怨霊の話   作:林屋まつり

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三十六話

 鉄剣が抜かれる。鉄蛇が解放される。

「さて、次はどんな鉄蛇が出るか。……油断は出来ないな」

 その光景を見守り、トゥルーデが呟く。当然、油断をする余裕はない。

 何が出るか分からない。毒蛇のように、ただ存在するだけで害となる鉄蛇が現れるかもしれない。

 ゆえに、ウィッチたちは即座に行動できるように、銃を構え、緊張は緩めない。

 そして、豊浦は鉄剣を抜いた。

 

「シャーリー君、ちょっと待ってっ」

 豊浦を抱えて離脱しようとしたシャーリーは、その言葉を聞いて動きを止める。

「鉄蛇が?」

 出ない、と。……けど、

 ぴりっ、と。いつか味わった。違和感。

「宮藤っ!」「はいっ!」

 いつかの経験があった。だから、シャーリーと芳佳は即座にシールドを展開。二重のシールド。そこに、巨大な雷撃が叩き付けられた。

「ぐっ、つうっ?」「あ、……つっ、重いっ」

 二重のシールドを灼き砕こうと、雷撃が荒れ狂う。その熱量にシャーリーと芳佳がぞっと、呟き。

「ごめんっ、芳佳君っ! シャーリー君っ!」

 豊浦が二人を突き飛ばす。雷撃はわずかに上昇。芳佳とシャーリーの頭上を抜けて、その先、青い光を撃ち抜く。

 投げ出された芳佳は転がりながら、罅割れる地面に突き刺さったままの鉄剣と、そこから放たれる雷撃に身を晒しながらその隣に鉄剣を突き立てる豊浦を見た。

「と、……つ、う」

 鉄剣が突き立てられ、雷撃が収まる。けど。

「豊浦さんっ!」「豊浦っ、大丈夫かっ?」

 ミーナたちは急降下し、助けられた芳佳とシャーリーは駆け寄る。その先、豊浦は力なく腰を落として、

「あー、……うん、まあ、大丈夫」

 気楽そうに笑う。けど、「大丈夫じゃないっ!」

 怒鳴る。大丈夫じゃない。全然、そうは見えない。

 雷撃の高熱で服のいたるところが焦げている。だから芳佳は傷を確認するため、焼かれて脆くなった服を割いて「…………あ、れ?」

「大丈夫。……何度も言ったよね。僕は怨霊、人ではないんだよ」

 傷口が消えていく。元の形が復元していく。

「あの蛇は僕たちの事を信仰の形、とか言っていなかったかな?

 いくらこの体が傷ついても信仰の形は変わらない。僕、……蘇我豊浦という怨霊に対する畏れは変わらない。つまりそういう事だよ。

 まあ、こうなると結構疲弊して、行き過ぎれば消えるけど、この程度なら何とでもなるよ」

 豊浦は、呆然とする芳佳に困ったように笑みを見せる。

「ごめんね。……その、君たちとは人として付き合いたかったから、こういうところは言い出せなかったんだ。

 心配、かけたね」

 ぽん、と撫でられる。その慣れた感触に、安堵と、自責があふれて、

「お、……っと」

 彼に抱き着いた。抱き締めて、…………少しだけ、泣いた。

 

