怨霊の話   作:林屋まつり

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 では、これより化外の領域にて怨霊の話を始めます。
 登場人物が増えますが、各キャラの背景に深く触れたりはしないのであまり気にせず読み進めて大丈夫だと思います。なお、完全オリジナルの登場人物はいません。興味があったら元ネタを探してみてください。


四十一話

 

 庭に龍がいた。

 

 遊びに行くという事で、早寝して早起き。前日に作ったお弁当をもって庭に出たウィッチたちはその光景を見て動きを止める。

「さて、それじゃあ行こうかっ」

 庭にいる龍に硬直するウィッチたちを横に、豊浦は上機嫌に告げる。龍と、その後ろにある木船。龍には鞍のようなものが取り付けてありロープで木船とつながっている。

「…………なにこれ?」

 代表してミーナが恐る恐る問う。豊浦は自信に満ちた表情で頷く。

「うつろ舟っていうんだよ。前に河勝からもらったんだ」

 龍はきょろきょろして芳佳を見る。芳佳は息を呑む。龍が頭を下げたように見えたのでなんとなく会釈。

「……いや、いやいや、おかしいだろっ!」

「む、……まあ、うつろ舟の外装は気に入らなかったから作り直したけど、ちゃんと飛ぶよ」

「飛ぶのかっ?」

 もちろん、翼やエンジンらしいものは存在しない。飛ぶとは思えない。

「うん、大江山まで行くから遠いんだ」

「いや、そうじゃなくてっ、ええと、……それ、なんだ?」

 シャーリーは龍を示す。扶桑皇国で語られる龍の存在を知らないシャーリーにとってそれは正に未知の生物。……もっとも、扶桑皇国の伝承を知る芳佳以外は皆そうだが。

「龍だよ。黒駒っていう名前で空を飛ぶんだ。目的地までうつろ舟を引っ張ってもらうんだよ」

 豊浦の言葉に応じるように龍、黒駒は頷く。結構頭いいのかな、と。なんとなく思う。

「いや、龍、って言われても」

 そもそもその単語を知らない。

「それは、扶桑皇国の動物ですの? ……さすがは極東の魔境。生態系さえ突き抜けていますわね」

 恐れ慄くペリーヌ。彼女の知る生態系の中には眼前に存在する龍という動物は存在しない。

「そういえば宮藤は龍、ってなんだか知ってるのか? どんな動物だ?」

 エイラの問いに芳佳は「ええと、」と、欧州出身のウィッチたちにも連想しやすい単語を探す。思いついたのは当然、「ドラゴンです」

「…………流石、極東の魔境だな」

「ドラゴンが実在する国。……芳佳ちゃん。こんな国で育ったんだ」

「確かに、扶桑皇国は優秀なウィッチが多いな。

 豊浦といい、扶桑皇国は、…………なるほど、魔境か」

「ミーナ。扶桑皇国からもっとウィッチ呼んだ方がいいんじゃないの?

 きっと凄いよ。ドラゴンが生息する国のウィッチなんて、カールスラント四強が最強ってのも考え直した方がいいかも」

「山に行ったときに熊が出るとか言っていましたけど、きっと巨人そういうものだったのですわね。

 宮藤さん、そんなところで遊んでいるなんて」

「宮藤、お前、ひょっとして銃火器なくてもネウロイと戦えるんじゃないか?」

「美千子ちゃん、ウィッチじゃないけど山に行っているって言ってたよ」

「扶桑皇国出身者ならウィッチじゃなくてもネウロイと戦えるかもしれないわね。

 そういえば前に美緒が言っていたわ。扶桑皇国には竹槍っていう最終兵器があるって、非常用の装備か何かかと思ったけど、扶桑皇国のウィッ、……人にはそれで十分なのかもしれないわね」

