怨霊の話   作:林屋まつり

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四話

 

「そっか、……炬燵って、楽園の事だったんだねー」

「ぬくぬくー」

「……みんな、私はもう、だめだ」

「あとは任せたー、もう私は何もやりたくない」

 炬燵に潜り込んで動きを止めるエーリカとルッキーニ、シャーリーとエイラ。

「なに言いだすのよ貴女たちは?」

 ミーナは軽く頭を抱え、なんとなく気持ちがわかる芳佳は笑うしかない。

「あら、……ふふ、賑やかになったわね」

「作った甲斐があったねえ」

「あ、ええと、こんばんわ。

 大勢でいきなり押しかけてすいません」

 炬燵に潜り込んだまま出てこない仲間たちを横目で睨んでから頭を下げるミーナ。

「あら、ご丁寧にどうも。

 それに、いつも娘がお世話になっています」

「い、いえっ、宮藤さんはとても優秀な軍人で、私たちも助けられることが多いです」

 丁寧に頭を下げる芳佳の母、清佳にミーナは軽く手を振って応じる。けど、苦笑。

「それならいいんだけどねえ。芳佳は我侭で頑固、軍規なんてろくに守っちゃあくれないだろ?

 苦労を掛けてないか心配でねえ」

「お、お祖母ちゃんっ」

 そして祖母、芳子の言葉に芳佳が慌てて声を上げる。けど、

「あ、……あはははは」

 非常に残念なことに、芳佳のフォローができないのでミーナは曖昧に笑った。

「み、ミーナさんっ? ……あ、あの、…………って、なんで皆そっぽ向くの?」

 そして、フォローが出来ないのはそこに集った仲間たちも同様。かける言葉がまったく思い浮かばず視線を逸らす。

「あ、あの、……ほ、ほらっ、…………あの、……その、…………え、ええと、」

「リーネちゃんっ?」

 一番の親友は言葉をひねり出そうとするが、失敗したらしい。

「リーネちゃんはいい娘だねえ。

 けど、芳佳は無茶ばっかりするんだから、ちゃんと諫めないとだめだよ。怒るときは怒るのも友達だ。心配かけたら思いっきり叱ってやりな」

「そうねえ、……仔犬を助けようとして滝壺まで落ちそうになったとか」

「ひうっ?」

「あとは、熊と向かい合ったりとか」

「ほかにも「ちょっ、お母さんっ、お祖母ちゃんもやめてよーっ!」」

 いつの間にか過去の暴露になっていた。興味深々とした表情のリーネを横目に二人を制して、

「ほらっ、ご飯っ、ご飯食べちゃおうよっ! 冷めちゃうよっ」

「えー、私、宮藤のこと聞きたいなー」

「シャーリーさんっ!」

「そうだな。私もみ「妹の事はちゃんと知ってないとねー」そう、いも、……妹じゃないっ!」

「あら? ええと、バルクホルンさん。

 バルクホルンさんは芳佳のお姉さんだったのね?」

「そうかいそうかい、……不束者だが、よろしく頼むよ」

「なんでそうなるっ?」

「ふふ、……はい、あまりみんなには馴染みのない料理かもしれないけど、苦手だったら遠慮なく言ってね」

「え? ええと、くさ、……こほん、納豆はありますの? あれは、その、少し苦手ですわ」

「腐った豆はないわよ」

「え、えええ」

 濁した言葉を率直に言われて変な声を上げるペリーヌ。

「まあ、それ言ったらお味噌汁に使う味噌も腐った豆なんだけどね。

