「明日は雨、……ね」
家に戻り、次の鉄蛇との戦闘準備。……の前にそんな情報がもたらされた。
「さて、どうしましょうか?」
もちろん、ウィッチたちは雨天での戦闘も問題はない。ネウロイは天気に関わらず襲撃してくる。当然、ウィッチも雨だから休みますというわけにはいかない。どんな天気であっても交戦できるように訓練をしている。
が、今回は事情が異なる。豊浦の封印によりいつ鉄蛇と戦闘を行うか、その決定はこちらで出来る。あえて雨天で交戦をするか?
「やめた方がいいよ」
お茶菓子に持って来た金平糖を齧りながら豊浦。
「さんせーっ、あたしも雨の中飛びたくなーい」
「…………好き嫌いはともかく、個人的な理由でわたくしも賛成ですわ。
固有魔法の制御が難しくなりますもの」
ルッキーニとペリーヌが反対し、他のウィッチたちもあえて彼女たちの意見に逆らう意見はない。
雨天でも訓練はしている。が、それでも晴天の時よりは飛ぶのも大変だし可能なら避けたい。
というウィッチの事情にミーナも頷き「それで豊浦さん、理由は?」
ウィッチとの事情とは関係のない彼が反対した理由。それを聞いてみる。
「陰陽の話だけどね。
水生木っていうのがあるんだ。水は木を生かす。っていう意味だよ。これは説明しなくていいかな?」
「水がなければ木が枯れるという事だろう。…………ああ、いたな」
トゥルーデの言葉、いたな、と。その意味にシャーリーが眉根を寄せる。
「いたな。木、そのものの鉄蛇が」
「そういう事だ。ただでさえ高い再生速度がさらに加速したら手に負えないな。炎の砲弾は減衰するだろうが」
「可能性問題だけど、攻撃力低下のメリットはある。けど、最悪、手に負えないネウロイが現れるわけね。
じゃあ、雨天中止ね」
ミーナの決定にルッキーニは両手を上げて喜ぶ。
「さて、それじゃあ僕はお夕飯の準備をしようかな。
皆、食べたいものはあるかい? なければ僕が適当に作るけど」
「随分と早いんだな。……ああ、と、作るのはそれでいいよ。楽しみにしてる」
エイラは炬燵に潜り込みながら笑う。豊浦は頷いて、
「生卵をご飯に乗せただけ、卵かけごはんなんてどうかな?」
「却下っ」
「あ、私もお手伝いするねっ」
芳佳が立ち上がりリーネも続く。けど、
「芳佳君、リーネ君。休んでいなさい。疲れているときに無理をしてはいけないよ」
「…………はあい」「わかりました」
腰を下ろす。豊浦は微笑。
「明日は皆にも手伝ってもらおうかな」
「うんっ、任せてっ」
芳佳は嬉しそうに応じる。豊浦は笑顔を返して台所へ。
「ミーナ、雨はどの程度降る予定だ?」
トゥルーデの問いに溜息。
「今夜から、午前中の予報ね。ただ、どちらにせよ暗い中での交戦は不利だから明日は休憩になるわ」
午後から交戦を開始して、もし暗くなっても交戦が続くとなれば不利になる。鉄蛇の索敵能力は侮れない。夜間でも昼と遜色なく交戦できるかもしれない。
故の決定にウィッチたちは頷いた。
「今日のお夕飯は天麩羅いろいろだよー」
「「「おおっ」」」
少女たちは感嘆の声。豊浦が持って来た人数分の大皿には衣の色もきれいな天麩羅が山と乗っている。
「ふふ、いろいろ作ってみたよ。あ、苦手なものがあったら気を付けてね。
はい、天つゆ。大根おろしはお好みでね」
深めの小皿に天つゆ、傍らには大根おろし。「…………大根おろし?」
「薬味の一種だよ。大根をすりおろしたものなんだ。
少し辛味があるかな。ただ、消化を助けてくれるから健康にはいいみたいだね」
「天麩羅は少し油っぽいから大根おろしと一緒に食べるとさっぱりします」
「へー、乗せて食べればいいのか」
興味深そうに呟くエイラ。では、
「いただきます」
ミーナの言葉に、いただきます、と声が重なった。
「いろいろあるな。どんなのがあるんだ? ……うわ、葉っぱがある」
大皿に乗せられた天麩羅を一つ一つ見ていたエイラが素っ頓狂な声。箸でつまんだのは「それも雑草だよ。そこらへんに生えてるんだ」
「扶桑皇国は、……なんでも食べるな」
「衣をつけて加熱すれば食べられる。それでいいと思うよ」
