怨霊の話   作:林屋まつり

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三十九話

 

「お疲れ様、みんな、よく頑張ったね」

 《大和》まで飛ぶ気力さえなくなったウィッチたちに豊浦は微笑。

「おー、……終わったー」

 シャーリーはひらひらと軽く手を振る。終わった、あとは「それじゃあ、明日はゆっくり休んで、明後日に遊びに行こうね」

「は?」

 終わった。……けど、鉄蛇はあと一つ残っている。それを無視したような豊浦の言葉にミーナは口を開こうとし、豊浦は手を振って制する。

「それと、芳佳君。いいものを見せてあげる」

「え?」

 他のウィッチ同様座り込んだ芳佳は豊浦の言葉に声を上げ、豊浦は微笑。最後の鉄剣を抜いた。

「ちょ、豊浦さんっ?」

 慌てて立ち上がる。けど、戦うことが出来るか、それは否。すでに、ここにいる皆は限界まで疲弊しているのだから。

 だから、声を上げる芳佳。そして、顕現する最後の鉄蛇。その威容を背に、豊浦は微笑。

「さあ、見ておきなさい。

 これが、君たち常民の知る世界の裏側にいる化外の力。……芳佳君。君がいずれ相対するかもしれない《もの》だよ」

 懐中時計が括り付けられた棒から、それを抜いた。

「え? 刀?」

 ミーナが呟く。美緒は刀を主武器としていた。ゆえにそれは見慣れている。

 反りのある日本刀ではない。短い直刀。……それが、光に包まれる。

「ポラリス、の、光」

 ぽつり、サーニャが呟く。ナイトウィッチである彼女は星の光をよく見ている。だから、そんな言葉が零れた。

 

 咆哮。

 

「って、ちょ、豊浦っ!」

 鉄蛇の咆哮を聞いて、声。豊浦は微笑み、星の光を纏う直刀を向ける。

「太極に至る船を出そう。顕世より、北辰の光とともに消えよ。」

 直刀。――――銘は、

 

「七星剣、抜錨」

 

 極星の光が濁流となって鉄蛇に突き刺さる。その頭部を消し飛ばし、巨大な体躯のほぼすべてを粉砕、消滅。

「……うそ」

 呆然、と。ミーナが呟く。豊浦は変わらぬ笑みを浮かべて刀、七星剣を鞘にしまう。

「さ、これで終わりだね」

 

 すべての鉄蛇を打倒。これで扶桑皇国の脅威は払った。

 …………けど、

 

 帰り、鉄蛇の討伐を終了したことで《大和》にいたウィッチや扶桑皇国の軍人たちは沸き立つが、戦った《STRIKE WITCHES》のウィッチたちにそんな余力は残っていない。

 早く休んだ方がいい、と。美緒の判断で彼女たちは報告も最低限だけ行い帰路につく事になった。

 扶桑皇国の軍人が運転する自動車に揺られて家に戻る。その間に眠ってしまう事もあるかと思っていたが。誰も眠りに付かず、黙って自動車に揺られる。

 疲労で眠りたい。あるいは、仲間たちの健闘を讃え合いたい。……そんな思いはある。けど、それ以上に、…………ほかの誰かがいるここでは聞けない事がある。

 

「あの、豊浦さん」

 家に戻り、誰も寝室に戻らず、居間で芳佳は口を開く。

 答えが怖くもある。……けど、どうしても気になる。言仁の言葉。

「豊浦さんは、……扶桑皇国の事、好き?」

 国の滅びを望む者。その言葉がどうしても、頭から離れてくれない。

 相対するかもしれない、と彼は語った。その言葉が結びつき、不安が胸をいっぱいにする。

 問いに、豊浦は困ったように微笑み。

「嫌いだよ」

 即答。

「言仁が何を吹き込んだかは知らないけどね。

 けど、そうだね。僕はこの国が嫌いだ。滅びるなら滅びればいいと思ってるし、滅ぼそうと思った事もあるよ」

「なら、どうして鉄蛇を封じて、私たちを助けてくれたの?」

「君たちの事が好きだからだよ。だから協力したんだ。

 あとは、ウィッチ、最新の英雄たちに興味があったからね。鉄蛇、……ああ、ネウロイか。海軍の基地を壊滅させたネウロイを封じたとなればウィッチが出ないわけには行かないからね。