「…………ええと、芳佳君。

 その、落ち着いたかい?」

 落ち着いた。落ち着いたから、今の状況を冷静に見てしまった。

「……………………ひゃぁぁぁああ」

 顔を真っ赤にして変な声を出しながら座る芳佳。豊浦は困ったように視線を落とす。

 もとより、雷撃でぼろぼろになった服。傷を確認するために裂かれ、結果。

「ひゃっ、と、とよ、「見るな。サーニャ見るなーっ!」あうっ?」

 ほぼ上半身裸となってしまった彼を見て、サーニャはエイラに目を塞がれた。

 威嚇するエイラを見て豊浦は困ったように頭を掻いて「寒いね」

「こ、これ着ててくださいっ」

 顔を真っ赤にしたリーネが上着を渡す。「ありがと」と豊浦は受け取る。

 といっても成人男性である豊浦が少女の服をちゃんと着れるはずもなく。少し迷って羽織るに留める。

「えーと、…………その、シャーリー君。

 申し訳ないんだけど、上着、あっちから何かもらってきてもらえないかな? …………まあ、やりにくそうな娘もいるし」

「そうだな」

 いまだに芳佳は復活していない。顔を手で覆って座り込んでいる。

 エーリカとリーネ、ペリーヌ、ミーナも顔を赤くして必死に視線を背けようとしている。目を塞がれているサーニャと塞いで威嚇するエイラは言うに及ばず、

「ほう、結構鍛えてるのだな。それなら軍人として十分やっていけるだろう」

 トゥルーデはなぜか満足そうに頷く。「お兄ちゃんかっこいーっ」とはルッキーニの言葉。

「まあ、ええと、ありがとうルッキーニ君。いろいろ、事情があって生前はそれなりに鍛えてたからね」

 ともかく、シャーリーとしても目のやり場に困っていた。急ぎ上着を取りに飛び出す。

「魔法、いや、陰陽とか風水か? そういうのなしでも戦えるのか?」

「どうかな。弓とかなら使えるよ。知り合いに協力してもらって作った弓もあるし、……あ、関係ないかもしれないけど、馬はよく乗ってたね。

 傀儡士をやって時によく乗り回してた」

「乗馬か。昔は立派な移動手段か」

「そうそう、バルクホルン君。君たちみたいに飛ぶなんてできないからね」

「なんとなく、豊浦なら出来そうな気がするな。今度ストライクユニット履いてみるか?」

「興味はあるけど、遠慮かな」

「そうか」

 と、シャーリーが戻ってきた。

「ほら、これでも着ててくれ」

「うん」豊浦はリーネから借りた服を脱いでシャーリーが持って来た服を着て「あ、リーネ君。ありがとう。…………洗っておくね」

 返そうか、と思ったけど。男性が着た服。だから豊浦は引っ込めて、

「あ、い、大丈夫ですっ。自分で洗いますっ」

 慌ててリーネは受け取った。豊浦は首を傾げるけど、

「そう、面倒をかけるね」

「い、いえ、大丈夫、です」

 リーネは受け取った服を抱きしめるように持つ。

「よ、よし、サーニャ、もう大丈夫、あだっ?」

 サーニャの目を隠していたエイラはなぜかサーニャから肘で打たれた。ぷう、となぜか頬を膨らませるサーニャ。

 理不尽な暴力を受けたエイラはサーニャに視線を向け、サーニャは頬を膨らませたままそっぽを向く。

 それと、

「芳佳君、もう、大丈夫だよ」

 いまだに顔を掌で覆って俯いていた芳佳に声をかけた。

「う、……うん」

 恐る恐る顔を上げる芳佳。

「まあ、僕の事はいいんだ。

 ただ、…………うん、問題はあっちかな」

 あっち、と豊浦が示した先。罅の入った一本の鉄剣と、その傍らに突き刺さるもう一本の鉄剣。

「どういうことだ?」

 エイラの問いに溜息。

「どうも、鉄蛇が共食いして融合したみたいだね。

 鉄剣一本で一体封じてたけど、さっき抜いた鉄剣の先に封じてたのはいなくなってたみたいだし、代わりに隣の一本が封印壊しそうなほどの出力になってたし」

「…………共食い」

 二体の鉄蛇が食らい合うところを想像し、リーネが顔を真っ青にして呟く。豊浦はそんな彼女を撫でて、

「ミーナ君。僕からの意見だけど、次の対鉄蛇は今のがいいと思う。

 鉄剣、一本は罅が入っちゃったし、封印がもたないかもしれない。別の一体を解放して、その最中に封印が壊されたら困るしね」

「そうね。その鉄蛇は早めに撃破しなければいけないわ。……けど、」

「雷撃は、怖いですわね」

 ペリーヌが呟く。今まで戦ってきたネウロイの攻撃、ビームや炎の砲弾とも違う。視認して対応は不可能だ。

 防御も回避も間に合わない。微かな静電気を感じるが、それでもいつまで対応しきれるか分からない。

 ましてや、

「それもそうだが、融合か」

「鉄蛇二体分の性能、……ってこと?」

 鉄蛇の雷撃は見た事がある。けど、先に比べて規模はずっと小さい。直撃しても火傷する程度だった。……けど、今のは違う。見ればわかる。

 はた目にも直撃すれば死亡確定の巨大な雷撃。おそらく、性能が上乗せされたのだろう。

 エーリカの問いに、豊浦は「かもしれないね」と応じる。

 ただの一体でさえ非常に強力なネウロイだ。それが二体分。……想像も出来ない。

「ともかく、雷撃の対策が必要だね。せめて、防御できるように、…………ミーナ君。それでいいかな?」

「ええ、そうね。雷撃の対応を考えないと」

 どうすればいいか、それはわからない。ネウロイはビームのみを攻撃方法としてきた。当然、ウィッチの戦術もそれに準じている。

 炎の砲弾ならその延長で対応できた。けど、雷撃は、……その速度は、ビームとは比較にならない。

 根本的な見直しが必要だ。どうすればいいか想像も出来ない。けど、

「やるしかないわね」

 