 扶桑皇国は発酵食品も多いから、腐ったものばっかりだねえ」

「た、あ、はい」

 食事の前に言わないでほしい。

「はい、しなびた野菜よ」

「沢庵っ、お母さんっ、変なこと言わないでっ」

 というわけで配膳終了。「これは、魚の丸焼きか?」

 トゥルーデが串に刺さったままの魚の丸焼きを箸でつつく。

「ええ、豊浦さんが釣ってきたヤマメよ。腸を抜いてお塩で味付けしたの?」

「わた?」

「臓物よ。せい「わかった。わかったから言わないでいい」」

 食事前に臓物の話はしてほしくない。曖昧な表情で応じるトゥルーデに清佳は「そう」と応じる。

 配膳が終わり、清佳と芳子も一緒に腰を下ろす。

「私たちもぜひご一緒させてもらいますね」

「え、ええ、それは構いませんが」

 気にすることではない。けど、妙に楽しそうな清佳にミーナは首を傾げた。

「お母さん?」

「ええ、母として、娘がちゃんとやっているか聞いておかないと」

「ふぇっ?」

「そうだねえ。医学や軍人としての事はともかく、行儀や礼儀。それに、少しは規則ってものを守っているか、そのあたりは聞いておきたいねえ」

「え、ええっ? ちょ、ちょっと、お祖母ちゃんっ!」

「そうですね。そういったことは家庭での日頃の生活で培われるもの、ちゃんとご家族とは話し合っておいた方がよさそうね」

「ミーナさんっ?」

 なぜか乗り気なミーナ。助けを求めるように視線を向ければエーリカが合掌して「なむー」

「ハルトマン、それはなんだ?」

「ご愁傷様、っていう事らしいよ」

「そうか」

 とりあえず、みんなも続いた。

「ご飯っ、ご飯食べようよっ!」

 旗色の悪化を感じた芳佳は慌てて声を上げる。出来れば食事中は避けたい。そしてなぜか思い出すのは学校に通っていた時の家庭訪問。

「そうね。あまり遅くなっても困るし、……ああ、いえ、大丈夫ね。今日じゃなくても」

「そう、そうだよっ、ほら、遅くなると寝る時間になっちゃうよっ」

「明日、ゆっくり時間を取りましょう」

「そうですね。じっくりお話をしましょう」

「えええ」

 崩れ落ちる芳佳。ともかく、いただきます、と声が重なり、

「宮藤、私はお前を見損なった」

「何ですかっ?」

 さっそくご飯を食べたシャーリーが重々しく告げた。

「お代わり―っ」

「はやっ? って、ルッキーニちゃんっ、おかず食べてないのっ? ご飯だけっ?」

「ええ、そうですわ宮藤さん。

 いつもよりご飯が全然美味しいですわよ? どういうことですのっ?」

「それは最近収穫したばっかりだからねえ。収穫したて、精米したては美味しいものだよ」

「鮮度かっ?」

 それで見損なわれても困る。ふと、

「ふふ、サーニャちゃん。ちょっと貸して」

「あ、はい」

 焼き魚に悪戦苦闘していたサーニャからお皿を受け取り、清佳は器用に骨を外し、身を取り分けていく。

「わ、わ、すごい。上手、ですね」

 目を丸くするサーニャに清佳は微笑。「エイラちゃんも、とってあげましょうか?」

「う、…………お、お願い、します」

 不承不承、ぼろぼろになった焼き魚を差し出すエイラ。清佳は微笑みそちらも取り分けていく。

「器用だなー」

「ええ、慣れているもの」

「これは、……ええと、お醤油ですか?」

