怨霊の話   作:林屋まつり

33 / 53
三十三話

 

「始まりますね」

 静夏は、じ、と。横須賀海軍基地を見て呟く。

 始まる。傍らにいるウィッチ、井上照は頷く。

「イェーガー大尉が離脱しました」

 遠い、が。光を操る固有魔法を持つ照は光量を調整することで遠距離まで視認することが出来る。彼女のいう事に間違いはない。

 そして、それはすぐに静夏も確認した。

 

 鉄蛇が咆哮を上げる。

 

「総員、警戒っ」

 美緒の声にウィッチたちは息を呑む。空に向かって咆哮するのは自分たちよりはるかに格上のウィッチ、《STRIKE WITCHES》であっても難敵といわれるネウロイ。

 ましてや、ここにいるウィッチたちはネウロイとの交戦経験そのものがほとんどない。もし襲撃を受けたら、と。そう思うと自然、身が竦む。

「よ、……と。

 それじゃあ、あとは任せた」

 シャーリーは豊浦を下して戦場に舞い戻る。遠く、横須賀海軍基地の跡地でウィッチたちと鉄蛇は壮絶な戦闘を開始する。……静夏はそちらを見て思う。いつか、

 いつか、自分もああいう風に戦えるようになりたい。と。

 ともかく、豊浦は甲板に着地。彼は鉄剣の切っ先を甲板に向けて目を閉じ、沈黙。……おそらく、残った鉄蛇の封印の維持をしていると静夏は思う。そして、照が固有魔法を展開。

 光を調整して《大和》の甲板にいるウィッチたち、そして豊浦を不可視状態にする。ネウロイは光学的な要素でのみ索敵をしているわけではないが。それでも、ごまかし程度にはなるかもしれない。

 あとは待機。自分たちの役割は戦闘ではない。ここの守護だ。美緒からの合図でシールドを展開し、ここを守る事。……けど、

 けど、静夏は遠く、戦う鉄蛇を見る。空、高速で飛翔するウィッチたちを撃ち落とさんと放たれる炎の砲弾。

 もし、それが自分たちに向けられたら。そう思うと、身が竦みそうになる。

 いつか、……以前、芳佳を欧州に送り届けたとき。ネウロイの破壊力はその目で見ている。そして、百戦錬磨のウィッチたちでさえ鉄蛇の攻撃能力には警戒していた。自分たちに防げるか、守れるか。……その自信は、ない。

 だから、何もなければいい。…………けど、そんな期待は砕かれる。

 それは、ミーナの声。

 

『鉄蛇がそちらに向かっているわっ!

 今回は水を纏ってる、水上を進める可能性もあるわっ!』

 