 それで見てみたかったんだ。過去の怨霊として、現代の英雄をね。それと、」

 いつか、彼女に語ったこと。

「ミーナ君。変かな? 扶桑皇国は嫌いだ。けど、そこにいる人、芳佳君みたいな子たちを愛おしく思うのは。そして、彼女に力を貸してくれるミーナ君たちに感謝をしているのは」

 ミーナは息を呑む。千年以上続く系譜。あの時はロマンチックなんてからかい交じりに応じた。……けど、彼は、本当にそう思っている。彼の言葉はそれを確信させるに足りる。

 返事は、ない。けど豊浦にはそれで十分だったらしい。

「明後日、遊びに行くところで僕が扶桑皇国を、この国を嫌う理由を教えてあげるね。怨霊である僕が抱える怨みを」

 怨霊を自称する彼が持つ怨み。ずっと、ずっと聞けなかった事。

「みんな、本当に優しくていい娘だね。……けど、今回に限って言えばそれはちょっと困ったことかな。

 誰も、僕がどうして怨霊を名乗っているのか、何を怨んでいるのか、その事を聞かなかったのは、触れて欲しくないと思っていたからだね?」

 問いに、頷く。それは彼の傷を抉る行為と思えたから。

 けど、

「その意味も、教えてあげる。皆にもね」

「一つだけ、答えてください」

 リーネは真っ直ぐに豊浦を見つめる。彼女には珍しい、強い視線で、

「豊浦さんは、芳佳ちゃんの敵になりますか?」

 豊浦は、扶桑皇国を滅ぼそうと思った事もあるといった。彼の能力を見れば笑いごとで済ませられる言葉ではない。

 対し、芳佳は扶桑皇国の軍人だ。…………なら、

「そのつもりはないよ。ただ、芳佳君の奉じる信念と、僕が抱える怨念が相対するのなら、その時は、そうだね。

 お互い後悔しないように、全力で相対しようか」

 

 夜、ペリーヌは笛の音を聞いて外へ。

「…………寝なさい」

「そういうわけにもいきませんわ」

 以前来た時とは違う。きっぱりとした言葉にペリーヌはそれと同じ口調で応じる。

 その視線は強く、鋭い。

「この扶桑皇国は貴方の故郷でもあるのでしょう?

 それでも、滅びを望むというんですの?」

 故郷を守るため、貴族として、ウィッチとして尽力するペリーヌにとってその感覚は理解できない。

 対し、豊浦はペリーヌに視線を向ける。…………見たこともない、寒気がするような視線。

 ぞく、とする。

「僕の故郷は滅んだよ。あの忌々しい女帝と皇子に滅ぼされ、比べ等しい者はない、とかふざけた名を持つ者たちに消された。

 それに続く扶桑皇国を僕は故郷と思っていない。故郷だから滅ぼさない、そんな楽観は僕に通じないよ」

「そう、……です、の」

 それは、感じたこともないような、怨念。

「貴族として教育を受けたペリーヌ君にとっては理解できないかもしれないね。

 けど、覚えておくといい。歴史は勝者が作る物だ。……だから、敗者という、歴史から消し去られた《もの》が存在するとね。その《もの》たちも、国が好きだとは思わない方がいい」

「……豊浦さん、は?」

「ああ、そうだよ。前に少し話したかな? 昔、僕は執政者だった、と。

 蘇我臣、古代、一つの時代を担った執政者。けど、もう少しで完成というところで首を刎ね飛ばされた。そして、僕の首を刎ねたあの皇子の血統が今の皇統へ繋がっている。…………だから、僕はこの皇国が嫌いなんだ」

