怨霊の話   作:林屋まつり

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二十九話

 

 夕刻、日暮れの時間。少しずつ、暗くなる時間。

 エーリカは心配と不安、そして、苛立ちの表情で外に立つ。視線は強く門を睨む。

 その理由、…………ふと、人影二つ。それを認めてエーリカは息を吸い、

「帰って、来たーっ!」

 叫び駆け出す。ばたばたと家の中から声が聞こえたが、無視。

「やあ、ハルトマ「せりゃぁぁあっ!」ぐえっ?」

 のんきに手を上げた阿呆を全力で蹴飛ばす。倒れた阿呆を踏みつけ、

「何時までほっつき歩いてるのっ! 馬鹿シャーリーっ!」

「あ、……ああ、ごめん」

 見たこともない剣幕で怒鳴るエーリカに、シャーリーは困ったように謝る。視線の先にはエーリカに踏まれたままの豊浦。

 ともかく、家にいたウィッチたちが顔を出す。芳佳はいないが、寝込んでいるのか、と。判断。

「シャーリーさんっ、と。…………まあ、こっちはいいわ。

 ともかく、こんな時間まで何やってたのよっ!」

 エーリカに踏まれたままの豊浦は一瞥だけで済ませ、ミーナはシャーリーに詰め寄る。

 他のみんなも、安堵と、それを押し隠す不満。「ええと、」と、シャーリーは手を上げて、

「その、…………「まあ、僕が話すよ」おお、た、…………立てないか?」

 助かる、と言おうと思ったがその先にいるのはエーリカに踏まれたままの豊浦。

「いや、ハルトマン君が足をどけてくれないと」

「心配させた罰は受けるだろうね?」

 じと、と豊浦に視線を向けるハルトマン。と。

「あのー、それより、家に戻りませんか」

 おずおずと、リーネが手を上げる。エーリカはしぶしぶ足を退ける。豊浦は立ち上がる。

 彼はとてもいい笑顔。

「ありがとうっ、リーネ君っ」

 豊浦に笑顔を向けられ、ふと、無事に戻ってきてくれた安堵で緩みそうになる頬を意識して膨らませる。むす、とした表情を浮かべて、

「けど、追及しますからね。逃がしませんからね。

 豊浦さんがちゃんと答えるまで、ご飯なしですからね」

「ちょっと待てリーネっ、私たちまで巻き添えかっ」

「私だって追及しますっ。ねっ、サーニャさんっ」

「うん、ちゃんと話してくれるまで、ご飯だめ」

 サーニャもこくん、と頷く。

「えーっ? 豊浦ーっ!」

 じと、とエイラにまで睨まれて豊浦は両手を上げた。

 

「そうだね。……じゃあ、事の顛末を話そう」

 居間の隅で並んで正座をするシャーリーと豊浦。詰め寄る少女たち。

 そんな状況に溜息をつきながら豊浦は口を開く。

「あの後、僕は自分の小屋でごろごろしてたんだ。

 そしたらシャーリー君が両手に機関銃を持って、ルッキーニ君が怪我をした、どうにかしろ、と脅してきたんだ。それで、とりあえずどうにかしたらこんな時間になった。

 というわけで、全部シャーリー君が悪いんだ。僕は悪くない」

「おいこら」

 少女に罪を擦り付ける大人の男がそこにいた。当然シャーリーは隣の大人を睨むが大人はそっぽを向く。

「それで、何とか出来たのか?」

 トゥルーデは眉根を寄せる。豊浦の魔法は謎が多い。それに、ルッキーニは今、治療中だ。

 何とか出来た。何をやったのか興味がある。シャーリーを連れて行った手前清佳たちと治療を行ったとは思えない。それを容認するなら清佳は芳佳を突き放したりはしないだろう。