「扶桑皇国の料理って、……え? 奥が深いんですの? 浅いんですの?」
「それ、……あ、紫蘇ですっ! 紫蘇は薬味になるの。天麩羅にしてもさくさくで美味しいですよ。
豊浦さん、扶桑皇国の料理が誤解されるようなことを言わないでよっ」
「はは、ごめんごめん」
「そうだぞ。扶桑皇国は菌類も衣をつけて加熱して食べるからなっ」
シャーリーがシイタケの天麩羅をつまんで告げる。「シイタケですっ」と芳佳。
「まあ、菌類だな」
「くっ、……シャーリー君に先を越されるなんて」
「なに張り合ってるのよ?」
どや顔のシャーリーに悔しそうな視線を向ける豊浦。溜息をつくミーナ。
「ミーナさんはどれが好きですか?」
ふと、リーネが問いかける。ミーナは「どれも美味しいわよ」と、微笑。
「ただ、……そうね。リンゴとか、果実の天麩羅はないのかしら?」
「……ミーナ。味覚が素っ頓狂なのはわかったから、創作料理は一人でやってくれ」
真面目に変な事を言い出すミーナ、トゥルーデは頭を抱えた。芳佳とともに厨房を預かるリーネは心に決める。ミーナはあまり近寄らせないようにしよう、と。
「トゥルーデは?」
「私か? ……そうだな。この食べ方もいいが、以前にうどんに入っていた天麩羅も、味が染みていて美味しかったな」
「あ、うん、あれも美味しかったね」
「そう、それでねバルクホルン君。
扶桑皇国には天ぷら蕎麦、蕎麦抜き。っていう注文があるんだよ」
「それは、……不思議な注文だな」
「さっきのバルクホルン君みたいにね。そばつゆが染み込んだ天麩羅を酒のつまみに食べたいんだけど。蕎麦も一緒だとお腹いっぱいになるっていう理由で蕎麦を抜いてほしいってことだね」
「酒か」
トゥルーデに飲酒の経験はない。欧州ではいつネウロイが襲い来るかわからない。ゆえに、飲酒による出撃不可。判断ミスなどあってはならない。軍人として戦っている以上、自身に飲酒を許すつもりはない。
「いい、お酒を飲んでは、だめよ」
そして、アルコールにトラウマのあるミーナは重々しく告げる。事情を知るトゥルーデは苦笑い。
「ん、……あっ、これジャガイモだっ、やったー、うまいー」
「おや? ハルトマン君はジャガイモが好きなのかな?」
「うんっ」
「そうかい、それじゃあ、僕のもあげよう」
「やったー」
エーリカは嬉しそうに頷いて「…………ハルトマン君?」
「あーん」
「……………………はい、あーん」
口を開けて待機するエーリカに豊浦は食べさせてあげる。エーリカは嬉しそうに咀嚼、味わって食べる。
「んー、美味しー」
「そうかい、それはよかったよ」
「というか、豊浦っ! お前はハルトマンを甘やかしすぎだっ!」
「えー、いいじゃん。ねー、豊浦」
「ま、大したことじゃないしね。それに、ハルトマン君は鉄蛇と頑張って戦っているんだから、こういう時くらいは甘えてもいいと思うよ」
「そーだそーだー」
「というわけで、どうだい? バルクホルン君も」
「そー、だめっ」
「え?」
いきなりの否定に驚く豊浦。
「……えーと、ほ、ほらっ、トゥルーデ子供扱いするなーって言ってたじゃんっ」
「まあ、確かに私は遠慮するが」
「ほらっ」
「うむむ、そうかい」
「えへへー、じゃあ、お兄ちゃんっ、あたしにも食べさせてっ」
「ん、何か食べたいものはあるかい?」
「んー、と、んーと、…………海老っ」
「それは僕も食べたいからだめ」
「えーっ」
「それじゃあ、代わりに穴子の天麩羅をもらおう」
「あな、ご? どれ?」
「これ」
「うん、じゃあ、お兄ちゃんと交換っ」ルッキーニは穴子の天麩羅を豊浦の皿に放り込んで「あーんっ」
「…………こういうの、好きなのかな?」
「んーっ」
美味しそうに目を細めるルッキーニ。首を傾げる豊浦。
で、
「うー」
「よ、芳佳君? ……ええと、美味しくなかった。……かな?」
「そんな事ない、……です」
もやもやした表情の芳佳。豊浦は「えーと」と、首を傾げる。
「ええと、芳佳君も、……何か食べる、かな?」
「…………ルッキーニちゃんからもらった穴子をください」
