怨霊の話   作:林屋まつり

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四十三話

 

「では、我が家の案内をします。

 わたくしの名は茨木、どうぞよろしくお願いします」

 謹直に応じる生真面目そうな女性。茨木童子。それと、

「へー、へー、なんだ。思ったよりちっこんだな。最新の英雄なんて言うからもっとごっついやつ想像してた。

 ほら、茨木、いただろ、保昌とかさ。あ、けど頼光とかはこんな感じだったっけ」

 興味津々とウィッチたちを見て回る少女が一人。

「鬼童丸」

「へーい」

 茨木の窘めるような口調に少女、鬼童丸は口をとがらせて引き下がる。

 不服そうに、けど、すぐに笑みを見せて、

「俺は鬼童丸、何日かいるんだろ? よろしくなっ」

「ええ、よろしく。……ええと、茨木さん、鬼童丸さん」

 ミーナに茨木は頷いて「鬼童丸でいーって、さん付けとかなんかむず痒い」

「ふふ、それではまいりましょう。……と、そうだ。皆さま。

 本日はお客様も多くいらっしゃっています。いろいろ声をかけられることも思いますが、出来ればお話をしてあげてください」

「お客様?」

「ええ、我々のような化外の魔物として、最新の英雄には、皆、とても興味があるのです」

「その、化外の魔物、とはどういう事だ?」

 トゥルーデは改めて問う。

 化外はともかく、魔物、その意味は分かる。けど、

「んー、……なんてんだろうな。

 英雄に退治される《もの》ってところかな。あー、退治された? いや、退治される、だな、うん」

 鬼童丸はけらけら笑って応じる。だから余計わからない。

「ならば、貴女たちが英雄と呼ぶ我々は警戒されるのではないのか?」

「ん? ああ、そうかもな。

 ま、そんな事はどーでもいいじゃんっ、せっかく来たんだから楽しめ楽しめ。あっ、四季の間はまだ開いてないんだっけ?」

「明日の予定です。……ふふ、あそこはわたくしたちにとっても自慢の場所ですからね。お客様の反応が楽しみです」

 茨木は楽しそうに笑って「俺は百鬼夜行がお勧めだっ、なんか変なのがたくさんいて楽しいぞっ」と、対抗するように威勢よく鬼童丸は声を上げる。

 そんな二人、どう見ても、魔物、なんて言葉は似つかわしくない。それに、

 それに、……ふと、トゥルーデは思い出したことがある。それは以前、豊浦が語ったこと。

 山、という住みにくい場所に暮らす理由。この家は確かに広く居心地はいい。けど、山頂近くにこんな家を作ること自体大変だろうし、居を構えるのならいろいろ不都合も多いだろう。

 なぜ、こんなところにいるのか、トゥルーデはそんな事が気になった。

 

「あ、戻ってきた。どうだった? 僕の家は」

 豊浦と何か話していた酒呑が声をかける。茨木は軽く一礼して鬼童丸と部屋を出る。

 どうだった、問いにはもちろん、

「すごかったっ! 酒呑ってすっごいとこで暮らしてるんだねっ!」

 ルッキーニが興奮気味に応じる。そう、凄かった。

 広大な敷地の、純和風の建物。……ただ、それだけではない。

 ところどころに金や銀などの貴金属による装飾。そのどれもが精巧な細工が施されたもので、一級の工芸品がそこかしこにあった。

 ペリーヌやリーネも、これほど細かい金細工は見た事がないと絶賛していた。具体的な価値はよくわからないが、一つあげますとよ言われた時のリーネの反応からかなり高価なものかもしれない。

「そ、気に入ってくれたならよかったよ。

 さて、茨木は近くの部屋に待機させるから何かあったら彼女を頼るといい。……あー、けど、なんか変なお客さんも来てるから、乗り込んで来たら、……まあ、適当に話をしてやって」