『徹甲弾装填っ!』

 真っ直ぐに、鉄蛇が突撃してくる。その速度は、早い。

『撃てっ!』

 艦砲が砲撃。放たれた砲弾が鉄蛇を打撃する。

 鉄蛇は動きを止める。……けど、それだけ。

 艦砲ではネウロイを砕くことはできない。鉄蛇もそれは同様。動きを止め、ウィッチたちから銃撃を受ける。……けど、

「効果は、薄いですね」

 照の言葉に静夏は構えながら「薄い?」

「水の膜が張っているようです。それが銃弾をほとんど受け止めています。

 現状、リトヴャク中尉のフリーガーハマーはほぼ効果なし、他のウィッチたちの機関銃も効力は半減、まともに損傷を与えているのはビショップ曹長の対装甲ライフルのみです」

「そんな、クロステルマン中尉の固有魔法はっ?」

 銃撃が効かない。その事に静夏は寒気を感じて、それを振り払うように問いかける。ペリーヌの固有魔法、雷撃は? 対して、照は首を横に振る。

「無駄でしょう。水を「総員。シールド準備っ!」」

 無駄、と告げた照を遮るように美緒の声が響く。シールド、その単語を聞いて静夏は息を呑む。シールドの構成を思い出そうとして、

「展開っ!」

 声に、言われるままにシールドを展開。他、数十人のウィッチたちが一斉にシールドを展開する。

 そして、そこに叩き付けられる炎の砲撃。

「あ、……くっ?」

 巨人に殴られた。そんな感覚。

 数十のシールドがまとめて軋み、一撃で半数が砕ける。

 鉄蛇はさらに砲撃をしようと口を開き『させるなっ! 撃てっ!』 

 徹甲弾が鉄蛇を打撃。そして、《STRIKE WITCHES》は追撃する。鉄蛇はそちらに砲撃。

 自分たちへの追撃は避けられた。安堵と、

「凄い」

 ぽつり、ウィッチの一人が呟く。

 ただの一撃でさえシールドの大半が砕かれた。そんな相手に《STRIKE WITCHES》は真っ向から交戦する。砲撃を防ぎ追撃し、銃弾を撃ち込む。

 なのに、…………「ぼさぼさするなっ! 来るぞっ!」

 美緒の声。反射的に静夏は身構える。鉄蛇が口を開く。

 砲撃。直後に艦砲により打撃される。が、

「こ、のっ!」

 シールドを展開。そこに砲弾が突き刺さる。

「う、…………つっ」

 シールドが軋む。渾身の魔法力を使って紡いだシールドが壊れそうになる。

 何とか、逸らした。砲弾は海に着弾。

「は、……あ、はあ」

 それを確認して静夏はへたりこんだ。一緒にいる周りのウィッチたちもそれは同様。ふらついている。

 改めて、実力の差を感じる。自分たちは皆で流れ弾を数発逸らすだけで精一杯なのに、空を舞うウィッチたちはその数倍の砲弾を防ぎ、受け流し、戦っている。

 鉄蛇は尾を振り上げる。銃撃していたシャーリーは死角からの攻撃も危なげなく回避し、振り回される巨大な尾をウィッチたちは素早く回避。次の攻撃に繋げる。

『頭部に砲撃を集中する』

 それだけ告げ、徹甲弾が頭部に叩き付けられる。そこを守る水が貫かれ飛沫になる。

 水の膜が散らされ鉄蛇の頭部が数秒、露出。『十分だっ!』

 ウィッチたちは滑り込むように頭部へ。コアのある頭部に銃撃を集中。

 そして、鉄蛇がウィッチたちを叩き落そうと尾を振り上げる。が、すでに散会している。直上に逃れた芳佳とリーネ、ミーナの方に鉄蛇は砲撃。

 けど、芳佳はシールドを展開して受け流す。それとほぼ同時、リーネの対装甲ライフルが銃撃。鉄蛇を穿つ。

『やっぱり、攻撃中は水の膜が解除されるらしいわね。

 総員、タイミングを計りなさい。艦砲は引き続きお願い。水を砕いて』

『了解した。ただの水か、…………機銃による掃射を行う。着弾観測を』

『ええ、わかったわ』

 そして、軍船からの機銃一斉射。莫大量の銃弾が水を叩く。

 それが鉄蛇に届くことはなく、届いたとしても傷つけられない。としても、『いけるっ!』

 水の膜が再構築される僅かな間。シャーリーは持ち前の速度で滑り込む。鉄蛇の真正面に陣取り、銃撃。

 鉄蛇が煩わしそうに咆哮を上げる。そして、シャーリーに突撃。『追撃します』

 突撃をシャーリーは銃撃しながら回避。水の膜に穴をあけ、その向こう側。

