吐息を漏らすサーニャと笑って応じる豊浦。二人は笑みを交わす。

「季節がよければ草原じゃなくて花も咲いたりで少しは華やかだったんだろうけど、時期が悪かったかな?」

「そうですね。……うん、ちょっと残念。

 扶桑皇国の花、見てみたかった」

 扶桑皇国について、いくつか話を聞いている。四季ごとに特徴があって、特に、桜をはじめ花がとてもきれいだ、と。

 それが見れないのは少し残念。けど、

「じゃあ、またいつかね」「うん、また、いつか」

 いつかまた遊びに来た時に、それでいい。

 今回のお出かけが終わったら、また、欧州に戻る。お別れは残念だけどサーニャは豊浦を欧州に引っ張っていくつもりはない。

 また、いつか会いに来ればいいから。……遠く、遠く離れたところにいる両親ともいつかは会える。芳佳は力強くそういってくれた。

 だから、また豊浦とも会える。両親と会う事に比べれば、ずっと、ずっと近くにいるのだから。

 だから大丈夫、また、エイラと遊びに来たいな、と。そんな想いを、今はそっと胸にしまって、

「それじゃあ、豊浦さん。

 お話、しよ」

 彼の手を取って歩き出す。豊浦も頷いて歩き始め、

「それじゃあ、あそこでいいかな?」

 示す先は広場の中央にある木。そして、その根元にある地面から突き出した岩。二人はそこに並んで腰を下ろす。

「さて、それじゃあどんな話をしようか? 扶桑皇国の神話かな?」

「……豊浦さん。お友達、たくさんいるんですよね? 酒呑さんとか、尊治ちゃんとか」

「酒呑はね。……けど、尊治はどうかなあ」

 渋い表情の豊浦。賑やかで華やかな少女。サーニャは、少しだけ、憧れてる。

「私、明るくないから、ああいう華やかな人は、羨ましい」

「…………華やか、……かあ。僕にとっては面倒なだけなんだけど、……サーニャ君。僕は、今のままでいいと思う。

 けどまあ、憧れの誰かを思うのはいいことだと思うよ」

 今のままでいい、そういってもらえてサーニャは嬉しそうに微笑む。

「さて、……友達、か。…………そうだな。僕が傀儡士をしていた時の仲良かった友達の話をしよっか」

「傀儡士、……ええと、人形劇をやる人、よね?」

 思い出すのは芳佳の故郷がある家にあった人形。可愛いものではなかった。けど、いろいろなところが動かせた。改めて衣装などを見たけど立派なもので、裕福な商家の出であるリーネや貴族のペリーヌから見てもいいものらしい。