 淳三郎に事情を説明し、ウィッチたちはまた家に戻る。

 まだ日は高い。扶桑皇国海軍に鉄剣の監視を任せ、ついでに昼食を済ませて対策会議。

 そして、当然白羽の矢が立つのは。

「実際、不可能ですわ」

 雷撃を固有魔法として操るペリーヌは軽く手を上げて応じる。

 雷撃を見て回避することは不可能。もちろん、防御などもってのほか。

「動き回って当たらないことを祈る。……わたくしたちに出来る対応はこれが精々ですわ。

 避雷針、なんていっても一撃で出力切れなんてあり得ないでしょう? 無尽蔵の攻撃となったら避雷針がいくらあっても足りませんわ。そうなる前に仕留める、といっても鉄蛇本来の耐久性能がそれを許すとは思えませんわよ」

「そうだな。流石にシールドを常時展開するわけにもいないか」

 それで雷撃は防御できるだろうが。今度は魔法力の問題がある。鉄蛇を打倒するまでシールドを展開し続けるというのも現実的ではない。

「軌道の予察と防御ね。……ん」

「ミーナでも無理か?」

 トゥルーデの問いにミーナは頷く。

「引き寄せるものなら作れるよ。鉄剣を抜いたときみたいにね。

 雷撃は同じ木気に引き寄せられるから、……けど、」

「ん?」

 そうすれば軌道が特定できる。……けど、言いよどむ豊浦。トゥルーデは首を傾げ、

「うん、そのためには術者がいないといけない。

 で、陰陽を使えるのは僕だけだ。…………まあ、つまり、雷撃は全部僕に引き寄せられるね」

「ほう、それで、それを使う事を私たちが認めると思うか?」

 気楽に告げる豊浦に、トゥルーデは冷えた声で応じる。

「だよねえ」

「それ、私たちは使えない、ですか?」

 芳佳が手を上げる。対して豊浦は首を傾げて、

「じゃあ、やってみる?」

「え? あ、はいっ」

 豊浦の提案に芳佳は頷く。「ちょっと待ってて」と、豊浦は外へ。そして程なく。

「はい」

 一本の木の枝。

「え? これ」

「これ、…………木の、枝?」

「なんか、変?」

 覗き込む他のウィッチたちも首を傾げる。木の枝。……けど、そこにある葉の色は、青。

「うん、……あ、そうだ。危ないなって思ったらすぐに手を放して、じゃないと死ぬよ」

「え?」

 豊浦の気楽な言葉に芳佳は凍り付く。「やめる?」と、問われ、

「不安なら私がやろう」

 トゥルーデが手を伸ばす。それより早く、反射的に芳佳は木の枝を手に取り、

「あ、…………「っと」」

 ふらり、と。崩れ落ちそうになる芳佳の手を叩き木の枝を払い飛ばす。

「え、……あ?」

「よ、芳佳ちゃんっ!」

 へたりこむ芳佳をリーネが支える。芳佳の体には力が入らず、ゆっくりと座らせる。

「大丈夫?」

「う、…………ん、大丈夫。……大丈夫だよ。

 けど、それ」

「うん、木気の形。

 五行、木気の剋は吸収による枯渇。大地の水や養分を食らいつくす事だからね。芳佳君は魔法力か、体力か、食われたんだね」

 豊浦はそれを気楽に持つ。けど、つまり、

「私たちでは、それに触れる事さえできない、か」

 手に取っただけで疲弊し、倒れた。そんなものをもって戦闘など、出来ない。

 けど、

「それでも、……豊浦さんを、戦場に立たせるなんて、出来ません」

 毅然と告げる芳佳。豊浦は困ったように微笑む。仕方なさそうに、

「……それじゃあ、仕方ないね。他に方法がないか、考えてみようか」

「それを使って鉄蛇を疲弊させるとか出来ないか?」

 シャーリーの問いに「無理だと思うよ」と豊浦。

「鉄蛇も、蛇は木気だからね。同じ属性を持つから効果はないだろうね」

「そうか」

 難しいな、とトゥルーデ。

「逆に弱点とかあるのか?」

「うん。金気。金属だね」

「あのやたら硬い鉄蛇に刀叩き付けても折れるだけだと思うけど?」

 エーリカの言葉にトゥルーデは頷く。烈風斬でもやれば話は別だろうが、刀の使い方に慣れない自分たちが刀で挑んでも武器が砕けて終わりだろう。

「私なら事前察知できるけど、……うー、…………やっぱりムリだな」