 サーニャのロケット弾が穿たれた水をすり抜け鉄蛇に突き刺さる。爆発。

「凄い」

 高速の飛翔と正確な銃撃、的確な連携。それで水に守られた鉄蛇に攻撃を届ける。正しく、

「……格が、違うね」

 竦んだような、声。頷く。

 その戦闘を見ればそれはいやでも実感できる。自分があそこに入って戦えるか。どれだけ都合よく考えても、答えは、否。

「来るぞっ!」

 美緒の声が響く。鉄蛇は周囲を飛翔するウィッチたちを相手に全方位に砲弾をばら撒く。

 ウィッチたちはそれぞれ危なげなく回避。回避しながら銃撃を続ける、が。

 それは当然、こちらにも砲弾が飛んでくるという事。

「シールド展開っ!」

 美緒の声。シールドを展開する。そして、叩き付けられる砲撃。

「ぐっ」

 重い。自分たちに回避することはできない。ただ、ひたすら防御を重ねて耐えるしかない。

 それこそが、ここにいる役割なのだから。

「あ、……ああっ」

 けど、それでも、…………重い。

「く、…………うあっ!」

 シールドが砕ける寸前、力を振り絞って砲弾を逸らす。防いだ。

 けど、

「次だっ!」

 鉄蛇は、待ってはくれない。戦うウィッチに守る余裕はない。

 だから、放たれた砲弾を見て、感じたのは死ぬかもという、予感。

 シールドを展開。どこまで耐えられるか。……けど、

「させないっ!」

 砲弾に、横から突撃するウィッチ。

「宮藤、さん」

 シールドを展開した状態での突撃。それで砲撃を押しのける。

 眼前で弾き飛ばされ、代わりにそこには芳佳の背。彼女は機関銃を構えて真っ向から鉄蛇に突撃。

 急上昇と急降下、シールドを展開しての最低限の接触で砲弾を逸らし、鉄蛇に迫る。

 彼女を援護するのは彼女の仲間たち。世界でも最上位のウィッチたち。…………その背を見送って、ぽつり、思った。遠い、と。

 手の届かない、手を伸ばすことさえ考えられなくなるほど遠くを飛ぶ彼女たち。自分たちはその背をただ、見送るしかできない。

 ともに飛ぶことは出来ない。なら、……

 

 逃げてもいいのですよ。

 

 ふと、そんな声が聞こえた。静夏は辺りを見る。……聞いたこともない声。

「照、今、何か言いましたか?」

「…………いえ?」

「逃げても、いい、の?」

 ぽつり、誰かが呟いた。

 逃げてもいい、と。……だって、

「だって、……私たち、」

 何もできない、と。そんな声。

 絶望的な実力不足。ただの数回、攻撃を防いだだけで疲弊する自分たち。

 ここにいても何もできない。ウィッチとして空を飛び、国を守るために敵と戦う。……そんな理想は遥か彼方。ずっと、ずっと遠くにある。

 ただ、出来ることはひたすら耐えるだけ、……だから、…………それしかできないのなら。

 自分は、いなくてもいい。……なら、

 

 砲弾を防ぐのは辛くて、ここで戦うのを見ているだけというのも虚しくて、

 

 …………魔法力を失い、空を飛ぶことさえできない誰か。

 

 自分たちは何もできない。そんな思いを抱えるのは悲しくて、

 

 …………戦う事もできないのに、それでも、必死に守ろうとした誰か。

 

 自分たちの故郷を、守る事も出来ないのが寂しくて、

 

 …………何もできないくせに、それでも、自分の出来ることをしようと足掻いた誰か、傷を負い倒れ、…………あの時、自分はどうしたっけ?

 

「視線を逸らすなっ!」

「つっ!」

 美緒の一喝に前を見る。放たれた砲弾に視線を向ける。その視線に力は、ない。

 ただ、……前を見た。だから、見えた。

 

 真っ直ぐに、刀を甲板に突き刺し、ただの両目で砲弾を睨む美緒。

 その瞳は魔眼ではない、だって彼女に魔法力はないのだから。……だから、彼女に身を守る術は何もない。それでも、一番前に立ち、そこにいる。

 美緒はここにいるウィッチたちの実力は知っている。彼女とともに戦ってきたウィッチに大きく劣る事はわかっているはずだ。

 けど、それでも、逃げるなど考えもせず、彼女はここにいる。

 