 執政者として国を支え、けど、殺され、歴史からも抹殺された。と、彼は語る。

「君には、ショックな事かもしれないね」

「…………が、」

「ん?」

「そ、……れが、貴方の、怨念、ですの?」

 殺されたこと。言葉に詰まりながら問うペリーヌに豊浦は苦笑。

「違うよ。僕の怨念は、殺されたなんてそんな軽い事じゃない。

 そっちは後で教えてあげるよ」

 殺されたことさえ、軽い、と。言い放ち、豊浦はペリーヌを撫でて、

「僕が、芳佳君と戦うかもしれない。……それが不安なのかな?」

 こくん、と頷く。

 芳佳が豊浦に懐いているのは見ていればわかる。そして、その理由も、なんとなくわかる。

 父親を喪い、母と祖母に育てられた。

 清佳の人なりは信頼している。……けど、それでも、

「宮藤さんは、豊浦さんの事、慕っていますわ」

「そっか、それは嬉しいな」

 ぽつり、呟いた言葉に豊浦は応じる。ペリーヌは続ける。

「宮藤さんは、幼いころに、父親を亡くした、んですわ」

「……そう」

 頷き、ペリーヌは自分の体を抱きしめるように、言葉を吐き出す。

「親を喪うのは、寂しい、……のですわ」

 その気持ちは、解る。……自分も、同じなのだから。

 大切な両親を喪った、それは、とても寂しい事。

 だから、ペリーヌはなんとなくわかってる。芳佳が豊浦に向ける感情。

「芳佳君にとって、僕は父親みたいに思われているのかな」

 ぽつり、呟かれた言葉。ペリーヌは「そうだと思いますわ」と、頷く。

 頼りになる年上の男性。知らず知らずのうちに父親と重ねてしまっても、不思議ではない。

 ペリーヌ自身、何度か亡き父親と重ね見た事がある。

「そっか、……それで、僕が、……そうだね。扶桑皇国を滅ぼすために動き出したら、扶桑皇国の軍人である芳佳君は辛い選択を強いられる、それが不安なんだね?」

 問いに、頷く。軍人としての任務と彼を慕う気持ちで板挟みになるところなんて、見たくない。

 それは、とても辛い選択なのだから。

「…………本当に、ペリーヌ君は優しい娘だね」

 豊浦は柔らかく微笑み、けど、

「それでも、僕は僕の在り方を変えられない。まだ、その必要はないから扶桑皇国と敵対するつもりはない。

 けど、必要になったら僕はこの扶桑皇国を滅ぼすために動く。それは決して止めない。

 千年以上積み重ねた怨念にかけて、…………ね」

「それはっ、…………そう、ですの」

 激昂の言葉は沈む。申し訳なさそうに、困ったように告げる豊浦。だから、解ってしまった。

 彼も、芳佳と戦う事を望んでいない、と。芳佳の事を大切に思っている、と。

 ……………………けど、それでも、譲れない思いがある、と。

「……失礼し「ペリーヌ君」」

 肩を落として背を向ける。彼女にかけられる言葉。

「もう少し、時間はあるかな?」

「へ? え、ええ、大丈夫ですわ」

 問いに頷く。

「和を以て貴しとなす。聞いたことがあるかな?」

「いえ、……ええと、扶桑皇国の、言葉ですの?」

「そうだよ。それで、君たちの事だよ」

「え?」

 意味の解らない言葉。それに当てはめられてペリーヌは首を傾げる。

「どういう意味ですの?」

「辞書的に言えば、人々がお互いに仲良く、調和していくことが大事なこと。……ってところ。

 まあ、僕の政治理念の根幹といったところかな。

 僕が執政者だったころ、大王、……今でいう帝だね。帝を長として、その下に豪族がいた。君たち風に言えば、貴族だよ。

 けど、大王には強い権力はなかった。祭祀王、なんて言われていたね。祭祀を司る帝と、合議制の下、執政を担当する豪族たち、彼らの和をもって国を統治していこうとね。そう、各国から集まって一つの部隊として活躍する君たちみたいにね」

「そうですわね。……ええ、素敵な統治だと思いますわ」

 頷く、多くの国から集まり、一つの目的をもって戦う自分たちの部隊、《STRIKE WITCHES》の在り方を好ましいと思っているのだから。

「そう、……扶桑皇国も、今は辛うじてその形になっている。だから、今は傍観している。

 けど、ウィッチの存在で軍の権限が突出して高くなっている。もし、この権限をそのまま、権力へと持っていったら、……帝という祭祀王を後ろ盾として一つの存在が権力を握ったら。僕の首を刎ねたあの連中のように、国を私物化したら?