 人形は置いてきてしまったけど、人形劇も見てみたかった。とこっそりとサーニャは思う。

「うん。けど、他にもいろいろとやってたよ。馬で駆けまわったり、山の中をうろうろしたり。

 まあ、今やってることと大差ないかな」

「うん」

「そんなわけで、……僕は当時から住所不定の怪しい《もの》だったんだけど、その友達、雅仁君はそれでもいろいろ仲良くしてくれたんだ。

 今様、っていう、今でいえば詩、かな。それを一緒に詠ったりしてね」

「雅仁、さん。も、豊浦さんと同じ?」

 問いに、豊浦は微笑。

「違うよ。その時代の帝だ」

「え?」

 帝、……と。

 それはつまり、扶桑皇国の最高権威者で、

「そんな人とも、仲が良かったんだ」

 凄い、と思う。けど、豊浦は笑って「それがね、サーニャ君。誤解しているよ」

「え?」

「僕と、仲良かったんじゃない。

 雅仁君はね、僕みたいな、住所不定の怪しい《もの》たちとも、仲良かったんだ」

「帝、なのに?」

「うん、まあ、もともと第四皇子で、継承は絶望的だった。

 親には嫌われていたけど凄く優秀な兄、顕仁君とかいてね。……だからまあ、最初は自棄だったのかもしれない。

 里の、貴族の住まいに比べれば廃墟同然の粗末な家でわいわいやってたら、いきなりお供も連れないで皇子が乗り込んできたから、驚いたなあ」

「うん、そうだね」

 サーニャは頷く。それは驚くだろうな、と。

 皇子、例え継承が絶望的であっても物凄く高い位にいる人。そんな人がいきなり民家に顔を出せば、それは驚くだろう。

「雅仁君は、……まあ、あまり貴人らしいところがなくてね。あとで聞いたけど兄と親がすっごく険悪で、自分も、学も才もないって周りから言われていたみたいで、貴族、っていうのにかなり嫌気がさしてたみたいなんだ。

 それで、危ない目に遭う事も覚悟で乗り込んできたらしい。最初はいろいろすれ違いもあったけど、それでも、疎まれている貴族暮らしよりは気楽だったのかな。

 その時に皆で今様を詠って遊んでたら興味を持って、ちょくちょく遊びに来てくれたよ。……そうだね、ちょうどこんな感じの広場で、僕みたいな山暮らしや里の農家、商人やらなにやら、貴族以外を片っ端から集めてみんなで今様を詠ってたな」