「僕、これ好きなんだけど?」
おずおずと応じる豊浦。ぷいっ、と。芳佳はそっぽを向く。
「う、……むむむ? …………ペリーヌ君?」
くつくつと笑うペリーヌ。珍しい豊浦の困惑顔が面白いらしい。
「大人しくあげたらいいんじゃないんですの?」
「うーむう?」
「宮藤がこんな風に我侭言うの珍しいな」
エイラは不思議そうに首を傾げる。同感、……だけど、なんとなく芳佳の気持ちもわかるサーニャは大人しくて見ている。
ちょっとおろおろした豊浦も新鮮でいいな、とは思っても口に出さない。
「まあ、いいか。……はい、芳佳君」
「…………私は、食べさせてくれない、の?」
「女の子はこういうのが好きなんだね」
豊浦は困ったように呟き、芳佳の口元に天麩羅を持っていく。芳佳は顔を真っ赤にして口にする。さく、と音。
美味しい。……と、思う。恥ずかしくてそれどころじゃないけど。
「真っ赤になるくらいなら変な我侭言うなよ」
「…………はい」
だから、シャーリーの苦笑交じりの言葉に頷くしかない。
「あの、豊浦さん。……ええと、この天麩羅、ですよね。
私の食べていいですよ」
「ん、……ありがとう。サーニャ君。
けど、それは自分で食べなさい。いろいろなものを食べてみるのもいい経験になるよ」
「はい」
サーニャは撫でられて心地よさそうに目を細める。「さて」と、豊浦は立ち上がる。
「豊浦さん?」
「僕はここでごちそう様。みんなはゆっくり食べていなさい」
「随分残したな?」
トゥルーデは首を傾げる。今まで、彼が食事を残したことはなかった。
トゥルーデの問いに豊浦は上機嫌に笑う。
「残りはお酒のつまみで食べるからねっ!
天麩羅をつまみに酒を飲むの好きなんだっ」
「お酒を飲むというのっ?」
「…………なんで、ミーナ君はそんなに驚くのかな?」
愕然と応じるミーナに豊浦は首を傾げる。事情をなんとなく知るトゥルーデとシャーリーは苦笑い。
「だ、だめっ、だめよっ! 酔っぱらうと大変なことになるのよっ!」
「……いや、さすがにそこまで飲まないよ。…………あの、ミーナ君。何かあったのかな?」
立ち上がり豊浦に迫るミーナ。その迫力に豊浦は後退。
「まあ、いろいろあったんだよ。いろいろ、な」
ペリーヌを横目にシャーリーは苦笑。ペリーヌが美緒を慕っているのは知っている。なので、なにがあったかは言わない。
「ともかく、お酒はだめっ!」
「…………むう、いや、じゃあ、僕が新設したあっちの小屋で一人で飲むから、ね」
「そうね。……それがいいわね」
「お酒? あたしも飲んでみたいっ」
「ルッキーニさんっ!」
「ルッキーニ君は飲んだことないのかい?」
「いや、飲んではだめだろ」
不思議そうな豊浦にトゥルーデが突っ込む。ちなみに、この中で飲酒をしていい者はいない。
「そう、……そんなものなんだね」
なぜか不思議そうな豊浦。……けど、ふと、
「酒かー、いいかもなー」
「エイラさんまでお酒を飲むというの?」
よほどのトラウマでも抱えてるのか怖い声で呟くミーナ。エイラは「違う」と軽く笑って、
「今じゃないけどさ、……私たちさ、ここで、皆で酒飲めるようになったら、酒を持ち寄って集まって宴会とか楽しいんじゃないかって思ったんだ」
皆で酒を飲めるようになったら、……その言葉の意味。ウィッチたちにとって、それは決して軽くない。
おそらく、そのころには一部の例外を除き魔法力は消え、ウィッチではなくただの人として生きているだろう。
《STRIKE WITCHES》は解散し、それぞれの生きる場所で生きているだろう。……だから、
だから、それぞれの生きる場所で得た物を持ち寄って、それぞれの生き方、思い出を、また集まって語る。それは、とても楽しい事だと思う。
「そうだな。……ああ、カールスラントはビールが美味いらしいな。その時にはいい物を持ってくることを約束しよう」
「何言ってるの? おすすめはイエーガーマイスターっ! ハーブとかフルーツで作られた健康にもいいお酒だってっ」
「ワインでしたらうちに自慢のものがありますわよ?