 つまり、ルッキーニと接触はしていないはずだ。そんな状況で何をやったのか? 興味がある。

 問いに豊浦は頷いて、

「うん、あの病院内で生命力を活性化するようにしたんだ。

 傷そのものは治せないけど治癒力は高くなるし、体力も増進しているはずだよ。清佳君たちがちゃんと傷を塞いでくれればすぐよくなると思うよ」

「そうか」

 とりあえず、ルッキーニの傷は快方に向かうらしい。明日、改めて清佳から術後経過の連絡が来るだろうが。トゥルーデは一先ずの安堵。

「生命力の活性化、……ね」

 そんなこともできるのね、と。内心で呟く。治癒の魔法とは違うようだが。

 まあ、つまり、

「要するに、シャーリーさんが豊浦さんを連れ出した、という事ね?」

「そうだよ。僕は悪くない」

 ミーナに問い詰められ豊浦にそっぽを向かれる。シャーリーは横目で隣にいる大人を睨む。……が、覚悟を決める。

「ああ、そうだよ。私が豊浦を脅して連れ出しましたーっ!」

 やけっぱち気味に怒鳴った。

「私が全部悪いんだ畜生っ!」

 なぜかどや顔の豊浦を睨む。「そう、」とミーナは頷く。

「シャーリーさん」

「はい」

 ミーナの鋭い視線に睨まれ、シャーリーは慄き、

「罰として夕食後、入浴と必要時以外は部屋を出ることを禁じます。

 今日はすぐに寝て、明日に備えなさい」

「あ、……ああ、了解」

 罰、とは思えないような言葉。これでいいのか? と、ミーナに視線を向けるがミーナは苦笑。頷く。

「さて、それじゃあここに沙汰は下ったね。僕は山にかえ、ぐえっ?」

 立ち上がった豊浦はエーリカに首根っこを掴まれて座らせられる。

「えーと、…………な、なにかな?」

「無罪放免とでも思ったの? 豊浦ー?」

「ハルトマン君? ち、違うのかい?」

「当たり前でしょうっ! どれだけ心配したと思っているか、わかっていますのっ?」

 怒鳴るペリーヌに豊浦は沈黙。…………頷く。

「わかったよ。僕も男だ。潔く覚悟を決めよう」

「おい、お前さっきかなり男らしくないこと言わなかったか?」

 じと、と、シャーリーは少女に罪を擦り付けた男を睨むが豊浦はそっぽを向いた。

「お、言ったねー?」

「僕に出来る我がままなら何でも聞くよ。

 リーネ君が背中を拭いてほしいと言ったのだって、やってあげよう」

「ふあっ? と、っと、とと、豊浦さんっ、い、いい、いきなりな、何を言いだすんですかーっ!」

 熱に浮かされてしたおねだり。みんなの前で蒸し返されてリーネは顔を真っ赤にする。

「リーネさん。…………あの、……ええと、…………ええ?」

「…………」

 言葉を失いとりあえず距離を取るペリーヌに少し傷つき、無言で睨むサーニャに慄く。

「リーネっ、そういう事は、ひ、一言相談をしてから、だなっ」

 顔を赤くして怒鳴るトゥルーデ。なぜ彼女に相談をしなければいけないのか、シャーリーにはわからない。

「ま、……まあ、それは後でいいでしょう。

 それじゃあ、あとで我侭を聞いてもらうから、覚悟してね」

 意地悪く笑うミーナ。豊浦は頷く。

「わかったよ。今度は肩だけじゃなくてちゃんと全身マッサ「黙りなさい?」はい」

 笑顔で告げるミーナに豊浦は黙る。

「まあ、お手柔らかに頼むよ?」

 豊浦の言葉にミーナは満足そうに頷く。

「さて、それじゃあお夕飯ね。

 何をしたのかわからないけど、ともかく豊浦さんとシャーリーさんは休みなさい。リーネさん、お願いしていいかしら?」

「あ、はいっ。……ええと、じゃあ、サーニャさんもお手伝い、お願い」

「うん、任せて」

「あ、わたくしも手伝いますわ」「私も行くぞ」

 ペリーヌとエイラも立ち上がる。リーネは微笑んで「よろしくお願いします」と。

「それにしても、生命力の活性化か。そんな事も出来るんだな」

「ああ、……まあ、ちょっと準備が面倒な感じだけどな」

 シャーリーの言葉に、不意にトゥルーデは興味を引かれる。風水、だったか陰陽だったか。ともかく自分たちの知る魔法とはまったく別物の魔法。