「それは、……楽しそう」

 今様、というのはよくわからない。けど、

 イメージは演奏会。たくさんの人が集まって自分の作品を発表する。あるいは、みんなで一緒に演奏をする。……とても、楽しそう。

「今様って、どういうの?」

 詩、みたいなものと聞いている。

「扶桑皇国の詩だからサーニャ君には難しい、と思うけど。

 そうだね。……えーと、」

 豊浦は、首を傾げて、

「毎日恒沙の定に入り 三途の扉を押し開き 猛火の炎をかき分けて 地蔵のみこそ訪うたまへ。……なんてどうかな?」

「地蔵? お地蔵様?」

 地蔵といえば、豊浦からもらった木彫りのお地蔵様。ふくふくとした笑顔の可愛い姿。けど、

 猛火の炎をかき分けて、……凄く、力強く感じる。

「そうだよ。……そうだね。意味としては、三途、……まあ、あの世だね。この場合は地獄だよ。

 お地蔵さまは自ら地獄に向かい、責めに苦しむ人を救うために炎を押しのけて訪ねてきてくれる。そんな詩だね」

「地獄、……あの、悪い人が墜ちる?」

 欧州で語られる地獄。罪人、悪人の堕ちる場所。それを思い出しての問いに、豊浦は首を横に振る。

「少しだけ、違うんだ。

 人は誰でも生き物を殺して生きているよね。食事のために」

「あ、……うん」

 普段、何気なく食べている肉。それはすべて生き物を殺して得た食べ物。だから、

「人は皆地獄に堕ちるんだ。生き物を殺した罪でね。

 貴人、お金を持っている人はその財を寄付するとか、そういう方法で地獄に堕ちるのを免れることが出来る。

 けど、お金を持っていない人、貧しい民は寄付するお金がない。だから、地獄に堕ちることを免れることが出来ない」

 生きていれば、当然のように地獄に堕ちる。…………サーニャは豊浦の手に触れる。豊浦のいう事、それはとても怖くて、寂しい事のように思えたから。

 豊浦はサーニャの手を握り、

「けど、お地蔵さまは優しいから、地獄に堕ちてもそこに来てくれる。救いに来てくれる。

 お金なんてなくていい、寄付もいらない。ただ、誰も救ってくれない、救いのない貧しい人の所に来てくれる。……そんなお地蔵さまを讃える詩だね」

「すごい」

 思い出すのはもらったお地蔵様。……可愛いから、そんな単純な理由でもらったけど、

 凄く、尊いもののように「ま、といっても子供に放り投げられて、それで一緒に遊んでたー、なんていうのもお地蔵さまだけどね」

 けらけら笑う豊浦に、サーニャは拍子抜けしたような表情。……で、

「ふふ、……そうだね。豊浦さんの詩。凄く「これ、僕の詩じゃないよ」え?」

「雅仁君。扶桑皇国の最高権威者である帝が詠った詩だよ」

「そう、……なんだ」

 少し、意外だった。……けど、

「貧しい人の事も、ちゃんと思ってくれてたのね」

 豊浦は言っていた。民と近かった。みんなと一緒に遊んでいた。

 最高権威者でありながらちゃんと貧しい人の事も考えている。それは、とても素晴らしい事と思うから。

「そんな思いの集大成。蓮華王院本堂。

 雅仁君の信仰の極だね。千手観音菩薩、千の手を使ってどんな人も救う仏様。それを千、……彼はどれだけの人を救いたかったのか。あれは本当に壮観だったね」

「うん、……凄い。ほんと、」

 不意にサーニャは俯く。とても、とても権威ある人なのに、貧しい人、多くの人を救おうとした偉人。……本当に、

「私とは、大違い」

「サーニャ君?」

「私も、そうならないといけないんです。

 ウィッチとして、世界を壊すネウロイと戦って、世界の人を守って、」

 豊浦の語る民と近い帝。雅仁という誰かのように、

 多くの人を救わないといけない。自分はそれを期待されて空を飛んでいるのだから。

 そして、自分はその期待に応えるために、全力で戦う。

 

 …………本当に?

 

 国のために戦う仲間たち、……………………けど、自分は、そこまでのものを持っていない。

 自分はそんな大きなものは抱えられない。……小さな、本当にちっぽけな自分が抱えられるのは、もっと、もっと小さなこと。

「けど、私は、ただ、家族に会いたいから戦うだけで、……その、雅仁、さん、に比べて、本当に、小さな事しか望めない。……もっと、たくさんの人のために、戦わないといけないのに」

 思わずこぼれた弱音に、豊浦は、…………「いたっ?」

 こつん、と。

「ペリーヌ君はね。貴族として民を守るために戦うのではなく、両親を殺された怨みで戦っているのかもしれない、って言ってたよ。まるで、それが悪い事みたいにね。

 サーニャ君も同じだね。自分の大切な望みを、他の人が望んでいることと違うからなんて言って、小さなことって貶めてる」

「…………そ、れは、……………………」

 言葉は、続かない。

 確かにそうだ。自分にとって大切な思い。けど、それは、他の人の思いに比べると、とても小さなことのような気がして、申し訳なくなる。

 けど、

「他者から望まれた大切な事を是とするだけなら、雅仁君は民を顧みないよ。今の君がそれをどれだけ尊いと感じても、かつては倫理観も価値観も異なるからね。

 現人神として、神を讃える人にのみ恩恵をもたらしただろうね。……それさえできない人を捨ておいてね。

 けど、彼はそんな当たり前の倫理、誰かから望まれた価値を、神ではなく、大天狗、魔として踏み砕いた。そうやって自分が大切だと思えることを選んだ。だから、」

 こつん、と。頭を叩いた手を広げ、ぽん、と撫でて、

「小さくて弱いサーニャ君まで、あの大天狗の真似をしろなんて言わないよ。周りの期待に振り回されることもあるだろうし、サーニャ君の小さな夢をちっぽけだって嗤われることもあるだろうね。

 それで落ち込むこともあるだろうし、振り回されすぎて疲れちゃうこともあるだろうけど、……ただ、サーニャ君だけは、自分にとって大切な事を貶める事だけはしてはいけない。絶対にね」