 先を予知して雷撃を読み。それを仲間に伝え回避を促す。……おそらく、間に合わない。それが間に合うほど先は読めない。

 一同首をひねる。ミーナは溜息。仕方ない。

「このまま考えても煮詰まるだけね。一度解散しましょう。

 気分転換するか、相談するかして、また夕食後に意見交換をしましょう」

「方法は、……あるんだけどね」

「お前も戦場に立つという事か?」

 トゥルーデが睨みつける。豊浦は困ったように頷く。

「うん、難しい方法だけどね。

 木気に対して時間干渉をするの。そうすれば雷撃の速度も遅くなるよね」

「時間、……干渉? そんなでたらめな事も出来るの?」

「陰陽の領分でね。漏刻管理。

 広義の陰陽はね。天候、予察、時間、五行、の管理と制御なんだ。方法として暦、天文、漏刻、陰陽として学ばれていてね。だから頑張れば時間干渉も出来るよ。もちろん、いろいろ条件があるけどね。

 その条件の一つ、どうしても近くで干渉をしなければいけない。…………ん、だけど?」

「そんなの、だめ。……いや、豊浦さんに危ない事してほしく、ない」

 拒絶、というよりは懇願するように芳佳は言う。けど、

「それと同じくらい。僕は君たちに危ない事をしてほしくいないんだよ?」

「わ、私たちは自分の身は自分で守れるよっ」

「守れない、から、こんなに悩んでいるんじゃないかな?」

「そ、……それは、…………けど、」

「それで、鉄蛇の封印はどうするの? 二つくっついたのが出てきて、その、陰陽? それで豊浦が手一杯になって、もう一体出てきたら手に負えなくなるよ。

 私も、反対」

 エーリカも咎めるような強い口調。絶対に、彼に危ない事をさせない、と。

「…………私は、お願いしたい、です」

 ぽつり、と。声。芳佳は信じられない、という表情で声の主に視線を向ける。

「リーネ、ちゃん?」

 集まるのは咎めるような視線。対してリーネは怯みそうになり、けど、意識して顔を上げる。

「豊浦さん、は、絶対に、……守ります。命を懸けてでも、絶対に、…………だから、」

 一息。軍人としてあるまじき言葉。それはわかってる。

 もし、上官の耳に入ったら追放されかねない言葉。

 けど、それより、

「リーネ、……ちゃん。……どう、して?」

 大切な、友達からの問い。その方が、ずっと、ずっと重く感じる。

「どうして、豊浦さんを危険な目に、遭わせようとするの?」

 拳が握られる。歯が食いしばれれる。信じられない、と。糾弾するような、静かな言葉。

 けど、リーネは真っ向から親友に相対する。

「それが、みんなで生き残れる手段だから、だよ」

「それは、……そう、そうかも、しれないけど」

 拳を、強く握る。そう、それが現実。解ってる。それこそが最適解。

 けど、

「いや、……いやなの、いや。

 大切な人が危ない目に遭うの、怖い、……よお」

 つ、……と。芳佳の瞳から涙が零れ落ちた。……リーネは、それを見て思い出す。

 

 戦争は、嫌いです。

 

 彼女が最初に言った言葉。何を甘えたことを言っているのか、そう思ったことを覚えている。

 けど、その理由。戦う事を嫌がる理由。家族を喪った記憶。 

 芳佳は今、それを重ねて不安。……否、恐怖を零す。

「芳佳ちゃん」

「そうだね。喪うのは怖いよね」

 困ったような言葉。

「そう、戦うのは怖いんだよ。喪うのも、ね。怖いよね。……だから、僕にも守らせてくれないかな?

 芳佳君のいう通り、大切な人が危ない目に遭うのを見てるだけっていうのも、そろそろきつくてね」

「え? ……あ、」

「そうだよ。君たちが戦っているのを見ているだけ、っていうのもね。

 だから、大切な人を守るために、手伝わせてくれないかな?」

「……芳佳ちゃん。大丈夫だよ。

 私たちで頑張って豊浦さんを守ろう。代わりに、助けてもらおう。ねっ?」

 手を取って伝わるリーネの思い。彼女の言葉を聞いて、

「…………うん」

 芳佳は、頷いた。

 