「そうだねっ、尊治とかねっ!」

「…………あの方を変なお客様呼ばわりできないんだけど」

 元気に応じる豊浦に酒呑は苦笑。そして、彼も部屋を出て、豊浦が使う部屋。そこにみんな思い思いに腰を下ろす。

「さて、楽しかった?」

「うん」

 楽しかった? 問いに当然頷く。案内してもらいながらいろいろな人に声をかけられた。

 女性からは可愛いと賞賛され、男性からは歓声をあげられた。驚くことはあったけど、悪意のない人懐こい笑顔で歓待されれば楽しくないわけがない。

 けど、だからこそ、引っかかる。

 彼らの自称が、

「豊浦、教えて欲しい事がある。

 化外の魔物、とはどういう意味だ?」

「私も、……あの、ここにいた皆さん。自分たちの事を鬼とか言ってた。

 それは、どういう意味なの?」

 鬼、もちろん扶桑皇国出身の芳佳はそれがどういう意味か分かる。つまり、凶暴な怪物。

 けど、芳佳の知る鬼の意味と、ここにいた鬼を自称する彼女たちの印象が合わない。

「言葉通りだよ。……そうだね。芳佳君以外には馴染みがない言葉だね。

 英雄譚、扶桑皇国の外にもあるのかな? 英雄が怪物を退治するお話だよ」

 問いにトゥルーデは頷く。そして、それはほかのウィッチも同様。

 ウィッチたちは世界各国から集まっている。そして、英雄譚は世界中に存在する。

「あの、茨木さんとか、自分たちを魔物って言っていました。……けど、それって、退治される、怪物?」

「その通りだよリーネ君」

「そうは見えないよ。私たちと同じに見える」

 エーリカの言葉に、豊浦は寂しそうに微笑。

「そう、もともとは皆と同じなんだ。

 前に、話したことがあったかな? 時の権力者に逆らった者たち。逆らって、魔物と貶められた《もの》。それが彼ら、鬼だよ。

 罪人ならそれを捕まえる事は逮捕になるのかな。けど、魔物と貶められた彼らは、討伐、略奪という名の英雄譚で語られる存在だ」

「略奪?」

「確かに、この家はでっかいけど」

「そうだね。彼らは産鉄民、って言ってたかな。製鉄や産鉄はとても重要で、その技術は今とは比べ物にならないほどの価値があったんだ。

 何せそれに必要な道具もろくにない時代で、鉱脈があるような山奥に行くだけで命の危険がある時代だからね」

 古い時代、道具は未熟で、安全性も確保されていない時代。確かに、高いリスクがあるのだろう。

 けど、それを手に入れれば莫大な富が手に入る。鉄は現代でもなくてはならない資源だ。古い時代ならなおさらだろう。

「土地、ですわね?」

「そういう事だよ」

 ペリーヌの言葉に豊浦は頷く。

「土地?」

「ええ、見つけるのが難しいのなら、すでに見つけられているものを奪い取ってしまった方が楽ですわ。

 土地、だけでなく、必要な道具も全部そろっているのでしょうから」

「それが何で英雄譚になるんだよ。

 ただの強奪じゃないかっ」

 エーリカの言葉に応じるのはペリーヌ。いつか、夜に聞いた話を思い出し、口を開く。

「歴史を作るのは勝者ですわ。

 略奪された弱者は、……そうですわね。魔物として後に記されたのでしょう。だって、勝者である英雄が富を略奪した。なんて、記したら都合が悪いですもの」

「情報の改ざんや隠蔽ね。

 今でもよくある事ね。昔はそんな事はなかった、なんて言えないわね」

 ミーナは暗澹と溜息。ウォーロックの例を挙げるまでもなく、権威者、権力者にとって不都合な情報が隠蔽されるなんてよくある事だ。

「けど、……不思議」

 サーニャがぽつりと呟く。不思議な事がある。

 魔物、その意味は茨木たちも解かっているだろう。貶められた称号なら腹立たしく思っていてしかるべきだ。

 けど、

「どうして、みんな、魔物って誇らしそうに自称したんだろ」

「第一、それじゃあ逆に英雄とかいう私たちを歓迎するのも変だよな」

 エイラも首を傾げる。語られる英雄譚。その、討伐される魔物がどうして英雄を歓迎するのか。

「神は、祟る魔でもある。……けど、いつからか神はただ権力者に恵むだけの存在になった。

 だから彼らは嬉々として魔を語るんだよ。神の捨てられた側面、権力者だけじゃない。古い神の通りにあらゆる《もの》を受け入れ、そして、権力者を祟る存在。神の一面、魔、であるとね。

 権力者に略奪された《もの》たちにとって、略奪した権力者に対する宣戦布告であり、自分たちの在り方をそのまま示す魔の名は誇りでもあるんだよ。……僕が、怨霊を名乗るようにね」

 怨霊、そう語り微笑。豊浦は手を伸ばす。その先、芳佳を丁寧に撫でて、

「いい機会だから話しておくとね、芳佳君。僕は蘇我臣、ずっとずっと昔の執政者なんだ。

 和を以て貴しとなす。豪族たちの合議、そして、豪族だけなんて言わない、万民の意見を聞いて、本当に能力の高い者たちの合議をもって国を治めようといろいろと手を尽くした。宗教で対立した物部連にも協力してもらってね。……けど、もう少しというところで殺された。僕が夢見た国は、天寿国はそこで全部台無しになった。