 かつて、それを許して数多の怨念を産んだ《もの》として、僕は、何度でもこの国を祟る怨霊となろう」

 豊浦は、微笑。

「と、いうわけだよ。ペリーヌ君。

 君は、貴族として僕を悪というかな?」

「…………いえませんわ」

 否定する。今は、ネウロイという共通の敵が猛威を振るっているから、各国、軍部も一致団結して欧州を取り戻そうと戦っている。

 けど、それが終わったら? ウィッチという強大な戦力を持つ軍はその後どこに向かうか? ウィッチという戦力を後ろ盾として権力を欲し、軍事政権が作られるか。……もしそうなれば、それはろくなことにならないだろう。

 それを止める。それは悪いとは思えない。けど、もし、それが実現したら、

「そう、何事もない事を祈るよ。

 僕も、芳佳君と戦いたいとは思っていないからね」

 

 夜、芳佳はリーネに抱きしめられて目を閉じる。

 電灯を消し、

「…………私、豊浦さんと、戦うの?」

 怖い、……豊浦の、見たこともないような実力、……ではなく、

「私、…………私、は、」

 大丈夫だよ。とは言えない。

 怨霊を名乗る彼、豊浦。芳佳が皆を守りたいと、その思いに等しい重さを持つ彼の思い、怨念。

 もし、芳佳の信念と彼の怨念が相容れないものなら、……お互い、

「芳佳ちゃん」

 リーネは腕の中で小さく震える芳佳を丁寧に撫でる。

「お話、ちゃんと聞こう」

「お、話?」

 明後日、遊びに行こうといっていた。そこで彼が抱える怨念の話をすると。

 今のところ、豊浦は扶桑皇国を害しているようには見えない。だから、

「豊浦さんのお話を聞いて、その、怨念、も、ちゃんと聞いて、お話ししよう。

 そうすれば、大丈夫、大丈夫、だよ」

 安心してほしいと、そう思って強く、抱きしめる。お互い譲れない思いなのはわかる。……けど、

 それが、どんなに辛くても、お互いの思いをわかって、尊重して、それでもなお相対するとしても、

 きっと、大丈夫。

「うん」

 少し無理をして、まだ、少し不安そうに、…………けど、それでも、

 芳佳はリーネに視線を向け、微笑。

「あの、リーネちゃん」

「なぁに? 芳佳ちゃん」

「私、豊浦さんにいい娘、って言ってもらえたんだ」

「うん」

 よく、芳佳の頭を撫でてそう言っていた。嬉しそうに、少し、照れくさそうに芳佳はそう語る。

 だから、

「……だから、私は、」

 

 決意。一つ。

 

 翌朝、芳佳は眠るリーネの腕の中から、そっと体を離す。

 よく眠れた。夜に不安な事を聞いた。けど、

「ありがと、リーネちゃん」

 交わした言葉はほんの少しだけ、けど、優しい言葉と頭を撫でてくれる感触、柔らかく抱きしめてもらって十分に眠れた。

 だから、起こさないように小さく呟いて芳佳は歩き出す。朝、この時間なら彼は台所にいる。みんなのために朝食を作ってくれてる。

 その気遣いを嬉しく思い、芳佳はそちらに向かって歩き出した。

 

「おはようっ、豊浦さんっ」

「うん、おはよう。芳佳君」

 いつもと変わらない穏やかな微笑。それを見て芳佳は内心で安堵し、けど、

「豊浦さんっ!」

「あ、うん?」

 強いて、強い口調で呼びかける。包丁を扱う手を止めて芳佳に視線を向ける。

「私は、扶桑皇国が、私の故郷のこの国が大好きですっ!」

「…………そっか」

 たとえ、彼が嫌いだと言おうとも。……それでも、大切な故郷。大好きな家族がいて、たくさんの仲間がいるこの国は好き。

 その思いは、変わらない。

 だから、

「もし、豊浦さんがこの国を滅ぼそうなんて、危ない事を考えるなら、私は絶対に豊浦さんを止めますっ!

 引っ叩いてでも、意地でも止めますから、覚悟してくださいっ!」

 宣戦布告、……というにはあまりにも子供っぽい言葉。けど、気持ちとしては宣戦布告。

 大好きな故郷だから絶対に守る。自分の在り方として、誰かを害するなら絶対に止める。

 例え、彼の胸にどんな怨念があってもそれは変わらない。例え、相手が誰であっても、絶対に変えられない。

 そんな、我侭で子供っぽい自分の事を、いい娘、といって褒めてくれた人がいるのだから。

 

 だから、怨霊は英雄の宣戦布告に応じる。

「わかったよ芳佳君。君は、君の信念に誇れるように、生きていきなさい」

 


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