「…………うん」

 頷き、豊浦はわしわしと、また乱暴にサーニャを撫でる。不安そうに、おどおどと見上げるサーニャに豊浦は微笑み。

「ま、サーニャ君の夢を嗤うようなやつはエイラ君がものすごく怒ってくれるよ」

「あ、……ん、ふふ、うん。エイラ、優しいから。

 豊浦さんも、嗤ったりはしないのね」

「しないよ。人の思いを嗤うくらいなら怨霊になんてならない」

 あ、と。サーニャは自分の軽はずみな言葉を後悔した。

 彼の怨念は聞いている。大切な思いを否定されて山に追われた《もの》の事。豊浦はずっとそれを大切に抱えていたのだから。

 だから、

「だから、僕は嗤わない。世界中の人がサーニャ君の事を期待外れだって罵っても、神がちっぽけだって嗤っても、君の仲間は君の夢を支えてくれるし、僕は絶対に君の思いを否定しないよ」

「……うん」

 ささやかな言葉。それが、凄く嬉しい。これから先、何を言われても自分の思いを肯定してくれる人がいてくれる。それだけで、立ち向かえる気がする。

「さて、それじゃあ話を続けようか。……そうだね。

 次は、日吉の猿と土木工事をした事かな。あ、いや、」

 ふと、豊浦は意地悪な視線をサーニャに向ける。思わず身構える彼女に、

「次はサーニャ君の番。さ、君のお話を聞きたいな」

「わ、私のっ?」

 唐突に言葉を向けられ、思わず声を跳ね上げる。豊浦はそんな反応も予想していたらしい、動じることなく「サーニャ君の、あ、お題はウィッチになる前、ね?」

「け、……けど、…………私の話って言われても」

 それに、条件はウィッチになる前。つまり、どこにでもいるありきたりな一人の少女だったころの話。

「お、面白い事なんて、なにも、ないよ」

「それでもいいよ。それに、異国の暮らしはそれだけで十分面白いし、サーニャ君の事なら聞いてみたいな。サーニャ君が、面白くないなんて思ってる何でもない日常の事でも、ね」

「う、……あうう」

 自分の話を聞いてみたい。興味を持ってくれている。そんな風に言われて、…………サーニャは口をとがらせる。

「豊浦さんの、意地悪」

「え?」

 小さな声で言ってみた。豊浦は首を傾げて、サーニャは覚悟を決める。あまり、喋ることはないから、ちゃんとお話しできるかわからないけど、

「私の故郷は、オラーシャ。

 扶桑皇国よりずっと寒い国なの、それで、」

 彼に自分の事を語る。その事に照れくささと嬉しさを感じながら、話し始めた。

 

「…………さて、そろそろ戻ろうかな」

「あ、……え?」

 一段落ついたところで、不意に豊浦が告げた。それを聞いてサーニャは顔を上げる。……「夕暮れ?」

 目を見張る。少しずつ、日が傾き始めている。ぽつり、と。

「私、こんなに長く、…………あっ、ご、ごめんなさいっ」

 ずっと、ずっと一人で話していた。サーニャは慌てて謝り、

「謝ることはないよ。それに、サーニャ君のお話は楽しかったからね。

 面白い事なんてない、って、嘘を言うのはよくないな。サーニャ君も意地悪だね」

「そういうつもりは、……あうう」

 咎めるような言葉にサーニャは小さくなる。ぽん、と頭を撫でられて顔を上げる。

「さ、急いで戻ろうか。暗くなっちゃうからね」

 立ち上がる。サーニャも慌てて立ち上がり頷く。すでに日は傾き始めている。戻らないといけない。

「……はい。けど、」

 すでに、少しずつ暗くなっていく。慣れない山道。……不安を感じ、改めて遅くまで話していたことを謝ろうとして、

「サーニャ君、急ぐから、ごめんね」

「え?」

 ひょい、と。

「あ、わ、わっ?」

 気が付けば、豊浦に抱きかかえられる。

 驚くほど近くにいる彼。その体温を感じ、自分がどんな状況にいるか認識し、お姫様抱っこ、そんな言葉を思い出し、顔が熱くなって、どうしていいかわからなくなったところで、

「走るよ」

「へ? って、ひゃっぁぁあぁっ?」

 


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