「…………だ」

 弱音を噛み締め、硬くなった息を噛み砕くように、叫ぶ。

「まだっ!」

 怒鳴るように吼えてシールドを展開。砲弾が叩き付けられる。巨人に殴られたような一撃。それは変わらず、重く、圧し掛かる。

 けど、

「私は、……私は、逃げませんっ!」

 重い、辛い、……けど、それでも、力なくても決して逃げる事なく立ち向かった彼女がいる。

 その背中に憧れたから。……例え、力不足でも。なにも出来なくても、逃げる事だけは、絶対にしない。

「う、…………ああっ」

 重い。倒れそうになる。……けど、

「服部軍曹っ」

 倒れそうになっていた他のウィッチたちが、それでも手を翳す。シールドを展開。

 ふらつく。……けど。それでも、

「ああ、よく耐えたな」

 美緒の声。必死になって構築したシールドは砲弾を逸らす。

 鉄蛇はウィッチたちの攻撃を受けながら、それでも、さらに《大和》に追撃する。口を開き、火炎の砲弾を放つ。

「つっ」

 立ち上がる。もう一度シールドを展開。疲弊した静夏にとって立ち上がるだけでも辛い。……けど、せめて視線はそらさないで、真っ直ぐに迫りくる暴力を睨んで、

 砲撃の音。

 《大和》から放たれた砲弾が火炎の砲撃を撃ち抜く。砕いた。

「え?」

『運がよかっただけだ。次は期待するな』

 ぽつり、こぼれた声。そして、響く砲撃手の声。鉄蛇は苛立つような咆哮を上げる。

 そして、それに応じるように誰かの声。

『撃て撃て撃てっ! ありったけの砲弾を叩き込んでやれっ!』

『鉄蛇頭部に機銃射線集中っ! ウィッチたちの道をつけるぞっ!』

『無駄弾は全部こっちが引き受けてやるっ! 彼女たちの銃弾を届かせればそれでいいっ!』

 安堵、そこに滑り込むのは男たちの声。…………ああ、そうか、と。

 艦砲に意味はない。ネウロイを傷つけることはできない。

 足止めが精々で、気を引ければ御の字。結局、少女に戦ってもらう事しかできない。……彼らは、そんな無念をいつも抱えて戦っている。

 

 戦っているんだ。そんな事を思った。

 だから、

「そうです」

 歯を食いしばる。まだ、戦いは続いている。…………例え、戦いの空は遥か遠くであっても、……それでも、

「戦って、いるんです」

 この国を守るために、ここにいる。だから、逃げる事なんてできない。

 

『砲門は鉄蛇の頭を睨めっ! 攻撃して来たら撃ち返してやれっ! 銃弾一発無駄だと思うなっ! ウィッチたちの道をつけるのは俺たちだっ!

 いいかっ!』

 

 誰かの、声が聞こえた。

 

『この国を、扶桑皇国を守ってるのは俺たちだっ!

 役立たずだろうと、意地張って戦うぞっ!』

 

 …………誰かが微笑む音を聞いた。

 

「お疲れさまでした。宮藤さん」

「あ、……うん。静夏ちゃんも、お疲れ様」

 鉄蛇との戦闘を終えて戻ってきた《STRIKE WITCHES》。

 芳佳たちは緊張からの解放と疲労で甲板に敷かれた茣蓙にへたりこむ。けど、その視線には心配があって、

「大丈夫だった? 結構攻撃飛んじゃってたけど?」

「はい、何とか防御できましたっ」

「そっか、頑張ってくれたんだね」

 笑顔を向ける芳佳に静夏は「はい」と笑顔で応じる。そして、豊浦と談笑を始める。……ぽつり、呟く。

「いつか、……私も貴女と一緒に、誰かを守るために戦えるでしょうか?」

「ん、静夏ちゃん。何か、って、ああっ? ルッキーニちゃんっ!」

 豊浦に抱き着くルッキーニに慌てて駆け寄る芳佳。当然、静夏の問いに答えはない。……それでいい、と思う。

 いつか、きっと、憧れの彼女と一緒に空を舞い、誰かを守れるようになろうと、そう決めたのだから。

 

「お疲れ様、今回は危なかったわね」

「ん、……ああ」

 へたりこむミーナの声に美緒は軽く頷く。

 危なかった。……のかもしれないけど。

「はっはっはっ、なに、大丈夫だっ」

「ええ、そうだったわね」

 彼女はいつも通りに笑う。ここに集まるのは実力不足のウィッチたち。けど、それでも、大丈夫、美緒はそう解かってた。

 だからいつも通りに笑う。…………強いて言えば、

「やはり、戦えないというのは歯がゆいな」

 寂しそうに、苦笑。

 戦えない、魔法力がないから当然だ。艦載機で空を舞う事は出来るが、それで何が出来るわけもなく、足手まといにしかならない。

 かつての戦闘隊長がこんな様か、……と、寂しそうに笑う美緒にミーナは手を伸ばして、

「…………何の真似だ?」

 じと、とした視線。美緒は頭を撫でられてミーナを睨み、ミーナはくすくすと笑って、

「拗ねないの。貴女がいるから私たちは戦えているのよ」

 これは事実だ。鉄蛇を相手に誰かを守る余力なんてない。豊浦を守るのが未熟なウィッチであるのはわかっている。けど、そこに美緒がいるから任せられる。

 だから、

「……わかった。わかったから撫でるな」

 そっぽを向いて撫でられるに任せる美緒にミーナは微笑み「じゃあ、これからも頼むわよ」

「わかってる。

 お前たちが鉄蛇との交戦に集中できるよう、せいぜい働いてやる。……それぐらいしかともに戦えない私に出来ることはないのだからな」

「それがともに戦っているという事よ。美緒」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。