「民間人が竹でネウロイを貫く、だと」

「扶桑皇国こえー」

「なんでですかーっ!」

 いわれのない畏怖を受けて叫ぶ芳佳。

「龍なんていないよっ! 扶桑皇国は普通の国だよっ!」

「芳佳ー」

 このままだと扶桑皇国の評価が大変な事になる。精一杯言葉を募る芳佳の手を引っ張るルッキーニ。示す先には龍。

「あ、あれはっ! ……何ですか?」

「だから、龍だよ」

「芳佳、落ち着こうよ」

 ルッキーニに諭されて芳佳は座って頭を抱えた。

「さ、みんなも乗って乗って」

 気楽に応じて豊浦は軽く跳躍、龍の上へ。その背中に腰を下ろす。

「乗るって、その、木の舟にか?」

「そうだよ。こっちがいいなら後ろに乗る? もう一人くらいなら大丈夫だと思うけど」

 龍が促すように首を振る。

「あたしそっちがいーっ」

 豊浦が乗ったので大丈夫と判断。それなら面白そうな方を選択する。ルッキーニは早速駆け出し「とうっ」

「あだっ?」

 跳躍し、なぜか豊浦に突撃。

「ルッキーニ君?」

 豊浦が怯んだ隙に彼の膝の上によじ登る。

「よしっ、準備完了っ」

「…………まあいいか」

「いいのっ?」

 腕の中に収まったルッキーニを撫でて応じる豊浦に芳佳が声を上げる。「大丈夫だよ」と豊浦は頷き、許可が出てルッキーニは上機嫌に笑う。

 ともかく、木船に乗る。縁に背を預けて座り、豊浦は振り返る。

「それじゃあ、行こうか」

 そして、飛んだ。

「うわ、わっ、すげーっ、ほんとに飛んだっ」

 ぐるり、辺りを見渡してトゥルーデも首を傾げる。

「豊浦、これはどういう原理で飛翔しているんだ?

 その、陰陽とか風水とかの魔法か? それとも、その、龍、とかいうドラゴンが飛んでいるのか?」

 龍には羽はない。飛翔のための器官が存在するようには見えない。

 そして、龍が牽引するこの木船もそれは同様。ストライカーユニットのように飛翔するための機構があるようには見えない。が、上昇の時も揺れることなくスムーズに空に舞った。

 龍も、この木船もともに飛翔しているとしか思えないが、その方法がまったくわからない。

「うつろ舟は僕もよく知らないんだ。友達の河勝からもらったものだし。

 黒駒はそうだよ。空を飛んでるんだ。原理は、……何だろうね? 僕も知らないんだ」

「そうか」

「この、うつろ舟って、扶桑皇国の機械か何かか?」

 シャーリーは船体を撫でながら問いかける。手から伝わる感触は間違いなく、ただの木。

 そして、見たところ飛翔のための機械を組み入れるような隙間もない。木船という言葉通り、木製に見える。動力らしいものさえ見当たらない。

「どうだろうね。それを持ってた河勝は変なやつだったからなあ。

 どこから来たのかもよく知らないし、……何者だったんだろうね。彼は」

「……扶桑皇国って」

「…………魔境じゃないもん」

 強く否定できる自信を失った芳佳は、それでも小さく抵抗。

「でも、なんとなく新鮮ですね。こういう風に飛ぶの」

 リーネは木船の縁から視線を落として微笑む。飛ぶこと自体はウィッチにとっていつもやっている事。

 けど、それは主に戦場に赴くため、こんな遊覧みたいな飛行は初めて、音も振動もない滑るような飛行は新鮮で心地いい。

「うん、それにお日様、温かい」

 サーニャは空を見て呟く。風は感じない、寒さもない。

 ただ、日差しの温もりがある。静かな空の散歩。心地いい。

 飛ぶ先、行く先を見る。……きっと、楽しい事がある。空を見てそんな事を思った。

 