 実際に雷撃への時間干渉を試してみる。それと鉄蛇封印を補強するため、ウィッチたちは豊浦の運転する軽トラックの荷台に乗る。

 発車。そして、膝を抱えて座るリーネがぽつりと呟いた。

「ごめんなさい。こんなことになっちゃって」

 民間人を戦場に引っ張り出すこと。それは軍人として許される行為ではない。

 ましてや、豊浦は恩人でもある。そんな人を危険な戦場に立たせるなんて、リーネだってしたくない。

 けど、

「いいわ」俯くリーネをミーナは優しく撫でて「確かに、軍人としては業腹だけど、ほかに手段がないのも事実だし、それが最適解よ」

「ありがとうございます。けど、」

 撫でられて感謝を口にし、けど、否定の言葉。

「最適解とか、そういうことは考えて、いなかったです。

 ただ、たぶん、怖かっただけだと思います。負けて、もう、みんなや豊浦さんに会えなくなるのが、……だから、助けを求めるというよりは、縋っただけ、です」

 俯く。口の端が寂しそうに歪む。

「情けない、……です」

「いや、そんな事はない」

 真っ先に、きっぱりと否定したのはトゥルーデ。ウィッチとしてはずっと先輩であり、優秀な軍人である彼女に言われ、リーネは意外そうに目を見開き、トゥルーデは微笑。

「ああ、怖い。……戦場で死んで、もう、妹に、大切な人に会えなくなる。そう思うとな。

 だから、怖いという気持ちに負い目に感じることはない。豊浦を巻き込まなければいけないのは私たちの力不足だ。……代わりに、私たちには私たちの出来ることで、全力で豊浦を守ればいい」

「はい」

 力強い言葉に、リーネは安心したように微笑み頷く。

「ま、それも彼のいう事が本当だったら、ですわね。

 嘘をつくようには見えませんけど、時間干渉なんて正直信じられませんわ。魔法が前提からひっくり返るようなことになりかねませんわよ」

「加速、とは違うんだよな」

 シャーリーの言葉に「おそらく」と、ペリーヌ。

「欧州にも錬金術とか、古い魔法体系があったな。

 それも扶桑皇国の陰陽みたいなこと出来るのかな?」

「研究が後手に回り続けているのは改善した方がいいかもしれないわね。

 というか、豊浦さんの事、報告すべきか迷うわ。とても」

 頭を抱えるミーナ。報告をしたら間違いなく豊浦は欧州から招集がかかるだろう。誘拐、という事になっても不思議ではない。

 けど、「嫌がる、と思います。豊浦さん」

「そうね」

 化外に追いやった、その意味はミーナも、嫌がると思ったサーニャにもわからない。

 けど、そういうのは嫌がる。それはわかる。

「無理矢理連れて行っても抑えられるか分からないしな。

 鉄蛇まで両断したんだし、私たちの基地だって両断できるんじゃないか?」

「…………ええ、そうかもしれないわね」

 規模を考えなければ可能だろう。その現実にミーナは溜息をついた。

 

「さて、……と。

 まずはこっちの封印の補強だね」

 豊浦はトラックの荷台に転がっていた木の棒を手に取り、

「ええと、面倒な事で申し訳ないんだけど、ちょっと鉄剣の周り、穴掘って棒を立ててくれるかな。

 鉄剣囲むように四本と、その四本の周りにまた四本。囲うように」

 地面に図を描いて説明。相変わらず、ウィッチにその意味は解らないが。

「注連縄は使わないのか?」

「ん、もちろん使うよ」

「これで封印できるんだ」

 ルッキーニは棒をまじまじと見ながら呟く。豊浦は頷いて、

「そうだよ。これはみしゃぐち様、っていう神様を封じ込めたやり方なんだ」

「ふーん? 神様も封じ込めちゃうんだ。なんで?」

 神様。……ルッキーニはよくわからないけど、なんとなくいいもののような気がするから。

「人を害するからだよ。この地の神様は自然現象そのものだからね。みしゃぐち様はとてもとても恐ろしい神様なんだ。だから、封じた」

「へー? 扶桑皇国の神様って怖いんだねー、怨霊は怖くないのに」

 ルッキーニは首を傾げる。怨霊を名乗る豊浦や言仁は怖いと思わない。……けど、

「そんな事はないよ。神様は自然現象だから人の善悪なんて気にしないんだよ。

 みしゃぐち様が怖いというのも、あくまでも人にとって被害を及ぼす自然現象っていうだけだから、ルッキーニ君も雨に恐怖をしたりしないよね?」

「うんっ、……そっかー、自然現象か。

 扶桑皇国の神様って、…………凄いんだね」

「そうだね」

 怖い、わけでもない。いい、という事もない。

 ただ、凄い存在なんだ、と。ルッキーニは納得。「ルッキーニも手伝えーっ」と言われて棒を抱えてそっちに駆け寄る。

 

 ぽつり、声。

「それにね。ルッキーニ君。

 怨霊は、僕たちは、神より小さな存在だけど、人にとっては神より恐ろしい存在だよ」

 


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