 そして、一家独裁が始まった。…………だから、ずっと、そのころから、ずっとずっと思ってたんだ」

 変わらない微笑。優しくて、穏やかな表情。……けど、

 けど、芳佳には、彼が泣いているように見えて、

「あの時、僕が殺されなければ、……ちゃんと、夢を実現できたなら。独裁なんて許さないで、その一家に刃向かったから追放されるなんて時代は来なかったんじゃないかって。山みたいに生きる事さえ難しい場所に追いやられることなんて、なかったんじゃないかってね。

 権力者に追放され、略奪され、そして、彼らの抱いた想いごと歴史の裏に抹消された《もの》たちの、その怨念は僕が原因だと、ね。……それが僕の抱える怨念だよ」

 昏い、昏い、扶桑皇国の山に堆積した怨念。彼はそれを背負っているのだと。

 言葉を噤む。重い、重い沈黙。豊浦は困ったように頷いて、

「合議制は国の分裂を招くし、派閥争いになるかもしれない。

 この国がここまで永く存在していたのはその一家独裁のおかげかもしれない。敵対者を徹底的に排除したことで永く平穏が保たれたのかもしれない。……だから、問答無用で滅ぼすなんてことはしないよ。

 けど、……もしまた、僕が殺された時みたいに一つの権力構造が独裁を振るったら、僕はいつかと同じように、帝だろうと呪い殺すし、国さえ祟る怨霊となる。それが、たくさんの怨念を産んだ僕の成すべき事だからね」

 千年を超えて抱く彼の怨念。それは決して揺るがない。豊浦の穏やかな口調は何よりもそれを雄弁に語る。

 怨霊は、自ら抱える怨念を形にするのだ、と。

 だから、芳佳は、彼の抱える怨念の重さを知り、それでも、芳佳は真っ直ぐに、自らの信念を語る。

「なら、私は豊浦さんを止めます。誰かを呪うなら、みんなを祟るなら、私はそれを全部祓います。

 私は、誰も傷ついてほしくない。みんなを、守りたいんです」

 千年を超えて存在する彼に、まだ、二十年にも満たない年月しか過ごしていない少女が相対するのは身の程知らずなのだろう。

 まだ幼い少女は、何も知らないのだから。けど、

「そうだね。……その時は、僕は、君の敵になろう」

 怨霊は、眩しそうに英雄の宣戦布告を受け入れた。

 

「長ったらしい話は終わったかっ!」

 二人の言葉を聞いて、口を開こうとしたウィッチの機先を制するように扉が開く。

「尊治」

 その乱入に豊浦は溜息。尊治は芳佳の手を取って、

「うむっ、よいな芳佳っ! そなたの意志は実によいっ!

 私はそなたと戦える日が楽しみになってきたぞっ!」

「あ、……え、ええと、」

「そなたの敵になりそうなのは扶桑皇国にたくさんいるからなっ! さっさと戻ってきて、……遊ぶか戦うかしようぞっ!

 とりあえず、…………顕仁でもからかいに行くかっ!」

「それは止めた方がいいと思う」

「え? た、たくさんいるんですか?」

 思わず、問い返す芳佳に尊治は頷く。

「うむっ、この国の歴史は永いからな。その分いろいろな怨念が堆積している。

 ならばこそ、そなたはその幼い意志を忘れるなっ、やりたいことをやっていけばよいっ、神がそれを許さずとも魔はそれを許してくれるっ! もとより国から排斥された《もの》たちだからなっ、大抵の事は気にせんっ」

「ふぁー」

 思わず、芳佳から変な声が漏れる。豊浦の魔法、陰陽や風水は見ている。そんな能力者がたくさんいる。凄いなあ、と改めて思う。……魔境、そんな言葉を思い浮かべて内心で必死に否定。

 苦笑。

「これが僕の怨念についての話だよ。

 それじゃあ、みんな、いろいろと見て回るといいし、話を聞くのもいいと思う。本来なら決して会わないような《もの》たちだからね、これから戦うのに、参考になることは多いと思うよ」

「ばかものっ! 私は遊びに来たのだっ! 遊ぶのだっ!」

 ルッキーニと芳佳の手を取って引っ張り出そうとしていた尊治は怒鳴る。豊浦は溜息。

「何で君が駄々をこねるの?」

「うるさいっ! いつもいつも貴様ばかり面白そうな連中と遊びおってっ! いい加減ずるいぞっ!

 今度の遊びは私も全力で首を突っ込むっ! だから、今から遊んでおくのだっ! というわけで、行くぞ芳佳っ!」

「ちょ、ちょ、た、尊治さんっ?」

 笑顔の尊治に引っ張り出されて芳佳は声を上げ、逆の手で引っ張り出したルッキーニは「むー」とうなりながら引っ張り出される。

「…………私、ちょっとあっちついていく。

 また、あとでな」

 シャーリーが軽く手を振って部屋を出る。それを皮切りに、ウィッチたちは、それぞれの思いを抱えて歩き出した。

 


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