そうですわね。その時はぱーっと持ち込みましょうか? ふふん、極東の魔境で作られるお酒とはわけが違いましてよ?」
「オラーシャは、寒さに耐えるために、すごく強いお酒があります。…………ええと、ウォッカ、っていうの」
「あ、それならスオムスにもあるぞ。
けど、シードルもいいみたいだな。サウナに持ち込んでる人結構いたし」
「ブリタニアはウィスキーが美味しいです。私は飲んだことないけど」
「えーと、ロマーニャにはブランデーがあったけど、……なんてったっけ? グラッパ、だったかなあ。
お酒の事なんてよくわかんないっ」
「リベリオンって、……どんなんあったっけ? ……なんでもあるような」
「へえ、凄い。いろいろあるんだね」
国が違えば風土も違う。そして、当然のように文化も変わってくる。その国の風土、文化にあったお酒があるのはわかってる。
けど、改めて並べられると国ごとにいろいろな種類がある。感心して呟く芳佳。そして、
「けど、扶桑皇国のお酒が一番美味しいよ」
「……こだわるな」
頑なに豊浦は言い張った。
夜、笛の演奏を聞き終えた芳佳は草履をはいて外へ。
庭の隅、豊浦が新設した小屋。と、
「…………こんな夜中になにをしているのかな?」
ぱちぱちと、傍らに焚火。茣蓙を広げて酒を飲む青年。
少し、困ったような表情。芳佳は俯いて、
「我侭言って、ごめんなさい」
「…………ああ、夕食の事ね」
反射的な事だった。エーリカやルッキーニに食べさせている豊浦を見ていたら、面白くなくて、我侭を言いたくなった。意地悪な事を、したくなった。
なんでか、解らないけど。
「……そうだね。…………眠れないのなら座りなさい」
「はい」
豊浦の隣、茣蓙に座る。ぱちぱちと焚火に視線を向ける。
空になったお皿と、お猪口。酒を飲んで一息。
「いや、……まあ、ええと、…………僕も悪いことしたかもね。
その、芳佳君たちくらいの女の子と接することはほとんどなくてね。だから、別にハルトマン君やルッキーニ君を取ったりはしないよ」
「とったり?」
芳佳は首を傾げる。「あれ?」と豊浦は不思議そうに、
「いや、……芳佳君。二人と仲よさそうだったし。
それで割り込まれて面白くない。……んじゃないのかな、って思ったんだけど」
「それは、……ええと、そう、なのかな?」
「違うみたいだね。
まあいいか、芳佳君。明日はお休みだったね。それなら気のすむまでここにいなさい」
「うん、ありがと」
さっさと眠れ、と拒絶されなかった。その事に安堵の吐息。豊浦は微笑みお猪口から酒を一口。
「美味しい?」
「それはもちろん、松尾大社から持って来たお神酒でね。河勝と大騒ぎしながら作ったお酒の味。美味しいし、何より懐かしいな。
うん、それに、」
不意に、豊浦は微笑。
「芳佳君、君がいてくれるからね」
「え? ……あ、え?」
「一人で飲むお酒も僕は嫌いじゃない。けど、大切な人と一緒にいながら飲むお酒も、また美味しいんだ」
「あ、……あ、あ、」
大切な人。……その言葉を聞いて芳佳はじわじわと顔を赤くする。足を抱え込んで、顔を見られないように膝に額を押し付ける。
顔は見られないように、……そして、
「た、……大切、な、人?」