「どんな準備だ?」

「植樹」

「は?」

「いや、木を植えたんだ。……ええと、榊の木、だったかな。

 それを病院を囲うように植えて、……まあ、そんな感じ」

「それで何の意味があるんだ?」

 胡散臭そうなトゥルーデにシャーリーは口を尖らせ「知らないよ」

「まあ、風水の分野だからね。バルクホルン君。シャーリー君にも理解はできないと思うよ。

 木は春、生命が芽吹く象徴なんだ。だから病院の範囲を木を触媒に風水で生命力を活性化させるようにした、といったところかな」

「生命力か。……ん?」

 トゥルーデはふと、視界の中に面白くなさそうな表情のエーリカを見る。何がそこまで不機嫌にさせたのか、ともかく、

「それで、効果はあったんだな?」

「ああ、……いや、ルッキーニには会ってないけど、確かに病院の近くは、……なんていうか、…………元気になった?」

 うまい表現が出てこなかったらしい。首をかしげるシャーリーにトゥルーデは何らかの効果があった、と判断。

「まあ、それならそれでいいか」

 

「あいつも適当なこと言うよなー」

 入浴、のんびりと浴槽につかまり脱力するエーリカが、ふと呟く。

「適当?」

 一緒に並んで入浴しているサーニャの問いに「ああ、」と応じ、

「シャーリーが機関銃二丁持って豊浦の所に押しかけられるわけないじゃん。トゥルーデじゃないんだから」

「あ」

 その事に思い至り、小さな声。第一、

「それに、こんなところに機関銃なんて、ないよね」

 ウィッチたちの武装はストライカーユニットも含めて扶桑海軍の軍船に預けてある。当然、それは機関銃も含まれる。

 つまり豊浦のいう事は無理があり、

「なんで、そんな嘘をついたのかな」

 安堵で頭がいっぱいだった時ならともかく、少し考えればすぐにわかる、わかりやすい嘘。

 おそらくミーナはすぐにその事に気づいたのだろう。だからこの非常時に無断で席を外した事にほとんど罰とは言えない罰を科した。

 …………もっとも、首謀者に科した罰も曖昧なものだが。

「さあ、ま、シャーリーをからかっただけじゃない? 実際、ルッキーニの事は巧くやったみたいだし。

 罪くらい引っ被ってやる、ってシャーリーなら思うだろうからそれに便乗したんだと思うよ。もっとも、それも本気じゃなさそうだし、…………ま、ただからかっただけだろうね」

 まあ、結果としてミーナに詰め寄られて慌てふためき自棄になって怒鳴るという、割とシャーリーには珍しい姿を見れたが。

 あとは、…………たぶん。…………けど、

「それなら、相談してほしかった」

 面白くなさそうに小さく呟くサーニャ。エーリカも頷く。

 仲間だ。ルッキーニも、シャーリーも、そして、豊浦に対してもそう思ってる。

 だから、仲間の危難には力を合わせて助けたい。ルッキーニが怪我をしたこと、それは皆の責任でもあるのだから。

 だから、…………

「ま、ルッキーニが回復して少しは落ち着いたら我侭聞いてくれるみたいだし、どーんと言っちゃえー」

 サーニャが豊浦を慕っているのはなんとなく感づいてる。だからのんびりと煽ってみた。どうせ苦労するのは豊浦で、やきもきするのはエイラだ。…………友達として、行き過ぎたら豊浦を殴ってでも止めるが。

 で、

「わ、……が、まま、…………が、がんばり、ますっ」

 何を想像したのか、あるいは、リーネに対抗心でも燃やしたのか。顔を赤くして拳を握るサーニャ。こりゃあヤバいかな、と。エイラに対しての地雷を踏んでしまった気がしたが。

「まあ、ほどほどにね」

 とりあえずそれだけ言ってみた。

 

「というわけでー、なーんで何も言わずいったのさー?」

 居間で白湯を呑んでいた豊浦に、エーリカは詰め寄る。

「まあ、…………いいかな。

 なんていうか、僕一人じゃ出来ない事だったんだ。……あ、と。誤解しないでほしいんだけど、だからシャーリー君にしかできないってわけじゃなくてね。僕の知り合いに力を借りたんだ。