「ううん、お塩を振ってあるから、味はついているわ」

「ねえねえ、これなにこれ?」

「生の蛸を細切れにした一部よ。それは足を輪切りにしたところね」

「……あ、はい」

「お刺身っ! 蛸のお刺身っ!」

 清佳のした言葉の選択に微妙な表情のエーリカ。芳佳は慌てて声を上げる。

「うえ、……た、たこ、生の蛸? ……扶桑皇国はそんなものを食うのか?」

「え? 美味しいですよ」

 心底いやそうな表情のシャーリーに芳佳は唇を尖らせる。「私、パス」と、シャーリー。

「ええと、お醤油につけて食べるんだよね。……あれ? これは薬味?」

 リーネは醤油のそばにある薄緑色の薬味を見て首を傾げた。

 刺身を作っているところは見ていた。その時に醤油をつけて食べることは聞いていた。けど、これは何なのか。

「あ、リーネちゃん。って、ちょっ、待ってっ、それは少しつければいいのっ!」

「え? …………むっ?」

「あらあら」

「ふひはーっ! ひゃひゃひーっ?」

「り、リーネさんがお料理で泣きだしましたわっ?」

「なにがあったっ?」

「おやおや、リーネちゃん。はい、お水」

「ひゃ、ひゃひひゃひょうひょひゃいましゅ」

「リーネ何言ってるかわかんなーいっ」

 けらけら笑うルッキーニに涙目を向けるリーネ。水を飲んで深呼吸して落ち着く。

「うう、……びっくりしましたー

 なんでこんなにたくさん出てるんですかあ」

「つける量には好みがあるからねえ」

「大丈夫? リーネちゃん」

「う、うん、…………うう、薬味って難しいんだね」

「そ、そうだね」

「お代わりーっ」

「……ルッキーニ、少しはおかずも食え」

 延々と米を食い続けるルッキーニに、シャーリーは曖昧な表情を浮かべた。

 

「私は帰りたくない。っていうか、ここから出たくない」

 移動の疲れもある。それに、慣れない寝室だ。早めに戻って眠ろう、と。話し合って立ち上がった矢先、エーリカは頑として炬燵に張り付いた。

「…………そこで暮らす気かお前は?」

 トゥルーデは溜息。

「そう、……それじゃあ、よろしくね。エーリカちゃん」

「受け入れるなっ!」

「炬燵からでないとなるとお風呂はどうしようかねえ」

「問題はそこじゃないっ!」

「トゥルーデー、年上を怒鳴っちゃあだめだよー」

「そうね。トゥルーデ、二人は軍の上官ではなかったとしても、年長者よ。

 貴女より多くの経験を積んでいるのだから、礼儀をわきまえなさい」

「私が悪いのかっ!」

 ともかく、渋るエーリカを引きずり出す。すでに動くつもりのないエーリカは仕方なくトゥルーデが背負う。

「ミーナー、こーたーつー」

「はいはい、後で申請してみるわ」

「……それ、通るのか?」

 補給の申請書に炬燵と書かれていたらどうなるか? おそらく混乱するだろう。

「それじゃあ、みんな。おやすみなさい」

「ええ、おやすみ」

「芳佳ちゃんっ、おやすみなさいっ」

 宮藤家のみんなに手を振って、宮藤診療所を後にする。三人、芳子と清佳も顔を出して手を振ってくれた。

 それを見て、ミーナは微笑む。

「いいご家族ね」

「そ、……そうだな」

 それは認める。いきなり押しかけた自分たちも笑顔で歓待してくれた。

 けど、なんとなく独特なものを感じ、トゥルーデはとりあえず頷いた。

 