「んーっ、ぬくぬくー」

「楽しそうだね。ルッキーニ君」

 膝に乗せたルッキーニはぱたぱたとはしゃぐ。豊浦は微笑んで彼女を撫でる。

「うんっ、楽しいっ! こんな事も出来るなんて、お兄ちゃん凄いんだねっ」

 ドラゴンとかよくわからないけど、ともかく豊浦がやったことには変わりない。

 こんな飛行は初めてで、戦闘のない、静かな空の旅にルッキーニは笑顔で豊浦に応じる。

「そっか、それはよかった」

 豊浦は笑顔を返す。……だから、

「あの、……お兄ちゃん、あたしたちと、欧州に来てくれる?」

 そんな笑顔を見て、もっと、彼といたくなった。

 一緒に戦って欲しいわけではない。陰陽とか風水とか、凄い魔法を使ってネウロイを退けて欲しいなんて言わない。

 ただ、一緒に遊んで欲しい。それだけでいい。

 すがるような視線に、豊浦は困ったように微笑む。

「それは、まだ出来ないかな。……ごめんね。ルッキーニ君」

「…………うん」

 我侭の自覚はある。豊浦には豊浦の生活がある。人間関係もある。自分の我侭一つで欧州という遠い地に引っ張り出していいとは思えない。

 けど、

「じゃあ、……お別れ?」

 それは、寂しい。

 もう会えなくなる。ウィッチであるルッキーニにとって、それは痛いほど現実味を帯びた仮定。

 今回も、一度重傷を負った。ネウロイという圧倒的な脅威を相手に確実に生存できるとは限らない。

 だから、……豊浦は腕の中にいるルッキーニを撫でて、

「ルッキーニ君は、もう会いに来てくれないのかな?」

「え?」

「聞いているよ。芳佳君みたいな例外を除けば、二十歳くらいになったら魔法力がなくなってウィッチとして戦えなくなる。……って」

「う、……うん」

 頷く。まだ、十五に満たないルッキーニにとっては遠い話。けど、いつか必ず訪れる現実。……そして、

 解ってる。そして、自分の大好きで大切な居場所。連合軍第501統合戦闘航空団。《STRIKE WITCHES》はそれよりも早くなくなる、と。

 ミーナやトゥルーデはあと一、二年。シャーリーも、数年もすればウィッチとして戦えなくなる。

 そして、そんな大切な仲間とともに戦えなくなったら、……自分はそれでもウィッチとして戦っているか。想像さえ、出来ない。したくない。

「そしたら、軍務が終わって時間が出来るね。その時にまたここに遊びに来ればいいよ。

 なに、十年なんてあっという間に過ぎるよ。……それとも、会いに来たくない?」

「そんな事ないっ! ……けど、また、怪我しちゃうかもしれない、し」

「そうならないように仲間と戦っているんだよね? ルッキーニ君。

 君が怪我をしたとき、シャーリー君も、芳佳君も、みんな、とても辛そうにしていたよ。もう、そんな目に遭わせたくないって、……そんな彼女たちを、信じてあげられないかな?」

「…………う、……ううん」

 否定。だから豊浦は不安そうに見上げる彼女を撫でて、

「だから大丈夫。君は死なない。君の大切な仲間がそれを許さないよ。だから、仲間を信じて精一杯戦って、胸を張ってまた一緒に遊ぼうね。

 大丈夫、僕は君の事を忘れないよ」

「その時は、……また、甘えていい? あたし、大人になってる、と思う。けど」

 漠然と、大人は甘えないものだと思ってる。けど、

 頼りになるお兄ちゃんにまた甘えたい。そんな少女の我侭をぽつりとこぼして、豊浦は意地悪く笑う。

「二十歳で大人? 僕から見ればまだまだ子供だよ。

 ルッキーニ君、大人扱いしてほしければ五百年は在り続けることだね。だから、大人だからだめだとか言わないで、好きなように甘えていいよ」

 意地悪く笑って、優しく言ってくれて、

「うんっ、ありがとっ、お兄ちゃんっ」

「お、……っと」

 飛びつくように抱き着く。抱き留められてルッキーニは嬉しそうに笑う。

 解ってる。これから、魔法力はなくなって、ウィッチとして戦えなくなって、少しずつ大人になる。……そして、そのころの自分がどうなっているか、それはわからない。

 けど、

「絶対っ、またあたしお兄ちゃんに会いに来るからっ、その時はたくさん一緒に遊んでねっ」

 この願いだけは絶対に変えない。そんな思いを強く感じて、ルッキーニは笑顔で宣言。

 と、

「おーい、豊浦ー、ルッキーニー、朝ごはんどうする?」

 エーリカの声。朝食のため作っておいたお弁当がある。

 もし、豊浦の手が離せないならどこかに降りて朝食にしようか、その判断を任せるためにエーリカは二人に呼びかけ、

「そうだね。僕もそっちで食べようかな」

 振り返り、……ウィッチたちは固まった。

 ぎゅっと、豊浦にしがみ付くルッキーニと、彼女の頭に手を置く豊浦。

 ルッキーニはともかく、豊浦はいつも通り彼女を撫でていただけだが。傍目には、

「なに、……抱き合ってるの?」

「へ?」

 つまり、そう見えたわけで、

「豊浦さんっ!」

 芳佳が怒鳴る。隣に座っていたペリーヌが思わず姿勢を正すような剣幕で、

「正座っ!」

 