 彼もね、随分と性根が捻じ曲がった《もの》でね。出来れば僕一人で行きたかったんだけど、」

 豊浦は困ったような微笑。

「シャーリー君、辛そうだったから。……自責を抱えて沈むのは、苦しいからね。

 だから、何かさせてあげた方がいいなって、思って」

 彼の言葉に、エーリカは口ごもる。以前に聞いた、彼と彼の敵の話。

 それを思い出したから。……確かに、ルッキーニと一番仲が良かったのはシャーリーだ。そして、負傷の原因。最後の攻撃はシャーリーが提案したと聞いている。

 親友が怪我をした原因。自分がそれだと思うのは、苦しいから。

「ま、そういうわけ。ごめんね。エーリカ君。……ただ、君たちに彼を会わせたくなかったんだ」

「……ま、まあ、シャーリーの事気遣ったってんなら、まあ、いいよ」

 困ったように微笑む豊浦に、視線を逸らしてエーリカは応じる。……一息。意識して豊浦をきつめに睨む。

「けど、ルッキーニが怪我したのは私たちみんなの責任だっ! 豊浦の魔法で治せるなら、そりゃあ、頼みたいけど、けど、手伝うならみんなでっ! …………私たちだって、友達が怪我するのは、辛いんだよ」

 確かに、一番仲が良かったのはシャーリーだ。……けど、

 けど、自分だってつらいし、友達が怪我をするのは、いやだ。それはほかのみんなも同じ。

 だって、皆、大切な家族なのだから。

 ぽん、と撫でられた。

「そうだね。……ごめんね。ハルトマン君」

「…………ん」

 不満をぶつけて、エーリカは一つ息をつく。撫でられて、不意に、力が抜ける。力が抜ければ、溢れるのは、

「いや、……なんだよ。仲間が、傷つくのは、…………や、なんだ」

 涙を流す事はなく、声を上げる事もなく、

 ただ、……静かにエーリカは泣いていた。

 

「落ち着いたかい?」

「…………ふんっ」

 問いに、エーリカはそっぽを向く。けど、そのまま小さく頷く。

「悪いね。ちょっと取り乱した」

「いや、いいよ。……それに、ハルトマン君の優しいところが見れて嬉しいよ」

「う、…………ぐ」

 優しいところ、……改めて、面と向かってそういわれてエーリカはじわじわと顔を赤くする。

「それに、友達が傷つくのは辛い、当たり前のことだからね。

 そうだね。彼に会わせたくないのは僕の都合だ。それで君たちの思いを無碍にしたことは確かに悪いことをしたと思うよ。あとで謝らないとね」

「……別に、謝ることはないよ。我侭がどうこう言ってたし。……っていうかさ」

「ん?」

「我侭云々だって、別に気にしなくていいと思うよ。

 どっちかっていえば、たくさん借り作ってるのはこっちなんだし、ミーナも本気にはしてないと思うし」

「ああ、まあ僕も遊び半分で付き合う事にするよ。

 そんな無茶を言う娘たちじゃないからね。…………いや、まあ、」

 不意に、豊浦は視線を逸らして、

「あの場ではああいったけど、またリーネ君の我侭を繰り返されたら、たぶん拒否すると思う」

「…………サーニャにも気を付けなよ」

「サーニャ君? え? 大人しい娘だし、変な事は言わないと思うけど?」

 首をかしげる豊浦。エーリカは溜息。だめだこいつ、と。

「豊浦は真面目だなー」

「君たちが男性に対して不真面目すぎるんだよ。

 さて、ハルトマン君、もう夜だし、寝なさい。明日もあるんだから」

「ん、…………っと、そうだ。

 豊浦っ」

 言おうと思って、忘れそうになっていたこと。……大切な事。

「ん?」

 エーリカは部屋を出る前、振り返る。彼に笑みを見せ、

「私の仲間、助けてくれて、気遣ってくれてありがとねっ」

 ありがとう、そんな言葉を口にする。豊浦はきょとんとし、すぐに笑みを返した。

「どういたしまして、ハルトマン君。また、明日もよろしくね」

「う、……ん」

 向けられた微笑に、エーリカは口ごもり、……背を向けて扉を閉めた。

「…………なんだよ。あいつ」

 小さく、小さく呟く、そして決意。

 気にするな、なんて言ったけど。

「いーや、私も思いっきり我侭言ってやろーっ」

 意識してそんな事を口にして、自室に向かって歩き始めた。

 


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