「君たちは信じていないみたいだけどね。
僕は千三百年前に存在していた。僕に子はいないけど、祖を同じとする者はいた。……だから、芳佳君はその子孫かもしれない。遠い、遠い、僕の縁戚かもしれない。ミーナ君はロマンチック、とかなんとか言ってたけどね。
そんな君がこんなにいい娘で嬉しい。君に会えてよかったよ」
「え、……ええと、」
ちらりと、見えた豊浦の表情に嘘はない。本当に嬉しそうな、優しい微笑。
もし、彼のいう事が正しいのなら。
まだ、千三百歳とか、信じられないけど。……けど、本当なら。
こんな人が祖先としているのは、嬉しいな、と。
「わ、……私も、豊浦さんに、会えて、嬉しい、です」
豊浦みたいに真っ直ぐに、笑顔を見せていうのは、恥ずかしくて出来なくて、……けど、伝えたい言葉はしっかりと伝えた。
「ん、それはよかった」
豊浦は応じてお酒を一口。ほう、と一息。
少しずつ、夜風にあたって顔の熱も取れてきた。顔を上げる。豊浦はお猪口とは別、竹筒を手に取って、
「水で申し訳ないんだけど、飲むかい?」
「うん、ありがと」
受け取り、蓋らしい木の栓を抜く。一口。
冷たい水。……けど、焚火の熱があって心地いい。ほう、と一息。改めて空を見る。
空は曇天。星もなくて月もない。残念だな、と。……けど、それでも、彼と一緒に温かい火にあたっているのは、心地いい。
「お酒が飲めればそれはそれで楽しいんだけどね」
「そうだね。……うん、大人になったら、豊浦さんと一緒にお酒、飲んでみたいな」
いつかきっと、……エイラの語った幸いな未来。それに思いを馳せる芳佳。
「芳佳君が酔っぱらったらどうなるか、……ちょっと想像できないね。…………ああ、うん。気を付けないとね」
「豊浦さん?」
確かに、自分も想像できないなあ、と。思っていた矢先。急にしんみりとした表情の豊浦。
「いやね、……うん、山家として、……まあ、同じ山家の女性とか、あと、たまに里に下りたときにお酒に誘われることもあったんだ。
僕はお酒好きだから大抵同伴するんだけど、……うん、酒癖がね。脱いだり、口付けしてきたリ、……ええと、結構困った酒癖の女性もね。うん、……いるんだよ」
「あ、……う」
脱いだり、口付けしたり、……そんなところを想像し、その時一緒にいる人を考えてしまい、
「と、豊浦さんの、…………えっち」
「いや、ちょっと待って欲しいな。逃げたよ。そういう時は大急ぎで逃げたよ。
あとで周りからへたれとかいろいろ言われたけど」
ぷい、とそっぽを向く芳佳に大慌てで声をかける豊浦。けど、そんな仕草が面白くて、
「ぷっ、……ふ、ふふっ」
小さく噴き出した。溜息、少し乱暴に頭を撫でられる。
「なんか、芳佳君。僕には意地が悪いね」
大仰に肩を落として豊浦。……そうかも、と芳佳は思ったけど。……けど、ここに来た時みたいな、暗い思いではなくて、
「ふふ、そうだね。
なんか、豊浦さんには意地悪したくなっちゃう」
とても楽しそうに、親愛を込めた笑顔の芳佳。豊浦は微笑して、けど、わざとらしく頭を抱えた。
「どーして僕だけなんだか」
問い、には聞こえなかった。
だから、芳佳は答えたりはしなかった。……答えるつもりは、なかった。