「…………あのー」

 というわけで、うつろ舟に正座する豊浦。

「豊浦さん、どうしてルッキーニちゃんを抱きしめてたの?」

「い、いや、そういうつもりじゃなくてね。

 撫でてただけなんだよ。……あの、何か誤解がない、かな?」

「うそです。絶対にぎゅーってしてましたっ」

「えへへー、お兄ちゃんおっきかったー」

 シャーリーの膝に乗り胸に背を預けて上機嫌なルッキーニ。

「い、いやあ、……あ、あの、朝ご飯、は?」

「話をそらさないっ!」

「はい」

「ぽかぽかー」

「まあ、あれだ。よかったな、ルッキーニ」

 シャーリーは苦笑しながら腕の中のルッキーニを撫でる。

 確かに豊浦の言う通り、膝の上に座っていたルッキーニを撫でていただけなのだろう。それにしても長引きそうだな、と。空腹を感じて口を挟むことにする。

 つまり、

「それじゃあさ、ルッキーニ。代わってやれよ」

「えーっ、お兄ちゃんの膝の上がいいーっ」

 むう、と面白くなさそうに頬を膨らませるルッキーニ。けど、

「そ、そうだねっ、うんっ、ルッキーニ君っ、独り占めはよくないよっ」

 追及を逃れるために便乗する豊浦。豊浦にまで言われたのなら仕方ない。ルッキーニは不満そうに口を尖らせながらも「はーい」と応じる。

「か、……代わって、」

 ルッキーニを自分に置き換えたところを想像し、顔を真っ赤にする芳佳。追及がそれたので豊浦はこっそり安堵。

「それで、豊浦さん。誰と代わりますの?」

 にやー、と笑いながら問うペリーヌ。豊浦は、ふむ、と頷く。……………………「ま、任せる、よ」

「へたれるなよ」

 けらけら笑ってエイラ。豊浦はそちらに視線を向け、

「じゃあ、サーニャ君。どうかな?」

「はえっ? え、あ、……あの、わ「サーニャになにやる気だばかーっ!」」

 意地悪く笑う豊浦の言葉に、エイラは隣にいるサーニャを確保して怒鳴る。

「じゃあ、わ、私が」

「リーネは、……ほら、重いから」

 痛ましそうに口を開くエーリカ。「お、重くないですっ」と、体重を指摘されたと思ったリーネは慌てて否定し、けど、

 痛ましそうにリーネのとある一点を示すエーリカ。リーネは口を開こうとして、……俯いた。

 と、いうわけで、

 

「それじゃあ、お邪魔しまーす」

 最後、芳佳とのじゃんけんに勝利したエーリカは上機嫌に豊浦の膝の上に座る。

「女の子ってこういうのが好きなのかな?」

 よくわからないな、と。豊浦は首を傾げた。

「さーてね」

 そして、そんな彼を見てエーリカは上機嫌に、悪戯っぽく応じる。

「ま、いっか。……で、エーリカ君。座り心地は悪くないかい?」

「んー、大丈夫。……あー」

 体重を後ろに預ける。これは楽だ、と。エーリカは嬉しそうに目を細めた。

 ぽん、と頭を撫でられる。

「ま、もうしばらく時間もかかるし、眠くなったらここで寝ちゃっていいよ」

「それもいいかな」

 彼に体重を預け、空の遊覧を感じながら眠る。きっといい夢が見れそうだ。視線を後ろへ、エイラから離れてリーネと不貞寝するサーニャ。エイラはめそめそしているが、まあいいか、と。放り投げる。

 確かに眠るのもいいだろう。けど、

「ま、これでいいや」

 これでいい、……一つ、我侭。頭を撫でる豊浦の手を取って自分のお腹の所にもっていく。

「ハルトマン君?」

「なに? ルッキーニは抱きしめて私は抱きしめてくれないの? けちー」

「いや、そういうつもりはなかったんだけど」

 わざとらしく口をとがらせるエーリカに豊浦は困ったように応じる。

「まあいいか、あんまり暴れないでね」

「そんな子供じゃないよ。子供扱いすると不貞腐れるぞー」

 手を伸ばして豊浦の頭をぺしぺしと叩く。「ごめんごめん」と、豊浦は軽く笑って応じた。

 

「山だな」「山だね」

 空を飛んで山に到着。豊浦曰く、大江山、というらしい。芳佳は知らないと首を傾げる。

 山だ。それは間違いない。空から直接下りたのだから間違えるはずがない。

 けど、

「なんで、山にこんなでかい屋敷があるんだ?」

 エイラは心底不思議そうに首を傾げる。眼前には広大な屋敷。規模だけなら自分たちの基地の方が大きいだろうが、それでも、扶桑皇国で使った家どころか芳佳の故郷の村にあるすべての家を含めたくらいの面積はあるかもしれない。

「さ、ここが観光する場所だよ。それじゃあ行こうか」

 豊浦は歩き出し「豊浦っ」

 男性の、声。門の向こうから一人の男性が小走りで駆け寄ってくる。

「うわ」

 思わず、シャーリーが声を漏らす。駆け寄ってきた男性は驚くほど整った容姿をしているのだから。

 彼は駆け寄り、そのまま豊浦の肩を叩く。笑顔で、

「久しぶりっ、相変わらず君は変わらないなあ」

「それはそうだよ。ああ、そうそう、悪かったね。急な話で」

「なに、どうせ家は広いんだし、僕は構わないよ。……と、彼女たちか」

 ひょい、と彼はウィッチたちに視線を向ける。

「話は聞いてる。ウィッチだね。

 僕の名は酒呑童子。酒呑でいい。ようこそ我が家へ。最新の英雄たち」

 笑顔を見せて、告げる。

 

「化外の魔物として、君たちを歓迎するよ」

 


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