「木のお風呂、っていのも不思議だね」

「そうですわね。……ただ、狭いですわね」

「だねー」

 リーネとペリーヌは肩を並べて湯につかる。……で、いっぱい。もう一人はいれば窮屈になるだろう。

 こじんまりとした木造りの湯船。……けど、なんとなくこれもいいかな、とリーネ。

「いいところだねー」

「ちょっと、……山奥すぎる気もしますけど、ね」

 のんびりとこぼれたリーネの言葉にペリーヌは微笑。物珍しさや不慣れはあってもこの家は好ましいと思ってる。芳佳の家族とも仲良くやっていけそうだ。

 ただ、出来れば虫や妙な動物の出ない場所がよかったが。

「それにしても、鉄蛇。……だね。地上蛇行型の大型ネウロイ」

 帰り道、リーネも作戦の方針は聞いている。

 地上歩行を行うネウロイは確認されている、だが。大型は聞いたことがない。

 それに、戦車とも違う。その移動は正しく蛇らしい。地中から飛び出してきたこと考えれば地下に潜ることもできるかもしれない。

「ええ、取り逃がすことは、許されませんわ」

 移動するだけで町が蹂躙される。そんなものがビームまで放ったら、……移動速度次第でもあるが、最悪、数か月で扶桑皇国そのものに壊滅的な被害が出る。

 確実に、撃滅しなければいけない。故郷を壊される寂しさ、辛さはペリーヌもよくわかっているのだから。

「うん、そうだね」

 そして、それをよく知るリーネも頷く。……絶対に、大切な親友にそんな思いはさせたくない、と。

 だから、

「蛇についての資料を集めよう。移動方法とか参考になるかもしれないよね」

「対地戦の情報を集めましょう。地上歩行するネウロイと戦闘記録とかですわ」

「「…………」」

 全く異なる方針を口にした二人は顔を見合わせた。

 入浴を終え、

「浴衣、ですわね。……扶桑皇国の寝間着」

 備え付けの浴衣。それぞれ寝間着は持ってきたが、どうせなら着てみようと脱衣所に用意しておいた。そこでペリーヌはしんみりと呟く。

「似合いませんわねえ」

「……うー」

 で、

「似合わないねー」

「そうだな」

「うー」

 すでに湯上り、浴衣を着てくつろいでいたエーリカとトゥルーデ。

「あはははっ、似合わなーいっ。シャーリーくらい似合わなーいっ」

「なんか、変だよな」

 そして、容赦なく笑うルッキーニとしんみりと呟くシャーリー。

 で、

「うー」

 総ダメ出しを受けてへこむリーネ。理由は欧州の特徴を持つ容貌。…………ではない。

「やっぱり、大切なのはおっぱいなんだねっ!

 ハルトマンとペリーヌは可愛いもんっ」

「でしょー」

「…………な、なんか、小さい呼ばわりされて素直に喜べませんわ」

「なんか、変ね」

「…………はい」

 ミーナにまで言われてリーネは肩を落とした。

「あたしたち勝ち組っ! いぇいっ!」

「いえーっ」

「ちょ、わ、わたくしを巻き込まないでくださいませんっ?」

 拳を振り上げるルッキーニとエーリカ。けど、それはつまり、

「くっ、……貧乳組が勝ち組、だと」

「貧乳言わないでくださいっ!」

 シャーリーに怒鳴るペリーヌ。つまり、そういう事なのだから。

「あ、空きました。お風呂、心地よかったです」

 最後にサーニャとエイラが顔を出す。そして、

「す、すごい」「可愛い」「うわー、サーニャきれー」「負けた」

「へ? え?」

 温かい湯につかって上気した白い肌。深い藍色の浴衣はサーニャの肌の白さを一層際立たせ、妖精と見紛う可憐さを見せていた。

 思わず、向けられる注目にサーニャは困ったように一歩引いて、

「サーニャをそんな目でみんな―っ!」

 エイラが突撃した。

 

 お布団、……ベッドともマットレスとも違う。もっと薄い寝具。

 リーネは寝転がり手を伸ばして電灯を消す。けど、

「ん、……んん」

 微かな音。仄かな灯。

 不快なものでもないし眠気を妨げるほどでもない。けど、興味をもって電灯を消したまま身を起こす。

「お外。…………ああ、そっか」

 そう、いつも暮らしている基地とここは違う。

 紙の境界。薄く、脆い壁。

 仄かな、青白い輝き。ふと、障子を開ける。

「う、…………わ、あ」

「すごい、よね」

 目を見開くリーネにかけられる声。

「サーニャさん」

「こういうの、なんていうのかな? 廊下、なのかな」

「廊下に直接座るのも、不思議な感じだよね」

「そうね」

 サーニャも頷く。けど、立ち上がろうとは思えない。ただ、座っていたい。

 座って、見ていたい。

 

 全天に瞬く星。天頂に輝く月。闇夜に沈む山。

 

 圧倒される景色。魔や神がそこにいない事が不思議に思えるような、風景。

「私、ナイトウィッチだから、夜景は見慣れているつもりだったけど。

 けど、山が近くにあるから、かな。……こんなに深い夜は、見たことないかもしれない」

「うん、……私も、初めて、…………それに、月があんなに大きい」

「部屋の中、仄かに明るかったよね。ああいう、柔らかい灯は好き」

「私も、障子、だからかな」

「風の音も聞こえたの。ええと、外との境界が薄い、っていうのかな。

 石造りの家だと、こういう事ないよね」

「うん」

 どちらがいいか、それはわからない。

 ただ、こういうところもいいな、と。そんな風に思ったから。

 もともと、二人とも饒舌な方ではない。し、言葉を交わすよりは、ただ、静かにこの夜景を見ていたい。

 さわさわと、夜風が心地いい。虫の音がかすかに聞こえる。

 静かな夜。…………二人並んで、それを見ていた。

 


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